Hallの結婚定理(Hall's marriage theorem)とは、有限個の集合 $U_1,\dots,U_n$ から相異なる代表 $u_i\in U_i$ を 1 つずつ選べる(相異なる代表系がある)ための必要十分条件が、どの $k$ 個の集合を選んでもその和集合が $k$ 個以上の元をもつこと(Hall の条件)である、という定理である。二部グラフでは、一方の有限な部集合 $A$ のすべての頂点を覆うマッチングがあることと、すべての $S\subset A$ で隣接する頂点が $|S|$ 個以上あることが同値になる。たとえば 52 枚のトランプを 4 枚ずつ 13 の山に配ると、各山から 1 枚ずつ取って 13 種類の数字をそろえられる。無限族では有限部分族で条件が成り立っても代表系がないことがある。Latin 長方形の延長や二重確率行列の分解に応用される。
前提知識: 集合族, 単射, 二部グラフ, マッチング(グラフ理論)
52 枚のトランプをよく切って、4 枚ずつ 13 の山に配る。このとき、どの山からも 1 枚ずつ選んで、A, 2, 3, …, 10, J, Q, K の 13 種類の数字をちょうど 1 枚ずつそろえることが、配り方によらずいつでもできる。理由は次のとおりである。どの $k$ 種類の数字を選んでも、その数字のカードは全部で $4k$ 枚あり、1 つの山には 4 枚しかないので、それらのカードは $k$ 個以上の山に散らばっている。つまり「どの $k$ 種類をとっても、それが入っている山は $k$ 個以上ある」。これは明らかに必要な条件であるが、驚くべきことに、この条件だけで 13 種類すべてに別々の山を割り当てられることが保証される(Lev §2.7 の例 2.7.2、PDF p. 203)。
一方、3 つの委員会がそれぞれ委員長を 1 人ずつ互選し、同じ人が 2 つの委員長を兼ねないようにしたい、という場面で、3 つの委員会の委員がどれも佐藤さんと鈴木さんの 2 人だけなら、委員長は選べない。どの 1 つの委員会にも 2 人いて、どの 2 つの委員会を合わせても 2 人いるが、3 つを合わせると 2 人しかいないからである。
一般に、有限個の集合 $U_1,\dots,U_n$ から相異なる代表 $u_i\in U_i$ を 1 つずつ選べるのは、どの $k$ 個の集合を選んでもその和集合が $k$ 個以上の元をもつとき、かつそのときに限る。これが Hall の結婚定理 であり、1935 年に P. Hall が証明した(Hal35)。$U_i$ を「$i$ さんが結婚してよいと思う相手の集合」と読むと、全員が相異なる相手と結婚できる条件になるので、この名がある(HV50)。本記事では、定理を集合族の言葉とグラフの言葉の両方で述べ、交互道を使う構成的な証明を与え、欠損を許す形、Latin 方陣と二重確率行列への応用、無限の場合の注意を述べる。
添字の部分集合 $I\subset\{1,\dots,n\}$ に対し $U(I):=\bigcup_{i\in I}U_i$ と書く($U(\emptyset)=\emptyset$)。
集合族 $(U_i)_{i=1}^n$ が Hall の条件 を満たすとは、すべての $I\subset\{1,\dots,n\}$ について
$$|U(I)|\ge|I|$$
が成り立つことをいう。ここで各 $U_i$ は有限集合とは限らないが、$U(I)$ が無限集合なら不等式は成り立つものとする。
$n\ge0$ とし、$(U_i)_{i=1}^n$ を集合 $Y$ の部分集合の有限族とする。$(U_i)_{i=1}^n$ が相異なる代表系をもつことと、Hall の条件を満たすことは同値である。
必要性(相異なる代表系があれば Hall の条件が成り立つこと)と十分性を分けて示す。十分性は、部分的な代表系を 1 つずつ延ばしていく方法で示す。延ばせないときに Hall の条件を破る添字の集合が見つかることを lem-hall-marriage-theorem-augment で示し、両方向をまとめた証明を cor-hall-marriage-theorem-proof で与える。
