弦理論(String theory)とは、点粒子ではなく1次元の弦を基本的励起とし、その時間発展が描く2次元世界面上の量子場理論から粒子のスペクトルと相互作用を記述する枠組みである。古典的ボソン弦では南部--後藤作用とPolyakov作用が同値になり、世界面微分同相とWeyl対称性が現れる。量子化では異常消去が臨界次元を制約し、超弦理論は世界面フェルミオンと超対称性を加えたクラスである。
前提知識: 特殊相対性理論, 変分法, 場の量子論, 共形場理論
弦理論(string theory)は、点粒子の代わりに長さをもつ1次元の対象である弦を基本的な励起として扱う量子論の総称である。点粒子が時間発展して世界線を描くのに対し、弦は時間発展して2次元の世界面を描く。世界面上の場として弦の標的時空への埋め込みを記述し、その量子化から粒子のスペクトルと相互作用を得る、というのが摂動的弦理論の基本構図である。
「弦理論」は一つの作用だけを指す語ではない。古典的なボソン弦、その量子化、世界面フェルミオンと超対称性を加えた超弦理論、Dブレーン、双対性、低エネルギー有効理論などを含む広い枠組みである。本記事では、その入口として平坦な標的時空における古典的ボソン弦を詳しく構成し、量子論と超弦理論へ何が追加されるかを区別して述べる。標準的な体系は Pol98a、入門的な展開は Zwi09 を参照されたい。
直感的には、弦の振動の仕方が粒子の種類として観測される。もっとも、この比喩だけでは理論を定義できない。どの世界面作用を採用するか、ゲージ対称性をどう処理するか、量子異常が消えるかを指定して初めて、整合的な量子論になる。
$D$ 次元Minkowski空間を標的時空とし、その計量を
$$
\eta_{\mu\nu}=\operatorname{diag}(-1,1,\ldots,1)
$$
とする。世界面を $\Sigma$、局所座標を $\sigma^a=(\tau,\sigma)$ と書く。添字は $a,b=0,1$、$\mu,\nu=0,\ldots,D-1$ を走る。弦の配置は写像
$$
X\colon \Sigma\longrightarrow \mathbb{R}^{1,D-1},\qquad
(\tau,\sigma)\longmapsto X^\mu(\tau,\sigma)
$$
である。$X$ が局所的にはめ込みであり、世界面が時間的である範囲では、標的計量から誘導される計量
$$
h_{ab}:=\eta_{\mu\nu}\,\partial_aX^\mu\partial_bX^\nu
$$
は非退化なLorentz計量になり、$\det h<0$ である。
古典的ボソン弦とは、世界面 $\Sigma$、標的時空への写像 $X$、およびそれらに対する作用とゲージ同値を指定した古典場の理論である。閉弦では $\Sigma$ に空間的境界がなく、開弦では境界条件を別に指定する。「ボソン」は世界面上の基本場 $X^\mu$ が可換な場であることを表す。
弦張力を $T>0$ とする。$T=(2\pi\alpha')^{-1}$ と書く規約では、$\alpha'$ は長さの2乗の次元をもつ。
南部--後藤作用は世界面の面積に比例する作用
$$
S_{\mathrm{NG}}[X]
:=-T\int_\Sigma d^2\sigma\,\sqrt{-\det h}
=-\frac{1}{2\pi\alpha'}\int_\Sigma d^2\sigma\,\sqrt{-\det h}
$$
である。平方根の中の負号は世界面計量がLorentz符号をもつことによる。
この作用は幾何学的だが、$X$ の微分が平方根の中に入るため量子化には扱いにくい。そこで独立な世界面計量を導入する。
$\gamma_{ab}$ を $\Sigma$ 上の非退化なLorentz計量とし、$\gamma:=\det(\gamma_{ab})$ と置く。
Polyakov作用は
$$
S_{\mathrm P}[X,\gamma]
