テンソル解析

概要

テンソル解析(tensor analysis)とは、可微分多様体上のテンソル場に関する微分演算の体系であり、添字の上げ下げ・縮約・共変微分・Lie微分などからなる。ベクトル場や1-形式を含む一般の(p,q)型テンソル場を、添字記法・座標に依存しない記法・abstract index記法という互いに翻訳可能な3通りの言葉で扱えることが特徴である。微分幾何学だけでなく一般相対性理論・連続体力学などで共通言語として使われる、分野横断的なハブ概念である。本記事は個々のテンソル(曲率テンソル等)や演算(Lie微分・接続等)の専門記事への入口となる概説記事であり、それらの完全な理論はそれぞれの記事に委ねる。

$$$$

前提知識: 多様体, 接空間, 双対空間, ベクトル場

定義

テンソル解析は、多様体上の各点で定まる多重線形写像(テンソル)の場を扱う。添字記法では和の記号を省略するEinstein総和規約が標準的に使われるため、まずこれを固定する。

Einstein総和規約

局所座標 $(x^1,\ldots,x^n)$ のもとで、同一の項の中に上添字と下添字として同じ添字(例えば $i$)が一度ずつ現れたときは、その添字について $1$ から $n$ まで和をとることを意味するものと約束する。すなわち
$$ a_i b^i := \sum_{i=1}^n a_i b^i . $$
これをEinstein総和規約(Einstein summation convention)という。和をとらない場合は明示的に注記する。

$(p,q)$型テンソル

$M$ を $n$ 次元可微分多様体、$x\in M$ とし、接空間 $T_xM$ とその双対空間(余接空間)$T_x^*M$ をとる。非負整数 $p,q$ に対し、$x$ における$(p,q)$型テンソル(tensor of type $(p,q)$)とは、多重線形写像
$$ T\colon \underbrace{T_x^*M\times\cdots\times T_x^*M}_{p}\times\underbrace{T_xM\times\cdots\times T_xM}_{q}\longrightarrow \mathbb{R} $$
のことをいう(同値に、テンソル積を用いて $T\in \underbrace{T_xM\otimes\cdots\otimes T_xM}_{p}\otimes\underbrace{T_x^*M\otimes\cdots\otimes T_x^*M}_{q}$ の元と見てもよい)。$p$ を反変階数、$q$ を共変階数という。各点 $x\mapsto T_x$ を滑らかに(局所座標のもとで成分が $C^\infty$ 級関数、すなわちC∞級の関数になるように)与えたものを$(p,q)$型テンソル場という。$(1,0)$型テンソル場はベクトル場、$(0,1)$型テンソル場は双対空間の元の場(コベクトル場、1-形式)に他ならない。

$(p,q)$型テンソル場の成分による定義(別流儀)

局所座標 $(x^i)$ のもとで基底 $\left(\dfrac{\partial}{\partial x^i}\right)$ と双対基底 $(dx^i)$ を用い、$(p,q)$型テンソル場 $T$ を $n^{p+q}$ 個の関数の組
$$ T = T^{i_1\cdots i_p}_{\ \ \ \ \ \ j_1\cdots j_q}\, \frac{\partial}{\partial x^{i_1}}\otimes\cdots\otimes\frac{\partial}{\partial x^{i_p}}\otimes dx^{j_1}\otimes\cdots\otimes dx^{j_q} $$
の成分として表す(Einstein総和規約)。座標変換 $(x^i)\mapsto(\tilde x^i)$ に対し、Jacobi行列を $A^i_j:=\dfrac{\partial \tilde x^i}{\partial x^j}$、その逆を $B^i_j:=\dfrac{\partial x^i}{\partial \tilde x^j}$($A^i_kB^k_j=\delta^i_j$)とすると、成分は
$$ \tilde T^{i_1\cdots i_p}_{\ \ \ \ \ \ j_1\cdots j_q} = A^{i_1}_{k_1}\cdots A^{i_p}_{k_p}\, B^{l_1}_{j_1}\cdots B^{l_q}_{j_q}\, T^{k_1\cdots k_p}_{\ \ \ \ \ \ l_1\cdots l_q} $$
という規則で変換される。古典的な文献(Ricci、Levi-Civita以来)ではこの変換則を満たす添字付きの量として $(p,q)$型テンソルを定義する。