族の長さ $n$ が有限であることは本質的な仮定であり、無限集合を含む無限族では「有限部分族がすべて Hall の条件を満たす」だけでは足りない(ex-hall-marriage-theorem-infinite、rem-hall-marriage-theorem-infinite)。
定理はグラフの言葉でも言い換えられる。二部グラフ $G$ の二部分割を $(A,B)$ とし、$S\subset A$ の近傍($S$ のどれかの頂点と隣接する頂点全体)を $N(S)\subset B$ と書く。マッチング(グラフ理論) の記事と同じく、辺の集合 $M$ が マッチング であるとは、$M$ の相異なる 2 辺が端点を共有しないことをいい、$A$ のすべての頂点が $M$ の辺の端点になるとき $M$ は $A$ を飽和する という。
二部グラフ $G$ の二部分割を $(A,B)$ とし、$A$ は有限集合とする。$A$ を飽和するマッチングが存在することと、すべての $S\subset A$ について $|N(S)|\ge|S|$ が成り立つことは同値である。
$A=\{a_1,\dots,a_n\}$ とし、$U_i:=N(\{a_i\})\subset B$ とおく。$I\subset\{1,\dots,n\}$ と $S=\{a_i\mid i\in I\}$ について $U(I)=N(S)$ である。$A$ を飽和するマッチング $M$ があれば、$a_i$ と $M$ で結ばれる頂点を $f(i)$ とすると $f$ は相異なる代表系である。逆に相異なる代表系 $f$ があれば、辺 $a_if(i)$($i=1,\dots,n$)の集合は、$a_i$ が相異なり $f(i)$ も相異なるのでマッチングで、$A$ を飽和する。したがって主張は thm-hall-marriage-theorem と同値である。$\square$
逆に、集合族 $(U_i)_{i=1}^n$ からは、$A=\{1,\dots,n\}$、$B=Y$ とし $i$ と $y\in U_i$ を辺で結ぶ二部グラフが作れる。二つの形は同じことを言っている。なお マッチング(グラフ理論) の記事の定理「Hall の条件によるマッチングの存在」は、有限二部グラフについて cor-hall-marriage-theorem-bipartite を $|A|$ に関する帰納法(Halmos–Vaughan の方法、HV50)で証明している。本記事では別の筋として、交互道でマッチングを 1 本ずつ増やす証明を与える。
必要性は明らかである。$k$ 人がそれぞれ別々の相手を選ぶなら、その $k$ 人の候補を全部合わせたものの中に $k$ 人の相異なる相手がいるはずだからである。定理の中身は十分性にあり、「明らかな障害がなければ、実際に割り当てられる」と主張する。
十分性の証明の考え方は、失敗の原因を突き止めることである。何人かにはすでに相手が決まっていて、まだ相手のいない $x_0$ さんがいるとする。$x_0$ さんの候補がすでに誰かの相手になっていれば、その誰かに別の候補へ移ってもらえないかを考え、さらにその移り先がふさがっていれば、その人にも移ってもらえないかを考える。この「玉突き」でいつか空いている候補に行き着けば、全員の相手を少しずつずらして $x_0$ さんにも相手ができる。どうしても行き着けないときは、玉突きで関わった人たちの集合 $S$ を見ると、その候補の全体がちょうど $|S|-1$ 人しかいないことが分かり、Hall の条件が破れている(lem-hall-marriage-theorem-augment)。
冒頭の例を定理に当てはめる。13 種類の数字 $r$ のそれぞれに、数字 $r$ のカードを含む山の集合 $U_r\subset\{1,\dots,13\}$ を対応させる。数字の集合 $I$($|I|=k$)について、$I$ の数字のカード $4k$ 枚はすべて $U(I)$ の山に入っており、1 つの山には 4 枚しかないので $4k\le4|U(I)|$、すなわち $|U(I)|\ge k$ である。Hall の条件が成り立つので thm-hall-marriage-theorem により相異なる代表系 $f$ があり、山 $f(r)$ から数字 $r$ のカードを取れば、13 個の山から 1 枚ずつ、13 種類の数字がそろう。同じ論法で、$mn$ 枚のカード($n$ 種類の数字が $m$ 枚ずつ)を $m$ 枚ずつ $n$ 個の山に配った場合も、どの山からも 1 枚ずつ取って $n$ 種類の数字をそろえられる($k$ 種類の数字のカード $mk$ 枚が $m$ 枚ずつの山に入るので、山は $k$ 個以上ある)。
