上昇定理(going-up theorem)とは、環の整拡大 $A\subset B$ について、$A$ の任意の素イデアルの上に $B$ の素イデアルがあり(lying over)、同じ素イデアルの上にある $B$ の素イデアルの間には包含関係がなく(不可比較性)、$A$ の素イデアルの増加列が下端の持ち上げを決めたまま $B$ に持ち上がる(going up)という Cohen–Seidenberg の定理である。帰結として整拡大では Krull 次元が変わらず、$\operatorname{Spec}B\to\operatorname{Spec}A$ は全射な閉写像になる。素イデアルの減少列を持ち上げる下降定理と対をなすが、こちらは底の環の整閉性などの追加の仮定を要しない。
環の拡大 $A\subset B$ があると、$B$ の素イデアル $\mathfrak q$ から $A$ の素イデアル $\mathfrak q\cap A$ が得られる。この対応 $\operatorname{Spec}B\to\operatorname{Spec}A$ は一般にはたいへん粗く、$A$ の素イデアルの上に $B$ の素イデアルが 1 つもないことも、上下に重なった素イデアルが同じ素イデアルに落ちることもある。上昇定理(going-up theorem)は、$B$ が $A$ 上整なとき、この対応が次の 3 つの意味でよくふるまうことを述べる(thm-going-up-integral)。
$\varphi\colon A\to B$ を環準同型とする。$A$ の素イデアル $\mathfrak p$ と $B$ の素イデアル $\mathfrak q$ について、$\varphi^{-1}(\mathfrak q)=\mathfrak p$ のとき、$\mathfrak q$ は $\mathfrak p$ の上にある(lies over $\mathfrak p$)という。
上昇性を繰り返し使うと、$A$ の素イデアルの増加列 $\mathfrak p_0\subset\mathfrak p_1\subset\dots\subset\mathfrak p_n$ と $\mathfrak p_0$ の上の $\mathfrak q_0$ から、$\mathfrak q_0\subset\mathfrak q_1\subset\dots\subset\mathfrak q_n$、$\varphi^{-1}(\mathfrak q_i)=\mathfrak p_i$ となる列が得られる。
上昇性は lying over を含まない。$\mathfrak p$ の上に素イデアルがなければ、$\mathfrak p$ から始まる条件は空だからである。たとえば剰余写像 $k[x]\to k[x]/(x)$ は上昇性をもつ($\mathfrak p\supset(x)$ の上の素イデアルは $\mathfrak p/(x)$ だけで、$\mathfrak p'\supset\mathfrak p$ なら $\mathfrak p'/(x)$ がとれる)が、$(x-1)$ の上に素イデアルはない。逆に lying over があっても上昇性は成り立たないことがある(ex-going-up-fails)。
証明では、整拡大について 整拡大 にある次の 2 つを使う。
$A\subset B$ を整拡大とし、$B$ は整域であるとする。$B$ の $0$ でないイデアル $J$ について、$J\cap A\ne0$ である。
$b\in J$、$b\ne0$ をとり、$b$ の整従属関係のうち次数 $n\ge1$ が最小のもの
$$
b^n+a_{n-1}b^{n-1}+\dots+a_1b+a_0=0\qquad(a_i\in A)
$$
をとる。$a_0=0$ とすると、$n=1$ なら $b=0$ となって矛盾し、$n\ge2$ なら $b\,(b^{n-1}+\dots+a_1)=0$ で $B$ は整域なので次数 $n-1$ の関係が得られ、最小性に反する。よって $a_0\ne0$ であり、$a_0=-b\,(b^{n-1}+a_{n-1}b^{n-2}+\dots+a_1)\in J\cap A$ である。$\square$
$A\subset B$ を整拡大とする。
1. $A_{\mathfrak p}\subset B_{\mathfrak p}$ は整拡大である。$A_{\mathfrak p}\ne0$($0\notin S$)なので $B_{\mathfrak p}\ne0$ であり、$B_{\mathfrak p}$ の極大イデアル $\mathfrak n$ がとれる。系「極大イデアルの縮約」により $\mathfrak n\cap A_{\mathfrak p}$ は局所環 $A_{\mathfrak p}$ の極大イデアル、すなわち $\mathfrak pA_{\mathfrak p}$ である。標準写像 $B\to B_{\mathfrak p}$ による $\mathfrak n$ の逆像を $\mathfrak q$ とすると、$\mathfrak q$ は $B$ の素イデアルである。合成 $A\to B\to B_{\mathfrak p}$ と $A\to A_{\mathfrak p}\to B_{\mathfrak p}$ はどちらも $a\mapsto a/1$ なので、$\mathfrak q\cap A$ は $A\to A_{\mathfrak p}$ による $\mathfrak pA_{\mathfrak p}$ の逆像であり、これは $\mathfrak p$ に等しい(局所化 の定理「素イデアルの対応」)。
