四元数環

同義語:quaternion algebra四元数代数一般四元数環

概要

四元数環(quaternion algebra)とは、標数 $2$ でない体 $K$ の元 $a,b\neq0$ に対し、基底 $1,i,j,k$ と関係式 $i^2=a$、$j^2=b$、$ij=-ji=k$ で定まる $K$ 上 4 次元の結合多元環 $(a,b)_K$ のことである。Hamilton の四元数体 $\mathbb{H}=(-1,-1)_{\mathbb{R}}$ の一般化で、$K$ 上の次数 $2$ の中心単純環はちょうど四元数環である。斜体か $2$ 次行列環 $M_2(K)$ と同型(分裂)かのいずれかで、その判定はノルム形式 $x^2-ay^2-bz^2+abw^2$ が $0$ でない零点をもつかどうかで決まる。有限体上では常に分裂し、局所体上では Hilbert 記号が分裂を測る。Brauer 群の 2 捩れ部分は四元数環の類で生成される。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 体, 多元環, 中心単純環, 2次形式, Brauer群

定義

四元数環は、Hamilton の四元数体 $\mathbb{H}$ の構成「$i^2=j^2=-1$、$ij=-ji$」の $-1$ を任意の体の 2 つの元 $a,b$ に置き換えて得られる 4 次元の多元環である。中心単純環のうち最小の非自明な次数 $2$ のものがちょうど四元数環であり、Brauer群の 2 捩れ部分を生成する。以下、断らない限り $K$ は標数が $2$ でない体とし、$K^\times$ で $K$ の $0$ でない元の全体を表す。標数 $2$ の場合は def-quaternion-algebra-char2 で扱う。

四元数環の定義

$K$ を標数が $2$ でない体、$a,b\in K^\times$ とする。$K$ 上の 4 次元ベクトル空間に基底 $1,i,j,k$ をとり、$1$ を単位元とし、
$$ i^2=a,\qquad j^2=b,\qquad ij=-ji=k $$
を満たすように双線形(双線形写像)に拡張した積を入れた結合的な $K$ 多元環を、$K$ 上の四元数環(quaternion algebra)または一般四元数環といい、$(a,b)_K$ あるいは $\bigl(\tfrac{a,\,b}{K}\bigr)$ と書く。基底の元どうしの積は、上の関係式と結合律から
$$ k^2=-ab,\qquad ik=-ki=aj,\qquad kj=-jk=bi $$
と定まる(たとえば $k^2=ijij=-iijj=-ab$、$ik=i(ij)=aj$、$jk=j(ij)=-ijj=-bi$)。

上の積の表が結合的で $1,i,j,k$ が一次独立(線形独立)な多元環が実在すること、すなわち $(a,b)_K$ が矛盾なく定義できることは、$\alpha^2=a$ なる $\alpha$ を $K$ の代数閉包にとり
$$ i\longmapsto\begin{pmatrix}\alpha&0\\0&-\alpha\end{pmatrix},\qquad j\longmapsto\begin{pmatrix}0&b\\1&0\end{pmatrix} $$
によって $2$ 次行列環 $M_2(\bar K)$ の中に実現して確かめられる(中心単純環の記事の例「四元数代数の構成」)。同じことを、自由代数(自由多元環)$K\langle i,j\rangle$ を両側イデアル $(i^2-a,\ j^2-b,\ ij+ji)$ で割った商として述べてもよい。この見方から次の普遍性が従う。

関係式を満たす元からの準同型

$A$ を単位元をもつ結合的 $K$ 多元環、$I,J\in A$ を $I^2=a$、$J^2=b$、$IJ=-JI$ を満たす元とする。このとき $1\mapsto1$、$i\mapsto I$、$j\mapsto J$、$k\mapsto IJ$ で定まる $K$ 線形写像 $\phi\colon(a,b)_K\to A$ は多元環の準同型である。さらに $\dim_KA=4$ で $1,I,J,IJ$ が $A$ を張るならば $\phi$ は同型である。

$(a,b)_K$ の積は双線形なので、$\phi$ が積を保つことは基底の元どうしの積で確かめれば十分である。def-quaternion-algebra-def の積の表の各項($ij=k$、$ji=-k$、$k^2=-ab$、$ik=aj$、$ki=-aj$、$jk=-bi$、$kj=bi$ および $i^2=a$、$j^2=b$)は、いずれも 3 つの関係式 $i^2=a$、$j^2=b$、$ij=-ji$ と結合律だけを使って導かれた。$A$ の中で $I,J$ は同じ関係式を満たし $A$ は結合的だから、同じ計算がそのまま通用して、たとえば $(IJ)^2=-ab$、$I(IJ)=aJ$、$(IJ)J=bI$ が成り立つ。すなわち基底の任意の 2 元 $e,e'$ について $\phi(ee')=\phi(e)\phi(e')$ である。後半は、$\phi$ が 4 次元空間から 4 次元空間への全射な線形写像だから全単射であることによる。

共役・被約トレース・被約ノルム

$q=x+yi+zj+wk\in(a,b)_K$($x,y,z,w\in K$)に対し、
$$ \bar q:=x-yi-zj-wk $$
を $q$ の共役(conjugate)、$x$ を $q$ の実部、$yi+zj+wk$ を純部という。$\operatorname{trd}(q):=q+\bar q=2x$ を被約トレース(reduced trace)、
$$ \operatorname{nrd}(q):=q\bar q=x^2-ay^2-bz^2+abw^2 $$
を被約ノルム(reduced norm)という。$\operatorname{nrd}$ は $(a,b)_K\cong K^4$ 上の2次形式であり、対角形で $\langle1,-a,-b,ab\rangle$ と書ける。この 2 次形式を $(a,b)_K$ のノルム形式という。純部の全体 $(a,b)_K^0:=\{q\mid\bar q=-q\}=Ki\oplus Kj\oplus Kk$ に制限したノルム形式 $\langle-a,-b,ab\rangle$ を純ノルム形式という。

