導分

同義語:derivation

概要

導分(derivation)とは、環 $R$ から両側 $R$ 加群 $M$ への写像 $D$ であって、加法性 $D(x+y)=D(x)+D(y)$ と Leibniz 則 $D(xy)=xD(y)+D(x)y$ を満たすもののことである。関数の微分から「加法を保ち積を Leibniz 則で分配する」性質だけを取り出したもので、多項式環や数論の環にも微分の類似を与える。$D(1)=0$、核は部分環、$D(x^n)=nx^{n-1}D(x)$ が成り立ち、可換環 $A$ 上の多元環の $A$-導分は $A$ 線形な導分である。形式微分、内部導分 $ax-xa$、算術関数の $f(n)\log n$ が例で、恒等写像は導分でない。導分全体は交換子で Lie 環をなし、可換環の $A$-導分は Kähler 微分加群 $\Omega_{B/A}$ で表現される。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 環, 加群, 多元環, Lie環

定義

本記事で環とは 単位元 をもつ環を指し、可換とは限らない。環 $R$ の中心(環の中心)$C(R)$ は $R$ のすべての元と可換な元全体のなす可換 部分環 である。$A$ を 可換環 とするとき、$A$ 上の多元環($A$-多元環)とは、環 $\Lambda$ と、像が $C(\Lambda)$ に含まれる 環準同型 $\iota\colon A\to\Lambda$ の組をいう。$\Lambda$ が可換なとき、これを $A$ 上の可換代数($A$-代数)という。$R$ の両側加群とは、左 $R$ 加群かつ右 $R$ 加群であって $(xm)y=x(my)$ を満たすアーベル群 $M$ をいう。$R$ 自身は積によって両側 $R$ 加群である。$R$ が可換なら、左 $R$ 加群 $M$ は $mx:=xm$ により両側加群とみなす。

導分

$R$ を環、$M$ を両側 $R$ 加群とする。写像 $D\colon R\to M$ が $R$ から $M$ への導分(derivation)であるとは、任意の $x,y\in R$ について

  1. $D(x+y)=D(x)+D(y)$(加法性)、
  2. $D(xy)=xD(y)+D(x)y$(Leibniz 則)
    が成り立つことをいう。$R$ から $M$ への導分全体を $\operatorname{Der}(R,M)$ と書く。$M=R$ のとき、$R$ から $R$ への導分を単に $R$ の導分といい、その全体を $\operatorname{Der}(R)$ と書く。
定数環と多元環上の導分

導分 $D\colon R\to M$ は加法群の準同型なので 核 $\ker D=\{x\in R\mid D(x)=0\}$ が定まる。これは $R$ の部分環であり(derivation-prop-basic)、$D$ の定数環という。
$A$ を可換環、$\iota\colon A\to\Lambda$ を $A$ 上の多元環、$M$ を両側 $\Lambda$ 加群とする。導分 $D\colon\Lambda\to M$ が $A$ 上の導分($A$-導分、$A$-derivation)であるとは、$D\circ\iota=0$、すなわち $A$ の像が $D$ の定数環に含まれることをいう。これは $D$ が $A$ 線形であること、すなわち任意の $a\in A$、$f\in\Lambda$ について $D(\iota(a)f)=\iota(a)D(f)$ が成り立つことと同値である(derivation-prop-a-linear)。$\Lambda$ から $M$ への $A$-導分全体を $\operatorname{Der}_A(\Lambda,M)$、$M=\Lambda$ のとき $\operatorname{Der}_A(\Lambda)$ と書く。

任意の環 $R$ は $\mathbb{Z}\to R$ により $\mathbb{Z}$ 上の多元環であり、導分は $D(1)=0$ を満たすので(derivation-prop-basic)すべての導分は $\mathbb{Z}$-導分である。すなわち $\operatorname{Der}(R,M)=\operatorname{Der}_{\mathbb{Z}}(R,M)$ である。

