双曲幾何の三角形(hyperbolic triangle)とは、双曲幾何の平面で 3 点を直線の線分で結んだ図形である。上半平面 $y>0$ を平面とし、$x$ 軸に垂直な半直線と $x$ 軸に中心をもつ半円を直線、接線のなす角を角、$\iint\frac{dx\,dy}{y^2}$ を面積と定めると、内角が $\alpha,\beta,\gamma$(ラジアン)の三角形の面積は $\pi-(\alpha+\beta+\gamma)$ に等しい。特に内角の和は $\pi$ より小さく、面積は $\pi$ より小さい。頂点の 1 つを無限遠に置いた三角形の面積 $\pi-(\alpha+\beta)$ を置換積分で求め、一般の三角形をその足し引きで表して示す。$(0,1)$、$(1,1)$、$(0,2)$ を頂点とする三角形では面積は $\arctan\frac{7}{24}$ である。
前提知識: Saccheri–Legendreの定理, 平行線公準(高校数学), 置換積分の使い方, 逆三角関数(高校数学)
Saccheri–Legendreの定理 で、平行線公準を使わない幾何(中立幾何)では、三角形の内角の和は $180^\circ$ 以下であることを示した。平行線公準(高校数学) では、Poincaré 円板という「平面」で内角の和が約 $151.93^\circ$ の三角形を見た。では、$180^\circ$ からの不足(欠損)は、三角形の何によって決まるのだろうか。
この記事では、座標平面の上半分 $y>0$ を「平面」とし、$x$ 軸に中心をもつ半円を「直線」とする幾何を使う。この「平面」では面積を積分で計算できるので、欠損が何なのかを式で確かめられる。まず、1 つの三角形の角を計算してみる。
上半平面の 3 点 $P(0,1)$、$Q(1,1)$、$R(0,2)$ を考える。2 点ずつを、次の「直線」で結ぶ(どれも $x$ 軸に中心をもつ円の上半分か、$x$ 軸に垂直な半直線である)。
(1) $P$ と $R$ は $x$ 座標が等しいので、$y$ 軸($x=0$)の上の線分で結ぶ。
(2) $P$ と $Q$ を通り $x$ 軸に中心 $(h,0)$ をもつ円は、$h^2+1=(1-h)^2+1$ から $h=\dfrac12$、半径 $\dfrac{\sqrt5}2$ の円である。$Q$ と $R$ を通る円は、$(1-h)^2+1=h^2+4$ から $h=-1$、半径 $\sqrt5$ の円である。
(3) 頂点での角は、2 本の辺の接線どうしのなす角で測る。円の接線は半径に垂直なので、接線の向きは中心から頂点へ向かうベクトルを $90^\circ$ 回したものである。
頂点 $P$ では、$R$ へ向かう向きは $(0,1)$ である。$Q$ へ向かう向きは、中心 $\left(\dfrac12,0\right)$ から $P$ へのベクトル $\left(-\dfrac12,1\right)$ に垂直で右へ向かう $\left(1,\dfrac12\right)$ である。2 つの向きの余弦は $\dfrac{1/2}{\sqrt{5/4}}=\dfrac1{\sqrt5}$ で、角は正接が $2$ の角 $\arctan2\approx63.435^\circ$ である。同じ計算で、$R$ での角は $\arctan2\approx63.435^\circ$、$Q$ での角は $\arctan\dfrac34\approx36.870^\circ$ である。
$R$:$P$ へ向かう向きは $(0,-1)$。$Q$ へ向かう向きは、中心 $(-1,0)$ から $R$ へのベクトル $(1,2)$ に垂直で右へ向かう $(2,-1)$。余弦は $\dfrac1{\sqrt5}$ で、角は $\arctan2$ である。
$Q$:$P$ へ向かう向きは $\left(\dfrac12,1\right)$ に垂直で左へ向かう $\left(-1,\dfrac12\right)$、$R$ へ向かう向きは $(2,1)$ に垂直で左へ向かう $(-1,2)$。余弦は $\dfrac{1+1}{\sqrt{5/4}\,\sqrt5}=\dfrac45$ で、角は $\arccos\dfrac45=\arctan\dfrac34$ である。
