リーマン幾何学(Riemannian geometry)とは、多様体の各接空間に内積を滑らかに与えたリーマン計量 $g$ を備えたリーマン多様体 $(M,g)$ の幾何学を研究する、微分幾何学の中心的な分野である。計量から曲線の長さ・距離・体積・測地線が定まり、計量的で捩れのない唯一の接続(リーマン接続)から曲率テンソル・断面曲率・リッチテンソル・スカラー曲率が定まる。主要な問題は、局所的な量である曲率と、完備性・コンパクト性・基本群・体積などの大域的な性質との関係であり、Hopf–Rinow の定理、Gauss–Bonnet の定理、Bonnet–Myers の定理、Cartan–Hadamard の定理、空間形の分類、体積比較定理、球面定理がその代表である。Euclid 空間・球面・双曲空間・Lie 群の左不変計量・部分多様体の誘導計量・Warped 積が基本的な例である。
前提知識: 多様体, 接空間, ベクトル場, テンソル解析, 内積
リーマン幾何学(Riemannian geometry)は、多様体の各接空間に内積を滑らかに与えたもの(リーマン計量)を備えた多様体、すなわちリーマン多様体の幾何学を研究する微分幾何学の中心的な分野である。内積があれば接ベクトルの長さと角度が定まり、曲線の長さ、2 点間の距離、体積、そして「まっすぐな曲線」である測地線が定義できる。Euclid 幾何学と本質的に異なるのは曲率の存在であり、リーマン計量から一意に定まるリーマン接続(Levi-Civita 接続)を用いてリーマン曲率テンソル・断面曲率・リッチテンソル・スカラー曲率が定義される。リーマン幾何学の主要な問題は、これらの局所的な量(曲率)と、多様体の大域的な性質(距離空間としての完備性、コンパクト性、基本群やEuler標数などの位相不変量、体積、Laplace 作用素のスペクトルなど)の関係を明らかにすることである。Gauss–Bonnet の定理、Hopf–Rinow の定理、Bonnet–Myers の定理、Cartan–Hadamard の定理、各種の比較定理はその代表である。
本記事では、リーマン多様体の定義と基本的な対象(接続・測地線・曲率)を記事内で完結するように述べ、基本定理群を言明し、代表的な例と主な分野を概観する。各対象の詳細は個別の記事(リーマン接続・リーマン曲率テンソル・断面曲率・リッチテンソル・スカラー曲率・測地線・Warped積多様体・共形変換・リッチの恒等式と可積分条件)に譲る。
以下、多様体はすべて $C^\infty$ 級でHausdorff空間であり、かつ第2可算公理を満たすものとし、$M$ 上の滑らかな関数全体を $C^\infty(M)$、ベクトル場全体を $\mathfrak{X}(M)$、局所座標 $(x^1,\dots,x^n)$ の座標ベクトル場を $\partial_i$、その双対基底を $dx^i$ と書く。添字の和は Einstein の総和規約(テンソル解析)による。
$n$ 次元多様体 $M$ 上のリーマン計量(Riemannian metric)とは、滑らかな $(0,2)$ 型テンソル場 $g$ であって、各点 $p\in M$ で $g_p\colon T_pM\times T_pM\to\mathbb{R}$ が対称かつ正定値($g_p(v,v)>0$、$v\neq0$)であるもの、すなわち各接空間 $T_pM$ の内積 $g_p$ を $p$ について滑らかに与えたものをいう。組 $(M,g)$ をリーマン多様体(Riemannian manifold)という。局所座標に関し $g_{ij}:=g(\partial_i,\partial_j)$ とおくと $g=g_{ij}\,dx^i\otimes dx^j$ であり、$(g_{ij})$ は各点で対称正定値な行列で、成分は滑らかな関数である。慣習により $g$ を $ds^2=g_{ij}\,dx^idx^j$ と書くことも多い($dx^idx^j$ は対称テンソル積 $\frac12(dx^i\otimes dx^j+dx^j\otimes dx^i)$ を表す)。$g$ の逆行列の成分を $g^{ij}$ と書く。
