複素トーラス

同義語:complex torus

概要

複素トーラス(complex torus)とは、$\mathbb{C}^g$ をその格子 $\Lambda$($\mathbb{R}$ 上の基底をなす $2g$ 個のベクトルが生成する部分群)で割った商 $\mathbb{C}^g/\Lambda$ に、射影が局所的に双正則になる複素構造を入れたコンパクトな複素多様体であり、可換な複素 Lie 群でもある。位相的にはどれも $(S^1)^{2g}$ と同相だが、2 つの複素トーラスが双正則であるのは格子が $GL_g(\mathbb{C})$ の元で移り合うときに限る。$g=1$ では同型類は上半平面の $SL_2(\mathbb{Z})$ 軌道と 1 対 1 に対応し、どれも楕円曲線として実現される。$g\ge2$ では射影的でないものがある。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: リーマン面, 複素多様体, 位相群, 被覆空間

何を捉える概念か

平面 $\mathbb{R}^2$ を整数格子 $\mathbb{Z}^2$ で割ると、正方形の向かい合う辺を貼り合わせたドーナツの表面(トーラス)ができる。平面を複素平面 $\mathbb{C}$ とみて、割る格子を $\mathbb{Z}\omega_1+\mathbb{Z}\omega_2$ という一般の形にすると、商 $\mathbb{C}/\Lambda$ は位相的には同じドーナツでありながら、その上に「正則関数」を考えることのできる複素構造をもつ。これが 1 次元の複素トーラスである。格子の形を変えると、位相は変わらないのに複素構造は変わりうる。どの格子が同じ複素構造を与えるかは、格子を複素数倍で移り合うかどうかで完全に決まり、この分類がモジュラー群 $SL_2(\mathbb{Z})$ と上半平面の理論の出発点になる。
同じ構成を $\mathbb{C}^g$ とその中の格子で行うと、$g$ 次元の複素トーラスが得られる。これはコンパクトな複素多様体であると同時に可換な群で、群演算が正則写像になっている(複素 Lie 群)。1 次元の複素トーラスはすべて楕円曲線として代数的に実現されるが、2 次元以上では代数的に実現できないものがあり、実現できるものがアーベル多様体である。コンパクトなリーマン面 $X$ から作られる複素トーラス(Jacobi多様体)は、$X$ の上の因子の理論をトーラスの群構造に写し取る。

定義

格子

$g\ge1$ とし、$\mathbb{C}^g$ を実 $2g$ 次元のベクトル空間とみる。$\mathbb{C}^g$ の加法部分群 $\Lambda$ が格子(lattice)であるとは、$\mathbb{C}^g$ の $\mathbb{R}$ 上の基底 $v_1,\dots,v_{2g}$ が存在して
$$ \Lambda=\mathbb{Z}v_1+\cdots+\mathbb{Z}v_{2g}=\Bigl\{\sum_{j=1}^{2g}m_jv_j\ \Bigm|\ m_j\in\mathbb{Z}\Bigr\} $$
となることをいう。$v_1,\dots,v_{2g}$ を $\Lambda$ の基底といい、
$$ P:=\Bigl\{\sum_{j=1}^{2g}t_jv_j\ \Bigm|\ 0\le t_j<1\Bigr\} $$
を(この基底に関する)基本平行体という。$g=1$ のときは基本平行四辺形ともいう。

$v_1,\dots,v_{2g}$ は $\mathbb{R}$ 上 1 次独立なので、$\mathbb{R}$ 線形写像 $A\colon\mathbb{R}^{2g}\to\mathbb{C}^g$、$A(t_1,\dots,t_{2g}):=\sum_jt_jv_j$ は線形同型であり、$A(\mathbb{Z}^{2g})=\Lambda$ である。したがって $\Lambda$ は階数 $2g$ の自由アーベル群であり、$\mathbb{C}^g$ の中で離散的である:$A^{-1}$ は有界集合を有界集合に写し、有界集合に含まれる $\mathbb{Z}^{2g}$ の点は有限個なので、$\mathbb{C}^g$ の有界集合に含まれる $\Lambda$ の点も有限個である。また $\mathbb{C}^g$ の各点 $z$ は、$z=p+\lambda$($p\in P$、$\lambda\in\Lambda$)とただ 1 通りに書ける($A^{-1}z$ の各成分を整数部分と小数部分に分ければよい)。
$g=1$ のとき、格子は $\Lambda=\mathbb{Z}\omega_1+\mathbb{Z}\omega_2$($\omega_2/\omega_1\notin\mathbb{R}$)の形の部分群である。これは Weierstrassの楕円関数 の定義「複素平面の格子と楕円関数」の格子と同じものである。

複素トーラス

$\Lambda\subset\mathbb{C}^g$ を格子とする。商群 $X:=\mathbb{C}^g/\Lambda$ に、射影 $\pi\colon\mathbb{C}^g\to X$ による商位相を入れる。$\mathbb{C}^g$ の開集合 $B$ で $\pi|_B$ が単射になるものについて、$(\pi|_B)^{-1}\colon\pi(B)\to B$ を座標とする複素構造を $X$ に入れたものを、$g$ 次元の複素トーラス(complex torus)という。