$\theta=\arctan2$ とすると、2 倍角の公式から $\tan2\theta=\dfrac{2\cdot2}{1-4}=-\dfrac43$ で、$45^\circ<\theta<90^\circ$ より $90^\circ<2\theta<180^\circ$ なので $2\theta=\pi-\arctan\dfrac43$ である。よって不足は $\arctan\dfrac43-\arctan\dfrac34$ で、正接の加法定理から $\tan\left(\arctan\dfrac43-\arctan\dfrac34\right)=\dfrac{\frac43-\frac34}{1+1}=\dfrac7{24}$ である。差は $0$ と $\dfrac\pi2$ の間にあるので $\arctan\dfrac7{24}$ に等しい。
上半平面の三角形 PQR(赤)。辺 PQ と辺 QR は x 軸に中心をもつ半円の弧、辺 PR は縦の線分で、緑の矢印は各頂点で辺が出ていく向き。灰色はほかの直線の例
この三角形の不足 $\arctan\dfrac7{24}$ は、実はこの三角形の「面積」に等しい。面積を $\displaystyle\iint\frac{dx\,dy}{y^2}$ という積分で測ると、どの三角形でも面積は $\pi$ から内角の和を引いたものになる。これがこの記事の主定理である。答える問いは次の 3 つである。
| 高校の言葉 | この記事の言葉 | 大学の言葉 |
|---|---|---|
| $x$ 軸に中心をもつ半円 | 上半平面の直線 | 双曲計量の測地線 |
| 接線のなす角 | 角 | 等角な計量で測った角 |
| $\displaystyle\iint\frac{dx\,dy}{y^2}$ | 面積 | 曲率 $-1$ の面積要素 |
| $\pi-$(内角の和) | 欠損 $=$ 面積 | Gauss–Bonnet の定理の特別な場合 |
この記事では、角を弧度法(ラジアン)で測る。$180^\circ$ は $\pi$ である。
$H=\{(x,y)\mid y>0\}$ を 上半平面 という。$H$ の上で次のように決める。
(R1) 点 は $H$ の点である。
(R2) 直線 は、$x$ 軸に垂直な半直線 $\{(a,y)\mid y>0\}$ と、$x$ 軸の上に中心をもつ円の上半分 $\{(x,y)\mid(x-h)^2+y^2=r^2,\ y>0\}$ の 2 種類である。
(R3) 2 本の直線が点 $X$ で交わるとき、そのなす 角 は、$X$ における 2 本の接線(縦の半直線ならそれ自身)のなす普通の角である。
(R4) $H$ の中の図形 $D$ の 面積 は $\displaystyle S(D)=\iint_D\frac{dx\,dy}{y^2}$ である。
直線の上の 2 点で区切られた部分を 線分、1 つの直線の上にない 3 点を線分で結んだ図形を 三角形 という。
これは双曲幾何の「上半平面モデル」である(Hit18 Definition 5.5.1、Definition 5.5.8、pp. 114・117)。Hitchman は Poincaré 円板から 1 次分数変換で移して、直線・角・面積を導いている。この記事では、それらを定義として与える。条件 (iv) の積分は、$D$ が「縦の 2 本の直線と 2 つの曲線で挟まれた図形」のときは、先に $y$ で積分し、次に $x$ で積分する 2 回の積分として計算する。
直線が「2 点を通る直線はただ 1 本」を満たすことを確かめておく。
$H$ の異なる 2 点 $P(p_1,p_2)$、$Q(q_1,q_2)$ を通る直線はただ 1 本ある。$p_1=q_1$ なら縦の半直線 $x=p_1$、$p_1\ne q_1$ なら中心 $(h,0)$、
$$
h=\frac{(q_1^2+q_2^2)-(p_1^2+p_2^2)}{2(q_1-p_1)}
$$
の円の上半分である。また、異なる 2 本の直線は多くても 1 点でしか交わらない。
要点:中心 $(h,0)$ の円が 2 点を通る条件 $(p_1-h)^2+p_2^2=(q_1-h)^2+q_2^2$ を展開すると $h^2$ が消え、$h$ の 1 次方程式 $2(q_1-p_1)h=(q_1^2+q_2^2)-(p_1^2+p_2^2)$ になる。2 本の直線の交点も、式を引くと 1 次方程式になって 1 つに決まる。
