Carnot–Carathéodory距離

同義語:Carnot–Carathéodory metricCarnot–Carathéodory distance劣Riemann距離sub-Riemannian distanceKorányi距離

概要

Carnot–Carathéodory距離(Carnot–Carathéodory metric)とは、多様体の各点で動いてよい方向を内積つきの部分空間(分布)として指定し、その方向にだけ進む区分的に滑らかな水平曲線の長さの下限で定めた 2 点の距離のことで、劣 Riemann 距離ともいう。Chow–Rashevskii の定理により、多様体が連結で分布の Lie 括弧がすべての方向を生むなら、この距離は有限で多様体の位相を定める。3 次元の Heisenberg 群では明示式で書ける Korányi 距離と双 Lipschitz 同値であり、Hausdorff 次元は位相次元の $3$ より大きい $4$ になる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 可微分多様体, ベクトル場の流れ, Lie括弧, Frobeniusの定理(可積分性), 距離空間, Heisenberg群

Carnot–Carathéodory距離(Carnot–Carathéodory metric)とは、多様体の各点で「動いてよい方向」を接空間の部分空間として指定し、その方向だけを使って進む曲線(水平曲線)の長さの下限で 2 点の距離を定めたものである。劣 Riemann 距離(sub-Riemannian distance)ともいう。動いてよい方向が接空間全体なら Riemann 多様体の距離そのものである。
動ける方向を制限すると、2 点を結べなくなることがある。Frobenius の定理によれば、方向の場が包合的なら水平曲線は一つの積分多様体(葉)から出られない。逆に、方向の場の Lie 括弧を重ねてすべての方向が出てくる(括弧生成的である)なら、Chow–Rashevskii の定理により任意の 2 点が水平曲線で結べ、Carnot–Carathéodory 距離は多様体の位相を定める距離になる。
典型例は 3 次元の Heisenberg 群である。水平方向は平面の 2 方向だけで、第 3 の方向へは、平面に射影した道が囲む面積の分だけ進む。この距離は Euclid 距離と同じ位相を定めるが、第 3 の方向には距離の平方根の速さでしか進めず、Hausdorff 次元は $4$ になる。この記事では、Chow–Rashevskii の定理を証明し、Heisenberg 群の Carnot–Carathéodory 距離を、明示式で書ける Korányi 距離と比べる。

定義

以下、$M$ は $n$ 次元の可微分多様体で、$D$ は $M$ 上の階数 $m$ の分布である(Frobeniusの定理(可積分性) の定義「分布と局所枠」)。$D$ の各ファイバー $D_q$ に内積 $\langle\cdot,\cdot\rangle_q$ が与えられ、局所枠で表した成分が滑らかであるとする。三つ組 $(M,D,\langle\cdot,\cdot\rangle)$ を劣 Riemann 多様体という。Gram–Schmidt の直交化により、各点の近くに $D$ の正規直交な局所枠 $f_1,\dots,f_m$ がとれる。

水平曲線とその長さ

区分的に $C^1$ な曲線 $\gamma\colon[a,b]\to M$ が水平であるとは、$\gamma$ が微分可能な点では $\gamma'(s)\in D_{\gamma(s)}$ であり、折れ点では左右の微分係数がともに $D$ に入ることをいう。水平曲線の長さを
$$ \ell(\gamma):=\int_a^b\langle\gamma'(s),\gamma'(s)\rangle^{1/2}\,ds $$
で定める。

Carnot–Carathéodory 距離

$p,q\in M$ について
$$ d_{cc}(p,q):=\inf\{\ell(\gamma)\mid\gamma\text{ は }p\text{ から }q\text{ への水平曲線}\}\in[0,\infty] $$
を Carnot–Carathéodory 距離という。$p$ から $q$ への水平曲線がなければ $d_{cc}(p,q)=\infty$ とする。

水平曲線を逆向きにたどった曲線、終点と始点をつないだ二つの水平曲線の連結も水平曲線で、長さはそれぞれ変わらないか和になる。したがって $d_{cc}$ は対称で三角不等式を満たし、$d_{cc}(p,p)=0$ である。$D=TM$ で内積が Riemann 計量のとき、$d_{cc}$ は Riemann 距離そのものである(Riemann多様体)。

