特異台(エタール層)

同義語:特異台(Beilinson)Beilinsonの特異台エタール層の特異台singular support (étale sheaf)マイクロ台をもつ(エタール層)

概要

特異台(エタール層)(singular support of an étale sheaf)とは、体上の滑らかな代数多様体 $X$ の上の構成可能なエタール層 $F$ に対して、余接束 $T^*X$ の閉円錐集合 $SS(F)$ を対応させる不変量である。$F$ が閉円錐集合 $C$ にマイクロ台をもつとは、$C$ に横断的な試験対 $X\xleftarrow{h}U\xrightarrow{f}Y$ でつねに $f$ が $h^*F$ に関して局所非輪状であることをいい、そのような $C$ の最小のものが $SS(F)$ である。Beilinson は $SS(F)$ が存在し、$X$ が連結なら各既約成分の次元が $\dim X$ であることを示した。標数 $0$ では成分は Lagrange 錐だが、正標数では Lagrange でない成分が現れる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: エタールコホモロジー, 局所非輪状, 余接束, 滑らかな射, 構成可能層

特異台(singular support)は、体 $k$ 上の滑らかな代数多様体 $X$ の上の構成可能なエタール層(の複体)$F$ に対して、余接束 $T^*X$ の閉円錐部分集合 $\mathrm{SS}(F)$ を対応させる不変量である。A. Beilinson が 2016 年の論文で導入し、存在を証明した。定義は局所非輪状性による:$F$ が閉円錐集合 $C$ に「マイクロ台をもつ」とは、$C$ に横断的な射がすべて $F$ に関して局所非輪状であることをいい、そのような $C$ のうち最小のものが $\mathrm{SS}(F)$ である。
これは、多様体の上の層に対する柏原–Schapira のマイクロ台の、任意の標数での類似である。Beilinson は、特異台が存在し、$X$ が連結なら各既約成分の次元がちょうど $\dim X$ であることを示した。標数 $0$ では各成分は Lagrange 錐になるが、正標数ではそうとは限らない。斎藤毅は特異台の成分に重複度をつけて特性サイクルを定めた。
この記事では、横断性と特異台を定義し、横断的な射による引き戻しの評価、特異台の底が台を含むこと、層が局所定数でない点の余接空間が特異台に入ること(曲線では特異台の決定につながる)を証明する。正標数の例(Deligne の例)の錐を計算し、特異台の存在定理と主な性質は引用とする。

設定と記号

$k$ を標数 $p\ge0$ の体、$\ell$ を $p$ と異なる素数とし、$\Lambda=\mathbb Z/\ell^n$ とする。$k$ 上有限型のスキームを多様体と呼ぶ。多様体 $X$ の上の $\Lambda$ 加群のエタール層の、コホモロジー層が構成可能な有界複体のなす導来圏を $D(X)$ と書き、その対象を単に層と呼ぶ(Bei16 §1.1、p. 2)。
滑らかな多様体 $X$ について、$\Omega^1_{X/k}$ に付随するベクトル束を余接束 $T^*X$ と書く。滑らかな多様体の間の射 $f\colon X\to Y$ は、ベクトル束の射
$$ df\colon T^*Y\times_YX\longrightarrow T^*X $$
を定める。幾何的点 $x$ でのファイバーの写像を $df_x\colon T^*_{f(x)}Y\to T^*_xX$ と書く(係数は $x$ の剰余体に拡大する)。$T^*X$ の閉部分集合 $C$ が円錐的であるとは、乗法群 $\mathbb G_m$ の作用で保たれることをいう。$C$ の $X$ への像(閉集合)を $C$ の底という。$C$ の幾何的点 $x$ でのファイバーを $C_x\subset T^*_xX$ と書く。
試験対(test pair)とは、射の組 $(h,f)\colon X\xleftarrow{h}U\xrightarrow{f}Y$ のことである。層 $F\in D(X)$ について、$f$ が $h^*F$ に関して局所非輪状(局所非輪状)であるとき、試験対は $F$ 非輪状であるという。試験対 $(\mathrm{id}_X,\mathrm{id}_X)$ が $F$ 非輪状であることは、$F$ のコホモロジー層がすべて局所定数であることと同値である(Bei16 §1.1、p. 2。Deligne の定義 2.12 による。この記事では証明しない)。以下、この性質を単に「$F$ は局所定数である」という。