$q\bar q$ が実際に $x^2-ay^2-bz^2+abw^2$ に等しいことは次の命題の中で確かめる。

共役と被約ノルムの基本性質

$Q=(a,b)_K$ とし、$p,q\in Q$ とする。

  1. $\bar{\bar q}=q$、$\overline{pq}=\bar q\,\bar p$ が成り立つ。すなわち共役は $Q$ の対合(反自己同型)である。
  2. $q\bar q=\bar qq=x^2-ay^2-bz^2+abw^2\in K$ である。とくに $\operatorname{nrd}(q)$ は $K$ の元である。
  3. $\operatorname{nrd}(pq)=\operatorname{nrd}(p)\operatorname{nrd}(q)$ が成り立つ(ノルム形式は積を保つ)。
  4. $q^2-\operatorname{trd}(q)\,q+\operatorname{nrd}(q)=0$ が成り立つ。とくに $q\notin K$ ならば $K[q]$ は $K$ 上 2 次の可換な部分多元環である。
  5. $q$ が $Q$ で逆元をもつことと $\operatorname{nrd}(q)\neq0$ とは同値であり、そのとき $q^{-1}=\operatorname{nrd}(q)^{-1}\bar q$ である。
  1. $\bar{\bar q}=q$ は定義から明らかである。$\overline{pq}=\bar q\bar p$ は両辺が $(p,q)$ について双線形なので基底の元 $e,e'\in\{1,i,j,k\}$ について確かめれば十分である。$e$ または $e'$ が $1$ なら両辺は等しい。$e=e'\in\{i,j,k\}$ なら $ee'\in K$ で、$\bar e\bar e'=(-e)(-e')=ee'$ だから等しい。$e\ne e'$ が $\{i,j,k\}$ の相異なる 2 元なら、積の表から $ee'=\pm e''$($e''$ は残りの基底元の $K^\times$ 倍)で $\overline{ee'}=\mp e''$、一方 $\bar e'\bar e=e'e=-ee'=\mp e''$ となり等しい。
  2. $u:=yi+zj+wk$ とおくと $q=x+u$、$\bar q=x-u$ で、$x\in K$ は中心的だから $q\bar q=\bar qq=x^2-u^2$ である。積の表を使って
    $$ u^2=y^2a+z^2b+w^2(-ab)+yz(ij+ji)+yw(ik+ki)+zw(jk+kj)=ay^2+bz^2-abw^2 $$
    となる(括弧の中はすべて $0$)。よって $q\bar q=x^2-ay^2-bz^2+abw^2$ である。
  3. 1 と 2 により $\operatorname{nrd}(pq)=pq\,\overline{pq}=p(q\bar q)\bar p=\operatorname{nrd}(q)\,p\bar p=\operatorname{nrd}(p)\operatorname{nrd}(q)$ である($\operatorname{nrd}(q)\in K$ は中心的)。
  4. $q^2-(q+\bar q)q+\bar qq=q^2-q^2-\bar qq+\bar qq=0$ である。$q\notin K$ なら $1,q$ は一次独立で、$q^2\in K+Kq$ だから $K[q]=K+Kq$ は 2 次元の可換部分多元環である。
  5. $\operatorname{nrd}(q)\ne0$ なら $q\cdot\operatorname{nrd}(q)^{-1}\bar q=\operatorname{nrd}(q)^{-1}\bar q\cdot q=1$ だから $\operatorname{nrd}(q)^{-1}\bar q$ は $q$ の両側逆元である。逆に $qq'=1$ なる $q'$ があれば、3 により $\operatorname{nrd}(q)\operatorname{nrd}(q')=\operatorname{nrd}(1)=1$ なので $\operatorname{nrd}(q)\ne0$ である。

同じ四元数環がいろいろな記号 $(a,b)_K$ で表されることを、次の補題にまとめる。ここで $L:=K+Ki\subset(a,b)_K$ とおき、$\lambda=x+yi\in L$ に対して $\bar\lambda=x-yi$、$N(\lambda):=\lambda\bar\lambda=x^2-ay^2$ と書く。$a$ が $K$ で平方数でなければ $L\cong K(\sqrt a)$ は $K$ の 2 次拡大体で $N$ はそのノルム、$a$ が平方数なら $L\cong K\times K$ である。

記号の取り替え

$a,b\in K^\times$ とする。

  1. $(a,b)_K\cong(b,a)_K$。
  2. $x,y\in K^\times$ に対し $(a,b)_K\cong(ax^2,by^2)_K$。
  3. $(a,b)_K\cong(a,-ab)_K$。
  4. $\lambda\in L$ が $N(\lambda)\ne0$ を満たせば $(a,b)_K\cong(a,\,bN(\lambda))_K$。

いずれも $Q=(a,b)_K$ の中に新しい関係式を満たす 2 元 $I,J$ を見つけ、$1,I,J,IJ$ が $Q$ を張ることを確かめて lem-quaternion-algebra-universal を適用する。

  1. $I=j$、$J=i$ とすると $I^2=b$、$J^2=a$、$IJ=ji=-ij=-JI$ で、$1,I,J,IJ=-k$ は $Q$ を張る。
  2. $I=xi$、$J=yj$ とすると $I^2=ax^2$、$J^2=by^2$、$IJ=xyk=-JI$ で、$1,I,J,IJ$ は $Q$ を張る。
  3. $I=i$、$J=k$ とすると $I^2=a$、$J^2=k^2=-ab$、$IJ=ik=aj$、$JI=ki=-aj$ だから $IJ=-JI$ で、$1,i,k,aj$ は $Q$ を張る。
  4. まず $\ell\in L$ に対して $j\ell=\bar\ell j$ が成り立つ:$j(x+yi)=xj+yji=xj-yij=(x-yi)j$。$I=i$、$J=\lambda j$ とおくと、$J^2=\lambda j\lambda j=\lambda\bar\lambda j^2=N(\lambda)b$、また $\lambda$ は $i$ と可換だから $IJ=i\lambda j=\lambda ij=-\lambda ji=-JI$ である。$N(\lambda)\ne0$ なので $\lambda$ は $L$ の中で逆元 $\bar\lambda/N(\lambda)$ をもち、$L\lambda=L$ である。よって $1,I,J,IJ$ が張る空間は $L+L\lambda j=L+Lj=Q$ となる。

標数 $2$ では $ij=-ji$ は $ij=ji$ と同じことになり、上の定義は可換な多元環を与えてしまう(ex-quaternion-algebra-char2-degenerate)。そこで $i^2=a$ の代わりに Artin–Schreier 型の関係式を使う。