$U_1=U_2=U_3=\{1,2\}$ とする。1 個の集合は 2 個の元をもち、どの 2 個の和集合も $\{1,2\}$ で 2 個の元をもつので、$|I|\le2$ のすべての $I$ で Hall の条件の不等式が成り立つ。しかし $|U(\{1,2,3\})|=2<3$ であり、実際に 3 つの相異なる代表は選べない(2 個の元から 3 個の相異なる元は選べない)。この例は、「大きさ 2 以下の部分族で条件が成り立てば全体で成り立つ」という含意を破る。Hall の条件はすべての部分族について確かめる必要がある。
正の整数全体を $\mathbb{Z}_{>0}$ とし、添字集合 $\{0,1,2,\dots\}$ の族を $U_0:=\mathbb{Z}_{>0}$、$U_i:=\{i\}$($i\ge1$)で定める。有限個の添字の集合 $I$ について、$0\in I$ なら $U(I)$ は無限集合、$0\notin I$ なら $U(I)=I$ なので、有限部分族はすべて Hall の条件を満たす。しかし代表系 $f$ があれば $f(i)=i$($i\ge1$)でなければならず、$f(0)\in\mathbb{Z}_{>0}$ はどれかの $f(i)$ と一致して単射でなくなる。したがって相異なる代表系は存在しない。満たさない仮定は「族が有限個の集合からなる」ことと「各集合が有限集合である」ことの両方($U_0$ が無限集合)であり、破れる含意は thm-hall-marriage-theorem の十分性である。各 $U_i$ が有限集合なら、無限族でも有限部分族がすべて Hall の条件を満たせば相異なる代表系がある(rem-hall-marriage-theorem-infinite)。同じ例のグラフ版は マッチング(グラフ理論) の記事にもある。
この節では二部グラフの形で考える。$G$ を二部分割 $(A,B)$ をもつ二部グラフ、$M$ を $G$ のマッチングとし、$x_0\in A$ は $M$ で飽和されない($M$ のどの辺の端点でもない)頂点とする。$G$ の相異なる頂点の列
$$x_0,\ y_1,\ x_1,\ y_2,\ x_2,\ \dots$$
($x_j\in A$、$y_j\in B$)で、辺 $x_{j-1}y_j$ がすべて $M$ に属さず、辺 $y_jx_j$ がすべて $M$ に属するものを、$x_0$ から出る $M$ 交互道 という。列は $x_0$ だけでもよく、$A$ の頂点で終わっても $B$ の頂点で終わってもよい。$x_0$ から出る $M$ 交互道の終点になる $B$ の頂点全体を $T$、$x_0$ と、$x_0$ から出る $M$ 交互道の終点になる $A$ の頂点全体を合わせた集合を $S$ とおく。
上の記号で、$A$ は有限集合とする。次のどちらかが成り立つ。
$T$ のある頂点 $y$ が $M$ で飽和されない場合に 1 が、$T$ のすべての頂点が $M$ で飽和される場合に 2 が成り立つことを示す。
