多変量正規分布

同義語:multivariate normal distribution多次元正規分布多変量ガウス分布multivariate Gaussian distribution

概要

多変量正規分布(multivariate normal distribution)とは、確率ベクトル $X$ のすべての 1 次結合が 1 変数の正規分布(定数も含める)に従うときの $X$ の分布であり、平均ベクトル $\mu$ と共分散行列 $\Sigma$ で決まるので $N_d(\mu,\Sigma)$ と書く。特性関数は $\exp(it^{\top}\mu-t^{\top}\Sigma t/2)$ で、独立な標準正規分布の 1 次変換として構成でき、$\Sigma$ が正則なら楕円体を等高線とする密度をもつ。1 次変換で閉じ、成分の組どうしは無相関なら独立であり、一部の成分を与えた条件付き分布は平均がその 1 次式で共分散が Schur 補行列の正規分布になる。多次元の中心極限定理の極限として現れ、回帰や推測統計の基礎になる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 正規分布, 対称行列, Gauss積分, 独立性(確率論)

身長と体重、あるテストの数学と物理の点数、ある時刻での粒子の位置の各座標のように、いくつかの量を同時に扱うとき、最も基本になる確率分布が 多変量正規分布(multivariate normal distribution)である。1 変数の 正規分布 が平均と分散で決まるのと同じように、多変量正規分布は平均のベクトル $\mu$ と共分散行列 $\Sigma$ で決まり、$N_d(\mu,\Sigma)$ と書かれる。共分散行列が正則なら密度
$$ \frac{1}{(2\pi)^{d/2}\sqrt{\det\Sigma}}\exp\Bigl(-\frac12(x-\mu)^{\top}\Sigma^{-1}(x-\mu)\Bigr) $$
をもち、その等高線は $\Sigma$ の固有ベクトルを軸とする楕円体になる。
多変量正規分布は、1 次変換で閉じていること、無相関と独立が一致すること、一部の成分を与えたときの残りの成分の条件付き分布がまた正規分布で、その平均が与えた値の 1 次式になることなど、計算しやすい性質をそろって備えている。さらに、独立に同じ分布に従う確率ベクトルの和を正規化したものの極限として現れる(多次元の 中心極限定理)。この記事では、1 次結合による定義から出発して、特性関数による特徴づけ、密度、独立性、条件付き分布を証明する。

定義

以下、ベクトルは縦ベクトルとし、転置を ${}^{\top}$ で表す。確率ベクトル $X=(X_1,\dots,X_d)^{\top}$ の各成分が 2 乗可積分($E[X_i^2]< \infty$)のとき、平均ベクトル $E[X]:=(E[X_1],\dots,E[X_d])^{\top}$ と 共分散行列
$$ \operatorname{Cov}(X):=\bigl(\operatorname{Cov}(X_i,X_j)\bigr)_{i,j}=E\bigl[(X-E[X])(X-E[X])^{\top}\bigr] $$
を考える(行列の期待値は成分ごとにとる)。期待値の線形性から、$k\times d$ 行列 $A$ と $b\in\mathbb{R}^k$ について
$$ E[AX+b]=AE[X]+b,\qquad\operatorname{Cov}(AX+b)=A\operatorname{Cov}(X)A^{\top} $$
が成り立つ。とくに $t\in\mathbb{R}^d$ について $V[t^{\top}X]=t^{\top}\operatorname{Cov}(X)\,t\ge0$ なので、共分散行列は半正定値な実対称行列である。また、2 つの実対称行列 $A,B$ がすべての $t$ で $t^{\top}At=t^{\top}Bt$ を満たせば、$t=e_i$、$t=e_i+e_j$ を代入して $a_{ij}=b_{ij}$ が分かるので $A=B$ である。
確率ベクトル $X$ の 特性関数 を $\varphi_X(t):=E[e^{it^{\top}X}]$($t\in\mathbb{R}^d$)と定める。$\mathbb{R}^d$ 上の 2 つの確率分布の特性関数が一致すれば、2 つの分布は等しい(Dur19 Theorem 3.10.4(反転公式、p. 199)からしたがう。$d=1$ の場合は Theorem 3.3.11(p. 128)。この記事では証明しない)。

