仮説検定の考え方

同義語:idea of hypothesis testing

概要

仮説検定の考え方(idea of hypothesis testing)とは、ある主張が正しいかをデータで判断するために、主張に反する仮説(帰無仮説)を立て、その仮説が正しいとしたときに観測した結果と同じかそれ以上に極端な結果が起こる確率を実験・シミュレーションや数え上げで求め、あらかじめ決めた基準(有意水準、たとえば 5%)以下なら仮説を棄却する考え方である。公平な硬貨を 20 回投げて表が 15 回以上になる確率は $21700/2^{20}\approx0.0207$ で、5% の基準では棄却する。$1/2^n\le\alpha$ なら、この判断は「表の回数がある境目以上か」の判断と同じになる。背理法と違い確率による判断なので、正しい仮説を棄却することも、誤った仮説を棄却しないこともある。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 確率の定義と条件付き確率, 二項定理と組合せの恒等式

高校での出発点:偶然でもこのくらいは起こるか

硬貨を 20 回投げたら、表が 15 回出た。この硬貨は表が出やすいのだろうか。それとも、ふつうの硬貨でも偶然このくらいは起こるのだろうか。数学 I の 仮説検定の考え方 は、この問いに「仮に偶然だとしたら、こんな結果はどのくらいの確率で起こるか」を調べて答える。確率が十分小さければ「偶然とは考えにくい」と判断する。この記事では、この考え方の筋道と、その確率を正確に求める方法を調べる。まず 2 つの例で、実験(シミュレーション)を使って考えてみる。

20 回投げて表が 15 回

「表と裏が同じ確率 $\frac12$ で出る硬貨(公平な硬貨)を 20 回投げる」ことを 1 セットとし、コンピュータで 1000 セット繰り返した。表の回数ごとのセット数は次のとおりであった(図 1)。

表の回数$4$ 以下$5$$6$$7$$8$$9$$10$$11$$12$$13$$14$$15$$16$$17$$18$ 以上
セット数$4$$16$$31$$79$$113$$165$$180$$147$$133$$74$$40$$10$$7$$1$$0$

表が $15$ 回以上だったのは $10+7+1=18$ セットで、1000 セットのうち $1.8\%$ である。公平な硬貨でも起こりうるが、めったに起こらない。基準を $5\%$ と決めておけば、$1.8\%\le5\%$ なので、「公平な硬貨で偶然起こったとは考えにくい。この硬貨は表が出やすいと判断してよい」と結論する。

公平な硬貨を 20 回投げる実験を 1000 セット行った結果。15 回以上(色の濃い棒)は 18 セットで、灰色の点は正確な確率から計算した期待されるセット数 公平な硬貨を 20 回投げる実験を 1000 セット行った結果。15 回以上(色の濃い棒)は 18 セットで、灰色の点は正確な確率から計算した期待されるセット数

20 人中 13 人が新商品を選んだ

新しい味のお茶 A と今までのお茶 B を 20 人に飲み比べてもらったら、13 人が A のほうがおいしいと答えた。「A のほうが好まれる」と言ってよいだろうか。
仮に好みに差がなく、1 人 1 人が A と B を確率 $\frac12$ ずつで選ぶとする。これは公平な硬貨を 20 回投げて表の回数を数えるのと同じ状況なので、ex-iht-coin20 のシミュレーションがそのまま使える。13 人以上が A を選ぶのは、表が $13$ 回以上のセットにあたり、その数は
$$ 74+40+10+7+1=132 $$
で、1000 セットのうち $13.2\%$ である。$13.2\%>5\%$ なので、この程度の偏りは偶然でもよく起こる。「A のほうが好まれるとは言えない」と判断する。これは「好みに差がない」と証明したことではない(ex-iht-not-reject)。

2 つの例から、次の問いが出てくる。

  1. 判断の手順を、言葉で正確に書くとどうなるか。→ def-iht-procedure
  2. シミュレーションの $1.8\%$ は、正確にはいくつか。→ prop-iht-tail、ex-iht-tail20
  3. 「確率が $5\%$ 以下か」で判断することと、「表が何回以上か」で判断することは同じか。→ thm-iht-border
  4. この判断は、背理法とどう違うのか。判断が誤ることはあるか。→ rem-iht-contradiction、ex-iht-true-rejected
    高校の言葉この記事の言葉大学の言葉
    「偶然だとしたら」仮説(帰無仮説)帰無仮説
    基準となる確率 $5\%$有意水準 $\alpha$有意水準
    「観測した結果以上に極端な結果の確率」$T(k)$$p$ 値
    「表が 15 回以上なら偶然とは考えにくい」判断の境目 $k_0$棄却域