この座標たちが実際に複素多様体の構造を定めること、$X$ がコンパクトであることなどは、次の節の thm-complex-torus-manifold で確かめる。この複素構造は、$\pi$ が局所的に双正則になる唯一のものである。$X$ の開集合 $U$ 上の関数 $\varphi$ が正則であることは、$\varphi\circ\pi$ が $\pi^{-1}(U)$ 上の正則関数であることと同値になる。
格子 Z+Zτ の点(灰色)と基本平行四辺形(赤く塗った部分)。赤い 2 辺どうし、青い 2 辺どうしを矢印の向きをそろえて貼り合わせると、複素トーラス C/Λ ができる 格子 Z+Zτ の点(灰色)と基本平行四辺形(赤く塗った部分)。赤い 2 辺どうし、青い 2 辺どうしを矢印の向きをそろえて貼り合わせると、複素トーラス C/Λ ができる
上の図は $g=1$、$\Lambda=\mathbb{Z}+\mathbb{Z}\tau$ の場合である。$\mathbb{C}$ の各点は基本平行四辺形の点に格子の元を足してただ 1 通りに表されるので、$\mathbb{C}/\Lambda$ は閉じた基本平行四辺形の辺を貼り合わせたものと見なせる。辺 $[0,1]$ の点 $t$ と辺 $[\tau,1+\tau]$ の点 $t+\tau$ は差が $\tau\in\Lambda$ なので同じ点になり、辺 $[0,\tau]$ と辺 $[1,1+\tau]$ も同様に貼り合わさる。4 つの頂点はすべて $0$ の類になる。

例

正方格子と六角格子

$\mathbb{Z}[i]=\mathbb{Z}+\mathbb{Z}i$(Gauss 整数の全体)と、$\omega:=e^{2\pi i/3}=\frac{-1+\sqrt{-3}}{2}$ に対する $\mathbb{Z}[\omega]=\mathbb{Z}+\mathbb{Z}\omega$(Eisenstein 整数の全体)は、どちらも $\mathbb{C}$ の格子である(基底 $1,i$ と $1,\omega$ の比 $i$、$\omega$ は実数でない)。基本平行四辺形は、前者では正方形、後者では内角 $60^\circ$ と $120^\circ$ のひし形である。$\mathbb{Z}[i]$ と $\mathbb{Z}[\omega]$ はどちらも積で閉じている($i^2=-1$、$\omega^2=-1-\omega$)ので、単なる格子ではなく $\mathbb{C}$ の部分環でもある。この 2 つの複素トーラス $\mathbb{C}/\mathbb{Z}[i]$ と $\mathbb{C}/\mathbb{Z}[\omega]$ は同相だが双正則ではない(ex-complex-torus-not-isomorphic)。

左はガウス整数の正方格子、右は Eisenstein 整数の六角格子。青い平行四辺形が基本平行四辺形、赤い点が原点からの距離 1 の格子点で、左は 4 個、右は 6 個ある 左はガウス整数の正方格子、右は Eisenstein 整数の六角格子。青い平行四辺形が基本平行四辺形、赤い点が原点からの距離 1 の格子点で、左は 4 個、右は 6 個ある

楕円曲線の積と一般の格子

$\Lambda_1,\dots,\Lambda_g\subset\mathbb{C}$ を格子とすると、$\Lambda_1\times\cdots\times\Lambda_g\subset\mathbb{C}^g$ は格子であり(各 $\Lambda_k$ の基底を第 $k$ 成分に置いた $2g$ 個のベクトルが $\mathbb{R}$ 上の基底になる)、
$$ \mathbb{C}^g/(\Lambda_1\times\cdots\times\Lambda_g)\cong\mathbb{C}/\Lambda_1\times\cdots\times\mathbb{C}/\Lambda_g $$
は 1 次元の複素トーラスの積である。一方、$g\ge2$ の格子は一般にこのような積の形をしていない。たとえば $2\times4$ 行列 $(I_2\mid Z)$($Z$ は虚部が正則な $2\times2$ 複素行列)の 4 本の列が生成する部分群は格子である。アーベル多様体 の例「反例:射影的でない複素トーラス」は、この形の格子で、得られる 2 次元の複素トーラスが射影的でない(射影空間の閉部分多様体と双正則にならない)ものを与えている。1 次元の複素トーラスは楕円曲線であり(下の「代数的に実現できるか」の節)、その積は射影的なので、この例は 1 次元の複素トーラスの積と双正則でない。

次元 1 の複素トーラスは種数 1 のリーマン面

$g=1$ のとき、$\mathbb{C}/\Lambda$ はコンパクトなリーマン面であり、次の thm-complex-torus-manifold により位相的には $S^1\times S^1$ と同相である。したがってその種数は $1$ である。種数は位相だけで決まるので、格子の異なる 1 次元の複素トーラスはどれも種数 1 であるが、ex-complex-torus-not-isomorphic のとおり互いに双正則とは限らない。

基本的な性質

複素多様体と群の構造

複素トーラスはコンパクトな複素 Lie 群

$\Lambda\subset\mathbb{C}^g$ を格子、$X=\mathbb{C}^g/\Lambda$、$\pi\colon\mathbb{C}^g\to X$ を射影とする。

  1. $\Lambda$ の平行移動による $\mathbb{C}^g$ への作用は被覆空間の作用であり、$\pi$ は被覆写像である。$X$ の基本群は $\Lambda$ と同型である。
  2. $X$ は Hausdorff かつ第二可算で、コンパクトかつ連結である。def-complex-torus-main の座標どうしの座標変換は平行移動 $z\mapsto z+\lambda$($\lambda\in\Lambda$)であり、$X$ は $g$ 次元のコンパクトな連結複素多様体になる。$\pi$ は局所的に双正則である。
  3. 加法 $X\times X\to X$ と逆元 $X\to X$ は正則写像であり、$X$ は可換な複素 Lie 群である。
  4. $X$ は $(S^1)^{2g}$ と同相である。

