リーマン幾何学(りーまんきかがく、Riemannian geometry)とは、リーマン計量と呼ばれる内積が定義された微分多様体の性質を研究する分野であり、微分幾何学の一分野である。
リーマン幾何学(りーまんきかがく、Riemannian geometry)とは、リーマン計量と呼ばれる内積が定義された微分多様体の性質を研究する分野であり、微分幾何学の一分野である。
''リーマン多様体''(Riemannian manifold)とは可微分多様体 $M$ とその上のリーマン計量と呼ばれる2階共変対称テンソル場 $g$ の組 $(M,g)$ のことであり、リーマン幾何学ではリーマン多様体 $(M,g)$ の性質を研究する。
この記事ではリーマン幾何学の主要なテーマについて外観する。
計量ベクトル空間の復習を行う。$n$ 次元実ベクトル空間 $V$ の計量または内積とは、非退化な2階対称テンソル $g\in V^\ast\otimes V^\ast$ のことである。
$(V,g)$ の組のことを''計量ベクトル空間''(metric vector space)という。
$V$ の基底を $\{e_i\}$ とし、その双対基底を $\{\theta^i\}$ とすると、
$$
g=\sum_{i,j}g_{ij}\theta^i\theta^j,\ g_{ij}=g_{ji}=g(e_i,e_j)
$$
と表される。
ただし、$\theta^i\theta^j$ は対称テンソル積 $\theta^i\theta^j\colon=\frac{1}{2}(\theta^i\otimes\theta^j+\theta^j\otimes\theta^i)$ である。
シルベスターの慣性法則により、適当な基底に対して、
$$
g=-\sum_{i=1}^p(\theta^i)^2+\sum_{j=p+1}^n(\theta^j)^2
$$
と表される。
微分多様体の各接空間に内積が定義されたならば、接ベクトルの長さや角度など計量的性質を論じることができる。
計量ベクトル空間を参考にして次のように定義する。
微分多様体 $M$ の''リーマン計量''(Riemannian metric)とは滑らかで正定値な2階共変対称テンソル場 $g$ のことである(テンソル場についてはテンソル解析を参照)。
微分多様体 $M$ とその上のリーマン計量 $g$ の組 $(M,g)$ をリーマン多様体(Riemannian manifold)と言う。
2つのリーマン多様体 $(M,g),(N,h)$ に対して、微分同相写像 $f\colon M\rightarrow N$ が存在して、$f^\ast h=g$ が成り立つとき、$(M,g),(N,h)$ は''リーマン同型''(Riemannian isomorphic)であるという。
ただし、$f^\ast$ は $f$ による引き戻しである(テンソル解析を参照)。
このとき、$(M,g)\simeq(N,h)$ または単に $M\simeq N$ などと書く。
リーマン同型なリーマン多様体は区別しない。
ユークリッド空間では近い2点 $(x,y,z)$ と $(x+\Delta x,y+\Delta y,z+\Delta z)$ の距離の2乗(線素)は $\Delta s^2=\Delta x^2+\Delta y^2+\Delta z^2$ で与えられる($\Delta x,\Delta y,\Delta z$ が微小量でなくてもこの式は成り立つ)。
この $\{\Delta x,\Delta y,\Delta z\}$ 達を座標基底 $\{\partial_x,\partial_y,\partial_z\}$ に関する双対基底 $\{dx,dy,dz\}$ と解釈すると
$$
ds^2=dx^2+dy^2+dz^2(=:g)
$$
は正定値な2階対称テンソル場である。
ここで記号 $ds^2$ は計量テンソルを表す記号として $g$ の代わりにしばしば用いられる($dx^2=dx\otimes dx$とは意味が異なることに注意)。
この計量に関して、$g(\partial_x,\partial_x)=dx(\partial_x)^2+dy(\partial_x)^2+dz(\partial_x)^2=1$ であるから、ベクトル場 $\partial_x$ の長さが1であるという直感が再現されている。