多変量正規分布

$d$ 次元の確率ベクトル $X=(X_1,\dots,X_d)^{\top}$ が 多変量正規分布に従う(同時に正規分布に従う)とは、すべての $t\in\mathbb{R}^d$ について、1 次結合 $t^{\top}X=t_1X_1+\cdots+t_dX_d$ が 1 変数の正規分布に従うことをいう。ここで分散 $0$ の 退化した正規分布(定数)も正規分布に含める。
このとき各成分 $X_i=e_i^{\top}X$ は正規分布に従うので 2 乗可積分であり、平均ベクトル $\mu:=E[X]$ と共分散行列 $\Sigma:=\operatorname{Cov}(X)$ が定まる。このことを $X\sim N_d(\mu,\Sigma)$ と書く。$N_d(0,I_d)$ を $d$ 次元標準正規分布 という。

この定義は 正規分布 の記事の節「同時に正規分布に従う確率変数」と同じものである。$d=1$ なら $N_1(\mu,\sigma^2)$ は $N(\mu,\sigma^2)$ にほかならない。記号 $N_d(\mu,\Sigma)$ が分布を表す記号として意味をもつこと、つまり分布が $\mu$ と $\Sigma$ だけで決まり、どんな $\mu$ と半正定値な $\Sigma$ に対しても存在することは、次の主定理で示す。

特性関数による特徴づけ

多変量正規分布の特性関数と存在

$\mu\in\mathbb{R}^d$、$\Sigma$ を $d$ 次の半正定値な実対称行列とする。

  1. $X\sim N_d(\mu,\Sigma)$ ならば、すべての $t\in\mathbb{R}^d$ について
    $$ \varphi_X(t)=\exp\Bigl(it^{\top}\mu-\frac12t^{\top}\Sigma t\Bigr) $$
    である。したがって、多変量正規分布に従う確率ベクトルの分布は $\mu$ と $\Sigma$ だけで決まる。
  2. 逆に、確率ベクトル $X$ の特性関数が 1 の右辺に等しければ、$X\sim N_d(\mu,\Sigma)$ である。
  3. $r:=\operatorname{rank}\Sigma$ とし、$r\times d$ 行列 $B$ を $\Sigma=B^{\top}B$ となるようにとる。$Z=(Z_1,\dots,Z_r)^{\top}$ の成分が独立に $N(0,1)$ に従うとき、$X:=\mu+B^{\top}Z$ は $N_d(\mu,\Sigma)$ に従う($r=0$ のときは $X:=\mu$ とする)。とくに $N_d(\mu,\Sigma)$ に従う確率ベクトルは存在する。

1:$t$ を固定し、$Y:=t^{\top}X$ とおく。定義により $Y$ は正規分布に従い、その平均は $t^{\top}\mu$、分散は $V[t^{\top}X]=t^{\top}\Sigma t$ である。正規分布 の記事の定理「積率母関数と特性関数」により、$Y\sim N(m,s^2)$ の特性関数は $E[e^{iuY}]=\exp(imu-s^2u^2/2)$ だから、$u=1$ として
$$ \varphi_X(t)=E[e^{iY}]=\exp\Bigl(it^{\top}\mu-\frac12t^{\top}\Sigma t\Bigr) $$
を得る。特性関数が $\mu,\Sigma$ だけで決まるので、分布も決まる。
2:$t$ を固定し、$Y:=t^{\top}X$ とおく。実数 $u$ について
$$ E[e^{iuY}]=\varphi_X(ut)=\exp\Bigl(iu\,t^{\top}\mu-\frac{u^2}2\,t^{\top}\Sigma t\Bigr) $$
であり、これは $N(t^{\top}\mu,t^{\top}\Sigma t)$ の特性関数である($t^{\top}\Sigma t\ge0$)。1 変数の特性関数は分布を決めるので、$Y\sim N(t^{\top}\mu,t^{\top}\Sigma t)$ である。よって $X$ は多変量正規分布に従う。とくに $E[t^{\top}X]=t^{\top}\mu$ がすべての $t$ で成り立つので $E[X]=\mu$ であり、$t^{\top}\operatorname{Cov}(X)\,t=V[t^{\top}X]=t^{\top}\Sigma t$ がすべての $t$ で成り立つので、定義の節の注意により $\operatorname{Cov}(X)=\Sigma$ である。
3:$\Sigma=B^{\top}B$ となる $r\times d$ 行列 $B$ がとれることは、対称行列 の記事の定理「半正定値な実対称行列の特徴づけ」の 3 による。$t\in\mathbb{R}^d$ について $c:=Bt\in\mathbb{R}^r$ とおくと
$$ t^{\top}X=t^{\top}\mu+(Bt)^{\top}Z=t^{\top}\mu+c_1Z_1+\cdots+c_rZ_r $$
である。正規分布 の記事の定理「独立な正規分布の和」により、これは平均 $t^{\top}\mu$、分散 $c_1^2+\cdots+c_r^2=|Bt|^2=t^{\top}B^{\top}Bt=t^{\top}\Sigma t$ の正規分布に従う。よって $X$ は多変量正規分布に従い、その平均は $\mu$、共分散行列は $\Sigma$ である(2 の最後と同じ議論)。独立に $N(0,1)$ に従う $Z_1,\dots,Z_r$ は、$\mathbb{R}^r$ に $N(0,1)$ の $r$ 個の積測度 $\nu$ を入れた確率空間の座標としてとれる。実際、Borel 集合 $A_1,\dots,A_r$ について $P(Z_1\in A_1,\dots,Z_r\in A_r)=\nu(A_1\times\cdots\times A_r)=\prod_kP(Z_k\in A_k)$ である。

