Möbiusの反転公式

同義語:メビウスの反転公式Möbius inversion formulaMöbius反転

概要

Möbiusの反転公式(Möbius inversion formula)とは、約数にわたる和 $F(n)=\sum_{d\mid n}f(d)$ がすべての正の整数 $n$ で成り立つことと、Möbius 関数 $\mu$ を係数とする $f(n)=\sum_{d\mid n}\mu(d)F(n/d)$ がすべての $n$ で成り立つことが同値である、という公式である。より一般に、各元の下にある元が有限個しかない半順序集合では、その Möbius 関数を係数として、下にある元にわたる和から元の関数を取り戻せる。部分集合の包含関係の場合が包除原理であり、値が乗法的なアーベル群に属する場合は円分多項式の公式 $\Phi_n(x)=\prod_{d\mid n}(x^d-1)^{\mu(n/d)}$ を与える。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: Möbius関数, 半順序集合, 約数, アーベル群
「足し合わせたものから、足される前のものを取り戻す」問題を 3 つ並べてみる。

  1. 数列 $f(1),f(2),\dots$ の累積和 $g(n)=f(1)+\dots+f(n)$ が分かれば、$f(n)=g(n)-g(n-1)$ と差をとって元に戻せる。
  2. Eulerのφ関数 は $n$ の約数にわたる和が $\sum_{d\mid n}\varphi(d)=n$ となる。ここから $\varphi(n)=\sum_{d\mid n}\mu(d)\frac nd$ と取り戻せ、$\varphi(12)=12-6-4+2=4$ である($\mu$ はMöbius関数)。
  3. $0$ から $9$ の数字を 4 つ並べた列のうち、$1,2,3$ をすべて含むものの個数は、「$1$ を含まないもの」などの個数を足し引きして $10^4-3\cdot9^4+3\cdot8^4-7^4=204$ と求まる(包含と除去の原理)。
    1 は整数の大小の順序、2 は割り切る関係、3 は集合の包含関係についての「和の逆操作」であり、どれも係数 $1,-1,0$ のついた和で元に戻している。この 3 つを、半順序集合の上で定義される Möbius 関数を係数とする 1 つの公式にまとめたものが Möbiusの反転公式 である。本記事では、この一般の反転公式を証明し、それが約数についての古典的な公式と包除原理を特別な場合として含むこと、値が積で結ばれる場合の乗法的な反転(円分多項式の公式)、和の範囲による反転(互いに素な数の組の個数)を扱う。

定義

数論で単に「Möbiusの反転公式」というときは、次の古典的な形を指す。正の整数全体で定義された関数 $f,F$ について
$$ F(n)=\sum_{d\mid n}f(d)\quad(\text{すべての }n\ge1)\iff f(n)=\sum_{d\mid n}\mu(d)\,F\!\left(\frac nd\right)\quad(\text{すべての }n\ge1) $$
が成り立つ。$\mu$ は Möbius関数($\mu(1)=1$、相異なる $k$ 個の素数の積で $(-1)^k$、$1$ より大きい平方数で割り切れれば $0$)であり、この形の証明は Möbius関数 の記事の定理「Möbiusの反転公式」にある(Dirichlet 積による)。以下ではこれを半順序集合に一般化する。
半順序集合 $P$ の $p\le q$ に対し、区間を $[p,q]:=\{r\in P\mid p\le r\le q\}$ と書く。すべての区間が有限集合であるとき、$P$ は 局所有限 であるという。

半順序集合の Möbius 関数

局所有限な半順序集合 $P$ に対し、関数 $\mu_P\colon P\times P\to\mathbb{Z}$ を、$p\not\le q$ なら $\mu_P(p,q):=0$、$\mu_P(p,p):=1$、$p< q$ なら
$$ \mu_P(p,q):=-\sum_{p\le r< q}\mu_P(p,r) $$
により(区間 $[p,q]$ の元の個数についての帰納法で)定める。$\mu_P$ を $P$ の Möbius 関数 という。定め方から、$p\le q$ について
$$ \sum_{p\le r\le q}\mu_P(p,r)=\delta_{p,q} $$
が成り立つ。ここで $\delta_{p,q}$ は $p=q$ なら $1$、そうでなければ $0$ である。