仮説検定の考え方の手順

ex-iht-coin20 と ex-iht-survey で使った手順を、言葉で書き出す。

仮説検定の手順

ある主張(たとえば「この硬貨は表が出やすい」)が正しいかどうかを、データから次の手順で判断することを 仮説検定 という。

  1. 主張に反する仮説を立てる(たとえば「表の出る確率は $\frac12$」)。これを 帰無仮説 という。
  2. 判断の基準にする確率 $\alpha$ を、データを見る前に決める。これを 有意水準 という。$\alpha=0.05$($5\%$)がよく使われる。
  3. 帰無仮説が正しいとしたときに、観測した結果と同じか、それよりも主張の向きに極端な結果が起こる確率を求める。
  4. その確率が $\alpha$ 以下なら、「帰無仮説のもとではめったに起こらないことが起こった」と考えて、帰無仮説を 棄却 する(主張が正しいと判断する)。$\alpha$ より大きければ、帰無仮説を棄却しない(主張が正しいとも正しくないとも判断しない)。
    手順 3 の「主張の向きに極端」とは、主張が「表が出やすい」なら「表の回数が観測値以上」のことである。
手順に当てはめる

ex-iht-coin20 を手順どおりに書く。

  1. 主張「この硬貨は表が出やすい」に反する帰無仮説は「表の出る確率は $\frac12$」である。
  2. 有意水準を $\alpha=0.05$ とする。
  3. 観測した結果は「20 回中 15 回が表」で、それ以上に極端な結果は「表が 15 回以上」である。その確率は、シミュレーションではおよそ $0.018$ である(正確な値は ex-iht-tail20 で約 $0.0207$)。
  4. $0.018\le0.05$ なので帰無仮説を棄却し、「この硬貨は表が出やすい」と判断する。
    ex-iht-survey では、手順 3 の確率がおよそ $0.132$ で $0.05$ より大きいので、帰無仮説「A と B が選ばれる確率は $\frac12$ ずつ」を棄却しない。

手順 3 の確率を、数学 I ではおもに実験やシミュレーションの相対度数で求める。試行の回数を増やすと、相対度数は正確な確率に近づく(大数の法則とさいころの平均)。次の節では、同じ確率を数え上げで正確に求める。

確率を正確に求める:反復試行の数え上げ

公平な硬貨を $n$ 回投げたときの表の回数を $X$ とする。$0\le k\le n$ に対し、表が $k$ 回以上になる確率を
$$ T(k)=P(X\ge k) $$
と書く。$T(k)$ は、手順 3 で「表が $k$ 回出た」ときに求める確率である。

表が $k$ 回以上になる確率

公平な硬貨を $n$ 回投げるとき、$0\le j\le n$ に対して
$$ P(X=j)=\frac{\binom nj}{2^n},\qquad T(k)=\frac1{2^n}\sum_{j=k}^n\binom nj $$
である。さらに $P(X\ge k)=P(X\le n-k)$ が成り立つ。

表裏の並びを数える

方針:$n$ 回の結果を表裏の並びとして数える。どの並びも同じ確率で起こることを使う。
段 1(1 つの並びの確率)。$n$ 回の結果は「表・裏・表・…」のような長さ $n$ の並びで、全部で $2^n$ 通りある。各回で表と裏は確率 $\frac12$ ずつで、各回の結果は互いに影響しない(独立)ので、1 つの並びが起こる確率は $\left(\frac12\right)^n=\frac1{2^n}$ である。
段 2(表がちょうど $j$ 回の並びの個数)。表がちょうど $j$ 回の並びは、$n$ 個の位置から表になる $j$ 個の位置を選べば 1 つに決まる。位置の選び方は $\binom nj$ 通りなので、そのような並びは $\binom nj$ 個ある。段 1 と合わせて、$P(X=j)=\binom nj\cdot\frac1{2^n}$ である。
段 3($k$ 回以上)。「$X=k$」「$X=k+1$」…「$X=n$」は同時には起こらない(表の回数は 1 つに決まる)ので、確率は足してよい。よって $T(k)=\sum_{j=k}^nP(X=j)=\frac1{2^n}\sum_{j=k}^n\binom nj$ である。
段 4(対称性)。各並びの表と裏を入れ替えると、表が $j$ 回の並びは表が $n-j$ 回の並びに 1 対 1 に移る。したがって $\binom nj=\binom n{n-j}$ で、$P(X=j)=P(X=n-j)$ である。$j=k,k+1,\dots,n$ について足すと、右辺は $n-j=n-k,n-k-1,\dots,0$ についての和になるので、$P(X\ge k)=P(X\le n-k)$ である。$\square$