括弧生成的な分布

開集合 $U$ 上で $D$ に値をとるベクトル場 $X_1,\dots,X_l$($l\ge1$)の重ねた括弧 $[X_1,[X_2,\dots,[X_{l-1},X_l]\dots]\,]$ の点 $q\in U$ での値全体が張る $T_qM$ の部分空間を $\operatorname{Lie}(D)_q$ と書く($l=1$ では $X_1(q)$)。すべての $q$ で $\operatorname{Lie}(D)_q=T_qM$ となるとき、$D$ は括弧生成的(bracket generating)であるという。

局所枠 $f_1,\dots,f_m$ をとると、$\operatorname{Lie}(D)_q$ は $f_i$ だけを重ねた括弧の値で張られる。実際、$D$ に値をとるベクトル場は $\sum_ia_if_i$($a_i$ は滑らかな関数)と書け、Leibniz 則 $[aX,bY]=ab[X,Y]+a(Xb)Y-b(Ya)X$ を繰り返し使うと、重ねた括弧は $f_i$ の重ねた括弧の関数係数の 1 次結合になる。包合的な分布では $\operatorname{Lie}(D)_q=D_q$ であり、$m< n$ なら括弧生成的でない。

直感

自動車は横に滑れないが、前進と後退とハンドルを組み合わせれば縦列駐車で真横に移動できる。動ける方向(前後と回転)の「組み合わせ」で動けない方向(真横)へ進めることが、Lie 括弧の言葉では「括弧が新しい方向を生む」ことに当たる。ベクトル場 $f,g$ の流れを $e^{\tau f}$ と書くと、$e^{-\tau g}\circ e^{-\tau f}\circ e^{\tau g}\circ e^{\tau f}$ は、出発点から $\tau^2$ 程度の大きさだけ、括弧 $[f,g]$ の方向へずれる。長さ $4\tau$ の水平曲線で $\tau^2$ 程度しか進めないので、括弧の方向への距離は Euclid 的な距離の平方根の大きさになる。Heisenberg 群ではこれを正確に計算できる(thm-cc-heis-compare)。

Chow–Rashevskii の定理

以下、ベクトル場 $f$ の流れを $\tau\mapsto e^{\tau f}$ と書く(ベクトル場の流れ)。正規直交な局所枠の元 $f_i$ の流れに沿う曲線 $\tau\mapsto e^{\tau f_i}(x)$($0\le\tau\le t$)は、速さが $1$ の水平曲線で、長さは $t$ である。

近くの点への到達

$D$ を括弧生成的とする。各点 $p\in M$ と $\varepsilon>0$ に対し、$p$ の開近傍 $O$ で、$O$ のすべての点が $p$ から長さ $2n\varepsilon$ 未満の水平曲線で結べるものが存在する。

$p$ の近くに正規直交な局所枠 $f_1,\dots,f_m$ をとる。$\varepsilon$ を小さくとり直し、以下に現れる流れの合成(時間の絶対値がどれも $\varepsilon$ 未満で、高々 $2n$ 個)が $p$ の近くで定義されているとしてよい。
要点は、時間が正で $\varepsilon$ 未満の流れを $n$ 個合成した写像
$$ \Phi(t_1,\dots,t_n):=e^{t_nf_{i_n}}\circ\dots\circ e^{t_1f_{i_1}}(p) $$
で、ある点 $s\in(0,\varepsilon)^n$ で微分の階数が $n$ になるものを作ることである。そうすれば $\Phi$ は $s$ の近くで開集合への微分同相になり(逆関数定理)、流れを逆にたどって $p$ に戻すことで $p$ の近傍が得られる。