要点:$\Lambda$ は離散なので、$0$ でない $\Lambda$ の元の長さの最小値 $\varepsilon>0$ がある。半径 $\varepsilon/2$ の球は、$\Lambda$ で平行移動した像どうしが交わらない。このことから $\pi$ が被覆写像になり、局所的な逆写像が座標を与える。位相は $\mathbb{R}^{2g}/\mathbb{Z}^{2g}\cong(\mathbb{R}/\mathbb{Z})^{2g}$ から分かる。

詳しい証明を開く

段 1(被覆写像).$\Lambda$ は離散なので、$0$ でない $\lambda_0\in\Lambda$ を 1 つとると、半径 $\lvert\lambda_0\rvert$ の閉球に含まれる $\Lambda$ の点は有限個であり、$\varepsilon:=\min\{\lvert\lambda\rvert\mid\lambda\in\Lambda\setminus\{0\}\}>0$ が存在する($\lvert\cdot\rvert$ は $\mathbb{C}^g$ の Euclid ノルム)。$z\in\mathbb{C}^g$ と $B:=B(z,\varepsilon/2)$ について、$\lambda\ne\lambda'$ なら $(B+\lambda)\cap(B+\lambda')=\emptyset$ である。実際 $w+\lambda=w'+\lambda'$($w,w'\in B$)なら $\lvert\lambda-\lambda'\rvert=\lvert w'-w\rvert<\varepsilon$ となり $\lambda=\lambda'$ である。これは平行移動の作用が被覆空間の作用であること(Hat02 §1.3 の条件 $(\ast)$)にほかならない。$\pi$ は開写像である($V$ が開なら $\pi^{-1}(\pi(V))=\bigcup_{\lambda}(V+\lambda)$ は開)。Hat02 Proposition 1.40 により $\pi$ は被覆写像であり、$\mathbb{C}^g$ は単連結かつ局所弧状連結なので $\pi_1(X,0)\cong\Lambda$ である。とくに $\pi|_B\colon B\to\pi(B)$ は同相である。

段 2(位相的性質).$x\ne y$ を $X$ の点とし、$\pi(z)=x$、$\pi(w)=y$ とする。$z+\Lambda$ は離散で集積点をもたないので閉集合であり、$w\notin z+\Lambda$ だから $d:=\inf_{\lambda}\lvert w-z-\lambda\rvert>0$ である。$r:=\min(\varepsilon,d)/4$ とおくと $\pi(B(z,r))$ と $\pi(B(w,r))$ は交わらない($z'+\lambda=w'$、$z'\in B(z,r)$、$w'\in B(w,r)$ なら $\lvert w-z-\lambda\rvert<2r< d$ となる)。よって $X$ は Hausdorff である。$\mathbb{C}^g$ の可算な開基の $\pi$ による像は $X$ の開基なので $X$ は第二可算である。$X=\pi(\overline{P})$ はコンパクト集合 $\overline{P}$ の連続像なのでコンパクトであり、$\mathbb{C}^g$ の連続像なので連結である。

段 3(座標変換).$B_1,B_2$ を $\pi|_{B_k}$ が単射な開集合とし、$\varphi_k:=(\pi|_{B_k})^{-1}$ とおく。$z\in\varphi_1(\pi(B_1)\cap\pi(B_2))$ について $\lambda(z):=\varphi_2(\pi(z))-z$ は $\Lambda$ に値をとる連続関数なので局所定数であり、$\varphi_2\circ\varphi_1^{-1}(z)=z+\lambda(z)$ は局所的に平行移動、とくに正則である。段 1 の球 $B$ たちの像は $X$ を覆うので、これらの座標は $X$ 上の複素構造を定め、$\pi$ は各 $B$ 上で座標そのものだから局所的に双正則である。

段 4(群演算).$x=\pi(z)$、$y=\pi(w)$ の近くで座標 $\varphi$、$\psi$、$x+y=\pi(z+w)$ の近くで座標 $\chi$ をとると、$\chi(\varphi^{-1}(z')+\psi^{-1}(w'))$ は、$\mathbb{C}^g$ 上の $(z',w')\mapsto z'+w'$ に段 3 と同じ理由で局所定数の $\Lambda$ の元を足したものである。よって加法は正則であり、逆元 $z'\mapsto-z'$ も同様に正則である。$\mathbb{C}^g$ の加法が可換なので $X$ も可換である。

段 5(位相型).上の線形同型 $A\colon\mathbb{R}^{2g}\to\mathbb{C}^g$ は $A(\mathbb{Z}^{2g})=\Lambda$ を満たすので、$A$ と $A^{-1}$ は商位相の普遍性により互いに逆な連続写像 $\mathbb{R}^{2g}/\mathbb{Z}^{2g}\rightleftarrows X$ を誘導する。写像 $e\colon\mathbb{R}^{2g}\to(S^1)^{2g}$、$e(t)=(e^{2\pi it_1},\dots,e^{2\pi it_{2g}})$ は連続な全射の開写像で、$e(t)=e(t')$ と $t-t'\in\mathbb{Z}^{2g}$ は同値だから、同相 $\mathbb{R}^{2g}/\mathbb{Z}^{2g}\cong(S^1)^{2g}$ を誘導する。

thm-complex-torus-manifold の 4 により、複素トーラスの位相は格子によらず、どれも $2g$ 次元のトーラスである。違いは複素構造にあり、それを次の 2 つの節で調べる。まず、コンパクトであることの帰結として大域的な正則関数は定数しかない。