:=-\frac{T}{2}\int_\Sigma d^2\sigma\,
\sqrt{-\gamma}\,\gamma^{ab}
\eta_{\mu\nu}\partial_aX^\mu\partial_bX^\nu
$$
である。$\gamma_{ab}$ は固定された背景計量ではなく、$X$ と独立に変分する補助世界面計量である。
この形式は世界面の量子論を共形場理論として扱う入口を与える。ボソン弦の量子幾何への適用については Pol81 を参照されたい。
旧来の説明で $\gamma_{ab}$ を単なる「Lagrange未定乗数」と呼ぶことがあるが、それだけでは不十分である。$\gamma$ の変分は世界面エネルギー運動量テンソルの消滅を課し、さらに世界面微分同相とWeyl変換というゲージ冗長性がある。
以下では、まず境界のない閉弦を扱う。開弦では部分積分の境界項が消えるようにNeumann条件またはDirichlet条件を課す。
$\gamma$ を固定して $X^\mu$ を変分すると、Polyakov作用のEuler--Lagrange方程式は
$$
\partial_a\!\left(\sqrt{-\gamma}\,\gamma^{ab}\partial_bX^\mu\right)=0
$$
である。
$\eta_{\mu\nu}$ は一定なので、$X$ の変分を $\delta X$ と書けば
$$
\delta S_{\mathrm P}
=-T\int_\Sigma d^2\sigma\,
\sqrt{-\gamma}\,\gamma^{ab}
\partial_aX_\mu\,\partial_b(\delta X^\mu)
$$
である。閉弦では境界項がないから部分積分により
$$
\delta S_{\mathrm P}
=T\int_\Sigma d^2\sigma\,
\partial_b\!\left(\sqrt{-\gamma}\,\gamma^{ab}\partial_aX_\mu\right)
\delta X^\mu
$$
を得る。$\delta X^\mu$ は任意なので係数が0でなければならない。$\gamma^{ab}$ の対称性を用いて添字 $a,b$ を交換すれば主張の式になる。
開弦では同じ計算から境界項
$$
-T\int_{\partial\Sigma}d\tau\,
\sqrt{-\gamma}\,n_b\gamma^{ab}\partial_aX_\mu\,\delta X^\mu
$$
が現れる。端点を自由に動かすNeumann条件では法線方向微分を0にし、端点を固定するDirichlet条件では境界上で $\delta X^\mu=0$ とする。
$X$ を固定して逆計量 $\gamma^{ab}$ を変分すると、方程式は
$$
T_{ab}:=
\partial_aX\mathbin{\cdot}\partial_bX
-\frac12\gamma_{ab}\gamma^{cd}
\partial_cX\mathbin{\cdot}\partial_dX=0
$$
である。ここで点は $\eta_{\mu\nu}$ による内積を表す。
行列式の変分公式から
$$
\delta\sqrt{-\gamma}
=-\frac12\sqrt{-\gamma}\,\gamma_{ab}\delta\gamma^{ab}
$$
である。また $h_{ab}=\partial_aX\mathbin{\cdot}\partial_bX$ はこの変分では固定される。従って
$$
\begin{aligned}
\delta S_{\mathrm P}
&=-\frac{T}{2}\int_\Sigma d^2\sigma\,
\sqrt{-\gamma}
\left(h_{ab}-\frac12\gamma_{ab}\gamma^{cd}h_{cd}\right)
\delta\gamma^{ab}.