詳しい証明を開く

階数を上げる。$0\le k\le n$ について、添字 $i_1,\dots,i_k$ と点 $s\in(0,\varepsilon)^k$ があって、$\Phi_k(t_1,\dots,t_k):=e^{t_kf_{i_k}}\circ\dots\circ e^{t_1f_{i_1}}(p)$ の $s$ での微分の階数が $k$ になることを、$k$ についての帰納法で示す($k=0$ では $\Phi_0$ は点 $p$ を値とする写像とみなす)。$k< n$ でこれが成り立つとする。階数は下半連続なので、$s$ の開近傍 $W\subset(0,\varepsilon)^k$ を小さくとると、$\Phi_k|_W$ は単射なはめ込みで、その像 $S$ は $k$ 次元の部分多様体になる($k=0$ では $S=\{p\}$)。すべての $i$ とすべての点 $x\in S$ で $f_i(x)\in T_xS$ であったと仮定する。部分多様体に接するベクトル場どうしの Lie 括弧は再びその部分多様体に接する($S$ 上に制限した二つのベクトル場の括弧と一致するから)ので、$f_i$ を重ねた括弧はすべて $S$ に接する。すると $x\in S$ で $\operatorname{Lie}(D)_x\subset T_xS$ となり、$\dim T_xS=k< n$ が括弧生成性に反する。よって、ある $t\in W$ と $i$ について $f_i(\Phi_k(t))\notin T_{\Phi_k(t)}S$ である。$\Phi_{k+1}(t',\tau):=e^{\tau f_i}(\Phi_k(t'))$ とおくと、点 $(t,0)$ での偏微分は、$t'$ 方向が $T_{\Phi_k(t)}S$ を張り、$\tau$ 方向が $f_i(\Phi_k(t))$ なので、階数は $k+1$ である。階数の下半連続性から、十分小さい $\tau_0\in(0,\varepsilon)$ についても $(t,\tau_0)$ で階数 $k+1$ であり、$(t,\tau_0)\in(0,\varepsilon)^{k+1}$ である。これで $k+1$ の場合が示された。

近傍を作る。$k=n$ の $\Phi:=\Phi_n$ と $s=(s_1,\dots,s_n)\in(0,\varepsilon)^n$ をとる。逆関数定理により、$s$ の開近傍 $W'\subset(0,\varepsilon)^n$ を $\Phi$ は $q:=\Phi(s)$ の開近傍 $O'$ の上へ微分同相に写す。$\psi:=e^{-s_1f_{i_1}}\circ\dots\circ e^{-s_nf_{i_n}}$ は $q$ の近くで定義された微分同相で $\psi(q)=p$ なので、$O:=\psi(O')$ は $p$ の開近傍である。$O$ の点は $t\in W'$ により $\psi(\Phi(t))$ と書け、$p$ から $f_{i_1},\dots,f_{i_n}$ の流れに順に時間 $t_1,\dots,t_n$ だけ沿い、次に $f_{i_n},\dots,f_{i_1}$ の流れに順に時間 $s_n,\dots,s_1$ だけ逆向きに沿う水平曲線で結ばれる。その長さは $\sum_jt_j+\sum_js_j< 2n\varepsilon$ である。$\square$

Chow–Rashevskii の定理

$M$ を連結とし、$D$ を括弧生成的とする。このとき任意の $p,q\in M$ について $d_{cc}(p,q)<\infty$ であり、$d_{cc}$ は $M$ 上の距離で、$M$ の多様体としての位相を定める。

有限性。

$p$ を固定し、$A:=\{q\mid d_{cc}(p,q)<\infty\}$ とおく。$q\in A$ なら、lem-cc-local の $q$ の近傍 $O$ の点は $q$ から水平曲線で結べるので、$p$ から $q$ への水平曲線につなぐと $O\subset A$ である。$q\notin A$ なら、同じ近傍 $O$ は $A$ と交わらない(交わる点 $x$ があれば $p\to x\to q$ と結べる)。よって $A$ と $M\setminus A$ はどちらも開集合で、$p\in A$ と $M$ の連結性から $A=M$ である。
$d_{cc}$ は多様体の位相で連続。lem-cc-local により、$x\to x_0$ のとき $d_{cc}(x,x_0)\to0$ である。三角不等式から $|d_{cc}(x,y)-d_{cc}(x_0,y_0)|\le d_{cc}(x,x_0)+d_{cc}(y,y_0)$ なので、$d_{cc}$ は $M\times M$ 上で連続である。特に $d_{cc}$ の開球は多様体の位相で開集合である。
正値性と逆の包含。$p\in M$ の座標近傍 $\varphi\colon U\to\mathbb{R}^n$($\varphi(p)=0$)と $U$ 上の正規直交な局所枠 $f_1,\dots,f_m$ をとり、$r>0$ を $K:=\varphi^{-1}(\{|y|\le r\})$ が $U$ に含まれるコンパクト集合になるようにとる。$C:=\max_{x\in K,\,i}|d\varphi(f_i(x))|$(Euclid ノルム)とおくと、$x\in K$ の水平ベクトル $v=\sum_ia_if_i(x)$ について、Cauchy–Schwarzの不等式 から
$$ |d\varphi(v)|\le C\sum_i|a_i|\le\sqrt m\,C\,\langle v,v\rangle^{1/2} $$
である。$0<\rho\le r$ とし、$p$ から $\varphi^{-1}(\{|y|<\rho\})$ の外の点への水平曲線 $\gamma$ をとる。$\gamma$ が初めてこの開集合の外に出る時刻を $s^\ast$ とすると、$\gamma$ は $s^\ast$ まで $K$ に留まり、$|\varphi(\gamma(s^\ast))|=\rho$ なので、$\varphi\circ\gamma$ のその区間での Euclid の長さは $\rho$ 以上である。上の不等式から $\ell(\gamma)\ge\rho/(\sqrt mC)$ となる。したがって
$$ \{q\mid d_{cc}(p,q)<\rho/(\sqrt mC)\}\subset\varphi^{-1}(\{|y|<\rho\}) $$
である。これから $q\neq p$ なら $d_{cc}(p,q)>0$($\rho$ を $|\varphi(q)|$ より小さくとる)であり、$p$ の多様体としての近傍はどれも $d_{cc}$ の開球を含む。以上で $d_{cc}$ は距離であり、二つの位相は一致する。$\square$