20 回投げて表が 15 回以上になる確率

$n=20$、$2^{20}=1048576$ である。二項係数は
$$ \binom{20}{15}=15504,\ \binom{20}{16}=4845,\ \binom{20}{17}=1140,\ \binom{20}{18}=190,\ \binom{20}{19}=20,\ \binom{20}{20}=1 $$
で、その和は $21700$ である。よって
$$ T(15)=\frac{21700}{1048576}=0.02069\ldots $$
である(図 2)。ex-iht-coin20 のシミュレーションの $1.8\%$ はこの値に近い。さらに $\binom{20}{14}=38760$ を足すと
$$ T(14)=\frac{60460}{1048576}=0.05765\ldots $$
で、シミュレーションの $\frac{58}{1000}=5.8\%$ に近い。$\binom{20}{13}=77520$ も足すと $T(13)=\frac{137980}{1048576}=0.13158\ldots$ で、ex-iht-survey のシミュレーションの $13.2\%$ に近い。

公平な硬貨を 20 回投げたときの表の回数の確率。15 回以上の部分(濃い色)の確率の和は約 0.0207 公平な硬貨を 20 回投げたときの表の回数の確率。15 回以上の部分(濃い色)の確率の和は約 0.0207

10 回投げる場合

$n=10$、$2^{10}=1024$ で、$\binom{10}{8}=45$、$\binom{10}9=10$、$\binom{10}{10}=1$ である。

  • 表が 9 回:$T(9)=\dfrac{10+1}{1024}=\dfrac{11}{1024}=0.0107\ldots$ で、$0.05$ 以下なので棄却する。
  • 表が 8 回:$T(8)=\dfrac{45+10+1}{1024}=\dfrac{56}{1024}=0.0546\ldots$ で、$0.05$ より大きいので棄却しない。
    同じ「表の割合 $80\%$」でも、20 回中 16 回なら $T(16)=\dfrac{4845+1140+190+20+1}{1048576}=\dfrac{6196}{1048576}=0.0059\ldots$ で棄却される。回数が多いほど、同じ割合の偏りは偶然では起こりにくくなる。
    ここでは「表が出やすい」向きだけを考えた(片側)。表が多すぎる場合も少なすぎる場合も考えると(両側)、prop-iht-tail の対称性から確率はそれぞれ 2 倍の $\dfrac{22}{1024}=0.0214\ldots$、$\dfrac{112}{1024}=0.109\ldots$ になる。9 回なら棄却し 8 回なら棄却しないという結論は同じである。両側で考える方法は 仮説検定(高校数学) で扱う。

主定理:確率で判断することと境目で判断すること

ex-iht-tail20 では、$T(14)>0.05$、$T(15)\le0.05$ であった。表が 15 回以上なら棄却し、14 回以下なら棄却しない。つまり「確率が $\alpha$ 以下か」という判断は、「表の回数がある境目以上か」という判断に置き換えられそうである。これを定理にする。

$k$ 回以上になる確率は $k$ とともに減る

$0\le k\le n-1$ について $T(k)>T(k+1)$ である。

差が 1 つの項になる

prop-iht-tail の式から
$$ T(k)-T(k+1)=\frac1{2^n}\sum_{j=k}^n\binom nj-\frac1{2^n}\sum_{j=k+1}^n\binom nj=\frac1{2^n}\binom nk $$
である(2 つの和で共通の $j=k+1,\dots,n$ の項が消え、$j=k$ の項だけが残る)。$\binom nk\ge1$ なので、これは正である。$\square$

判断の境目

公平な硬貨を $n$ 回投げる。有意水準 $\alpha$($0<\alpha<1$)が $\dfrac1{2^n}\le\alpha$ を満たすとする。$T(k)\le\alpha$ となる $k$($0\le k\le n$)のうち最小のものを $k_0$ とする。このとき、観測した表の回数 $k$($0\le k\le n$)について
$$ T(k)\le\alpha\iff k\ge k_0 $$
が成り立つ。つまり、def-iht-procedure の手順で帰無仮説を棄却するのは、表の回数が $k_0$ 以上のときであり、そのときに限る。

