既約元

同義語:irreducible element

概要

既約元(irreducible element)とは、整域の元で $0$ でも単元でもなく、単元でない 2 つの元の積に書けないもののことであり、整数の素数を「それ以上分けられない数」として一般化したものである。既約元は生成する単項イデアルが真の単項イデアルの中で極大であることで特徴づけられ、乗法的なノルムがあれば元は既約元の積に分解できる。任意の 2 元が最大公約元をもつ整域、とくに一意分解整域と単項イデアル整域では既約元は素元に一致するが、$\mathbb{Z}[\sqrt{-5}]$ や $k[t^2,t^3]$ では既約元が素元にならず、既約元への分解が一意でなくなる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 整域, 単元, 単項イデアル

整数 $12$ を $12=2\cdot6=2\cdot2\cdot3$ と分けていくと、最後には $\pm1$ 以外の数の積にはもう分けられない数、すなわち素数にたどり着く。既約元(irreducible element)は、この「それ以上分けられない」という性質を一般の整域へ移したものであり、$0$ でも単元でもなく、単元でない 2 つの元の積に書けない元をいう。整数では既約元は $\pm p$($p$ は素数)であり、「積を割れば一方を割る」という素元の性質とも一致するが、一般の整域では既約元が素元になるとは限らない。$\mathbb{Z}[\sqrt{-5}]$ では $6=2\cdot3=(1+\sqrt{-5})(1-\sqrt{-5})$ と、既約元への分解が 2 通りに現れる(ex-irr-elt-sqrt-minus-five)。この記事では、既約元を単項イデアルの言葉で言い換え(prop-irr-elt-principal)、ノルムを使って既約元への分解の存在を示し(thm-irr-elt-norm)、任意の 2 元が最大公約元をもつ整域では既約元が素元であること(thm-irr-elt-gcd-domain)を証明する。

定義

この記事では、環は単位元をもつ可換環とし、$A$ は整域とする。$a,b\in A$ について、$b=ac$ となる $c\in A$ があるとき $a\mid b$ と書く。$A$ の単元全体を $A^\times$ と書く。$a=ub$ となる $u\in A^\times$ があるとき、$a$ と $b$ は同伴(associate)であるという。

既約元

$A$ を整域とする。$r\in A$ が既約元(irreducible element)であるとは、

  1. $r\neq0$ かつ $r$ は単元でなく、
  2. $r=ab$($a,b\in A$)と書けるならば、$a$ または $b$ が単元である
    ことをいう。$0$ でも単元でもなく既約元でもない元を可約(reducible)であるという。すなわち $r$ が可約であるとは、単元でない $a,b$ によって $r=ab$ と書けることである。

この定義は 素元 の記事の定義「既約元」、一意分解整域 の記事の定義「既約元と素元」と同じものである(DF04 §8.3 の定義、p. 284)。$0$ と単元を除外しているのは、$0=0\cdot0$ や $1=u\cdot u^{-1}$ のような分解を「分解」と数えないためである。
既約性は同伴で変わらない。$r$ が既約で $u$ が単元なら、$ur=ab$ から $r=(u^{-1}a)b$ となり、$u^{-1}a$ か $b$ が単元、したがって $a$ か $b$ が単元だからである。
既約元は、それが属する環に依存する。同じ数でも、より大きな環に入れると可約になることがある(ex-irr-elt-ring-dependence)。「既約」とだけ言うときは、どの環の元として考えているかを明示する。

直感

素数の定義には 2 通りの言い方がある。「$1$ と自分自身以外に約数をもたない」と「積を割り切れば、どちらかの因子を割り切る」である。前者を一般化したものが既約元、後者を一般化したものが素元である。前者は元 $r$ 自身の分け方だけを見る性質で、後者は $r$ と他のすべての積との関係を見る性質であり、量化の範囲が違う。整数で両者が一致するのは、Euclid の互除法によって最大公約数が存在するからであり、その仕組みを抽象化したのが thm-irr-elt-gcd-domain である。
既約元は、元を「それ以上分けられないところまで」分解したときの部品である。部品への分解がいつも有限回で終わるかどうか(分解の存在)と、終わったときの部品が同伴を除いて決まるかどうか(分解の一意性)は、別々の問題である。存在はノルムや単項イデアルの昇鎖条件のような「大きさが下がり続けない」仕組みで保証され、一意性は既約元が素元であることで保証される。2 つがそろった整域が一意分解整域である。