(1 の場合)$y$ で終わる $x_0$ から出る $M$ 交互道 $x_0,y_1,x_1,\dots,x_{k-1},y_k$($y_k=y$)をとる。この道の $M$ に属する辺 $y_jx_j$($1\le j\le k-1$)を $M$ から除き、$M$ に属さない辺 $x_{j-1}y_j$($1\le j\le k$)を加えた集合を $M'$ とする。$M'$ の辺の個数は $|M|-(k-1)+k=|M|+1$ である。$M'$ がマッチングであることを確かめる。道の上にない頂点に接続する $M'$ の辺は $M$ の辺と同じで、高々 1 本である。$x_0$ は $M$ で飽和されないので、$M'$ の辺で $x_0$ に接続するのは $x_0y_1$ だけである。$x_j$($1\le j\le k-1$)に接続する $M$ の辺は $y_jx_j$ だけであり($M$ はマッチング)、これが除かれて $x_jy_{j+1}$ が加わるので、$M'$ の辺でも 1 本である。$y_j$($1\le j\le k-1$)でも同様に $y_jx_j$ が除かれて $x_{j-1}y_j$ が加わる。$y_k$ は $M$ で飽和されないので、$M'$ の辺で接続するのは $x_{k-1}y_k$ だけである。したがって $M'$ はマッチングであり、$M$ で飽和される頂点はすべて $M'$ でも飽和され、さらに $x_0$ が飽和される。
(2 の場合)$T$ のすべての頂点が $M$ で飽和されるとする。$y\in T$ に $M$ で結ばれる頂点を $m(y)\in A$ と書く。
まず、$m$ が $T$ から $S\setminus\{x_0\}$ への全単射であることを示す。$y\in T$ で終わる交互道 $P=x_0,y_1,x_1,\dots,y_k$($y_k=y$)をとり、$x:=m(y)$ とおく。$x_0$ は飽和されないので $x\ne x_0$ である。$x$ が $P$ の上にあるとすると $x=x_j$($1\le j\le k-1$)であり、$P$ の辺 $y_jx_j$ が $M$ に属するので、$x_j$ の $M$ での相手は $y_j$ である。一方 $x_j$ の相手は $y_k$ でもあるから $y_j=y_k$ となり、$P$ の頂点が相異なることに反する。よって $x$ は $P$ の上になく、$P$ に辺 $yx\in M$ を付け加えた列は $x_0$ から出る $M$ 交互道で、$x\in S\setminus\{x_0\}$ である。$M$ がマッチングなので $m$ は単射である。逆に $x\in S\setminus\{x_0\}$ で終わる交互道の最後の辺は $M$ に属する辺 $y_kx$ であり、その手前までの列は $y_k$ で終わる交互道だから、$y_k\in T$ かつ $m(y_k)=x$ である。よって $m$ は全射でもあり、$|T|=|S|-1$ である($S\subset A$ は有限集合)。
次に $N(S)=T$ を示す。$T$ の頂点 $y_k$ は交互道の直前の頂点 $x_{k-1}\in S$ と隣接するので $T\subset N(S)$ である。逆に $x\in S$ と、$x$ に隣接する $y\in B$ をとる。辺 $xy$ が $M$ に属するなら、$x\ne x_0$ であり、上の全射性から $x=m(y')$ となる $y'\in T$ があって、$M$ での相手は一意なので $y=y'\in T$ である。辺 $xy$ が $M$ に属さないなら、$x$ で終わる交互道 $P$($x=x_0$ なら列 $x_0$ だけ)をとる。$y$ が $P$ の上にあれば、$P$ を $y$ で打ち切った列が $y$ で終わる交互道なので $y\in T$ である。$y$ が $P$ の上になければ、$P$ の最後の辺は $M$ に属する(または $P$ は $x_0$ だけ)ので、$P$ に辺 $xy\notin M$ を付け加えた列は交互道であり、$y\in T$ である。よって $N(S)\subset T$ であり、$|N(S)|=|T|=|S|-1$ である。$\square$
thm-hall-marriage-theorem が成り立つ。
(必要性)相異なる代表系 $f$ があるとする。$I\subset\{1,\dots,n\}$ について $f(I)\subset U(I)$ であり、$f$ は単射なので $|U(I)|\ge|f(I)|=|I|$ である。