正定値性を各点での非退化性($g_p(v,w)=0$ がすべての $w$ について成り立つのは $v=0$ のときに限る)に弱めたものを擬リーマン計量といい、その組を擬リーマン多様体という。Sylvester の慣性法則(Sylvesterの慣性法則)により、擬リーマン計量は各点で適当な基底 $\theta^1,\dots,\theta^n$ に関して $-\sum_{i\le p}(\theta^i)^2+\sum_{i>p}(\theta^i)^2$ の形になり、$p$ は連結成分上で一定である(ONe83 Ch. 2・Ch. 3)。$p=1$ の場合が一般相対性理論に現れるLorentz 多様体である。
リーマン多様体 $(M,g)$、$(N,h)$ の間の微分同相写像 $\varphi\colon M\to N$ が等長写像(isometry)であるとは、引き戻しについて $\varphi^*h=g$、すなわち任意の $p\in M$ と $v,w\in T_pM$ に対し $h_{\varphi(p)}(d\varphi_p(v),d\varphi_p(w))=g_p(v,w)$ が成り立つことをいう。等長写像が存在するとき $(M,g)$ と $(N,h)$ は等長(isometric)またはリーマン同型であるといい、$(M,g)\cong(N,h)$ と書く。等長なリーマン多様体は区別しない。$(M,g)$ から自身への等長写像全体は合成について群をなし、$(M,g)$ の等長変換群 $\mathrm{Isom}(M,g)$ という。微分同相とは限らない滑らかな写像 $\varphi$ で $\varphi^*h=g$ を満たすものを等長はめ込み(isometric immersion)という(このとき $d\varphi_p$ は単射である)。
$(M,g)$ をリーマン多様体、$\|v\|:=\sqrt{g(v,v)}$ とする。区分的に滑らかな曲線 $\gamma\colon[a,b]\to M$ の長さを
$$
L(\gamma):=\int_a^b\|\dot\gamma(t)\|\,dt
$$
で定める。長さはパラメータの取り替えで不変である。$M$ が連結空間であるとき、$p,q\in M$ に対し
$$
d_g(p,q):=\inf\{L(\gamma)\mid\gamma\text{ は }p\text{ と }q\text{ を結ぶ区分的に滑らかな曲線}\}
$$
とおき、これを $(M,g)$ のリーマン距離(Riemannian distance)という。
連結なリーマン多様体 $(M,g)$ において $d_g$ は $M$ 上の距離関数であり(特に $p\neq q$ なら $d_g(p,q)>0$)、$d_g$ が定める距離空間の位相は $M$ の多様体としての位相に一致する。
対称性と三角不等式は定義から直ちに従うが、$p\neq q$ のとき $d_g(p,q)>0$ であることと位相の一致には、座標近傍で $g$ を Euclid 計量と定数倍で比較する議論が要る。証明は Lee18 Ch. 2 に譲る。以下、リーマン多様体はこの距離により距離空間とみなす。
Euclid空間 $\mathbb{R}^3$ で、近い 2 点 $(x,y,z)$ と $(x+\Delta x,y+\Delta y,z+\Delta z)$ の距離の 2 乗は $\Delta s^2=\Delta x^2+\Delta y^2+\Delta z^2$ である。増分 $\Delta x,\Delta y,\Delta z$ を座標基底 $\partial_x,\partial_y,\partial_z$ の双対基底 $dx,dy,dz$ と読み替えたものが標準計量 $ds^2=dx^2+dy^2+dz^2$ であり、これは $g(\partial_x,\partial_x)=1$、$g(\partial_x,\partial_y)=0$ を満たすので、「$\partial_x$ の長さは $1$ で $\partial_x$ と $\partial_y$ は直交する」という直感を再現する。一般のリーマン多様体では $g_{ij}$ が点ごとに変わり、$ds^2=g_{ij}dx^idx^j$ は「無限小の距離の 2 乗」を各点で与える。曲線の長さは $\|\dot\gamma\|$ の積分であり、曲線に沿って $ds$ を積分するという記法 $L(\gamma)=\int_\gamma ds$ はこの意味で正当化される。
任意の多様体 $M$ はリーマン計量をもつ。
