リーマン幾何学

同義語:リーマン幾何

概要

リーマン幾何学(Riemannian geometry)とは、多様体の各接空間に内積を滑らかに与えたリーマン計量 $g$ を備えたリーマン多様体 $(M,g)$ の幾何学を研究する、微分幾何学の中心的な分野である。計量から曲線の長さ・距離・体積・測地線が定まり、計量的で捩れのない唯一の接続(リーマン接続)から曲率テンソル・断面曲率・リッチテンソル・スカラー曲率が定まる。主要な問題は、局所的な量である曲率と、完備性・コンパクト性・基本群・体積などの大域的な性質との関係であり、Hopf–Rinow の定理、Gauss–Bonnet の定理、Bonnet–Myers の定理、Cartan–Hadamard の定理、空間形の分類、体積比較定理、球面定理がその代表である。Euclid 空間・球面・双曲空間・Lie 群の左不変計量・部分多様体の誘導計量・Warped 積が基本的な例である。

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前提知識: 多様体, 接空間, ベクトル場, テンソル解析, 内積

概要

リーマン幾何学(Riemannian geometry)は、多様体の各接空間に内積を滑らかに与えたもの(リーマン計量)を備えた多様体、すなわちリーマン多様体の幾何学を研究する微分幾何学の中心的な分野である。内積があれば接ベクトルの長さと角度が定まり、曲線の長さ、2 点間の距離、体積、そして「まっすぐな曲線」である測地線が定義できる。Euclid 幾何学と本質的に異なるのは曲率の存在であり、リーマン計量から一意に定まるリーマン接続(Levi-Civita 接続)を用いてリーマン曲率テンソル・断面曲率・リッチテンソル・スカラー曲率が定義される。リーマン幾何学の主要な問題は、これらの局所的な量(曲率)と、多様体の大域的な性質(距離空間としての完備性、コンパクト性、基本群やEuler標数などの位相不変量、体積、Laplace 作用素のスペクトルなど)の関係を明らかにすることである。Gauss–Bonnet の定理、Hopf–Rinow の定理、Bonnet–Myers の定理、Cartan–Hadamard の定理、各種の比較定理はその代表である。
本記事では、リーマン多様体の定義と基本的な対象(接続・測地線・曲率)を記事内で完結するように述べ、基本定理群を言明し、代表的な例と主な分野を概観する。各対象の詳細は個別の記事(リーマン接続・リーマン曲率テンソル・断面曲率・リッチテンソル・スカラー曲率・測地線・Warped積多様体・共形変換・リッチの恒等式と可積分条件)に譲る。

リーマン多様体

以下、多様体はすべて $C^\infty$ 級でHausdorff空間であり、かつ第2可算公理を満たすものとし、$M$ 上の滑らかな関数全体を $C^\infty(M)$、ベクトル場全体を $\mathfrak{X}(M)$、局所座標 $(x^1,\dots,x^n)$ の座標ベクトル場を $\partial_i$、その双対基底を $dx^i$ と書く。添字の和は Einstein の総和規約(テンソル解析)による。

リーマン計量とリーマン多様体

$n$ 次元多様体 $M$ 上のリーマン計量(Riemannian metric)とは、滑らかな $(0,2)$ 型テンソル場 $g$ であって、各点 $p\in M$ で $g_p\colon T_pM\times T_pM\to\mathbb{R}$ が対称かつ正定値($g_p(v,v)>0$、$v\neq0$)であるもの、すなわち各接空間 $T_pM$ の内積 $g_p$ を $p$ について滑らかに与えたものをいう。組 $(M,g)$ をリーマン多様体(Riemannian manifold)という。局所座標に関し $g_{ij}:=g(\partial_i,\partial_j)$ とおくと $g=g_{ij}\,dx^i\otimes dx^j$ であり、$(g_{ij})$ は各点で対称正定値な行列で、成分は滑らかな関数である。慣習により $g$ を $ds^2=g_{ij}\,dx^idx^j$ と書くことも多い($dx^idx^j$ は対称テンソル積 $\frac12(dx^i\otimes dx^j+dx^j\otimes dx^i)$ を表す)。$g$ の逆行列の成分を $g^{ij}$ と書く。
正定値性を各点での非退化性($g_p(v,w)=0$ がすべての $w$ について成り立つのは $v=0$ のときに限る)に弱めたものを擬リーマン計量といい、その組を擬リーマン多様体という。Sylvester の慣性法則(Sylvesterの慣性法則)により、擬リーマン計量は各点で適当な基底 $\theta^1,\dots,\theta^n$ に関して $-\sum_{i\le p}(\theta^i)^2+\sum_{i>p}(\theta^i)^2$ の形になり、$p$ は連結成分上で一定である(ONe83 Ch. 2・Ch. 3)。$p=1$ の場合が一般相対性理論に現れるLorentz 多様体である。