減ることと最小の選び方を使う

方針:まず $k_0$ が存在することを確かめる。次に、$k\ge k_0$ なら lem-iht-decrease で $T(k)\le T(k_0)$、$k< k_0$ なら $k_0$ の選び方から $T(k)>\alpha$ を示す。
段 1($k_0$ が存在する)。prop-iht-tail より $T(n)=\dfrac{\binom nn}{2^n}=\dfrac1{2^n}$ で、仮定からこれは $\alpha$ 以下である。したがって $T(k)\le\alpha$ となる $k$ が少なくとも 1 つ($k=n$)あり、$0$ 以上 $n$ 以下の整数のうちの有限個なので、最小のもの $k_0$ が決まる。
段 2($k\ge k_0$ なら $T(k)\le\alpha$)。$k=k_0$ なら $k_0$ の定め方から $T(k_0)\le\alpha$ である。$k>k_0$ なら、lem-iht-decrease を $k_0,k_0+1,\dots,k-1$ に順に使って $T(k_0)>T(k_0+1)>\dots>T(k)$ となるので、$T(k)< T(k_0)\le\alpha$ である。
段 3($k< k_0$ なら $T(k)>\alpha$)。$k< k_0$ で $T(k)\le\alpha$ だったとすると、$k$ は「$T(k)\le\alpha$ となる $k$」の 1 つで $k_0$ より小さい。これは $k_0$ が最小であることに反する。よって $T(k)>\alpha$ である。
段 2 と段 3 で、$T(k)\le\alpha$ と $k\ge k_0$ が同値であることが示された。$\square$

境目を求める

$\alpha=0.05$ として、prop-iht-tail の式で $T(k)$ を計算すると、次のようになる(表の小数は小数第 5 位を四捨五入した値。本文で $0.0546\ldots$ のように「$\ldots$」を付けた小数は、そこまでで切り捨てた値である)。

$n$$T(k_0-1)$$T(k_0)$境目 $k_0$
$10$$T(8)=\frac{56}{1024}=0.0547$$T(9)=\frac{11}{1024}=0.0107$$9$
$20$$T(14)=0.0577$$T(15)=0.0207$$15$
$25$$T(17)=0.0539$$T(18)=0.0216$$18$

$n=20$ では、表が 15 回以上なら棄却し、14 回以下なら棄却しない(図 3)。$n=25$ の $T(18)$ は $\dfrac{1}{2^{25}}\sum_{j=18}^{25}\binom{25}j=\dfrac{726206}{33554432}=0.02164\ldots$ である。たとえば 25 人中 18 人が新商品を選んだら、有意水準 $5\%$ で「新商品のほうが好まれる」と判断する。

表が k 回以上になる確率 T(k)(n=20)。k とともに減り、k=15 で初めて基準 0.05 を下回る 表が k 回以上になる確率 T(k)(n=20)。k とともに減り、k=15 で初めて基準 0.05 を下回る
境目 $k_0$ 以上の回数の集まり($n=20$ なら $\{15,16,\dots,20\}$)を 棄却域 という。棄却域をデータを見る前に決めておけば、あとは観測した回数が棄却域に入るかを見るだけでよい。数学 B では、表の回数を正規分布で近似して棄却域を決める(仮説検定(高校数学))。

背理法との違い

仮説検定の筋道は、「仮説を立て、そこから起こりにくいことを導き、仮説を退ける」という点で 背理法 に似ている。しかし大事な違いがある。

背理法と仮説検定の比較
背理法仮説検定
最初に置くもの示したいことの否定主張に反する帰無仮説
そこから導くもの矛盾(決して起こらないこと)帰無仮説のもとで確率 $\alpha$ 以下のこと
結論否定が偽である(確実)帰無仮説を棄却する(誤る可能性がある)
導けなかったとき何も言えない帰無仮説を棄却しない(正しいとは言わない)

背理法で導く矛盾は、仮定のもとで確率 $0$ のことである。仮説検定で観測するのは、帰無仮説のもとでも確率 $T(k)>0$ で起こりうることである。だから、帰無仮説が正しいのに棄却してしまうことがある(ex-iht-true-rejected)。逆に、棄却しなかったからといって帰無仮説が正しいとは限らない(ex-iht-not-reject)。また、$T(k)$ は「帰無仮説が正しいとしたときに、この結果以上に極端な結果が起こる確率」であり、「帰無仮説が正しい確率」ではない。この違いは 仮説検定(高校数学) で例を挙げて調べる。

