線形代数学

同義語:線形代数linear algebra

概要

線形代数学(linear algebra)とは、体 $K$ 上のベクトル空間(加法とスカラー倍が 8 つの公理を満たす集合)と、その間の線形写像、およびそれらを行列の計算によって調べる方法を研究する代数学の分野である。高校で学ぶ平面・空間のベクトルと連立1次方程式を抽象化した理論であり、行列の算術、連立1次方程式と掃き出し法、基底と表現行列、行列式、固有値問題と Jordan 標準形、内積空間と正規行列のユニタリ対角化、2次形式の標準形を主題とする。次元定理 $\dim V=\dim\ker T+\dim\operatorname{im}T$、表現行列と基底の取り替えの公式 $Q^{-1}AP$、相異なる固有値に属する固有ベクトルの線形独立性、行列式の乗法性、Jordan 標準形、スペクトル定理、Sylvester の慣性法則が基本定理であり、加群論・関数解析・表現論・体論へ一般化される。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 集合, 写像, 体

定義

ベクトル空間と線形代数学

$K$ を体(たとえば実数全体 $\mathbb{R}$ や複素数全体 $\mathbb{C}$)とする。集合 $V$ に、加法 $V\times V\to V$、$(x,y)\mapsto x+y$ と、スカラー倍 $K\times V\to V$、$(a,x)\mapsto ax$ が定められ、次の 8 条件を満たすとき、$V$ を $K$ 上のベクトル空間(vector space、ベクトル空間)または $K$ 上の線形空間(linear space)という。$V$ の元をベクトル、$K$ の元をスカラーという。

  1. (結合律)任意の $x,y,z\in V$ について $(x+y)+z=x+(y+z)$。
  2. (可換律)任意の $x,y\in V$ について $x+y=y+x$。
  3. (零ベクトル)ある $0\in V$ が存在して、任意の $x\in V$ について $x+0=x$。
  4. (逆ベクトル)任意の $x\in V$ に対し、ある $x'\in V$ が存在して $x+x'=0$。
  5. (スカラーの加法に対する分配律)任意の $a,b\in K$、$x\in V$ について $(a+b)x=ax+bx$。
  6. (ベクトルの加法に対する分配律)任意の $a\in K$、$x,y\in V$ について $a(x+y)=ax+ay$。
  7. (スカラー倍の結合律)任意の $a,b\in K$、$x\in V$ について $(ab)x=a(bx)$。
  8. (単位元)任意の $x\in V$ について $1x=x$。

線形代数学(linear algebra)とは、ベクトル空間と、その間の構造を保つ写像(線形写像)、およびそれらを行列の計算によって調べる方法を研究する代数学の分野である。

条件 3 の $0$ は一意に定まり($0=0+0'=0'$)、条件 4 の $x'$ も各 $x$ について一意に定まる($x'=x'+0=x'+(x+x'')=(x'+x)+x''=x''$)ので、後者を $-x$ と書く。また $0x=0$、$(-1)x=-x$ が公理から従う($0x=(0+0)x=0x+0x$ の両辺に $-(0x)$ を加える、$x+(-1)x=(1+(-1))x=0x=0$)。$V$ の部分集合 $W$ が加法とスカラー倍について閉じており $0\in W$ であるとき、$W$ は同じ演算でベクトル空間になる。これを $V$ の部分空間(部分空間)という。

線形写像・核・像

$V,W$ を $K$ 上のベクトル空間とする。写像 $T\colon V\to W$ が任意の $x,y\in V$、$a\in K$ について $T(x+y)=T(x)+T(y)$、$T(ax)=aT(x)$ を満たすとき、$T$ を線形写像(線形写像)という。$\ker T:=\{x\in V\mid T(x)=0\}$ を $T$ の核(核(線形写像))、$\operatorname{im}T:=T(V)=\{T(x)\mid x\in V\}$ を $T$ の像(像(線形写像))という。核は $V$ の部分空間、像は $W$ の部分空間である。$T$ が全単射でもあるとき $T$ を同型(線形同型)といい、同型が存在する 2 つのベクトル空間は同型であるといって $V\cong W$ と書く。$V$ から $V$ 自身への線形写像を $V$ の線形変換(線形変換)という。