等長写像とリーマン同型

リーマン多様体 $(M,g)$、$(N,h)$ の間の微分同相写像 $\varphi\colon M\to N$ が等長写像(isometry)であるとは、引き戻しについて $\varphi^*h=g$、すなわち任意の $p\in M$ と $v,w\in T_pM$ に対し $h_{\varphi(p)}(d\varphi_p(v),d\varphi_p(w))=g_p(v,w)$ が成り立つことをいう。等長写像が存在するとき $(M,g)$ と $(N,h)$ は等長(isometric)またはリーマン同型であるといい、$(M,g)\cong(N,h)$ と書く。等長なリーマン多様体は区別しない。$(M,g)$ から自身への等長写像全体は合成について群をなし、$(M,g)$ の等長変換群 $\mathrm{Isom}(M,g)$ という。微分同相とは限らない滑らかな写像 $\varphi$ で $\varphi^*h=g$ を満たすものを等長はめ込み(isometric immersion)という(このとき $d\varphi_p$ は単射である)。

曲線の長さとリーマン距離

$(M,g)$ をリーマン多様体、$\|v\|:=\sqrt{g(v,v)}$ とする。区分的に滑らかな曲線 $\gamma\colon[a,b]\to M$ の長さを
$$ L(\gamma):=\int_a^b\|\dot\gamma(t)\|\,dt $$
で定める。長さはパラメータの取り替えで不変である。$M$ が連結空間であるとき、$p,q\in M$ に対し
$$ d_g(p,q):=\inf\{L(\gamma)\mid\gamma\text{ は }p\text{ と }q\text{ を結ぶ区分的に滑らかな曲線}\} $$
とおき、これを $(M,g)$ のリーマン距離(Riemannian distance)という。

リーマン距離は距離である

連結なリーマン多様体 $(M,g)$ において $d_g$ は $M$ 上の距離関数であり(特に $p\neq q$ なら $d_g(p,q)>0$)、$d_g$ が定める距離空間の位相は $M$ の多様体としての位相に一致する。

リーマン距離の定理の出典

対称性と三角不等式は定義から直ちに従うが、$p\neq q$ のとき $d_g(p,q)>0$ であることと位相の一致には、座標近傍で $g$ を Euclid 計量と定数倍で比較する議論が要る。証明は Lee18 Ch. 2 に譲る。以下、リーマン多様体はこの距離により距離空間とみなす。

計量の幾何学的解釈

Euclid空間 $\mathbb{R}^3$ で、近い 2 点 $(x,y,z)$ と $(x+\Delta x,y+\Delta y,z+\Delta z)$ の距離の 2 乗は $\Delta s^2=\Delta x^2+\Delta y^2+\Delta z^2$ である。増分 $\Delta x,\Delta y,\Delta z$ を座標基底 $\partial_x,\partial_y,\partial_z$ の双対基底 $dx,dy,dz$ と読み替えたものが標準計量 $ds^2=dx^2+dy^2+dz^2$ であり、これは $g(\partial_x,\partial_x)=1$、$g(\partial_x,\partial_y)=0$ を満たすので、「$\partial_x$ の長さは $1$ で $\partial_x$ と $\partial_y$ は直交する」という直感を再現する。一般のリーマン多様体では $g_{ij}$ が点ごとに変わり、$ds^2=g_{ij}dx^idx^j$ は「無限小の距離の 2 乗」を各点で与える。曲線の長さは $\|\dot\gamma\|$ の積分であり、曲線に沿って $ds$ を積分するという記法 $L(\gamma)=\int_\gamma ds$ はこの意味で正当化される。