(十分性)Hall の条件を仮定する。$A:=\{1,\dots,n\}$、$B:=Y$ とし、$i\in A$ と $y\in U_i$ を辺で結ぶ二部グラフ $G$ を考える($A$ と $Y$ は交わらない別々の集合とみなす)。$S\subset A$ について $N(S)=U(S)$ である。$M$ を $G$ のマッチングとし、$A$ に $M$ で飽和されない頂点 $x_0$ があるとする。lem-hall-marriage-theorem-augment の 2 が成り立つなら、$S\subset A$ で $|U(S)|=|N(S)|=|S|-1<|S|$ となり、Hall の条件に反する。したがって同じ補題の 1 が成り立ち、飽和される $A$ の頂点が 1 つ多いマッチングが得られる。空のマッチングから始めてこれを繰り返すと、$n$ 回以内に $A$ を飽和するマッチング $M$ が得られる。$i\in A$ と $M$ で結ばれる頂点を $f(i)$ とすると、$f(i)\in U_i$ であり、$M$ の辺は端点を共有しないので $f$ は単射である。すなわち $f$ は相異なる代表系である。$\square$
この証明は、そのまま相異なる代表系を求める手順になっている。$x_0$ から出る交互道を順に探し、飽和されていない $B$ の頂点に行き着けば入れ替えて延ばし、行き着けなければ Hall の条件を破る添字の集合 $S$ が得られる。マッチング(グラフ理論) の記事の Berge の定理(増加道がないことと最大であることの同値)も、同じ入れ替えの考え方に基づく。
Hall の条件が破れているとき、どれだけの人に相手を割り当てられるかは、条件の破れ方の最大値で決まる。
$G$ を二部分割 $(A,B)$ をもつ有限二部グラフとし、
$$\delta:=\max_{S\subset A}\bigl(|S|-|N(S)|\bigr)$$
とおく($S=\emptyset$ で $0$ となるので $\delta\ge0$)。このとき $G$ のマッチングの大きさの最大値は $|A|-\delta$ である。
任意のマッチング $M$ と $S\subset A$ をとる。$S$ の頂点で $M$ に飽和されるものは、$M$ で相異なる $N(S)$ の頂点と結ばれるので $|N(S)|$ 個以下であり、$S$ の頂点のうち少なくとも $|S|-|N(S)|$ 個は飽和されない。$M$ の各辺はちょうど 1 つの $A$ の頂点を飽和するので $|M|\le|A|-(|S|-|N(S)|)$ であり、$S$ を動かして $|M|\le|A|-\delta$ を得る。
逆に、$B$ に新しい頂点 $\delta$ 個からなる集合 $D$ を付け加え、$D$ の各頂点を $A$ のすべての頂点と辺で結んだ二部グラフ $G'$(二部分割 $(A,B\cup D)$)を考える。空でない $S\subset A$ について $G'$ での近傍は $N(S)\cup D$ なので、その大きさは $|N(S)|+\delta\ge|S|$ である。$S=\emptyset$ では不等式は自明である。cor-hall-marriage-theorem-bipartite により、$G'$ に $A$ を飽和するマッチング $M'$ がある。$M'$ の辺のうち $D$ の頂点を端点とするものは高々 $\delta$ 本なので、それらを除くと $G$ のマッチングで大きさが $|A|-\delta$ 以上のものが得られる。$\square$
$\delta=0$ は Hall の条件そのものなので、この定理は thm-hall-marriage-theorem を含む。最大マッチングの大きさを最小頂点被覆の大きさで表す Königの定理(マッチング(グラフ理論) の記事の定理「二部グラフの最大マッチングと最小頂点被覆」)もこの定理から従う。実際、$S$ で最大値 $\delta$ が達成されるとき、$(A\setminus S)\cup N(S)$ はすべての辺の端点を少なくとも 1 つ含む頂点の集合(頂点被覆)で、大きさは $|A|-|S|+|N(S)|=|A|-\delta$ である($A\setminus S$ の頂点に接続する辺はその頂点で、$S$ の頂点に接続する辺は $N(S)$ の頂点で覆われる)。一方、マッチングの相異なる辺は頂点被覆の相異なる頂点で覆われるので、マッチングの大きさは頂点被覆の大きさ以下である。したがって最大マッチングの大きさと最小頂点被覆の大きさはどちらも $|A|-\delta$ に等しい。