基底と次元

ベクトル $v_1,\ldots,v_n\in V$ の線形結合とは $a_1v_1+\cdots+a_nv_n$($a_i\in K$)の形のベクトルであり、その全体を線形包 $\operatorname{span}\{v_1,\ldots,v_n\}$ という。$\operatorname{span}\{v_1,\ldots,v_n\}=V$ のとき $v_1,\ldots,v_n$ は $V$ を生成する(生成系(ベクトル空間))といい、$a_1v_1+\cdots+a_nv_n=0$ が $a_1=\cdots=a_n=0$ のときに限るとき $v_1,\ldots,v_n$ は線形独立(線形独立)であるという。線形独立な生成系を $V$ の基底(基底)という。有限個のベクトルで生成されるベクトル空間を有限次元といい、その基底の元の個数(thm-linear-algebra-rank-nullity の前に述べるように基底の取り方によらない)を $V$ の次元(次元(ベクトル空間))といって $\dim V$ と書く。

有限生成なベクトル空間には基底が存在する(生成系から極大な線形独立部分族をとればよい。線形独立 の記事の命題「極大線形独立集合と基底」)。
$V$ の基底 $v_1,\ldots,v_n$ を 1 つ固定すると、各 $x\in V$ は $x=a_1v_1+\cdots+a_nv_n$ とただ一通りに書ける(一意性は 線形独立 の記事の定理「線形独立性の同値条件」の 3 による)。この $(a_1,\ldots,a_n)\in K^n$ を $x$ の座標(座標(ベクトル空間))という。座標を対応させる写像 $V\to K^n$ は同型であり、有限次元のベクトル空間は次元が等しいとき、かつそのときに限り同型である(次元が等しければ双方の基底を $1$ 対 $1$ に対応させる線形写像が同型を与え、逆に同型写像は基底を基底に送るので次元を保つ)。

概要

線形代数学は、高校で学ぶ平面・空間のベクトルと連立1次方程式を、体 $K$ 上の一般のベクトル空間と線形写像へ抽象化した理論である。定義は一見単純だが、線形構造に由来する問題は数学のあらゆる分野に現れ、それらの多くは「線形部分空間の決定」「線形写像の分類」「固有値問題」「正規行列のユニタリ対角化」「2次形式の標準化」といった線形代数の基本問題の組み合わせに帰着して解かれる。線形代数学は通常大学の学部 1 年で扱われるが、その時点ではのちに続く各分野での有用性を知る由もなく、集合論の言葉による無味乾燥な一般化に感じられることも少なくない。以下では「なぜ線形代数を学ぶのか」という観点から、主題を学ぶ順に概観する。