反例:帰無仮説が正しくても棄却されることがある

ex-iht-coin20 のシミュレーションは、公平な硬貨(帰無仮説が正しい)で行ったものである。それでも 1000 セットのうち 18 セットは表が 15 回以上で、そのセットだけを見た人は「表が出やすい」と誤って判断する。
正確には、帰無仮説が正しいときにこの誤りが起こる確率は $T(15)=0.0206\ldots$ で、有意水準 $0.05$ 以下である。thm-iht-border より、棄却するのは表が $k_0$ 回以上のときだけなので、この誤りの確率はいつも $T(k_0)\le\alpha$ に収まる。これを数学 B では第 1 種の誤りの確率と呼ぶ(仮説検定(高校数学))。

反例:棄却しないことは帰無仮説が正しい証明ではない

本当は表の出る確率が $0.6$ の硬貨を 20 回投げるとする。表が 15 回以上になる確率は
$$ \sum_{j=15}^{20}\binom{20}j(0.6)^j(0.4)^{20-j}=0.1255\ldots $$
である(各並びの確率が $(0.6)^j(0.4)^{20-j}$ になることのほかは、prf-iht-tail と同じ数え方)。したがって、帰無仮説「表の確率は $\frac12$」は誤っているのに、およそ $87\%$ の確率で棄却されない。棄却されなかったときの結論は「表が出やすいとは言えない」であり、「公平である」ではない。

例と反例

thm-iht-border と手順 def-iht-procedure の条件を外すと何が崩れるかをまとめる。

外した条件崩れることボックス
$\frac1{2^n}\le\alpha$どんな結果でも棄却できない($k_0$ がない)ex-iht-too-few
有意水準をデータを見る前に決める同じデータで結論を好きなほうに変えられるex-iht-change-alpha
極端の向きを主張から決める主張と関係のない向きの偏りで判断してしまうex-iht-direction
帰無仮説が正しい棄却されにくくても、帰無仮説が正しいとは限らないex-iht-not-reject
反例:回数が少なすぎると判断できない

$n=4$ で $\alpha=0.05$ とする。4 回とも表でも、$T(4)=\dfrac1{16}=0.0625>0.05$ である。lem-iht-decrease より $T(k)\ge T(4)$ なので、どの結果でも $T(k)>0.05$ で、帰無仮説は決して棄却されない。thm-iht-border の仮定 $\dfrac1{2^n}\le\alpha$ が崩れ、$k_0$ が存在しない。$n=5$ なら $T(5)=\dfrac1{32}=0.03125\le0.05$ で、5 回とも表のときだけ棄却される。

反例:データを見てから有意水準を変える

20 回中 14 回が表だったとする。$T(14)=0.0576\ldots>0.05$ なので、有意水準 $5\%$ では棄却しない。ここで「有意水準を $10\%$ にしよう」と変えると、$0.0576\ldots\le0.10$ なので棄却になる。データを見てから基準を動かせば、同じデータから好きな結論を出せてしまう。有意水準を $10\%$ にすること自体は誤りではないが、データを見る前に決めておく必要がある(def-iht-procedure の手順 2)。

反例:極端の向きを取り違える

主張が「この硬貨は表が出やすい」で、20 回中 5 回しか表が出なかったとする。主張の向きに極端な結果は「表が 5 回以上」で、その確率は $T(5)=P(X\ge5)=0.9940\ldots$ である。これは主張をまったく支持しない。
一方、prop-iht-tail の対称性から $P(X\le5)=P(X\ge15)=0.0206\ldots$ で、表が少ない向きには偏っている。しかしこれは「裏が出やすい」という別の主張の証拠であり、「表が出やすい」の証拠ではない。結果を見てから向きを選ぶと、どちらの向きの偏りでも棄却になり、ex-iht-true-rejected の誤りの確率が 2 倍の $2T(15)=0.0413\ldots$ に増える。両方の向きを最初から考える方法(両側検定)は 仮説検定(高校数学) で扱う。

大学数学で見る:紅茶の実験と $p$ 値

仮説検定の考え方を説明する例としてよく知られているのが、統計学者 Fisher が 1935 年の本で紹介した「紅茶の実験」である(Fis90 に再録された The Design of Experiments の第 2 章)。ある婦人が「ミルクティーは、ミルクを先に入れたか紅茶を先に入れたかを味で区別できる」と言った。これを確かめる実験を、高校数学で解ける問題の形にする。