右辺の和 $\sum_{p\le r< q}$ に現れる区間 $[p,r]$ は $[p,q]$ より元が少ないので、帰納的な定義は正当である。逆に、この等式を満たす関数は同じ帰納法で $\mu_P$ に一致する(数え上げ組合せ論 の記事の命題「存在と一意性」)。$\mu_P(p,q)$ の値は区間 $[p,q]$ の順序構造だけで決まる。

下に有限な半順序集合

半順序集合 $P$ の各元 $q$ について $\{p\in P\mid p\le q\}$ が有限集合であるとき、$P$ は 下に有限 であるという。下に有限な半順序集合は局所有限である。同様に、各 $p$ について $\{q\in P\mid q\ge p\}$ が有限であるとき 上に有限 であるという。

直感

有限な半順序集合 $P=\{x_1,\dots,x_N\}$ の元を、$x_i< x_j$ なら $i< j$ となるように並べる。$\zeta(x_i,x_j):=1$($x_i\le x_j$)、$0$(それ以外)を成分とする $N\times N$ 行列 $Z$ は、対角成分が $1$ の上三角行列なので逆行列をもつ。$g(q)=\sum_{p\le q}f(p)$ は、行ベクトル $f$ に $Z$ を右から掛けて $g=fZ$ とすることであり、$f=gZ^{-1}$ と戻せる。この逆行列の成分がちょうど $\mu_P(x_i,x_j)$ である(lem-minv-dual の証明)。Möbius の反転公式は「累積和の行列の逆行列を書き下したもの」であり、Möbius 関数は差分の一般化である。
全順序(鎖)では $\mu(n,n)=1$、$\mu(n-1,n)=-1$、それ以外は $0$ となり、逆行列は隣どうしの差をとる操作になる(数え上げ組合せ論 の記事の例「整数の鎖」)。割り切る関係や包含関係のように枝分かれのある順序では、差のとり方が複雑になり、その係数を記録するのが Möbius 関数である。

例と反例

反例:下に無限な順序では戻せない

整数全体 $\mathbb{Z}$ に通常の大小の順序を入れる。これは局所有限であり(区間 $[p,q]$ は $q-p+1$ 個の元)、Möbius 関数は $\mu(q,q)=1$、$\mu(q-1,q)=-1$、それ以外は $0$ である。しかし下に有限ではない。
$g(q):=1$(すべての $q$)とおくと、反転の式の右辺は $\sum_{p\le q}\mu(p,q)g(p)=g(q)-g(q-1)=0$ なので、$f:=0$ は thm-minv-poset の条件 2 を満たす。ところが $f=0$ の累積和は $\sum_{p\le q}f(p)=0\neq1=g(q)$ なので条件 1 は成り立たない。この例は仮定「下に有限」を破っており、「条件 2 から条件 1 が従う」という含意を破る。累積和が「最初の項」から始まらないと、差から元の関数は復元できない。

反例:値が群でないと乗法的な反転は一意でない

正の整数上の整数値関数 $f,f'$ を、$f(2)=0$、$f(n)=1$($n\neq2$)、$f'(2)=f'(4)=0$、$f'(n)=1$($n\neq2,4$)で定める。$F(n):=\prod_{d\mid n}f(d)$、$F'(n):=\prod_{d\mid n}f'(d)$ とすると、$n$ が偶数なら約数に $2$ を含むので $F(n)=F'(n)=0$、$n$ が奇数なら $F(n)=F'(n)=1$ であり、$F=F'$ である。しかし $f(4)=1\neq0=f'(4)$ である。したがって積 $\prod_{d\mid n}f(d)$ から $f$ を取り戻すことはできない。整数の掛け算は $0$ が逆元をもたないので群をなさず、cor-minv-multiplicative の仮定「値がアーベル群に属する」を破っている。この例は「約数にわたる積からいつでも元の関数が一意に定まる」という含意を破る。

性質

半順序集合の上の反転公式

右側からの和

$P$ を局所有限な半順序集合とする。$p\le q$ について
$$ \sum_{p\le r\le q}\mu_P(r,q)=\delta_{p,q} $$
が成り立つ。