直感

滑らかな関数 $f,g\colon\mathbb{R}\to\mathbb{R}$ の微分は $(f+g)'=f'+g'$ と $(fg)'=f'g+fg'$ を満たす。関数全体のなす環 $C^{\infty}(\mathbb{R})$ の上で見ると、微分 $f\mapsto f'$ は環の 2 つの演算と「加法を保ち、積については Leibniz 則で分配する」という仕方で整合する写像である。導分はこの 2 条件だけを取り出して抽象化したものであり、極限やノルムをもたない環、例えば 多項式環 や数論に現れる環に対しても「微分」を考えることを可能にする。定数関数の微分が $0$ であることは $D(1)=0$ に、定数倍を外に出せることは $A$-導分の $A$ 線形性に対応し、微分の核が定数関数であることは定数環の名の由来である。導分は微分の性質のうち Leibniz則 だけを残すので、合成 $D\circ D'$ は一般に導分でないが、交換子 $D\circ D'-D'\circ D$ は再び導分になる(derivation-prop-lie)。これが導分全体が Lie環 をなす理由であり、多様体 上の ベクトル場 が Lie 環をなすことの代数的な根拠である。

例

零導分と形式微分
  1. 任意の環 $R$ と両側 $R$ 加群 $M$ について、零写像 $R\to M$ は導分である。これを零導分という。
  2. $A$ を可換環とする。多項式環 $A[X]$ の形式微分 $D(f)=f'$($X^{n}\mapsto nX^{n-1}$、$A$ 上 $0$)は $A[X]$ の $A$-導分である。加法性と Leibniz 則は 多項式環 の記事の命題「微分の規則」で示されている。$n$ 変数多項式環 $A[X_1,\dots,X_n]$ の 偏微分 $\partial/\partial X_i$ も $A$-導分である。$A[X_1,\dots,X_n]$ を $A[X_1,\dots,\widehat{X_i},\dots,X_n]$ 上の 1 変数多項式環とみて 1 変数の場合に帰着すればよい。$A$-導分は $D(X_i)$ の値で決まり、$\operatorname{Der}_A(A[X_1,\dots,X_n])$ は $\partial/\partial X_1,\dots,\partial/\partial X_n$ を 基底 とする 階数 $n$ の自由 $A[X_1,\dots,X_n]$ 加群(自由加群)である(derivation-prop-polynomial)。
  3. $k$ を体、$K/k$ を 体の拡大 とし、$\alpha\in K$ を $k$ 上 超越的 とすると、$k(\alpha)$ の $k$-導分 $D$ で $D(\alpha)=1$ となるものがただ 1 つ存在する(derivation-prop-polynomial を $k[\alpha]$ に適用し、derivation-prop-basic の 5 により 商体 に延長する)。
内部導分

$R$ を環、$a\in R$ とする。$\operatorname{ad}_a(x):=ax-xa$ は $R$ の導分である。加法性は明らかであり、
$$\operatorname{ad}_a(xy)=axy-xya=(ax-xa)y+x(ay-ya)=\operatorname{ad}_a(x)\,y+x\operatorname{ad}_a(y)$$
が Leibniz 則である。この形の導分を内部導分(inner derivation)という。$R$ が可換なら内部導分はすべて $0$ なので、可換環の $0$ でない導分(形式微分など)は内部導分でない。一方、Weyl代数 $A_1(k)=k\langle x,\partial\rangle/(\partial x-x\partial-1)$ では $\operatorname{ad}_{\partial}$ が部分環 $k[x]$ 上で形式微分 $d/dx$ を誘導する。すなわち可換環の導分は、非可換環に埋め込むことで内部導分として実現されることがある。