上の2つの定義は同値である: def-tensor-analysis-tensor-of-type-pq の多重線形写像を基底 $\partial/\partial x^i$ と双対基底 $dx^j$ に代入して得られる数の組がまさに成分 $T^{i_1\cdots i_p}_{j_1\cdots j_q}$ であり、基底の変換則(双対基底の変換則)から成分の変換則が導かれる(本サイトでは基底変換の詳細は双対空間の担当とし、ここでは結果のみ用いる。doCarmo92、Lee12)。本記事では文脈に応じて両方の定義を併用する。

直感

テンソルは「多次元配列」ではない。同じ配列の数でも、変換則(def-tensor-analysis-tensor-components-alt の式)を満たさない限りテンソルの成分とは呼ばない。この一線を明確に引くことがテンソル解析の出発点であり、本記事の「性質」節と「反例」で扱うChristoffel記号(rem-tensor-analysis-nonexample-christoffel)の非テンソル性はその典型例である。
テンソル解析が必要になる理由は次の3点に整理できる。

  • 座標に依存しない量を座標を使って計算したい。 多様体には特別な座標系がないので、物理量・幾何量は本来座標に依存しないはずだが、実際に計算するには座標成分が要る。テンソルは「座標ごとに成分は変わるが、変換則に従う限り、指し示している幾何学的実体は座標に依存しない」という妥協点を与える。
  • ベクトルと1-形式(線形汎関数)を統一的に扱いたい。 ベクトル場は $(1,0)$型、1-形式は $(0,1)$型であり、内積や質量テンソルのような対称双線形形式は $(0,2)$型、線形写像($(1,1)$-テンソル)、多重線形形式はすべて $(p,q)$型テンソルの特別な場合として統一的に扱える。
  • 微分演算をテンソルの世界に閉じさせたい。 座標成分の偏微分 $\partial_i T^j$ はテンソルの成分ではない(変換則を満たさない)。この欠陥を修復するためにLie微分や共変微分(接続)が導入される。

例

計量テンソルによる添字の下げ

$M=\mathbb{R}^2\setminus\{0\}$ に極座標 $(r,\theta)$ を入れ、Euclid計量を
$$ g = dr\otimes dr + r^2\, d\theta\otimes d\theta,\qquad\text{すなわち } g_{rr}=1,\ g_{\theta\theta}=r^2,\ g_{r\theta}=g_{\theta r}=0 $$
とする。ベクトル場 $X=\dfrac{\partial}{\partial\theta}$(成分 $X^r=0,\ X^\theta=1$)に対し、性質節 prop-tensor-analysis-index-lowering-welldefined の構成に従って添字を下げると
$$ X_r = g_{rr}X^r+g_{r\theta}X^\theta = 0,\qquad X_\theta = g_{\theta r}X^r+g_{\theta\theta}X^\theta = r^2 $$
となり、対応する1-形式は $X^\flat = r^2\, d\theta$ である。$\partial/\partial\theta$ の極座標成分は定数だが、場としては $-y\,\partial_x+x\,\partial_y$ で位置に依存し、長さ($g$ に関するノルム)は $r$ である。下げて得られる1-形式が $r$ に依存するのは、この場自体が原点から離れるほど「速く回る」という形で位置に依存することの反映であり、計量による添字操作が単なる記号の付け替えではなく、$g$ の情報を実際に使う演算であることを示す。

Euclid座標系でのgrad・div・rotの添字記法

$\mathbb R^3$ に直交座標 $(x^1,x^2,x^3)$(Euclid計量 $g_{ij}=\delta_{ij}$)を入れる。関数 $f$ の勾配、ベクトル場 $X=X^i\partial_i$ の発散、回転は添字記法でそれぞれ
$$ (\operatorname{grad}f)^i = \partial_i f,\qquad \operatorname{div}X = \partial_i X^i,\qquad (\operatorname{rot}X)^i = \epsilon^{ijk}\partial_j X_k $$
と書ける($\epsilon^{ijk}$ はLevi-Civita記号、Einstein総和規約)。Euclid計量では $g_{ij}=\delta_{ij}$ なので上下の添字を区別せず $X_k=X^k$ と扱ってよいが、一般の計量ではこの同一視はできず、$\operatorname{grad}f$ の各成分は本来 $g^{ij}\partial_jf$(prop-tensor-analysis-index-lowering-welldefined の音楽同型 $\sharp$ による)である。