例と反例

整数環と体上の多項式環
  1. $\mathbb{Z}$ の単元は $\pm1$ であり、既約元は $\pm p$($p$ は素数)である。
  2. 体 $K$ の上の多項式環 $K[x]$ の単元は $0$ でない定数であり、既約元は $K$ 上の既約多項式(次数 $1$ 以上で、定数でない 2 つの多項式の積に書けないもの)である。
  3. $\mathbb{Z}[x]$ の既約元は、素数 $p$ と $-p$(定数)、および原始多項式(係数の最大公約数が $1$)で $\mathbb{Q}$ 上既約な次数 $1$ 以上の多項式である。次数 $1$ 以上の場合は 既約多項式 の記事の定理「Gauss の補題」の 2 による。定数 $c$ が $\mathbb{Z}[x]$ の既約元であることは、次数の比較から $c=gh$ の $g,h$ も定数になるので、$c$ が $\mathbb{Z}$ の既約元であることと同値である。たとえば $2x+6=2(x+3)$ は $\mathbb{Q}$ 上既約だが $\mathbb{Z}[x]$ では可約である。
  4. 体 $K$ には既約元がない。$0$ でない元はすべて単元だからである。
既約性は環による
  1. $2$ は $\mathbb{Z}$ の既約元だが、Gauss整数の環 $\mathbb{Z}[i]$ では $2=-i(1+i)^2$ と書け、$1+i$ は単元でない($N(1+i)=2$)ので可約である。
  2. $x^2+1$ は $\mathbb{R}[x]$ の既約元だが、$\mathbb{C}[x]$ では $(x-i)(x+i)$ と可約である。
  3. $3$ は $\mathbb{Z}$ でも $\mathbb{Z}[i]$ でも既約元である。$\mathbb{Z}[i]$ での既約性は、$3=\alpha\beta$ と単元でない元の積に書けたとするとノルム $N(a+bi)=a^2+b^2$ について $N(\alpha)=N(\beta)=3$ となるが、$a^2+b^2=3$ は整数解をもたないことから分かる(thm-irr-elt-norm の証明と同じ議論)。
既約元をもたない整域

複素数のうち代数的整数であるもの全体 $\mathcal{O}$ は $\mathbb{C}$ の部分環であり(代数的整数 の記事の定理「代数的整数全体のなす環」)、したがって整域である。$\mathcal{O}$ には既約元が 1 つもない。
実際、$\alpha\in\mathcal{O}$ を $0$ でも単元でもない元とし、$\beta\in\mathbb{C}$ を $\beta^2=\alpha$ となる数とする。$\alpha$ がモニックな整数係数多項式 $f(x)$ の根なら、$\beta$ はモニックな整数係数多項式 $f(x^2)$ の根なので $\beta\in\mathcal{O}$ である。$\beta\neq0$ であり、$\beta$ が単元なら $\alpha=\beta^2$ も単元になるので $\beta$ は単元でない。よって $\alpha=\beta\cdot\beta$ は単元でない 2 元の積で、$\alpha$ は可約である。この整域では、どの元も既約元の積に書けない(既約元への分解の存在が成り立たない)。

性質

単項イデアルによる言い換え

整除の関係 $a\mid b$ は単項イデアルの包含 $(b)\subset(a)$ と同じであり、$a$ と $b$ が同伴であることは $(a)=(b)$ と同じである(単項イデアル の記事の命題「単項イデアルの包含と整除」)。この翻訳で、既約元は次のように特徴づけられる。

既約元と単項イデアル

$A$ を整域、$r\in A$ を $0$ でない元とする。$r$ が既約元であることと、単項イデアル $(r)$ が $A$ と異なる単項イデアル全体の中で包含について極大であること、すなわち
$$ (r)\neq A,\qquad (r)\subset(a)\subsetneq A\ \Longrightarrow\ (a)=(r) $$
が成り立つことは同値である。