  • 行列の算術(行列)は、線形代数学のもっとも基礎的で重要な事項である。和・スカラー倍・積という初等的な計算にすぎないように見えるが、多様な数学の問題を「線形代数の理論」で解決できる第 1 の根拠がこの算術である。発展的な数学では多くの種類の線形構造がきわめて抽象的な形で現れるが、それらを行列の算術に帰着して制御することが現代数学の 1 つの目的である。
  • 連立1次方程式(連立1次方程式)は線形代数学の中心的な問題である。方程式どうしの加減による初等的な解法を行列の算術として確立したものが掃き出し法(Gauss の消去法)であり、解の有無・解の自由度・解の具体的な記述は、線形写像の核・像・階数の探求へ完全に置き換えられる(thm-linear-algebra-rank-nullity)。
  • 基底と表現行列(基底、表現行列)は、抽象的な線形写像を行列の算術に結びつける。基底を選ぶごとに線形写像は行列で表され(thm-linear-algebra-representation)、基底の取り替えは基底変換行列による積で計算される。表現行列を簡単な形に直すことは掃き出し法を適用することにほかならず、抽象的な線形写像の構造を具体的な行列で調べ、逆に巨大な行列の性質を抽象代数の方法で分析する、表裏一体の関係が確立される。
  • 行列式(行列式)は、線形変換が同型であるかどうかの判定条件を与え、連立1次方程式の解を明示する公式(Cramerの公式)に欠かせない。微分積分学では体積の変化率(Jacobi行列の行列式)の意味をもち、固有値問題では固有値が満たすべき代数方程式(固有多項式)として現れる。計算には掃き出し法や余因子展開を用いる。
  • 固有値問題と Jordan の構造理論(固有値、Jordan標準形)は、1 つの線形変換を単純な行列に帰着させる理論である。固有ベクトルと固有値という 2 種類の未知量を含む方程式 $Tv=\lambda v$ を解く問題が固有値問題であり、固有値は固有多項式の根として特徴づけられる。固有値が分かれば固有ベクトルは連立1次方程式で求まるが、実際には固有値の決定が困難なことも多く、固有ベクトルの様子を先に調べることが必要な場合もある。複数の線形変換の関係を通じて固有値問題を調べる方向に発展するのが表現論である。
  • 内積空間と正規行列(内積空間、正規行列)では、長さと直交性を使って線形変換を調べる。Gram–Schmidtの直交化による正規直交基底の構成と、正規行列(とくにHermite行列・ユニタリ行列・実対称行列)のユニタリ対角化(スペクトル定理)が中心である。
  • 2次形式の標準形(2次形式)の理論は幾何学でしばしば現れる。2次形式は、Gauss 積分が行列式で厳密に計算できるという意味でも、滑らかな関数のグラフの臨界点のまわりの歪み(Hesse行列)を調べる意味でも、Riemann計量やシンプレクティック形式として幾何学的対象の上の基本構造として現れる意味でも、Lie環の分類(Killing形式)の意味でも、あらゆる場所に現れる。正規行列のユニタリ対角化は計量を変えずに交差項を消せることを意味し、計量を考えない場合には掃き出し法で交差項を消せて、実2次形式は正・負・零の個数で分類される(Sylvesterの慣性法則)。
    線形代数は他分野へ一般化される。体を環に置き換えると加群の理論(ホモロジー代数の出発点)になり、無限次元のベクトル空間にノルムや内積により位相空間の構造を入れると関数解析になり、群の作用するベクトル空間を調べると表現論になり、体の拡大をベクトル空間とみなすと体論・Galois理論の基礎になる。
近い名前と表記の注意

「線形」と「線型」は linear の訳語としてどちらも使われるが、本サイトでは「線形」に統一する(一般線型群など固有名詞化した語は例外)。「ベクトル空間」と「線形空間」は同じ概念の 2 つの呼び名であり、「$K$-ベクトル空間」「$K$ 上のベクトル空間」も同じ意味である。「線形写像」と「線形変換」は、後者を定義域と終域が同じ線形写像に限って使うのが本サイトの用法であるが、文献によっては区別しない。また高校数学の「向きと大きさをもつ量」としてのベクトルは、$\mathbb{R}^2$ や $\mathbb{R}^3$ の元として上の定義に含まれるが、一般のベクトルは矢印のイメージをもつ必要はなく、多項式や関数や行列もベクトルである(ex-linear-algebra-polynomial、ex-linear-algebra-matrix-space)。

主要な定理

以下では、線形代数学の各主題に共通する基本定理を掲げる。有限次元のベクトル空間に関する定理から始める。次元が基底の取り方によらないこと(2 つの基底の元の個数が等しいこと)、および「$n$ 個のベクトルで生成されるベクトル空間の線形独立な部分集合は高々 $n$ 個の元しかもたない」ことは、Steinitz の交換補題(線形独立 の記事の定理「Steinitzの交換補題の言明」、証明は Steinitzの交換補題)から従う。以下ではこれを既知とする。

部分空間の基底と基底の延長

$V$ を $n$ 次元のベクトル空間とする。

  1. $V$ の任意の部分空間 $W$ は有限次元であり、$\dim W\le n$ である。
  2. $V$ の線形独立なベクトル $u_1,\ldots,u_k$ に対し、ベクトル $w_1,\ldots,w_r$ を付け加えて $u_1,\ldots,u_k,w_1,\ldots,w_r$ を $V$ の基底にできる。