\end{aligned}
$$
対称テンソル $\delta\gamma^{ab}$ は任意なので、その係数が0となる。これが $T_{ab}=0$ である。
$h_{ab}$ と $\gamma_{ab}$ がともに非退化なLorentz計量で、$\gamma$ が $h$ と同じ正の共形類の成分にあるとする。Polyakov作用の計量方程式 $T_{ab}=0$ は局所的に
$$
\gamma_{ab}=e^{2\omega}h_{ab}
$$
を意味する。この解をPolyakov作用へ代入すると $S_{\mathrm P}=S_{\mathrm{NG}}$ となる。
$q:=\gamma^{cd}h_{cd}$ と置くと、$T_{ab}=0$ は
$$
h_{ab}=\frac{q}{2}\gamma_{ab}
$$
と同値である。$h$ が非退化なので $q\neq0$ であり、二つの計量は点ごとに比例する。正の共形類を選んだという仮定により $q/2=e^{-2\omega}>0$ と書けるから、$\gamma_{ab}=e^{2\omega}h_{ab}$ である。
2次元では
$$
\sqrt{-\gamma}=e^{2\omega}\sqrt{-h},
\qquad
\gamma^{ab}=e^{-2\omega}h^{ab}
$$
であり、$h^{ab}h_{ab}=2$ だから
$$
\begin{aligned}
S_{\mathrm P}
&=-\frac{T}{2}\int_\Sigma d^2\sigma\,
e^{2\omega}\sqrt{-h}\,e^{-2\omega}h^{ab}h_{ab}\\
&=-T\int_\Sigma d^2\sigma\,\sqrt{-h}
=S_{\mathrm{NG}}.
\end{aligned}
$$
従って補助計量をその運動方程式で消去した古典理論は南部--後藤理論に一致する。
ここで係数は本質的である。$S_{\mathrm{NG}}$ の係数を $-T$、$S_{\mathrm P}$ の係数を $-T/2$ と同じ張力 $T$ で固定しなければ、最後の作用値は一致しない。
Polyakov作用には、標的時空のPoincaré変換、世界面の微分同相、およびWeyl変換がある。前者は物理的な大域対称性であり、後二者は同じ物理配置を重複して表すゲージ対称性である。
任意の滑らかな実関数 $\omega$ に対するWeyl変換
$$
\gamma_{ab}\longmapsto \gamma'_{ab}=e^{2\omega}\gamma_{ab},
\qquad X^\mu\longmapsto X^\mu
$$
の下で、2次元Polyakov作用は不変である。
2次元では $\det\gamma'=e^{4\omega}\det\gamma$ なので
$$
\sqrt{-\gamma'}=e^{2\omega}\sqrt{-\gamma}.
$$
一方、逆計量は $\gamma'^{ab}=e^{-2\omega}\gamma^{ab}$ である。従って作用の被積分関数に現れる積は
$$
\sqrt{-\gamma'}\,\gamma'^{ab}
=e^{2\omega}e^{-2\omega}
\sqrt{-\gamma}\,\gamma^{ab}
=\sqrt{-\gamma}\,\gamma^{ab}
$$
となる。$X$ は変換しないから作用全体が不変である。
局所的には、微分同相とWeyl変換を用いて
$$
\gamma_{ab}=e^{2\phi}\eta_{ab}
$$
という共形ゲージを選べる。古典作用ではWeyl因子 $e^{2\phi}$ が消え、埋め込み場の方程式は
$$
(-\partial_\tau^2+\partial_\sigma^2)X^\mu=0
$$
という2次元波動方程式になる。ただし、同時に拘束 $T_{ab}=0$ を課さなければならない。波動方程式だけを解いたものが弦の古典解になるわけではない。
標的時空の空間方向の一つが半径 $R$ の円であるとし、$\sigma$ を周期 $2\pi$ の座標とする。整数 $w\neq0$ に対し
$$
X^0=|w|R\tau,
\qquad
X^1=wR\sigma,
$$
と置き、他の座標を定数とする。この写像は閉弦が円へ $w$ 回巻き付いた配置を表す。誘導計量は