また $\partial_x$ と $\partial_y$ との内積は$g(\partial_x,\partial_y)=dx(\partial_x)dx(\partial_y)+dy(\partial_x)dy(\partial_y)+dz(\partial_x)dz(\partial_y)=0$ であるから $\partial_x$ と $\partial_y$ が直交しているという直感も再現されている。
微分多様体 $M$ にパラコンパクトを仮定すれば、局所有限な開被覆を取り、各近傍上で定義したリーマン計量を1の分割で足し合わせることにより、$M$ 全体で定義されたリーマン計量を得ることができる。
従って、$M$ 上のリーマン構造は無限自由度で存在する。
その中でしばしば考察される有名なリーマン多様体が多く存在する。
その全てを列挙することは困難だが、リーマン多様体の例でその一部を紹介する。
微分多様体における接続とは、平行移動を与える機構である。
ユークリッド幾何では平行移動は直感的に理解できるものの、公理的に扱われてきた。
一般の微分多様体でも事情は同じで接続を定義することによって平行移動を公理的に扱う。
(接続についてはテンソル解析に簡単な解説がある)
理論的には接続をどのように定義しても良いが、ユークリッド幾何の平行移動の性質を一部引き継いでいる接続をリーマン多様体上では考えることができる。
引き継がれる性質は、平行移動によりベクトルの長さや2つのベクトル角度が変わらない、という性質である(計量条件)。
この条件に加え、捩れ率が0(局所的にはユークリッド空間の平行性に近似している)という性質を持った接続がリーマン計量から一意的に定まり、''リーマン接続''(Riemannian connection)または''レヴィ・チヴィタ接続''(Levi-Civita connection)と呼ばれる。
詳しい議論はリーマン接続を参照されたい。
リーマン多様体の曲がり具合を表現するためのテンソル場が''リーマン曲率テンソル''(Riemannian curvature tensor)である。
リーマン曲率は曲面論におけるガウス曲率の一般化とみなすこともできる。
またリーマン曲率はリーマン同型類の不変量を与える。
詳しくは、リーマン曲率テンソルを参照されたい。
リーマン多様体の種々の幾何学的性質は上で紹介した基本的な道具を使い研究される。リーマン幾何学の分野は多岐にわたり、また厳密な区分けもないため、過不足なく列挙することは困難である。ここでは有名ないくつかの分野を挙げる。
affine変換、等長変換、共形変換、射影変換などがある。
2つのリーマン多様体 $(M,g),(B,h)$ に対して、滑らかな全射 $\pi:M\to B$ が''沈め込み'' (Submersion) であるとは、$M$ の任意の点において $\pi_\ast$ のランクが最大となることである。陰関数の定理より $q\in B$ に対して、ファイバー $\pi^{-1}(q)$ は ${\rm dim}M-{\rm dim}B$ 次元の閉部分多様体である。
このとき、接分布 $\mathcal{V}$ を
$$
M\ni p\mapsto \mathcal{V}_p:=\ker \pi_\ast(p)
$$
と定義し、''垂直分布'' (vertical distribution) と呼ぶ。
$M$ の各点 $p$ に対して、接空間を $T_pM=\mathcal{V}_p\oplus \mathcal{H}_p$ と直交直和分解するとき、接分布 $\mathcal{H}$ を
$$
M\ni p\mapsto \mathcal{H}_p
$$
と定義し、''水平分布'' (Horizontal distribution) と呼ぶ。
準同型定理より、ベクトル空間としての同型 $H_p\cong T_{\pi(p)}B$ が成り立つ。
任意の $p\in M$ に対して、計量ベクトル空間としての同型
$$
\pi_\ast|_{H_p}:(H_p,g|_{H_p})\to (T_{\pi(p)}B,h_{\pi(p)})
$$
が成り立つとき、$\pi$ を''リーマン沈め込み'' (Riemannian submersion) という。
このようなリーマン沈め込みという写像で関係付けられるリーマン多様体間の関係を調べる分野がある。詳しくはリーマン沈め込みを参照。