2 を示す。$S_0:=\{u_1,\ldots,u_k\}$ とおく。$\operatorname{span}(S_0)=V$ なら $S_0$ は基底であり $r=0$ でよい。そうでなければ $w_1\in V\setminus\operatorname{span}(S_0)$ をとる。線形独立 の記事の命題「一ベクトルの追加」により $S_1:=S_0\cup\{w_1\}$ は線形独立である。これを繰り返す。各段階の $S_i$ は線形独立で $k+i$ 個の元をもつから、Steinitz の交換補題により $k+i\le n$ であり、この手続きは高々 $n-k$ 回で止まる。止まったとき $\operatorname{span}(S_r)=V$ であるから $S_r$ は線形独立な生成系、すなわち基底である。
1 を示す。$W$ の中で同じ手続きを行う。$W=\{0\}$ なら空集合が基底であり $\dim W=0$ である。そうでなければ $0$ でない $u_1\in W$ をとり、$\operatorname{span}\{u_1,\ldots,u_i\}\ne W$ である限り $u_{i+1}\in W\setminus\operatorname{span}\{u_1,\ldots,u_i\}$ をとる。各段階のベクトルの族は $V$ の線形独立な族でもあるから、その個数は $n$ を超えず、手続きは止まる。止まったときの $u_1,\ldots,u_m$ は $W$ の基底であり、$\dim W=m\le n$ である。$\square$

次元定理

$V$ を有限次元のベクトル空間、$T\colon V\to W$ を線形写像とする。このとき $\ker T$ と $\operatorname{im}T$ は有限次元であり、
$$ \dim V=\dim\ker T+\dim\operatorname{im}T $$
が成り立つ。$\dim\operatorname{im}T$ を $T$ の階数(階数(線形写像))という。とくに $\dim V=\dim W$ のとき、$T$ が単射であることと全射であることは同値である。

lem-linear-algebra-extend-basis の 1 により $\ker T$ は有限次元である。その基底を $u_1,\ldots,u_k$ とし、同補題の 2 により $w_1,\ldots,w_r$ を付け加えて $u_1,\ldots,u_k,w_1,\ldots,w_r$ を $V$ の基底にする。$\dim V=k+r$ である。$T(w_1),\ldots,T(w_r)$ が $\operatorname{im}T$ の基底であることを示せば、$\dim\operatorname{im}T=r$ となり主張が従う。
生成すること。任意の $y\in\operatorname{im}T$ は $y=T(x)$ と書け、$x=\sum_i a_iu_i+\sum_j b_jw_j$ と表せる。$T(u_i)=0$ であるから $y=\sum_j b_jT(w_j)$ であり、$y\in\operatorname{span}\{T(w_1),\ldots,T(w_r)\}$ である。
線形独立であること。$\sum_j b_jT(w_j)=0$ とする。線形性から $T\bigl(\sum_j b_jw_j\bigr)=0$、すなわち $\sum_j b_jw_j\in\ker T$ であるから、$\sum_j b_jw_j=\sum_i c_iu_i$ と書ける。移項すると $\sum_i c_iu_i-\sum_j b_jw_j=0$ であり、$u_1,\ldots,u_k,w_1,\ldots,w_r$ の線形独立性からすべての $b_j$(と $c_i$)は $0$ である。
最後の主張について。$T$ が単射であることは $\ker T=\{0\}$ と同値であり($T(x)=T(y)\iff T(x-y)=0$)、上の等式により $\dim\operatorname{im}T=\dim V=\dim W$ と同値である。一方、部分空間 $\operatorname{im}T\subset W$ について $\dim\operatorname{im}T=\dim W$ は $\operatorname{im}T=W$ と同値である。実際、$\operatorname{im}T$ の基底は $W$ の線形独立な族であり、lem-linear-algebra-extend-basis の 2 により $W$ の基底に延長できるが、元の個数が既に $\dim W$ に等しいので付け加えるものはなく、$\operatorname{im}T=W$ である。逆は明らかである。$\square$

表現行列と基底の取り替え

$V,W$ を有限次元のベクトル空間、$v_1,\ldots,v_n$ を $V$ の基底、$w_1,\ldots,w_m$ を $W$ の基底とする。線形写像 $T\colon V\to W$ に対し、
$$ T(v_j)=\sum_{i=1}^{m}a_{ij}w_i\qquad(j=1,\ldots,n) $$
によって定まる $m\times n$ 型の行列 $A=(a_{ij})$ を、これらの基底に関する $T$ の表現行列(表現行列)という。このとき次が成り立つ。