$1\le r\le n$ とする。$r$ 行 $n$ 列の表で、各成分が $\{1,\dots,n\}$ の元であり、各行には $1,\dots,n$ がちょうど 1 回ずつ現れ、各列には同じ数が 2 回以上現れないものを $r\times n$ の Latin 長方形 という。$r=n$ のものが $n$ 次の Latin方陣 である。たとえば
$$\begin{pmatrix}1&2&3&4\\2&1&4&3\end{pmatrix}$$
は $2\times4$ の Latin 長方形である。
$1\le r< n$ とする。$r\times n$ の Latin 長方形には、行を 1 つ付け加えて $(r+1)\times n$ の Latin 長方形にする方法が必ずある。とくに、どの Latin 長方形も行を順に付け加えて $n$ 次の Latin 方陣に延長できる。
第 $j$ 列にまだ現れていない数の集合を $U_j\subset\{1,\dots,n\}$ とする($j=1,\dots,n$)。第 $j$ 列には相異なる $r$ 個の数があるので $|U_j|=n-r$ である。また、各数 $s$ は各行にちょうど 1 回、合わせて $r$ 回現れ、同じ列に 2 回は現れないので、ちょうど $r$ 個の列に現れ、ちょうど $n-r$ 個の列の $U_j$ に属する。
列の集合 $I$ をとり、$j\in I$ と $s\in U_j$ の組 $(j,s)$ の個数を 2 通りに数える。$j$ ごとに数えると $|I|(n-r)$ 個である。$s$ ごとに数えると、組に現れる $s$ は $U(I)$ の元で、各 $s$ は高々 $n-r$ 個の $j$ と組になるので、個数は $|U(I)|(n-r)$ 以下である。$n-r>0$ なので $|U(I)|\ge|I|$ となり、$(U_j)_{j=1}^n$ は Hall の条件を満たす。thm-hall-marriage-theorem により相異なる代表系 $f$ がある。$(f(1),\dots,f(n))$ は $\{1,\dots,n\}$ の相異なる $n$ 個の元の並びなので $1,\dots,n$ がちょうど 1 回ずつ現れ、$f(j)\in U_j$ なので第 $j$ 列の既存の数と重ならない。この並びを第 $r+1$ 行として付け加えればよい。後半は $r$ についての繰り返しで従う。$\square$
上の $2\times4$ の例では、$U_1=\{3,4\}$、$U_2=\{3,4\}$、$U_3=\{1,2\}$、$U_4=\{1,2\}$ であり、たとえば第 3 行として $(3,4,1,2)$、続けて第 4 行として $(4,3,2,1)$ を付け加えると 4 次の Latin 方陣が得られる。
成分がすべて $0$ 以上の実数で、各行の和と各列の和がすべて $1$ である $n$ 次正方行列を 二重確率行列(doubly stochastic matrix)という。$\{1,\dots,n\}$ の置換 $\sigma$ に対し、$(i,\sigma(i))$ 成分が $1$ でそれ以外が $0$ の行列 $Q_\sigma$ を 置換行列 という。置換行列は二重確率行列である。
$n\ge1$ とする。$n$ 次の二重確率行列 $P$ は、置換行列の凸結合として書ける。すなわち、置換 $\sigma_1,\dots,\sigma_m$ と $\lambda_1,\dots,\lambda_m>0$、$\lambda_1+\cdots+\lambda_m=1$ があって $P=\sum_{k=1}^m\lambda_kQ_{\sigma_k}$ となる。
$P=(p_{ij})$ の正の成分の個数 $c(P)$ についての帰納法で示す。各行の和が $1$ なので各行に正の成分があり、$c(P)\ge n$ である。