$\{(U_\alpha,\phi_\alpha)\}_{\alpha\in A}$ を $M$ の座標近傍系とし、各 $U_\alpha$ 上に Euclid 計量の引き戻し $g_\alpha:=\phi_\alpha^*\bigl(\sum_i(dx^i)^2\bigr)$ をとる。$g_\alpha$ は $U_\alpha$ 上のリーマン計量である($\phi_\alpha$ が微分同相なので各点で正定値)。多様体は Hausdorff かつ第2可算なのでパラコンパクト空間であり、開被覆 $\{U_\alpha\}$ に従属する1の分割 $\{\psi_\alpha\}_{\alpha\in A}$、すなわち滑らかな関数 $\psi_\alpha\colon M\to[0,1]$ で $\operatorname{supp}\psi_\alpha\subset U_\alpha$、$\{\operatorname{supp}\psi_\alpha\}$ が局所有限、$\sum_\alpha\psi_\alpha=1$ を満たすものが存在する(Lee13 Ch. 2)。$\psi_\alpha g_\alpha$ を $U_\alpha$ の外では $0$ として $M$ 全体の $(0,2)$ 型テンソル場とみなすと、$\operatorname{supp}\psi_\alpha\subset U_\alpha$ により滑らかである。
$$
g:=\sum_{\alpha\in A}\psi_\alpha g_\alpha
$$
とおく。局所有限性により各点の近傍では有限和なので $g$ は滑らかな $(0,2)$ 型テンソル場であり、各 $g_\alpha$ が対称なので対称である。正定値性:$p\in M$ と $0\neq v\in T_pM$ をとる。$\sum_\alpha\psi_\alpha(p)=1$ より $\psi_\beta(p)>0$ となる $\beta$ があり、$p\in U_\beta$ なので $g_\beta(v,v)>0$ である。他の項は $\psi_\alpha(p)g_\alpha(v,v)\ge0$ なので $g_p(v,v)\ge\psi_\beta(p)g_\beta(v,v)>0$ である。$\square$
prop-riem-geom-existence の構成は座標近傍系と 1 の分割の取り方に依存し、1 つの多様体は無限に多くの互いに等長でないリーマン計量をもつ(例えば $g$ に正の関数を掛けた $fg$ は、$f$ が定数でなければ一般に $g$ と等長でない。共形変換)。したがってリーマン幾何学の問題は「与えられた多様体にどのような計量が入るか」(曲率条件を満たす計量の存在・分類)と「与えられた計量をもつ多様体はどのような位相をもつか」の両方向にわたる。なお擬リーマン計量の存在は自明でなく、例えば Lorentz 計量は任意の多様体には存在しない(ONe83 Ch. 5)。
リーマン多様体 $(M,g)$ 上には、アフィン接続 $\nabla$ であって計量的($X\,g(Y,Z)=g(\nabla_XY,Z)+g(Y,\nabla_XZ)$)かつ捩れがない($\nabla_XY-\nabla_YX=[X,Y]$)ものがただ 1 つ存在する。これを $(M,g)$ のリーマン接続または Levi-Civita 接続という。局所座標に関する接続係数(Christoffel記号)は
$$
\Gamma^k_{ij}=\frac12g^{kl}\bigl(\partial_ig_{jl}+\partial_jg_{il}-\partial_lg_{ij}\bigr)
$$
で与えられる。
証明(Koszul の公式による構成と一意性)は リーマン接続 の記事および Lee18 Ch. 5 にある。以下、$\nabla$ は常にリーマン接続を表す。リーマン接続は平行移動(曲線に沿ってベクトルを「平行に」運ぶ操作)を定め、曲線 $\gamma$ に沿うベクトル場 $V(t)$ の共変微分 $D_tV$ が定まる。局所座標で $\gamma(t)=(x^i(t))$、$V=V^k\partial_k$ と書けば
$$
D_tV=\Bigl(\frac{dV^k}{dt}+\Gamma^k_{ij}\frac{dx^i}{dt}V^j\Bigr)\partial_k
$$
であり、$D_t$ は $\frac{d}{dt}g(V,W)=g(D_tV,W)+g(V,D_tW)$ を満たす(Lee18 Ch. 4・Ch. 5)。
滑らかな曲線 $\gamma\colon I\to M$($I$ は区間)が測地線(geodesic)であるとは、$D_t\dot\gamma=0$、すなわち速度ベクトル場 $\dot\gamma$ が $\gamma$ に沿って平行であることをいう。局所座標では