リーマン計量の存在

任意の多様体 $M$ はリーマン計量をもつ。

$\{(U_\alpha,\phi_\alpha)\}_{\alpha\in A}$ を $M$ の座標近傍系とし、各 $U_\alpha$ 上に Euclid 計量の引き戻し $g_\alpha:=\phi_\alpha^*\bigl(\sum_i(dx^i)^2\bigr)$ をとる。$g_\alpha$ は $U_\alpha$ 上のリーマン計量である($\phi_\alpha$ が微分同相なので各点で正定値)。多様体は Hausdorff かつ第2可算なのでパラコンパクト空間であり、開被覆 $\{U_\alpha\}$ に従属する1の分割 $\{\psi_\alpha\}_{\alpha\in A}$、すなわち滑らかな関数 $\psi_\alpha\colon M\to[0,1]$ で $\operatorname{supp}\psi_\alpha\subset U_\alpha$、$\{\operatorname{supp}\psi_\alpha\}$ が局所有限、$\sum_\alpha\psi_\alpha=1$ を満たすものが存在する(Lee13 Ch. 2)。$\psi_\alpha g_\alpha$ を $U_\alpha$ の外では $0$ として $M$ 全体の $(0,2)$ 型テンソル場とみなすと、$\operatorname{supp}\psi_\alpha\subset U_\alpha$ により滑らかである。
$$ g:=\sum_{\alpha\in A}\psi_\alpha g_\alpha $$
とおく。局所有限性により各点の近傍では有限和なので $g$ は滑らかな $(0,2)$ 型テンソル場であり、各 $g_\alpha$ が対称なので対称である。正定値性:$p\in M$ と $0\neq v\in T_pM$ をとる。$\sum_\alpha\psi_\alpha(p)=1$ より $\psi_\beta(p)>0$ となる $\beta$ があり、$p\in U_\beta$ なので $g_\beta(v,v)>0$ である。他の項は $\psi_\alpha(p)g_\alpha(v,v)\ge0$ なので $g_p(v,v)\ge\psi_\beta(p)g_\beta(v,v)>0$ である。$\square$

計量の多様性

prop-riem-geom-existence の構成は座標近傍系と 1 の分割の取り方に依存し、1 つの多様体は無限に多くの互いに等長でないリーマン計量をもつ(例えば $g$ に正の関数を掛けた $fg$ は、$f$ が定数でなければ一般に $g$ と等長でない。共形変換)。したがってリーマン幾何学の問題は「与えられた多様体にどのような計量が入るか」(曲率条件を満たす計量の存在・分類)と「与えられた計量をもつ多様体はどのような位相をもつか」の両方向にわたる。なお擬リーマン計量の存在は自明でなく、例えば Lorentz 計量は任意の多様体には存在しない(ONe83 Ch. 5)。

主な対象

リーマン幾何学の基本定理

リーマン多様体 $(M,g)$ 上には、アフィン接続 $\nabla$ であって計量的($X\,g(Y,Z)=g(\nabla_XY,Z)+g(Y,\nabla_XZ)$)かつ捩れがない($\nabla_XY-\nabla_YX=[X,Y]$)ものがただ 1 つ存在する。これを $(M,g)$ のリーマン接続または Levi-Civita 接続という。局所座標に関する接続係数(Christoffel記号)は
$$ \Gamma^k_{ij}=\frac12g^{kl}\bigl(\partial_ig_{jl}+\partial_jg_{il}-\partial_lg_{ij}\bigr) $$
で与えられる。

基本定理の出典

証明(Koszul の公式による構成と一意性)は リーマン接続 の記事および Lee18 Ch. 5 にある。以下、$\nabla$ は常にリーマン接続を表す。リーマン接続は平行移動(曲線に沿ってベクトルを「平行に」運ぶ操作)を定め、曲線 $\gamma$ に沿うベクトル場 $V(t)$ の共変微分 $D_tV$ が定まる。局所座標で $\gamma(t)=(x^i(t))$、$V=V^k\partial_k$ と書けば
$$ D_tV=\Bigl(\frac{dV^k}{dt}+\Gamma^k_{ij}\frac{dx^i}{dt}V^j\Bigr)\partial_k $$
であり、$D_t$ は $\frac{d}{dt}g(V,W)=g(D_tV,W)+g(V,D_tW)$ を満たす(Lee18 Ch. 4・Ch. 5)。