リッチの恒等式に現れる曲率テンソル

$(M,g)$ をリーマン接続 $\nabla$ を備えたRiemann多様体(擬Riemann多様体を含む)とする。座標ベクトル場に対する共変微分 $\nabla_i:=\nabla_{\partial/\partial x^i}$ を考えると、ベクトル場 $Z=Z^k\partial_k$ に対して一般に
$$ \nabla_i\nabla_j Z^k - \nabla_j\nabla_i Z^k = R^k_{\ lij}Z^l $$
が成り立つ(リッチの恒等式と可積分条件)。符号はリーマン曲率テンソルの流儀(Lee18)に従う。doCarmo92は逆の符号を用いる。ここで $R^k_{\ lij}$ はリーマン曲率テンソルの成分であり、これ自体が $(1,3)$型テンソルである。左辺の $\nabla_i\nabla_j Z^k$ は $Z$ の2階共変微分($(1,2)$型テンソル $\nabla^2 Z$ の成分)であって、これ自体すでにテンソルの成分である。通常の偏微分ならば $\partial_i\partial_j Z^k-\partial_j\partial_i Z^k=0$ が偏微分の可換性から自動的に成り立つのに対し、共変微分ではこの交換子が一般に消えず、その差がちょうどテンソル $R^k_{\ lij}Z^l$ になる、という事実こそがテンソル解析の技巧の見せ所である。恒等式の完全な証明・可積分条件への応用はリッチの恒等式と可積分条件の担当とし、本記事では「テンソルの差はまたテンソルになる」という一般原理の具体例として引用するにとどめる。

Bianchi恒等式

リーマン曲率テンソル $R^k_{\ lij}$ は(第1・第2)Bianchi恒等式
$$ R^k_{\ lij}+R^k_{\ ijl}+R^k_{\ jli}=0,\qquad \nabla_mR^k_{\ lij}+\nabla_iR^k_{\ ljm}+\nabla_jR^k_{\ lmi}=0 $$
を満たす。証明と応用はリーマン曲率テンソルの担当とし、本記事では共変微分の交換子(ex-tensor-analysis-ricci-identity)と同種の、テンソルの間の代数的な恒等式の例として言明のみ引用する。

Einstein テンソル:複数のテンソル演算の合成

一般相対性理論では、リッチテンソル $R_{\mu\nu}$($(0,2)$型、$(1,3)$型のリーマン曲率テンソルを1回縮約して得る)とスカラー曲率 $R$($R_{\mu\nu}$ をさらに計量で縮約したスカラー)から、Einsteinテンソル
$$ G_{\mu\nu} := R_{\mu\nu} - \frac{1}{2}R\, g_{\mu\nu} $$
を作る。これは「曲率テンソルの縮約(性質節 prop-tensor-analysis-contraction-tensorial)」「計量によるスカラー倍・線形結合」という、いずれもテンソル解析の基本操作だけを合成して得られる $(0,2)$型テンソルである(Wald84)。個々のテンソル $R_{\mu\nu}$・$R$・$g_{\mu\nu}$ の定義と性質はそれぞれの記事の担当であり、本記事が主張するのはこれらの合成が首尾一貫した1つの $(0,2)$型テンソルを与える、という代数的な骨格の部分である。

反例:Christoffel記号はテンソルでない

接続 $\nabla$ の座標成分(Christoffel記号)$\Gamma^k_{ij}$ は $\nabla_{\partial_i}\partial_j = \Gamma^k_{ij}\partial_k$ で定まる。座標変換 $(x^i)\mapsto(\tilde x^i)$ のもとでの変換則は
$$ \tilde\Gamma^k_{ij} = \frac{\partial \tilde x^k}{\partial x^a}\frac{\partial x^b}{\partial \tilde x^i}\frac{\partial x^c}{\partial \tilde x^j}\,\Gamma^a_{bc} \ +\ \frac{\partial \tilde x^k}{\partial x^a}\frac{\partial^2 x^a}{\partial \tilde x^i\partial \tilde x^j} $$
であり(doCarmo92、Lee18)、右辺第2項(2階偏導関数の項)のために def-tensor-analysis-tensor-components-alt の $(1,2)$型テンソルの変換則を満たさない。すなわち $\Gamma^k_{ij}$ は3つの添字を持つが、テンソルの成分ではない。
このことは次の簡単な議論でも直接確かめられる。テンソルの変換則は線形かつ斉次(右辺に定数項や微分項が付かない)だから、ある座標系で成分がすべて $0$ になるテンソルは、どの座標系でも成分がすべて $0$ になる。ところが $M=\mathbb{R}^2$ にEuclid計量を入れ、$\nabla$ をLevi-Civita接続とすると、直交座標 $(x,y)$ では $\Gamma^k_{ij}\equiv 0$ である一方、極座標 $(r,\theta)$ では
$$ \Gamma^r_{\theta\theta}=-r,\qquad \Gamma^\theta_{r\theta}=\Gamma^\theta_{\theta r}=\frac{1}{r} $$
のように非零の成分を持つ。同じ接続 $\nabla$ を表す成分が、一方の座標系では恒等的に $0$ で他方では $0$ でないのだから、$\Gamma^k_{ij}$ がテンソルの成分でありえないことが、変換則の式を暗記していなくても分かる。
(対比)prop-tensor-analysis-index-lowering-welldefined で下げた $X_\theta=r^2$ は、どの座標系で計算しても同一の1-形式 $X^\flat$ を指す整合的な量であった。$\Gamma^k_{ij}$ にはそのような整合性がなく、「特定の座標系での接続の記述の仕方」に過ぎない。テンソル解析の実務では、添字が付いているというだけでテンソルだと即断せず、変換則を確認する習慣が要る。