算術関数のDirichlet環

正の整数から $\mathbb{C}$ への関数(算術関数)全体に、各点ごとの加法と Dirichlet畳み込み
$$(f*g)(n):=\sum_{d\mid n}f(d)\,g(n/d)$$
を入れた可換環を $R$ とする。単位元は $\varepsilon(1)=1$、$\varepsilon(n)=0$($n>1$)である。$D(f)(n):=f(n)\log n$ とおくと $D$ は $R$ の導分である。加法性は明らかであり、$d\mid n$ のとき $\log n=\log d+\log(n/d)$ なので
$$D(f*g)(n)=\sum_{d\mid n}f(d)g(n/d)\bigl(\log d+\log(n/d)\bigr)=(D(f)*g)(n)+(f*D(g))(n)$$
が Leibniz 則である。恒等的に $1$ を取る関数 $\zeta$ に対し $D(\zeta)(n)=\log n$ であり、Möbius関数 $\mu$ は $\zeta$ の逆元なので、$\Lambda:=\mu*D(\zeta)=\mu*\log$ は $\zeta$ の「対数微分」である。この $\Lambda$ は von Mangoldt関数($n=p^{k}$ のとき $\log p$、それ以外は $0$)に一致し、$\log n=\sum_{d\mid n}\Lambda(d)$ を意味する(Apo76 §2.8, Theorem 2.10、§2.18)。Dirichlet級数 の言葉では $D$ は $\sum f(n)n^{-s}$ を $s$ で微分して符号を変える操作にあたり、$-\zeta'(s)/\zeta(s)=\sum\Lambda(n)n^{-s}$ という Riemannゼータ関数 の対数微分の公式の代数的な形である。

反例:導分でない写像
  1. 零環 でない環 $R$ の恒等写像 $\operatorname{id}\colon R\to R$ は加法的である(満たす性質)が導分でない(満たさない性質)。Leibniz 則を $x=y=1$ に適用すると $1=1\cdot1+1\cdot1=2$、すなわち $1=0$ となり $R$ が零環になるからである。これは 標数 $2$ でも同じである。より一般に、$0$ でない環準同型は導分でない($D(1)=1\neq0$ が derivation-prop-basic の $D(1)=0$ に反する)。積を保つことと Leibniz 則は両立しない。
  2. $D=d/dX$ を $\mathbb{Q}[X]$ の形式微分とすると、合成 $D\circ D=d^2/dX^2$ は加法的で $\mathbb{Q}$ 線形である(満たす性質)が導分でない(満たさない性質)。$(fg)''=f''g+2f'g'+fg''$ であり、$f=g=X$ とすると $(X^2)''=2$、$X''X+XX''=0$ なので Leibniz 則が破れる。破れる原因は交差項 $2f'g'$ である。derivation-prop-higher-leibniz により、標数 $p$ の可換環では $D^{p}$ は導分になる。
  3. 体 $\mathbb{F}_p(t)$ の Frobenius写像 $x\mapsto x^{p}$ は加法的である(満たす性質)が導分でない(環準同型だから)。

性質

基本性質

導分の基本性質

$R$ を環、$M$ を両側 $R$ 加群、$D\colon R\to M$ を導分とする。

  1. $D(0)=0$、$D(1)=0$、$D(-x)=-D(x)$ である。
  2. $\ker D$ は $R$ の部分環である。
  3. $x$ が $R$ の 単元 ならば $D(x^{-1})=-x^{-1}D(x)x^{-1}$ である。
  4. 任意の $x_1,\dots,x_n\in R$ について $D(x_1\cdots x_n)=\sum_{i=1}^{n}x_1\cdots x_{i-1}D(x_i)x_{i+1}\cdots x_n$ である。特に $D(x^{n})=\sum_{i=0}^{n-1}x^{i}D(x)x^{n-1-i}$ であり、$R$ が可換なら $D(x^{n})=nx^{n-1}D(x)$、さらに $R$ の標数が素数 $p$ ならば $D(x^{p})=0$ である。
  5. $R$ が可換で $S\subset R$ が 積閉集合、$M$ が $S^{-1}R$ 加群であるとき、$D$ は $S^{-1}R$ から $M$ への導分
    $$\tilde D\left(\frac{x}{s}\right)=\frac{sD(x)-xD(s)}{s^{2}}$$
    にただ 1 通りに延びる。