測地線と指数写像

滑らかな曲線 $\gamma\colon I\to M$($I$ は区間)が測地線(geodesic)であるとは、$D_t\dot\gamma=0$、すなわち速度ベクトル場 $\dot\gamma$ が $\gamma$ に沿って平行であることをいう。局所座標では
$$ \frac{d^2x^k}{dt^2}+\Gamma^k_{ij}(x)\frac{dx^i}{dt}\frac{dx^j}{dt}=0\qquad(1\le k\le n) $$
という 2 階の常微分方程式系(測地線方程式)である。$p\in M$、$v\in T_pM$ に対し、$\gamma(0)=p$、$\dot\gamma(0)=v$ を満たす測地線のうち定義域が最大のものを $\gamma_v$ と書く(prop-riem-geom-geodesic-ode)。$\gamma_v$ が $t=1$ で定義されるような $v$ の全体 $\mathcal{E}_p\subset T_pM$ の上で
$$ \exp_p(v):=\gamma_v(1) $$
とおき、これを $p$ における指数写像(exponential map、指数写像)という。すべての $p$ で $\mathcal{E}_p=T_pM$ であるとき、すなわちすべての測地線が $\mathbb{R}$ 全体に延長できるとき、$(M,g)$ は測地的に完備(geodesically complete)であるという。

測地線の局所存在と一意性

$(M,g)$ をリーマン多様体とする。

  1. 任意の $p\in M$ と $v\in T_pM$ に対し、$\varepsilon>0$ と測地線 $\gamma\colon(-\varepsilon,\varepsilon)\to M$ で $\gamma(0)=p$、$\dot\gamma(0)=v$ を満たすものが存在する。
  2. 2 つの測地線 $\gamma_1\colon I_1\to M$、$\gamma_2\colon I_2\to M$ が $0\in I_1\cap I_2$ で $\gamma_1(0)=\gamma_2(0)$、$\dot\gamma_1(0)=\dot\gamma_2(0)$ を満たせば、$I_1\cap I_2$ 上で $\gamma_1=\gamma_2$ である。したがって $\gamma(0)=p$、$\dot\gamma(0)=v$ を満たす測地線のうち定義域が最大のものがただ 1 つ存在する。
  3. 測地線の速さ $\|\dot\gamma(t)\|$ は一定である。
  1. $p$ のまわりの局所座標 $(x^i)$ をとる。測地線方程式は、$y^k:=dx^k/dt$ を新しい未知関数として
    $$ \frac{dx^k}{dt}=y^k,\qquad \frac{dy^k}{dt}=-\Gamma^k_{ij}(x)y^iy^j $$
    という $(x,y)$ に関する 1 階の常微分方程式系に書き直され、右辺は滑らかである。常微分方程式の解の存在定理(Lee13 Appendix D)により、初期条件 $x(0)=p$、$y(0)=v$ をもつ解が $0$ のある近傍 $(-\varepsilon,\varepsilon)$ 上に存在し、その $x(t)$ が求める測地線である。
  2. $J:=\{t\in I_1\cap I_2\mid\gamma_1(t)=\gamma_2(t),\ \dot\gamma_1(t)=\dot\gamma_2(t)\}$ とおく。$J$ は連続性により $I_1\cap I_2$ の閉集合であり、仮定により $0\in J$ である。$t_0\in J$ に対し、$\gamma_1(t_0)$ のまわりの局所座標をとると、$t_0$ の近くで $\gamma_1,\gamma_2$ はともに上の 1 階系の解で $t=t_0$ における初期値が一致するので、解の一意性(Lee13 Appendix D)により $t_0$ の近傍で一致する。よって $J$ は開集合でもあり、区間 $I_1\cap I_2$ の連結性から $J=I_1\cap I_2$ である。最大の測地線は、$\gamma(0)=p$、$\dot\gamma(0)=v$ を満たすすべての測地線の定義域の合併の上で、いま示した一致により矛盾なく定義される。
  3. $D_t$ の計量条件により $\frac{d}{dt}g(\dot\gamma,\dot\gamma)=2g(D_t\dot\gamma,\dot\gamma)=0$ である。$\square$
測地線の性質

測地線は「加速度が $0$ の曲線」であり、局所的には 2 点を結ぶ最短線である。すなわち各点 $p$ には近傍 $U$ があって、$U$ の任意の 2 点は長さが距離に等しい測地線でただ 1 通りに結ばれ、逆に長さが距離に等しい曲線は(パラメータを取り替えれば)測地線である(Lee18 Ch. 6)。指数写像 $\exp_p$ は $0\in T_pM$ の近傍から $p$ の近傍への微分同相写像であり、これにより定まる座標(正規座標)では $g_{ij}(p)=\delta_{ij}$、$\partial_kg_{ij}(p)=0$ となる(Lee18 Ch. 5)。大域的には測地線は最短でないことがある(球面の大円の半周を超える弧)。測地線の変分は曲率で支配され(Jacobi場)、これが曲率と大域的性質を結ぶ基本的な仕組みである。詳細は 測地線 を参照。