$p_1=q_1$ のとき、2 点を通る円で中心が $x$ 軸の上にあるものは、$(p_1-h)^2+p_2^2=(p_1-h)^2+q_2^2$ から $p_2=q_2$ となり、$P\ne Q$ に反するのでない。よって縦の半直線 $x=p_1$ だけである。
$p_1\ne q_1$ のとき、縦の半直線は 2 点を通らない。上の 1 次方程式から $h$ はただ 1 つに決まり、半径は $\sqrt{(p_1-h)^2+p_2^2}$ である。
後半。縦の半直線どうしは、$x$ 座標が違えば交わらない。縦の半直線 $x=a$ と円 $(x-h)^2+y^2=r^2$ の交点は $y=\sqrt{r^2-(a-h)^2}$ の多くても 1 点である。中心の違う 2 つの円 $(x-h_1)^2+y^2=r_1^2$、$(x-h_2)^2+y^2=r_2^2$ の式を引くと $2(h_2-h_1)x=r_1^2-r_2^2+h_2^2-h_1^2$ で、$x$ が 1 つに決まり、$y>0$ も 1 つに決まる。中心が同じで半径の違う 2 つの円は交わらない。$\square$
この「平面」では、平行線公準が成り立たない。
直線 $\ell\colon x=0$ と、$\ell$ の上にない点 $(1,1)$ を考える。$(1,1)$ を通り中心が $(h,0)$ の円は、半径が $r=\sqrt{(1-h)^2+1}$ で、左端の $x$ 座標は $h-r$ である。
$$
h-r>0\iff h>\sqrt{(1-h)^2+1}\iff h^2>h^2-2h+2\iff h>1
$$
($h>0$ のとき 2 乗して比べた)なので、$h>1$ ならこの円は $x>0$ の部分にあって $\ell$ と交わらない。たとえば $h=\dfrac32$、$2$、$5$ のとき左端は約 $0.382$、$0.586$、$0.877$ である。縦の半直線 $x=1$ も $\ell$ と交わらないので、$(1,1)$ を通って $\ell$ と交わらない直線は無数にある(図 2。$h=1$ の円は $H$ の外の原点で $\ell$ と出会い、$h<1$ の円は $\ell$ と交わる)。
直線 x = 0(黒)と点 (1, 1)。(1, 1) を通る青い直線はどれも x = 0 と交わらず、緑の破線は x 軸の上の原点で出会い、赤の一点鎖線は x = 0 と交わる
上半平面では、曲線の長さを $\displaystyle\int\frac{\sqrt{dx^2+dy^2}}{y}$ で測る(Hit18 Definition 5.5.6、p. 117)。この長さで測ると、2 点を結ぶ最も短い曲線がこの記事の「直線」になり、直線は両側に限りなく長い(最も短いことと、半円の直線が限りなく長いことは、この記事では証明しない。縦の直線の長さは下で計算する)。
縦の直線の上の 2 点 $(0,s)$、$(0,t)$($0< s< t$)の距離は $\displaystyle\int_s^t\frac{dy}{y}=\log\frac ts$ で(Hit18 Example 5.5.4、p. 116)、$s\to0$ や $t\to\infty$ でいくらでも大きくなる。
ex-hyp-rect (3) で見たように、原点を中心に広げても面積は変わらない。証明で使う 3 つの動かし方について、このことを確かめる。
次の 3 つの変換は、$H$ を $H$ に移し、直線を直線に移し、角と面積を変えない。
(1) 横の平行移動 $(x,y)\mapsto(x+b,\ y)$($b$ は実数)
(2) 原点を中心とする拡大 $(x,y)\mapsto(kx,\ ky)$($k>0$)
(3) $y$ 軸に関する折り返し $(x,y)\mapsto(-x,\ y)$
要点:3 つとも普通の平面の相似変換なので、縦の半直線と $x$ 軸に中心をもつ円を同じ種類の図形に移し、接線のなす角を変えない。面積は、拡大 (2) では置換積分で分母と分子の $k^2$ が打ち消し合う。