$$
\frac{d^2x^k}{dt^2}+\Gamma^k_{ij}(x)\frac{dx^i}{dt}\frac{dx^j}{dt}=0\qquad(1\le k\le n)
$$
という 2 階の常微分方程式系(測地線方程式)である。$p\in M$、$v\in T_pM$ に対し、$\gamma(0)=p$、$\dot\gamma(0)=v$ を満たす測地線のうち定義域が最大のものを $\gamma_v$ と書く(prop-riem-geom-geodesic-ode)。$\gamma_v$ が $t=1$ で定義されるような $v$ の全体 $\mathcal{E}_p\subset T_pM$ の上で
$$
\exp_p(v):=\gamma_v(1)
$$
とおき、これを $p$ における指数写像(exponential map、指数写像)という。すべての $p$ で $\mathcal{E}_p=T_pM$ であるとき、すなわちすべての測地線が $\mathbb{R}$ 全体に延長できるとき、$(M,g)$ は測地的に完備(geodesically complete)であるという。
$(M,g)$ をリーマン多様体とする。
測地線は「加速度が $0$ の曲線」であり、局所的には 2 点を結ぶ最短線である。すなわち各点 $p$ には近傍 $U$ があって、$U$ の任意の 2 点は長さが距離に等しい測地線でただ 1 通りに結ばれ、逆に長さが距離に等しい曲線は(パラメータを取り替えれば)測地線である(Lee18 Ch. 6)。指数写像 $\exp_p$ は $0\in T_pM$ の近傍から $p$ の近傍への微分同相写像であり、これにより定まる座標(正規座標)では $g_{ij}(p)=\delta_{ij}$、$\partial_kg_{ij}(p)=0$ となる(Lee18 Ch. 5)。大域的には測地線は最短でないことがある(球面の大円の半周を超える弧)。測地線の変分は曲率で支配され(Jacobi場)、これが曲率と大域的性質を結ぶ基本的な仕組みである。詳細は 測地線 を参照。
リーマン多様体 $(M,g)$ の曲率テンソルは
$$
R(X,Y)Z:=\nabla_X\nabla_YZ-\nabla_Y\nabla_XZ-\nabla_{[X,Y]}Z\qquad(X,Y,Z\in\mathfrak{X}(M))
$$
で定まる $(1,3)$ 型テンソル場である(リーマン曲率テンソル)。$p\in M$ と $T_pM$ の 2 次元部分空間 $\sigma$ の基底 $X,Y$ に対し
$$
K(\sigma):=\frac{g(R(X,Y)Y,X)}{g(X,X)g(Y,Y)-g(X,Y)^2}
$$
を $\sigma$ の断面曲率(断面曲率)といい、$\mathrm{Ric}(Y,Z):=\operatorname{tr}(X\mapsto R(X,Y)Z)$ をリッチテンソル(リッチテンソル)、$S:=\operatorname{tr}_g\mathrm{Ric}=g^{ij}\mathrm{Ric}(\partial_i,\partial_j)$ をスカラー曲率(スカラー曲率)という。$R\equiv0$ のとき $(M,g)$ は平坦(flat、平坦)であるといい、これは局所的に Euclid 空間と等長であることと同値である(リーマン曲率テンソル)。すべての $p$ と $\sigma$ について $K(\sigma)$ が定数 $\kappa$ に等しいとき、$(M,g)$ を定曲率 $\kappa$ の定曲率空間であるという。完備で連結な定曲率空間を空間形(space form)という。
2 次元では断面曲率は曲面のGauss曲率に一致し、曲率テンソルは 1 つの関数で決まる。曲率テンソルは等長写像で保たれる不変量であり、リーマン同型類を区別する。断面曲率の全体は曲率テンソルと同じ情報をもち、リッチテンソル $\mathrm{Ric}(u,u)$ は $u$ を含む正規直交平面の断面曲率の和(定数倍を除き平均)であり、スカラー曲率はさらにその平均である。$K>0$ は測地線が Euclid 空間より速く近づくこと(球面)、$K<0$ は速く離れること(双曲空間)を表す。$\mathrm{Ric}$ は測地線の束の体積の変化率を測り、体積比較や Bonnet–Myers の定理のように「断面曲率の代わりにリッチ曲率だけを仮定する」定理が多数ある。$S$ は小さな測地球の体積の Euclid 空間からのずれの 1 次の項を与える(スカラー曲率)。曲率テンソルの共変微分の交換関係はリッチの恒等式と可積分条件で扱う。