横断性

横断性

$X$ を滑らかな多様体、$C\subset T^*X$ を閉円錐集合とする。

  1. 滑らかな多様体からの射 $h\colon U\to X$ が幾何的点 $u$ で $C$ 横断的であるとは、$\operatorname{Ker}(dh_u)\cap C_{h(u)}\subset\{0\}$ であることをいう。
  2. 滑らかな多様体への射 $f\colon X\to Y$ が幾何的点 $x$ で $C$ 横断的であるとは、$(df_x)^{-1}(C_x)\subset\{0\}$ であることをいう。
  3. すべての幾何的点で横断的であるとき、単に $C$ 横断的という。$h$ が $C$ 横断的なとき、$C\times_XU$ の $dh$ による像を $h^\circ C\subset T^*U$ と書く。
  4. 試験対 $(h,f)$ が $C$ 横断的であるとは、$U$ と $Y$ が滑らかで、$h$ が $C$ 横断的、$f$ が $h^\circ C$ 横断的であることをいう。

これは Bei16 §1.2(p. 2)の定義であり、Sai17 Definition 2.3(p. 18)・2.5(p. 19)も同じである。$C$ 横断性は開条件である(横断的になる点の集合は開集合)。$h$ が $C$ 横断的なら $C\times_XU\to T^*U$ は有限射で、$h^\circ C$ は閉円錐集合になる(Bei16 §1.2 の Lemma (i)(ii)、p. 2)。$h^\circ C$ の幾何的点 $u$ でのファイバーは $dh_u(C_{h(u)})$ である。
横断性は、$C$ が大きいほど強い条件である:$C\subset C'$ なら、$C'$ 横断的な試験対は $C$ 横断的である。両極端は次のようになる(Bei16 §1.2 の Examples、p. 2。Sai17 Lemma 2.4・2.6、pp. 18–20)。

  • $C$ が零切断 $T^*_XX$ なら、どの $h$ も $C$ 横断的で、試験対 $(h,f)$ が $C$ 横断的であることは $f$ が滑らかであることと同値である。
  • $h$ が滑らかなら、$h$ はどの $C$ についても $C$ 横断的である。$f$ がエタールなら、$f$ が $C$ 横断的であることは $C$ が零切断に含まれることと同値である。
    横断性は合成と両立する。次の補題は、エタール射の性質「エタール射の合成はエタール」の類似であり、以下の議論の基本になる。
横断性の合成

$h\colon W\to X$ を $C$ 横断的な射、$g\colon V\to W$ を $h^\circ C$ 横断的な射とする($V,W,X$ は滑らか)。このとき $h\circ g$ は $C$ 横断的であり、$(h\circ g)^\circ C=g^\circ(h^\circ C)$ である。

$v$ を $V$ の幾何的点、$w=g(v)$、$x=h(w)$ とする。微分形式の引き戻しは関手的なので $d(h\circ g)_v=dg_v\circ dh_w$ である。$\xi\in C_x$ が $d(h\circ g)_v(\xi)=0$ を満たすとする。$\eta:=dh_w(\xi)$ は $(h^\circ C)_w=dh_w(C_x)$ の元で、$dg_v(\eta)=0$ を満たす。$g$ は $h^\circ C$ 横断的なので $\eta=0$ である。すると $\xi\in\operatorname{Ker}(dh_w)\cap C_x$ であり、$h$ は $C$ 横断的なので $\xi=0$ である。よって $\operatorname{Ker}(d(h\circ g)_v)\cap C_x\subset\{0\}$ であり、$h\circ g$ は $v$ で $C$ 横断的である。
ファイバーを比べると、
$$ ((h\circ g)^\circ C)_v=d(h\circ g)_v(C_x)=dg_v(dh_w(C_x))=dg_v((h^\circ C)_w)=(g^\circ(h^\circ C))_v $$
である。これがすべての幾何的点 $v$ で成り立つので、2 つの閉集合は一致する。$\square$

