Euclid空間

同義語:ユークリッド空間Euclidean spacen次元Euclid空間

概要

Euclid空間(Euclidean space)とは、実数の $n$ 個の組全体 $\mathbb{R}^n$ に標準内積 $\langle x,y\rangle=\sum_ix_iy_i$ と、それが定める長さ $\|x\|$ と距離 $\|x-y\|$ を入れた空間であり、より一般には有限次元の実内積空間をいう。この距離が定める位相は座標ごとの直積位相と一致し、$\mathbb{R}^n$ は完備で、部分集合がコンパクトであることと有界閉集合であることが同値になる(Heine–Borel の定理)。原点を保つ等長写像は直交行列で表される。解析学と幾何学の基本の舞台であり、無限次元にすると有界閉集合がコンパクトとは限らなくなる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 実数, 内積, 距離空間

$n$ 個の実数の組 $(x_1,\dots,x_n)$ 全体に、座標の差の二乗和の平方根で長さと距離を入れた空間が Euclid 空間 $\mathbb{R}^n$ である。平面 $\mathbb{R}^2$ と空間 $\mathbb{R}^3$ で親しんでいる「長さ」「角」「直交」「近さ」を任意の次元で同じ式で扱えるようにしたもので、解析学では極限と連続性の舞台、幾何学では多様体を局所的に写し取る手本、位相空間論では例と反例の主な供給源になる。中心になる事実は、完備性、Heine–Borel の定理(有界閉集合とコンパクト集合の一致)、距離を保つ写像が直交行列と平行移動で書けることの 3 つであり、それぞれが実数の完備性・有限次元・内積のどれに依存するかを反例で確かめる。

定義

$\mathbb{N}$ は $0$ を含む自然数全体とする。$n\in\mathbb{N}$ について、実数の $n$ 個の組の全体を $\mathbb{R}^n:=\{x=(x_1,\dots,x_n)\mid x_i\in\mathbb{R}\}$ と書き、成分ごとの和とスカラー倍で実ベクトル空間とみなす。$\mathbb{R}^0$ はただ 1 点 $0$ からなる。

Euclid 空間

$n\in\mathbb{N}$ とする。$x,y\in\mathbb{R}^n$ に対し
$$ \langle x,y\rangle:=\sum_{i=1}^nx_iy_i,\qquad \|x\|:=\sqrt{\langle x,x\rangle}=\Bigl(\sum_{i=1}^nx_i^2\Bigr)^{1/2},\qquad d(x,y):=\|x-y\| $$
と定める。それぞれを標準内積、Euclid ノルム、Euclid 距離という。実ベクトル空間 $\mathbb{R}^n$ にこの 3 つを入れたものを $n$ 次元 Euclid 空間(Euclidean space)という。Euclid 距離 $d$ が定める距離空間の位相(下の開集合の全体)を $\mathbb{R}^n$ の通常の位相(Euclid 位相)という。

距離空間 $(X,d)$ の位相とは、開球 $B(a,r):=\{x\in X\mid d(a,x)< r\}$($a\in X$、$r>0$)を使って「$U\subset X$ が開集合 $:\iff$ 各 $x\in U$ に対し $B(x,r)\subset U$ となる $r>0$ がある」と定めたものである(距離空間 の命題「開球が生成する位相」)。$\mathbb{R}^n$ について「開集合」「閉集合」「収束」「連続」「コンパクト」と言えば、断らない限りこの通常の位相についてである。$\mathbb{R}^n$ の部分集合 $A$ が有界であるとは、ある $M>0$ について $A\subset\{x\mid\|x\|\le M\}$ となることをいう。次の記号を使う。
$$ S^{n-1}:=\{x\in\mathbb{R}^n\mid\|x\|=1\},\qquad D^n:=\{x\in\mathbb{R}^n\mid\|x\|\le1\}. $$
$S^{n-1}$ を単位球面、$D^n$ を閉単位球という(n次元球面)。$e_1,\dots,e_n$ は標準基底($e_i$ は第 $i$ 成分だけが $1$ の点)である。
内積の公理(双線形・対称・正定値)を満たす一般の内積を考えると、上の定義は次のように言い直せる。

抽象的な Euclid 空間

有限次元の実ベクトル空間 $V$ と $V$ 上の内積 $\langle\cdot,\cdot\rangle$ の組をEuclid ベクトル空間または(抽象的な)Euclid 空間という。$\|v\|:=\sqrt{\langle v,v\rangle}$ と $d(v,w):=\|v-w\|$ によって $V$ を距離空間とみなす。$\dim V=n$ のとき $n$ 次元 Euclid 空間という。

後の prop-euclidean-space-abstract-coordinates で示すように、$n$ 次元の Euclid ベクトル空間は、正規直交基底を 1 つ選ぶと、内積・距離を保つ線形同型で $\mathbb{R}^n$ と同一視できる。したがって $\mathbb{R}^n$ について証明することは、すべての有限次元実内積空間について成り立つ。

原点を選ばない見方(アフィン Euclid 空間)

初等幾何の平面や空間には、特別な点(原点)も特別な方向(座標軸)もない。原点を決めない「点の集合」に、2 点を結ぶベクトルとその長さで距離を入れたものをアフィン Euclid 空間という。原点と正規直交基底を選ぶと直交座標によって $\mathbb{R}^n$ と同一視され、選び方を替えると座標は $x\mapsto Ax+b$($A$ は直交行列)の形で変わる(cor-euclidean-space-isometry-affine)。距離・角・位相はこの変換で変わらないので、それらについての主張はどの直交座標で証明してもよい。文献によっては、原点のないこの空間を「Euclid 空間」と呼び、$\mathbb{R}^n$ を「数空間」「座標空間」と呼んで区別する。