  1. $T\mapsto A$ は、$V$ から $W$ への線形写像全体 $\operatorname{Hom}_K(V,W)$ から $M_{m,n}(K)$ への全単射である。
  2. $U$ を基底 $u_1,\ldots,u_p$ をもつベクトル空間、$S\colon W\to U$ を線形写像とし、$w,u$ に関する $S$ の表現行列を $B$ とすると、$v,u$ に関する $S\circ T$ の表現行列は積 $BA$ である。
  3. $v'_1,\ldots,v'_n$ を $V$ の別の基底、$w'_1,\ldots,w'_m$ を $W$ の別の基底とし、$v'_j=\sum_i p_{ij}v_i$、$w'_j=\sum_i q_{ij}w_i$ で定まる行列を $P=(p_{ij})$、$Q=(q_{ij})$ とする(基底変換行列)。このとき $P,Q$ は正則であり、$v',w'$ に関する $T$ の表現行列は $Q^{-1}AP$ である。

1 を示す。まず線形写像は基底上の値で定まる。実際 $x=\sum_j c_jv_j$ なら線形性から $T(x)=\sum_j c_jT(v_j)$ であり、$T(v_j)$ は $A$ の第 $j$ 列の成分を係数とする $w_1,\ldots,w_m$ の線形結合であるから、$T$ は $A$ から復元できる。よって $T\mapsto A$ は単射である。全射であることを示す。任意の $A=(a_{ij})\in M_{m,n}(K)$ に対し、写像 $T\colon V\to W$ を
$$ T\Bigl(\sum_{j}c_jv_j\Bigr):=\sum_{j}c_j\sum_{i}a_{ij}w_i $$
で定める。座標 $(c_j)$ は $x$ からただ一通りに定まるので $T$ は矛盾なく定義され、$x=\sum c_jv_j$、$y=\sum d_jv_j$ について $x+y=\sum(c_j+d_j)v_j$、$ax=\sum(ac_j)v_j$ であるから $T(x+y)=T(x)+T(y)$、$T(ax)=aT(x)$ が成り立つ。$T(v_j)=\sum_i a_{ij}w_i$ であるから $T$ の表現行列は $A$ である。
2 を示す。$S(w_i)=\sum_k b_{ki}u_k$ とすると
$$ (S\circ T)(v_j)=S\Bigl(\sum_i a_{ij}w_i\Bigr)=\sum_i a_{ij}\sum_k b_{ki}u_k=\sum_k\Bigl(\sum_i b_{ki}a_{ij}\Bigr)u_k $$
であり、$u_k$ の係数 $\sum_i b_{ki}a_{ij}$ は $BA$ の $(k,j)$ 成分である。
3 を示す。$P$ は、基底 $v'$ と基底 $v$ に関する恒等写像 $\mathrm{id}_V$ の表現行列である($\mathrm{id}_V(v'_j)=v'_j=\sum_i p_{ij}v_i$)。同様に $Q$ は基底 $w'$ と $w$ に関する $\mathrm{id}_W$ の表現行列である。基底 $v$ と $v'$ に関する $\mathrm{id}_V$ の表現行列を $P'$ とすると、2 により $\mathrm{id}_V=\mathrm{id}_V\circ\mathrm{id}_V$ の($v'$ から $v'$ への、および $v$ から $v$ への)表現行列は $P'P$ および $PP'$ であり、恒等写像の同じ基底に関する表現行列は単位行列であるから $P'P=PP'=I_n$ となる。よって $P$ は正則で $P'=P^{-1}$ である。$Q$ についても同様である。最後に $T=\mathrm{id}_W\circ T\circ\mathrm{id}_V$ を、基底 $v'$ から $v$($\mathrm{id}_V$)、$v$ から $w$($T$)、$w$ から $w'$($\mathrm{id}_W$)と分けて 2 を 2 回使うと、$v',w'$ に関する $T$ の表現行列は $Q^{-1}AP$ である。$\square$

