実現関手(モチーフ)(realization functor)とは、モチーフの三角圏から係数の三角圏への完全なモノイダル関手であり、モチーフをBetti・de Rham・ℓ進・rigidなどの複体へ送って既知のコホモロジー理論で読み出す。定義域・値域・係数・追加構造の四点から各実現の成立範囲と比較同型を区別し、有限体から標数0を経て複素数体へ進む経路が持ち上げと係数拡大に依存することを説明する。
前提知識: モチーフ, 導来圏, エタールコホモロジー, 代数的de Rhamコホモロジー, 結晶コホモロジー
モチーフの実現関手は、モチーフをBetti複体、de Rham複体、ℓ進複体、rigid複体などへ送り、抽象的なモチーフに含まれる情報を既知のコホモロジー理論で読み出す関手である。一つの対象を別の言葉で呼び直す操作ではなく、定義域、値域、係数、追加構造を指定して初めて一つの実現が定まる。
この記事では、Voevodsky型または六演算を備えた三角モチーフ圏を念頭に置く。使う圏は節ごとに明記し、異なる構成を一つの無条件な関手へまとめない。
個々の実現には、この要件に加えてTate捻り(Tate twist)との整合、六演算との交換、重みやfiltrationとの整合、他の実現との比較同型などが伴うことが多い。これらは各構成ごとに定理として示される追加仕様であり、上の定義の要件ではない。以下の各節では、どの追加仕様がどの範囲で成り立つかを出典とともに区別する。
同じ「実現」という語でも、$M\mapsto R(M)$ が共変な複体値関手の場合と、$M\mapsto\operatorname{Hom}(R(M),A)$ のように係数対象へHomを取る反変なコホモロジーの場合がある。式の向きを確認せずに両者を同一視してはならない。
実現を使うときは、少なくとも次の四点を記録する。
| 仕様 | 問う内容 | 省略すると起きる誤り |
|---|---|---|
| 定義域 | 有効/安定、幾何的/constructible、係数付きのどのモチーフ圏か | 有限性定理を非compact対象へ拡張する |
| 値域 | Abel群、filtered vector space、Galois表現、adic systemのどれか | filtrationや作用を忘れた同型を強める |
| 係数 | $\mathbb Z,\mathbb Q,\mathbb Q_\ell,W(k),K$ など | torsionと有理係数の定理を混ぜる |
| 追加構造 | Hodge filtration、Frobenius、Galois作用、monoidal構造など | 同じ次元のベクトル空間を同じ実現とみなす |
$R:\mathcal M(k)\to\mathcal D$ を実現関手とする。$f:M\to N$ が $\mathcal M(k)$ の同型なら、各 $i$ について $H^i_R(f)$ は同型である。
$f$ の逆射を $g$ とする。関手性から $R(g)R(f)=R(gf)=\operatorname{id}_{R(M)}$ および $R(f)R(g)=\operatorname{id}_{R(N)}$ である。従って $R(f)$ は $R(g)$ を逆に持つ同型である。さらにcohomology functorを合成すれば、$H^i(R(f))$ と $H^i(R(g))$ も互いに逆になる。
逆向きは一般には従わない。一つの実現で同型を検出するには、その実現の保守性(保守的関手であること)が別に必要である。
$k\hookrightarrow\mathbb C$ を複素埋込みとする。LecomteのBetti実現は、VoevodskyのモチーフからAbel群の導来圏への関手を与え、滑らかな多様体 $X$ のモチーフを $X(\mathbb C)$ の特異鎖複体へ結ぶ。複素埋込みは定義の一部であり、そのような埋込みを持たない体へ同じ式を移すことはできない。L08 Theorem 2.4。
Hodge実現はBetti実現とde Rham実現の名前を並べただけのものではない。$k\subset\mathbb C$、$M\in DM_{gm}(k)$ のとき、Lecomte–WachはBetti側の整数構造とweight filtration、de Rham側のHodge filtration、複素化した比較をDeligneの混合Hodge構造へ組み立てる。weight filtrationはBondarkoのweight complexから、Hodge filtrationはde Rham複体の切断から生じる。LW12 Theorem 0.1, Theorem 4.2.1。