アフィン Euclid 空間の定義を開く

点の集合 $E$、Euclid ベクトル空間 $V$、および 2 点 $P,Q\in E$ に「$P$ から $Q$ へのベクトル」$\overrightarrow{PQ}\in V$ を対応させる写像の組で、各 $P$ について $Q\mapsto\overrightarrow{PQ}$ が $E$ から $V$ への全単射であり、$\overrightarrow{PQ}+\overrightarrow{QR}=\overrightarrow{PR}$ がすべての $P,Q,R$ で成り立つものを考え、$d(P,Q):=\|\overrightarrow{PQ}\|$ と定める。点 $O\in E$ と $V$ の正規直交基底 $v_1,\dots,v_n$ を選び、$P$ に $\overrightarrow{OP}=\sum_ix_iv_i$ の係数 $(x_1,\dots,x_n)$ を対応させると、$\overrightarrow{PQ}=\overrightarrow{OQ}-\overrightarrow{OP}$ と prop-euclidean-space-abstract-coordinates により、これは距離を保つ全単射 $E\to\mathbb{R}^n$ である。

Euclid 距離が距離であること

距離の公理のうち三角不等式の鍵が Cauchy–Schwarz の不等式である。一般の内積についての証明は 内積 の定理「内積のCauchy–Schwarz不等式」にあるが、$\mathbb{R}^n$ では差を平方和として書き出せる。

Lagrange の恒等式と Cauchy–Schwarz の不等式

$x,y\in\mathbb{R}^n$ について
$$ \|x\|^2\|y\|^2-\langle x,y\rangle^2=\sum_{1\le i< j\le n}(x_iy_j-x_jy_i)^2 $$
が成り立つ。したがって $\lvert\langle x,y\rangle\rvert\le\|x\|\,\|y\|$ であり、等号は $x,y$ の一方が他方のスカラー倍であるとき、かつそのときに限る。

左辺を展開すると $\sum_{i,j}x_i^2y_j^2-\sum_{i,j}x_iy_ix_jy_j$ であり、$i=j$ の項は打ち消し合う。$i\ne j$ の項を $\{i,j\}$($i< j$)ごとにまとめると $x_i^2y_j^2+x_j^2y_i^2-2x_iy_ix_jy_j=(x_iy_j-x_jy_i)^2$ となり、恒等式を得る。右辺は $0$ 以上なので不等式が従う。等号は、すべての $i< j$ で $x_iy_j=x_jy_i$ となることと同値であり、これは $x,y$ の一方が他方のスカラー倍であることと同値である。$\square$

詳細

$x=0$ なら $x=0\cdot y$ である。$x\ne0$ なら $x_k\ne0$ となる $k$ を選び $c:=y_k/x_k$ とおくと、各 $j$ で $x_ky_j=x_jy_k$ から $y_j=cx_j$、すなわち $y=cx$ である。逆に $y=cx$ なら $x_iy_j-x_jy_i=c(x_ix_j-x_jx_i)=0$ であり、$x=cy$ の場合も同様である。

Euclid 距離は距離である

$d(x,y)=\|x-y\|$ は $\mathbb{R}^n$ 上の距離である。とくに三角不等式 $\|x+y\|\le\|x\|+\|y\|$ と $d(x,z)\le d(x,y)+d(y,z)$ が成り立つ。

非負性・分離性・対称性は、$\|x\|=0$ なら $\sum x_i^2=0$ から各 $x_i=0$ となることと $\|{-x}\|=\|x\|$ から従う。lem-euclidean-space-lagrange により
$$ \|x+y\|^2=\|x\|^2+2\langle x,y\rangle+\|y\|^2\le\|x\|^2+2\|x\|\,\|y\|+\|y\|^2=(\|x\|+\|y\|)^2 $$
であり、両辺の非負の平方根をとって $\|x+y\|\le\|x\|+\|y\|$ を得る。$x-z=(x-y)+(y-z)$ に当てはめると $d(x,z)\le d(x,y)+d(y,z)$ である。$\square$

Cauchy–Schwarz の不等式により、$x,y\ne0$ のとき $\langle x,y\rangle/(\|x\|\,\|y\|)\in[-1,1]$ なので、$\cos\theta=\langle x,y\rangle/(\|x\|\,\|y\|)$ を満たす $\theta\in[0,\pi]$ がただ 1 つ定まる。これを $x$ と $y$ のなす角という。$\langle x,y\rangle=0$ のとき $x,y$ は直交するといい、そのとき $\|x+y\|^2=\|x\|^2+\|y\|^2$(三平方の定理)が成り立つ。長さ・距離・角・直交がすべて標準内積 1 つから決まることが、Euclid 空間の「Euclid 幾何らしさ」である。

3 つのノルムと通常の位相

$\mathbb{R}^n$ には Euclid ノルムのほかに、次の 2 つのノルムがよく使われる。
$$ \|x\|_1:=\sum_{i=1}^n\lvert x_i\rvert,\qquad \|x\|_\infty:=\max_{1\le i\le n}\lvert x_i\rvert\quad(n\ge1), $$
($n=0$ では $\|0\|_1=\|0\|_\infty=0$ と定める。)これらも距離 $d_1(x,y):=\|x-y\|_1$、$d_\infty(x,y):=\|x-y\|_\infty$ を定める。三角不等式は各成分の $\lvert x_i+y_i\rvert\le\lvert x_i\rvert+\lvert y_i\rvert$ から従う。区別のため Euclid ノルムを $\|x\|_2$ とも書く。

ノルムの比較

$x\in\mathbb{R}^n$ について次が成り立つ。
$$ \|x\|_\infty\le\|x\|_2\le\|x\|_1\le\sqrt n\,\|x\|_2\le n\,\|x\|_\infty . $$

要点:2 乗して比べる。3 つ目の不等式だけは Cauchy–Schwarz の不等式を $(\lvert x_1\rvert,\dots,\lvert x_n\rvert)$ と $(1,\dots,1)$ に使う。