3 の構成は、多変量正規分布が「独立な標準正規分布の 1 次変換」にほかならないことを示している。$\Sigma$ が正定値なら $r=d$ で $B$ は正則であり、$Z=(B^{\top})^{-1}(X-\mu)$ と逆に解ける。$B$ のとり方は一意ではない(直交行列 $Q$ について $QB$ も $\Sigma=(QB)^{\top}(QB)$ を満たす)が、$X$ の分布は 1 により $B$ のとり方によらない。

1 次変換と周辺分布

1 次変換で多変量正規分布は保たれる

$X\sim N_d(\mu,\Sigma)$、$A$ を $k\times d$ 実行列、$b\in\mathbb{R}^k$ とすると
$$ AX+b\sim N_k\bigl(A\mu+b,\ A\Sigma A^{\top}\bigr) $$
である。とくに、$X$ の成分のいくつかを取り出したベクトルは、$\mu$ の対応する成分と $\Sigma$ の対応する小行列をもつ多変量正規分布に従う。

$u\in\mathbb{R}^k$ について $u^{\top}(AX+b)=(A^{\top}u)^{\top}X+u^{\top}b$ である。$(A^{\top}u)^{\top}X$ は定義により正規分布に従い、定数 $u^{\top}b$ を足しても正規分布に従う(正規分布 の記事の定理「1 次変換で正規分布は保たれる」、退化した場合は明らか)。よって $AX+b$ は多変量正規分布に従う。平均と共分散行列は、定義の節で述べた $E[AX+b]=A\mu+b$、$\operatorname{Cov}(AX+b)=A\Sigma A^{\top}$ による。成分の取り出しは、$A$ を単位行列の行のいくつかを並べた行列にとった場合である。

逆に、周辺分布がすべて正規分布でも、組が多変量正規分布に従うとは限らない(正規分布 の記事の例「反例:各成分は正規分布だが和は正規分布でない」)。定義が「すべての 1 次結合」を要求しているのはこのためである。