3 つとも $y>0$ を $y>0$ に移す。縦の半直線 $x=a$ は、それぞれ $x=a+b$、$x=ka$、$x=-a$ に移る。円 $(x-h)^2+y^2=r^2$ は、それぞれ中心 $(h+b,0)$ 半径 $r$、中心 $(kh,0)$ 半径 $kr$、中心 $(-h,0)$ 半径 $r$ の円に移り、中心は $x$ 軸の上にある。3 つとも普通の平面の平行移動・拡大・折り返しなので、図形を相似な図形に移し、曲線の接線を像の曲線の接線に移し、2 直線のなす普通の角を変えない。def-hyp-model の角は接線のなす普通の角なので、変わらない。
面積の定義の分母の $y^2$ は、拡大で面積が変わらないように選ばれている。普通の面積 $\displaystyle\iint dx\,dy$ なら、$k$ 倍の拡大で $k^2$ 倍になる。
主定理の証明の部品として、上に開いた「三角形」を考える。
$x$ 座標の異なる 2 点 $P$、$Q$ について、直線 $PQ$ の線分と、$P$、$Q$ から真上へ延びる 2 本の縦の半直線で囲まれた、上に限りなく延びる図形を $PQ\infty$ と書き、頂点の 1 つが無限遠にある三角形 という。$P$ での角は、真上への向きと線分 $PQ$ の $P$ での接線とのなす角とし、$Q$ での角も同じように定める。
2 本の縦の半直線は交わらないが、上へ行くほど、ex-hyp-rect (2) のように面積の割合は小さくなる。「無限遠で角 $0$ で出会う」と考えると、$PQ\infty$ は角が $\alpha$、$\beta$、$0$ の三角形とみなせる。次の補題は、この三角形でも「面積 $=\pi-$内角の和」が成り立つことを示す。
$PQ\infty$ の $P$、$Q$ での角を $\alpha$、$\beta$ とすると、面積は
$$
S(PQ\infty)=\pi-(\alpha+\beta)
$$
である。
方針:lem-hyp-invariance で線分 $PQ$ を単位円の上に移し、面積を積分で計算する(Hit18 Example 5.5.9、pp. 117–118 の計算を、$Q$ が $x$ 軸の上にない場合に広げたもの)。
段 1(単位円に移す)。$P$ の $x$ 座標が $Q$ より小さいとする(逆なら名前を入れ替える)。直線 $PQ$ は中心 $(h,0)$、半径 $r$ の円である。横に $-h$ だけ平行移動し、$\dfrac1r$ 倍に拡大すると、この円は単位円 $x^2+y^2=1$ に移り、縦の半直線は縦の半直線に移る。lem-hyp-invariance により面積と角は変わらない。そこで、はじめから直線 $PQ$ が単位円であるとしてよい。$P=(\cos\theta_P,\sin\theta_P)$、$Q=(\cos\theta_Q,\sin\theta_Q)$($0<\theta_Q<\theta_P<\pi$)と書く。
段 2(面積)。$PQ\infty$ は $\cos\theta_P\le x\le\cos\theta_Q$、$\sqrt{1-x^2}\le y$ で表される。内側の積分は、上端を $T$ にして $T\to\infty$ とすると
$$
\int_{\sqrt{1-x^2}}^{T}\frac{dy}{y^2}=\frac1{\sqrt{1-x^2}}-\frac1T\ \longrightarrow\ \frac1{\sqrt{1-x^2}}
$$
である。外側の積分で $x=\cos\theta$ と置換する。$dx=-\sin\theta\,d\theta$ で、$0<\theta<\pi$ では $\sqrt{1-\cos^2\theta}=\sin\theta$ なので
$$
S(PQ\infty)=\int_{\cos\theta_P}^{\cos\theta_Q}\frac{dx}{\sqrt{1-x^2}}=\int_{\theta_P}^{\theta_Q}\frac{-\sin\theta}{\sin\theta}\,d\theta=\theta_P-\theta_Q
$$
である。
段 3(角)。単位円の接線は半径に垂直なので、接線の向きと真上の向き $(0,1)$ の内積を計算すると、$\beta=\theta_Q$、$\alpha=\pi-\theta_P$ である。