問題:紅茶の実験

8 杯のミルクティーのうち、4 杯はミルクを先に、4 杯は紅茶を先に入れて作る。どれがどちらかは知らせずに、ただし「4 杯ずつ」とは伝えて 8 杯を飲んでもらい、ミルクが先だと思う 4 杯を選んでもらう。
帰無仮説「味で区別できず、8 杯から 4 杯をでたらめに選ぶ(どの選び方も同じ確率)」のもとで、次を求めよ。
(1) 4 杯すべてを正しく選ぶ確率。
(2) ちょうど 3 杯を正しく選ぶ確率。
(3) 有意水準 $5\%$ で帰無仮説を棄却するのは、何杯正しく選んだときか。

高校数学で解く:組合せで数える

方針:8 杯から 4 杯の選び方をすべて数え、正しく選んだ杯数ごとに分ける。
段 1(全体)。8 杯から 4 杯を選ぶ選び方は $\binom84=\dfrac{8\cdot7\cdot6\cdot5}{4\cdot3\cdot2\cdot1}=70$ 通りで、帰無仮説のもとではどれも確率 $\dfrac1{70}$ である。
段 2(正しく選んだ杯数が $j$)。選んだ 4 杯のうち $j$ 杯が本当にミルクが先のもの、残りの $4-j$ 杯が紅茶が先のものである。前者は 4 杯から $j$ 杯、後者は 4 杯から $4-j$ 杯を選ぶので、選び方は $\binom4j\binom4{4-j}$ 通りである。$j=0,1,2,3,4$ について
$$ 1,\quad 16,\quad 36,\quad 16,\quad 1 $$
で、合計は $70$ になる。
段 3((1)(2))。すべて正しいのは $j=4$ で、確率は $\dfrac1{70}=0.0142\ldots$ である。ちょうど 3 杯は $j=3$ で、確率は $\dfrac{16}{70}=0.228\ldots$ である。
段 4((3))。「$j$ 杯以上正しい」確率は、$j=4$ なら $\dfrac1{70}=0.0142\ldots\le0.05$、$j=3$ なら $\dfrac{16+1}{70}=\dfrac{17}{70}=0.242\ldots>0.05$ である。よって棄却するのは 4 杯すべてを正しく選んだときだけである。3 杯正しくても、でたらめに選んで 3 杯以上当たる確率が約 $24\%$ あるので、区別できる証拠にはならない。$\square$

大学数学で見る:$p$ 値と正確検定

prf-iht-tea-problem の段 2 の確率 $\dfrac{\binom4j\binom4{4-j}}{\binom84}$ は、超幾何分布 と呼ばれる確率分布である(超幾何分布)。硬貨の問題の $\dfrac{\binom nj}{2^n}$(二項分布)と同じく、「帰無仮説のもとで、どの結果も数え上げられ、確率が正確に分かる」ことが要点である。このように正規分布などの近似を使わずに数え上げで確率を求める検定を 正確検定 といい、紅茶の実験の形の検定は Fisher の正確検定と呼ばれる(Fisherの正確検定)。
観測した結果について「帰無仮説のもとで、それと同じかそれ以上に極端な結果が起こる確率」を $p$ 値 という(p値)。硬貨の例では $p$ 値は $T(k)$ そのもので、thm-iht-border は「$p$ 値が $\alpha$ 以下」と「観測値が棄却域に入る」が同じであることを述べている。大学の統計学では、この 2 つの見方のうち棄却域のほうを出発点にして、有意水準を守る棄却域の中で「帰無仮説が誤りのときに棄却できる確率」が最も大きいものを選ぶ理論(Neyman–Pearson の枠組み)を学ぶ(Neyman–Pearsonの補題)。その入口は 仮説検定(高校数学) にある。

さらに先へ

  • 回数 $n$ が大きいと、$\binom nj$ の和を直接計算するのは大変になる。数学 B では、二項分布を正規分布で近似して $T(k)$ を求める(二項分布から正規分布へ)。検定の手順を正規分布で行うのが 仮説検定(高校数学) である。
  • シミュレーションの相対度数が正確な確率に近づくことは、大数の法則で保証される(大数の法則とさいころの平均)。
  • 2 つのデータの違いを箱ひげ図で見たあと、その違いが偶然で説明できるかを調べるのに、同じ考え方を使う(四分位数と箱ひげ図)。

関連項目

参考文献

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