この値域は混合Hodge構造または混合Hodge DG-complexである。相対的な混合Hodge加群の導来圏とは区別する。
標数$0$では、代数的de Rham複体がde Rham実現を与える。Cisinski–Dégliseのmixed Weil理論では、Nisnevich降下、A¹不変性、安定性、Künnethの公式を満たすコホモロジーから、係数ring spectrumのmodule圏へ対称monoidalな実現を作る。CD12 Definition 2.1.4, §2.6。
de Rham複体を値とすることと、Hodge filtrationを保ったfiltered realizationを値とすることは別である。さらに、一般の非proper対象ではHodge-to-de Rham スペクトル系列(spectral sequence)や有限性をsmooth properの場合と同じ形で使えない。
$X$ を有限次元のNoetherian $\operatorname{Spec}(\mathbb Z[1/\ell])$-schemeとする。Cisinski–Dégliseはhomotopy ℓ-completion
$$
\widehat\rho^*_{\ell}(M)=R\!\varprojlim_r M/\ell^r
$$
により
$$
\widehat\rho^*_{\ell}:DM_h(X,\mathbb Z)\longrightarrow
DM_h(X,\widehat{\mathbb Z}_\ell)\simeq D(X,\mathbb Z_\ell)
$$
を構成する。この関手は六演算と交換し、locally constructibleなモチーフをconstructibleなℓ進系へ送る。古典的なℓ進系との比較では、剰余標数が$\ell$と互いに素である範囲を使う。CD16 §7.2, Proposition 7.2.8。
体上では、ℓ進コホモロジーと同様に値に絶対Galois群の作用が入り、有限体上ではFrobenius作用とその固有値が現れる。しかしconstructible motiveに対する有理ℓ進実現の保守性は一般に予想であり、単一のℓ進実現がモチーフの同型を常に検出するとは書けない。
Ayoubの有限係数étale実現が六演算と交換する定理には、係数の標数が基礎上可逆であること、基礎の有限Krull次元、punctual コホモロジー次元(cohomological dimension)の一様有界性などが付く。$J$-adic版でも同種の条件が必要であり、定理の対象は準射影な基礎上スキームである。A14 Definition 5.2, Definition 5.6, Theorem 6.6, Theorem 6.9。
$K$ を剰余標数$p>0$のrank 1完備非Archimedes付値体、$K^\circ$ を整数環、$k$ を剰余体とする。VezzaniのMonsky–Washnitzer実現は、特殊ファイバーから形式モデル、generic fiber、dagger空間へ進む対称monoidal三角関手を構成する。overconvergent de Rham複体 $\Omega^\dagger$ と組み合わせると、標数$p$のsmooth $k$-varietyのrigid cohomologyを表現する。有限体上では相対Frobeniusからcohomology上のFrobenius作用が得られる。V17 Definition 5.3, Proposition 5.12, Remark 5.17。
crystalline cohomologyは、完全体(perfect field)$k$ 上のsmooth properな対象を基本範囲とし、Witt環 $W(k)$ 上の加群または $K_0=\operatorname{Frac}W(k)$-ベクトル空間を与える。Frobeniusを付ければisocrystalとslopeが現れる。非properな対象ではoverconvergenceを入れたrigid cohomologyが必要になるため、crystallineとrigidは同義語ではない。
Tate対象 $\mathbbm 1(1)$ が $\mathcal M(k)$ で可逆な圏($DM_{gm}(k)$ 等)では、任意の実現関手 $R$ と任意の整数 $n$ について、$R(\mathbbm 1(1))$ は $\mathcal D$ の可逆対象であり、
$$
R(M(n))\simeq R(M)\otimes R(\mathbbm 1(1))^{\otimes n}