性質

縮約(トレース)がテンソルを与えること

$T$ を $(p,q)$型テンソル場($p,q\geq 1$)とし、反変側の1つの添字位置と共変側の1つの添字位置を選んで同じ文字で和をとる操作(縮約、contraction)を
$$ (CT)^{i_1\cdots i_{p-1}}_{\ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ j_1\cdots j_{q-1}} := T^{i_1\cdots i_{p-1}\, m}_{\ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ j_1\cdots j_{q-1}\, m} $$
(選んだ2箇所に同じ添字 $m$ を代入し和をとる。表記を簡単にするため選んだ添字を末尾に置いた)と定める。このとき成分の組 $(CT)$ は座標の選び方によらない $(p-1,q-1)$型テンソル場を定める。

縮約がテンソルを与えることの証明

まず $p=q=1$ の場合を示せば十分である(一般の $p,q$ では、縮約に関与しない残り $p-1$ 個の上添字・$q-1$ 個の下添字に対応するJacobi行列の因子は計算の間ずっと変化せず、以下の議論にそのまま付け足せるだけだからである)。
$T=T^i_j$ を $(1,1)$型テンソル場とし、$CT:=T^m_m$(スカラー関数)とおく。座標変換 $(x^i)\mapsto(\tilde x^i)$ に対し $A^i_j:=\partial\tilde x^i/\partial x^j$、$B^i_j:=\partial x^i/\partial\tilde x^j$ とすると $A^i_kB^k_j=\delta^i_j$ であり、def-tensor-analysis-tensor-components-alt の変換則より
$$ \widetilde{CT} = \tilde T^m_m = A^m_a B^b_m\, T^a_b = \left(B^b_m A^m_a\right) T^a_b = \delta^b_a\, T^a_b = T^a_a = CT . $$
(3つ目の等号で $B^b_mA^m_a=\delta^b_a$、すなわち逆Jacobi行列どうしの積が単位行列になることを用いた。)よって $\widetilde{CT}=CT$、すなわち $CT$ はどの座標系で計算しても同じ値を持つスカラー関数であり、座標に依存しない $(0,0)$型テンソル場を定める。一般の $p,q$ でも、縮約に使う添字対に対応する $A,B$ の因子だけがちょうど打ち消し合い、残りの $A^{i_1}_{k_1}\cdots,\, B^{l_1}_{j_1}\cdots$ の因子はそのまま残るので、$(CT)$ は $(p-1,q-1)$型の変換則を満たす。$\blacksquare$

計量テンソルによる添字の下げのwell-definedness

$(M,g)$ を(擬)Riemann多様体、$X$ をベクトル場とする。各座標近傍で $X_i:=g_{ij}X^j$(Einstein総和規約)と定めると、この成分の組 $(X_i)$ は座標近傍の取り方によらずに定まる1つの1-形式の成分であり、それは
$$ X^\flat(Y) := g(X,Y)\qquad\text{(}Y\text{ はベクトル場)} $$
で座標に依存せず特徴づけられる1-形式 $X^\flat$ に一致する。