括弧生成的でない場合

$D$ が包合的なら、Frobeniusの定理(可積分性) により $M$ は $D$ の積分多様体の葉に分かれ(葉層)、水平曲線は一つの葉の中に留まる。たとえば $\mathbb{R}^3$ の $D=\operatorname{span}\{\partial_x,\partial_y\}$ では水平曲線は平面 $t=$ 一定 から出られないので、$d_{cc}\bigl((0,0,0),(0,0,1)\bigr)=\infty$ である。括弧生成性は thm-cc-chow の有限性の結論に欠かせない。

Heisenberg 群

$3$ 次元の Heisenberg群 を、その記事の命題「対称な座標」の座標で $\mathbb{H}:=\mathbb{R}^3$、
$$ (x,y,t)\ast(x',y',t'):=\Bigl(x+x',\ y+y',\ t+t'+\tfrac12(xy'-x'y)\Bigr) $$
と表す。単位元は $0=(0,0,0)$、逆元は $(x,y,t)^{-1}=(-x,-y,-t)$ である。$z:=x+iy$ と書き、点を $(z,t)$ とも書く。$\lambda>0$ について $\delta_\lambda(x,y,t):=(\lambda x,\lambda y,\lambda^2t)$ は、$xy'-x'y$ が $\lambda^2$ 倍になるので群の自己同型である(拡大)。
左移動 $L_g(h):=g\ast h$ で不変なベクトル場
$$ X:=\partial_x-\tfrac y2\,\partial_t,\qquad Y:=\partial_y+\tfrac x2\,\partial_t $$
は $[X,Y]=\partial_t$ を満たす。$D:=\operatorname{span}\{X,Y\}$ とし、$X,Y$ が正規直交になる内積を入れる。$X,Y,[X,Y]$ が各点で $T\mathbb{H}$ を張るので $D$ は括弧生成的であり、thm-cc-chow が当てはまる。以下、この劣 Riemann 多様体の Carnot–Carathéodory 距離を $d_{cc}$ と書く。

水平曲線と面積

区分的に $C^1$ な曲線 $\gamma=(x,y,t)\colon[a,b]\to\mathbb{H}$ が水平であることは
$$ t'=\tfrac12(xy'-yx') $$
と同値であり、そのとき $\gamma'=x'X+y'Y$、$\ell(\gamma)=\int_a^b|z'(s)|\,ds$ である。特に $t(b)-t(a)=\frac12\int_a^b(xy'-yx')\,ds$ は、平面への射影 $z(s)$ が閉曲線なら、それが囲む符号付き面積である。さらに、すべての $g,h,h'\in\mathbb{H}$ と $\lambda>0$ について
$$ d_{cc}(g\ast h,g\ast h')=d_{cc}(h,h'),\qquad d_{cc}(\delta_\lambda h,\delta_\lambda h')=\lambda\,d_{cc}(h,h') $$
が成り立つ。