$(r)\neq A$ は $r$ が単元でないことと同値である。
既約元 $r$ について $(r)\subset(a)\subsetneq A$ とする。$r=ab$ となる $b$ があり、$(a)\neq A$ なので $a$ は単元でない。既約性から $b$ は単元であり、$a=b^{-1}r$ から $(a)=(r)$ である。
逆に $(r)$ が極大であるとし、$r=ab$ と書く。$a$ が単元でなければ $(r)\subset(a)\subsetneq A$ なので $(a)=(r)$ であり、$a=rc$ となる $c$ がある。$r=ab=rcb$ で、$A$ は整域で $r\neq0$ なので $cb=1$、すなわち $b$ は単元である。よって $r$ は既約元である。$\square$

単項イデアル整域の既約元

$A$ を単項イデアル整域とし、$r\in A$ を $0$ でない元とする。次は同値である。

  1. $r$ は既約元である。
  2. $(r)$ は極大イデアルである。
  3. $r$ は素元である。

単項イデアル整域ではすべてのイデアルが単項イデアルなので、prop-irr-elt-principal の条件は $(r)$ が極大イデアルであることにほかならない。よって 1 と 2 は同値である。2 なら $(r)$ は素イデアルなので $r$ は素元である。3 なら $r$ は既約元である(素元 の記事の命題「素元から既約元へ」)。$\square$

DF04 §8.3 Proposition 11(p. 284)は 1 と 3 の同値を述べている。2 の条件は、単項イデアル整域でない整域では成り立たない。たとえば $\mathbb{Z}[x]$ の $x$ は既約元(素元でもある)だが、$(x)\subsetneq(2,x)\subsetneq\mathbb{Z}[x]$ なので $(x)$ は極大イデアルでない。prop-irr-elt-principal が述べているのは、単項イデアルだけの中での極大性である。

既約元への分解の存在

元を分解し続けて既約元にたどり着くには、分解のたびに何かが小さくなり、それが無限には小さくなれないことが必要である。整数環では絶対値がその役を果たす。一般の整域では、乗法的なノルムがあれば同じ議論ができる。

乗法的なノルムと既約元

$A$ を整域とし、写像 $N\colon A\setminus\{0\}\to\mathbb{Z}_{\ge1}$ が次の 2 条件を満たすとする。

  • すべての $0$ でない $a,b$ について $N(ab)=N(a)N(b)$ である。
  • $N(a)=1$ であることと、$a$ が単元であることは同値である。
    このとき次が成り立つ。
  1. $0$ でも単元でもない $a\in A$ は、有限個の既約元の積 $a=r_1r_2\cdots r_m$($m\ge1$)に書ける。
  2. $0$ でない $a$ について $N(a)$ が素数なら、$a$ は既約元である。
  3. $0$ でも単元でもない $a$ について、$N(a)$ を割り切る $1$ と $N(a)$ 以外の値 $k$ がどれも $N$ の値にならない($N(b)=k$ となる $b$ がない)なら、$a$ は既約元である。
  1. $N(a)$ についての強い帰納法で示す。$a$ が $0$ でも単元でもなければ $N(a)\ge2$ である。$a$ が既約元なら $m=1$ でよい。既約元でなければ、単元でない $b,c$ により $a=bc$ と書け、$a\neq0$ から $b,c\neq0$ である。$N(b),N(c)\ge2$ で $N(b)N(c)=N(a)$ なので、$N(b),N(c)< N(a)$ である。帰納法の仮定により $b,c$ はそれぞれ既約元の有限個の積であり、それらを並べると $a$ の表示が得られる。
  2. $N(a)\neq1$ なので $a$ は単元でない。$a=bc$ と書くと $b,c\neq0$ で、$N(b)N(c)=N(a)$ は素数なので、$N(b)$ と $N(c)$ の一方は $1$ である。その元は単元であり、$a$ は既約元である。
  3. $a=bc$ と書き、$b,c$ がともに単元でないとすると、$N(b)$ は $N(a)$ を割り切り、$N(b)\ge2$、$N(c)\ge2$ から $N(b)\neq N(a)$ である。これは仮定に反するので、$b$ か $c$ は単元であり、$a$ は既約元である。$\square$