$V=W$、$v=w$、$v'=w'$ のときは $P=Q$ であり、線形変換の表現行列は基底の取り替えで $P^{-1}AP$ に変わる。この形の変換で結ばれる 2 つの正方行列を相似といい、線形変換の分類は正方行列の相似による分類と同じである。

相異なる固有値に属する固有ベクトル

$T$ を $V$ の線形変換とする。$\lambda\in K$ と $0$ でない $v\in V$ が $T(v)=\lambda v$ を満たすとき、$\lambda$ を $T$ の固有値(固有値)、$v$ を $\lambda$ に属する固有ベクトル(固有ベクトル)という。相異なる固有値 $\lambda_1,\ldots,\lambda_r$ に属する固有ベクトル $v_1,\ldots,v_r$ は線形独立である。とくに $\dim V=n$ のとき $T$ の相異なる固有値は高々 $n$ 個であり、$n$ 個の相異なる固有値をもてば $T$ は固有ベクトルからなる基底をもつ(対角化可能である)。

$r$ に関する帰納法で示す。$r=1$ のときは $v_1\ne0$ から従う。$r\ge2$ とし、$r-1$ 個の場合を仮定する。$a_1v_1+\cdots+a_rv_r=0$ とする。両辺に $T$ を施すと $a_1\lambda_1v_1+\cdots+a_r\lambda_rv_r=0$ であり、元の式に $\lambda_r$ を掛けたものを引くと
$$ a_1(\lambda_1-\lambda_r)v_1+\cdots+a_{r-1}(\lambda_{r-1}-\lambda_r)v_{r-1}=0 $$
となる。帰納法の仮定により $a_i(\lambda_i-\lambda_r)=0$($i< r$)であり、$\lambda_i\ne\lambda_r$ であるから $a_i=0$($i< r$)である。すると元の式は $a_rv_r=0$ となり、$v_r\ne0$ から $a_r=0$ である。
後半について。$n$ 個を超える相異なる固有値があれば $n$ 個を超える線形独立なベクトルがあることになり、Steinitz の交換補題に反する。$n$ 個の相異なる固有値に属する固有ベクトル $v_1,\ldots,v_n$ は線形独立であり、lem-linear-algebra-extend-basis の 2 により基底に延長できるが、個数が既に $n$ なので付け加えるものはなく、$V$ の基底である。この基底に関する $T$ の表現行列は対角成分が $\lambda_1,\ldots,\lambda_n$ の対角行列である。$\square$

行列式の乗法性と正則性の判定

$n$ 次正方行列 $A,B\in M_n(K)$ について $\det(AB)=\det A\cdot\det B$ が成り立つ。また $A$ が正則であることと $\det A\ne0$ は同値であり、このとき $Ax=b$ の解は $x=A^{-1}b$ ただ 1 つで、その第 $j$ 成分は $A$ の第 $j$ 列を $b$ で置き換えた行列の行列式を $\det A$ で割ったものに等しい(Cramer の公式)。

行列式の定理の出典

行列式の定義(置換の符号による展開、または交代多重線形形式としての特徴づけ)、乗法性、余因子展開、Cramer の公式の証明は 行列式 および Cramerの公式 の記事、ならびに Lan02 XIII §4 に譲る。線形変換 $T$ の行列式は表現行列の行列式として定まり、thm-linear-algebra-representation の 3 と乗法性により基底の取り方によらない($\det(P^{-1}AP)=\det P^{-1}\det A\det P=\det A$)。

Jordan標準形の存在と一意性

$K$ を代数閉体(たとえば $\mathbb{C}$)とし、$A\in M_n(K)$ とする。このとき正則行列 $P$ が存在して $P^{-1}AP$ はJordan細胞
$$ J_k(\lambda)=\begin{pmatrix}\lambda & 1 & & \\ & \lambda & \ddots & \\ & & \ddots & 1 \\ & & & \lambda\end{pmatrix}\in M_k(K) $$
を対角に並べた区分対角行列(Jordan 標準形)になる。現れる細胞の組は並べ方を除いて $A$ から一意に定まる。とくに $A$ が対角化可能であることと、すべての細胞の大きさが $1$ であることは同値である。