$x'X+y'Y=x'\partial_x+y'\partial_y+\frac12(xy'-yx')\partial_t$ なので、$\gamma'\in D$ であることは $\gamma'=x'X+y'Y$ と同値で、第 3 成分を比べて最初の主張を得る。$X,Y$ は正規直交なので速さは $|z'|$ である。
$g=(a_1,a_2,c)$ について $L_g\circ\gamma=\bigl(a_1+x,\ a_2+y,\ c+t+\frac12(a_1y-xa_2)\bigr)$ であり、その第 3 成分の微分 $t'+\frac12(a_1y'-x'a_2)$ は、$t'=\frac12(xy'-yx')$ のとき $\frac12\bigl((a_1+x)y'-(a_2+y)x'\bigr)$ に等しい。よって $L_g\circ\gamma$ は水平で、射影の速さ $|z'|$ は変わらないので長さも変わらない。$L_g$ は逆写像 $L_{g^{-1}}$ をもつので、$p$ と $q$ を結ぶ水平曲線と $L_g(p)$ と $L_g(q)$ を結ぶ水平曲線が長さを保って対応し、左不変性が従う。$\delta_\lambda\circ\gamma=(\lambda x,\lambda y,\lambda^2t)$ についても、第 3 成分の微分 $\lambda^2t'$ は $\frac12\bigl((\lambda x)(\lambda y)'-(\lambda y)(\lambda x)'\bigr)$ に等しく、速さは $\lambda|z'|$ になるので、長さはちょうど $\lambda$ 倍になる。$\square$

Korányi 距離

Heisenberg 群には、Carnot–Carathéodory 距離と同じ左不変性と拡大との両立をもち、明示式で書ける距離がある。

Korányi 距離

$g=(x,y,t)\in\mathbb{H}$ について
$$ N(g):=\bigl((x^2+y^2)^2+16t^2\bigr)^{1/4} $$
とおき、$d_K(g,h):=N(g^{-1}\ast h)$ を Korányi 距離という。Cygan–Korányi 距離とも呼ばれる(LR17 Introduction の脚注 1)。

Korányi 距離は距離である

$d_K$ は $\mathbb{H}$ 上の距離であり、$d_K(g\ast h,g\ast h')=d_K(h,h')$、$d_K(\delta_\lambda h,\delta_\lambda h')=\lambda\,d_K(h,h')$ を満たす。

鍵は $N(g\ast h)\le N(g)+N(h)$ である。$g=(z,t)$ に複素数 $w(g):=|z|^2-4it$ を対応させると $|w(g)|=N(g)^2$ である。$h=(z',t')$ とすると、$g\ast h=(z+z',\ t+t'+\frac12\operatorname{Im}(\bar zz'))$ であり($xy'-x'y=\operatorname{Im}(\bar zz')$)、
$$ w(g\ast h)=|z|^2+|z'|^2+2\operatorname{Re}(\bar zz')-4it-4it'-2i\operatorname{Im}(\bar zz')=w(g)+w(h)+2z\bar z' $$
となる。$|z|^4\le N(g)^4$ より $|z|\le N(g)$、同様に $|z'|\le N(h)$ なので
$$ N(g\ast h)^2\le N(g)^2+N(h)^2+2N(g)N(h)=\bigl(N(g)+N(h)\bigr)^2 $$
である。$N(g)=0$ は $g=0$ と同値で、$N(g^{-1})=N(g)$ である。
距離の公理を確かめる。$d_K(g,h)=0$ は $g=h$ と同値である。対称性は $N(h^{-1}\ast g)=N\bigl((g^{-1}\ast h)^{-1}\bigr)=N(g^{-1}\ast h)$ による。三角不等式は $g^{-1}\ast k=(g^{-1}\ast h)\ast(h^{-1}\ast k)$ に上の不等式を当てればよい。左不変性は $(g\ast h)^{-1}\ast(g\ast h')=h^{-1}\ast h'$ から、拡大との両立は $\delta_\lambda$ が自己同型で $N(\delta_\lambda g)=\lambda N(g)$ であることから従う。$\square$

Carnot–Carathéodory 距離と Korányi 距離の比較

すべての $g,h\in\mathbb{H}$ について
$$ 5^{-1/4}\,d_K(g,h)\le d_{cc}(g,h)\le(1+\sqrt\pi)\,d_K(g,h) $$
が成り立つ。特に二つの距離は双 Lipschitz 同値で(Lipschitz距離)、$d_{cc}\bigl(0,(0,0,t)\bigr)$ は $2\cdot5^{-1/4}\sqrt{|t|}$ 以上であり、証明の円の持ち上げにより $2\sqrt{\pi|t|}$ 以下である。

