既約表現(irreducible representation)とは、群 $G$ の体 $K$ 上の表現 $V\neq0$ で、$G$ の作用で保たれる部分空間が $0$ と $V$ だけのもののことであり、群環 $K[G]$ 上の単純加群と同じものである。既約表現の間の $G$ と可換な線形写像は $0$ か同型であり、$K$ が代数閉体で $V$ が有限次元なら $V$ からそれ自身へのものはスカラー倍に限る(Schur の補題)。有限可換群の複素既約表現は $\lvert G\rvert$ 個の $1$ 次元表現であり、3 次対称群 $S_3$ の複素既約表現は次数 $1,1,2$ の 3 つである。既約かどうかは係数体にもより、係数体の標数が群の位数を割ると、既約でないのに直和に分かれない表現が現れる。
正三角形の対称性の群 $S_3$ は、平面 $\mathbb{R}^2$ に回転と鏡映として作用する。この平面には、6 つの対称性のすべてで保たれる直線が 1 本もない。回転の固有ベクトルは実数の中にとれず、鏡映の軸はほかの鏡映で動かされるからである。このように、群の作用で保たれる部分空間が $0$ と全体しかない表現を既約表現という。既約表現は表現の「原子」にあたり、有限群の複素数体上の有限次元表現はすべて既約表現の直和に分かれる。そのため、ある群の表現を理解することは、まず既約表現を並べ上げ、次に与えられた表現がどの既約表現をいくつ含むかを数えることになる。どの表現が既約かは群だけでなく係数体にもよる(上の平面の表現は、複素数に広げても既約だが、巡回群の回転の表現は複素数の上では分かれる)。
以下、$G$ は群、$K$ は体とし、$G$ の $K$ 上の表現 $(V,\rho)$(群準同型 $\rho\colon G\to\mathrm{GL}(V)$)を考える(群の表現)。$\rho(g)v$ を $gv$ と略記する。部分空間 $W\subset V$ がすべての $g\in G$ について $gW\subset W$ を満たすとき、$W$ を 不変部分空間 という。
$G$ の $K$ 上の表現 $V$ が 既約(irreducible)であるとは、$V\neq0$ であり、$V$ の不変部分空間が $0$ と $V$ だけであることをいう。既約な表現を 既約表現(irreducible representation)という。$0$ でない表現で既約でないものを 可約 という。
この定義は 群の表現 の記事の定義「部分表現・既約表現・完全可約」の 2 と同じである。$V=0$ を既約と呼ばないのは、「どの表現も既約表現の直和に分かれる」という主張で個数を数えられるようにするためである(素数の定義で $1$ を除くのと同じ理由)。
次数 $1$ の表現($1$ 次元の表現)は、部分空間が $0$ と全体しかないので必ず既約である。基底を選んで行列表現 $\rho\colon G\to\mathrm{GL}_n(K)$ で書くと、$V$ が可約であることは、ある可逆行列 $P$ ですべての $P^{-1}\rho(g)P$ を同時に
$$
P^{-1}\rho(g)P=\begin{pmatrix}A(g)&B(g)\\O&D(g)\end{pmatrix}\qquad(A(g)\text{ は }k\times k,\ 0< k< n)
$$
の形のブロック上三角行列にできることである(最初の $k$ 本の基底ベクトルの張る空間が不変部分空間)。
$G$ の $K$ 上の表現 $V\neq0$ が 直既約(indecomposable)であるとは、$V=W_1\oplus W_2$ となる $0$ でない不変部分空間 $W_1,W_2$ がないことをいう。
既約表現は直既約である($0$ でない真の不変部分空間がないので)。逆は一般に成り立たないが、表現が完全可約なら(とくに有限群の $\mathbb{C}$ 上の有限次元表現なら)成り立つ。直既約であることは、不変部分空間の直和因子としての分解がないということであり(直既約だが既約でない例は ex-irrep-modular)、既約であることは、不変部分空間そのものがないということである。
同じ言葉は群以外の代数的構造にも使う。$K$ 上の多元環(結合的な $K$ 代数)$A$ の表現は $A$ 加群のことであり、既約表現は単純加群のことである。Lie環 $\mathfrak{g}$ の表現 $\mathfrak{g}\to\mathfrak{gl}(V)$ が既約であるとは、$V\neq0$ で、すべての $x\in\mathfrak{g}$ の作用で保たれる部分空間が $0$ と $V$ だけであることをいう。たとえば $\mathfrak{sl}_2(K)$ の $K^2$ への包含による表現は既約である。