Jordan標準形の出典

証明は Jordan標準形 の記事および Lan02 XIV §2、Axl15 Chapter 8 に譲る。標準的な証明は、固有多項式(固有多項式)の根による一般固有空間への分解(Cayley–Hamiltonの定理を経由する)と、冪零変換の構造の分析の 2 段階からなる。$K$ が代数閉でない場合には固有多項式が $K$ 上で 1 次式の積に分解するときに同じ結論が成り立ち、一般には有理標準形が代わりを務める。

正規行列のユニタリ対角化

$A\in M_n(\mathbb{C})$ が正規行列($AA^*=A^*A$、$A^*$ は共役転置)であるとき、ユニタリ行列 $U$($U^*U=I_n$)が存在して $U^*AU$ は対角行列になる。とくに Hermite 行列($A^*=A$)の固有値はすべて実数であり、実対称行列は直交行列 $Q$($Q^{\top}Q=I_n$)によって $Q^{\top}AQ$ が対角行列になる。

スペクトル定理の出典

証明は スペクトル定理 の記事および Axl15 Chapter 7、HJ13 Chapter 2 に譲る。証明の要点は、内積空間で固有ベクトルの直交補空間が正規変換で不変であることと、Gram–Schmidtの直交化による正規直交基底の構成である。正規でない行列(たとえば rem-linear-algebra-counterexamples の Jordan 細胞)はユニタリ対角化できない。

実2次形式の慣性法則

実対称行列 $A\in M_n(\mathbb{R})$ に対し、正則行列 $P$ が存在して $P^{\top}AP$ は対角成分が $1$ が $p$ 個、$-1$ が $q$ 個、$0$ が $n-p-q$ 個の対角行列になる。組 $(p,q)$ は $P$ の取り方によらず $A$ から定まり、$p$($q$)は $A$ の正(負)の固有値の個数(重複を込める)に等しい。

慣性法則の出典

これは Sylvester の慣性法則(Sylvesterの慣性法則)である。証明は同記事および Lan02 XV §4、HJ13 Chapter 4 に譲る。$P^{\top}AP$ の形の変換は 2次形式 $x^{\top}Ax$ の変数の 1 次変換 $x=Py$ に対応し、thm-linear-algebra-spectral のユニタリ(直交)対角化を使えば計量を保ったまま、掃き出し法(平方完成)を使えば計量を保たずに、交差項を取り除くことができる。

例と反例

数ベクトル空間と連立1次方程式

$K^n$($K$ の元を $n$ 個並べた列ベクトルの全体)は成分ごとの和とスカラー倍で $n$ 次元のベクトル空間であり、標準基底 $e_1,\ldots,e_n$ をもつ。$m\times n$ 型の行列 $A$ は線形写像 $x\mapsto Ax$ を定め(行列 の記事の定理「行列と線形写像の対応」)、連立1次方程式 $Ax=b$ の解の全体は、解 $x_0$ が 1 つあれば $x_0+\ker A$ である。たとえば
$$ \begin{cases} x+2y+z=1 \\ 2x+4y+3z=3 \end{cases} $$
は、第 2 式から第 1 式の 2 倍を引いて $z=1$、したがって $x+2y=0$ となり、解の全体は $(x,y,z)=(-2t,t,1)$($t\in K$)である。核 $\ker A=\{(-2t,t,0)\}$ は 1 次元、像は $K^2$ 全体で 2 次元、$\dim K^3=3=1+2$ は thm-linear-algebra-rank-nullity の等式である。

多項式の空間と微分

実数係数の $n$ 次以下の多項式全体 $\mathbb{R}[x]_{\le n}$ は多項式の和とスカラー倍について $\mathbb{R}$ 上のベクトル空間であり、$1,x,\ldots,x^n$ を基底にもつ(線形独立性は 線形独立 の記事の例「多項式の単項式」)ので $n+1$ 次元である。微分 $D\colon f\mapsto f'$ は $\mathbb{R}[x]_{\le n}$ の線形変換であり、$\ker D$ は定数多項式の全体(1 次元)、$\operatorname{im}D=\mathbb{R}[x]_{\le n-1}$($n$ 次元)である。基底 $1,x,\ldots,x^n$ に関する $D$ の表現行列は $(i,i+1)$ 成分が $i$($i=1,\ldots,n$)でそれ以外が $0$ の $(n+1)$ 次正方行列であり、固有値は $0$ のみ、$D$ は対角化可能でない($D^{n+1}=0$ だが $D\ne0$)。