2 は 3 の特別な場合である。1 の証明は分解をどこで止めるかを決めていないので、得られる分解が一意かどうかについては何も言わない。整数環 $\mathbb{Z}$ では $N(a)=|a|$、Gauss 整数環 $\mathbb{Z}[i]$ では $N(a+bi)=a^2+b^2$ がこの条件を満たす。Noether環である整域では、単項イデアルの昇鎖条件から同じ結論 1 が得られる(一意分解整域 の記事の定理「一意分解整域の特徴づけ」の 4 ⇒ 2 の証明)。

既約元への分解が一意でない $\mathbb{Z}[\sqrt{-5}]$

$A=\mathbb{Z}[\sqrt{-5}]=\{a+b\sqrt{-5}: a,b\in\mathbb{Z}\}$ に $N(a+b\sqrt{-5})=a^2+5b^2$ を考える。$N(\alpha)=\alpha\bar\alpha$($\bar\alpha$ は複素共役)なので $N$ は乗法的であり、$N(\alpha)=1$ となるのは $\alpha=\pm1$ だけで、これらが $A$ の単元のすべてである($\alpha\beta=1$ なら $N(\alpha)N(\beta)=1$)。よって thm-irr-elt-norm の条件が成り立つ。
$a^2+5b^2$ の値は $0,1,4,5,6,9,\dots$ であり、$2$ と $3$ は値にならない($b\neq0$ なら $5$ 以上、$b=0$ なら平方数)。次の 4 つの元を考える。

元ノルム$1$ と自分以外のノルムの約数
$2$$4$$2$
$3$$9$$3$
$1+\sqrt{-5}$$6$$2,3$
$1-\sqrt{-5}$$6$$2,3$

どの行でも、真ん中の約数はノルムの値にならないので、thm-irr-elt-norm の 3 により 4 つとも既約元である。単元は $\pm1$ だけなので、同伴な元は符号だけが違う。ノルムを比べて $2,3$ はどちらも $1\pm\sqrt{-5}$ と同伴でなく、$1+\sqrt{-5}\neq\pm(1-\sqrt{-5})$ である。したがって
$$ 6=2\cdot3=(1+\sqrt{-5})(1-\sqrt{-5}) $$
は、互いに同伴でない既約元による 2 通りの分解である。$2$ は積 $(1+\sqrt{-5})(1-\sqrt{-5})$ を割り切るがどちらの因子も割り切らないので、素元でない(素元 の記事の例「既約だが素でない $2$」)。

次数で分解の存在が分かる整域

体 $k$ の上で、$t$ の 1 次の係数が $0$ である多項式の全体
$$ A=k[t^2,t^3]=\{c_0+c_2t^2+c_3t^3+\dots+c_nt^n: c_i\in k\}\subset k[t] $$
を考える。$A$ は $k[t]$ の部分環なので整域であり、$A$ の単元は $k[t]$ の単元($0$ でない定数)で $A$ に属するもの、すなわち $0$ でない定数である。$N(f):=2^{\deg f}$ は乗法的で、$N(f)=1$ と $f$ が単元であることは同値なので、thm-irr-elt-norm の 1 により $A$ の $0$ でも単元でもない元は既約元の積に書ける。
$A$ には次数 $1$ の元がない(次数がちょうど $1$ の多項式は $t$ の係数が $0$ でない)。したがって $t^2=fg$ と書くと $\deg f+\deg g=2$ で、一方が次数 $0$、すなわち単元である。同様に $t^3=fg$ なら次数の組は $(0,3)$ か $(3,0)$ しかない。よって $t^2,t^3$ は既約元である。一方
$$ t^6=t^2\cdot t^2\cdot t^2=t^3\cdot t^3 $$
は既約元の個数まで異なる 2 通りの分解である。$t^2$ は $t^3\cdot t^3=t^2\cdot t^4$ を割り切るが、$t^3=t^2\cdot g$ となる $g$ は $k[t]$ の中で $t$ だけであり $t\notin A$ なので、$t^2\nmid t^3$ である。よって $t^2$ は既約元だが素元でない。

最大公約元をもつ整域では既約元は素元

$a,b\in A$ の最大公約元とは、$a,b$ の公約元 $d$ で、$a,b$ のすべての公約元が $d$ を割り切るものをいう(一意分解整域 の記事の定義「公約元と最大公約元」)。存在すれば同伴を除いて一意であり、その 1 つを $\gcd(a,b)$ と書く。任意の 2 元が最大公約元をもつ整域を GCD 整域(GCD domain)という。等式 $\gcd(a,b)=d$ は同伴を除いた等式として読む。