有限な区間の上の行列

区間 $I:=[p,q]$ は有限集合である。$x,y\in I$ に対し、$I$ で添字づけた正方行列 $M,Z$ を $M_{x,y}:=\mu_P(x,y)$、$Z_{x,y}:=1$($x\le y$)、$0$(それ以外)で定める。$x,y\in I$ で $x\le y$ なら、$x\le r\le y$ を満たす $r$ はすべて $I$ に属するので
$$ (MZ)_{x,y}=\sum_{r\in I,\ r\le y}\mu_P(x,r)=\sum_{x\le r\le y}\mu_P(x,r)=\delta_{x,y} $$
であり($\mu_P(x,r)=0$ は $x\not\le r$ のとき)、$x\not\le y$ なら $r\le y$ かつ $x\le r$ となる $r$ はないので $(MZ)_{x,y}=0$ である。よって $MZ$ は単位行列である。有限な正方行列では左逆行列は右逆行列でもあるので(行列式が $0$ でなく、逆行列は一意)、$ZM$ も単位行列であり、その $(p,q)$ 成分は
$$ (ZM)_{p,q}=\sum_{r\in I,\ p\le r}\mu_P(r,q)=\sum_{p\le r\le q}\mu_P(r,q)=\delta_{p,q} $$
である。$\square$

半順序集合の上の Möbiusの反転公式

$P$ を下に有限な半順序集合、$A$ をアーベル群(加法で書く)とし、$f,g\colon P\to A$ を写像とする。次の 2 条件は同値である。

  1. すべての $q\in P$ について $g(q)=\displaystyle\sum_{p\le q}f(p)$ である。
  2. すべての $q\in P$ について $f(q)=\displaystyle\sum_{p\le q}\mu_P(p,q)\,g(p)$ である。
    ここで整数 $k$ と $a\in A$ に対し $ka$ は $a$ の $k$ 倍($k<0$ なら $-a$ の $|k|$ 倍)を表す。和はすべて有限和である。
和の順序を入れ替える

$P$ は下に有限なので、$\{p\mid p\le q\}$ も、その各元 $p$ の下の集合も有限であり、以下の和はすべて有限和である。有限和の順序はアーベル群の中で自由に入れ替えられる。
1 ⇒ 2:$q$ を固定すると
$$ \sum_{p\le q}\mu_P(p,q)\,g(p)=\sum_{p\le q}\mu_P(p,q)\sum_{r\le p}f(r)=\sum_{r\le q}\Bigl(\sum_{r\le p\le q}\mu_P(p,q)\Bigr)f(r)=\sum_{r\le q}\delta_{r,q}f(r)=f(q) $$
である。2 つ目の等号は、組 $(r,p)$ で $r\le p\le q$ を満たすもの全体を、$r$ を先に固定して数え直したものであり、3 つ目の等号は lem-minv-dual による。
2 ⇒ 1:$q$ を固定すると
$$ \sum_{p\le q}f(p)=\sum_{p\le q}\sum_{r\le p}\mu_P(r,p)\,g(r)=\sum_{r\le q}\Bigl(\sum_{r\le p\le q}\mu_P(r,p)\Bigr)g(r)=\sum_{r\le q}\delta_{r,q}\,g(r)=g(q) $$
である。3 つ目の等号は def-minv-poset-mobius の等式による。$\square$

2 ⇒ 1 の証明は下に有限であることを本質的に使っており、ex-minv-infinite-below はこの仮定を外すと結論が破れる例である。上向きの和についても同じ形の公式がある。

上向きの和の反転公式

$P$ を上に有限な半順序集合、$A$ をアーベル群とし、$f,g\colon P\to A$ とする。すべての $p$ について $g(p)=\sum_{q\ge p}f(q)$ であることと、すべての $p$ について $f(p)=\sum_{q\ge p}\mu_P(p,q)\,g(q)$ であることは同値である。