標数2の四元数環

$K$ を標数 $2$ の体、$a\in K$、$b\in K^\times$ とする。基底 $1,i,j,ij$ をもち
$$ i^2+i=a,\qquad j^2=b,\qquad ji=(i+1)j $$
を満たす結合的 $K$ 多元環を $K$ 上の四元数環といい、$[a,b)_K$ と書く。$L:=K+Ki$ とおき、$L$ の $K$ 自己同型 $i\mapsto i+1$ を $\ell\mapsto\bar\ell$ と書くと、第 3 の関係式は $j\ell=\bar\ell j$($\ell\in L$)と同じことである。$q=\ell_1+\ell_2j$($\ell_1,\ell_2\in L$)の共役を $\bar q:=\bar\ell_1+\ell_2j$ で定めると、被約ノルムは
$$ \operatorname{nrd}(q)=q\bar q=N(\ell_1)+bN(\ell_2),\qquad N(x+yi):=x^2+xy+ay^2 $$
となる。標数 $2$ でない場合と同様に、$[a,b)_K$ は次数 $2$ の中心単純環であり、$K$ 上の次数 $2$ の中心単純環はすべてこの形である。

標数2の定義の出典

標数 $2$ の四元数環については GS06 第 1 章の演習と Lam05 の序文の注意を参照。本記事の以下の主張は、断らない限り標数が $2$ でない体についてのものである。ただし thm-quaternion-algebra-split と同じ形の分裂の判定($\operatorname{nrd}$ が等方的 $\iff$ $M_2(K)$ と同型)は標数 $2$ でも成り立つ。

直感

四元数環は「$K$ の 2 次拡大 $L=K(\sqrt a)$ を、$L$ の非自明な自己同型で捩って 2 倍に重ねたもの」$L\oplus Lj$ である。$j$ は $L$ の元 $\ell$ を $j\ell=\bar\ell j$ と共役に取り替えながら通り抜け、$j^2=b$ で $K$ に戻る。こうしてできる代数は「ほとんど体」であり、実際に体(斜体)になるか、それとも $2$ 次行列環 $M_2(K)$ になるかは、ノルム形式 $x^2-ay^2-bz^2+abw^2$ が $0$ でない零点をもつかどうかだけで決まる(thm-quaternion-algebra-split)。$\mathbb{R}$ 上ではノルム形式が正定値になる $(-1,-1)_{\mathbb{R}}=\mathbb{H}$ が唯一の斜体であり、有限体上ではすべてが分裂する。有理数体のような大域体の上では、ノルム形式が各完備化で零点をもつかどうかが Hilbert 記号 $(a,b)_v=\pm1$ として読み取れ、$-1$ になる素点の集合(分岐集合)が四元数環を完全に決める。四元数環のBrauer群での類はつねに位数 $2$ 以下で、Merkurjev の定理によれば逆に $\operatorname{Br}(K)$ の 2 捩れ元はすべて四元数環の類の積である。

例と反例

以下の例では、分裂の判定 thm-quaternion-algebra-split と、$(1,b)_K\cong M_2(K)$ を示す prop-quaternion-algebra-split-matrix を先取りして使う。

実数体上の四元数環と Hamilton の四元数体

$K=\mathbb{R}$(実数体)、$a,b\in\mathbb{R}^\times$ とする。$a<0$ かつ $b<0$ ならば $(a,b)_{\mathbb{R}}\cong(-1,-1)_{\mathbb{R}}=:\mathbb{H}$ であり、これは斜体である。それ以外($a>0$ または $b>0$)のとき $(a,b)_{\mathbb{R}}\cong M_2(\mathbb{R})$ である。したがって $\mathbb{R}$ 上の四元数環は同型を除いて $\mathbb{H}$ と $M_2(\mathbb{R})$ の 2 つしかない。
実際、$a>0$ なら $a=(\sqrt a)^2$ なので lem-quaternion-algebra-change-of-symbol の 2 により $(a,b)_{\mathbb{R}}\cong(1,b)_{\mathbb{R}}\cong M_2(\mathbb{R})$、$b>0$ のときも 1 と合わせて同様である。$a,b<0$ なら同じ補題により $(a,b)_{\mathbb{R}}\cong(-1,-1)_{\mathbb{R}}$ で、そのノルム形式は $x^2+y^2+z^2+w^2$ である。これは $\mathbb{R}$ 上正定値、すなわち $(x,y,z,w)\ne0$ なら値が正なので、$0$ でない零点をもたない。thm-quaternion-algebra-split により $\mathbb{H}$ は斜体である。$\mathbb{H}$ が Hamilton の四元数体で、その中の $\mathbb{R}+\mathbb{R}i\cong\mathbb{C}$ は複素数体である。$\mathbb{C}$ 上では $-1=(\sqrt{-1})^2$ が平方数なので $\mathbb{H}\otimes_{\mathbb{R}}\mathbb{C}\cong(-1,-1)_{\mathbb{C}}\cong M_2(\mathbb{C})$ であり、一般に代数閉体上の四元数環はすべて分裂する。

有理数体上の $(-1,-1)$ と記号の非一意性

$(-1,-1)_{\mathbb{Q}}$ のノルム形式 $x^2+y^2+z^2+w^2$ は $\mathbb{Q}\subset\mathbb{R}$ 上でも $0$ でない零点をもたないので、$(-1,-1)_{\mathbb{Q}}$ は $\mathbb{Q}$ 上の斜体である(Hamilton の四元数のうち有理数係数のものの全体)。その Brauer群 $\operatorname{Br}(\mathbb{Q})$ での類は、Hilbert 記号の計算(rem-quaternion-algebra-local-global)により、素点 $2$ と $\infty$ でちょうど分岐する。
同じ斜体が別の記号でも表される。$L=\mathbb{Q}+\mathbb{Q}i$ で $\lambda=1+i$ とすると $N(\lambda)=1^2+1^2=2$ だから、lem-quaternion-algebra-change-of-symbol の 4 により
$$ (-1,-1)_{\mathbb{Q}}\cong(-1,-2)_{\mathbb{Q}} $$
である。同様に $N(2+i)=5$ から $(-1,-1)_{\mathbb{Q}}\cong(-1,-5)_{\mathbb{Q}}$ である。一方 $(-1,-3)_{\mathbb{Q}}$ は $(-1,-1)_{\mathbb{Q}}$ と同型でない。実際、同型なら $\mathbb{Q}_3$ に係数拡大しても同型だが、rem-quaternion-algebra-local-global の公式により $(-1,-1)_3=1$、$(-1,-3)_3=\bigl(\tfrac{-1}{3}\bigr)=-1$ なので、cor-quaternion-algebra-hilbert により $(-1,-1)_{\mathbb{Q}_3}$ は分裂し $(-1,-3)_{\mathbb{Q}_3}$ は分裂しない。したがって記号 $(a,b)$ から四元数環は決まるが、四元数環から記号 $(a,b)$ は決まらない。