最大公約元と掛け算

$A$ を GCD 整域とする。$a,b,c\in A$ について $\gcd(ca,cb)=c\gcd(a,b)$ である。

$c=0$ なら両辺は $0$ である($0$ と $0$ の最大公約元は $0$)。$c\neq0$ とし、$d:=\gcd(a,b)$、$e:=\gcd(ca,cb)$ とおく。$cd$ は $ca$ と $cb$ を割り切るので $cd\mid e$ であり、$e=cdx$ となる $x\in A$ がある。
$d=0$ なら $a=b=0$ で、$ca=cb=0$ から $e=0$ となり主張が成り立つ。$d\neq0$ とする。$e\mid ca$ から $ca=ey=cdxy$ となる $y$ があり、$c\neq0$ で約分して $a=dxy$ である。同様に $b=dxz$ となる $z$ がある。よって $dx$ は $a,b$ の公約元なので $dx\mid d$ であり、$d=dxw$ となる $w$ がある。$d\neq0$ で約分すると $xw=1$ なので $x$ は単元で、$e$ と $cd$ は同伴である。$\square$

GCD 整域の既約元は素元

GCD 整域 $A$ の既約元は素元である。

$r$ を既約元とし、$r\mid ab$、$r\nmid a$ とする。$r\mid b$ を示せばよい。
$d:=\gcd(r,a)$ は $r$ を割り切るので $r=dc$ と書ける。$r$ は既約なので $d$ か $c$ が単元である。$c$ が単元なら $d$ と $r$ は同伴で、$d\mid a$ から $r\mid a$ となり仮定に反する。よって $d$ は単元であり、$\gcd(r,a)=1$ である。
lem-irr-elt-gcd-scale により $\gcd(rb,ab)=b\gcd(r,a)=b$(同伴を除く)である。$r$ は $rb$ を割り切り、仮定から $ab$ も割り切るので、$rb$ と $ab$ の公約元であり、最大公約元 $b$ を割り切る。よって $r\mid b$ で、$r$ は素元である。$\square$

GCD 整域の例として、一意分解整域(同記事の命題「一意分解整域における最大公約元」)と単項イデアル整域($(a)+(b)=(d)$ となる $d$ が最大公約元)がある。したがって thm-irr-elt-gcd-domain は、一意分解整域・単項イデアル整域で既約元と素元が一致すること(DF04 §8.3 Propositions 11–12、pp. 284–286)を含む。
逆に、既約元が素元でない整域は GCD 整域でない。ex-irr-elt-sqrt-minus-five の $\mathbb{Z}[\sqrt{-5}]$ と ex-irr-elt-cusp の $k[t^2,t^3]$ はその例である。たとえば $k[t^2,t^3]$ で $t^5$ と $t^6$ を考える。$A$ の元 $f$ が $t^m$ を割り切るなら、$k[t]$ で $f=ct^j$($c\in k^\times$)であり、$f\in A$ と商 $c^{-1}t^{m-j}\in A$ から $j\neq1$ かつ $m-j\neq1$ である。よって $t^5$ と $t^6$ の公約元は定数倍を除いて $1,t^2,t^3$ である。最大公約元 $d$ があれば $t^2\mid d$ かつ $t^3\mid d$ だが、$t^2\nmid t^3$、$t^3\nmid t^2$、$t^2\nmid 1$ なので、どれも条件を満たさない。したがって $t^5,t^6$ は最大公約元をもたない。

