Picard群(Picard group)とは、環付き空間 $X$ 上の可逆層(直線束)の同型類全体がテンソル積でなすアーベル群 $\operatorname{Pic}(X)$ のことである。単数の層の1次コホモロジー $H^1(X,\mathcal{O}_X^{\times})$ と同型で、スキームではエタール位相や fppf 位相で計算しても同じ群になる。可換環では階数 $1$ の射影加群の類の群、Dedekind 整域ではイデアル類群であり、局所分解的なネーター分離整スキームでは Weil 因子の類群と一致する。局所環や一意分解整域では $0$、射影空間では $\mathbb{Z}$ である。
前提知識: 環付き空間, 可逆層, 層コホモロジー, スキーム
レベル: 大学院
$(X, \mathcal{O}_X)$ を環付き空間とする。$\mathcal{O}_X$ 加群 $\mathcal{L}$ が可逆であるとは、$X$ の開被覆 $X = \bigcup_i U_i$ で、各 $i$ について $\mathcal{L}|_{U_i} \cong \mathcal{O}_{U_i}$ となるものがあることをいう(階数 $1$ の局所自由加群。スキームでは直線束とも呼ぶ)。可逆加群 $\mathcal{L}$ に対し $\mathcal{L}^{\vee} := \mathcal{H}om_{\mathcal{O}_X}(\mathcal{L}, \mathcal{O}_X)$ と置く。
$\mathcal{L}, \mathcal{M}$ が可逆なら、$\mathcal{L} \otimes_{\mathcal{O}_X} \mathcal{M}$ と $\mathcal{L}^{\vee}$ も可逆であり、評価写像 $\mathcal{L} \otimes \mathcal{L}^{\vee} \to \mathcal{O}_X$ は同型である。したがって、可逆加群の同型類の集合は、テンソル積を演算、$\mathcal{O}_X$ の類を単位元、$\mathcal{L}^{\vee}$ の類を $\mathcal{L}$ の類の逆元とするアーベル群になる。
主張はすべて局所的なので、$\mathcal{L}$ と $\mathcal{M}$ がともに自明になる開集合 $U$ の上で確かめればよい。$U$ 上では $\mathcal{O}_U \otimes \mathcal{O}_U \cong \mathcal{O}_U$、$\mathcal{H}om(\mathcal{O}_U, \mathcal{O}_U) \cong \mathcal{O}_U$ であり、評価写像は $\mathcal{O}_U \otimes \mathcal{O}_U \to \mathcal{O}_U$、$a \otimes b \mapsto ab$ となって同型である。テンソル積の結合性・可換性の標準同型により、演算は同型類の上で結合的かつ可換である。
環付き空間 $X$ の可逆 $\mathcal{O}_X$ 加群の同型類全体が、上の演算でなすアーベル群を $X$ の Picard 群(Picard group)といい、$\operatorname{Pic}(X)$ と書く。可換環 $A$ については $\operatorname{Pic}(A) := \operatorname{Pic}(\operatorname{Spec} A)$ と置く。
$\operatorname{Pic}(X)$ は加法的にも乗法的にも書かれる。本記事では $[\mathcal{L}] + [\mathcal{M}] = [\mathcal{L} \otimes \mathcal{M}]$ と加法的に書く。
環の場合。可換環 $A$ 上では、準連接層と $A$ 加群の対応(Har77 第 II 章 §5)により、$\operatorname{Pic}(A)$ は「有限生成射影加群で、すべての素イデアルでの局所化が階数 $1$ の自由加群になるもの」(可逆加群)の同型類の群と一致する。演算は $\otimes_A$、逆元は $\operatorname{Hom}_A(M, A)$ である。
関手性。環付き空間の射 $f \colon X \to Y$ に対し、引き戻し $f^{*}$ は可逆加群を可逆加群に写し、テンソル積と交換するので、準同型 $f^{*} \colon \operatorname{Pic}(Y) \to \operatorname{Pic}(X)$ を与える。$\operatorname{Pic}$ は反変関手である。
可逆加群は「各点の近くでは関数の層と同じだが、張り合わせ方がねじれているもの」である。ねじれ方は、重なりでの張り合わせの関数(単数)で記録される。Picard 群は、このねじれ方の全体を、自明なものを $0$ として群にしたものである。
幾何的には、直線束の同型類の群であり、多様体の上の「因子の線形同値類」と深く結びつく。因子 $D$ から直線束 $\mathcal{O}_X(D)$ が作られ、因子の和がテンソル積に、主因子が自明な直線束に対応する。
$\mathcal{O}_X^{\times}$ を $\mathcal{O}_X$ の単数のなす(乗法的な)アーベル群の層とする。
任意の環付き空間 $X$ について、自然な同型
$$
\operatorname{Pic}(X) \cong H^1(X, \mathcal{O}_X^{\times})
$$
がある。