単位円の点 $(\cos\theta,\sin\theta)$ での接線の向きは $\pm(-\sin\theta,\cos\theta)$ である。$Q$ から $P$ へ向かう向き(左へ向かう向き)は $(-\sin\theta_Q,\cos\theta_Q)$ で、真上の向き $(0,1)$ との内積は $\cos\theta_Q$ なので、$\beta=\theta_Q$ である。$P$ から $Q$ へ向かう向き(右へ向かう向き)は $(\sin\theta_P,-\cos\theta_P)$ で、$(0,1)$ との内積は $-\cos\theta_P=\cos(\pi-\theta_P)$ なので、$\alpha=\pi-\theta_P$ である。
単位円の上の P(θ = 120°)と Q(θ = 45°)と、真上へ延びる 2 本の縦の直線で囲まれた、頂点の 1 つが無限遠にある三角形(青く塗った部分)。P での角は 60°、Q での角は 45° で、面積は 5π/12
上半平面の三角形 $ABC$ の内角を $\alpha$、$\beta$、$\gamma$(ラジアン)とすると、面積は
$$
S(ABC)=\pi-(\alpha+\beta+\gamma)
$$
である。特に、内角の和は $\pi$ より小さく、面積は $\pi$ より小さい。
方針:三角形 $ABC$ を、頂点の 1 つが無限遠にある三角形の足し引きで表し、lem-hyp-ideal を使う(図 4)。Hitchman は Poincaré 円板で、3 つの頂点がすべて無限遠にある三角形から切り取る方法で示している(Hit18 Theorem 5.4.9、p. 103)。ここでは上半平面の縦の直線を使う。
段 0(名前と場合分け)。3 つの頂点の $x$ 座標がすべて等しいことはない(1 本の縦の直線の上に並んでしまう)。最も左の頂点を $A$、最も右の頂点を $B$、残りを $C$ とし、$x_A\le x_C\le x_B$、$x_A< x_B$ とする。$C$ は直線 $AB$ の上にないので、次の 3 つの場合がある。
弧 $AC$ と弧 $AB$ は異なる直線の一部なので、$A$ 以外では交わらない(prop-hyp-line)。$x=x_C$ では弧 $AC$ の高さは $C$ の高さで、弧 $AB$ より高い。もし $x_A< x< x_C$ のどこかで弧 $AC$ が弧 $AB$ より低くなれば、高さの差は連続に変わるので、途中で差が $0$、つまり 2 つの弧が交わる点があることになる(中間値の定理(高校数学))。これは起こらないので、$x_A< x\le x_C$ で弧 $AC$ は弧 $AB$ より上にある。弧 $CB$ も同じである。
証明の 3 つの場合。灰色の破線は各頂点から真上へ延ばした縦の直線。場合 1 では上に開いた三角形 AB∞ から AC∞ と CB∞ を除くと三角形 ABC が残り、場合 2 では AC∞ と CB∞ を合わせたものから AB∞ を除くと ABC が残り、場合 3 では AB∞ から CB∞ を除くと ABC が残る
2 つの弧は $A$ の右側の近くで上下の位置を保つ(弧 $AC$ が上)。しかも $A$ で 2 つの弧の接線が一致することはない。一致すれば、$A$ で接線に垂直な直線が $x$ 軸と交わる点が 2 つの円の共通の中心になり、2 つの円が同じになってしまうからである。よって $A$ から右へ出る 3 つの向きは、上から真上・弧 $AC$・弧 $AB$ の順に並ぶ。
ex-hyp-start の三角形 $PQR$ は、prf-hyp-main の場合 3(辺 $PR$ が縦)にあたる。$0\le x\le1$ で、下は弧 $PQ$:$y=\sqrt{\frac54-\left(x-\frac12\right)^2}$、上は弧 $RQ$:$y=\sqrt{5-(x+1)^2}$ である。内側の積分は $\displaystyle\int_{\text{下}}^{\text{上}}\frac{dy}{y^2}=\frac1{\text{下}}-\frac1{\text{上}}$ なので
$$
S(PQR)=\int_0^1\frac{dx}{\sqrt{\frac54-\left(x-\frac12\right)^2}}-\int_0^1\frac{dx}{\sqrt{5-(x+1)^2}}
$$
である。$\displaystyle\int\frac{dx}{\sqrt{r^2-(x-h)^2}}=\arcsin\frac{x-h}r+C$($x-h=r\sin\theta$ と置換する。逆三角関数(高校数学))を使うと
$$