複素トーラス上の正則関数は定数

複素トーラス $X=\mathbb{C}^g/\Lambda$ 上の正則関数は定数である。

$f\colon X\to\mathbb{C}$ を正則関数とし、$F:=f\circ\pi$ とおく。$F$ は $\mathbb{C}^g$ 上の正則関数で、$F(z+\lambda)=F(z)$($\lambda\in\Lambda$)を満たす。$\mathbb{C}^g$ の各点は基本平行体 $P$ の点に $\Lambda$ の元を足したものなので、$F(\mathbb{C}^g)=F(\overline{P})$ であり、$\overline{P}$ はコンパクトだから $F$ は有界である。$v\in\mathbb{C}^g$ を固定すると、$t\mapsto F(tv)$ は $\mathbb{C}$ 上の有界な正則関数なので、Liouvilleの定理 により定数であり、$F(v)=F(0)$ となる。$v$ は任意なので $F$ は定数、したがって $f$ も定数である。$\square$

これは連結でコンパクトな複素多様体の一般的な性質(複素多様体 の命題「コンパクト複素多様体上の正則関数」)の特別な場合でもある。ここでは格子の周期性だけで示した。

正則写像は準同型と平行移動の合成

複素トーラスの間の正則写像は、線形写像から来るものしかない。これが複素トーラスの複素構造を格子で分類する鍵である。

複素トーラスの間の正則写像

$X=\mathbb{C}^g/\Lambda$、$X'=\mathbb{C}^{g'}/\Lambda'$ を複素トーラス、$\pi,\pi'$ を射影とする。

  1. $\mathbb{C}$ 線形写像 $A\colon\mathbb{C}^g\to\mathbb{C}^{g'}$ が $A\Lambda\subset\Lambda'$ を満たし、$c\in X'$ ならば、$f_{A,c}(\pi(z)):=\pi'(Az)+c$ は well-defined な正則写像 $X\to X'$ である。
  2. 逆に、正則写像 $f\colon X\to X'$ はすべて 1 の形 $f=f_{A,c}$ に書け、$c=f(0)$ であり、$A$ は $f$ からただ 1 つに決まる。
  3. とくに、$f(0)=0$ を満たす正則写像 $f\colon X\to X'$ は群の準同型である。

$c=0$ のとき、2 の主張は次の図式が可換になる $\mathbb{C}$ 線形写像 $A$ がただ 1 つあるということである。
$$ \xymatrix{ \mathbb{C}^g \ar@{.>}[r]^{A} \ar[d]_{\pi} & \mathbb{C}^{g'} \ar[d]^{\pi'} \\ X \ar[r]_{f} & X' } $$
図式が可換とは、$z\in\mathbb{C}^g$ について $\pi'(Az)=f(\pi(z))$ が成り立つということである。

1:$z-w\in\Lambda$ なら $Az-Aw=A(z-w)\in\Lambda'$ なので $f_{A,c}$ は well-defined である。$\pi(z)$ の近くの座標 $(\pi|_B)^{-1}$ と $f_{A,c}(\pi(z))$ の近くの座標で書くと、$f_{A,c}$ は $w\mapsto Aw+\mu(w)$ の形になる。ここで $\tilde c\in\mathbb{C}^{g'}$ を $\pi'(\tilde c)=c$ となる点とすると、$\mu(w)-\tilde c$ は $\Lambda'$ に値をとる連続関数($\pi'(Aw+\mu(w))=f_{A,c}(\pi(w))=\pi'(Aw+\tilde c)$ だから)なので局所定数である。よって $f_{A,c}$ は局所的に 1 次式で書け、正則である。
2:$c:=f(0)$ とおき、$f_0:=f-c$($X'$ の中で $c$ を引く)を考える。$X'$ の平行移動は正則なので $f_0$ も正則で、$f_0(0)=0$ である。$f=f_{A,c}$ を示すには $f_0=f_{A,0}$ を示せばよい。以下 $f=f_0$、$f(0)=0$ とする。
$\mathbb{C}^g$ は単連結かつ局所弧状連結で、$\pi'$ は被覆写像なので、持ち上げの判定法(Hat02 Proposition 1.33)により、連続写像 $F\colon\mathbb{C}^g\to\mathbb{C}^{g'}$ で $F(0)=0$ かつ $\pi'\circ F=f\circ\pi$ を満たすものがある。$F$ は正則である。

詳細

$z\in\mathbb{C}^g$ をとり、$F(z)$ を中心とする小さい球 $B'$ で $\pi'|_{B'}$ が単射なものをとる。$F$ の連続性から $z$ の近傍 $U$ で $F(U)\subset B'$ となるものがあり、$U$ 上で $F=(\pi'|_{B'})^{-1}\circ f\circ\pi$ である。右辺は正則写像の合成なので $F$ は $U$ 上で正則である。