逆向きも成り立つ:$h\circ g$ が $C$ 横断的なら、$h$ は $g(V)$ の近傍で $C$ 横断的で、$g$ は $h^\circ C$ 横断的である(Sai17 Lemma 2.4 の 3、pp. 18–19)。

特異台の定義

特異台

$X$ を滑らかな多様体、$F\in D(X)$ とする。

  1. $F$ が閉円錐集合 $C\subset T^*X$ にマイクロ台をもつ(micro-supported on $C$)とは、$C$ 横断的な試験対がすべて $F$ 非輪状であることをいう。
  2. $F$ がマイクロ台をもつ閉円錐集合のうち最小のものが存在するとき、それを $F$ の特異台といい、$\mathrm{SS}(F)$ と書く。

これは Bei16 §1.3(p. 3)の定義である。$C\subset C'$ で $F$ が $C$ にマイクロ台をもてば $C'$ にもマイクロ台をもつ($C'$ 横断的な試験対は $C$ 横断的だから)。$F$ は $T^*X$ 全体にはマイクロ台をもつ(同 §1.3 の Lemma。$T^*X$ 横断的な試験対では $h\times f\colon U\to X\times Y$ が滑らかになり、射影 $X\times Y\to Y$ の局所非輪状性に帰着する)。問題は最小のものが存在するかどうかである。

特異台の存在と次元

$X$ を体 $k$ 上の滑らかな多様体、$F\in D(X)$ とする。

  1. $F$ の特異台 $\mathrm{SS}(F)$ が存在する。
  2. $X$ が連結なら、$\mathrm{SS}(F)$ の各既約成分の次元は $\dim X$ である。
特異台の存在と次元の意味

定義だけでは、マイクロ台をもつ閉円錐集合のうち最小のものが存在するかどうかは分からない。1 はその存在を保証する。2 は、$\dim T^*X=2\dim X$ の中で特異台の成分がちょうど半分の次元をもつことを述べている。たとえば $F$ が局所定数層なら、特異台は零切断であり、その次元は $\dim X$ である。

これは Beilinson の定理である(Bei16 §1.3 の Theorem、p. 3。(ii) の証明は §4.10)。この記事では証明しない。証明では、射影空間への埋め込みと Brylinski の Radon 変換を使い、Veronese 埋め込みで移したあとの Radon 変換が局所定数でない場所(双対射影空間の因子)から、特異台の各成分を 1 つずつ復元する(同 §1.7 の Theorem、p. 5)。Sai17 Theorem 3.4(p. 31)は、この定理と次の性質をまとめて引いている。

  • 弱い特異台との一致。 試験対を「$h$ が開埋め込み、$f$ が $\mathbb A^1$ への関数」に限って定めた最小の集合 $\mathrm{SS}^w(F)$ は $\mathrm{SS}(F)$ と一致する(Bei16 §1.5 の Theorem、p. 4)。$\mathrm{SS}^w(F)$ は、関数 $f$ が $x$ で $F$ に関して局所非輪状でないような点 $(x,df(x))$ 全体の閉包である(同 §1.5、p. 4)。
  • 滑らかな引き戻し。 滑らかな射 $\pi\colon Z\to X$ について $\mathrm{SS}(\pi^*F)=\pi^\circ\mathrm{SS}(F)$ である(Bei16 §1.4 の Theorem (i)、p. 4)。
  • 偏屈層の構成要素。 $F$ の偏屈コホモロジーの Jordan–Hölder 構成要素を $F_\alpha$ とすると、$\mathrm{SS}(F)=\bigcup_\alpha\mathrm{SS}(F_\alpha)$ である(同 (ii)。偏屈層)。
  • 双対。 $F$ が有限 Tor 次元なら $\mathrm{SS}(D_XF)=\mathrm{SS}(F)$ である(Sai17 Corollary 3.9、pp. 32–33。Verdier双対のエタール版)。
    特異台は、どの関数が $F$ に関して局所非輪状になるかを決める:$\mathrm{SS}(F)$ 横断的な関数 $f\colon X\to\mathbb A^1$ は $F$ に関して局所非輪状であり、しかもそのような $C$ の中で最小である。