1。加法性から $D(0)=D(0+0)=2D(0)$ より $D(0)=0$ であり、$D(-x)=-D(x)$ も従う。Leibniz 則から $D(1)=D(1\cdot1)=1\cdot D(1)+D(1)\cdot1=2D(1)$ なので $D(1)=0$ である。
2。$1\in\ker D$ であり、$\ker D$ は加法群の準同型の核なので加法について閉じている。$x,y\in\ker D$ なら $D(xy)=xD(y)+D(x)y=0$ なので積についても閉じている。
3。$0=D(1)=D(xx^{-1})=xD(x^{-1})+D(x)x^{-1}$ の両辺に左から $x^{-1}$ を掛ければよい。
4。$n$ に関する帰納法による。$n=1$ は明らかで、$D(x_1\cdots x_n)=D((x_1\cdots x_{n-1})x_n)=(x_1\cdots x_{n-1})D(x_n)+D(x_1\cdots x_{n-1})x_n$ に帰納法の仮定を用いればよい。可換なら各項が $x^{n-1}D(x)$ に等しく、$n=p$ が標数なら $p\cdot x^{p-1}D(x)=0$ である。
5。$M$ の中では $S$ の元が可逆なので、$z=x/s$ に対し $\tilde D(z)=(D(x)-zD(s))/s$ と書ける。まず $\tilde D$ が代表元によらないことを示す。$z=x/s=x'/s'$ とすると $t(xs'-x's)=0$ となる $t\in S$ があり、$txs'=tx's$ に $D$ を施して 4 を用いると
$$D(t)xs'+tD(x)s'+txD(s')=D(t)x's+tD(x')s+tx'D(s)$$
である。$xs'-x's$ は $S^{-1}R$ では $0$ なので $M$ に $0$ で作用し、$D(t)(xs'-x's)=0$ である。残りを $tss'$ で割ると
$$\frac{D(x)}{s}+\frac{x}{s}\cdot\frac{D(s')}{s'}=\frac{D(x')}{s'}+\frac{x'}{s'}\cdot\frac{D(s)}{s}$$
となり、$x/s=x'/s'=z$ を代入して整理すると $(D(x)-zD(s))/s=(D(x')-zD(s'))/s'$ を得る。$\tilde D$ が $R$ 上 $D$ に一致することは $s=1$ とすれば分かる。加法性は通分して確かめられる。Leibniz 則は
$$\tilde D\left(\frac{x}{s}\cdot\frac{y}{t}\right)=\frac{st(D(x)y+xD(y))-xy(D(s)t+sD(t))}{s^{2}t^{2}}=\frac{x}{s}\cdot\frac{tD(y)-yD(t)}{t^{2}}+\frac{sD(x)-xD(s)}{s^{2}}\cdot\frac{y}{t}$$
による。一意性は、$\tilde D$ が導分で $R$ 上 $D$ に一致すれば $0=\tilde D(1)=\tilde D(s\cdot(1/s))=s\tilde D(1/s)+D(s)/s$ より $\tilde D(1/s)=-D(s)/s^{2}$ が強制され、$\tilde D(x/s)=D(x)/s+x\tilde D(1/s)$ が上の式に一致することによる。$\square$

多元環上の導分の線形性

$A$ を可換環、$\iota\colon A\to\Lambda$ を $A$ 上の多元環、$M$ を両側 $\Lambda$ 加群、$D\colon\Lambda\to M$ を導分とする。$a\in A$ について次は同値である。

  1. $D(\iota(a))=0$。
  2. 任意の $f\in\Lambda$ について $D(\iota(a)f)=\iota(a)D(f)$。
    したがって $D$ が $A$-導分であることと、$D$ が $\iota$ を通じて $A$ 線形であることは同値である。

$1\Rightarrow2$。Leibniz 則により $D(\iota(a)f)=\iota(a)D(f)+D(\iota(a))f=\iota(a)D(f)$ である。
$2\Rightarrow1$。$f=1$ とすると $D(\iota(a))=\iota(a)D(1)=0$ である(derivation-prop-basic)。$\square$

高階のLeibniz則

$R$ を環、$D\colon R\to R$ を導分とする。任意の $n\ge0$ と $x,y\in R$ について
$$D^{n}(xy)=\sum_{i=0}^{n}\binom{n}{i}D^{i}(x)\,D^{n-i}(y)$$
が成り立つ。特に $R$ の標数が素数 $p$ ならば $D^{p}$ は $R$ の導分である。