2 変量正規分布

$\sigma_1,\sigma_2>0$、$-1< \rho<1$ とし、
$$ \Sigma=\begin{pmatrix}\sigma_1^2&\rho\sigma_1\sigma_2\\\rho\sigma_1\sigma_2&\sigma_2^2\end{pmatrix} $$
とおく。$\det\Sigma=\sigma_1^2\sigma_2^2(1-\rho^2)>0$ で、$\Sigma$ は正定値である。$(X_1,X_2)^{\top}\sim N_2(\mu,\Sigma)$ のとき、$X_j\sim N(\mu_j,\sigma_j^2)$ であり、$\rho=\operatorname{Cov}(X_1,X_2)/(\sigma_1\sigma_2)$ は $X_1$ と $X_2$ の相関係数である。$Z_1,Z_2$ を独立な $N(0,1)$ として
$$ X_1=\mu_1+\sigma_1Z_1,\qquad X_2=\mu_2+\sigma_2\bigl(\rho Z_1+\sqrt{1-\rho^2}\,Z_2\bigr) $$
とおけば、$V[X_2]=\sigma_2^2(\rho^2+1-\rho^2)=\sigma_2^2$、$\operatorname{Cov}(X_1,X_2)=\rho\sigma_1\sigma_2$ なので、thm-mvn-char の 3 の形の構成になっている。後で示す密度の公式(thm-mvn-density)は、$x_j':=(x_j-\mu_j)/\sigma_j$ と書くと
$$ f(x_1,x_2)=\frac{1}{2\pi\sigma_1\sigma_2\sqrt{1-\rho^2}}\exp\Bigl(-\frac{x_1'^2-2\rho x_1'x_2'+x_2'^2}{2(1-\rho^2)}\Bigr) $$
となる。$\rho=0$ なら $f$ は $X_1$ と $X_2$ の密度の積に分かれる。

密度

多変量正規分布の密度

$X\sim N_d(\mu,\Sigma)$ とする。

  1. $\Sigma$ が正定値なら、$X$ は $\mathbb{R}^d$ 上の密度
    $$ f(x)=\frac{1}{(2\pi)^{d/2}\sqrt{\det\Sigma}}\exp\Bigl(-\frac12(x-\mu)^{\top}\Sigma^{-1}(x-\mu)\Bigr) $$
    をもつ。
  2. $\Sigma$ が正則でなければ、確率 $1$ で $X-\mu$ は $\Sigma$ の像($\mathbb{R}^d$ の真の部分空間)に属し、$X$ は密度をもたない。

1:$\Sigma$ が正定値なら $\Sigma^{-1}$ も正定値で、$A:=\frac12\Sigma^{-1}$ は正定値な実対称行列である。$t\in\mathbb{R}^d$ について、平行移動 $x=y+\mu$ と Gauss積分 の記事の定理「正定値2次形式によるGauss積分」($b=it$)により
$$ \int_{\mathbb{R}^d}e^{it^{\top}x}f(x)\,dx=\frac{e^{it^{\top}\mu}}{(2\pi)^{d/2}\sqrt{\det\Sigma}}\int_{\mathbb{R}^d}e^{-y^{\top}Ay+(it)^{\top}y}\,dy=\frac{e^{it^{\top}\mu}}{(2\pi)^{d/2}\sqrt{\det\Sigma}}\cdot\frac{\pi^{d/2}}{\sqrt{\det A}}\exp\Bigl(\frac{(it)^{\top}A^{-1}(it)}{4}\Bigr) $$
である。$\det A=2^{-d}(\det\Sigma)^{-1}$、$A^{-1}=2\Sigma$ なので、右辺は
$$ \frac{e^{it^{\top}\mu}}{(2\pi)^{d/2}\sqrt{\det\Sigma}}\cdot(2\pi)^{d/2}\sqrt{\det\Sigma}\cdot\exp\Bigl(-\frac{t^{\top}\Sigma t}{2}\Bigr)=\exp\Bigl(it^{\top}\mu-\frac12t^{\top}\Sigma t\Bigr) $$
に等しい。$t=0$ とすると $\int f=1$ なので、$f\ge0$ は確率密度であり、その特性関数は thm-mvn-char の 1 の式に等しい。特性関数は分布を決めるので、$X$ の分布は密度 $f$ をもつ分布に等しい。
2:$v\in\ker\Sigma$ なら $V[v^{\top}X]=v^{\top}\Sigma v=0$ なので、確率 $1$ で $v^{\top}X=v^{\top}\mu$ である。$\ker\Sigma$ の基底 $v_1,\dots,v_{d-r}$($r=\operatorname{rank}\Sigma< d$)についてこれを使うと、確率 $1$ で $X-\mu$ は $(\ker\Sigma)^{\perp}$ に属する。$\Sigma$ は対称なので $(\ker\Sigma)^{\perp}=\operatorname{Im}\Sigma$ であり、これは次元 $r< d$ の部分空間である。真の部分空間の Lebesgue 測度は $0$ なので、$X$ が密度をもてば $P(X-\mu\in\operatorname{Im}\Sigma)=0$ となって矛盾する。