詳しい証明を開く

$\lvert x_k\rvert=\|x\|_\infty$ となる $k$ をとると $\|x\|_\infty^2=x_k^2\le\sum_ix_i^2=\|x\|_2^2$ である。$\|x\|_1^2=\bigl(\sum_i\lvert x_i\rvert\bigr)^2=\sum_ix_i^2+\sum_{i\ne j}\lvert x_i\rvert\lvert x_j\rvert\ge\|x\|_2^2$ である。$u:=(\lvert x_1\rvert,\dots,\lvert x_n\rvert)$ と $v:=(1,\dots,1)$ に lem-euclidean-space-lagrange を使うと $\|x\|_1=\langle u,v\rangle\le\|u\|_2\|v\|_2=\sqrt n\,\|x\|_2$ である。最後に $\|x\|_2^2=\sum_ix_i^2\le n\|x\|_\infty^2$ から $\sqrt n\,\|x\|_2\le n\|x\|_\infty$ である。$\square$

$n=2$ のとき、3 つのノルムの単位球 $\{\|x\|_p\le1\}$ はそれぞれ正方形を $45^\circ$ 回した菱形($p=1$)、円板($p=2$)、正方形($p=\infty$)であり、この順に入れ子になっている(図 1)。形は違うが、どの単位球も他の単位球を適当な倍率で拡大したものに含まれる。これが次の定理の中身である。
2 次元の 3 つの単位球。内側から菱形、円板、正方形が入れ子になり、正方形は半径 √2 の円板(破線)に含まれる 2 次元の 3 つの単位球。内側から菱形、円板、正方形が入れ子になり、正方形は半径 √2 の円板(破線)に含まれる

通常の位相の 3 つの記述

$\mathbb{R}^n$ 上で、次の 4 つの位相は一致する。

  1. Euclid 距離 $d$ が定める位相(通常の位相)。
  2. $d_1$ が定める位相。
  3. $d_\infty$ が定める位相。
  4. $\mathbb{R}$ の $n$ 個の直積としての直積位相(開直方体 $\prod_{i=1}^n(a_i,b_i)$ の和集合として書ける集合の全体)。

要点:2 つの距離の間に $\rho'\le C\rho$ の形の不等式が両向きにあれば、一方の開球の中に他方の開球が入るので開集合が一致する。1・2・3 は prop-euclidean-space-norm-comparison からこの形になる。$d_\infty$ の開球は開立方体なので、3 と 4 も一致する。

詳しい証明を開く

$n=0$ なら $\mathbb{R}^0$ は 1 点で、どの位相も $\{\emptyset,\mathbb{R}^0\}$ なので一致する。以下 $n\ge1$ とする。集合 $X$ 上の 2 つの距離 $\rho,\rho'$ と定数 $C>0$ について $\rho'\le C\rho$ が成り立てば、$\rho'$ の開集合は $\rho$ の開集合である。実際、$U$ が $\rho'$ について開で $x\in U$ なら $\{y\mid\rho'(x,y)< r\}\subset U$ となる $r>0$ がある。$\rho(x,y)< r/C$ なら $\rho'(x,y)\le C\rho(x,y)< r$ なので、$\rho$ の開球 $\{y\mid\rho(x,y)< r/C\}$ も $U$ に含まれる。$x\in U$ は任意なので、$U$ は $\rho$ について開である。

prop-euclidean-space-norm-comparison から $d_\infty\le d\le d_1\le\sqrt n\,d\le n\,d_\infty$ なので、どの 2 つの距離の間にもこの形の不等式が両向きにある。よって 1・2・3 の位相は一致する。

3 と 4 の一致は、$d_\infty$ の開球が開立方体 $\prod_i(x_i-r,x_i+r)$ そのものであることから従う。$d_\infty$ の開集合は開立方体の和集合なので直積位相で開であり、逆に開直方体 $R=\prod_i(a_i,b_i)$ は、各点 $x\in R$ について $r:=\min_i\min\{x_i-a_i,\,b_i-x_i\}>0$ とおけば $\prod_i(x_i-r,x_i+r)\subset R$ となるので $d_\infty$ で開である。$\square$

同じ一致を Euclid 距離の開球と開直方体を直接比べて示す証明が、直積位相 の例「Euclid空間の通常の位相」にある。位相が一致することから、次の実用的な判定法が得られる。

成分ごとの収束と連続性
  1. $\mathbb{R}^n$ の点列 $x^{(k)}$ が $x$ に収束することは、各 $i$ について成分の実数列 $x^{(k)}_i$ が $x_i$ に収束することと同値である。
  2. 位相空間 $Z$ からの写像 $f=(f_1,\dots,f_n)\colon Z\to\mathbb{R}^n$ が連続であることは、各成分 $f_i\colon Z\to\mathbb{R}$ が連続であることと同値である。
  3. 和 $\mathbb{R}^n\times\mathbb{R}^n\to\mathbb{R}^n$、スカラー倍 $\mathbb{R}\times\mathbb{R}^n\to\mathbb{R}^n$、内積 $\mathbb{R}^n\times\mathbb{R}^n\to\mathbb{R}$、ノルム $\mathbb{R}^n\to\mathbb{R}$、および $n$ 変数の実係数多項式 $\mathbb{R}^n\to\mathbb{R}$ は連続である。

1:$\lvert x^{(k)}_i-x_i\rvert\le\|x^{(k)}-x\|\le\sqrt n\max_j\lvert x^{(k)}_j-x_j\rvert$ から従う。2:thm-euclidean-space-topologies により $\mathbb{R}^n$ の位相は直積位相なので、直積位相 の定理「直積位相の普遍性」そのものである。3:ノルムは三角不等式から $\bigl\lvert\|x\|-\|y\|\bigr\rvert\le\|x-y\|$ を満たすので連続であり、ほかは座標の和と積で書けるので 2 から従う。

