複素数(complex number)とは、実数 $a,b$ と虚数単位 $i^2=-1$ を用いて $a+bi$ と一意に表される数であり、全体を $\mathbb{C}$ と書く。順序対 $\mathbb{R}^2$ に四則演算を定めることで可換体として構成でき、共役 $\overline z$ と絶対値 $|z|$ はそれぞれ実軸に関する鏡映と原点からの距離を表す。極形式では乗法が絶対値の積と偏角の和になり、代数学の基本定理により $\mathbb{C}$ は代数閉体である。
実数の範囲では方程式 $x^2+1=0$ は解をもたない。そこで、実数の組に新しい乗法を入れて、この方程式の解を含む数体系を作る。
実数の順序対 $(a,b)\in\mathbb{R}^2$ に対して、加法と乗法を
$$
(a,b)+(c,d):=(a+c,b+d),
$$
$$
(a,b)(c,d):=(ac-bd,ad+bc)
$$
で定める。この演算をもつ集合を 複素数体 といい、$\mathbb{C}$ と書く。その元を 複素数(complex number)という。
$i:=(0,1)$ とおき、$(a,b)$ を $a+bi$ と書く。$a$ を実部、$b$ を虚部といい、
$$
\operatorname{Re}(a+bi):=a,
\qquad
\operatorname{Im}(a+bi):=b
$$
と書く。
定義から
$$
i^2=(0,1)(0,1)=(-1,0)=-1
$$
である。実数 $a$ を $(a,0)$ と同一視すれば、$\mathbb{R}$ は $\mathbb{C}$ の部分集合になる。
任意の複素数は $a+bi$、$a,b\in\mathbb{R}$ と一意に表される。二つの標準形について
$$
a+bi=c+di
$$
であることと、$a=c$ かつ $b=d$ であることは同値である。
$a+bi$ は順序対 $(a,b)$ の別表記である。順序対の等号は成分ごとの等号として定義されるので、$(a,b)=(c,d)$ と $a=c,b=d$ は同値である。
$\mathbb{C}$ は剰余環
$$
\mathbb{R}[X]/(X^2+1)
$$
としても構成できる。剰余類 $[X]$ を $i$ に対応させると、$[X]^2=-1$ であり、各剰余類は一意に $a+b[X]$ と書ける。この構成は上の順序対による構成と同型である。
複素数 $a+bi$ を平面の点 $(a,b)$ とみなすと、加法はベクトルの加法になる。乗法はさらに、原点からの距離を掛け、原点のまわりの角度を足す操作になる。特に $i$ を掛けると
$$
i(a+bi)=-b+ai
$$
となるので、点 $(a,b)$ は点 $(-b,a)$ へ移る。これは反時計回りの90度回転である。
定義した加法と乗法によって $\mathbb{C}$ は可換体になる。零元は $0=0+0i$、単位元は $1=1+0i$ である。$z=a+bi\neq0$ の逆元は
$$
z^{-1}=\frac{a-bi}{a^2+b^2}
$$
である。また $a\mapsto a+0i$ によって $\mathbb{R}$ は $\mathbb{C}$ の部分体となる。
加法と乗法の交換律、結合律、分配律は、定義式を展開し、実数の対応する法則を成分ごとに用いれば得られる。例えば $z=a+bi$、$w=c+di$、$u=e+fi$ に対して
$$
\begin{aligned}
(zw)u
&=((ac-bd)+(ad+bc)i)(e+fi)\\
&=(ace-bde-adf-bcf)\\
&\quad +(acf-bdf+ade+bce)i,
\end{aligned}
$$
$$
\begin{aligned}
z(wu)
&=(a+bi)((ce-df)+(cf+de)i)\\
&=(ace-adf-bcf-bde)\\
&\quad +(acf+ade+bce-bdf)i,
\end{aligned}
$$
なので乗法の結合律が成り立つ。他の法則も同様に実数の法則へ還元される。
$z\neq0$ なら $a,b$ が同時に0ではないので $a^2+b^2>0$ である。従って表示された逆元は定義でき、
$$
(a+bi)\frac{a-bi}{a^2+b^2}
=\frac{a^2+b^2}{a^2+b^2}=1
$$
を満たす。よって0でない元はすべて逆元をもち、$\mathbb{C}$ は体である。実数の埋め込みが四則演算と $0,1$ を保つことは定義から直接分かる。
$z=2+3i$、$w=1-i$ とすると
$$
z+w=3+2i,
\qquad
zw=(2+3i)(1-i)=5+i.