順序を逆にする

$P$ の順序を逆にした半順序集合 $P^{\mathrm{op}}$($p\le^{\mathrm{op}}q\iff q\le p$)は下に有限である。$\nu(q,p):=\mu_P(p,q)$ とおくと、$P^{\mathrm{op}}$ で $q\le^{\mathrm{op}}p$ となる組について、lem-minv-dual から $\sum_{q\le^{\mathrm{op}}r\le^{\mathrm{op}}p}\nu(q,r)=\sum_{p\le r\le q}\mu_P(r,q)=\delta_{p,q}$ である。$P^{\mathrm{op}}$ の Möbius 関数の一意性(def-minv-poset-mobius の後の注意)により $\nu=\mu_{P^{\mathrm{op}}}$ である。$P^{\mathrm{op}}$ に thm-minv-poset を適用すると主張を得る。$\square$

部分集合の順序と包除原理

部分集合の順序の Möbius 関数

有限集合 $X$ の部分集合全体を包含関係 $\subset$ で順序づけた半順序集合(冪集合)の Möbius 関数は、$S\subset T$ のとき $\mu(S,T)=(-1)^{|T\setminus S|}$ である。

二項定理で確かめる

$\nu(S,T):=(-1)^{|T\setminus S|}$($S\subset T$)、$\nu(S,T):=0$(それ以外)とおく。$\nu(S,S)=1$ である。$S\subsetneq T$、$k:=|T\setminus S|\ge1$ とすると、$S\subset U\subset T$ となる $U$ は $T\setminus S$ の部分集合 $U\setminus S$ と 1 対 1 に対応するので、二項定理により
$$ \sum_{S\subset U\subset T}\nu(S,U)=\sum_{j=0}^k\binom kj(-1)^j=(1-1)^k=0 $$
である。よって $\nu$ は def-minv-poset-mobius の等式を満たし、一意性により $\nu=\mu$ である。$\square$

包除原理

$X$ を有限集合、$A_1,\dots,A_k$ を $X$ の部分集合とし、$S\subset\{1,\dots,k\}$ に対し $A_S:=\bigcap_{i\in S}A_i$($A_\emptyset:=X$)とおく。このとき
$$ \Bigl|X\setminus\bigcup_{i=1}^kA_i\Bigr|=\sum_{S\subset\{1,\dots,k\}}(-1)^{|S|}\,|A_S| $$
が成り立つ。

上向きの反転公式を使う

$x\in X$ に対し $I(x):=\{i\mid x\in A_i\}$ とおく。$S\subset\{1,\dots,k\}$ について、$N_=(S):=\#\{x\in X\mid I(x)=S\}$、$N_\ge(S):=\#\{x\in X\mid I(x)\supset S\}$ と定める。$I(x)\supset S$ は $x\in A_S$ と同値なので $N_\ge(S)=|A_S|$ であり、$I(x)$ の値で分類すると $N_\ge(S)=\sum_{T\supset S}N_=(T)$ である。$\{1,\dots,k\}$ の部分集合全体は有限なので上に有限であり、cor-minv-upward と prop-minv-boolean により
$$ N_=(S)=\sum_{T\supset S}(-1)^{|T\setminus S|}N_\ge(T)=\sum_{T\supset S}(-1)^{|T\setminus S|}|A_T| $$
である。$S=\emptyset$ とすると、左辺はどの $A_i$ にも属さない $x$ の個数なので、主張を得る。$\square$

冒頭の 3 の例では、$X$ を $0$〜$9$ の数字の長さ 4 の列全体($10^4$ 個)、$A_i$ を数字 $i$ を含まない列全体($i=1,2,3$)とする。$|A_S|=(10-|S|)^4$ なので、どの $A_i$ にも属さない列、すなわち $1,2,3$ をすべて含む列の個数は $10^4-3\cdot9^4+3\cdot8^4-7^4=10000-19683+12288-2401=204$ である。包除原理の別の証明と応用は 数え上げ組合せ論 の記事の定理「包除の等式」にある。

約数の順序と古典的な反転公式

約数の順序の Möbius 関数

正の整数全体を割り切る関係 $\mid$ で順序づけた半順序集合 $D$ は下に有限であり、その Möbius 関数は $d\mid n$ のとき $\mu_D(d,n)=\mu(n/d)$ である(右辺は Möbius関数)。