S(PQR)=\left[\arcsin\frac{2x-1}{\sqrt5}\right]_0^1-\left[\arcsin\frac{x+1}{\sqrt5}\right]_0^1=\underbrace{2\arcsin\frac1{\sqrt5}}_{\text{下の弧 }PQ\text{ の項}}-\underbrace{\left(\arcsin\frac2{\sqrt5}-\arcsin\frac1{\sqrt5}\right)}_{\text{上の弧 }RQ\text{ の項}}=3\arcsin\frac1{\sqrt5}-\arcsin\frac2{\sqrt5}
$$
で、$S(PQR)\approx3\times0.46365-1.10715=0.28379$ である。ex-hyp-start で求めた不足 $\pi-(\alpha+\beta+\gamma)=\arctan\dfrac7{24}\approx0.28379$ と一致する。
$\arcsin\dfrac1{\sqrt5}=\arctan\dfrac12$、$\arcsin\dfrac2{\sqrt5}=\arctan2=\dfrac\pi2-\arctan\dfrac12$ なので、左辺は $4\arctan\dfrac12-\dfrac\pi2$ である。2 倍角の公式から $\tan\left(2\arctan\dfrac12\right)=\dfrac{1}{1-\frac14}=\dfrac43$、$\tan\left(4\arctan\dfrac12\right)=\dfrac{8/3}{1-16/9}=-\dfrac{24}7$ で、$4\arctan\dfrac12$ は $\dfrac\pi2$ と $\pi$ の間にあるので $4\arctan\dfrac12=\pi-\arctan\dfrac{24}7$ である。よって左辺は $\dfrac\pi2-\arctan\dfrac{24}7=\arctan\dfrac7{24}$ である。
$A(-1,1)$、$B(1,1)$、$C\left(0,\dfrac65\right)$ とする。直線 $AB$ は中心 $(0,0)$、半径 $\sqrt2$ の円で、$x=0$ での高さは $\sqrt2\approx1.414$ なので、$C$ は弧 $AB$ より下にある(prf-hyp-main の場合 2)。直線 $AC$ は中心 $\left(-\dfrac7{25},0\right)$ の円、直線 $CB$ は中心 $\left(\dfrac7{25},0\right)$ の円である(prop-hyp-line の式)。ex-hyp-start と同じく接線の向きから角を計算すると
$$
\alpha=\beta\approx9.246^\circ,\qquad\gamma\approx153.732^\circ,\qquad\alpha+\beta+\gamma\approx172.224^\circ
$$
で、$C$ の角は鈍角である。thm-hyp-main から面積は $\pi-(\alpha+\beta+\gamma)\approx0.13571$ で、積分を数値計算した値 $0.13571$ と一致する。
小さい三角形ほど、内角の和は $\pi$ に近い。
点 $(0,1)$、$(\varepsilon,1)$、$(0,1+\varepsilon)$ を頂点とする三角形の内角の和と面積を、$\varepsilon$ を小さくしながら計算した(数値計算)。
| $\varepsilon$ | 内角の和 | 面積 $=\pi-$(内角の和) | 普通の面積 $\dfrac{\varepsilon^2}2$ |
|---|---|---|---|
| $0.5$ | $174.547^\circ$ | $0.095166$ | $0.125$ |
| $0.1$ | $179.728^\circ$ | $0.0047506$ | $0.005$ |
| $0.01$ | $179.99715^\circ$ | $0.000049750$ | $0.00005$ |