$$
また
$$
w^{-1}=\frac{1+i}{2}
$$
であり、実際に $(1-i)(1+i)/2=1$ である。
逆元公式は $a^2+b^2>0$ のとき、すなわち $z\neq0$ のときだけ使える。$0^{-1}$ は存在せず、複素数へ拡張しても0による除法が可能になるわけではない。
$z=a+bi$ に対し、
$$
\overline z:=a-bi
$$
を 複素共役、
$$
|z|:=\sqrt{a^2+b^2}
$$
を 絶対値という。複素平面では $\overline z$ は $z$ の実軸に関する鏡映であり、$|z|$ は原点から $z$ までの距離である。
任意の $z,w\in\mathbb{C}$ について
$$
\overline{z+w}=\overline z+\overline w,
\qquad
\overline{zw}=\overline z\,\overline w,
\qquad
\overline{\overline z}=z,
$$
$$
z\overline z=|z|^2,
\qquad
\operatorname{Re}z=\frac{z+\overline z}{2},
\qquad
\operatorname{Im}z=\frac{z-\overline z}{2i}
$$
が成り立つ。
$z=a+bi$、$w=c+di$ とおく。和と二重共役に関する式は成分を比較すればよい。積については
$$
\overline{zw}
=\overline{(ac-bd)+(ad+bc)i}
=(ac-bd)-(ad+bc)i,
$$
$$
\overline z\,\overline w
=(a-bi)(c-di)
=(ac-bd)-(ad+bc)i
$$
なので一致する。また
$$
z\overline z=(a+bi)(a-bi)=a^2+b^2=|z|^2.
$$
最後の二式も右辺を展開すると、それぞれ $a$ と $b$ になる。
任意の $z,w\in\mathbb{C}$ について
$$
|zw|=|z||w|,
\qquad
|z+w|\leq|z|+|w|
$$
が成り立つ。等号 $|z|=0$ は $z=0$ と同値である。
$|z|=\sqrt{(\operatorname{Re}z)^2+(\operatorname{Im}z)^2}$ だから、$|z|\geq0$ であり、$|z|=0$ と実部・虚部がともに0であることは同値である。
共役の積に関する式から
$$
|zw|^2=(zw)\overline{zw}
=z\overline z\,w\overline w
=|z|^2|w|^2.
$$
両辺は非負なので平方根を取り、$|zw|=|z||w|$ を得る。
次に $u=z\overline w$ とおくと、$\operatorname{Re}u\leq|u|$ である。実際、$u=x+yi$ なら $x\leq\sqrt{x^2+y^2}$ である。従って
$$
\begin{aligned}
|z+w|^2
&=(z+w)(\overline z+\overline w)\\
&=|z|^2+2\operatorname{Re}(z\overline w)+|w|^2\\
&\leq |z|^2+2|z||w|+|w|^2\\
&=(|z|+|w|)^2.
\end{aligned}
$$
両辺の平方根を取れば三角不等式を得る。
$z=2+3i$ なら $\overline z=2-3i$ だが、$-z=-2-3i$ である。従って一般に共役と加法逆元は異なる。両者が一致するのは実部が0のときである。
非零複素数 $z=a+bi$ に対し、
$$
r:=|z|>0
$$
とする。$a=r\cos\theta$、$b=r\sin\theta$ を満たす実数 $\theta$ を $z$ の 偏角という。このとき
$$
z=r(\cos\theta+i\sin\theta)
$$
と書け、この表示を 極形式という。
偏角は一意ではなく、$\theta$ が偏角なら $\theta+2\pi k$、$k\in\mathbb{Z}$ も同じ複素数の偏角である。区間を一つ固定して代表を選ぶとき、その値を偏角の主値という。$z=0$ には偏角を定義しない。
$$
z=r(\cos\theta+i\sin\theta),
\qquad
w=s(\cos\phi+i\sin\phi)
$$
なら
$$
zw=rs\bigl(\cos(\theta+\phi)+i\sin(\theta+\phi)\bigr).
$$
従って複素数の乗法は絶対値を掛け、偏角を足す。
乗法を展開すると
$$
\begin{aligned}
zw
&=rs\bigl((\cos\theta\cos\phi-\sin\theta\sin\phi)\\
&\qquad+i(\sin\theta\cos\phi+\cos\theta\sin\phi)\bigr).