用語の注意。 解析学では、超関数 $u$ が滑らかでない点の集合も「特異台」($\operatorname{sing\,supp}u$)と呼ぶ(超関数)。この記事の特異台は余接束の閉円錐集合であり、別の概念である。

基本性質

横断的な射による引き戻し

$F\in D(X)$ が閉円錐集合 $C$ にマイクロ台をもち、$h\colon W\to X$ が $C$ 横断的なら、$h^*F$ は $h^\circ C$ にマイクロ台をもつ。特に $\mathrm{SS}(h^*F)\subset h^\circ\mathrm{SS}(F)$ である。

$(g,f)\colon W\xleftarrow{g}V\xrightarrow{f}Y$ を $h^\circ C$ 横断的な試験対とする。$g$ は $h^\circ C$ 横断的なので、lem-sse-composition により $h\circ g$ は $C$ 横断的で、$(h\circ g)^\circ C=g^\circ(h^\circ C)$ である。$f$ は $g^\circ(h^\circ C)$ 横断的なので、試験対 $(h\circ g,f)\colon X\leftarrow V\to Y$ は $C$ 横断的である。$F$ は $C$ にマイクロ台をもつので、$f$ は $(h\circ g)^*F=g^*(h^*F)$ に関して局所非輪状である。これは試験対 $(g,f)$ が $h^*F$ 非輪状であることにほかならない。よって $h^*F$ は $h^\circ C$ にマイクロ台をもつ。後半は $C=\mathrm{SS}(F)$ とおき、特異台の最小性を使えばよい。$\square$

この命題は Bei16 §2.2 の Lemma (i)(p. 6)であり、同書は「明らか」とだけ述べる。$h$ が開埋め込み $V\subset X$ なら、$h^\circ C=C\cap T^*V$ なので $\mathrm{SS}(F|_V)\subset\mathrm{SS}(F)\cap T^*V$ である。逆向きの包含も成り立ち、$\mathrm{SS}(F|_V)=\mathrm{SS}(F)\cap T^*V$、すなわち特異台は Zariski 局所的に決まる(Bei16 §2.3 の Lemma (i)、p. 7)。

特異台の底は台を含む

$F\in D(X)$ が閉円錐集合 $C$ にマイクロ台をもつなら、$F$ の台は $C$ の底 $B$ に含まれる。

$U:=X\setminus B$ とし、$h\colon U\to X$ を開埋め込み、$f\colon U\to\mathbb A^1_k$ を値 $0$ の定数射とする。$C\times_XU=\emptyset$ なので $h$ は $C$ 横断的で $h^\circ C=\emptyset$ であり、どの射も $\emptyset$ 横断的である。よって $(h,f)$ は $C$ 横断的な試験対であり、$f$ は $F|_U$ に関して局所非輪状である。
$\bar x$ を $U$ の幾何的点とし、$S:=\mathbb A^1_k=\operatorname{Spec}k[t]$、$\bar s:=f\circ\bar x$(原点の上の幾何的点)とおく。狭義局所化 $S_{(\bar s)}=\operatorname{Spec}\mathcal O^{\mathrm{sh}}_{S,\bar s}$ には、$t$ の像が $0$ でない幾何的点 $\bar t$ がある($k[t]_{(t)}\to\mathcal O^{\mathrm{sh}}_{S,\bar s}$ は忠実平坦で、$t$ は冪零でないので $\mathcal O^{\mathrm{sh}}_{S,\bar s}[t^{-1}]\neq0$。局所非輪状の節「反例:局所非輪状でない射」と同じ)。$f$ は原点 $\{t=0\}$ を経由するので、$U_{(\bar x)}\to S_{(\bar s)}$ も閉部分スキーム $\{t=0\}$ を経由し、Milnor ファイバー $U_{(\bar x)}\times_{S_{(\bar s)}}\bar t$ は空である($t$ が $0$ かつ可逆になる)。局所非輪状性により、引き戻しの写像
$$ F_{\bar x}=R\Gamma(U_{(\bar x)},F)\longrightarrow R\Gamma(\emptyset,F)=0 $$
は同型であり(局所非輪状の定義「局所非輪状」)、$F_{\bar x}=0$ である。$\bar x$ は任意なので $F|_U=0$ であり、$F$ の台は $B$ に含まれる。$\square$