$e=\begin{pmatrix}0&1\\0&0\end{pmatrix}$ で保たれる直線は $e$ の固有ベクトルの張る $Ke_1$ だけだが、$f=\begin{pmatrix}0&0\\1&0\end{pmatrix}$ は $fe_1=e_2$ を満たし $Ke_1$ を保たない。
群環 $K[G]$ 上の左加群は、$G$ の $K$ 上の表現と同じものであり、部分加群は不変部分空間と同じものである(群環 の命題「群環上の加群と群の表現」)。したがって、$V$ が既約表現であることと、$V$ が単純な $K[G]$ 加群であることは同値である。
$V$ を $G$ の $K$ 上の表現とし、$V\neq0$ とする。
要点:$\{gv\mid g\in G\}$ の張る部分空間 $U_v$ は $v$ を含む最小の不変部分空間であり、$x\mapsto xv$ の像である。
1:$v\neq0$ について、$U_v$ は不変部分空間である($h\in G$ について $h\sum_ia_ig_iv=\sum_ia_i(hg_i)v\in U_v$)。$V$ が既約なら、$v=1v\in U_v$ なので $U_v\neq0$ であり、$U_v=V$ である。逆に、すべての $v\neq0$ で $U_v=V$ とし、$W\neq0$ を不変部分空間とする。$0$ でない $v\in W$ をとると、不変性から $U_v\subset W$ なので $W=V$ である。
2:$x=\sum_ga_gg\in K[G]$ について $xv=\sum_ga_g\,gv$ であり、$x\mapsto xv$ は $K[G]$ 加群の準同型である($(yx)v=y(xv)$)。その像は $U_v=V$ なので全射である。$G$ が有限なら $\dim_KK[G]=\lvert G\rvert$ なので $\dim_KV\le\lvert G\rvert$ である。$\square$
2 により、有限群の既約表現は正則表現 $K[G]$ の商と同型である。Web16 §1.2 も、単純加群が $0$ でない任意の元で生成されることと、極大左イデアルによる商 $A/I$ として表せることを述べている(単純加群 の命題「単純加群の特徴づけ」)。
既約表現の間の射($G$ の作用と可換な線形写像)は強く制限される。$\operatorname{Hom}_G(V,W)$ で表現の射の全体を表す。
$V,W$ を $G$ の $K$ 上の既約表現とする。
1:$f\neq0$ なら、$\ker f$ は $V$ と異なる不変部分空間なので $0$、$f(V)$ は $0$ でない不変部分空間なので $W$ であり、$f$ は同型である。同型の逆写像も表現の射なので、$\operatorname{End}_G(V)$ の $0$ でない元は逆元をもつ。2:$f\in\operatorname{End}_G(V)$ の固有値 $\lambda\in K$ をとると、$f-\lambda\,\mathrm{id}_V$ は同型でない表現の射なので、1 により $0$ である。$\square$
この補題の詳しい形は 群の表現 の定理「Schur の補題」と 単純加群 の定理「Schur の補題」・命題「代数閉体上の Schur の補題」にあり、Web16 Theorem 2.1.1 は一般の環上の単純加群について述べている。2 の「代数閉体」を外すと $\operatorname{End}_G(V)$ は $K$ より大きくなりうる(ex-irrep-real)。
$K$ を代数閉体、$V$ を $G$ の $K$ 上の有限次元の既約表現とする。$G$ の群の中心 $Z(G)$ の各元 $z$ は $V$ にスカラー倍 $\omega_V(z)\,\mathrm{id}_V$ で作用し、$\omega_V\colon Z(G)\to K^\times$ は群準同型である。とくに $G$ が可換群なら $\dim V=1$ である。
$z\in Z(G)$ はすべての $g$ と可換なので $\rho(z)\rho(g)=\rho(zg)=\rho(gz)=\rho(g)\rho(z)$ であり、$\rho(z)\in\operatorname{End}_G(V)$ である。thm-irrep-schur の 2 により $\rho(z)=\omega_V(z)\,\mathrm{id}_V$ と書け、$\rho(z)$ は可逆なので $\omega_V(z)\neq0$、$\rho$ が準同型なので $\omega_V(zz')=\omega_V(z)\omega_V(z')$ である。$G$ が可換なら $Z(G)=G$ で、すべての $\rho(g)$ がスカラーなので $V$ のどの部分空間も不変であり、既約性から $\dim V=1$ である。$\square$