曲率

リーマン多様体 $(M,g)$ の曲率テンソルは
$$ R(X,Y)Z:=\nabla_X\nabla_YZ-\nabla_Y\nabla_XZ-\nabla_{[X,Y]}Z\qquad(X,Y,Z\in\mathfrak{X}(M)) $$
で定まる $(1,3)$ 型テンソル場である(リーマン曲率テンソル)。$p\in M$ と $T_pM$ の 2 次元部分空間 $\sigma$ の基底 $X,Y$ に対し
$$ K(\sigma):=\frac{g(R(X,Y)Y,X)}{g(X,X)g(Y,Y)-g(X,Y)^2} $$
を $\sigma$ の断面曲率(断面曲率)といい、$\mathrm{Ric}(Y,Z):=\operatorname{tr}(X\mapsto R(X,Y)Z)$ をリッチテンソル(リッチテンソル)、$S:=\operatorname{tr}_g\mathrm{Ric}=g^{ij}\mathrm{Ric}(\partial_i,\partial_j)$ をスカラー曲率(スカラー曲率)という。$R\equiv0$ のとき $(M,g)$ は平坦(flat、平坦)であるといい、これは局所的に Euclid 空間と等長であることと同値である(リーマン曲率テンソル)。すべての $p$ と $\sigma$ について $K(\sigma)$ が定数 $\kappa$ に等しいとき、$(M,g)$ を定曲率 $\kappa$ の定曲率空間であるという。完備で連結な定曲率空間を空間形(space form)という。

曲率の意味

2 次元では断面曲率は曲面のGauss曲率に一致し、曲率テンソルは 1 つの関数で決まる。曲率テンソルは等長写像で保たれる不変量であり、リーマン同型類を区別する。断面曲率の全体は曲率テンソルと同じ情報をもち、リッチテンソル $\mathrm{Ric}(u,u)$ は $u$ を含む正規直交平面の断面曲率の和(定数倍を除き平均)であり、スカラー曲率はさらにその平均である。$K>0$ は測地線が Euclid 空間より速く近づくこと(球面)、$K<0$ は速く離れること(双曲空間)を表す。$\mathrm{Ric}$ は測地線の束の体積の変化率を測り、体積比較や Bonnet–Myers の定理のように「断面曲率の代わりにリッチ曲率だけを仮定する」定理が多数ある。$S$ は小さな測地球の体積の Euclid 空間からのずれの 1 次の項を与える(スカラー曲率)。曲率テンソルの共変微分の交換関係はリッチの恒等式と可積分条件で扱う。

例

Euclid 空間

$\mathbb{R}^n$ に標準計量 $g=\sum_{i=1}^n(dx^i)^2$($g_{ij}=\delta_{ij}$)を入れたものが Euclid空間である。Christoffel記号はすべて $0$ なので測地線方程式は $\ddot x^k=0$ となり、測地線は直線 $x(t)=p+tv$、指数写像は $\exp_p(v)=p+v$、リーマン距離は通常の Euclid 距離、曲率テンソルは $0$ である。開集合 $U\subset\mathbb{R}^n$ に制限した $(U,g)$ もリーマン多様体であるが、$U\neq\mathbb{R}^n$ なら測地的に完備でない。

球面の誘導計量

半径 $a>0$ の球面 $S^n(a):=\{x\in\mathbb{R}^{n+1}\mid\|x\|=a\}$ に、包含写像による $\mathbb{R}^{n+1}$ の標準計量の引き戻し(誘導計量)を入れる。$S^n(a)$ は定曲率 $1/a^2$ の空間形であり、測地線は大円(原点を通る 2 次元平面との交わり)を一定の速さでたどる曲線、$2$ 点間の距離は中心角の $a$ 倍である(Lee18 Ch. 3・Ch. 5・Ch. 8)。$S^n(a)$ はコンパクト空間であるので完備であり、対心点を結ぶ最短測地線は無限個ある。

上半空間モデルの双曲空間

上半空間 $\{x=(x^1,\dots,x^n)\in\mathbb{R}^n\mid x^n>0\}$ に計量
$$ g=\frac{(dx^1)^2+\cdots+(dx^n)^2}{(x^n)^2} $$
を入れたものが双曲空間 $H^n$(上半空間モデル)であり、定曲率 $-1$ の空間形である。測地線は $x^n=0$ の超平面に直交する半直線と半円である(Lee18 Ch. 3・Ch. 5・Ch. 8)。この計量は Euclid 計量の正の関数倍(共形変換)であるが、曲率は $0$ でない。