$n$ に関する帰納法による。$n=0$ は明らかで、$n=1$ は Leibniz 則である。$n$ で成り立つとすると、両辺に $D$ を施し各項に Leibniz 則を用いて
$$D^{n+1}(xy)=\sum_{i=0}^{n}\binom{n}{i}\bigl(D^{i+1}(x)D^{n-i}(y)+D^{i}(x)D^{n-i+1}(y)\bigr)=\sum_{j=0}^{n+1}\left(\binom{n}{j-1}+\binom{n}{j}\right)D^{j}(x)D^{n+1-j}(y)$$
であり、二項係数 の関係式 $\binom{n}{j-1}+\binom{n}{j}=\binom{n+1}{j}$ から $n+1$ の場合が従う。標数 $p$ のとき、$0< i< p$ について $\binom{p}{i}$ は $p$ で割り切れる(分子 $p!$ は $p$ で割り切れ、分母 $i!(p-i)!$ は割り切れない)ので $D^{p}(xy)=D^{p}(x)y+xD^{p}(y)$ となり、加法性は明らかなので $D^{p}$ は導分である。$\square$

導分全体の構造

導分のなす加群

$R$ を環、$M$ を両側 $R$ 加群とする。$D,D'\in\operatorname{Der}(R,M)$ と $c\in C(R)$ に対し
$$(D+D')(x):=D(x)+D'(x),\qquad(cD)(x):=c\,D(x),\qquad(Dc)(x):=D(x)\,c$$
と定めると、これらは導分であり、$\operatorname{Der}(R,M)$ は両側 $C(R)$ 加群になる。$A$ 上の多元環 $\Lambda$ については $\operatorname{Der}_A(\Lambda,M)$ は $\operatorname{Der}(\Lambda,M)$ の両側 $C(\Lambda)$ 部分加群である。特に $R$ が可換なら $\operatorname{Der}(R,M)$ と $\operatorname{Der}_A(R,M)$ は $R$ 加群である。

$D+D'$ が導分であることは明らかである。$cD$ について、加法性は明らかであり、$x,y\in R$ に対し
$$(cD)(xy)=c\bigl(xD(y)+D(x)y\bigr)=(cx)D(y)+(cD(x))y=x(cD(y))+(cD)(x)\,y$$
である。ここで $(cx)D(y)=(xc)D(y)=x(cD(y))$ に $c\in C(R)$ を用いた。$c$ が中心の元でないとこの等号は成り立たない。$Dc$ についても同様に $(Dc)(xy)=xD(y)c+D(x)yc=x(Dc)(y)+(D(x)c)y$ であり、最後に $yc=cy$ を用いる。$\operatorname{Der}(R,M)$ が両側 $C(R)$ 加群の公理を満たすことは、作用が $M$ の両側加群構造から各点ごとに定まることから従う。
$D,D'$ が $A$-導分なら $(D+D')(\iota(a))=0$、$(cD)(\iota(a))=c\cdot0=0$、$(Dc)(\iota(a))=0$ なので $D+D'$、$cD$、$Dc$ も $A$-導分である。$\square$

導分の交換子とLie環の構造

$R$ を環、$D,D'\in\operatorname{Der}(R)$ とする。合成 $D\circ D'$ は一般に導分でないが、交換子
$$[D,D']:=D\circ D'-D'\circ D$$
は $R$ の導分である。この括弧積により $\operatorname{Der}(R)$ は Lie 環をなす。$A$ 上の多元環 $\Lambda$ については、$\operatorname{Der}_A(\Lambda)$ は括弧積について閉じており、$C(\Lambda)$ の元 $c$ について $[cD,D']=c[D,D']-D'(c)D$ が成り立つ。特に $\operatorname{Der}_A(\Lambda)$ は $A$ 上の Lie代数 である。