行列の空間

$m\times n$ 型の行列の全体 $M_{m,n}(K)$ は行列の和とスカラー倍について $mn$ 次元のベクトル空間であり、$(i,j)$ 成分だけが $1$ で他が $0$ の行列 $E_{ij}$ が基底をなす。転置 $A\mapsto A^{\top}$ は $M_{m,n}(K)$ から $M_{n,m}(K)$ への同型である。$n$ 次対称行列の全体は $M_n(K)$ の部分空間で、$E_{ii}$($n$ 個)と $E_{ij}+E_{ji}$($i< j$、$n(n-1)/2$ 個)を基底にもつので次元は $n(n+1)/2$ である。

無限次元のベクトル空間

閉区間 $[0,1]$ 上の連続関数全体 $C([0,1])$ は関数の和とスカラー倍について $\mathbb{R}$ 上のベクトル空間であり、$1,x,x^2,\ldots$ が線形独立であるから有限個のベクトルでは生成されない(無限次元である)。同様に実数列全体、収束する実数列全体、$\mathbb{Q}$ 上のベクトル空間とみた $\mathbb{R}$(線形独立 の記事の例)も無限次元である。無限次元のベクトル空間にノルムや内積による位相を加えて調べるのが関数解析であり、Banach空間・Hilbert空間がその中心的な対象である。

反例
  • $\mathbb{R}^2$ の部分集合 $\{(x,y)\mid x\ge0\}$ は加法について閉じており $0$ を含むが、$(1,0)$ の $-1$ 倍を含まないので部分空間でない。破れるのはスカラー倍についての閉性である。
  • $f\colon\mathbb{R}\to\mathbb{R}$、$f(x)=x+1$ は $f(0)\ne0$ なので線形写像でない(線形写像は必ず $0$ を $0$ に送る)。$g(x)=x^2$ は $g(x+y)\ne g(x)+g(y)$ なので線形でない。破れるのはそれぞれ $T(0)=0$(加法性の帰結)と加法性である。
  • 実行列 $\begin{pmatrix}0 & -1\\ 1 & 0\end{pmatrix}$(角 $\pi/2$ の回転)の固有多項式は $\lambda^2+1$ であり、実数の固有値も固有ベクトルももたない。「線形変換は固有ベクトルをもつ」は体が代数閉でないと成り立たない。同じ行列を $\mathbb{C}$ 上でみれば固有値 $\pm i$ をもつ。
  • Jordan 細胞 $\begin{pmatrix}0 & 1\\ 0 & 0\end{pmatrix}$ は固有値 $0$ のみをもち、固有ベクトルは $e_1$ の定数倍に限るので、固有ベクトルからなる基底をもたず対角化できない。固有値がすべて $K$ に属していても対角化できるとは限らないことを示す反例であり、thm-linear-algebra-eigenvectors の後半の「相異なる $n$ 個の固有値」という仮定は落とせない。この行列は正規でもないので thm-linear-algebra-spectral の反例でもある。
  • 無限次元では thm-linear-algebra-rank-nullity の帰結「$\dim V=\dim W$ なら単射と全射は同値」が破れる。実数列の空間 $V$ 上のずらし写像 $(a_1,a_2,a_3,\ldots)\mapsto(0,a_1,a_2,\ldots)$ は単射だが全射でなく、$(a_1,a_2,\ldots)\mapsto(a_2,a_3,\ldots)$ は全射だが単射でない。

学ぶ順序と下位分野

線形代数学の基礎は、公開記事を次の順序でたどると学べる。

関連項目

参考文献

[2]
Serge Lang, Algebra, Revised 3rd ed.(Graduate Texts in Mathematics 211), Springer, 2002, Chapter XIII §4(行列式), XIV §2(Jordan 標準形), XV §4(Sylvester の定理)
[3]
Roger A. Horn, Charles R. Johnson, Matrix Analysis, 2nd ed., Cambridge University Press, 2013, Chapter 2(ユニタリ相似と正規行列), Chapter 4(Hermite 行列と慣性)

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