一意分解整域との関係

既約元を部品とする分解について、次の 2 つの性質を分けて考える。

  • 存在:$0$ でも単元でもない元は、既約元の有限個の積に書ける。
  • 一意性:2 つの分解 $r_1\cdots r_m=s_1\cdots s_n$ があれば、$m=n$ で、番号を付け替えると $r_i$ と $s_i$ は同伴である。
    両方を満たす整域が一意分解整域である。存在を仮定したとき、一意性は「既約元がすべて素元であること」と同値である(素元 の記事の定理「一意分解整域の素元判定」)。この記事の結果と合わせると、次の対応が得られる。
    整域存在既約元は素元一意分解整域
    $\mathbb{Z}$、$K[x]$、$\mathbb{Z}[i]$成り立つ成り立つである
    $\mathbb{Z}[\sqrt{-5}]$成り立つ(ノルム)成り立たないでない
    $k[t^2,t^3]$成り立つ(次数)成り立たないでない
    代数的整数全体 $\mathcal{O}$成り立たない(既約元がない)でない
    $\mathbb{Z}[i]$ は Euclid 整域なので単項イデアル整域であり(Gauss整数 の記事の定理「Gauss整数環における余りのある割り算」)、cor-irr-elt-pid により既約元と素元が一致する。$\mathbb{Z}[i]$ の既約元の具体的な分類は Gauss整数 の記事の定理「Gauss 素数の分類」にある。

反例:仮定を外すと崩れること

外す条件反例成り立たなくなること
任意の 2 元が最大公約元をもつ$\mathbb{Z}[\sqrt{-5}]$ の $2$既約元が素元であること(thm-irr-elt-gcd-domain)
任意の 2 元が最大公約元をもつ$k[t^2,t^3]$ の $t^2$既約元が素元であること(thm-irr-elt-gcd-domain)
乗法的なノルムがある代数的整数全体 $\mathcal{O}$既約元への分解の存在(thm-irr-elt-norm の 1)
単項イデアル整域$\mathbb{Z}[x]$ の $x$既約元の生成するイデアルが極大イデアルであること(cor-irr-elt-pid の 2)
環が整域$\mathbb{Z}/6\mathbb{Z}$ の $2$素元が既約元であること

最後の行では、素元と既約元の定義の条件を整域でない環 $\mathbb{Z}/6\mathbb{Z}$ でそのまま読む。$\mathbb{Z}/6\mathbb{Z}$ で $(2)$ は素イデアル($(\mathbb{Z}/6\mathbb{Z})/(2)\cong\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}$ は整域)なので $2$ は「$p\mid ab$ なら $p\mid a$ または $p\mid b$」を満たすが、$2=2\cdot4$ で $2$ も $4$ も単元でない。整域なら $p=pc$ から $p$ を約分して $c=1$ とできる(素元 の記事の命題「素元から既約元へ」の証明)が、$\mathbb{Z}/6\mathbb{Z}$ では $2\cdot(4-1)=0$ でも $4-1\neq0$ であり、約分ができない。

注意

  • 「既約」という語は他の対象にも使われる。多項式については既約多項式(体上の多項式環の既約元にあたる)、位相空間については既約空間(空でなく、2 つの真の閉集合の和に書けない空間)、表現や加群については既約表現・単純加群がある。体 $k$ 上の多項式 $f\in k[x_1,\dots,x_n]$ が既約元なら、$k[x_1,\dots,x_n]$ は一意分解整域なので thm-irr-elt-gcd-domain により $(f)$ は素イデアルであり、$\operatorname{Spec}$ の閉集合 $V(f)$ は既約空間になる(既約成分 の記事の注意の節の補足)。両者は代数幾何で結びつくが、定義は別である。
  • 非可換環でも既約元を定義することがあるが、左右の単元と零因子の扱いが加わる。この記事では整域だけを扱う。
  • ex-irr-elt-sqrt-minus-five のように既約元への分解が一意でない整域でも、イデアルの積への分解は一意になることがある。$\mathbb{Z}[\sqrt{-5}]$ は 2 次体 $\mathbb{Q}(\sqrt{-5})$ の整数環であり(代数的整数 の記事の命題「2 次体の整数環の決定」)、Dedekind整域である(Dedekind整域 の記事の例「2次体の整数環」)。Dedekind 整域では $0$ でない真のイデアルは素イデアルの積にただ 1 通りに分解する(同記事の定理「Dedekind整域のイデアル論的特徴づけ」)。元の分解の一意性が崩れる度合いはイデアル類群で測られる。

関連項目

参考文献

[1]
David S. Dummit and Richard M. Foote, Abstract Algebra, Wiley, 2004, §8.3(既約元・素元の定義と Proposition 11 p. 284、Proposition 12 p. 286)

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