最後の主張は 群の表現 の系「可換群の既約表現は 1 次元」と同じである。
四元数群 $Q_8$ を、$i\mapsto\mathbf{i}=\begin{pmatrix}\sqrt{-1}&0\\0&-\sqrt{-1}\end{pmatrix}$、$j\mapsto\mathbf{j}=\begin{pmatrix}0&1\\-1&0\end{pmatrix}$ で定まる群準同型 $Q_8\to\mathrm{GL}_2(\mathbb{C})$ により $\mathbb{C}^2$ に作用させる(四元数群 の命題「四元数群が群であること」)。この表現は既約である。
$1$ 次元の不変部分空間は $\mathbf{i}$ の固有ベクトルの張る直線 $\mathbb{C}e_1$ か $\mathbb{C}e_2$ のどちらかでなければならないが($\mathbf{i}$ の固有値 $\pm\sqrt{-1}$ は相異なる)、$\mathbf{j}e_1=-e_2$、$\mathbf{j}e_2=e_1$ なので、どちらも $\mathbf{j}$ で保たれない。
有限可換群と 3 次対称群について、$\mathbb{C}$ 上の既約表現をすべて求める。
$G$ を有限可換群とする。$G$ の $\mathbb{C}$ 上の既約表現はすべて $1$ 次元であり、群準同型 $\chi\colon G\to\mathbb{C}^\times$ と 1 対 1 に対応する(異なる $\chi$ は同値でない表現を与える)。その個数はちょうど $\lvert G\rvert$ である。$G=\mathbb{Z}/n_1\mathbb{Z}\times\cdots\times\mathbb{Z}/n_k\mathbb{Z}$ のとき、それらは
$$
\chi_{t_1,\dots,t_k}(a_1,\dots,a_k)=\zeta_{n_1}^{t_1a_1}\cdots\zeta_{n_k}^{t_ka_k}\qquad(0\le t_i< n_i,\ \zeta_n:=e^{2\pi\sqrt{-1}/n})
$$
である。
既約表現 $V$ は有限次元であり(prop-irrep-generated の 2)、$\mathbb{C}$ は代数閉体なので cor-irrep-center により $\dim V=1$ である。$1$ 次元の表現は準同型 $\chi\colon G\to\mathrm{GL}_1(\mathbb{C})=\mathbb{C}^\times$ であり、2 つの $1$ 次元表現 $\chi,\chi'$ の間の同型は $0$ でない数 $c$ による掛け算で、$c\chi(g)=\chi'(g)c$ から $\chi=\chi'$ である。よって既約表現の同値類は準同型 $G\to\mathbb{C}^\times$ と 1 対 1 に対応する。
準同型を数える。有限アーベル群の基本定理 の定理「不変因子分解の存在」により $G\cong\mathbb{Z}/n_1\mathbb{Z}\times\cdots\times\mathbb{Z}/n_k\mathbb{Z}$ としてよく、準同型は各成分の生成元の行き先($1$ の $n_i$ 乗根)を独立に選んで得られるので、ちょうど $n_1\cdots n_k=\lvert G\rvert$ 個ある。
$\varepsilon_i$ を第 $i$ 成分だけが $1$ の元とすると、準同型 $\chi$ は $\chi(\varepsilon_i)$ たちで決まり($\chi(a_1,\dots,a_k)=\prod_i\chi(\varepsilon_i)^{a_i}$)、$n_i\varepsilon_i=0$ から $\chi(\varepsilon_i)^{n_i}=1$、すなわち $\chi(\varepsilon_i)=\zeta_{n_i}^{t_i}$($0\le t_i< n_i$)である(1の冪根)。逆に、どの $(t_1,\dots,t_k)$ についても上の式は代表元 $a_i$ の取り方によらず($\zeta_{n_i}^{t_in_i}=1$)、積を保つので準同型である。$\zeta_{n_i}^{t_i}$ は $0\le t_i< n_i$ で相異なるので、準同型の個数は $n_1\cdots n_k$ である。$\square$