$\mathbb{R}^n$ に標準計量 $g=\sum_{i=1}^n(dx^i)^2$($g_{ij}=\delta_{ij}$)を入れたものが Euclid空間である。Christoffel記号はすべて $0$ なので測地線方程式は $\ddot x^k=0$ となり、測地線は直線 $x(t)=p+tv$、指数写像は $\exp_p(v)=p+v$、リーマン距離は通常の Euclid 距離、曲率テンソルは $0$ である。開集合 $U\subset\mathbb{R}^n$ に制限した $(U,g)$ もリーマン多様体であるが、$U\neq\mathbb{R}^n$ なら測地的に完備でない。
$G$ を Lie群、$\mathfrak{g}=T_eG$ をその Lie環、$\langle\cdot,\cdot\rangle$ を $\mathfrak{g}$ 上の内積とする。$a\in G$ による左移動を $L_a\colon G\to G$、$L_a(p)=ap$ とし、
$$
g_p(v,w):=\bigl\langle d(L_{p^{-1}})_p(v),\ d(L_{p^{-1}})_p(w)\bigr\rangle\qquad(p\in G,\ v,w\in T_pG)
$$
とおく。このとき $g$ は $G$ 上のリーマン計量であり、すべての $a\in G$ について $L_a^*g=g$ を満たす(左不変計量)。特に各 $L_a$ は等長写像であり、$(G,g)$ の等長変換群は $G$ に推移的に作用する。
各点 $p$ で $d(L_{p^{-1}})_p\colon T_pG\to T_eG$ は線形同型なので、$g_p$ は $T_pG$ 上の内積である。滑らかさを示す。$e_1,\dots,e_n$ を $\mathfrak{g}$ の基底とし、$E_i(p):=d(L_p)_e(e_i)$ とおくと、$E_i$ は $G$ 上の滑らかなベクトル場(左不変ベクトル場)であり、各点で $T_pG$ の基底をなす(Lee13 Ch. 8)。$d(L_{p^{-1}})_p\circ d(L_p)_e=d(L_{p^{-1}}\circ L_p)_e=\mathrm{id}$ より $g(E_i,E_j)=\langle e_i,e_j\rangle$ は定数である。任意の滑らかなベクトル場 $X,Y$ は滑らかな関数 $X^i,Y^j$ により $X=X^iE_i$、$Y=Y^jE_j$ と書けるので $g(X,Y)=X^iY^j\langle e_i,e_j\rangle$ は滑らかである。よって $g$ はリーマン計量である。左不変性は、$v,w\in T_pG$ に対し $L_{(ap)^{-1}}\circ L_a=L_{p^{-1}}$ より
$$
(L_a^*g)_p(v,w)=g_{ap}\bigl(d(L_a)_pv,d(L_a)_pw\bigr)=\bigl\langle d(L_{(ap)^{-1}})_{ap}d(L_a)_pv,\ \cdots\bigr\rangle=\bigl\langle d(L_{p^{-1}})_pv,\ d(L_{p^{-1}})_pw\bigr\rangle=g_p(v,w)
$$
となることから従う。$L_a$ は微分同相写像(逆写像は $L_{a^{-1}}$)なので等長写像であり、$L_{qp^{-1}}(p)=q$ より作用は推移的である。$\square$
右移動でも不変な左不変計量(両側不変計量)は、コンパクトな Lie 群には常に存在し、その測地線は1パラメータ部分群 $t\mapsto p\exp(tv)$ であり、正規直交な左不変ベクトル場 $X,Y$ の張る平面の断面曲率は $K(X,Y)=\frac14\|[X,Y]\|^2\ge0$ で与えられる(doCarmo92 Ch. 1・Ch. 3・Ch. 4 の演習問題)。一般に等長変換群が推移的に作用するリーマン多様体を等質空間といい、球面・Euclid 空間・双曲空間・両側不変計量をもつ Lie 群・対称空間はその例である。等質空間では曲率などの局所不変量が 1 点での計算に帰着するので、リーマン幾何学の豊富な例の供給源になる。