これは Sai17 Lemma 3.2 の 3(p. 29)の証明と同じ筋である。逆に、特異台の底は台に一致する(Bei16 §2.1 の Lemma (i)・§2.3 の Lemma (iii)、pp. 6–7。Sai17 Corollary 3.5 の 3、p. 31)。特異台が零切断に含まれるのは局所定数な層に限る:

局所定数性と零切断

$F\in D(X)$ について、$F$ が零切断 $T^*_XX$ にマイクロ台をもつことと、$F$ が局所定数であることは同値である。

零切断からはみ出す部分の意味

この命題は、特異台が零切断(零でない余接ベクトルを含まない場合)に収まることを、層が局所定数であることと同一視する。したがって、特異台が零切断からはみ出す部分は、層が局所定数でなくなる様子を測っている。

Bei16 §2.1 の Lemma (iii)(p. 6)・Sai17 Lemma 3.3 の 1(p. 30)である。零切断に横断的な試験対では $f$ が滑らかなので、「$\Leftarrow$」は滑らかな射の局所非輪状性(局所非輪状の定理「滑らかな射の局所非輪状性」を局所定数な係数に広げたもの)から従う。「$\Rightarrow$」は、恒等射の試験対 $(\mathrm{id}_X,\mathrm{id}_X)$ が零切断に横断的であることと、節「設定と記号」で述べた局所定数性の言い換えから従う。

局所定数でない点と曲線の上の層

局所定数でない点では、特異台は零切断からはみ出す。

局所定数でない点の余接ベクトル

$F\in D(X)$ とし、$x$ を $X$ の点とする。$x$ のどの開近傍 $V$ の上でも $F|_V$ が局所定数でないなら、$x$ の上の幾何的点 $\bar x$ で $\mathrm{SS}(F)_{\bar x}\not\subset\{0\}$ である。特に $X$ が曲線なら、$\mathrm{SS}(F)$ は $x$ の上の余接空間(ファイバー)$T^*_xX$ を含む。

$C:=\mathrm{SS}(F)$ とし、$\bar x$ で $C_{\bar x}\subset\{0\}$ だったと仮定する。恒等射 $\mathrm{id}_X\colon X\to X$ について $(d\,\mathrm{id})_{\bar x}$ は恒等写像なので、$(d\,\mathrm{id})_{\bar x}^{-1}(C_{\bar x})=C_{\bar x}\subset\{0\}$ であり、$\mathrm{id}_X$ は($f$ として)$\bar x$ で $C$ 横断的である。横断性は開条件なので、$x$ の開近傍 $V$ で、$\mathrm{id}_V\colon V\to V$ が $C\cap T^*V$ 横断的になるものがある。$j\colon V\to X$ を開埋め込みとすると、$j$ は $C$ 横断的で $j^\circ C=C\cap T^*V$ なので、試験対 $(j,\mathrm{id}_V)$ は $C$ 横断的である。$F$ は $C$ にマイクロ台をもつので、$\mathrm{id}_V$ は $F|_V$ に関して局所非輪状であり、試験対 $(\mathrm{id}_V,\mathrm{id}_V)$ は $F|_V$ 非輪状である。節「設定と記号」で述べた言い換えにより $F|_V$ は局所定数であり、仮定に反する。
$X$ が曲線なら $T^*_{\bar x}X$ は 1 次元のベクトル空間であり、その閉円錐部分集合は $\emptyset$、$\{0\}$、全体のいずれかである($0$ でないベクトルを含む $\mathbb G_m$ 不変な閉集合は直線全体)。前半により $C_{\bar x}$ は全体である。$C$ は閉集合なので、$C$ は $x$ の上のファイバー全体を含む。$\square$