$G=\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}$ の場合は 巡回群の指標と直交関係 の命題「巡回群の指標の決定」と同じであり、一般の有限可換群の指標の個数が $\lvert G\rvert$ であることは、同記事の注意「一般の有限アーベル群での第 2 の関係」が証明しないで使っている事実を、基本定理から示したものである(Web16 Corollary 2.1.7 は、$\lvert G\rvert$ が可逆な代数閉体の上で同じ結論を与える)。
次に 3 次対称群 $S_3$ を考える。$r=(1\,2\,3)$、$s=(1\,2)$ とおくと、$S_3$ は $r,s$ で生成され、$r^3=s^2=1$、$srs^{-1}=r^{-1}$ である(互換で共役をとると 3 次の巡回置換は逆向きになる。群の表現 の例「$S_3$ の置換表現の分解と 2 次元表現」の $(1\,2)(1\,2\,3)(1\,2)=(1\,3\,2)$)。$\omega=e^{2\pi\sqrt{-1}/3}$ とする。
$S_3$ の $\mathbb{C}$ 上の既約表現は、次の 3 つのどれかにただ 1 つ同値である。
$V$ を既約表現とし、$\rho(g)v$ を $gv$ と書く。
段 1($r$ の固有ベクトル):$\lambda\in\{1,\omega,\omega^2\}$ について $P_\lambda:=\prod_{\mu\neq\lambda}\dfrac{\rho(r)-\mu}{\lambda-\mu}$($\mu$ は $\{1,\omega,\omega^2\}$ の残りの 2 つ)とおく。$1=\sum_\lambda\prod_{\mu\neq\lambda}\frac{x-\mu}{\lambda-\mu}$ は 3 点で値 $1$ をとる次数 $2$ 以下の多項式の恒等式なので $\sum_\lambda P_\lambda=\mathrm{id}_V$ であり、$(\rho(r)-\lambda)P_\lambda$ は $\rho(r)^3-1=0$ の定数倍なので $0$ である。$0$ でない $u\in V$ について $u=\sum_\lambda P_\lambda u$ だから、ある $\lambda$ で $v:=P_\lambda u\neq0$ となり、$rv=\lambda v$ である。
段 2($V$ は $v$ と $sv$ で張られる):$rs=s(s^{-1}rs)=sr^{-1}$ なので $r(sv)=sr^{-1}v=\lambda^{-1}sv$ である。よって $v,sv$ の張る空間 $E$ は $r$ で保たれ、$s^2=1$ なので $s$ でも保たれる。$r,s$ は $S_3$ を生成するので $E$ は不変部分空間で、$E\neq0$ だから $E=V$ であり、$\dim V\le2$ である。
段 3($\lambda=1$ の場合):$v,sv$ はどちらも $r$ で固定されるので $r$ は $V$ 上で恒等写像である。$v+sv\neq0$ なら $\mathbb{C}(v+sv)$、$v+sv=0$ なら $\mathbb{C}v$ が、$r$ と $s$ で保たれる $0$ でない部分空間なので、既約性からそれが $V$ であり、$\dim V=1$ である。$s^2=1$ なので $s$ は $1$ か $-1$ で作用し、それぞれ自明表現と符号表現である($r$ は偶置換、$s$ は奇置換)。
段 4($\lambda=\omega$ または $\omega^2$ の場合):$\lambda^{-1}\neq\lambda$ なので、$v$ と $sv$ は異なる固有値の固有ベクトルで 1 次独立であり、$\dim V=2$ である。$\lambda=\omega^2$ なら $v$ を $sv$ に取り替えて $\lambda=\omega$ としてよい。基底 $v_1:=v$、$v_2:=sv$ について $rv_1=\omega v_1$、$rv_2=\omega^2v_2$、$sv_1=v_2$、$sv_2=v_1$ なので、$r,s$ の行列は 3 の $\rho(r),\rho(s)$ に一致する。生成元の行列が一致するので $V$ は $U$ と同値である。
$U$ 自身が既約であること:$1$ 次元の不変部分空間は $\rho(r)$ の固有直線 $\mathbb{C}e_1$ か $\mathbb{C}e_2$ だが、$\rho(s)$ はこの 2 本を入れ替える。3 つが互いに同値でないことは、次数と $s$ の作用($1$ と $-1$)の違いによる。最後に、$W$ は 2 次元の既約表現なので(群の表現 の例「$S_3$ の置換表現の分解と 2 次元表現」)、段 1〜4 を $W$ に当てると、$W$ のある基底に関する $r,s$ の行列が $\rho(r),\rho(s)$ に一致する。したがって 3 の行列は確かに $S_3$ の表現 $U$ を定め、$U$ は $W$ と同値である。$\square$