$\lambda\in\Lambda$ を固定すると、$\pi'(F(z+\lambda))=f(\pi(z+\lambda))=f(\pi(z))=\pi'(F(z))$ なので、$z\mapsto F(z+\lambda)-F(z)$ は $\Lambda'$ に値をとる連続写像である。$\Lambda'$ は離散で $\mathbb{C}^g$ は連結だから、これは定数である。したがって $F$ の各成分 $F_j$ の偏導関数 $\partial F_j/\partial z_k$ は $\Lambda$ で周期的な $\mathbb{C}^g$ 上の正則関数であり、$X$ 上の正則関数 $h$ で $h\circ\pi=\partial F_j/\partial z_k$ となるものを定める($\pi$ は局所的に双正則なので $h$ は正則)。prop-complex-torus-constant により $h$ は定数なので、$\partial F_j/\partial z_k$ も定数である。よって $F(z)=Az+b$($A$ は $g'\times g$ 複素行列)と書け、$b=F(0)=0$ である。$\lambda\in\Lambda$ について $A\lambda=F(\lambda)$ は $\pi'(F(\lambda))=f(\pi(\lambda))=f(0)=0$ を満たすので $A\lambda\in\Lambda'$ である。$\pi'\circ F=f\circ\pi$ は $f=f_{A,0}$ を意味する。
一意性:$f_{A,c}=f_{B,c'}$ なら $c=c'=f(0)$ であり、$z\mapsto(A-B)z$ は $\Lambda'$ に値をとる連続写像なので定数、$z=0$ での値から $A=B$ である。
3:$f(0)=0$ なら 2 により $f=f_{A,0}$ であり、$f_{A,0}(\pi(z)+\pi(w))=\pi'(A(z+w))=f_{A,0}(\pi(z))+f_{A,0}(\pi(w))$ である。$\square$

複素トーラスが双正則になる条件

複素トーラス $\mathbb{C}^g/\Lambda$ と $\mathbb{C}^{g'}/\Lambda'$ が双正則であるための必要十分条件は、$g=g'$ であって $\Lambda'=A\Lambda$ を満たす $A\in GL_g(\mathbb{C})$ が存在することである。とくに $g=1$ では、$\mathbb{C}/\Lambda$ と $\mathbb{C}/\Lambda'$ が双正則であることと、$\Lambda'=\alpha\Lambda$ を満たす $\alpha\in\mathbb{C}^\times$ が存在することは同値である。

$\Lambda'=A\Lambda$ なら $f_{A,0}$ と $f_{A^{-1},0}$ は互いに逆な正則写像である。逆に $f\colon X\to X'$ を双正則写像とする。平行移動を合成して $f(0)=0$ としてよく、このとき逆写像 $h$ も $h(0)=0$ を満たす。thm-complex-torus-maps により $f=f_{A,0}$、$h=f_{B,0}$ と書ける。$h\circ f=f_{BA,0}$ は恒等写像 $f_{I,0}$ に等しいので、一意性から $BA=I_g$ であり、同様に $AB=I_{g'}$ である。よって $g=g'$ で $A$ は可逆であり、$A\Lambda\subset\Lambda'$、$A^{-1}\Lambda'=B\Lambda'\subset\Lambda$ から $\Lambda'=A\Lambda$ である。$\square$

$g=1$ の場合の thm-complex-torus-maps と cor-complex-torus-isomorphism は Mil06 III, Proposition 3.3・Corollary 3.4 と同じ内容である。とくに、$0$ を $0$ に写す正則写像 $\mathbb{C}/\Lambda\to\mathbb{C}/\Lambda'$ の全体は $\{\alpha\in\mathbb{C}\mid\alpha\Lambda\subset\Lambda'\}$ と 1 対 1 に対応する。$\Lambda=\Lambda'$ のときこれは $\mathbb{C}$ の部分環 $\operatorname{End}(\Lambda):=\{\alpha\in\mathbb{C}\mid\alpha\Lambda\subset\Lambda\}$ であり、$\mathbb{Z}$ を含む。

正方格子と六角格子の複素トーラスは双正則でない

$\mathbb{C}/\mathbb{Z}[i]$ と $\mathbb{C}/\mathbb{Z}[\omega]$(ex-complex-torus-square-hexagonal)は、thm-complex-torus-manifold の 4 によりどちらも $S^1\times S^1$ と同相だが、双正則ではない。
実際、双正則なら cor-complex-torus-isomorphism により $\alpha\mathbb{Z}[i]=\mathbb{Z}[\omega]$ となる $\alpha\in\mathbb{C}^\times$ がある。$\beta\in\mathbb{C}$ について $\beta\mathbb{Z}[i]\subset\mathbb{Z}[i]$ と $\beta\alpha\mathbb{Z}[i]\subset\alpha\mathbb{Z}[i]$ は同値なので、$\operatorname{End}(\mathbb{Z}[i])=\operatorname{End}(\mathbb{Z}[\omega])$ である。$\mathbb{Z}[i]$ は $1$ を含む環なので、$\beta\mathbb{Z}[i]\subset\mathbb{Z}[i]$ なら $\beta=\beta\cdot1\in\mathbb{Z}[i]$、逆に $\beta\in\mathbb{Z}[i]$ なら $\beta\mathbb{Z}[i]\subset\mathbb{Z}[i]$ であり、$\operatorname{End}(\mathbb{Z}[i])=\mathbb{Z}[i]$ である。同様に $\operatorname{End}(\mathbb{Z}[\omega])=\mathbb{Z}[\omega]$ である。ところが $i\notin\mathbb{Z}[\omega]$ である:$a+b\omega$($a,b\in\mathbb{Z}$)の虚部は $b\sqrt3/2$ で、これが $1$ になるには $b=2/\sqrt3\notin\mathbb{Z}$ でなければならない。これは矛盾である。
この例は、「同相な複素トーラスは双正則である」という含意が成り立たないことを示す。$\mathbb{C}/\mathbb{Z}[i]$ と $\mathbb{C}/\mathbb{Z}[\omega]$ は「同相である」を満たすが「双正則である」を満たさない。$0$ を固定する自己同型の群も異なり、$\mathbb{C}/\mathbb{Z}[i]$ では $\{\alpha\mid\alpha\mathbb{Z}[i]=\mathbb{Z}[i]\}=\{\pm1,\pm i\}$(位数 4)、$\mathbb{C}/\mathbb{Z}[\omega]$ では $\{\pm1,\pm\omega,\pm\omega^2\}$(位数 6)である。これらは原点から距離 1 の格子点の全体であり、上の図で赤く示した点である。