$$
h_{ab}=w^2R^2\operatorname{diag}(-1,1)
$$
で非退化であり、各成分は波動方程式を満たす。また共形ゲージで $T_{ab}=0$ も満たすため、古典的閉弦解である。巻き数 $w$ は連続変形では変わらない整数である。
$d$ 次元の世界体積上で同じ形の被積分関数 $\sqrt{-\gamma}\gamma^{ab}h_{ab}$ を考える。Weyl変換 $\gamma_{ab}\mapsto e^{2\omega}\gamma_{ab}$ の下でこれは $e^{(d-2)\omega}$ 倍になる。従って世界体積をもち、同じ二次形式の作用をもつという性質だけではWeyl不変性は従わない。$d=3$ の膜はその反例であり、破れる含意は「補助計量をもつ面積型作用 $\Rightarrow$ Weyl不変」である。弦の世界面が $d=2$ であることが、上の相殺に不可欠である。
$D$ 個の自由な埋め込み場からなるボソン弦の古典Polyakov作用は、任意の $D$ でWeyl不変である。しかし共形ゲージで量子化すると、再パラメータ化ghostを含む全中心電荷は $D-26$ となり、$D\neq26$ ではWeyl異常が残る。従って「古典Weyl不変 $\Rightarrow$ 量子Weyl不変」は成り立たない。$D=26$ という臨界次元は、この量子的一貫性条件から現れる。導出には共形場理論とBRST量子化が必要であり、ここでは標準結果として Pol98a を参照する。
閉弦では空間座標を周期的に同一視し、$X^\mu(\tau,\sigma+2\pi)=X^\mu(\tau,\sigma)$ とする。開弦では区間の両端に境界があり、座標ごとにNeumann条件またはDirichlet条件を課す。Dirichlet条件で開弦端点の位置を許す部分多様体がDブレーンである。
量子化後、開弦と閉弦は異なるスペクトルをもつ。摂動的ボソン弦では閉弦スペクトルに質量0のスピン2状態が現れ、低エネルギーで重力子として解釈される。一方、開弦の質量0状態はゲージ場として解釈される。これらの同定と相互作用の導出は量子論の結果であり、古典作用だけから無条件に従うわけではない Pol98a。
共形ゲージで $X^\mu$ をモード展開し、拘束をVirasoro代数として量子化するのが摂動的ボソン弦の出発点である。ゲージ固定ではghostが現れ、量子Weyl不変性は物質場とghostの全中心電荷が消えることを要求する。ボソン弦は $D=26$ で臨界的だが、基底状態にタキオンがあるため、そのままでは安定な現実の基本理論とはみなしにくい。
超弦理論では世界面フェルミオンまたは等価な時空超対称性の構造を導入する。RNS形式では量子的一貫性から臨界次元 $D=10$ が現れ、適切なGSO射影によりタキオンを除き、時空フェルミオンと超対称性を得る。type I、type IIA、type IIB、2種類のheterotic弦という摂動的な5理論は、DブレーンやS双対・T双対を含む双対性網の中で関係する Pol98b。従って「弦理論」と「超弦理論」は同義語ではなく、後者は前者の超対称的なクラスである。
弦の相互作用は、点状頂点を手で追加するより、世界面の分裂・結合として記述される。摂動展開では世界面の位相、特に向き付け可能な閉曲面の種数がループ次数を整理する。ただし非摂動的定義は背景や定式化に依存し、単一の完成済み公理系として全てが確立している、という意味で「弦理論」が完成しているわけではない。
世界面の記述は2次元共形場理論、Riemann面とそのモジュライ、頂点作用素代数に結び付く。標的空間側では微分幾何、特性類、指数理論、Calabi--Yau多様体、ミラー対称性、導来圏などが現れる。これらは同じ「弦理論」という語の下で関係するが、各数学理論の定理が物理的双対性から自動的に証明されるわけではない。物理的予想、摂動計算、数学的定理を区別する必要がある。
本記事で完全に導いたのは、平坦な標的時空における古典的ボソン弦の $X$ 方程式、補助計量の方程式、二作用の古典同値性、古典Weyl不変性である。臨界次元、量子スペクトル、超弦の分類、双対性は標準文献に依存する概説であり、ここでは証明していない。
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