$$
である。ただし負の$n$ではtensor逆を用いる。
$\mathbbm 1(1)$ が可逆なので、モチーフ圏で任意の整数 $n$ に対し $M(n)=M\otimes\mathbbm 1(1)^{\otimes n}$ が定義できる($n<0$ ではtensor逆を用いる)。$R$ はmonoidal関手なので、$\mathbbm 1(1)\otimes\mathbbm 1(1)^{\otimes-1}\simeq\mathbbm 1$ に構造同型を適用すれば $R(\mathbbm 1(1))\otimes R(\mathbbm 1(1)^{\otimes-1})\simeq R(\mathbbm 1)\simeq\mathbbm 1_{\mathcal D}$ となり、$R(\mathbbm 1(1))$ は可逆である。monoidal関手の構造同型を $M\otimes\mathbbm 1(1)^{\otimes n}$ に適用すると、$n\geq0$では表示式を得る。$n<0$でも $R(\mathbbm 1(1)^{\otimes-1})$ が $R(\mathbbm 1(1))$ のtensor逆になることから同じ式が成り立つ。
この式は各実現で追加構造まで同じになるとは述べない。Tate捻りは、Hodge実現ではweightとHodge filtrationのshift、ℓ進実現ではcyclotomic twist、Frobenius付き実現では固有値の規格化として現れる。
実現どうしの比較は、係数拡大や構造の忘却を伴う。例えば $k\hookrightarrow\mathbb C$ 上のsmooth proper対象では、代数的de Rham cohomologyを$\mathbb C$へ拡大してBetti cohomologyの複素化と比較する。整数Betti cohomologyと$k$上のde Rham cohomologyが、そのまま同じ対象になるわけではない。
同じモチーフ $M$ に対して、同じ係数圏 $\mathcal E$ 内に
$$
c_{12}:R_1(M)\otimes K\xrightarrow{\sim}R_2(M)\otimes K,
\qquad
c_{23}:R_2(M)\otimes K\xrightarrow{\sim}R_3(M)\otimes K
$$
があるなら、$c_{23}\circ c_{12}$ は $R_1$ と $R_3$ の比較同型を与える。
二つの射は同じ圏 $\mathcal E$ にあり、中間対象も一致するので合成できる。同型の合成は同型で、逆射は $c_{12}^{-1}\circ c_{23}^{-1}$ である。
係数体、埋込み、Frobenius作用、Galois作用、filtrationのどれかが中間で一致しない場合、この証明は使えない。忘却関手を先に適用した比較なら、結論も忘却後の圏における同型に限られる。
有限体上の対象を複素数体へ送る普遍的な一本の関手があるわけではない。典型的な比較は次の形を取る。
| 名称 | 付く対象 | 読み方 |
|---|---|---|
| Frobenius weight | 有限体上のℓ進・rigid cohomology | 固有値の複素絶対値を有限体の大きさと比較する |
| Hodge weight | 混合Hodge構造の $\operatorname{Gr}^W$ | 純粋Hodge構造の次数を表す |
| Bondarkoのweight structure | 三角モチーフ圏 | weight complexを通して実現上のfiltrationを作る |
| slope | Frobenius付きisocrystal | Frobenius固有値の$p$進付値を表す |
これらは比較定理で関係する場合があるが、定義は同じではない。特にslopeをweightと呼び換えず、Hodge filtration $F$ とweight filtration $W$ も分ける。
複数のコホモロジー理論を、一つの普遍的なモチーフから得るという発想はGrothendieckのモチーフ構想の中心にある。現在の実現関手は、その発想を多くの定義域と係数で厳密化している。一方、すべての実現を一つの無条件な圏に統合することや、実現の値からモチーフを完全に復元することは、一般には未解決の保守性・標準予想・motivic Galois理論と関係する。
Mathpediaは寄付と、参考文献の書籍リンク(Amazonアソシエイト)の紹介料で運営されています。 支援について / 寄付する