$y=1$ の近くでは $\dfrac1{y^2}\approx1$ なので、面積は普通の面積とほぼ同じで、$\varepsilon^2$ に比例して小さくなる。内角の和と $\pi$ の差もそれに比例して小さい。Hitchman は、小さい三角形では内角の和が $180^\circ$ に近く、どの幾何も狭い範囲では Euclid 幾何のように見えることを注意している(Hit18 Theorem 7.4.3 の後の注意、p. 160)。
上半平面の凸な $n$ 角形(どの頂点から引いた対角線も内部を通るもの)の内角を $\alpha_1,\alpha_2,\dots,\alpha_n$ とすると、面積は
$$
S=(n-2)\pi-(\alpha_1+\alpha_2+\cdots+\alpha_n)
$$
である。
頂点 $A_1$ から対角線を引いて、三角形 $A_1A_kA_{k+1}$($k=2,3,\dots,n-1$)の $n-2$ 個に分ける。面積は積分なので、分けた三角形の面積の和になる。各三角形の内角をすべて集めると、$A_1$ での角は分けられた角の和がもとの $\alpha_1$ になり、ほかの頂点でも同じなので、多角形の内角の和に等しい。thm-hyp-main を $n-2$ 個の三角形に使って足すと
$$
S=\sum_{k=2}^{n-1}\bigl(\pi-(\text{三角形 }A_1A_kA_{k+1}\text{ の内角の和})\bigr)=(n-2)\pi-(\alpha_1+\cdots+\alpha_n)
$$
である(Hit18 Theorem 7.4.4、p. 160)。$\square$
特に四角形では $S=2\pi-$(内角の和)$>0$ なので、4 つの角がどれも直角の四角形(長方形)はない。Saccheri–Legendreの定理 の Saccheri の四角形で、2 つの頂角が鋭角になったのはこのためである。
thm-hyp-main により、3 つの角が等しい 2 つの三角形は面積も等しい。座標平面と違い、角を保ったまま面積を変えることはできない。lem-hyp-invariance (2) の拡大は、見た目は広げていても角も面積も変えない。「合同でない相似な三角形がある」ことは平行線公準と同値な命題の 1 つとして知られている(平行線公準(高校数学) の注意「平行線公準と同値なほかの命題」)。
| 座標平面 | 球面(半径 $1$) | 上半平面 | |
|---|---|---|---|
| 直線 | 普通の直線 | 大円 | 縦の半直線、$x$ 軸に中心をもつ半円 |
| 1 点を通る平行線 | 1 本 | 0 本 | 無数 |
| 三角形の内角の和 | $=\pi$ | $>\pi$ | $<\pi$ |
| 面積と内角の和 | 関係しない | $S=$(内角の和)$-\pi$ | $S=\pi-$(内角の和) |
| 三角形の面積の範囲 | いくらでも大きい | $0< S<2\pi$ | $0< S<\pi$ |
球面の式は Girard の定理(球面三角形の面積)で、その証明では月形が、上半平面では頂点の 1 つが無限遠にある三角形が部品になった。
thm-hyp-main は、直線・角・面積の 3 つの決め方がそろって初めて成り立つ。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 辺を上半平面の直線(縦の半直線・$x$ 軸に中心をもつ半円)にする | 3 点 $P$、$Q$、$R$ を普通の線分で結んだ三角形 | 面積 $=\pi-$(内角の和) |
| 面積を $\displaystyle\iint\frac{dx\,dy}{y^2}$ で測る | 普通の面積 $\displaystyle\iint dx\,dy$ | 面積 $=\pi-$(内角の和)、拡大で面積が変わらないこと |
ex-hyp-start の 3 点 $P(0,1)$、$Q(1,1)$、$R(0,2)$ を普通の線分で結ぶ(図 5 の青い破線)。辺 $QR$ は直線 $x+y=2$ の上にあり、縦の半直線でも $x$ 軸に中心をもつ半円でもないので、上半平面の直線ではない。
この図形の角は普通の角で $90^\circ$、$45^\circ$、$45^\circ$ で、和は $\pi$ である。$\pi-$(内角の和)$=0$ だが、面積は
$$
\int_0^1\left(\int_1^{2-x}\frac{dy}{y^2}\right)dx=\int_0^1\left(1-\frac1{2-x}\right)dx=1-\log2\approx0.307