曲線では、これと零切断の分で特異台が決まる。

曲線の上の層の特異台

$X$ を体 $k$ 上の滑らかな曲線、$F\in D(X)$ とし、$F|_U$ が局所定数となる最大の開集合を $U$ とする。$X=\operatorname{supp}F$ なら
$$ \mathrm{SS}(F)=T^*_XX\cup\bigcup_{x\in X\setminus U}T^*_xX $$
である。

曲線の場合の特異台の形

曲線では余接空間のファイバーが 1 次元なので、特異台は零切断と、局所定数でない点の上のファイバー全体だけで決まる。局所定数でない点は、台の中の閉集合として有限個になる(構成可能な層の場合)。

これは Sai17 Lemma 3.3 の 2(p. 30)である。この記事では「$\subset$」を証明しない(右辺にマイクロ台をもつことは、同補題の 1 から従うと同書は述べる)。「$\supset$」のうちファイバーの部分は thm-sse-non-locally-constant である。零切断の部分は次のように分かる。$U$ の上では $F|_U$ が局所定数なので、prop-sse-zero-section により $\mathrm{SS}(F|_U)$ は零切断に含まれ、prop-sse-base によりその底は $\operatorname{supp}(F|_U)=U$ を含む。よって $\mathrm{SS}(F)\cap T^*U=\mathrm{SS}(F|_U)$ は $U$ の上の零切断全体である。$\mathrm{SS}(F)$ は閉集合で、$U$ は $X$ で稠密($F$ は構成可能なので稠密な開集合の上で局所定数)だから、$\mathrm{SS}(F)$ は零切断 $T^*_XX$ 全体を含む。

零拡張の特異台

$k$ を代数閉体、$X=\mathbb A^1_k$、$j\colon\mathbb G_m\to\mathbb A^1_k$ を包含、$F=j_!\Lambda$ とする。$F$ の茎は原点で $0$、それ以外で $\Lambda$ である。連結なスキームの上の局所定数層の茎はすべて同型なので、$F$ は原点のどの近傍でも局所定数でない。$\mathbb G_m$ の上では定数層である。$\operatorname{supp}F=\mathbb A^1$ なので、thm-sse-curve により
$$ \mathrm{SS}(j_!\Lambda)=T^*_{\mathbb A^1}\mathbb A^1\cup T^*_0\mathbb A^1 $$
である。これは原点 $D=\{0\}$ という正規交叉因子の余法束の和である。一般に、正規交叉因子 $D=\bigcup_iD_i$ の補集合の上の、$D$ に沿って順分岐な局所定数層 $G$ について $\mathrm{SS}(j_!G)=\bigcup_IT^*_{D_I}X$($D_I=\bigcap_{i\in I}D_i$、$D_\emptyset=X$)となる(Sai17 Proposition 3.11、pp. 33–34)。