超特異楕円曲線の自己準同型環 $(-1,-p)_{\mathbb{Q}}$

$p\equiv3\pmod4$ を素数とする。$(-1,-p)_{\mathbb{Q}}$ のノルム形式 $x^2+y^2+pz^2+pw^2$ は正定値なので、$(-1,-p)_{\mathbb{Q}}$ は斜体である。rem-quaternion-algebra-local-global の公式で Hilbert 記号を計算すると、$(-1,-p)_\infty=-1$、$(-1,-p)_p=\bigl(\tfrac{-1}{p}\bigr)=-1$($p\equiv3\pmod4$ による)、$(-1,-p)_2=(-1)^{\epsilon(-1)\epsilon(-p)}=1$($-p\equiv1\pmod4$ なので $\epsilon(-p)=0$)、$\ell\ne2,p$ なる素数では $-1,-p$ がともに $\ell$ 進単数(p進整数の単元)なので $(-1,-p)_\ell=1$ である。よって $(-1,-p)_{\mathbb{Q}}$ はちょうど $\{p,\infty\}$ で分岐する $\mathbb{Q}$ 上の四元数環 $B_{p,\infty}$ である。
この四元数環は超特異楕円曲線の自己準同型環として現れる。$E\colon y^2=x^3-x$ を $\mathbb{F}_p$ 上の楕円曲線とすると、$p\equiv3\pmod4$ のとき $E$ は超特異で、$[i]\colon(x,y)\mapsto(-x,\sqrt{-1}\,y)$ と $p$ 乗 Frobenius $\phi$(Frobenius写像)が $[i]^2=[-1]$、$\phi^2=[-p]$、$\phi[i]=-[i]\phi$ を満たし、$\operatorname{End}(E)\otimes\mathbb{Q}\cong(-1,-p)_{\mathbb{Q}}$ となる(証明は 超特異楕円曲線 の記事の命題「超特異曲線 $y^2=x^3-x$ の自己準同型環の明示」に譲る)。一般に、標数 $p$ の代数閉体上の超特異楕円曲線 $E$ について $\operatorname{End}(E)\otimes\mathbb{Q}$ はつねに $B_{p,\infty}$ と同型である(Deuring の定理、Sil09 V.3.1・Deu41)。

反例:ノルム形式が不定符号でも分裂しない四元数環

$(-1,3)_{\mathbb{Q}}$ のノルム形式 $x^2+y^2-3z^2-3w^2$ は $\mathbb{R}$ 上で正の値も負の値もとる(不定符号)が、$(-1,3)_{\mathbb{Q}}$ は斜体である。すなわち「ノルム形式が不定符号ならば分裂する」は成り立たない。
実際、thm-quaternion-algebra-split の 4 により、$(-1,3)_{\mathbb{Q}}$ が分裂することは $-x^2+3y^2=z^2$ が $\mathbb{Q}$ に $0$ でない解をもつことと同値である。分母を払って $x,y,z\in\mathbb{Z}$、$\gcd(x,y,z)=1$ としてよい。$x^2+z^2=3y^2$ を $3$ を法として見ると、平方数は $0,1\pmod3$ だけなので $x^2+z^2\equiv0\pmod3$ は $x\equiv z\equiv0\pmod3$ を強いる。すると $9\mid x^2+z^2=3y^2$ より $3\mid y$ となり、$\gcd(x,y,z)=1$ に反する。よって解は $(0,0,0)$ のみで、$(-1,3)_{\mathbb{Q}}$ は分裂しない。$\mathbb{R}$ 上では $3>0$ なので $(-1,3)_{\mathbb{R}}\cong M_2(\mathbb{R})$ であり、この斜体は $\mathbb{R}$ で分裂し $\mathbb{Q}_3$ で分裂しない($(-1,3)_3=\bigl(\tfrac{-1}{3}\bigr)=-1$)。分岐集合は $\{2,3\}$ である。

有限体上の四元数環と四元数群

有限体 $\mathbb{F}_q$($q$ 奇数)上の四元数環はすべて $M_2(\mathbb{F}_q)$ と同型である(thm-quaternion-algebra-finite-field)。たとえば $(-1,-1)_{\mathbb{F}_3}$ については $1^2+1^2=2=-1$ なので、$-x^2-y^2=z^2$ が $(x,y,z)=(1,1,1)$ という解をもち、thm-quaternion-algebra-split の 4 により分裂する。具体的には、prop-quaternion-algebra-split-matrix の筋で
$$ i\longmapsto\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix},\qquad j\longmapsto\begin{pmatrix}1&1\\1&-1\end{pmatrix} $$
とおくと $i^2=j^2=-1$、$ij=-ji$ が $M_2(\mathbb{F}_3)$ で成り立ち、$1,i,j,ij$ の像は一次独立なので、lem-quaternion-algebra-universal により同型 $(-1,-1)_{\mathbb{F}_3}\cong M_2(\mathbb{F}_3)$ を得る。$\{\pm1,\pm i,\pm j,\pm k\}$ は $(-1,-1)_{\mathbb{F}_3}^\times$ の位数 $8$ の部分群で四元数群 $Q_8$ と同型であり、この同型は $Q_8$ の一般線形群 $GL_2(\mathbb{F}_3)$ への忠実な表現(群の表現)を与える。

反例:標数 2 で $ij=-ji$ を使うと退化する

$K$ を標数 $2$ の体、$a,b\in K^\times$ とし、def-quaternion-algebra-def の関係式 $i^2=a$、$j^2=b$、$ij=-ji$ をそのまま課した 4 次元多元環 $A$ を考える。標数 $2$ では $-ji=ji$ なので $A=K[i,j]/(i^2-a,\,j^2-b)$ は可換であり、中心は $A$ 全体で $K$ より大きい。よって $A$ は中心単純環でなく、標数 $2$ でない場合の四元数環がもつ性質「次数 $2$ の中心単純環である」(thm-quaternion-algebra-csa)を満たさない。さらに $a=\alpha^2$ が平方数なら $(i+\alpha)^2=i^2+2\alpha i+\alpha^2=a+a=2a=0$ なので $A$ は $0$ でない冪零元 $i+\alpha$ をもち、半単純環ですらない。標数 $2$ では def-quaternion-algebra-char2 の $[a,b)_K$ を使わなければならない。