$$
で $0$ ではない。辺が上半平面の直線でないと、面積と角の関係は成り立たない。
3 点 P、Q、R を上半平面の直線で結んだ三角形(赤、青く塗った部分)と、普通の線分で結んだ三角形(青い破線)。普通の線分の三角形は内角の和が π だが、面積は 0 でない
ex-hyp-start の三角形 $PQR$ の普通の面積は
$$
\int_0^1\left(\sqrt{5-(x+1)^2}-\sqrt{\tfrac54-\left(x-\tfrac12\right)^2}\right)dx\approx0.52919
$$
(数値計算)で、$\pi-$(内角の和)$\approx0.28379$ と違う。原点を中心に $3$ 倍に広げると、角は変わらないのに普通の面積は $9$ 倍の約 $4.7627$ になるので、普通の面積を角だけの式で表すことはできない。
Hitchman は、曲率が $k$ の一様な幾何では、三角形の面積 $A$ と内角について $kA=\alpha+\beta+\gamma-\pi$ が成り立つことを示している(Hit18 Theorem 7.4.3、p. 160)。$k=-1$ がこの記事の thm-hyp-main である。
長さを $\dfrac{\sqrt{dx^2+dy^2}}y$ で測る上半平面は、曲率が $-1$ の曲面の幾何である。上の式で $k=1$ が半径 $1$ の球面(球面三角形の面積)、$k=0$ が平面にあたる。曲面の曲率を面積で積分した量と、境界の曲がり方・角を結ぶ一般の定理が Gauss–Bonnet の定理(Gauss–Bonnetの定理)で、thm-hyp-main はその特別な場合にあたる(この記事では証明しない)。
実数係数の 1 次分数変換 $z\mapsto\dfrac{az+b}{cz+d}$($ad-bc>0$、$z=x+yi$)も、上半平面の直線・角・面積を保つ(Hit18 Definition 5.5.1(p. 114)と Example 5.5.9 の後の注意(p. 118)。この記事では証明せず、主定理の証明にも使わなかった)。
$w=-\dfrac1z=-\dfrac{x-yi}{x^2+y^2}$ なので、$w=u+vi$ とすると $u=-\dfrac{x}{x^2+y^2}$、$v=\dfrac{y}{x^2+y^2}$ である($y>0$ なら $v>0$)。偏微分を並べた行列式(ヤコビアン)を計算すると $\dfrac{\partial(u,v)}{\partial(x,y)}=\dfrac1{(x^2+y^2)^2}$ になる。2 重積分の変数変換の公式(大学で学ぶ)から
$$\iint\frac{du\,dv}{v^2}=\iint\frac{1}{(x^2+y^2)^2}\cdot\frac{(x^2+y^2)^2}{y^2}\,dx\,dy=\iint\frac{dx\,dy}{y^2}$$
で、面積の式は変わらない。一般の 1 次分数変換は、平行移動・拡大と $z\mapsto-\dfrac1z$ を続けたものに書ける($c\ne0$ のとき)。
上半平面の三角形の辺の長さを rem-hyp-length の長さで測り、$a$、$b$、$c$ を角 $\alpha$、$\beta$、$\gamma$ の向かいの辺とすると、
$$
\cosh c=\cosh a\cosh b-\sinh a\sinh b\cos\gamma
$$
が成り立つ(Hit18 Theorem 5.4.12、p. 104。Hitchman は Poincaré 円板で述べている。この記事では証明しない)。$\cosh$、$\sinh$ は双曲線関数である(双曲線関数(高校数学))。
$\cosh x=\dfrac{e^x+e^{-x}}2$、$\sinh x=\dfrac{e^x-e^{-x}}2$ である。辺が短いときは $\cosh x\approx1+\dfrac{x^2}2$、$\sinh x\approx x$ から、平面の余弦定理 $c^2\approx a^2+b^2-2ab\cos\gamma$ に近づく。球面では $\cosh$、$\sinh$ が $\cos$、$\sin$ になり、符号も変わる(球面三角法)。
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