区間を平行移動する

$n$ の約数は有限個なので $D$ は下に有限である。$d\mid n$ のとき $\nu(d,n):=\mu(n/d)$、それ以外で $\nu(d,n):=0$ とおく。$d\mid n$ について、$d\mid e\mid n$ を満たす $e$ は $e=dc$($c\mid n/d$)と 1 対 1 に対応し、$\nu(d,e)=\mu(c)$ なので
$$ \sum_{d\mid e\mid n}\nu(d,e)=\sum_{c\mid n/d}\mu(c) $$
である。これは Möbius関数 の記事の定理「約数にわたる和」により、$n/d=1$ すなわち $n=d$ なら $1$、それ以外は $0$ である。よって $\nu$ は def-minv-poset-mobius の等式を満たし、一意性により $\nu=\mu_D$ である。$\square$

thm-minv-poset を $D$ に適用すると、$p\le q$ は $d\mid n$、$\mu_D(d,n)=\mu(n/d)$ なので
$$ F(n)=\sum_{d\mid n}f(d)\ (\forall n)\iff f(n)=\sum_{d\mid n}\mu\!\left(\frac nd\right)F(d)\ (\forall n) $$
となる。$d\mapsto n/d$ は $n$ の約数全体の並べ替えなので、右辺は $\sum_{d\mid n}\mu(d)F(n/d)$ とも書け、これが「定義」の節の冒頭で述べた古典的な反転公式である。thm-minv-poset では値が任意のアーベル群でよいことに注意する。

乗法的な反転

アーベル群を乗法で書けば、和は積に、整数倍は冪に変わる。

乗法的な反転公式

$G$ を乗法で書いたアーベル群(たとえば正の実数全体、$0$ でない有理関数全体)とし、$f,F$ を正の整数全体から $G$ への写像とする。すべての $n$ について $F(n)=\prod_{d\mid n}f(d)$ であることと、すべての $n$ について
$$ f(n)=\prod_{d\mid n}F(d)^{\mu(n/d)} $$
であることは同値である。

群の演算を読み替える

$G$ の演算を加法と見なし、単位元を $0$、$a^k$ を $ka$ と書き直すと、主張は thm-minv-poset を prop-minv-divisor の半順序集合 $D$ に適用したものそのものである。$\square$

正の実数値の場合は、Möbius関数 の記事のとおり対数をとって和の反転公式に帰着することもできる。ex-minv-not-group は、値に $0$ を許して群でなくなると結論が成り立たないことを示している。
$n\ge1$ に対し、複素数で $\zeta^n=1$ を満たし、$1\le m< n$ では $\zeta^m\neq1$ となる $\zeta$ を 1 の原始 $n$ 乗根といい、
$$ \Phi_n(x):=\prod_{\zeta\text{ は 1 の原始 }n\text{ 乗根}}(x-\zeta) $$
を $n$ 番目の 円分多項式 という。

円分多項式の反転公式

$n\ge1$ について $x^n-1=\prod_{d\mid n}\Phi_d(x)$ であり、
$$ \Phi_n(x)=\prod_{d\mid n}\bigl(x^d-1\bigr)^{\mu(n/d)} $$
が $0$ でない有理関数の等式として成り立つ。

1 の冪根を位数で分ける

$x^n-1$ は相異なる $n$ 個の根 $e^{2\pi ik/n}$($0\le k< n$)をもつモニックな $n$ 次多項式なので、$x^n-1=\prod_{\zeta^n=1}(x-\zeta)$ である。$\zeta^n=1$ を満たす $\zeta$ について、$\zeta^m=1$ となる最小の正の整数を $d$ とすると(乗法群 $\mathbb{C}^\times$ における元の位数)、$\zeta^m=1$ は $d\mid m$ と同値なので $d\mid n$ であり、$\zeta$ は 1 の原始 $d$ 乗根である。逆に $d\mid n$ なら 1 の原始 $d$ 乗根 $\zeta$ は $\zeta^n=1$ を満たす。各 $\zeta$ の $d$ はただ 1 つなので、根を $d$ ごとに分けて $x^n-1=\prod_{d\mid n}\Phi_d(x)$ を得る。
$0$ でない有理関数全体は乗法についてアーベル群をなす。すべての $n$ で $x^n-1=\prod_{d\mid n}\Phi_d(x)$ が成り立つので、cor-minv-multiplicative を $f(d)=\Phi_d(x)$、$F(d)=x^d-1$ に適用して主張を得る。$\square$