次数の 2 乗の和は $1^2+1^2+2^2=6=\lvert S_3\rvert$ であり、群環 の例「3 次対称群の複素群環」が Wedderburn 分解から得た $\mathbb{C}[S_3]\cong\mathbb{C}\times\mathbb{C}\times M_2(\mathbb{C})$ と整合する。上の証明はその分解を使わず、生成元の関係式だけで既約表現を決めている。同じ証明は、標数が $2$ でも $3$ でもない代数閉体の上でもそのまま通る(段 1 で $1,\omega,\omega^2$ が相異なること、段 3 で $1\neq-1$ を使う)。
$n\ge2$ とし、対称群 $S_n$ を $K^n$ に座標の置換 $\sigma e_i=e_{\sigma(i)}$ で作用させる。座標の和を変えないので
$$
W_n:=\{x\in K^n\mid x_1+\cdots+x_n=0\}
$$
は $n-1$ 次元の不変部分空間であり、この表現を $S_n$ の 標準表現 という。$n=3$ のときが thm-irrep-s3 の $W$ である。
$n\ge3$ とする。$S_n$ の標準表現 $W_n$ が既約であることと、$K$ の標数が $n$ を割らないこと($K$ で $n\cdot1\neq0$)は同値である。とくに標数 $0$ の体の上では $W_n$ は既約である。
標数が $n$ を割らないとし、$U\subset W_n$ を $0$ でない不変部分空間とする。$0$ でない $u\in U$ をとる。$u$ の座標がすべて等しい値 $c$ なら $nc=u_1+\cdots+u_n=0$ で $n\cdot1\neq0$ から $c=0$、すなわち $u=0$ となるので、$u_i\neq u_j$ となる $i\neq j$ がある。互換 $\tau=(i\,j)$ は $u$ の第 $i$ 座標と第 $j$ 座標を入れ替えるので
$$
u-\tau u=(u_i-u_j)(e_i-e_j)
$$
であり、$U$ は不変なので $e_i-e_j\in U$ である。任意の $k\neq l$ について $\sigma(i)=k$、$\sigma(j)=l$ となる置換 $\sigma$ があるので($S_n$ は相異なる 2 点の組に推移的に作用する)、$e_k-e_l=\sigma(e_i-e_j)\in U$ である。$e_1-e_n,\dots,e_{n-1}-e_n$ は $W_n$ の基底なので $U=W_n$ である。
逆に標数が $n$ を割るなら、$(1,\dots,1)$ は座標の和が $n\cdot1=0$ なので $W_n$ に属し、どの置換でも固定されるので $K(1,\dots,1)$ は $W_n$ の $1$ 次元の不変部分空間である。$\dim W_n=n-1\ge2$ なのでこれは真の部分空間であり、$W_n$ は既約でない。$\square$
$n=2$ では $W_2=K(1,-1)$ は $1$ 次元なので、どの体の上でも既約である(標数 $2$ でない体では符号表現)。標数 $p$ が $n$ を割る場合、$W_n$ は既約でないが、それでも直既約でありうる。こうした「分かれないが既約でもない」表現を調べるのがモジュラー表現論である。
表現 $V$ と $1$ 次元の表現 $\chi\colon G\to K^\times$ のテンソル積 $V\otimes\chi$ は、同じ空間 $V$ に $g\cdot v:=\chi(g)\,gv$ で作用させた表現である。双対表現 $V^*$ は $(g\cdot f)(v):=f(g^{-1}v)$ で定める(群の表現 の命題「双対・テンソル積・Hom の表現」)。
$V$ を $G$ の $K$ 上の既約表現とする。
1:$\chi(g)\neq0$ なので、部分空間 $U$ が $gU\subset U$ を満たすことと $\chi(g)\,gU\subset U$ を満たすことは同値である。よって $V$ と $V\otimes\chi$ の不変部分空間は同じであり、既約性も同じである。
2:$E\subset V^*$ を不変部分空間とし、$E^\perp:=\{v\in V\mid\text{すべての }f\in E\text{ で }f(v)=0\}$ とおく。$v\in E^\perp$、$g\in G$、$f\in E$ について、$g^{-1}\cdot f\in E$ なので $f(gv)=(g^{-1}\cdot f)(v)=0$ であり、$gv\in E^\perp$ である。よって $E^\perp$ は $V$ の不変部分空間で、$0$ か $V$ である。有限次元では $\dim E^\perp=\dim V-\dim E$ なので(双対空間(線形代数))、$E=V^*$ か $E=0$ である。$\square$