リーマン多様体 $(N,h)$ の部分多様体 $M\subset N$(または等長はめ込み $\iota\colon M\to N$)には誘導計量 $\iota^*h$ が入る。球面やトーラス、一般に $\mathbb{R}^N$ 内の曲面・超曲面はこの例であり、古典的な曲面論は $\mathbb{R}^3$ の曲面のリーマン幾何学である。2 つのリーマン多様体の積 $M_1\times M_2$ には積計量 $\mathrm{pr}_1^*g_1+\mathrm{pr}_2^*g_2$ が入り、曲率テンソルは因子の曲率テンソルの直和である(リーマン曲率テンソル)。積計量の第 2 因子を正の関数 $f\colon M_1\to\mathbb{R}$ で重みづけした $g_1+f^2g_2$ を Warped積多様体といい、回転面・測地極座標・宇宙論のモデルなど多くの計量がこの形で書ける。
$\varphi\colon(M,g)\to(N,h)$ を等長写像、$\nabla^g$、$\nabla^h$ をそれぞれのリーマン接続とし、ベクトル場 $X\in\mathfrak{X}(M)$ の押し出しを $\varphi_*X:=d\varphi\circ X\circ\varphi^{-1}\in\mathfrak{X}(N)$ と書く。このとき任意の $X,Y\in\mathfrak{X}(M)$ に対し
$$
\varphi_*(\nabla^g_XY)=\nabla^h_{\varphi_*X}(\varphi_*Y)
$$
が成り立つ。
$\tilde\nabla_XY:=(\varphi^{-1})_*\bigl(\nabla^h_{\varphi_*X}\varphi_*Y\bigr)$ とおき、$\tilde\nabla$ が $(M,g)$ の計量的で捩れのないアフィン接続であることを示せば、thm-riem-geom-fundamental の一意性により $\tilde\nabla=\nabla^g$ となって主張が従う。$f\in C^\infty(M)$ に対し $\varphi_*(fX)=(f\circ\varphi^{-1})\varphi_*X$ であり、$(\varphi_*X)(f\circ\varphi^{-1})=(Xf)\circ\varphi^{-1}$ であることに注意する。
$X$ についての $C^\infty(M)$-線形性:$\nabla^h$ の第 1 引数についての線形性から $\tilde\nabla_{fX}Y=(\varphi^{-1})_*\bigl((f\circ\varphi^{-1})\nabla^h_{\varphi_*X}\varphi_*Y\bigr)=f\tilde\nabla_XY$ である。Leibniz 則:
$$
\nabla^h_{\varphi_*X}\bigl((f\circ\varphi^{-1})\varphi_*Y\bigr)=\bigl((Xf)\circ\varphi^{-1}\bigr)\varphi_*Y+(f\circ\varphi^{-1})\nabla^h_{\varphi_*X}\varphi_*Y
$$
を $(\varphi^{-1})_*$ で戻せば $\tilde\nabla_X(fY)=(Xf)Y+f\tilde\nabla_XY$ である。よって $\tilde\nabla$ はアフィン接続である。
捩れ:Lie括弧は微分同相写像による押し出しと両立する、すなわち $\varphi_*[X,Y]=[\varphi_*X,\varphi_*Y]$ である(Lee13 Ch. 8)。$\nabla^h$ に捩れがないので
$$
\tilde\nabla_XY-\tilde\nabla_YX=(\varphi^{-1})_*\bigl(\nabla^h_{\varphi_*X}\varphi_*Y-\nabla^h_{\varphi_*Y}\varphi_*X\bigr)=(\varphi^{-1})_*[\varphi_*X,\varphi_*Y]=[X,Y]
$$
である。
計量条件:$\varphi^*h=g$ より $g(Y,Z)=h(\varphi_*Y,\varphi_*Z)\circ\varphi$ である。よって
$$
X\,g(Y,Z)=\bigl((\varphi_*X)\,h(\varphi_*Y,\varphi_*Z)\bigr)\circ\varphi=\bigl(h(\nabla^h_{\varphi_*X}\varphi_*Y,\varphi_*Z)+h(\varphi_*Y,\nabla^h_{\varphi_*X}\varphi_*Z)\bigr)\circ\varphi=g(\tilde\nabla_XY,Z)+g(Y,\tilde\nabla_XZ)