詳細

$\alpha\Lambda=\Lambda$ なら $\alpha$ 倍は基本平行四辺形の面積を $\lvert\alpha\rvert^2$ 倍するので $\lvert\alpha\rvert=1$ であり、$\alpha=\alpha\cdot1\in\Lambda$ である。逆に $\alpha\in\Lambda$、$\lvert\alpha\rvert=1$ なら、この 2 つの格子は複素共役で閉じた環なので $\alpha^{-1}=\bar\alpha\in\Lambda$ であり、$\alpha\Lambda=\Lambda$ となる。

等分点

$n\ge1$ とする。複素トーラス $X=\mathbb{C}^g/\Lambda$ の $n$ 倍写像 $[n]\colon x\mapsto nx$ は $A=nI_g$ に対応する正則な準同型であり、その核 $X[n]$($n$ 等分点の群)は
$$ X[n]=\tfrac1n\Lambda/\Lambda\cong\Lambda/n\Lambda\cong(\mathbb{Z}/n\mathbb{Z})^{2g} $$
である。実際 $\pi(z)\in X[n]$ は $nz\in\Lambda$、すなわち $z\in\frac1n\Lambda$ と同値であり、$n$ 倍写像 $\frac1n\Lambda\to\Lambda$ は $\Lambda$ を $n\Lambda$ に写す同型なので $\frac1n\Lambda/\Lambda\cong\Lambda/n\Lambda$、$\Lambda\cong\mathbb{Z}^{2g}$ から最後の同型を得る。$g=1$ では、複素数体上の楕円曲線の $n$ 等分点が $(\mathbb{Z}/n\mathbb{Z})^2$ となることの解析的な説明であり、Tate加群 の複素数体上の計算の出発点になる。

1 次元の複素トーラスの分類

$\mathbb{C}$ の上半平面を $\mathbb{H}:=\{\tau\in\mathbb{C}\mid\operatorname{Im}\tau>0\}$ と書き、$\tau\in\mathbb{H}$ に対して $\Lambda_\tau:=\mathbb{Z}+\mathbb{Z}\tau$ とおく。

格子の基底の取り替え

$\omega_1,\omega_2$ を格子 $\Lambda\subset\mathbb{C}$ の基底とする。$\omega_1',\omega_2'\in\Lambda$ について
$$ \begin{pmatrix}\omega_1'\\ \omega_2'\end{pmatrix}=M\begin{pmatrix}\omega_1\\ \omega_2\end{pmatrix},\qquad M=\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}\in M_2(\mathbb{Z}) $$
と書くと、$\omega_1',\omega_2'$ が $\Lambda$ の基底であることと $\det M=\pm1$ は同値である。さらに $\omega_2\ne0$、$\omega_2'\ne0$ のとき
$$ \operatorname{Im}\frac{\omega_1'}{\omega_2'}=\det M\cdot\frac{\operatorname{Im}(\omega_1/\omega_2)}{\lvert c\,\omega_1/\omega_2+d\rvert^2} $$
である。

要点:基底どうしを互いに整数係数で書き合う行列の積が単位行列になることから $\det M=\pm1$ が出る。虚部の式は $\overline{c\tau+d}$ を分母と分子に掛けて計算する。

詳しい証明を開く

$\omega_1',\omega_2'$ が基底なら、逆に $\omega_1,\omega_2$ を $\omega_1',\omega_2'$ の整数係数の 1 次結合で書く行列 $N\in M_2(\mathbb{Z})$ があり、$NM$ は基底 $\omega_1,\omega_2$ を自分自身で表す行列である。$\omega_1,\omega_2$ は $\mathbb{R}$ 上 1 次独立なので $NM=I_2$ であり、$\det N\det M=1$ から $\det M=\pm1$ である。逆に $\det M=\pm1$ なら $M^{-1}\in M_2(\mathbb{Z})$ なので $\omega_1,\omega_2$ は $\omega_1',\omega_2'$ の整数係数の 1 次結合であり、$\omega_1',\omega_2'$ は $\Lambda$ を生成し、$\mathbb{R}$ 上 1 次独立である($M$ は $\mathbb{R}$ 上可逆)。