反例:四元数環の類の積は四元数環の類とは限らない

prop-quaternion-algebra-brauer により四元数環の類は $\operatorname{Br}(K)$ の 2 捩れ元だが、2 捩れ元の積 $[Q_1][Q_2]$ は一般には四元数環の類でない。$k$ を標数 $2$ でない体、$K=k(s,t,u,v)$ を 4 変数の有理関数体とすると、$(s,t)_K\otimes_K(u,v)_K$ は $K$ 上 $16$ 次元の斜体であり(Albert。Lam05 第 III 章、GS06 第 1 章)、次数が $4$ なので四元数環と同型でない(四元数環は次数 $2$)。したがって四元数環の類の全体は $\operatorname{Br}(K)[2]$ の部分群をなさず、$\operatorname{Br}(K)[2]$ を「生成する」(thm-quaternion-algebra-merkurjev)としか言えない。一方 $\operatorname{Br}(K)[2]$ の元がすべて四元数環の類になる体もある:$\mathbb{R}$、有限体、局所体、大域体(rem-quaternion-algebra-local-global)。

性質

中心単純環であること

四元数環は次数2の中心単純環

$K$ を標数 $2$ でない体、$a,b\in K^\times$ とする。$(a,b)_K$ は $K$ 上の中心単純環であり、その次数(次元の平方根)は $2$ である。とくに $(a,b)_K$ の中心は $K$ であり、両側イデアルは $0$ と全体だけである。

中心単純環であることの証明の所在

証明は 中心単純環 の記事の例「四元数代数の構成」に譲る。そこでは $(a,b)_K\otimes_K\bar K\cong M_2(\bar K)$ を上に述べた行列表示で示し、係数拡大で行列環になる多元環が中心単純環であることから結論している。直接に確かめることもできる:$q=x+yi+zj+wk$ が $i$ と可換なら $iq=qi$ の $j,k$ 成分の比較から $z=w=0$、さらに $j$ と可換なら $y=0$ となるので中心は $K$ である。また $0$ でない両側イデアル $\mathfrak{a}$ は $0$ でない元 $q$ を含み、$q$ から $i$、$j$ との交換子 $iq-qi$、$jq-qj$ を繰り返しとって $K^\times$ の元に到達できるので $\mathfrak{a}$ は全体である。

分裂の判定

$(1,b)_K$ は分裂する

任意の $b\in K^\times$ に対し $(1,b)_K\cong M_2(K)$ である。とくに $M_2(K)$ は四元数環であり、$K$ 上の四元数環が $M_2(K)$ と同型であるとき $(a,b)_K$ は分裂する(split)という。

$M_2(K)$ の中で
$$ I:=\begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix},\qquad J:=\begin{pmatrix}0&b\\1&0\end{pmatrix} $$
とおくと、$I^2=1$、$J^2=\begin{pmatrix}b&0\\0&b\end{pmatrix}=b$、$IJ=\begin{pmatrix}0&b\\-1&0\end{pmatrix}$、$JI=\begin{pmatrix}0&-b\\1&0\end{pmatrix}=-IJ$ である。lem-quaternion-algebra-universal により多元環の準同型 $\phi\colon(1,b)_K\to M_2(K)$ が定まる。$E_{rs}$ を行列単位とすると、標数が $2$ でなく $b\ne0$ なので
$$ E_{11}=\tfrac12(1+I),\quad E_{22}=\tfrac12(1-I),\quad E_{12}=\tfrac1{2b}(J+IJ),\quad E_{21}=\tfrac12(J-IJ) $$
となり、$1,I,J,IJ$ は $M_2(K)$ を張る。$\dim_KM_2(K)=4$ だから、同じ補題により $\phi$ は同型である。

分裂の判定

$K$ を標数 $2$ でない体、$a,b\in K^\times$、$Q=(a,b)_K$、$L=K+Ki$ とする。次は同値である。

  1. $Q\cong M_2(K)$($Q$ は分裂する)。
  2. $Q$ は斜体(斜体、可除環)でない。すなわち $0$ でない元で逆元をもたないものがある。
  3. ノルム形式 $\operatorname{nrd}=\langle1,-a,-b,ab\rangle$ は等方的である。すなわち $x^2-ay^2-bz^2+abw^2=0$ が $(x,y,z,w)\ne(0,0,0,0)$ なる解をもつ。
  4. 円錐曲線(円錐曲線)$ax^2+by^2=z^2$ は $K$ 上に $(0,0,0)$ でない解をもつ。すなわち純ノルム形式 $\langle-a,-b,ab\rangle$ は等方的である。
  5. $b$ は $L$ からのノルムである。すなわち $b=x^2-ay^2$ を満たす $x,y\in K$ が存在する。

1 $\Rightarrow$ 2:$M_2(K)$ の行列単位 $E_{11}$ は $0$ でなく、$E_{11}E_{22}=0$ なので逆元をもたない。
2 $\Leftrightarrow$ 3:prop-quaternion-algebra-conjugation の 5 により、$0$ でない $q$ が逆元をもたないことは $\operatorname{nrd}(q)=0$ と同値である。よって「逆元をもたない $0$ でない元がある」ことと「ノルム形式が $0$ でない零点をもつ」こととは同値である。
4 $\Rightarrow$ 3:$ax^2+by^2=z^2$ の $0$ でない解に対し $q:=z+xi+yj$ は $0$ でなく、$\operatorname{nrd}(q)=z^2-ax^2-by^2=0$ である。
3 $\Rightarrow$ 5:まず $a$ が $K$ で平方数 $a=c^2$ のときは、$x:=(1+b)/2$、$y:=(b-1)/(2c)$ とおけば $x^2-ay^2=(x-cy)(x+cy)=1\cdot b=b$ となり、3 を使わずに 5 が成り立つ。$a$ が平方数でないときは $L\cong K(\sqrt a)$ は体で、$N(\lambda)=0$ となる $\lambda\in L$ は $0$ だけである。3 の解 $(x,y,z,w)\ne0$ をとり $\lambda_1:=x+yi$、$\lambda_2:=z+wi\in L$ とおくと、ノルム形式の零点であることは $N(\lambda_1)=bN(\lambda_2)$ を意味する。$\lambda_2=0$ なら $N(\lambda_1)=0$ より $\lambda_1=0$ となって解が $0$ になるので $\lambda_2\ne0$、したがって $N(\lambda_2)\ne0$ である。$\mu:=\lambda_1\lambda_2^{-1}\in L$ とおくと、$N$ が乗法的($N(\lambda\mu)=\lambda\mu\bar\lambda\bar\mu=N(\lambda)N(\mu)$、$L$ は可換)なので $N(\mu)=N(\lambda_1)/N(\lambda_2)=b$ である。$\mu=x'+y'i$ と書けば $b=x'^2-ay'^2$ となる。
5 $\Rightarrow$ 4:$b=x^2-ay^2$ なら $a\,y^2+b\cdot1^2=x^2$ であり、$(y,1,x)$ は $0$ でない解である。
5 $\Rightarrow$ 1:$b=N(\lambda)$($\lambda=x+yi$)とすると $N(\lambda)=b\ne0$ なので、lem-quaternion-algebra-change-of-symbol の 4 を $\lambda^{-1}=\bar\lambda/b$ に適用して $(a,b)_K\cong(a,\,bN(\lambda^{-1}))_K=(a,1)_K$ を得る。同じ補題の 1 と prop-quaternion-algebra-split-matrix により $(a,1)_K\cong(1,a)_K\cong M_2(K)$ である。
以上で $1\Rightarrow2\Leftrightarrow3$、$3\Rightarrow5\Rightarrow4\Rightarrow3$、$5\Rightarrow1$ が示されたので、5 つの条件はすべて同値である。