密度の指数に現れる $\Delta(x):=\sqrt{(x-\mu)^{\top}\Sigma^{-1}(x-\mu)}$ を、$\mu$ からの Mahalanobis 距離 という。等高線 $\{\Delta(x)=c\}$ は、$\Sigma$ を主軸定理で $\Sigma=Q\operatorname{diag}(\lambda_1,\dots,\lambda_d)Q^{\top}$ と対角化したとき、$Q$ の列を軸とし半径 $c\sqrt{\lambda_i}$ をもつ楕円体である(対称行列 の記事の定理「直交対角化できる実行列」)。分散の大きい方向ほど楕円体が長く伸びる。

無相関と独立

一般の確率変数では、独立なら無相関だが、無相関でも独立とは限らない。多変量正規分布に従う組では両者が一致する。以下、$X\sim N_d(\mu,\Sigma)$ を $d=d_1+d_2$ に合わせて
$$ X=\begin{pmatrix}X^{(1)}\\X^{(2)}\end{pmatrix},\qquad\mu=\begin{pmatrix}\mu^{(1)}\\\mu^{(2)}\end{pmatrix},\qquad\Sigma=\begin{pmatrix}\Sigma_{11}&\Sigma_{12}\\\Sigma_{21}&\Sigma_{22}\end{pmatrix} $$
と分ける。$\Sigma_{12}=\Sigma_{21}^{\top}$ は $X^{(1)}$ の成分と $X^{(2)}$ の成分の共分散を並べた $d_1\times d_2$ 行列である。

無相関なら独立

$X\sim N_d(\mu,\Sigma)$ を上のように分けるとき、$X^{(1)}$ と $X^{(2)}$ が独立であることと $\Sigma_{12}=0$ は同値である。とくに、$X_1,\dots,X_d$ が互いに独立であることと、$\Sigma$ が対角行列であることは同値である。

独立なら、2 乗可積分な独立な確率変数の積の期待値は期待値の積なので(Dur19 Theorem 2.1.13(p. 49))、$X^{(1)}$ の成分 $X_i$ と $X^{(2)}$ の成分 $X_j$ について $\operatorname{Cov}(X_i,X_j)=0$、すなわち $\Sigma_{12}=0$ である。
逆に $\Sigma_{12}=0$ とする。thm-mvn-affine により $X^{(k)}\sim N_{d_k}(\mu^{(k)},\Sigma_{kk})$ である。$Y^{(1)}\sim N_{d_1}(\mu^{(1)},\Sigma_{11})$ と $Y^{(2)}\sim N_{d_2}(\mu^{(2)},\Sigma_{22})$ を独立にとる(それぞれの分布の積測度を入れた $\mathbb{R}^{d_1}\times\mathbb{R}^{d_2}$ の座標としてとれる)。$t=(t^{(1)},t^{(2)})$ と分けると、$(Y^{(1)},Y^{(2)})$ の分布は 2 つの分布の積測度なので、Fubiniの定理 により有界な関数の積の期待値は期待値の積になり(実部と虚部に使う)
$$ \varphi_{(Y^{(1)},Y^{(2)})}(t)=\varphi_{Y^{(1)}}(t^{(1)})\,\varphi_{Y^{(2)}}(t^{(2)})=\exp\Bigl(it^{\top}\mu-\frac12\bigl(t^{(1)\top}\Sigma_{11}t^{(1)}+t^{(2)\top}\Sigma_{22}t^{(2)}\bigr)\Bigr) $$
である。$\Sigma_{12}=\Sigma_{21}^{\top}=0$ なので $t^{\top}\Sigma t=t^{(1)\top}\Sigma_{11}t^{(1)}+t^{(2)\top}\Sigma_{22}t^{(2)}$ であり、右辺は thm-mvn-char の 1 により $\varphi_X(t)$ に等しい。特性関数が一致するので $X$ と $(Y^{(1)},Y^{(2)})$ は同じ分布に従い、Borel 集合 $A,B$ について
$$ P(X^{(1)}\in A,X^{(2)}\in B)=P(Y^{(1)}\in A)P(Y^{(2)}\in B)=P(X^{(1)}\in A)P(X^{(2)}\in B) $$
となる。よって $X^{(1)}$ と $X^{(2)}$ は独立である。後半は、$d$ 個の成分に分けて同じ議論をすればよい。