添字の下げのwell-definednessの証明

$g$ は $(0,2)$型テンソル場、$X$ は $(1,0)$型テンソル場だから、def-tensor-analysis-tensor-components-alt の変換則により
$$ \tilde g_{ij} = B^k_iB^l_j\, g_{kl},\qquad \tilde X^i = A^i_m X^m $$
が成り立つ(記号は prf-tensor-analysis-contraction-tensorial と同じ)。よって
$$ \tilde X_i := \tilde g_{ij}\tilde X^j = B^k_iB^l_j\, g_{kl}\cdot A^j_m X^m = B^k_i\left(B^l_jA^j_m\right) g_{kl}X^m = B^k_i\,\delta^l_m\, g_{kl}X^m = B^k_i\, g_{kl}X^l = B^k_i\, X_k . $$
(4つ目の等号で $B^l_jA^j_m=\delta^l_m$ を用いた。)これはまさに $(0,1)$型テンソルの変換則 $\tilde\omega_i=B^k_i\,\omega_k$ であり、$(X_i)$ が座標変換で一貫してテンソルとして振る舞うことを示す。したがって $(X_i)$ はある1つの1-形式 $X^\flat$ の、どの座標系でも成分 $g_{ij}X^j$ を持つという整合的な表示であり、well-defined である。最後に、任意のベクトル場 $Y=Y^i\partial_i$ に対し
$$ X^\flat(Y) = X_iY^i = g_{ij}X^jY^i = g_{ji}X^jY^i = g(X,Y) $$
(3つ目の等号で計量テンソルの対称性 $g_{ij}=g_{ji}$ を用いて添字 $i,j$ を入れ替え、$g(X,Y)=g_{ji}X^jY^i$ という $g$ の定義に合わせた)となり、これは座標に一切言及しない式なので、$X^\flat$ の座標に依存しない特徴づけを与える。$\blacksquare$

prop-tensor-analysis-index-lowering-welldefined は $CT=g_{ij}X^j$($g\otimes X$ を1回縮約したもの)と見れば prop-tensor-analysis-contraction-tensorial の特別な場合である。添字の上げ($g$ の逆テンソル $g^{ij}$ による1-形式からベクトル場への対応、音楽同型 $\sharp$:$X^i=g^{ij}\omega_j$)も同じ議論で well-defined になる(詳細は同様なので略す)。

共変微分の縮約に対するLeibniz則

$M$ 上のアフィン接続 $\nabla$(ベクトル場に対するKoszul接続としての接続)を、テンソル場全体へ次の4条件により一意に拡張したものとする: (i) 関数 $f$ に対し $\nabla_Xf=X(f)$、(ii) ベクトル場上ではもとの $\nabla$ と一致、(iii) テンソル積に対しLeibniz則 $\nabla_X(S\otimes T)=\nabla_XS\otimes T+S\otimes\nabla_XT$ を満たす、(iv) 縮約 $C$(prop-tensor-analysis-contraction-tensorial の意味の縮約)と可換:$\nabla_X(CT)=C(\nabla_XT)$。このとき任意の1-形式 $\omega$ とベクトル場 $Y$ に対し
$$ (\nabla_X\omega)(Y) = X(\omega(Y)) - \omega(\nabla_XY) $$
が成り立つ。

共変微分のLeibniz則の証明

$\omega(Y)$ は $\omega\otimes Y$($(1,1)$型テンソル場)を1回縮約したスカラー関数 $C(\omega\otimes Y)$ に等しい。よって条件(iv)と(i)より
$$ X(\omega(Y)) = \nabla_X\bigl(C(\omega\otimes Y)\bigr) = C\bigl(\nabla_X(\omega\otimes Y)\bigr). $$
一方、条件(iii)(テンソル積に対するLeibniz則)より
$$ \nabla_X(\omega\otimes Y) = \nabla_X\omega\otimes Y + \omega\otimes\nabla_XY . $$
縮約 $C$ は(各成分ごとの和なので)線形だから、これに $C$ を施すと
$$ C\bigl(\nabla_X(\omega\otimes Y)\bigr) = C(\nabla_X\omega\otimes Y) + C(\omega\otimes\nabla_XY) = (\nabla_X\omega)(Y) + \omega(\nabla_XY), $$
最後の等号で条件(ii)($\nabla_XY$ はもとの接続と一致)を用いた。以上の2式を合わせると
$$ X(\omega(Y)) = (\nabla_X\omega)(Y) + \omega(\nabla_XY) $$
となり、移項して主張を得る。$\blacksquare$