分裂体と Steinberg の関係式

$a,b\in K^\times$ とする。

  1. $a$ が $K$ で平方数ならば $(a,b)_K$ は分裂する。とくに $L=K(\sqrt a)$ に係数拡大すると $(a,b)_K\otimes_KL\cong(a,b)_L\cong M_2(L)$ となる($L$ は $(a,b)_K$ の分裂体である)。
  2. $(a,-a)_K$ と $(a,1-a)_K$($a\ne1$)は分裂する。
  1. thm-quaternion-algebra-split の証明の $3\Rightarrow5$ の前半で見たように、$a$ が平方数なら条件 5 が成り立つ。$(a,b)_K\otimes_KL$ が $L$ 上の四元数環 $(a,b)_L$ であることは、基底 $1,i,j,k$ と積の表が係数拡大で変わらないことによる。
  2. $ax^2+by^2=z^2$ は $b=-a$ のとき解 $(1,1,0)$ を、$b=1-a$ のとき解 $(1,1,1)$ をもつ。thm-quaternion-algebra-split の 4 による。
有限体上の四元数環はすべて分裂する

$q$ を奇数の素数冪、$\mathbb{F}_q$ を $q$ 元の有限体とする。任意の $a,b\in\mathbb{F}_q^\times$ に対し $(a,b)_{\mathbb{F}_q}\cong M_2(\mathbb{F}_q)$ である。

thm-quaternion-algebra-split の 4 により、$ax^2+by^2=1$ を満たす $x,y\in\mathbb{F}_q$ があれば十分である(そのとき $(x,y,1)$ が $ax^2+by^2=z^2$ の $0$ でない解になる)。$\mathbb{F}_q^\times$ は位数 $q-1$ の巡回群で、$x\mapsto x^2$ はその上の準同型であり、核は $\{\pm1\}$($q$ が奇数なので $1\ne-1$)で位数 $2$ だから、像の位数は $(q-1)/2$ である。$0$ を加えて、$\mathbb{F}_q$ の平方数の個数は $(q+1)/2$ である。したがって集合 $S_1:=\{ax^2\mid x\in\mathbb{F}_q\}$ と $S_2:=\{1-by^2\mid y\in\mathbb{F}_q\}$ はどちらも $(q+1)/2$ 個の元をもつ($t\mapsto at$、$t\mapsto1-bt$ は全単射)。$|S_1|+|S_2|=q+1>q=|\mathbb{F}_q|$ なので $S_1\cap S_2\ne\emptyset$、すなわち $ax^2=1-by^2$ となる $x,y$ が存在する。

Wedderburn の小定理との関係

thm-quaternion-algebra-finite-field は Wedderburnの小定理「有限な斜体は可換である」(Lam01 §13)の四元数環の場合である。実際、四元数環は $ij-ji=2k\ne0$ より非可換なので、有限体上では斜体になりえず、thm-quaternion-algebra-split により分裂するほかない。上の証明はこの特別な場合を平方数の個数勘定だけで直接示している。同じ勘定は、$\mathbb{F}_q$ 上の任意の 3 変数以上の非退化 2 次形式が等方的であること(Chevalley–Warningの定理の帰結、Ser73 第 I 章 §2)の最も簡単な場合である。

次数2の中心単純環との一致

次数2の中心単純環は四元数環

$K$ を標数 $2$ でない体、$A$ を $K$ 上の次数 $2$($\dim_KA=4$)の中心単純環とする。このとき $a,b\in K^\times$ が存在して $A\cong(a,b)_K$ となる。

中心単純環 の記事の定理「斜体上の行列代数としての表示」(Wedderburn)により $A\cong M_n(D)$($D$ は $K$ 上の中心斜体)で、$n^2\dim_KD=4$ である。$n=2$ なら $D=K$、$A\cong M_2(K)\cong(1,1)_K$ である(prop-quaternion-algebra-split-matrix)。以下 $n=1$、すなわち $A=D$ が斜体とする。
$x\in A\setminus K$ をとる。$K[x]$ は斜体 $A$ の可換な部分環で $K$ 上有限次元の整域だから体であり、$L:=K[x]$ とおくと $[L:K]\ge2$ である。中心単純環 の記事の定理「中心化環の次元」により、$L$ の中心化環 $C_A(L)$ について $[L:K]\cdot\dim_KC_A(L)=\dim_KA=4$ が成り立つ。$L$ は可換なので $L\subset C_A(L)$、よって $[L:K]^2\le4$ となり $[L:K]=2$、$C_A(L)=L$ である。$x$ は $K$ 上 2 次の方程式 $x^2+\beta x+\gamma=0$ を満たすので、$i:=x+\beta/2$ とおくと $i^2=\beta^2/4-\gamma=:a\in K$ で、$i\notin K$ かつ $A$ が斜体なので $a=i^2\ne0$ である。$L=K+Ki$ である。
$L$ の $K$ 自己同型 $\sigma\colon i\mapsto-i$ は単純な部分多元環 $L$ から $A$ への 2 つの埋め込み $\mathrm{id}$、$\sigma$ を与えるので、Skolem–Noetherの定理(中心単純環 の記事の定理「単純部分代数の埋め込みの共役性」)により $j\in A^\times$ で $j\ell j^{-1}=\sigma(\ell)$($\ell\in L$)を満たすものがある。とくに $ji=-ij$ である。$j^2$ は $j^2ij^{-2}=\sigma^2(i)=i$ より $i$ と可換なので $j^2\in C_A(L)=L$ であり、$j^2=\alpha+\beta'i$($\alpha,\beta'\in K$)と書ける。$j$ は $j^2$ と可換だから $j(\alpha+\beta'i)=(\alpha+\beta'i)j$、すなわち $\alpha j-\beta'ij=\alpha j+\beta'ij$ となり、$2\beta'ij=0$、$ij\ne0$ より $\beta'=0$ である。よって $b:=j^2\in K$ で、$j$ が可逆なので $b\ne0$ である。
最後に $1,i,j,ij$ が一次独立であることを示す。$j\in L$ なら $j$ は $i$ と可換で $ij=-ij$、$2ij=0$ となって矛盾するので $j\notin L$ である。$\ell_1+\ell_2j=0$($\ell_1,\ell_2\in L$)で $\ell_2\ne0$ なら $j=-\ell_2^{-1}\ell_1\in L$ となって矛盾するから $\ell_2=0$、したがって $\ell_1=0$ である。よって $L\oplus Lj$ は $4$ 次元で $A$ に等しく、$I:=i$、$J:=j$ に lem-quaternion-algebra-universal を適用して $(a,b)_K\cong A$ を得る。