条件付き分布

条件付き分布

$X\sim N_d(\mu,\Sigma)$ を上のように分け、$\Sigma_{11}$ は正則であるとする。
$$ m(x):=\mu^{(2)}+\Sigma_{21}\Sigma_{11}^{-1}(x-\mu^{(1)}),\qquad S:=\Sigma_{22}-\Sigma_{21}\Sigma_{11}^{-1}\Sigma_{12},\qquad W:=X^{(2)}-m(X^{(1)}) $$
とおく。このとき $W\sim N_{d_2}(0,S)$ で、$W$ は $X^{(1)}$ と独立である。したがって
$$ E\bigl[X^{(2)}\bigm|X^{(1)}\bigr]=m(X^{(1)}) $$
であり、有界な Borel 関数 $h$ について $E[h(X^{(2)})\mid X^{(1)}]=g(X^{(1)})$、$g(x):=E[h(m(x)+W)]$ が成り立つ。つまり、$X^{(1)}=x$ を与えたときの $X^{(2)}$ の条件付き分布は $N_{d_2}(m(x),S)$ である。

$(X^{(1)},W)$ は $X$ の 1 次式(と定数の和)なので、thm-mvn-affine により多変量正規分布に従う。$E[W]=\mu^{(2)}-\mu^{(2)}-\Sigma_{21}\Sigma_{11}^{-1}(\mu^{(1)}-\mu^{(1)})=0$ である。$C:=\Sigma_{21}\Sigma_{11}^{-1}$($d_2\times d_1$ 行列)とおくと、共分散の双線形性から
$$ \operatorname{Cov}(X^{(1)},W)=\operatorname{Cov}(X^{(1)},X^{(2)})-\operatorname{Cov}(X^{(1)},X^{(1)})C^{\top}=\Sigma_{12}-\Sigma_{11}\Sigma_{11}^{-1}\Sigma_{12}=0 $$
である($\Sigma_{11}$ は対称なので $C^{\top}=\Sigma_{11}^{-1}\Sigma_{12}$)。thm-mvn-indep により $X^{(1)}$ と $W$ は独立である。$W$ の共分散行列は
$$ \operatorname{Cov}(W)=\Sigma_{22}-C\Sigma_{12}-\Sigma_{21}C^{\top}+C\Sigma_{11}C^{\top}=\Sigma_{22}-\Sigma_{21}\Sigma_{11}^{-1}\Sigma_{12}=S $$
である(3 つの項がどれも $\Sigma_{21}\Sigma_{11}^{-1}\Sigma_{12}$ に等しい)。
$X^{(2)}=m(X^{(1)})+W$ で $W$ は $X^{(1)}$ と独立なので、独立な確率変数の関数の条件付き期待値の公式(Dur19 Example 4.1.7(pp. 209–210):$X,Y$ が独立で $E|\phi(X,Y)|< \infty$ なら $E[\phi(X,Y)\mid X]=g(X)$、$g(x)=E[\phi(x,Y)]$)を $\phi(x,w)=h(m(x)+w)$ に使うと、$h$ についての主張を得る。$h$ を座標関数にとると(可積分なので同じ公式が使える)、$g(x)=m(x)+E[W]=m(x)$ となり、条件付き期待値の式を得る。

$S$ は $\Sigma$ の $\Sigma_{11}$ に関する Schur 補行列 と呼ばれる。条件付き分布の共分散 $S$ は与えた値 $x$ によらず、平均 $m(x)$ は $x$ の 1 次式である。これが、正規分布のもとでの線形回帰の理論的な根拠になる。$S=\operatorname{Cov}(W)$ は半正定値なので、条件をつけると分散は $\Sigma_{22}$ から $\Sigma_{21}\Sigma_{11}^{-1}\Sigma_{12}$ だけ(半正定値の意味で)小さくなる。