3 の詳しい証明を開く

ノルムは $\bigl\lvert\|x\|-\|y\|\bigr\rvert\le\|x-y\|$(三角不等式から)を満たすので連続である。$\mathbb{R}^n\times\mathbb{R}^n$ の直積位相は、$\mathbb{R}$ の $2n$ 個の直積位相として $\mathbb{R}^{2n}$ の通常の位相と一致する(thm-euclidean-space-topologies。$\mathbb{R}\times\mathbb{R}^n=\mathbb{R}^{n+1}$ も同様)。この同一視のもとで、和・スカラー倍・内積の各成分は座標の和と積で書ける。実数の和と積 $\mathbb{R}^2\to\mathbb{R}$ は連続であり($\lvert ab-a_0b_0\rvert\le\lvert a\rvert\lvert b-b_0\rvert+\lvert b_0\rvert\lvert a-a_0\rvert$)、連続写像の合成は連続なので、2 によりこれらは連続である。多項式も座標関数から和と積を有限回とって作れるので連続である。$\square$

完備性とコンパクト性

完備性

$\mathbb{R}^n$ の完備性

Euclid 空間 $(\mathbb{R}^n,d)$ は完備距離空間である。すなわち、$\mathbb{R}^n$ の Cauchy列 はすべて $\mathbb{R}^n$ の点に収束する。

$(x^{(k)})_k$ を Cauchy 列とする。各 $i$ について $\lvert x^{(k)}_i-x^{(l)}_i\rvert\le\|x^{(k)}-x^{(l)}\|$ なので、成分の列 $(x^{(k)}_i)_k$ は実数の Cauchy 列であり、実数の完備性(実数)によってある実数 $x_i$ に収束する。$x:=(x_1,\dots,x_n)$ とおくと、cor-euclidean-space-componentwise の 1 により $x^{(k)}\to x$ である。$\square$

同じ議論は 完備距離空間 の例「実数全体とEuclid空間」にもある。完備な空間の閉集合は完備なので(完備距離空間 の命題「閉部分集合と完備性」)、$\mathbb{R}^n$ の閉集合も完備である。

Heine–Borel の定理

Heine–Borel の定理

$K\subset\mathbb{R}^n$ について、次は同値である。

  1. $K$ はコンパクト空間である($K$ を覆う開集合の族は必ず有限部分被覆をもつ)。
  2. $K$ は閉集合で、有界である。

証明の方針:「コンパクト $\iff$ 完備かつ全有界」という距離空間の一般的な特徴づけ(全有界 の定理「コンパクト性との関係」)を使い、有界閉集合を閉立方体に入れて、完備性を thm-euclidean-space-complete から、全有界性を格子点の網から得る。

(2 ⇒ 1)$K$ を有界閉集合とし、$K\subset\{x\mid\|x\|\le M\}$ となる $M>0$ をとる。$\|x\|_\infty\le\|x\|$ なので $K$ は閉立方体 $Q:=[-M,M]^n=\{x\mid\|x\|_\infty\le M\}$ に含まれる。
$Q$ は $\mathbb{R}^n$ の閉集合なので、完備な $\mathbb{R}^n$(thm-euclidean-space-complete)の閉集合として完備である。

詳細

$\bigl\lvert\|x\|_\infty-\|y\|_\infty\bigr\rvert\le\|x-y\|_\infty\le\|x-y\|$(prop-euclidean-space-norm-comparison)なので $\|\cdot\|_\infty$ は連続であり、$Q$ はその閉区間 $[0,M]$ による逆像として閉集合である。完備距離空間の閉集合が完備であることは 完備距離空間 の命題「閉部分集合と完備性」による。


$Q$ は全有界である。$\varepsilon>0$ に対し、刻み $h:=2M/N$(正の整数 $N$ は $\sqrt n\,M/N<\varepsilon$ となるようにとる)の格子点のうち $Q$ に入るもの全体 $G$ は $(N+1)^n$ 個の点からなり、$Q$ の各点から Euclid 距離 $\varepsilon$ 未満のところに $G$ の点がある。
詳細

各成分が $-M+jh$($j=0,1,\dots,N$)の形の点全体を $G$ とする。$x\in Q$ の各成分 $x_i\in[-M,M]$ に対し、$\lvert x_i-g_i\rvert\le h/2$ となる $g_i=-M+jh$ がとれるので、$g=(g_1,\dots,g_n)\in G$ について $\|x-g\|\le\sqrt n\,\|x-g\|_\infty\le\sqrt n\,h/2=\sqrt n\,M/N<\varepsilon$ である。よって $Q$ は $G$ の点を中心とする半径 $\varepsilon$ の開球で覆われる。


完備かつ全有界な距離空間はコンパクトなので(全有界 の定理「コンパクト性との関係」)、$Q$ はコンパクトである。$K$ は $\mathbb{R}^n$ の閉集合だから $Q$ の閉集合でもあり、コンパクト空間の閉集合はコンパクトなので(コンパクト空間 の命題「保存と閉性」の 1)、$K$ はコンパクトである。
(1 ⇒ 2)$K$ をコンパクトとする。$\mathbb{R}^n$ は距離空間なので Hausdorff空間 であり、Hausdorff 空間のコンパクト集合は閉集合である(同じ命題の 3)。また開球 $B(0,m)$($m=1,2,\dots$)は $\mathbb{R}^n$ を覆うので $K$ も覆い、有限個 $B(0,m_1),\dots,B(0,m_r)$ で $K$ が覆える。$M:=\max_jm_j$ とすれば $K\subset B(0,M)$ であり、$K$ は有界である($K=\emptyset$ なら明らか)。$\square$

有限次元が効いているのは、格子点の個数 $(N+1)^n$ が有限であるところである。無限次元ではここが崩れる(下の反例の表の 1)。区間を二等分し続ける別の証明が コンパクト空間 の定理「有界閉集合とコンパクト性の一致」にあり、点列の言葉では「$\mathbb{R}^n$ の有界な点列は収束する部分列をもつ」(Bolzano–Weierstrass の定理。点列コンパクト の定理「距離空間における同値性」による言い換え)となる。文献では Leb26 Theorem 7.4.14、Mor24 7.2.13 Theorem がこの定理を述べている。