2 つの既約表現のテンソル積は既約とは限らない(ex-irrep-tensor)。
$G=\mathbb{Z}/5\mathbb{Z}$ の生成元 $1$ を、$\Phi_5(x)=x^4+x^3+x^2+x+1$ の同伴行列
$$
T=\begin{pmatrix}0&0&0&-1\\1&0&0&-1\\0&1&0&-1\\0&0&1&-1\end{pmatrix}
$$
に送る表現 $\mathbb{Q}^4$ を考える($T$ の固有多項式は $\Phi_5$ で、$T^5=I$)。
1:$0$ でない不変部分空間 $U$ をとると、$T|_U$ の最小多項式は $T$ の最小多項式 $\Phi_5$(同伴行列の最小多項式は固有多項式に等しい)を割る $\mathbb{Q}$ 係数の多項式である。$\Phi_5$ は $\mathbb{Q}$ 上既約(既約多項式 の例「Eisenstein の判定法の適用例」の 3)なので、それは $\Phi_5$ に等しく、$\dim U\ge\deg\Phi_5=4$ である。
2:$\Phi_5(x)=\bigl(x^2-\tfrac{\sqrt5-1}{2}x+1\bigr)\bigl(x^2+\tfrac{\sqrt5+1}{2}x+1\bigr)$ であり、第 1 因子の根は $\zeta_5^{\pm1}$($2\cos72^\circ=\tfrac{\sqrt5-1}{2}$)、第 2 因子の根は $\zeta_5^{\pm2}$ である。$T$ は $\mathbb{C}$ 上で相異なる固有値 $\zeta_5,\dots,\zeta_5^4$ をもつので、各因子に $T$ を代入した行列の核は 2 次元の不変部分空間で、$\mathbb{R}^4$ はその直和である。それぞれの上で $T$ は実数の固有値をもたないので、$1$ 次元の不変部分空間はなく既約である。
3:$T$ の相異なる 4 つの固有値の固有ベクトルが、4 本の不変な直線を与える。
$\mathrm{SU}(2)$(SO(3)とSU(2) の定義「2 次特殊ユニタリ群」)の $\mathbb{C}^2$ への包含による表現は既約である。$\mathrm{SU}(2)$ は ex-irrep-quaternion の行列 $\mathbf{i},\mathbf{j}$ を含み、その 2 つで保たれる直線がないからである。$\mathrm{SU}(2)$ や $\mathrm{SO}(3)$ のようなコンパクト群の連続な既約表現は、量子力学の角運動量の分類に現れる。
$\mathrm{GL}_n(\mathbb{C})$ の多項式表現のうち既約なものは、長さ $n$ 以下の分割 $\lambda$ で分類され、その指標は Schur 多項式 $s_\lambda$ で与えられる(Schur多項式 の定理「一般線形群と対称群の既約指標」。この記事では証明しない)。$\lambda=(1)$ が $\mathbb{C}^n$ そのもの、$\lambda=(1,1)$ が 2 次の外積 $\bigwedge^2\mathbb{C}^n$ にあたる。
既約性と Schur の補題について、条件を外すと崩れる主張を並べる。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 係数体の標数が $\lvert G\rvert$ を割らない | $\mathbb{F}_p$ 上の $\mathbb{Z}/p\mathbb{Z}$、$k\mapsto\begin{pmatrix}1&k\\0&1\end{pmatrix}$ | 直既約なら既約 |
| 係数体を変えない | $\mathbb{Z}/5\mathbb{Z}$ の $\mathbb{Q}^4$ 上の表現(ex-irrep-cyclotomic) | 体を広げても既約 |
| 係数体が代数閉体 | $\mathbb{Z}/4\mathbb{Z}$ の $\mathbb{R}^2$ 上の $90^\circ$ 回転 | $\operatorname{End}_G(V)=K\,\mathrm{id}_V$ |
| (次数だけを比べる) | $\mathbb{Z}/3\mathbb{Z}$ の 2 つの自明でない 1 次元表現 | 次数が等しい既約表現は同値 |
| 一方が 1 次元 | $S_3$ の $W\otimes W$ | 既約表現のテンソル積は既約 |