$$
である。以上により $\tilde\nabla$ は計量的で捩れのない接続であり、$\tilde\nabla=\nabla^g$ である。$\square$
$\varphi\colon(M,g)\to(N,h)$ を等長写像とする。$\gamma\colon I\to M$ が測地線ならば $\varphi\circ\gamma\colon I\to N$ も測地線である。特に $\varphi\circ\gamma_v=\gamma_{d\varphi(v)}$、$\varphi\circ\exp_p=\exp_{\varphi(p)}\circ d\varphi_p$ であり、等長写像は曲線の長さとリーマン距離を保つ。
$t_0\in I$ をとり、$\gamma(t_0)$ のまわりの $M$ の局所座標 $(U,(x^i))$ をとる。$\varphi$ は微分同相写像なので $(\varphi(U),(x^i\circ\varphi^{-1}))$ は $N$ の局所座標であり、この座標対に関して $\varphi$ は恒等写像 $x\mapsto x$ で表される。$\varphi^*h=g$ は、この座標対に関して $h_{ij}(\varphi(x))=g_{ij}(x)$ を意味するので、両者の Christoffel記号(thm-riem-geom-fundamental の公式で $g_{ij}$ とその偏導関数だけから決まる)は座標表示において一致する。したがって $\gamma$ と $\varphi\circ\gamma$ は同じ座標表示 $x^i(t)$ をもち、同じ測地線方程式を満たす。$t_0$ は任意なので $\varphi\circ\gamma$ は測地線である。$\varphi\circ\gamma_v$ は $\varphi(p)$ を初速度 $d\varphi_p(v)$ で出る測地線なので、prop-riem-geom-geodesic-ode の一意性により $\gamma_{d\varphi(v)}$ に一致し($\varphi^{-1}$ も等長写像なので、定義域の最大性により定義域も一致する)、$t=1$ を代入して $\varphi(\exp_p(v))=\exp_{\varphi(p)}(d\varphi_p(v))$ を得る。長さの保存は $\|d\varphi(\dot\gamma)\|_h=\|\dot\gamma\|_g$ から、距離の保存は長さの保存と $\varphi$ が区分的に滑らかな曲線の全体の間の全単射を与えることから従う。$\square$
以下は教科書レベルの標準的な定理であるが、証明にはそれぞれ相応の準備を要するので、本記事では言明にとどめ、出典を示す。いずれもリーマン多様体は連結とする。
$(M,g)$ をコンパクトな 2 次元リーマン多様体、$K$ をその Gauss 曲率、$dA$ をリーマン面積要素とすると
$$
\int_MK\,dA=2\pi\chi(M)
$$
が成り立つ。ここで $\chi(M)$ は $M$ の Euler標数である。
証明は Lee18 Ch. 9 に譲る(Gauss–Bonnetの定理)。左辺は計量にのみ依存し右辺は位相にのみ依存するので、この定理は「曲率と位相」の関係の原型である。例えば $K>0$ なら $\chi(M)>0$ なので $M$ は球面または射影平面に限り、トーラスにはいたるところ $K>0$ の計量も $K<0$ の計量も入らない。
$(M,g)$ を完備な $n$ 次元リーマン多様体とし、$\mathrm{Ric}\ge(n-1)\kappa\,g$($\kappa\in\mathbb{R}$)が成り立つとする。$V_\kappa(r)$ を定曲率 $\kappa$ の $n$ 次元単連結空間形における半径 $r$ の測地球の体積とすると、任意の $p\in M$ について関数
$$
r\longmapsto\frac{\operatorname{Vol}(B(p,r))}{V_\kappa(r)}
$$
は $r>0$($\kappa>0$ なら $0< r\le\pi/\sqrt\kappa$)について単調非増加であり、$r\to0$ で $1$ に収束する。特に $\operatorname{Vol}(B(p,r))\le V_\kappa(r)$ である。