Heine–Borel の定理の帰結
  1. 閉立方体 $[a,b]^n$、閉球 $D^n$、単位球面 $S^{n-1}$ はコンパクトである。
  2. $\mathbb{R}^n$ は局所コンパクト空間である。$n\ge1$ なら $\mathbb{R}^n$ 自身はコンパクトでない。
  3. 空でない有界閉集合 $K\subset\mathbb{R}^n$ 上の実数値連続関数は、$K$ 上で最大値と最小値をとる。

要点:1 は閉で有界であることを確かめて定理を使う。2 と 3 は 1 と定理から従う。

詳しい証明を開く

1:$D^n$ と $S^{n-1}$ はノルム(連続)による $[0,1]$ と $\{1\}$ の逆像なので閉集合であり、明らかに有界である。$[a,b]^n$ も各座標関数による $[a,b]$ の逆像の共通部分なので閉で、有界である。2:$\mathbb{R}^n$ は距離空間なので Hausdorff であり、点 $x$ の閉球 $\{y\mid\|y-x\|\le1\}$ は 1 と同様にコンパクトで、開球 $B(x,1)$ を含む。$n\ge1$ なら $\|me_1\|=m$ なので $\mathbb{R}^n$ は有界でなく、定理によりコンパクトでない。3:定理により $K$ はコンパクトなので、コンパクト空間 の定理「最大値・最小値の存在」による。$\square$

コンパクト性と局所コンパクト性を使うと、Euclid 空間の次元が位相だけで決まることが分かる。

次元は位相で決まる

$m\ne n$ ならば、$\mathbb{R}^m$ と $\mathbb{R}^n$ は同相でない。

要点:同相写像 $\mathbb{R}^m\to\mathbb{R}^n$ は一点コンパクト化の同相写像に延び、$\mathbb{R}^k$ の一点コンパクト化は $S^k$ と同相なので、$S^m$ と $S^n$ が同相になってしまう(球面の次元の違いはホモロジー群で見分ける)。

詳しい証明を開く

$m< n$ としてよい。$m=0$ なら $\mathbb{R}^0$ は 1 点だが $\mathbb{R}^n$ は 2 点以上をもつので、全単射すら存在しない。$m\ge1$ とし、同相写像 $f\colon\mathbb{R}^m\to\mathbb{R}^n$ があったとする。どちらも局所コンパクト Hausdorff 空間なので一点コンパクト化 $(\mathbb{R}^m)^*$、$(\mathbb{R}^n)^*$ がある(局所コンパクト空間 の定理「一点を付け加えるコンパクト化」)。$f$ を $f(\infty):=\infty$ で延ばした全単射 $f^*$ は同相写像である。実際、一点コンパクト化の開集合は「もとの空間の開集合 $U$」と「コンパクト集合 $K$ の補集合 $X^*\setminus K$」の 2 種類であり、同相写像 $f$ は開集合を開集合に、コンパクト集合をコンパクト集合に全単射で移すので、$f^*$ と $(f^*)^{-1}$ はどちらも開集合を開集合に移す。ところが $(\mathbb{R}^k)^*$ は $S^k$ と同相であり(n次元球面 の命題「Euclid 空間の一点コンパクト化」)、$m\ne n$ なら $S^m$ と $S^n$ は同相でない(n次元球面 の定理「異なる次元の球面は同相でない」)。これは矛盾である。$\square$

距離を保つ写像

写像 $f\colon\mathbb{R}^m\to\mathbb{R}^n$ が等長であるとは、すべての $x,y$ について $\|f(x)-f(y)\|=\|x-y\|$ が成り立つことをいう。実正方行列 $A$ が ${}^tA\,A=I$ を満たすとき直交行列という(正規直交基底 の定義「ユニタリ行列と直交行列」)。これは $A$ の列が正規直交系をなすことと同じである。

原点を保つ等長写像は線形である

$f\colon\mathbb{R}^m\to\mathbb{R}^n$ が等長で $f(0)=0$ を満たすとする。このとき、$n\times m$ 行列 $A$ で ${}^tA\,A=I_m$ を満たすものがあり、すべての $x$ について $f(x)=Ax$ である。とくに $m=n$ なら $A$ は直交行列で、$f$ は全単射である。

$y=0$ とおくと $\|f(x)\|=\|x\|$ である。展開 $\|u-v\|^2=\|u\|^2-2\langle u,v\rangle+\|v\|^2$ を $u=f(x)$、$v=f(y)$ と $u=x$、$v=y$ に使うと
$$ \langle f(x),f(y)\rangle=\tfrac12\bigl(\|f(x)\|^2+\|f(y)\|^2-\|f(x)-f(y)\|^2\bigr)=\tfrac12\bigl(\|x\|^2+\|y\|^2-\|x-y\|^2\bigr)=\langle x,y\rangle $$
となり、$f$ は内積を保つ。とくに $u_i:=f(e_i)$($i=1,\dots,m$)は $\langle u_i,u_j\rangle=\langle e_i,e_j\rangle$ を満たし、正規直交系である。
$x\in\mathbb{R}^m$ を固定し、$p:=\sum_{i=1}^mx_iu_i$ とおくと、$\|f(x)-p\|^2$ を展開して $\|f(x)-p\|=0$ が分かり、$f(x)=p=\sum_ix_iu_i$ である。

詳細

$\langle f(x),u_i\rangle=\langle f(x),f(e_i)\rangle=\langle x,e_i\rangle=x_i$ と $\|p\|^2=\sum_ix_i^2=\|x\|^2$($u_i$ が正規直交だから)より、$\|f(x)-p\|^2=\|f(x)\|^2-2\sum_{i=1}^mx_i\langle f(x),u_i\rangle+\|p\|^2=\|x\|^2-2\|x\|^2+\|x\|^2=0$ である。