\end{aligned}
$$
三角関数の加法定理を用いれば右辺は主張の形になる。
整数 $n\geq0$ に対して
$$
(\cos\theta+i\sin\theta)^n
=\cos(n\theta)+i\sin(n\theta)
$$
である。
$n=0$ では両辺は1である。$n$ で成立すると仮定し、両辺へ $\cos\theta+i\sin\theta$ を掛ける。極形式での乗法により偏角が $n\theta+\theta$ になるので、$n+1$ でも成立する。従って帰納法により示された。
$i=\cos(\pi/2)+i\sin(\pi/2)$ なので、$i$ を掛けることは90度回転である。また
$$
z^2=-1
$$
の解は $z=i,-i$ である。実数では解をもたない方程式が、複素数では解をもつ。
実数 $A,B,C$、$A\neq0$ に対する方程式
$$
Az^2+Bz+C=0
$$
は $\mathbb{C}$ に解をもつ。判別式 $D=B^2-4AC$ が負なら、解は
$$
z=\frac{-B\pm i\sqrt{-D}}{2A}
$$
である。
平方完成により
$$
(2Az+B)^2=D
$$
である。$D\geq0$ なら実数の平方根を用いる通常の解の公式でよい。$D<0$ なら
$$
(i\sqrt{-D})^2=-(-D)=D
$$
だから $2Az+B=\pm i\sqrt{-D}$ とおけ、表示した二つの解を得る。
$$
z^2-2z+5=0
$$
の判別式は $-16$ なので、解は $1\pm2i$ である。代入すると
$$
(1\pm2i)^2-2(1\pm2i)+5=0
$$
を確認できる。
二次方程式だけでなく、任意次数の非定数複素多項式にも根が存在する。
複素係数の非定数一変数多項式は $\mathbb{C}$ に少なくとも一つの根をもつ。従って次数 $n$ の複素多項式は、重複度を込めて $n$ 個の根をもち、一次式の積へ分解する。
この主張は代数学の基本定理であり、正確な定理文と一次式への反復分解は OS21 §5.5 にある。本記事ではこの定理の証明を再掲せず、複素数の構成と初等的性質を完全に証明する範囲に留める。
$\mathbb{C}$ は代数閉体であり、$\mathbb{R}$ 上代数的である。従って $\mathbb{C}$ は $\mathbb{R}$ の代数閉包である。
代数学の基本定理により、複素係数の非定数多項式は複素数の根をもつので $\mathbb{C}$ は代数閉体である。一方、$z=a+bi$ は実係数多項式
$$
(X-z)(X-\overline z)
=X^2-2aX+(a^2+b^2)
$$
の根である。従ってすべての複素数は $\mathbb{R}$ 上代数的であり、$\mathbb{C}/\mathbb{R}$ は代数拡大である。この二性質から $\mathbb{C}$ は $\mathbb{R}$ の代数閉包である。
旧稿の「複素数は実数体の代数閉包の元である」という説明は、この帰結を先に定義として置いたものである。本記事では、通常の $a+bi$、四則演算、共役、絶対値を具体的に扱える順序対構成を定義とし、代数閉包性を後から得られる重要な特徴として区別した。
$\mathbb{R}$ の通常の順序を保ち、体の演算と両立する全順序を $\mathbb{C}$ に入れることはできない。
順序体では任意の非零元 $x$ について $x^2>0$ である。実際、$x>0$ なら正の元の積として $x^2>0$ であり、$x<0$ なら $-x>0$ なので $x^2=(-x)^2>0$ である。
もし $\mathbb{C}$ が $\mathbb{R}$ の順序を延長する順序体なら、$i\neq0$ より $i^2>0$ である。しかし $i^2=-1$ であり、実数の順序では $-1<0$ であるから矛盾する。
従って、複素数の比較には実部、虚部、絶対値、偏角など目的に応じた量を使う。絶対値の大小は全順序ではなく、異なる複素数が同じ絶対値をもつこともある。例えば $|1|=|i|=1$ である。
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