Brauer群との関係

四元数環の類は位数2以下

$Q=(a,b)_K$ の Brauer群 $\operatorname{Br}(K)$ における類を $[Q]$ と書く。

  1. $2[Q]=0$、すなわち $Q\otimes_KQ\cong M_4(K)$ である。
  2. $[Q]=0$ であることと $Q$ が分裂することとは同値である。
  3. 2 つの四元数環 $Q,Q'$ について、$Q\cong Q'$ であることと $[Q]=[Q']$ とは同値である。
  1. prop-quaternion-algebra-conjugation の 1 により共役 $q\mapsto\bar q$ は $K$ 線形な全単射で $\overline{pq}=\bar q\bar p$ を満たすので、反対環 $Q^{\mathrm{op}}$ への多元環の同型 $Q\to Q^{\mathrm{op}}$ を与える。中心単純環 の記事の命題「反対代数とのテンソル積」(テンソル積)により $Q\otimes_KQ^{\mathrm{op}}\cong\operatorname{End}_K(Q)\cong M_4(K)$ なので、$Q\otimes_KQ\cong M_4(K)$、すなわち $[Q]+[Q]=0$ である。
  2. $[Q]=0$ は $Q\cong M_n(K)$ なる $n$ の存在と同値で、次元を比べて $n=2$ である。
  3. Brauer群 の記事の命題「斜体による代表」により、各類はただ 1 つの中心斜体 $D$(同型を除く)で代表され、$Q\cong M_n(D)$、$n^2\dim_KD=4$ である。$[Q]=[Q']$ なら $Q$ と $Q'$ は同じ $D$ をもち、$n$ は $\dim_KD$ から決まるので $Q\cong M_n(D)\cong Q'$ である。逆は明らかである。
記号の双線形性とノルム形式による分類

$a,b,c\in K^\times$ に対して $\operatorname{Br}(K)$ の中で
$$ [(a,b)_K]+[(a,c)_K]=[(a,bc)_K],\qquad[(a,b)_K]=[(b,a)_K],\qquad[(a,1-a)_K]=0 $$
が成り立つ(GS06 第 1 章 §1.5。第 1 の関係式は $(a,b)_K\otimes_K(a,c)_K\cong(a,bc)_K\otimes_KM_2(K)$ という同型として示される)。したがって $(a,b)\mapsto[(a,b)_K]$ は $K^\times/K^{\times2}\times K^\times/K^{\times2}\to\operatorname{Br}(K)[2]$ の双線形な対称写像で、Steinberg の関係式を満たす。これが Milnor K群 $K_2(K)/2$ からの準同型を与え、thm-quaternion-algebra-merkurjev の枠組みになる。また、四元数環はそのノルム形式で決まる:$(a,b)_K\cong(a',b')_K$ であることと、2 次形式 $\langle1,-a,-b,ab\rangle$ と $\langle1,-a',-b',a'b'\rangle$ が同値であることとは同値である(Lam05 第 III 章定理 2.5)。ノルム形式は 2 重 Pfister 形式(Pfister形式)$\langle\!\langle a,b\rangle\!\rangle$ であり、四元数環の理論は 2 重 Pfister 形式の理論と同じものである。

Merkurjev の定理

$K$ を標数 $2$ でない体とする。$\operatorname{Br}(K)$ の 2 捩れ部分群 $\operatorname{Br}(K)[2]=\{\xi\mid2\xi=0\}$ は四元数環の類 $[(a,b)_K]$ たちで生成される。より正確に、$a\otimes b\mapsto[(a,b)_K]$ は同型
$$ K_2(K)/2K_2(K)\;\xrightarrow{\ \sim\ }\;\operatorname{Br}(K)[2] $$
を与える。

Merkurjev の定理の出典

Merkurjev(1981 年、Mer81)による。証明は GS06 第 8 章に譲る。定理の前半(生成)は初等的でなく、たとえば $\operatorname{Br}(K)[2]$ の元が四元数環のテンソル積で表されることを主張するが、ex-quaternion-algebra-biquaternion のとおり単一の四元数環で表されるとは限らない。$\ell$ を任意の素数($\ell\ne\operatorname{char}K$)とし $\mu_\ell\subset K$ とした一般化が Merkurjev–Suslin の定理($K_2(K)/\ell\cong\operatorname{Br}(K)[\ell]$)である。

Hilbert 記号と局所体・大域体

Hilbert 記号の定義

$F$ を標数 $2$ でない体、$a,b\in F^\times$ とする。$z^2=ax^2+by^2$ が $F$ に $(0,0,0)$ でない解をもつとき $(a,b)_F:=1$、もたないとき $(a,b)_F:=-1$ と定め、これを $F$ 上のHilbert 記号(Hilbert記号)という。$F$ が大域体 $k$ の素点 $v$ での完備化 $k_v$ のときは $(a,b)_v$ とも書く。