まず、置換 $\sigma$ で $p_{i\sigma(i)}>0$($i=1,\dots,n$)となるものがあることを示す。$U_i:=\{j\mid p_{ij}>0\}$ とおく。行の集合 $I$ について、$i\in I$ の行の正の成分はすべて $U(I)$ の列にあるので、
$$|I|=\sum_{i\in I}\sum_{j=1}^np_{ij}=\sum_{i\in I}\sum_{j\in U(I)}p_{ij}\le\sum_{j\in U(I)}\sum_{i=1}^np_{ij}=|U(I)|$$
である(成分は $0$ 以上で、各列の和は $1$)。thm-hall-marriage-theorem により相異なる代表系 $\sigma$ があり、$\sigma$ は $\{1,\dots,n\}$ から自分自身への単射だから置換で、$p_{i\sigma(i)}>0$ である。
$\lambda:=\min_ip_{i\sigma(i)}>0$ とおく。$\lambda=1$ なら、各行の和が $1$ なので $P$ の各行は $(i,\sigma(i))$ 成分だけが $1$ で、$P=Q_\sigma$ である。$c(P)=n$ のときは、各行の正の成分がちょうど 1 つで、それは $(i,\sigma(i))$ 成分であり、行の和から $1$ に等しいので、やはり $P=Q_\sigma$ である。$\lambda<1$ のとき、$P':=(P-\lambda Q_\sigma)/(1-\lambda)$ とおく。$P'$ の成分は $0$ 以上で、各行・各列の和は $(1-\lambda)/(1-\lambda)=1$ なので $P'$ は二重確率行列である。$P'$ の正の成分は $P$ の正の成分の位置にしかなく、最小値 $\lambda$ をとる位置では $0$ になるので $c(P')< c(P)$ である。帰納法の仮定により $P'$ は置換行列の凸結合であり、$P=\lambda Q_\sigma+(1-\lambda)P'$ も置換行列の凸結合である。$\square$
この定理は Birkhoff による(Bir46)。二重確率行列の全体は凸集合(2 つの二重確率行列を $t:(1-t)$ の割合で混ぜたものも二重確率行列)であり、定理はこの集合のどの元も有限個の置換行列を混ぜて作れることを述べている。
添字集合 $\Lambda$ が無限集合でも、各 $U_\lambda$ が有限集合なら、「有限部分族がすべて Hall の条件を満たす」ことと相異なる代表系の存在は同値である(M. Hall Jr.、Hal48)。証明には有限の場合の thm-hall-marriage-theorem に加えて、Zornの補題 などの無限に関する道具が必要である。ex-hall-marriage-theorem-infinite は、各集合が有限という仮定を外すとこの同値が破れることを示している。名前の似た P. Hall と M. Hall Jr. は別人である(Lev §2.7 の脚注 14、PDF p. 202)。
thm-hall-marriage-theorem は P. Hall が 1935 年に集合族の相異なる代表系の問題として証明した(Hal35)。「結婚」の読みかえは Halmos と Vaughan の論文 “The marriage problem” による(HV50)。この論文の証明が マッチング(グラフ理論) の記事にある帰納法の証明である。教科書では、Lev §2.7 定理 2.7.1(PDF p. 202–203)が二部グラフの形で述べてトランプの例を解き、KT17 §14.2 定理 14.7(PDF p. 307)は二部グラフの最大マッチングを容量 $1$ のネットワークフローの最大流として求める文脈で述べている。上の thm-hall-marriage-theorem-deficiency から Königの定理 が従うことを見たように、Hall の定理は二部グラフのマッチングに関する他の定理と密接に結びついている。
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