可逆加群 $\mathcal{L}$ をとり、自明化 $\varphi_i \colon \mathcal{L}|_{U_i} \xrightarrow{\sim} \mathcal{O}_{U_i}$ を選ぶ。$U_{ij} = U_i \cap U_j$ の上で $\varphi_i \circ \varphi_j^{-1}$ は $\mathcal{O}_{U_{ij}}$ の自己同型、すなわち単数 $g_{ij} \in \mathcal{O}_X^{\times}(U_{ij})$ による乗法である。$U_{ijk}$ 上で $g_{ij} g_{jk} = g_{ik}$ が成り立つので、$(g_{ij})$ は被覆 $\mathfrak{U} = (U_i)$ に関する $\mathcal{O}_X^{\times}$ の Čech $1$ コサイクルである。自明化を $\varphi_i' = h_i \varphi_i$($h_i \in \mathcal{O}_X^{\times}(U_i)$)に取り替えると $g_{ij}' = h_i g_{ij} h_j^{-1}$ となり、コバウンダリ分だけ変わる。$\mathcal{L} \cong \mathcal{L}'$ で両者が $\mathfrak{U}$ 上自明なら、同型を通して自明化を移すことで同じ類を与える。逆に、コサイクル $(g_{ij})$ があれば、$\mathcal{O}_{U_i}$ たちを $g_{ij}$ で張り合わせて可逆加群が作れる。以上により、$\mathfrak{U}$ 上で自明になる可逆加群の同型類の群は $\check{H}^1(\mathfrak{U}, \mathcal{O}_X^{\times})$ と同型であり、テンソル積はコサイクルの積に対応する。
被覆の細分についての帰納極限をとると、$\operatorname{Pic}(X) \cong \varinjlim_{\mathfrak{U}} \check{H}^1(\mathfrak{U}, \mathcal{O}_X^{\times})$ を得る。任意の位相空間上の任意のアーベル群の層 $F$ について、$1$ 次では Čech コホモロジーの帰納極限が導来関手のコホモロジーと一致する(Har77 第 III 章 演習 4.4)。これを $F = \mathcal{O}_X^{\times}$ に当てればよい。
$X$ がスキームのとき、エタール位相や fppf 位相の乗法群 $\mathbb{G}_m$ で計算しても同じ群が得られる。
スキーム $X$ について、自然な写像
$$
\operatorname{Pic}(X) = H^1(X_{\mathrm{Zar}}, \mathbb{G}_m) \longrightarrow H^1(X_{\mathrm{\acute{e}t}}, \mathbb{G}_m) \longrightarrow H^1(X_{\mathrm{fppf}}, \mathbb{G}_m)
$$
はどちらも同型である。
右辺の $H^1$ は、それぞれの位相で局所自明な $\mathbb{G}_m$ トーサー、すなわち fppf 局所に自明な可逆加群の同型類の群である。準連接層の忠実平坦降下により、fppf 局所に自明な可逆加群の降下データは可逆 $\mathcal{O}_X$ 加群から来るので、これは Zariski 局所に自明になる。これが Hilbertの定理90 の一般形である。詳細は Mil80 第 III 章 §4 を参照(本記事では証明しない)。
この同型により、$\operatorname{Pic}$ は エタールコホモロジー の低い次数の項として現れる。たとえば $n$ が $X$ 上可逆なら、Kummer完全列 から完全列
$$
0 \to \Gamma(X, \mathcal{O}_X)^{\times}/n \to H^1(X_{\mathrm{\acute{e}t}}, \mu_n) \to \operatorname{Pic}(X)[n] \to 0
$$
が得られる。素数 $\ell$ について、$\operatorname{Pic}(X)$ の $\ell$ 冪捩れを $\ell$ 進に束ねたものは Tate加群 の記事で扱う。
以下 $X$ をネーター整スキームとする。
1 と 3 は Har77 第 II 章 §6 にある。2 の単射性は、正規なネーター整スキームでは、Weil 因子が $0$ である Cartier 因子が局所的に単数で定義されることから従う(Stacks26 の「Divisors」の章を参照)。因子類群、Cartier因子、Weil因子 の記事も参照。
$A$ がネーターな一意分解整域なら $\operatorname{Pic}(A) = 0$ である。とくに体、単項イデアル整域、体上の多項式環では $\operatorname{Pic} = 0$ である。
一意分解整域の局所化は一意分解整域なので、$\operatorname{Spec} A$ は局所分解的である。ネーター整域 $A$ が一意分解整域であることは、$A$ が正規で $\operatorname{Cl}(A) = 0$ であることと同値である(Har77 第 II 章 §6)。よってthm-picard-group-divisors の 3 により $\operatorname{Pic}(A) \cong \operatorname{Cl}(A) = 0$ である。体上の多項式環は一意分解整域である(Gauss の補題)。
局所環については、因子を使わずに直接示せる。
$A$ が局所環なら $\operatorname{Pic}(A) = 0$ である。