2. $\mathfrak p:=\mathfrak q\cap A$ とおく。$\bar A:=A/\mathfrak p\subset\bar B:=B/\mathfrak q$ は整拡大で、$\bar B$ は整域である。$\bar B$ のイデアル $J:=\mathfrak q'/\mathfrak q$ について、$\bar b\in J\cap\bar A$ は $b\in\mathfrak q'$ かつ $b\equiv a\pmod{\mathfrak q}$($a\in A$)と書けるので $a\in\mathfrak q'\cap A=\mathfrak p$、すなわち $\bar b=0$ である。よって $J\cap\bar A=0$ であり、lem-going-up-nonzero により $J=0$、つまり $\mathfrak q'=\mathfrak q$ である。
3. $\bar A:=A/\mathfrak p\subset\bar B:=B/\mathfrak q$ は整拡大である($\mathfrak q\cap A=\mathfrak p$)。$\mathfrak p'/\mathfrak p$ は $\bar A$ の素イデアルなので、1 により $\bar{\mathfrak q}'\cap\bar A=\mathfrak p'/\mathfrak p$ となる $\bar B$ の素イデアル $\bar{\mathfrak q}'$ がある。その $B$ への逆像 $\mathfrak q'$ は $\mathfrak q$ を含む素イデアルで、$\mathfrak q'\cap A$ は $A\to\bar A$ による $\mathfrak p'/\mathfrak p$ の逆像 $\mathfrak p'$ に等しい。$\square$
1 には、局所化を使わない別の証明がある。下降定理 の補題「縮約として現れる素イデアル」により、$\mathfrak p$ の上に素イデアルがあることは $\mathfrak pB\cap A=\mathfrak p$ と同値なので、次を示せばよい。
$A\subset B$ を整拡大、$\mathfrak a$ を $A$ のイデアルとする。$a\in\mathfrak aB\cap A$ なら、ある $r\ge1$ で $a^r\in\mathfrak a$ である。とくに $A$ の素イデアル $\mathfrak p$ について $\mathfrak pB\cap A=\mathfrak p$ である。
要点:有限生成な部分環 $C$ の上で $a$ 倍を行列で表し、行列式の議論を当てる。
$a=\sum_{i=1}^n\pi_ib_i$($\pi_i\in\mathfrak a$、$b_i\in B$)と書く。$b_i$ は $A$ 上整なので、整拡大 の系「有限生成と有限性」の 1 により $C:=A[b_1,\dots,b_n]$ は有限生成 $A$ 加群である。生成元 $u_1,\dots,u_r$ をとる。$b_iu_j\in C$ を $u_k$ の $A$ 係数の 1 次結合に書くと、$au_j=\sum_k\alpha_{jk}u_k$($\alpha_{jk}\in\mathfrak a$)となる。行列 $T:=aI_r-(\alpha_{jk})$ は縦ベクトル $(u_k)$ を $0$ に写すので、余因子行列を左から掛けて $\det(T)u_k=0$(すべての $k$)を得る。$1\in C$ は $u_k$ の 1 次結合なので $\det T=0$ である。展開すると $\det T=a^r+c_1a^{r-1}+\dots+c_r$ で、$c_i$ は $\alpha_{jk}$ の $i$ 個の積の和なので $\mathfrak a$ に属する。よって $a^r=-(c_1a^{r-1}+\dots+c_r)\in\mathfrak a$ である。$\mathfrak a=\mathfrak p$ が素イデアルなら $a\in\mathfrak p$ となり、$\mathfrak p\subset\mathfrak pB\cap A$ と合わせて等号を得る。$\square$
$A\subset B$ を整拡大とし、$A\ne0$ とする。