反例:横断的でない射による引き戻し

$k$ を標数が $2$ でない代数閉体とし、$F=j_!\Lambda$ を上の例の層、$h\colon\mathbb A^1\to\mathbb A^1$ を $u\mapsto u^2$ とする。$C:=\mathrm{SS}(F)=T^*_{\mathbb A^1}\mathbb A^1\cup T^*_0\mathbb A^1$ である。$dh_0$ は $dt\mapsto2u\,du|_{u=0}=0$ なので $\operatorname{Ker}(dh_0)=T^*_0\mathbb A^1$ であり、$C_0\cap\operatorname{Ker}(dh_0)\neq\{0\}$、すなわち $h$ は原点で $C$ 横断的でない。$C\times_{\mathbb A^1}\mathbb A^1$ の $dh$ による像は、原点の上では $dh_0(T^*_0\mathbb A^1)=\{0\}$ なので零切断に一致する。一方、$h^*F=j'_!\Lambda$($j'$ は $h^{-1}(\mathbb G_m)=\mathbb G_m$ の包含)は原点で局所定数でないので、thm-sse-non-locally-constant により $\mathrm{SS}(h^*F)$ は $T^*_0\mathbb A^1$ を含み、零切断に収まらない。横断性を外すと prop-sse-pullback の評価は成り立たない。

正標数の例:Lagrange でない成分

標数 $0$ では、特異台の各既約成分は Lagrange 錐である(Bei16 §1.3 の Remark、p. 3。柏原–Schapira の結果による。マイクロ台の定理「構成可能性のマイクロ局所的な特徴づけ」の代数版)。ここで $T^*X$ の円錐的な既約閉集合 $\Lambda$ が Lagrange 錐であるとは、$\dim\Lambda=\dim X$ で、滑らかな点の上で正準 1 形式 $\sum_i\xi_i\,dx_i$ の制限が $0$ となることをいう(Lagrange部分多様体)。正標数ではこれが成り立たない。次の例は Deligne の観察による(Bei16 §1.3 の Example、p. 3)。

Deligne の例

$k$ を標数 $p>0$ の代数閉体とする。$V:=\operatorname{Spec}k[x,t]$ から $V':=\operatorname{Spec}k[u,t]$ への射 $r_g(x,t)=(g(x,t),t)$ を、
$$ g_0:=x^p+xt^2,\qquad g_n:=x^{p^n}+xt\quad(n\ge1) $$
について考え、$r_n:=r_{g_n}$、$F_n:=r_{n*}\Lambda\in D(V')$ とおく。$r_n$ は有限射である($x$ は $k[u,t]$ 上のモニック多項式 $g_n(x,t)-u$ の根)。$\Lambda$ の特異台は零切断なので(prop-sse-zero-section)、有限な(したがって固有な)射による押し出しの評価(Bei16 §2.2 の Lemma (ii)、p. 6)から、$\mathrm{SS}(F_n)$ は $r_n^\circ(T^*_VV)$ に含まれる。ここで $r^\circ C$ は、$(dr)^{-1}(C)\subset T^*V'\times_{V'}V$ の $T^*V'$ への像である。これを計算する。
点 $(x,t)\in V$ と、その像 $(u,t)=(g(x,t),t)$ での余接ベクトル $a\,du+b\,dt$ について、
$$ dr_{(x,t)}(a\,du+b\,dt)=a\,dg+b\,dt $$
である。標数 $p$ では $d(x^{p^m})=p^mx^{p^m-1}dx=0$ なので、$dg_0=t^2dx+2xt\,dt$、$dg_n=t\,dx+x\,dt$ である。