両方の距離は左不変なので、$g=0$、$h=(z,t)$ の場合に示せばよい。$N:=N(h)$ とおくと $|z|\le N$、$|t|\le N^2/4$ である。
上からの評価:線分 $s\mapsto(sz,0)$($0\le s\le1$)は $xy'-yx'=0$ なので水平で、長さ $|z|$ で $0$ と $(z,0)$ を結ぶ。次に $r:=\sqrt{|t|/\pi}$ とし、$t\ge0$ なら円 $c(s):=\bigl(r(\cos s-1),\,r\sin s\bigr)$($0\le s\le2\pi$)、$t< 0$ なら同じ円を逆向きにたどる曲線を考える。$c$ は原点から出て原点に戻り、$\frac12(xy'-yx')=\frac12r^2(1-\cos s)$ の積分は $\pi r^2=t$ なので、prop-cc-heis-horizontal によりその水平な持ち上げは $0$ と $(0,0,t)$ を長さ $2\pi r=2\sqrt{\pi|t|}$ で結ぶ($t< 0$ でも同様)。これを $(z,0)$ で左移動すると、$(z,0)\ast(0,0,t)=(z,t)$ なので、$(z,0)$ と $h$ を同じ長さで結ぶ。合わせて
$$ d_{cc}(0,h)\le|z|+2\sqrt{\pi|t|}\le N+2\sqrt\pi\cdot\tfrac N2=(1+\sqrt\pi)N. $$
下からの評価:$\gamma=(z(s),t(s))$ を $0$ から $h$ への水平曲線とし、長さを $L$ とする。$|z(s)|\le\int|z'|\le L$ であり、$|xy'-yx'|\le|z||z'|$ から
$$ |t|=\Bigl|\tfrac12\int(xy'-yx')\,ds\Bigr|\le\tfrac12\int|z||z'|\,ds\le\tfrac12L^2 $$
である。よって $N^4=|z|^4+16t^2\le L^4+4L^4=5L^4$、すなわち $N\le5^{1/4}L$ であり、$L$ について下限をとればよい。最後の主張は $N(0,0,t)=2\sqrt{|t|}$ による。$\square$

thm-cc-heis-compare から、$d_{cc}$ と $d_K$ は同じ位相を定め、それは $\mathbb{R}^3$ の通常の位相である($N(g)<\rho$ の集合は $|z|<\rho$、$|t|<\rho^2/4$ の集合に含まれ、$|z|<\rho/2$、$|t|<\rho^2/16$ の集合を含む)。しかし第 3 座標の方向には、Euclid 距離 $|t|$ に対して $\sqrt{|t|}$ の大きさの距離がある。この違いは次元に現れる。

Heisenberg 群の体積と次元

$(\mathbb{H},d_{cc})$ の Lebesgue 測度 $|\cdot|$ について $|B_{cc}(g,r)|=r^4|B_{cc}(0,1)|$ であり($B_{cc}$ は $d_{cc}$ の開球)、$(\mathbb{H},d_{cc})$ の Hausdorff次元 は $4$ である。したがって $(\mathbb{H},d_{cc})$ のどの空でない開集合も、$\mathbb{R}^3$ の部分集合と双 Lipschitz 同相でない。

要点:左移動は行列式 $1$ のアフィン写像、拡大 $\delta_r$ は行列式 $r^4$ の線形写像なので、球の体積は半径の 4 乗に比例する。これから、球を被覆する集合の直径の 4 乗の和が上下から評価される。

詳しい証明を開く

$L_g$ は $(x,y,t)\mapsto(x+a_1,\,y+a_2,\,t+c+\frac12(a_1y-xa_2))$ で、ヤコビ行列は対角成分が $1$ の三角行列なので Lebesgue 測度を保つ。$\delta_r$ のヤコビアンは $r\cdot r\cdot r^2=r^4$ である。prop-cc-heis-horizontal より $B_{cc}(g,r)=L_g(\delta_r(B_{cc}(0,1)))$ なので $|B_{cc}(g,r)|=r^4V$、$V:=|B_{cc}(0,1)|$ である。$B_{cc}(0,1)$ は空でない開集合で、thm-cc-heis-compare により有界なので $0< V<\infty$ である。