1. $B$ の素イデアルの真の増加列 $\mathfrak q_0\subsetneq\dots\subsetneq\mathfrak q_n$ の縮約 $\mathfrak q_i\cap A$ は増加列で、thm-going-up-integral の 2 により隣り合う項は異なる。よって $\dim A\ge\dim B$ である。逆に $A$ の素イデアルの真の増加列 $\mathfrak p_0\subsetneq\dots\subsetneq\mathfrak p_n$ について、同じ定理の 1 で $\mathfrak p_0$ の上の $\mathfrak q_0$ をとり、3 を繰り返して $\mathfrak q_0\subset\dots\subset\mathfrak q_n$、$\mathfrak q_i\cap A=\mathfrak p_i$ を得る。縮約が相異なるので包含は真であり、$\dim B\ge\dim A$ である。
2. $A/\mathfrak p\subset B/\mathfrak q$ は整拡大で $A/\mathfrak p\ne0$ なので、1 から $\dim B/\mathfrak q=\dim A/\mathfrak p$ である。高さについては、$\mathfrak q$ で終わる真の鎖の縮約が $\mathfrak p$ で終わる真の鎖になることを 1 の前半と同じく不可比較性で確かめればよい。$\square$
$A=0$ なら $B=0$ であり、どちらも素イデアルをもたない。高さの不等式は一般には等号にならない。等号には 下降定理 の仮定($A$ が整閉整域で、$A$ の $0$ でない元が $B$ の零因子でないことなど)が要る(同記事の系「整閉整域の上の整拡大と高さ」)。
$A\subset B$ を整拡大とし、$f\colon\operatorname{Spec}B\to\operatorname{Spec}A$、$\mathfrak q\mapsto\mathfrak q\cap A$ とする。$B$ の任意のイデアル $J$ について
$$
f(V(J))=V(J\cap A)
$$
である。とくに $f$ は Zariski位相 について閉写像であり、全射である。
$\mathfrak q\supset J$ なら $\mathfrak q\cap A\supset J\cap A$ なので $f(V(J))\subset V(J\cap A)$ である。逆に $\mathfrak p\supset J\cap A$ とする。$\bar A:=A/(J\cap A)\subset\bar B:=B/J$ は整拡大で、$\mathfrak p/(J\cap A)$ は $\bar A$ の素イデアルなので、thm-going-up-integral の 1 によりその上にある $\bar B$ の素イデアルがある。その $B$ への逆像 $\mathfrak q$ は $J$ を含み、$\mathfrak q\cap A=\mathfrak p$ である。$J=0$ とすれば全射性を得る。$\square$
有限な拡大($B$ が有限生成 $A$ 加群)の場合のこの主張は 有限射 の命題「閉集合の像」にあり、そこではさらにファイバーが有限集合であること(同記事の命題「ファイバーの点数は有限」)も示されている。整拡大一般ではファイバーは無限集合になりうるが、thm-going-up-integral の 2 により、ファイバーの点の間に特殊化の関係はない。
$k$ を標数が $2$ でない代数閉体とし、$A:=k[y^2]\subset B:=k[y]$ とする。$A$ は 1 変数の多項式環 $k[x]$($x=y^2$)と同型で、$y$ は $T^2-x$ の根なので $B$ は $A$ 上整である。$B$ の素イデアルは $(0)$ と $(y-b)$($b\in k$)である。$(y-b)\cap A$ は $y^2-b^2=(y-b)(y+b)$ を含む素イデアルで、$A$ の $0$ でない素イデアルは極大なので、$(y-b)\cap A=(x-b^2)$ である。
$\mathbb Z\subset\mathbb Z[i]$ は整拡大である($i$ は $T^2+1$ の根)。素数 $2$ の上にある素イデアルは $(1+i)$ である。実際 $\mathbb Z[i]/(1+i)$ は $i\equiv-1$ により $\mathbb Z/2$ と同型で、$(1+i)$ は極大であり、その縮約は $2=(1+i)(1-i)$ を含む極大イデアル $(2)$ である。$\mathfrak q\cap\mathbb Z=(2)$ となる $\mathfrak q$ は $2$、したがって $(1+i)^2=2i$ を含み、素イデアルなので $1+i$ を含む。$(1+i)$ は極大なので $\mathfrak q=(1+i)$ である。素数 $5=(2+i)(2-i)$ の上には、相異なる 2 つの素イデアル $(2+i)$、$(2-i)$ がある。実際 $\mathbb Z\to\mathbb Z[i]/(2\pm i)$ は $i\equiv\mp2$ により全射で、核は $5$ を含み $1$ を含まないので、$\mathbb Z[i]/(2\pm i)\cong\mathbb Z/5$ である。また $(2-i)/(2+i)=(3-4i)/5\notin\mathbb Z[i]$ なので 2 つのイデアルは異なる。素数の上の素イデアルが 1 つのことも 2 つのこともあり、どの場合もそれらは極大で、互いに包含関係がない。