よって $u_1,\dots,u_m$ を列とする行列 $A$ について $f(x)=Ax$ であり、列が正規直交なので ${}^tA\,A=I_m$ である。$m=n$ なら ${}^tA\,A=I_n$ から $A$ は正則で $A^{-1}={}^tA$ なので、$f$ は全単射である。$\square$

$m=n$ の場合の同じ証明は 回転・鏡映と行列の群 の命題「原点を動かさない等長写像は直交行列」にもある。証明で使ったのは、距離から内積を $\langle x,y\rangle=\tfrac12(\|x\|^2+\|y\|^2-\|x-y\|^2)$ で取り戻せることである(内積 の命題「極化恒等式」と同じ内容)。ノルムが内積から来ないと、この一歩が使えず、定理は成り立たない(下の反例の表の 5)。

等長変換は直交行列と平行移動の合成

等長写像 $f\colon\mathbb{R}^n\to\mathbb{R}^n$ は、直交行列 $A$ と $b\in\mathbb{R}^n$ によって $f(x)=Ax+b$ と書ける。逆にこの形の写像は等長な全単射で、逆写像 $y\mapsto{}^tA(y-b)$ も等長である。とくに等長写像 $\mathbb{R}^n\to\mathbb{R}^n$ はすべて同相写像である。

$b:=f(0)$、$g(x):=f(x)-b$ とおくと $g$ は等長で $g(0)=0$ なので、thm-euclidean-space-isometry-linear により $g(x)=Ax$($A$ は直交行列)である。逆向きは直交行列が長さを保つことから従う。

逆向きの詳細を開く

逆に $f(x)=Ax+b$ なら $\|f(x)-f(y)\|^2={}^t(x-y)\,{}^tA\,A\,(x-y)=\|x-y\|^2$ である。$A^{-1}={}^tA$ も直交行列なので逆写像も同じ形で等長であり、等長写像は連続($\varepsilon$ に対し $\delta=\varepsilon$)なので $f$ は同相写像である。$\square$

$\mathbb{R}^2$ の直交行列は回転 $\begin{pmatrix}\cos\theta&-\sin\theta\\ \sin\theta&\cos\theta\end{pmatrix}$ と鏡映 $\begin{pmatrix}\cos\theta&\sin\theta\\ \sin\theta&-\cos\theta\end{pmatrix}$ である(回転・鏡映と行列の群 の定理「2 次の直交行列の分類」)。したがって平面の図形の「合同」は、回転・鏡映と平行移動の合成で重なることと言い換えられる。

有限次元内積空間の座標

正規直交基底による座標は等長同型

$V$ を $n$ 次元の Euclid ベクトル空間(def-euclidean-space-abstract)とする。$V$ には正規直交基底 $v_1,\dots,v_n$ があり、座標写像
$$ \Phi\colon\mathbb{R}^n\to V,\qquad \Phi(x):=\sum_{i=1}^nx_iv_i $$
は線形同型で、$\langle\Phi(x),\Phi(y)\rangle=\langle x,y\rangle$、したがって $\|\Phi(x)-\Phi(y)\|=\|x-y\|$ を満たす。

正規直交基底の存在は、任意の基底に Gram–Schmidt の直交化を施して得られる(内積空間 の定理「Gram–Schmidtの直交化法」、Axl24 6.35)。$\Phi$ は基底を使った座標表示なので線形同型であり、内積の双線形性と $\langle v_i,v_j\rangle=\delta_{ij}$ から $\langle\Phi(x),\Phi(y)\rangle=\sum_{i,j}x_iy_j\langle v_i,v_j\rangle=\sum_ix_iy_i=\langle x,y\rangle$ である。$\Phi(x)-\Phi(y)=\Phi(x-y)$ なので距離も保たれる。$\square$

この等式は 正規直交基底 の定理「正規直交基底による座標とParsevalの等式」の言い換えでもある。$\Phi$ が距離を保つ全単射なので、完備性・Heine–Borel の定理など、この記事で $\mathbb{R}^n$ について示した距離と位相の性質は、そのまま $V$ で成り立つ。

例

数直線と平面、複素数

$n=1$ では $\|x\|=\lvert x\rvert$、$d(x,y)=\lvert x-y\rvert$ であり、$\mathbb{R}^1$ は通常の距離をもつ実数の直線である。その開集合は「各点を含む開区間がその中にとれる集合」であり(Mor24 2.1.1 Definition)、Heine–Borel の定理は「閉区間 $[a,b]$ はコンパクト」を含む。
$n=2$ では、複素数 $z=x+iy$ を $(x,y)$ と同一視すると $\lvert z-w\rvert=d\bigl((x,y),(u,v)\bigr)$($w=u+iv$)であり、$\mathbb{C}$ は距離空間として $\mathbb{R}^2$ そのものである。$\lvert e^{i\theta}\rvert=1$ なので、$e^{i\theta}$ を掛ける写像は等長で原点を保ち、thm-euclidean-space-isometry-linear のとおり直交行列(回転行列)で表される。

行列の空間

実 $n\times n$ 行列の全体 $M_n(\mathbb{R})$ は、成分を並べることで $\mathbb{R}^{n^2}$ と同一視でき、標準内積は $\langle A,B\rangle=\sum_{i,j}a_{ij}b_{ij}=\operatorname{tr}({}^tA\,B)$ である。この Euclid 空間の位相について次が分かる。