$\mathfrak{m}$ を極大イデアル、$\kappa = A/\mathfrak{m}$ とし、$M$ を可逆 $A$ 加群とする。$M$ は有限生成射影加群で、$M/\mathfrak{m}M = M \otimes_A \kappa$ は $M_{\mathfrak{m}} = M$ が階数 $1$ の自由加群であることから $1$ 次元である。その基底を持ち上げた $x \in M$ をとると、中山の補題により $A \to M$、$a \mapsto ax$ は全射である。$M$ は射影的なのでこの全射は分裂し、$A \cong M \oplus K$ となる。$K$ は $A$ の直和因子だから有限生成で、$\kappa \cong \kappa \oplus K/\mathfrak{m}K$ の次元を比べて $K/\mathfrak{m}K = 0$、中山の補題により $K = 0$ である。よって $M \cong A$ である。
$A$ を Dedekind整域、$K$ をその商体とする。$A$ の $0$ でない分数イデアルはすべて可逆であり、$\operatorname{Pic}(A)$ は分数イデアルの群を単項分数イデアルの部分群で割った イデアル類群 と一致する($A$ は正則だからthm-picard-group-divisors の 3 からも従う)。
具体例として $A = \mathbb{Z}[\sqrt{-5}]$、$\mathfrak{p} = (2, 1+\sqrt{-5})$ をとる。
体 $k$ 上の 射影空間 $\mathbb{P}^n_k$ について、$\operatorname{Pic}(\mathbb{P}^n_k) \cong \mathbb{Z}$ であり、$\mathcal{O}(1)$ の類が生成元である。$\mathbb{P}^n_k$ は正則なので $\operatorname{Pic} = \operatorname{Cl}$ であり、$\operatorname{Cl}(\mathbb{P}^n_k)$ は既約超曲面にその次数を対応させる写像で $\mathbb{Z}$ と同型になる(Har77 第 II 章 §6)。$\mathcal{O}(d)$ の類は $d$ に対応する。
代数閉体 $k$ 上の 楕円曲線 $(E, O)$ では、次数の写像 $\deg \colon \operatorname{Pic}(E) \to \mathbb{Z}$ は全射で、その核 $\operatorname{Pic}^0(E)$ は $P \mapsto [\mathcal{O}_E(P - O)]$ によって群 $E(k)$ と同型になる(Har77 第 IV 章 §4。本記事では証明しない)。したがって
$$
\operatorname{Pic}(E) \cong \mathbb{Z} \oplus E(k)
$$
であり、$k = \mathbb{C}$ なら $E(\mathbb{C})$ は非可算なので、$\operatorname{Pic}(E)$ は有限生成でない。有限生成な部分を取り出すのが Néron–Severi群 である。
$k$ を体、$A = k[x, y, z]/(xy - z^2)$、$X = \operatorname{Spec} A$(二次錐)とする。$X$ は正規なネーター整スキームだが、頂点 $\mathfrak{m} = (x, y, z)$ で局所分解的でない。
「$\operatorname{Pic}(X) \to \operatorname{Pic}(X_{\mathrm{red}})$ はつねに単射である」という主張は正しくない。$k$ を代数閉体、$E$ を $k$ 上の楕円曲線、$X = E \times_k \operatorname{Spec} k[\varepsilon]$($\varepsilon^2 = 0$)とすると $X_{\mathrm{red}} = E$ である。冪零イデアル層 $\mathcal{N} = \varepsilon \mathcal{O}_X$ は $\mathcal{N}^2 = 0$ を満たすので、$f \mapsto 1 + f$ は群の層の準同型 $\mathcal{N} \to \mathcal{O}_X^{\times}$ であり、層の完全列
$$
0 \to \mathcal{N} \to \mathcal{O}_X^{\times} \to \mathcal{O}_E^{\times} \to 1
$$
を得る(右の全射性は、単数を法 $\varepsilon$ で持ち上げた元がまた単数であることによる)。コホモロジー長完全列の初めの部分は
$$
\Gamma(X, \mathcal{O}_X^{\times}) \to \Gamma(E, \mathcal{O}_E^{\times}) \to H^1(E, \mathcal{N}) \to \operatorname{Pic}(X) \to \operatorname{Pic}(E)
$$
である。$E$ は固有かつ連結で被約なので $\Gamma(E, \mathcal{O}_E) = k$、$\Gamma(X, \mathcal{O}_X) = k[\varepsilon]$ であり、左端の写像 $k[\varepsilon]^{\times} \to k^{\times}$ は全射である。$\mathcal{N} \cong \mathcal{O}_E$ で、$E$ の種数は $1$ だから $H^1(E, \mathcal{N}) \cong H^1(E, \mathcal{O}_E) \cong k \ne 0$ である。よって $k \hookrightarrow \ker\bigl(\operatorname{Pic}(X) \to \operatorname{Pic}(E)\bigr)$ であり、単射性は破れる。種数 $0$ の曲線($H^1(\mathcal{O}) = 0$)に取り替えると、この核は消える。
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