$[D,D']$ の加法性は明らかである。$x,y\in R$ について Leibniz 則を 2 回用いると
$$D(D'(xy))=D\bigl(xD'(y)+D'(x)y\bigr)=xDD'(y)+D(x)D'(y)+D'(x)D(y)+DD'(x)y$$
であり、$D$ と $D'$ を入れ替えた式 $D'(D(xy))=xD'D(y)+D'(x)D(y)+D(x)D'(y)+D'D(x)y$ を引くと、交差項 $D(x)D'(y)+D'(x)D(y)$ が打ち消し合って
$$[D,D'](xy)=x[D,D'](y)+[D,D'](x)\,y$$
を得る。よって $[D,D']$ は導分である。合成 $D\circ D'$ が導分でないのは、この交差項が残るためである(derivation-rem-counterexample)。
$\operatorname{Der}(R)$ は $R$ の加法群の 自己準同型環 $\operatorname{End}(R)$ の部分加法群であり、括弧積は $\operatorname{End}(R)$ の交換子である。交換子は双加法的で $[D,D]=0$ を満たし、Jacobi恒等式 $[D,[D',D'']\!]+[D',[D'',D]\!]+[D'',[D,D']\!]=0$ は、各項を合成の差として展開すると $12$ 個の項が対になって打ち消し合うことから従う。よって $\operatorname{Der}(R)$ は Lie 環である。
$D,D'$ が $A$-導分なら $[D,D'](\iota(a))=D(D'(\iota(a)))-D'(D(\iota(a)))=0$ なので $[D,D']$ も $A$-導分である。$c\in C(\Lambda)$ について、$[cD,D'](x)=cD(D'(x))-D'(cD(x))=cD(D'(x))-D'(c)D(x)-cD'(D(x))=(c[D,D']-D'(c)D)(x)$ である。$c=\iota(a)$ なら $D'(c)=0$ なので括弧積は $A$ 双線形であり、$\operatorname{Der}_A(\Lambda)$ は $A$ 上の Lie 代数である。$\square$

多項式環の導分とKähler微分

多項式環の導分

$A$ を可換環、$B=A[X_1,\dots,X_n]$ を多項式環、$M$ を $B$ 加群とする。写像
$$\operatorname{Der}_A(B,M)\to M^{n},\qquad D\mapsto(D(X_1),\dots,D(X_n))$$
は $B$ 加群の同型である。その逆は $(m_1,\dots,m_n)\mapsto\bigl(f\mapsto\sum_{i=1}^{n}\frac{\partial f}{\partial X_i}m_i\bigr)$ で与えられる。特に $\operatorname{Der}_A(B)$ は $\partial/\partial X_1,\dots,\partial/\partial X_n$ を基底とする階数 $n$ の自由 $B$ 加群である。

写像が $B$ 線形であることは derivation-prop-module の作用の定義から明らかである。単射性を示す。$D$ を $A$-導分とし、任意の $f\in B$ について
$$D(f)=\sum_{i=1}^{n}\frac{\partial f}{\partial X_i}D(X_i)$$
が成り立つことを示せば、$D$ は $D(X_i)$ で決まる。$D$ は $A$ 線形なので $f$ が単項式 $X_1^{k_1}\cdots X_n^{k_n}$ の場合に示せばよく、derivation-prop-basic の 4 により $D(X_1^{k_1}\cdots X_n^{k_n})=\sum_ik_iX_1^{k_1}\cdots X_i^{k_i-1}\cdots X_n^{k_n}D(X_i)$ であり、右辺の係数はちょうど $\partial f/\partial X_i$ である。
全射性を示す。$(m_1,\dots,m_n)\in M^{n}$ に対し $D(f):=\sum_i(\partial f/\partial X_i)m_i$ とおく。各 $\partial/\partial X_i$ は $B$ の $A$-導分なので(derivation-ex-polynomial)、$f\mapsto(\partial f/\partial X_i)m_i$ は $B$ から $M$ への $A$-導分である。実際、$\partial(fg)/\partial X_i\cdot m_i=f\,(\partial g/\partial X_i)m_i+(\partial f/\partial X_i)m_i\,g$ であり、$M$ が $B$ 加群なので右辺は Leibniz 則の形をしている。$A$-導分の和は $A$-導分であり(derivation-prop-module)、$D(X_j)=m_j$ である。$\square$