  1. 一般線形群 $GL_n(\mathbb{R})=\{A\mid\det A\ne0\}$ は開集合である。行列式は成分の多項式なので連続であり(cor-euclidean-space-componentwise)、$GL_n(\mathbb{R})$ は開集合 $\mathbb{R}\setminus\{0\}$ の逆像だからである。
  2. $n\ge1$ なら $GL_n(\mathbb{R})$ は連結でない。連続な全射 $\det\colon GL_n(\mathbb{R})\to\mathbb{R}\setminus\{0\}$ の行き先が連結でないからである。
  3. 直交行列の全体 $O(n)=\{A\mid{}^tA\,A=I\}$ はコンパクトである。$O(n)$ は閉集合で、$A\in O(n)$ なら $\|A\|^2=\operatorname{tr}({}^tA\,A)=n$ なので有界であり、Heine–Borel の定理(thm-euclidean-space-heine-borel)が使える。
    2 と 3 の詳細

    2:対角行列 $\operatorname{diag}(c,1,\dots,1)$ の行列式は $c$ なので $\det$ は $\mathbb{R}\setminus\{0\}$ への全射である。連結な空間の連続像は連結だが(連結空間 の定理「連続像は連結」)、$\mathbb{R}\setminus\{0\}$ は交わらない空でない開集合 $(-\infty,0)$ と $(0,\infty)$ に分かれるので、$GL_n(\mathbb{R})$ は連結でない。

    3:$A\mapsto{}^tA\,A$ は成分が多項式の連続写像なので、$O(n)$ は 1 点 $\{I\}$(閉集合)の逆像として閉集合である。$A\in O(n)$ なら $\|A\|^2=\sum_{i,j}a_{ij}^2=\operatorname{tr}({}^tA\,A)=\operatorname{tr}I=n$ である。

凸集合と連結性

$\mathbb{R}^n$ 自身、開球、閉球、開直方体はどれも凸集合(2 点を結ぶ線分を含む集合)である。凸集合の 2 点 $x,y$ は線分の道 $t\mapsto(1-t)x+ty$($t\in[0,1]$)で結ばれるので、凸集合は弧状連結空間であり、したがって連結である(弧状連結空間 の命題「弧状連結ならば連結」)。とくに $\mathbb{R}^n$ は連結である。

道の連続性

$\|((1-t)x+ty)-((1-s)x+sy)\|=\lvert t-s\rvert\,\|y-x\|$ なので、この道は(Lipschitz)連続である。

3 つのノルムの比較

$\Vert\cdot\Vert_1$$\Vert\cdot\Vert_2$(Euclid)$\Vert\cdot\Vert_\infty$
$n=2$ の単位球菱形円板正方形
内積から来るか来ない($n\ge2$)来る来ない($n\ge2$)
定める位相通常の位相通常の位相通常の位相
完備か完備完備完備
有界閉集合とコンパクト集合一致一致一致
原点を保つ等長写像 $\mathbb{R}\to\mathbb{R}^2$線形とは限らない線形線形とは限らない

内積から来るノルムは平行四辺形の等式 $\|x+y\|^2+\|x-y\|^2=2\|x\|^2+2\|y\|^2$ を満たすが(内積 の注意「平行四辺形の等式とノルムの特徴づけ」)、$\|\cdot\|_1$ と $\|\cdot\|_\infty$ は $x=e_1$、$y=e_2$ でこれを破る。位相・完備性・有界性は prop-euclidean-space-norm-comparison の不等式で 3 つのノルムの間を行き来できるので、3 つとも同じ結論になる。等長写像の行は下の反例の表の 5 による。Euclid ノルムが他の 2 つと違うのは、位相ではなく、内積から来ることで決まる等長写像の硬さである。

平行四辺形の等式の破れと、$\|\cdot\|_1$ での線形でない等長写像を開く

$x=e_1$、$y=e_2$ では、$\|\cdot\|_1$ について左辺 $2^2+2^2=8$、右辺 $2+2=4$、$\|\cdot\|_\infty$ について左辺 $1+1=2$、右辺 $4$ である。

$g\colon\mathbb{R}\to(\mathbb{R}^2,\|\cdot\|_1)$ を $g(t):=(\max\{t,0\},\max\{-t,0\})$ と定める。$t,s$ が同符号なら $g(t)-g(s)$ は一方の成分だけが $\pm(t-s)$ になり、異符号($t\ge0>s$ とする)なら $g(t)-g(s)=(t,s)$ で、どちらの場合も $\|g(t)-g(s)\|_1=\lvert t-s\rvert$ である。$g(0)=0$ だが $g(1)+g(-1)=(1,1)\ne(0,0)=g(0)$ なので線形でない。

反例:条件を外すと崩れること

外す条件・替えるもの反例成り立たなくなること
次元が有限二乗和が収束する実数列の空間 $\ell^2$ の閉単位球有界閉集合はコンパクト
距離が Euclid 距離(位相はそのまま)$\mathbb{R}$ 上の $d'(x,y)=\min\{1,\lvert x-y\rvert\}$有界閉集合はコンパクト
座標が実数$\mathbb{Q}^n$($n\ge1$)に Euclid 距離完備性、有界閉集合はコンパクト
位相が通常の位相$\mathbb{R}^n$($n\ge1$)に離散距離有界閉集合はコンパクト、連結性
ノルムが内積から来る$(\mathbb{R}^2,\Vert\cdot\Vert_\infty)$ への $t\mapsto(t,\lvert t\rvert)$原点を保つ等長写像は線形

1 の $\ell^2$ は完備な内積空間だが無限次元であり、閉単位球は有界閉集合なのに全有界でなく、したがってコンパクトでない(全有界 の例「反例:Hilbert空間の単位球」)。2〜5 を以下で確かめる。

反例:距離を替えると「有界」の意味が変わる

$\mathbb{R}$ 上で $d'(x,y):=\min\{1,\lvert x-y\rvert\}$ と定める。$d'$ は距離であり、半径 $r\le1$ の $d'$ の開球は通常の開区間 $(x-r,x+r)$ と一致するので、$d'$ の位相は通常の位相と同じである。