$(M,g)$ を完備で単連結な $n$ 次元リーマン多様体とし、断面曲率がいたるところ $\frac14< K\le1$ を満たすとする。このとき $M$ は球面 $S^n$ に同相である。
証明は doCarmo92 Ch. 13、Pet16 Ch. 12 に譲る。定数 $\frac14$ は最良であり、複素射影空間 $\mathbb{CP}^m$($m\ge2$)のFubini–Study計量は $\frac14\le K\le1$ を満たすが球面に同相でない(Pet16 Ch. 4)。
リーマン幾何学の分野は多岐にわたり、厳密な区分けもないが、代表的なものを挙げる。
リーマン多様体の等長変換群 $\mathrm{Isom}(M,g)$ とその構造を調べる。等長変換の無限小版が Killingベクトル場であり、その空間の次元は $n(n+1)/2$ 以下で(リッチの恒等式と可積分条件)、等号は定曲率空間で達成される(Pet16 Ch. 8)。計量を正の関数倍だけ変える共形変換、リーマン接続を保つアフィン変換、測地線を測地線に写す射影変換なども研究される。
リーマン多様体 $(M,g)$、$(B,h)$ の間の滑らかな全射 $\pi\colon M\to B$ が沈め込み(submersion)であるとは、各点 $p\in M$ で $d\pi_p\colon T_pM\to T_{\pi(p)}B$ が全射であることをいう。このとき各 $q\in B$ のファイバー $\pi^{-1}(q)$ は $M$ の $\dim M-\dim B$ 次元の閉部分多様体である(正則値定理、Lee13 Ch. 5)。$\mathcal{V}_p:=\ker d\pi_p$ を垂直空間、その $g_p$ に関する直交補空間 $\mathcal{H}_p:=\mathcal{V}_p^\perp$ を水平空間といい、$T_pM=\mathcal{V}_p\oplus\mathcal{H}_p$ である。$d\pi_p|_{\mathcal{H}_p}\colon\mathcal{H}_p\to T_{\pi(p)}B$ は線形同型であり、これが任意の $p$ で内積を保つ($h(d\pi_pv,d\pi_pw)=g(v,w)$、$v,w\in\mathcal{H}_p$)とき、$\pi$ をリーマン沈め込み(Riemannian submersion、リーマン沈め込み)という。
積多様体の射影 $M_1\times M_2\to M_1$ や、Warped 積 $M_1\times_fM_2\to M_1$ の射影(Warped積多様体)はリーマン沈め込みである。リーマン沈め込みは部分多様体論の「双対」にあたり、$M$ の曲率は $B$ の曲率とファイバーの曲率、および水平分布の非可積分性を測るテンソルで表される(O'Neill の公式、ONe83 Ch. 7)。等質空間の商や、奇数次元球面から複素射影空間への標準的な沈め込みのような例を通じて、正曲率の多様体の構成に用いられる。
リーマン計量は体積形式(向き付けられていなければ体積密度)$dV_g=\sqrt{\det(g_{ij})}\,dx^1\cdots dx^n$ を定め、関数の積分、多様体の体積、勾配ベクトル場 $\operatorname{grad}f$、発散 $\operatorname{div}X$、Laplace–Beltrami作用素 $\Delta f=\operatorname{div}\operatorname{grad}f$ が定義される。発散定理・Green の公式が成り立ち(Lee13 Ch. 16)、これらを用いて、微分形式のHodge理論や、曲率の条件からコホモロジーの消滅を導く Bochner の手法(いずれも Pet16 Ch. 9)、調和写像や Ricci フローなどの幾何解析が展開される。
コンパクトなリーマン多様体の Laplace–Beltrami 作用素 $\Delta$ の固有値の列(スペクトル)と幾何の関係を調べる分野である。スペクトルが体積・曲率などの幾何学的な量をどこまで決定するか(等スペクトルな 2 つのリーマン多様体は等長か)、曲率の条件のもとで固有値をどう評価できるか、熱核や波動核の漸近挙動が幾何をどう反映するか、といった問題を扱う。
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