  • $t\neq0$ では $dg$ の $dx$ の係数が $0$ でないので、$a\,dg+b\,dt=0$ なら $a=b=0$ である。$r_n$ はこの上でエタールであり、$(dr)^{-1}(0)$ は零切断だけを与える。
  • $n=0$、$t=0$ では $dg_0=0$ なので、$a\,dg_0+b\,dt=0$ は $b=0$ と同値である。$x$ を動かすと $u=x^p$ は $u$ 軸全体を動くので、像は $C_0:=\{t=0,\ b=0\}$、すなわち $u$ 軸の上で $du$ が生成する直線の族である。
  • $n\ge1$、$t=0$ では $dg_n=x\,dt$ なので、条件は $b=-ax$ である。$u=x^{p^n}$ なので、像は
    $$ C_n:=\{(u,0;a,b)\mid b=-a\,u^{1/p^n}\}=\{t=0,\ a^{p^n}u=(-b)^{p^n}\} $$
    である($u^{1/p^n}$ は $k$ の中でただ 1 つに定まる $p^n$ 乗根)。
    よって $r_n^\circ(T^*_VV)$ は零切断と $C_n$ の和である。Beilinson は、$\mathrm{SS}(F_n)$ がちょうどこの和に等しいことを示している(Bei16 §1.3 の Example の脚注 4、p. 3。$F_n$ は $u$ 軸の生成点で局所定数でないので、錐 $C_n$ のどの真の閉部分錐も足りない)。
    $C_0$ は Lagrange でない:$C_0$ は $(u,a)$ でパラメータづけられ、正準 1 形式 $a\,du+b\,dt$ の制限は $a\,du\neq0$ である。$C_n$($n\ge1$)は Lagrange である:$C_n$ の上では $t=0$ で、$u=(-b/a)^{p^n}$($a\neq0$ の部分)と書けるので、標数 $p$ では $du=0$ となり、1 形式の制限は $0$ である。しかし $C_n$ は、底である $u$ 軸 $\{t=0\}$ の余法束 $\{t=0,\ a=0\}$ とは異なる。

この例は、正標数では特異台の成分が底の余法束になるとは限らず、Lagrange でさえないことを示す。Bei16 は、どの錐が特異台の成分として実現されるかという問い(Drinfeld による)を挙げ、曲面ではどの $\dim X$ 次元の錐も実現されることを Deligne の結果として述べる(§1.3、p. 3)。

反例の表

外す条件反例成り立たなくなること
局所定数であること$j_!\Lambda$($\mathbb G_m\subset\mathbb A^1$、ex-sse-extension-by-zero)$\mathrm{SS}(F)$ が零切断に含まれること
射が $\mathrm{SS}(F)$ 横断的であること平方写像 $u\mapsto u^2$ による $j_!\Lambda$ の引き戻し(ex-sse-nontransversal)$\mathrm{SS}(h^*F)\subset dh(\mathrm{SS}(F)\times_XW)$
標数が $0$ であることDeligne の例の $F_0$(ex-sse-deligne)各成分が Lagrange 錐であること
標数が $0$ であることDeligne の例の $F_n$($n\ge1$)Lagrange な成分が底の余法束であること

3 行目・4 行目は、マイクロ台の理論(標数 $0$ の類似)で成り立つ「構成可能層のマイクロ台は Whitney 層別の余法束の和に含まれる」という性質が、正標数では層別をどう選んでも成り立たないことを示す。$\mathrm{SS}(F_0)$ の成分 $C_0$ はどんな部分多様体の余法束でもない(余法束は Lagrange だから)。

特性サイクルとの関係

特異台は集合であり、成分の重複度をもたない。斎藤は、$X$ が完全体上滑らかなとき、$\mathrm{SS}(F)$ の既約成分の整数係数の 1 次結合 $CC(F)$ で、消失サイクルの全次元を交点数で表す Milnor 公式を満たすものがただ 1 つ存在することを示した(Sai17 Theorem 4.9・Definition 4.10、pp. 45–46。整数性は同 Theorem 4.18、p. 48)。これが特性サイクルであり、射影的な $X$ では Euler 標数が $CC(F)$ と零切断の交点数になる。偏屈層では $CC(F)$ の台が $\mathrm{SS}(F)$ に一致する(同 Proposition 4.14、pp. 47–48)。

関連項目

参考文献

[1]
A. Beilinson, Constructible sheaves are holonomic, arXiv:1505.06768, 2016, §1.1(p. 2)、§1.2 Lemma・Examples(p. 2)、§1.3 Lemma・Theorem・Remark・Example とその脚注 4(p. 3)、§1.4 Theorem・§1.5 Theorem(p. 4)、§1.7 Theorem(p. 5)、§2.1 Lemma・§2.2 Lemma(p. 6)、§2.3 Lemma(p. 7)

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