後半:$\tau:=\omega_1/\omega_2=x+iy$ とおくと $\omega_1'/\omega_2'=(a\tau+b)/(c\tau+d)$ であり、$(a\tau+b)\overline{(c\tau+d)}=ac\lvert\tau\rvert^2+bd+ad\tau+bc\bar\tau$ の虚部は $(ad-bc)y$ である。これを $\lvert c\tau+d\rvert^2$ で割ればよい。$\square$

1 次元の複素トーラスの分類
  1. $\mathbb{C}$ の任意の格子 $\Lambda$ について、$\Lambda=\alpha\Lambda_\tau$ となる $\alpha\in\mathbb{C}^\times$ と $\tau\in\mathbb{H}$ がある。したがって $\mathbb{C}/\Lambda$ は $\mathbb{C}/\Lambda_\tau$ と双正則である。
  2. $\tau,\tau'\in\mathbb{H}$ について、$\mathbb{C}/\Lambda_\tau$ と $\mathbb{C}/\Lambda_{\tau'}$ が双正則であることと、
    $$ \tau'=\frac{a\tau+b}{c\tau+d},\qquad\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}\in SL_2(\mathbb{Z}) $$
    となる整数 $a,b,c,d$ があることは同値である。

1:$\Lambda$ の基底 $\omega_1,\omega_2$ をとる。$\omega_1/\omega_2$ は実数でないので、虚部が負なら $\omega_1$ を $-\omega_1$ に取り替えて(これも基底である)$\tau:=\omega_1/\omega_2\in\mathbb{H}$ とできる。すると $\Lambda=\mathbb{Z}\omega_1+\mathbb{Z}\omega_2=\omega_2(\mathbb{Z}\tau+\mathbb{Z})=\omega_2\Lambda_\tau$ であり、$\alpha:=\omega_2$ とすればよい。双正則であることは cor-complex-torus-isomorphism による。
2:cor-complex-torus-isomorphism により、双正則であることは $\Lambda_{\tau'}=\alpha\Lambda_\tau$ となる $\alpha\in\mathbb{C}^\times$ があることと同値である。
$\Lambda_{\tau'}=\alpha\Lambda_\tau$ とすると、$\alpha\tau,\alpha$ と $\tau',1$ はどちらも $\Lambda_{\tau'}$ の基底である。lem-complex-torus-basis-change により $\tau'=a\alpha\tau+b\alpha$、$1=c\alpha\tau+d\alpha$ となる $M=\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}$ で $\det M=\pm1$ のものがある。第 2 式から $\alpha=1/(c\tau+d)$、よって $\tau'=(a\tau+b)/(c\tau+d)$ である。lem-complex-torus-basis-change の後半により $\operatorname{Im}\tau'=\det M\cdot\operatorname{Im}\tau/\lvert c\tau+d\rvert^2$ であり、$\operatorname{Im}\tau>0$、$\operatorname{Im}\tau'>0$ から $\det M=1$ である。
逆に $M\in SL_2(\mathbb{Z})$ で $\tau'=(a\tau+b)/(c\tau+d)$ とする。$\tau\notin\mathbb{R}$ なので $c\tau+d\ne0$ であり、$\alpha:=1/(c\tau+d)$ とおくと $\tau'=a(\alpha\tau)+b\alpha$、$1=c(\alpha\tau)+d\alpha$ である。$\det M=1$ なので lem-complex-torus-basis-change により $\tau',1$ は格子 $\alpha\Lambda_\tau$(基底 $\alpha\tau,\alpha$)の基底であり、$\Lambda_{\tau'}=\alpha\Lambda_\tau$ となる。$\square$

こうして、1 次元の複素トーラスの双正則同型類の全体は、$SL_2(\mathbb{Z})$ の $\mathbb{H}$ への 1 次分数変換による作用の軌道の集合 $SL_2(\mathbb{Z})\backslash\mathbb{H}$ と 1 対 1 に対応する(Mil06 III, Proposition 1.1 と Corollary 3.4 から得られる対応と同じ)。たとえば正方格子は $\tau=i$、六角格子は $\tau=\omega$($\mathbb{Z}+\mathbb{Z}\omega=\mathbb{Z}[\omega]$)に対応し、ex-complex-torus-not-isomorphic により $i$ と $\omega$ は同じ軌道にない。一方 $\tau$ と $\tau+1$、$\tau$ と $-1/\tau$ はそれぞれ $\begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix}$、$\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}$ で移り合うので、同じ複素トーラスを与える。

代数的に実現できるか

1 次元の複素トーラスはすべて平面 3 次曲線として代数的に実現される。$\Lambda$ に対する Weierstrass の $\wp$ 関数を用いた写像
$$ \mathbb{C}/\Lambda\to E_\Lambda(\mathbb{C}),\qquad z\mapsto[\wp(z):\wp'(z):1]\ (z\notin\Lambda),\qquad z\mapsto[0:1:0]\ (z\in\Lambda) $$
は、複素トーラスから楕円曲線 $E_\Lambda\colon y^2=4x^3-g_2(\Lambda)x-g_3(\Lambda)$ の複素点への双正則な群同型である(Weierstrassの楕円関数 の定理「複素トーラスと楕円曲線の同型」、Mil06 III, Proposition 3.7)。この記事ではこの定理を証明せずに引用する。
2 次元以上では事情が変わる。複素トーラス $\mathbb{C}^g/\Lambda$ が射影空間の閉部分多様体として実現できる(射影的である)ための必要十分条件は、Riemann の条件($\mathbb{C}^g$ 上の正定値 Hermite 形式 $H$ で、虚部 $\operatorname{Im}H$ が $\Lambda\times\Lambda$ 上で整数値をとるものが存在すること)であり、これを満たす複素トーラスがアーベル多様体の複素点である(アーベル多様体 の例「複素トーラスとRiemannの条件」)。$g=1$ ではこの条件はつねに満たされるが、$g\ge2$ では満たされない格子がある(アーベル多様体 の例「反例:射影的でない複素トーラス」、複素多様体 の例「反例:代数的でない複素トーラス」)。