詳細

非負性・分離性・対称性は明らかである。三角不等式は、$d'(x,y)$ か $d'(y,z)$ が $1$ なら右辺が $1$ 以上で $d'(x,z)\le1$ だから成り立ち、そうでなければ $d'(x,y)+d'(y,z)=\lvert x-y\rvert+\lvert y-z\rvert\ge\lvert x-z\rvert\ge d'(x,z)$ だから成り立つ。開集合は「各点を中心とする十分小さい開球を含む集合」なので、半径 $1$ 以下の開球が一致すれば位相は一致する。


満たす性質:$\mathbb{R}$ は $d'$ について有界($d'\le1$)で、自分自身の閉集合である。満たさない性質:コンパクト性(位相は通常のものなので、開被覆 $\{(-m,m)\}_{m\ge1}$ に有限部分被覆がない)。破る含意:「距離空間の有界閉集合はコンパクト」。Heine–Borel の定理の「有界」は Euclid 距離についての有界であり、有界性は位相だけでは決まらない。

反例:有理数の座標

$n\ge1$ とし、$\mathbb{Q}^n$ に Euclid 距離を入れる。$\sqrt2$ の小数展開を $k$ 桁で切った有理数 $q_k$ を第 1 成分にもつ点列 $x^{(k)}:=(q_k,0,\dots,0)$ は Cauchy 列だが、$\mathbb{Q}^n$ の中に極限をもたない。$K:=\mathbb{Q}^n\cap[0,2]^n$ は $\mathbb{Q}^n$ の有界閉集合で、この点列を含む。
満たす性質:$K$ は $\mathbb{Q}^n$ の中で閉集合かつ有界。満たさない性質:$\mathbb{Q}^n$ と $K$ の完備性、$K$ のコンパクト性。破る含意:「Cauchy 列は収束する」と「有界閉集合はコンパクト」。どちらも実数の完備性に依存している。

確認を開く

$q_k:=\lfloor10^k\sqrt2\rfloor/10^k\in\mathbb{Q}$ とおくと $0\le\sqrt2-q_k<10^{-k}$ なので、$\lvert q_k-q_l\rvert<10^{-\min\{k,l\}}$ であり $x^{(k)}$ は Cauchy 列である。$\mathbb{R}^n$ ではこの列は $(\sqrt2,0,\dots,0)\notin\mathbb{Q}^n$ に収束し、極限はただ 1 つなので、$\mathbb{Q}^n$ の中に極限はない。$K$ が $\mathbb{Q}^n$ で閉集合であることは、$\mathbb{Q}^n\setminus K$ の点 $x$ が $\mathbb{R}^n$ の閉集合 $[0,2]^n$ の外にあり、$[0,2]^n$ と交わらない開球 $B(x,r)$ をもつことによる。$1\le q_k\le2$ なので $x^{(k)}\in K$ であり、$K$ も完備でない。コンパクトな距離空間は完備なので(全有界 の定理「コンパクト性との関係」)、$K$ はコンパクトでない。

反例:離散距離

$n\ge1$ とし、$\mathbb{R}^n$ に離散距離 $\delta(x,y):=1$($x\ne y$)、$\delta(x,x):=0$ を入れる。開球 $\{y\mid\delta(x,y)<1\}=\{x\}$ なので、すべての部分集合が開集合である(離散位相)。$\{0\}$ は通常の位相では開集合でないので、位相が違う。
満たす性質:$\mathbb{R}^n$ は $\delta$ について有界($\delta\le1$)で閉集合であり、Cauchy 列はいずれ一定になるので完備でもある。満たさない性質:コンパクト性(1 点集合の全体は無限個の開集合からなる被覆で、有限部分被覆がない)と連結性($\{0\}$ とその補集合は交わらない空でない開集合)。破る含意:「有界閉集合はコンパクト」「完備かつ有界ならコンパクト」。

反例:内積から来ないノルムでの等長写像

$f\colon\mathbb{R}\to\mathbb{R}^2$ を $f(t):=(t,\lvert t\rvert)$ と定め、$\mathbb{R}^2$ にノルム $\|\cdot\|_\infty$ を入れる。$f$ は等長で $f(0)=0$ を満たすが、$f(1)+f(-1)=(0,2)\ne(0,0)=f(1+(-1))$ なので線形でない。破る含意:thm-euclidean-space-isometry-linear の結論「原点を保つ等長写像は線形」。行き先のノルムが内積から来ないので、距離から内積を取り戻す一歩が使えない。

確認を開く

$\bigl\lvert\lvert t\rvert-\lvert s\rvert\bigr\rvert\le\lvert t-s\rvert$ なので $\|f(t)-f(s)\|_\infty=\max\bigl\{\lvert t-s\rvert,\bigl\lvert\lvert t\rvert-\lvert s\rvert\bigr\rvert\bigr\}=\lvert t-s\rvert$ である。Euclid ノルムで測れば $\|f(1)-f(0)\|_2=\sqrt2\ne1$ なので、この $f$ は Euclid 距離については等長でない。

注意:似た言葉と一般化

  • 位相多様体 は各点の近くが $\mathbb{R}^n$ の開集合と同相な空間であり、可微分多様体 はその貼り合わせが滑らかなものである。Euclid 空間はそれらの局所的な手本である。
  • 多様体の各点の接空間に内積(Riemann 計量)を入れて、曲がった空間の長さと角を調べるのが Riemann 幾何学(微分幾何学)である。$\mathbb{R}^n$ に標準内積を入れたものは、その曲率 $0$ の手本にあたる。
  • 無限次元の完備な内積空間(Hilbert空間)は、内積・直交・三平方の定理を Euclid 空間から受け継ぐが、有界閉集合がコンパクトとは限らない(反例の表の 1)。Euclid 空間は「有限次元の内積空間」であることが本質である。
  • 「Euclid 環」(余りを小さくする割り算ができる整域)や「Euclid の互除法」(最大公約数を求める手順)は代数の概念で、Euclid 空間とは別のものである。

関連項目

参考文献

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