たとえば $n=6$ では $\mu(6)=\mu(1)=1$、$\mu(3)=\mu(2)=-1$ なので
$$ \Phi_6(x)=\frac{(x^6-1)(x-1)}{(x^3-1)(x^2-1)}=\frac{(x^3+1)(x-1)}{x^2-1}=\frac{x^3+1}{x+1}=x^2-x+1 $$
である。同様に $\Phi_{12}(x)=\dfrac{(x^{12}-1)(x^2-1)}{(x^6-1)(x^4-1)}=x^4-x^2+1$ である。この公式は、複素数を使わずに整数係数の多項式の割り算だけで $\Phi_n$ を計算する方法を与える。

和の範囲による反転

約数ではなく「$x$ 以下のすべての $n$」にわたる和にも、同じ係数 $\mu$ による反転がある。

和の範囲による反転公式

$F,G$ を実数 $x\ge1$ で定義された複素数値の関数とする。次の 2 条件は同値である。

  1. すべての $x\ge1$ について $G(x)=\displaystyle\sum_{1\le n\le x}F\!\left(\frac xn\right)$ である。
  2. すべての $x\ge1$ について $F(x)=\displaystyle\sum_{1\le n\le x}\mu(n)\,G\!\left(\frac xn\right)$ である。
    和は $x$ 以下の正の整数 $n$ にわたる($n\le x$ なので $x/n\ge1$)。
積が x 以下の組で数え直す

正の整数 $n,m$ について、$m\le x/n$ は $nm\le x$ と同値である。
1 ⇒ 2:
$$ \sum_{n\le x}\mu(n)G\!\left(\frac xn\right)=\sum_{n\le x}\mu(n)\sum_{m\le x/n}F\!\left(\frac x{nm}\right)=\sum_{k\le x}\Bigl(\sum_{n\mid k}\mu(n)\Bigr)F\!\left(\frac xk\right)=F(x) $$
である。2 つ目の等号は組 $(n,m)$ を積 $k=nm\le x$ ごとにまとめたもので、3 つ目の等号は Möbius関数 の記事の定理「約数にわたる和」により内側の和が $k=1$ でだけ $1$ となることによる。
2 ⇒ 1:
$$ \sum_{n\le x}F\!\left(\frac xn\right)=\sum_{n\le x}\sum_{m\le x/n}\mu(m)G\!\left(\frac x{nm}\right)=\sum_{k\le x}\Bigl(\sum_{m\mid k}\mu(m)\Bigr)G\!\left(\frac xk\right)=G(x) $$
である。$\square$

関数が整数の上だけで定義されている場合は、$F(\lfloor x\rfloor)$ の形で読めばよい($\lfloor\lfloor x\rfloor/n\rfloor=\lfloor x/n\rfloor$ である。$\lfloor\cdot\rfloor$ は床関数)。Moser はこの形を「第 2 の Möbius 反転公式」と呼んでいる(Mos11 第 3 章、p. 29)。$F=1$、$G(x)=\lfloor x\rfloor$ の場合が、Möbius関数 の記事の系「床関数を使った和」$\sum_{d\le x}\mu(d)\lfloor x/d\rfloor=1$ である。

互いに素な数の組の個数

正の整数 $N$ について、$1\le a,b\le N$ で $\gcd(a,b)=1$ となる組 $(a,b)$ の個数を $C(N)$ とすると
$$ C(N)=\sum_{d=1}^N\mu(d)\left\lfloor\frac Nd\right\rfloor^2 $$
である。

最大公約数で分類する

実数 $x\ge1$ に対し、$1\le a,b\le x$ で互いに素な整数の組の個数を $C(x)$ とする。$1\le a,b\le x$ の組は全部で $\lfloor x\rfloor^2$ 個ある。$\gcd(a,b)=d$ となる組は、$a=da'$、$b=db'$ により、$1\le a',b'\le x/d$ で $\gcd(a',b')=1$ となる組と 1 対 1 に対応する(最大公約数 の記事の命題「最大公約数の計算規則」の 3 と 2)。$d$ は $1$ 以上 $x$ 以下なので
$$ \lfloor x\rfloor^2=\sum_{1\le d\le x}C\!\left(\frac xd\right) $$
である。thm-minv-second を $F=C$、$G(x)=\lfloor x\rfloor^2$ に適用し、$x=N$ とすると $\lfloor N/d\rfloor^2$ の式を得る。$\square$