2 変量正規分布の回帰直線

ex-mvn-bivariate の $(X_1,X_2)$ では、$\Sigma_{11}=\sigma_1^2$、$\Sigma_{21}=\rho\sigma_1\sigma_2$ なので
$$ E[X_2\mid X_1]=\mu_2+\rho\frac{\sigma_2}{\sigma_1}(X_1-\mu_1),\qquad S=\sigma_2^2-\frac{\rho^2\sigma_1^2\sigma_2^2}{\sigma_1^2}=\sigma_2^2(1-\rho^2) $$
である。たとえば $\mu_1=\mu_2=50$、$\sigma_1=\sigma_2=10$、$\rho=0.6$ のとき、$X_1=70$ を与えたときの $X_2$ の条件付き分布は $N(62,64)$ である。平均は $70$ ではなく $62$ で、平均 $50$ の方へ引き戻されている(平均への回帰)。条件付きの標準偏差は $8$ で、もとの $10$ より小さい。

2 次形式とカイ二乗分布

Mahalanobis 距離の 2 乗の分布

$X\sim N_d(\mu,\Sigma)$ で $\Sigma$ が正定値なら、$(X-\mu)^{\top}\Sigma^{-1}(X-\mu)$ は、独立に $N(0,1)$ に従う $Z_1,\dots,Z_d$ の 2 乗和 $Z_1^2+\cdots+Z_d^2$ と同じ分布(自由度 $d$ のカイ二乗分布)に従う。

対称行列 の記事の定理「直交対角化できる実行列」により $\Sigma=Q\operatorname{diag}(\lambda_1,\dots,\lambda_d)Q^{\top}$($Q$ は直交行列、$\lambda_i>0$)と書ける。$R:=Q\operatorname{diag}(\lambda_1^{-1/2},\dots,\lambda_d^{-1/2})Q^{\top}$ は対称で、$R\Sigma R=I_d$、$R^2=\Sigma^{-1}$ を満たす。$Z:=R(X-\mu)$ は thm-mvn-affine により $N_d(0,R\Sigma R^{\top})=N_d(0,I_d)$ に従い、thm-mvn-indep によりその成分は独立に $N(0,1)$ に従う。$(X-\mu)^{\top}\Sigma^{-1}(X-\mu)=(X-\mu)^{\top}R^{\top}R(X-\mu)=Z^{\top}Z=Z_1^2+\cdots+Z_d^2$ である。

2 次元の楕円に入る確率

$d=2$ のとき、$c>0$ について
$$ P\bigl((X-\mu)^{\top}\Sigma^{-1}(X-\mu)\le c\bigr)=P(Z_1^2+Z_2^2\le c)=\int_0^{2\pi}\!\!\int_0^{\sqrt c}\frac{1}{2\pi}e^{-r^2/2}\,r\,dr\,d\theta=1-e^{-c/2} $$
である(極座標に変換した)。確率 $0.95$ の楕円をとるには $c=2\log20\approx5.99$ とすればよい。1 変数の「平均 $\pm1.96$ 標準偏差」にあたる範囲が、2 次元では Mahalanobis 距離 $\sqrt{5.99}\approx2.45$ の楕円になる。

反例

外す条件反例成り立たなくなること
thm-mvn-indep で組が多変量正規分布に従う$X\sim N(0,1)$、$Y=SX$($S=\pm1$ は確率 $\frac12$ ずつで $X$ と独立)$X,Y$ はどちらも $N(0,1)$ で無相関だが、独立でない
thm-mvn-density の 1 で $\Sigma$ が正則$X\sim N(0,1)$、$(X,X)^{\top}$対角線 $\{x_1=x_2\}$ に確率 $1$ で乗り、密度をもたない
def-mvn で退化した正規分布も含める$X\sim N(0,1)$、$(X,-X)^{\top}$1 次結合 $X+(-X)=0$ が定数になり、1 次変換で閉じなくなる
thm-mvn-conditional で組が多変量正規分布に従う$X\sim N(0,1)$、$Y=X^2-1$無相関なのに $E[Y\mid X]=X^2-1$ は $X$ の 1 次式でない
prop-mvn-quadratic で 2 次形式の行列が $\Sigma^{-1}$$X\sim N_2(0,\operatorname{diag}(4,1))$、$X^{\top}X$期待値が $5$ で、自由度 $2$ のカイ二乗分布の期待値 $2$ と異なる
反例の確かめ