四元数環と Hilbert 記号

$(a,b)_F$ が分裂することと Hilbert 記号 $(a,b)_F=1$ とは同値である。したがって Hilbert 記号は $\operatorname{Br}(F)$ における四元数環の類 $[(a,b)_F]$ が $0$ かどうかを表し、$(a,b)_F=-1$ であることと $(a,b)_F$ が斜体であることとは同値である。

thm-quaternion-algebra-split の 1 と 4 の同値そのものである。

局所体と大域体の上の四元数環

以下は本記事では証明しない標準的事実である。

  1. $\mathbb{R}$ 上:$(a,b)_\infty=-1$ であることと $a<0$ かつ $b<0$ とは同値である(ex-quaternion-algebra-real)。
  2. p進数体 $\mathbb{Q}_p$ 上(Ser73 第 III 章 §1 定理 1):$a=p^\alpha u$、$b=p^\beta v$($u,v$ は $p$ 進単数)と書く。$p$ が奇素数なら
    $$ (a,b)_p=(-1)^{\alpha\beta\epsilon(p)}\Bigl(\frac{u}{p}\Bigr)^{\beta}\Bigl(\frac{v}{p}\Bigr)^{\alpha},\qquad\epsilon(n):=\frac{n-1}{2}\bmod2 $$
    であり($\bigl(\tfrac{\cdot}{p}\bigr)$ はLegendre記号)、$p=2$ なら
    $$ (a,b)_2=(-1)^{\epsilon(u)\epsilon(v)+\alpha\omega(v)+\beta\omega(u)},\qquad\omega(n):=\frac{n^2-1}{8}\bmod2 $$
    である。とくに $p$ 進単数 $u$ で $\bigl(\tfrac{u}{p}\bigr)=-1$ なるものをとると $(u,p)_{\mathbb{Q}_p}$ は斜体である。
  3. 標数 $2$ でない局所体 $F$($\mathbb{Q}_p$ の有限次拡大や $\mathbb{F}_q((t))$、$q$ 奇数)上には、同型を除いてちょうど 1 つの四元数斜体があり、それは $(u,\pi)_F$($u$ は $F(\sqrt u)$ が $F$ の不分岐 2 次拡大となる単数、$\pi$ は素元。$F$ の剰余標数が奇数なら、$u$ は剰余体で平方数でない単数にとれる)で与えられる。これは $\operatorname{Br}(F)\cong\mathbb{Q}/\mathbb{Z}$ の位数 $2$ の唯一の元に対応する(Ser79 第 XIII 章、GS06 第 6 章)。
  4. Hilbert の相互律(Ser73 第 III 章 §2 定理 3):$a,b\in\mathbb{Q}^\times$ に対し、素点 $v$ を $\mathbb{Q}$ のすべての素数と $\infty$ にわたらせると、$(a,b)_v=1$ となる $v$ は有限個を除いてすべてであり、$\prod_v(a,b)_v=1$ が成り立つ。したがって $(a,b)_{\mathbb{Q}}$ が分裂しない素点の集合(分岐集合 $\operatorname{Ram}(Q)$)は偶数個の元からなる有限集合である。
  5. Hasse の原理(Hasse原理。Hasse–Minkowski の定理の 3 変数の場合。Ser73 第 IV 章 §3):$(a,b)_{\mathbb{Q}}$ が分裂することと、すべての素点 $v$ で $(a,b)_v=1$ であることとは同値である。さらに Albert–Brauer–Hasse–Noether の定理により、$\mathbb{Q}$ 上の四元数環は分岐集合で同型を除いて決まり、任意の偶数個の素点からなる有限集合が分岐集合として現れる。一般の代数体でも、複素素点を含まない偶数個の素点の集合について同じことが成り立つ。
幾何と環論への広がり

四元数環 $(a,b)_K$ には円錐曲線 $C\colon ax^2+by^2=z^2\subset\mathbb{P}^2_K$(射影平面)が付随し、thm-quaternion-algebra-split の 4 は「$Q$ が分裂する $\iff$ $C$ が $K$ 有理点をもつ $\iff$ $C\cong\mathbb{P}^1_K$」と読める。$C$ は $Q$ に対応する 1 次元の Severi–Brauer多様体 である。可換環 $R$ 上で $2ab$ が単元のとき、同じ関係式で定めた $(a,b)_R$ は Azumaya代数 であり、各剰余体上で四元数環になる(Azumaya代数 の記事の例)。四元数環の整環(order)、とくに極大整環と Eichler 整環は、モジュラー曲線・志村曲線と超特異楕円曲線の数論に現れる(Sil09 第 V 章、Deu41)。

関連項目

参考文献

[1]
Philippe Gille, Tamás Szamuely, Central Simple Algebras and Galois Cohomology, Cambridge University Press, 2006, 第 1 章(四元数環:基本性質、2 次拡大による分裂、付随する円錐曲線、§1.5 テンソル積と記号の双線形性、標数 2 の演習)、第 6 章(局所体の Brauer 群)、第 8 章(Merkurjev–Suslin の定理)
[2]
T. Y. Lam, Introduction to Quadratic Forms over Fields, American Mathematical Society, 2005, 第 III 章(四元数環とノルム形式、定理 2.5:ノルム形式による分類、2 重 Pfister 形式、Albert 形式と双四元数環)
[3]
Jean-Pierre Serre, A Course in Arithmetic, Springer, 1973, 第 I 章 §2(Chevalley–Warning)、第 III 章 §1 定理 1($\mathbb{Q}_p$ と $\mathbb{R}$ の Hilbert 記号の計算)、第 III 章 §2 定理 3(Hilbert の相互律)、第 IV 章 §3(Hasse–Minkowski の定理)
[4]
Jean-Pierre Serre, Local Fields, Springer, 1979, 第 XIII 章(局所体の Brauer 群 $\operatorname{Br}(F)\cong\mathbb{Q}/\mathbb{Z}$、唯一の四元数斜体)
[6]
Joseph H. Silverman, The Arithmetic of Elliptic Curves, Springer, 2009, III.9(自己準同型環の構造)、V.3.1(超特異楕円曲線の自己準同型環は四元数環)
[7]
Max Deuring, Die Typen der Multiplikatorenringe elliptischer Funktionenkörper, Abhandlungen aus dem Mathematischen Seminar der Universität Hamburg 14, pp. 197–272, 1941, 超特異楕円曲線の自己準同型環が $p$ と $\infty$ で分岐する四元数体 $B_{p,\infty}$ の極大整環であること
[8]
A. S. Merkurjev, On the norm residue symbol of degree 2, Doklady Akademii Nauk SSSR 261, no. 3, pp. 542–547(英訳:Soviet Mathematics Doklady 24 (1981), pp. 546–551), 1981, $K_2(K)/2\cong\operatorname{Br}(K)[2]$(Brauer 群の 2 捩れ部分は四元数環の類で生成される)

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