反例:条件を外すと

外す条件反例成り立たなくなること
$\Lambda$ が $\mathbb{C}^g$ を $\mathbb{R}$ 上張る$\mathbb{C}/\mathbb{Z}$コンパクト、正則関数が定数
生成元が $\mathbb{R}$ 上 1 次独立(離散性)$\mathbb{C}/(\mathbb{Z}+\sqrt2\,\mathbb{Z})$Hausdorff
複素構造まで比べる$\mathbb{C}/\mathbb{Z}[i]$ と $\mathbb{C}/\mathbb{Z}[\omega]$同相なら双正則
次元 $g=1$射影的でない 2 次元の複素トーラス射影的(代数的に実現できる)

3 行目は ex-complex-torus-not-isomorphic、4 行目は上の節で引いた例である。1 行目と 2 行目を確かめる。

反例:格子の階数が足りない商

$\mathbb{Z}\subset\mathbb{C}$ は離散な部分群だが、$\mathbb{R}$ 上 $\mathbb{C}$ を張らない(階数が $1<2$)。写像 $e\colon\mathbb{C}\to\mathbb{C}^\times$、$e(z)=e^{2\pi iz}$ は連続な全射の準同型で、核は $\mathbb{Z}$ であり、開写像なので同相 $\mathbb{C}/\mathbb{Z}\cong\mathbb{C}^\times$ を誘導する。$\mathbb{C}^\times$ はコンパクトでない(点列 $1/n$ は $\mathbb{C}^\times$ の中に収束する部分列をもたない)。また $e$ は $\mathbb{C}/\mathbb{Z}$ 上の定数でない正則関数を与える。$\mathbb{C}/\mathbb{Z}$ は「$\Lambda$ が離散な部分群である」を満たすが、「コンパクトである」と prop-complex-torus-constant の結論を満たさない。格子の定義で $\mathbb{R}$ 上張ることを要求するのはこのためである。

反例:離散でない部分群による商

$H:=\mathbb{Z}+\sqrt2\,\mathbb{Z}\subset\mathbb{R}\subset\mathbb{C}$ は 2 つの元で生成される部分群だが、$1$ と $\sqrt2$ は $\mathbb{R}$ 上 1 次従属なので、格子ではない。$H$ は $\mathbb{R}$ で稠密であり、とくに $\mathbb{C}$ の閉集合でない。商位相では $\pi^{-1}(\{\pi(0)\})=H$ が閉でないので、1 点 $\{\pi(0)\}$ は $\mathbb{C}/H$ の閉集合でない。したがって $\mathbb{C}/H$ は Hausdorff でなく、複素多様体にならない。この例は「2 つの元で生成される」を満たすが、「離散である」と「商が Hausdorff である」を満たさない。

H が稠密であることの証明を開く

$a:=\inf\{h\in H\mid h>0\}$ とおく。$a>0$ と仮定する。$a\in H$ でなければ、$a$ に収束する $H$ の正の元の狭義単調減少列があり、その隣り合う 2 項の差は $H$ の正の元で、いくらでも小さくなるので $a>0$ に反する。よって $a\in H$ である。$h\in H$ を $a$ で割って $h=qa+r$($q\in\mathbb{Z}$、$0\le r< a$)とすると $r=h-qa\in H$ なので $r=0$、すなわち $H=\mathbb{Z}a$ である。すると $1=ma$、$\sqrt2=na$($m,n\in\mathbb{Z}$、$m\ne0$)から $\sqrt2=n/m$ が有理数となり矛盾する。よって $a=0$ であり、任意の $\varepsilon>0$ に対して $0< h<\varepsilon$ となる $h\in H$ がある。その整数倍 $kh$ は $\mathbb{R}$ を間隔 $h<\varepsilon$ で埋めるので、$H$ は $\mathbb{R}$ で稠密である。

他の「トーラス」との比較

トーラス $T^n=(S^1)^n$複素トーラス $\mathbb{C}^g/\Lambda$代数的トーラス $\mathbb{G}_m^n$アーベル多様体
構造位相空間・実 Lie 群複素多様体・複素 Lie 群代数群射影的な代数群
コンパクトはいはいいいえ($\mathbb{C}$ 上 $(\mathbb{C}^\times)^n$)はい
同型類を決めるもの次元 $n$格子の $GL_g(\mathbb{C})$ による移り合い次元 $n$複素数体上では、Riemann の条件を満たす複素トーラスの複素構造
1 次元の例$S^1$$\mathbb{C}/\Lambda$(楕円曲線)$\mathbb{C}^\times$楕円曲線

$g$ 次元の複素トーラスの下にある位相空間は $2g$ 次元のトーラス $T^{2g}$ である。代数群の理論でいうトーラス $\mathbb{G}_m^n$ はコンパクトでなく、複素トーラスとは別の対象である(トーラス の注意「代数的トーラス・複素トーラスとの区別」)。

関連項目

参考文献

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