表の各行で、外した条件以外は満たされ、結論が崩れることを確かめる。

5 つの反例の確かめを開く

1 行目:正規分布 の記事の例「反例:各成分は正規分布だが和は正規分布でない」で確かめられている。$X+Y$ が正規分布に従わないので、$(X,Y)$ は多変量正規分布に従わない。共分散は $E[XY]=E[S]E[X^2]=0$ だが、$\lvert X\rvert=\lvert Y\rvert$ なので独立でない。

2 行目:$(X,X)^{\top}$ は $t_1X+t_2X=(t_1+t_2)X$ が正規分布に従うので多変量正規分布に従い、$\Sigma=\begin{pmatrix}1&1\\1&1\end{pmatrix}$ は階数 $1$ である。$X_1-X_2=0$ が確率 $1$ で成り立ち、対角線は平面の Lebesgue 測度 $0$ の集合なので、密度をもたない。これは thm-mvn-density の 2 のとおりである。

3 行目:$(X,-X)^{\top}=AX$($A=(1,-1)^{\top}$)は $X$ の 1 次変換である。退化した正規分布を正規分布に含めないと、1 次結合 $X_1+X_2=0$ は「正規分布」ではなくなり、$(X,-X)^{\top}$ は多変量正規分布に従わないことになる。すると thm-mvn-affine が成り立たなくなる。

4 行目:$E[Y]=E[X^2]-1=0$、$\operatorname{Cov}(X,Y)=E[X^3]-E[X]-E[X]E[Y]=0$ である(奇数次の積率は $0$)。もし $(X,Y)$ が多変量正規分布に従えば、thm-mvn-conditional により $E[Y\mid X]=0$ となるはずだが、$Y$ は $X$ の関数なので $E[Y\mid X]=X^2-1$ であり、これは $0$ でない(たとえば $\lvert X\rvert>1$ の確率は正)。$Y\ge-1$ なので $Y$ はそもそも正規分布に従わない。

5 行目:$X^{\top}X=X_1^2+X_2^2$ で $E[X_1^2]=4$、$E[X_2^2]=1$ だから期待値は $5$ である。$Z_1^2+Z_2^2$ の期待値は $2$ なので、分布が異なる。正しい 2 次形式 $X^{\top}\Sigma^{-1}X=X_1^2/4+X_2^2$ なら期待値は $2$ になる。

補足

中心極限定理との関係。 独立に同じ分布に従う確率ベクトル $\xi_1,\xi_2,\dots$ の平均が $\mu$、共分散行列が $\Sigma$ のとき、$(\xi_1+\cdots+\xi_n-n\mu)/\sqrt n$ の分布は $N_d(0,\Sigma)$ に収束する(Dur19 Theorem 3.10.7(p. 200)。この記事では証明しない)。証明は、1 次結合 $t^{\top}\xi_k$ に 1 変数の 中心極限定理 を使い、確率ベクトルの分布の収束を 1 次結合の分布の収束に帰着させる(同書 Theorem 3.10.6(Cramér–Wold の方法、p. 200))。多変量正規分布を「すべての 1 次結合が正規分布」と定義することは、この帰着とよく合っている。Dur19 の例 3.10.9 のようにサイコロの目の出方を数えるベクトルでは、成分の和がいつも一定なので、極限の $\Sigma$ は正則でなく、退化した多変量正規分布が現れる(pp. 201–202)。
文献での扱い。 Dur19 §3.10(pp. 201–202)は、$\Sigma=A^{\top}A$ と分解して独立な標準正規分布の 1 次変換として構成する方法(thm-mvn-char の 3)と、正則な場合の密度の式を述べ、無相関と独立の一致、1 次結合による特徴づけを演習 3.10.7・3.10.8(pp. 202–203)としている。
位置づけ。 多変量正規分布の計算はほとんどすべて、Gauss積分 の多変数の形と、対称行列 の直交対角化に帰着する。分散を共分散行列に、平方完成を Schur 補行列に置きかえれば、1 変数の正規分布の議論がそのまま行列の言葉で書ける。確率過程の言葉では、有限個の時刻での値の組がすべて多変量正規分布に従う過程を Gauss 過程 という。

関連項目

参考文献

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