$N=10$ では $\mu(1),\dots,\mu(10)=1,-1,-1,0,-1,1,-1,0,0,1$ と $\lfloor10/d\rfloor^2=100,25,9,4,4,1,1,1,1,1$ から $C(10)=100-25-9-4+1-1+1=63$ であり、$N=100$ では $C(100)=6087$ である。比 $C(N)/N^2$ は $0.63$、$0.6087$ と $6/\pi^2=0.6079\ldots$ に近づく。

互いに素な組の割合

$N\to\infty$ のとき $C(N)/N^2\to6/\pi^2$ である。

誤差を押さえて級数の積に移る

$1\le d\le N$ について $0\le N/d-\lfloor N/d\rfloor<1$ なので $0\le(N/d)^2-\lfloor N/d\rfloor^2<2N/d$ である。$|\mu(d)|\le1$ と prop-minv-coprime-pairs から
$$ \Bigl|C(N)-N^2\sum_{d=1}^N\frac{\mu(d)}{d^2}\Bigr|<\sum_{d=1}^N\frac{2N}d\le2N(1+\log N) $$
である(調和級数 の記事の命題「積分による上下の評価」)。$N^2$ で割ると右辺は $0$ に近づくので、$C(N)/N^2$ は $S:=\sum_{d=1}^\infty\mu(d)/d^2$ に収束する($|\mu(d)/d^2|\le1/d^2$ なので絶対収束する)。絶対収束する 2 つの級数の積は、項を任意にまとめ直して計算できるので
$$ S\cdot\sum_{m=1}^\infty\frac1{m^2}=\sum_{k=1}^\infty\frac1{k^2}\sum_{dm=k}\mu(d)=\sum_{k=1}^\infty\frac1{k^2}\sum_{d\mid k}\mu(d)=1 $$
である。Basel問題 の記事の定理「平方数の逆数の和」により $\sum_m1/m^2=\pi^2/6$ なので $S=6/\pi^2$ である。$\square$

この結果は「無作為に選んだ 2 つの正の整数が互いに素である確率は $6/\pi^2$」と言い表される。Moser は原点から見える格子点の割合としてこれを論じている(Mos11 第 3 章、pp. 31–32)。

補足

接続代数

局所有限な半順序集合 $P$ 上の関数 $\alpha\colon P\times P\to\mathbb{C}$ で $p\not\le q$ なら $\alpha(p,q)=0$ となるもの全体は、積 $(\alpha*\beta)(p,q):=\sum_{p\le r\le q}\alpha(p,r)\beta(r,q)$ によって結合的な環をなし、これを $P$ の接続代数(incidence algebra)という。$\zeta(p,q):=1$($p\le q$)はその元であり、def-minv-poset-mobius と lem-minv-dual は $\mu_P*\zeta=\zeta*\mu_P=\delta$、すなわち $\mu_P$ が $\zeta$ の逆元であることを述べている。約数の順序では、この環は数論的関数の Dirichlet 積の環(Möbius関数 の記事の定義「Dirichlet積の定義」)と対応する。半順序集合の Möbius 関数と接続代数の一般論は Rota によって体系化された(Rot64)。

文献

古典的な反転公式は Mos11 第 2 章、p. 12、Sho08 の PDF 版 Theorem 2.39(PDF p. 65)、Cri24 の Theorem 23.2.1(PDF p. 429)にある。Clark の講義ノートは第 8 章 §3 の Theorem 8.13(p. 114)で反転公式を述べ、§4.2(pp. 116–117)で円分多項式の公式 prop-minv-cyclotomic を導き、値がアーベル群に属する関数でも反転公式が成り立つことを注意している(Cla)。和の範囲による反転は Mos11 第 3 章、p. 29、互いに素な組の割合は同章 pp. 31–32 にある。

関連項目

参考文献

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