この式は、$\nabla$ を1-形式の場へ拡張する際の定義式として教科書的にもよく採用される(Lee18、doCarmo92)。ここで示したのは、その式が天下り的な追加の公理ではなく、(i)–(iv) というテンソル解析の基本規則だけから一意に導かれる、という点である。座標成分に直すと、接続係数 $\Gamma^k_{ij}$ を用いて $\nabla_i\omega_j=\partial_i\omega_j-\Gamma^k_{ij}\omega_k$ となる(rem-tensor-analysis-nonexample-christoffel の非テンソル性を持つ $\Gamma$ が、$\partial_i\omega_j$ という非テンソル量を補正してテンソル $\nabla_i\omega_j$ に直している点に注意する)。

テンソル解析の3表記法

同じテンソルを表すのに、目的に応じて主に3通りの記法が使われる。相互の対応を比較表にまとめる。

表記法$(1,1)$型テンソルの書き方座標変換・縮約の扱い主な使い所
添字記法(index notation)$T^i_j$(座標ごとの成分の配列)Einstein総和規約で明示的に計算。def-tensor-analysis-tensor-components-alt の変換則を毎回確認する必要がある具体的な計算、物理(一般相対論の計算実務)、多くの教科書の標準
座標に依存しない記法(coordinate-free / abstract)$T\colon T^*_xM\times T_xM\to\mathbb{R}$、または $T\in T_xM\otimes T_x^*M$写像・テンソル積の合成として扱う。変換則を確認する必要がそもそもない(座標を選んでいないため)幾何学的な一般論・証明。本記事の定義・性質節はこの流儀を主に用いる
Abstract index記法(抽象添字記法)$T^a_b$($a,b$ は成分ではなく「テンソルの型(枠)」を表すラベル)座標に依存しないが、添字記法の計算の簡便さ(縮約・対称化の書きやすさ)を保つ。特定の座標系の成分 $T^i_j$ とは別物であることを常に意識する一般相対性理論(Wald流)。数学と物理の記法の橋渡し

3つの記法は同じ数学的対象を指しており、def-tensor-analysis-tensor-of-type-pq(座標に依存しない記法の定義そのもの)と def-tensor-analysis-tensor-components-alt(添字記法での特徴づけ)が翻訳規則を与える。abstract index記法は、添字 $a,b,\ldots$ を「和をとる相手を指定するラベル」として使う点で添字記法に似るが、それが指す添字はあくまで座標に依存しない写像の引数の型であり、特定の座標系での数値の並びではない(Wald84)。本サイトの他記事では主に座標に依存しない記法と添字記法を併用し、abstract index記法は一般相対論との接続を明示したい場面(リッチの恒等式と可積分条件等)に限って使う。

分野ごとの使われ方

「テンソル解析」は分野を横断する共通言語だが、どの操作が主役になるかは分野ごとに大きく異なる。

  • 微分幾何学(Riemann幾何学): リーマン接続・リーマン曲率テンソル・リッチテンソル・スカラー曲率・断面曲率が主役で、対称性(リッチの恒等式と可積分条件のような可換性の破れ方)を精密に分類することが理論の骨格になる。本記事の3つの証明(縮約・添字の上げ下げ・共変微分の拡張)は、これらの記事が前提として使う基本操作にあたる。
  • 一般相対性理論: 添字記法とabstract index記法が両方日常的に使われ(比較表参照)、Einsteinテンソル(ex-tensor-analysis-einstein-tensor)のように複数の演算を合成した $(0,2)$型テンソルが物理量(Einstein方程式の左辺)として直接現れる。符号 $(-,+,+,+)$ 等の計量の符号数が結果に影響するため、文献ごとの規約差に注意が要る。
  • 連続体力学・弾性力学: 応力テンソル・ひずみテンソルは $\mathbb{R}^3$ 上の対称 $(0,2)$型テンソル場で、多様体論の一般論を経由せず添字記法(またはVoigt記法という工学的な簡略記法)で直接扱われることが多い。座標変換はほぼ直交群 $O(3)$ の作用に限られ、一般の微分同相写像に対する変換則を意識する場面は比較的少ない。
  • 代数学(多重線形代数): 多様体の構造を離れ、単一のベクトル空間 $V$ とその双対 $V^*$ 上のテンソル積 $V^{\otimes p}\otimes (V^*)^{\otimes q}$ そのものを研究対象とする立場もある。この立場では「場」としての滑らかさは問題にならず、双対空間の代数だけでテンソルの性質(対称化・交代化・p-形式への特殊化)が展開される。

関連項目

参考文献

Mathpediaは寄付と、参考文献の書籍リンク(Amazonアソシエイト)の紹介料で運営されています。 支援について / 寄付する