$R$ を離散付値環、$t$ をその一意化元、$K$ を商体、$\kappa=R/(t)$ とし、$\varphi\colon R\to B:=K\times\kappa$、$a\mapsto(a,\bar a)$ とする。$\varphi$ は単射である。$B$ の素イデアルは $\mathfrak q_1:=0\times\kappa$ と $\mathfrak q_2:=K\times0$ の 2 つで、互いに包含関係がない。$\varphi^{-1}(\mathfrak q_1)=\{a: a=0\}=(0)$、$\varphi^{-1}(\mathfrak q_2)=\{a:\bar a=0\}=(t)$ なので、$\varphi$ は lying over の性質をもつ。しかし $(0)\subset(t)$ と $(0)$ の上の $\mathfrak q_1$ に対し、$\mathfrak q_1$ を含む素イデアルは $\mathfrak q_1$ だけで、その縮約は $(t)$ でない。よって上昇性をもたない。$B$ は $R$ 上整でない($(1/t,0)$ が整なら、第 1 成分の $1/t$ が $R$ 上整になり、離散付値環 は整閉なので矛盾する)。
上昇性と下降性は互いに独立である。下降定理 の例「整閉でない底の上の整拡大」の包含は整なので上昇性をもつが下降性をもたない。逆に $\mathbb Z\to\mathbb Z[1/2]$ は平坦なので下降性をもつが、$(2)$ の上に素イデアルがないので、$(0)\subset(2)$ と $(0)$ の上の $(0)$ について上昇性をもたない。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 整性(lying over) | $\mathbb Z\subset\mathbb Q$ | lying over($(2)$ の上に素イデアルがない。$\mathbb Q$ の素イデアルは $(0)$ だけ) |
| 整性(不可比較性) | $k[x]\subset k[x,y]$ | 不可比較性($(0)\subsetneq(y)$ はどちらも $(0)$ の上にある) |
| 整性(上昇性) | $R\to K\times\kappa$(ex-going-up-fails) | 上昇性(lying over は成り立つ) |
| 整性(次元) | $k[x]\subset k(x)$ | $\dim B=\dim A$($\dim k[x]=1$、$\dim k(x)=0$) |
| 単射性($A\subset B$) | 剰余写像 $k[x]\to k[x]/(x)=k$ | lying over($(x-1)$ の上に素イデアルがない。整だが単射でない) |
1 行目の $\mathbb Z\subset\mathbb Q$ は、$1/2$ が $\mathbb Z$ 上整でないので整拡大でない(整拡大 の例「反例:代数的だが整でない元」)。2 行目で $(y)\cap k[x]=0$ なのは、$k[x,y]\to k[x]$、$y\mapsto0$ が $k[x]$ 上で恒等だからである。最終行のように整な準同型 $\varphi\colon A\to B$ が単射でないときも、$\varphi(A)\subset B$ に thm-going-up-integral を当てれば、$\ker\varphi$ を含む素イデアルについては lying over・不可比較性・上昇性が成り立つ。
AM69 は Corollary 5.9(不可比較性)・Theorem 5.10(lying over、ともに pp. 61–62)・Theorem 5.11(going-up theorem、p. 62)を局所化と Proposition 5.7・Corollary 5.8 から示し、これらを Cohen–Seidenberg の定理と呼んでいる(p. 59)。Mat86 は Theorem 9.3 (i)(ii)(pp. 66–67)と Theorem 9.4 (i)(p. 68)で同じ主張を示し、極大イデアルの上の素イデアルの存在を $\mathfrak pB\ne B$ と行列式の議論で確かめている(p. 66、Lemma 2)。prop-going-up-extended-contraction はその議論を一般のイデアルに当てたものである。
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