Kähler微分の普遍性

$A$ を可換環、$B$ を可換 $A$-代数とする。$B$ 加群 $\Omega_{B/A}$ と $A$-導分 $d\colon B\to\Omega_{B/A}$ の組で、任意の $B$ 加群 $M$ について
$$\operatorname{Hom}_B(\Omega_{B/A},M)\to\operatorname{Der}_A(B,M),\qquad\varphi\mapsto\varphi\circ d$$
が $B$ 加群の同型になるものが、同型を除いて一意に存在する。$\Omega_{B/A}$ を $B$ の $A$ 上の Kähler微分 加群、$d$ を普遍導分という。$\Omega_{B/A}$ は $db$($b\in B$)で生成され、$B=A[X_1,\dots,X_n]$ のときは $dX_1,\dots,dX_n$ を基底とする自由 $B$ 加群である。

Kähler微分の出典

構成は、$B\otimes_AB\to B$、$b\otimes b'\mapsto bb'$ の核 $I$ に対し $\Omega_{B/A}:=I/I^2$、$db:=1\otimes b-b\otimes1$ とするか、または記号 $db$ で生成される自由 $B$ 加群を $d(b+b')-db-db'$、$d(bb')-b\,db'-b'\,db$、$da$($a\in A$)で割って作る。証明と基本性質(第 1・第 2 基本完全列、局所化・底変換との両立)は Mat86 §25 および Har77 Chapter II, §8 に譲る。多項式環の場合の自由性は derivation-prop-polynomial と普遍性から従う。Kähler 微分は、導分の理論を スキーム の 微分形式 の層 $\Omega_{X/S}$ へ、さらに滑らかさ・不分岐性の判定へとつなぐ道具である。

補足

環の中心は極大な可換部分環とは一致しない。例えば四元数体 $\mathbb{H}$ の中心は $\mathbb{R}$ であるが、$\mathbb{R}+\mathbb{R}i\cong\mathbb{C}$ は $\mathbb{H}$ の可換部分環として極大である。derivation-prop-module で係数として使えるのは中心の元だけである。
環の導分を環の自己準同型 $\sigma$ で捻った $\sigma$-導分($D(xy)=\sigma(x)D(y)+D(x)y$)を用いると、多項式環の非可換な類似である Ore拡大 $R[X;\sigma,D]$($Xr=\sigma(r)X+D(r)$)が構成される。$R=k[x]$、$\sigma=\operatorname{id}$、$D=d/dx$ とした Ore 拡大が Weyl代数 $A_1(k)$ であり、微分作用素環の代数的な模型を与える(MR01 Chapter 1)。
$A$ 上の多元環 $\Lambda$ と両側 $\Lambda$ 加群 $M$ について、Hochschildコホモロジー の 1 次の群は導分を内部導分で割ったもの
$$HH^{1}(\Lambda,M)\cong\operatorname{Der}_A(\Lambda,M)/\{\text{内部導分}\}$$
である(Wei94 §9.2)。$HH^{1}(\Lambda,M)$ がすべての $M$ について $0$ であること、すなわちすべての $A$-導分が内部導分であることは $\Lambda$ が 分離多元環 であることと同値であり、導分は分離性の障害を測る。可換環では内部導分が $0$ なので $HH^{1}(B,M)=\operatorname{Der}_A(B,M)=\operatorname{Hom}_B(\Omega_{B/A},M)$ であり、$\Omega_{B/A}=0$ が($B$ が $A$ 上有限型のとき)不分岐 性の条件になる。
多様体 $X$ 上の滑らかな関数の環 $C^{\infty}(X)$ については、$\mathbb{R}$-導分 $C^{\infty}(X)\to C^{\infty}(X)$ は $X$ 上の ベクトル場 とちょうど対応し、derivation-prop-lie の括弧積はベクトル場の Lie括弧 に一致する。導分の理論は、この対応を通じて微分幾何学の Lie微分 とも結びつく。

関連項目

参考文献

[2]
Robin Hartshorne, Algebraic Geometry, Graduate Texts in Mathematics 52, Springer, 1977, Chapter II, §8(Kähler 微分と微分形式の層)
[3]
Tom M. Apostol, Introduction to Analytic Number Theory, Undergraduate Texts in Mathematics, Springer, 1976, §2.8, Theorem 2.10($\log n=\sum_{d\mid n}\Lambda(d)$)、§2.18(算術関数の微分 $f'(n)=f(n)\log n$)

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