次元が $4$ 以下であること:$0<\delta< 1$ とし、$B:=B_{cc}(0,1)$ の中で互いの距離が $\delta$ 以上の点の極大な集合 $\{g_i\}$ をとる。球 $B_{cc}(g_i,\delta/2)$ は互いに交わらず $B_{cc}(0,2)$ に含まれるので、個数 $N_\delta$ は $N_\delta(\delta/2)^4V\le2^4V$ を満たし、$N_\delta\le(4/\delta)^4$ である。極大性から $B$ は直径 $2\delta$ 以下の球 $B_{cc}(g_i,\delta)$ で覆われ、$s>4$ なら $\sum_i(2\delta)^s\le4^42^s\delta^{s-4}\to0$ である。よって $B$ の $s$ 次元 Hausdorff 測度は $0$ である。

次元が $4$ 以上であること:$B$ を直径 $\rho_j$ の集合 $E_j$ で覆う。$\rho_j>0$ なら $E_j$ の点 $g_j$ をとって $E_j\subset B_{cc}(g_j,2\rho_j)$、$\rho_j=0$ なら $E_j$ は 1 点で測度 $0$ である。外測度の劣加法性から $V\le\sum_j16\rho_j^4V$、すなわち $\sum_j\rho_j^4\ge1/16$ なので、$B$ の $4$ 次元 Hausdorff 測度は正である。

$\mathbb{H}$ は $\delta_k(B)$($k=1,2,\dots$)の和なので Hausdorff 次元は $4$ であり、任意の空でない開集合も小さな球を含むので次元 $4$ をもつ。双 Lipschitz 同相写像は Hausdorff 次元を保ち、$\mathbb{R}^3$ の部分集合の Hausdorff 次元は $3$ 以下なので、最後の主張が従う。$\square$

Besicovitch の被覆定理との関係

$(\mathbb{H},d_{cc})$ と $(\mathbb{H},d_K)$ では、Besicovitchの被覆定理 の結論(Besicovitch 被覆性質)が成り立たないことが知られている。一方、原点を中心とする単位球が十分小さな半径の Euclid 球に一致する左不変で拡大と両立する距離では成り立つ。これらの距離は互いに双 Lipschitz 同値なので、被覆性質は双 Lipschitz 同値で保たれない(LR17 Introduction と Theorem 1.14・Theorem 6.1。この記事では証明しない)。

条件を外した反例

外す条件反例成り立たなくなること
thm-cc-chow の括弧生成性$\mathbb{R}^3$ と $D=\operatorname{span}\{\partial_x,\partial_y\}$(rem-cc-integrable)$d_{cc}((0,0,0),(0,0,1))=\infty$
thm-cc-chow の $M$ の連結性$\mathbb{R}^2$ の 2 つの互いに交わらない写し $M=\mathbb{R}^2\sqcup\mathbb{R}^2$ と $D=TM$異なる写しの 2 点の $d_{cc}$ が $\infty$

2 行目は自明な反例だが、有限性が連結性に頼っていることを示す。thm-cc-chow の証明では、到達できる点の集合が開かつ閉であることを示し、連結性はそこから全体に等しいことを導くためだけに使った。

補足

  • Gromov は、3 次元の連結単連結な非可換冪零 Lie 群(Heisenberg 群)に左不変 Riemann 計量を入れて距離を $\lambda$ 倍し $\lambda\to0$ とした極限が、中心による商への Riemann 沈め込みのファイバーに直交する曲線で測った距離(この記事の $d_{cc}$ と同じ型の距離)になり、その Hausdorff 次元が $4$ であることを述べている(Gro81 p. 67)。
  • より一般に、長さ $k$ 以下の括弧の値が張る空間の次元が各 $k$ について点によらない劣 Riemann 多様体では、各点での接空間(距離を拡大した極限として定まる距離空間)は、Heisenberg 群のような冪零 Lie 群に左不変な劣 Finsler 距離を入れたもの(Carnot 群)になる(Mitchell の定理。LD17 Theorem 3.5。この記事では証明しない)。
  • Heisenberg 群では、任意の 2 点を長さが $d_{cc}$ に等しい水平曲線で結べる(LD17 Example 0.3.2。この記事では証明しない)。

関連項目

参考文献

[3]
Mikhael Gromov, Groups of polynomial growth and expanding maps, Publications Mathématiques de l'IHÉS, 1981, §7 の例(3 次元の非可換冪零 Lie 群の左不変 Riemann 計量を縮めた極限の距離と、その Hausdorff 次元が 4 であること、p. 67)

Mathpediaは寄付と、参考文献の書籍リンク(Amazonアソシエイト)の紹介料で運営されています。 支援について / 寄付する