素数 $p$ について、$\mathbb{Z}/p\mathbb{Z}$ の $\mathbb{F}_p$ 上の表現 $\rho(k)=\begin{pmatrix}1&k\\0&1\end{pmatrix}$ を考える。$1$ 次元の不変部分空間は $\mathbb{F}_pe_1$ ただ 1 つなので(群の表現 の例「反例:標数が群の位数を割る場合」)、2 つの $1$ 次元の不変部分空間の直和には分かれず直既約であるが、$\mathbb{F}_pe_1$ があるので既約でない。この例は「直既約」を満たすが「既約」を満たさない。係数体の標数 $p$ が $\lvert G\rvert=p$ を割るので Maschke の定理(半単純環 の定理「Maschke の定理」)の仮定を満たさず、完全可約でないことが原因である。
$\mathbb{Z}/4\mathbb{Z}$ の生成元を $J=\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}$ に送る $\mathbb{R}^2$ 上の表現は、$J$ が実数の固有値をもたないので既約であるが、$\operatorname{End}_G(\mathbb{R}^2)=\{aI_2+bJ\}\cong\mathbb{C}$ は $\mathbb{R}$ より大きい(群の表現 の例「反例:代数閉でない係数体での Schur の補題」、単純加群 の例「回転行列が定める単純加群」)。この例は「有限次元の既約表現」を満たすが「係数体が代数閉体」を満たさず、thm-irrep-schur の 2 の結論を破る。thm-irrep-schur の 1 のとおり、$\operatorname{End}_G$ は斜体(ここでは体 $\mathbb{C}$)である。
$\mathbb{Z}/3\mathbb{Z}$ の $\mathbb{C}$ 上の 1 次元表現 $\chi_1(k)=\omega^k$、$\chi_2(k)=\omega^{2k}$($\omega=e^{2\pi\sqrt{-1}/3}$)はどちらも既約で次数 $1$ であるが、$\chi_1(1)=\omega\neq\omega^2=\chi_2(1)$ なので、thm-irrep-abelian の証明のとおり同値でない。この例は「次数が等しい既約表現」を満たすが「同値」を満たさない。$\chi_2$ は $\chi_1$ の双対表現であり($\chi_2(k)=\chi_1(k)^{-1}$)、prop-irrep-twist-dual の 2 の例にもなっている。
thm-irrep-s3 の 2 次元表現 $W$ について、$W\otimes W$ は $4$ 次元である。$S_3$ の既約表現の次数は $1,1,2$ だけなので、$W\otimes W$ は既約でなく、自明表現・符号表現・$W$ の直和と同値である。
$W$ と同値な $U$ の基底 $v_1,v_2$($rv_1=\omega v_1$、$rv_2=\omega^2v_2$、$sv_1=v_2$、$sv_2=v_1$)をとると、$v_1\otimes v_2+v_2\otimes v_1$ は自明表現、$v_1\otimes v_2-v_2\otimes v_1$ は符号表現を張り($r$ は $\omega\cdot\omega^2=1$ 倍で作用し、$s$ は 2 つの項を入れ替える)、$v_1\otimes v_1$、$v_2\otimes v_2$ の張る空間には $r$ が $\omega^2,\omega$ 倍で、$s$ が入れ替えで作用するので、thm-irrep-s3 の証明の段 4 により $U$ と同値である。この 3 つの部分空間の和は $W\otimes W$ 全体で、次元の和は $1+1+2=4$ である。
$G$ を有限群とする。$\mathbb{C}$ 上の既約表現の同値類の個数は $G$ の共役類の個数に等しく、それらの次数 $n_1,\dots,n_r$ は $n_1^2+\cdots+n_r^2=\lvert G\rvert$ を満たす(群環 の定理「複素群環の Wedderburn 分解」と命題「既約表現の個数と共役類の個数」、次数の 2 乗の和は Web16 Corollary 2.1.5 の (2))。可換群では共役類が $\lvert G\rvert$ 個で、thm-irrep-abelian と一致する。$S_3$ では共役類が 3 つ($\{1\}$、互換、3 次の巡回置換)で、thm-irrep-s3 と一致する。この記事ではこれらの一般の定理を証明していない。
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