Lie 群の左不変計量

$G$ を Lie群、$\mathfrak{g}=T_eG$ をその Lie環、$\langle\cdot,\cdot\rangle$ を $\mathfrak{g}$ 上の内積とする。$a\in G$ による左移動を $L_a\colon G\to G$、$L_a(p)=ap$ とし、
$$ g_p(v,w):=\bigl\langle d(L_{p^{-1}})_p(v),\ d(L_{p^{-1}})_p(w)\bigr\rangle\qquad(p\in G,\ v,w\in T_pG) $$
とおく。このとき $g$ は $G$ 上のリーマン計量であり、すべての $a\in G$ について $L_a^*g=g$ を満たす(左不変計量)。特に各 $L_a$ は等長写像であり、$(G,g)$ の等長変換群は $G$ に推移的に作用する。

各点 $p$ で $d(L_{p^{-1}})_p\colon T_pG\to T_eG$ は線形同型なので、$g_p$ は $T_pG$ 上の内積である。滑らかさを示す。$e_1,\dots,e_n$ を $\mathfrak{g}$ の基底とし、$E_i(p):=d(L_p)_e(e_i)$ とおくと、$E_i$ は $G$ 上の滑らかなベクトル場(左不変ベクトル場)であり、各点で $T_pG$ の基底をなす(Lee13 Ch. 8)。$d(L_{p^{-1}})_p\circ d(L_p)_e=d(L_{p^{-1}}\circ L_p)_e=\mathrm{id}$ より $g(E_i,E_j)=\langle e_i,e_j\rangle$ は定数である。任意の滑らかなベクトル場 $X,Y$ は滑らかな関数 $X^i,Y^j$ により $X=X^iE_i$、$Y=Y^jE_j$ と書けるので $g(X,Y)=X^iY^j\langle e_i,e_j\rangle$ は滑らかである。よって $g$ はリーマン計量である。左不変性は、$v,w\in T_pG$ に対し $L_{(ap)^{-1}}\circ L_a=L_{p^{-1}}$ より
$$ (L_a^*g)_p(v,w)=g_{ap}\bigl(d(L_a)_pv,d(L_a)_pw\bigr)=\bigl\langle d(L_{(ap)^{-1}})_{ap}d(L_a)_pv,\ \cdots\bigr\rangle=\bigl\langle d(L_{p^{-1}})_pv,\ d(L_{p^{-1}})_pw\bigr\rangle=g_p(v,w) $$
となることから従う。$L_a$ は微分同相写像(逆写像は $L_{a^{-1}}$)なので等長写像であり、$L_{qp^{-1}}(p)=q$ より作用は推移的である。$\square$

両側不変計量と等質空間

右移動でも不変な左不変計量(両側不変計量)は、コンパクトな Lie 群には常に存在し、その測地線は1パラメータ部分群 $t\mapsto p\exp(tv)$ であり、正規直交な左不変ベクトル場 $X,Y$ の張る平面の断面曲率は $K(X,Y)=\frac14\|[X,Y]\|^2\ge0$ で与えられる(doCarmo92 Ch. 1・Ch. 3・Ch. 4 の演習問題)。一般に等長変換群が推移的に作用するリーマン多様体を等質空間といい、球面・Euclid 空間・双曲空間・両側不変計量をもつ Lie 群・対称空間はその例である。等質空間では曲率などの局所不変量が 1 点での計算に帰着するので、リーマン幾何学の豊富な例の供給源になる。

部分多様体・積・Warped 積

リーマン多様体 $(N,h)$ の部分多様体 $M\subset N$(または等長はめ込み $\iota\colon M\to N$)には誘導計量 $\iota^*h$ が入る。球面やトーラス、一般に $\mathbb{R}^N$ 内の曲面・超曲面はこの例であり、古典的な曲面論は $\mathbb{R}^3$ の曲面のリーマン幾何学である。2 つのリーマン多様体の積 $M_1\times M_2$ には積計量 $\mathrm{pr}_1^*g_1+\mathrm{pr}_2^*g_2$ が入り、曲率テンソルは因子の曲率テンソルの直和である(リーマン曲率テンソル)。積計量の第 2 因子を正の関数 $f\colon M_1\to\mathbb{R}$ で重みづけした $g_1+f^2g_2$ を Warped積多様体といい、回転面・測地極座標・宇宙論のモデルなど多くの計量がこの形で書ける。

等長写像と測地線

等長写像とリーマン接続の両立

$\varphi\colon(M,g)\to(N,h)$ を等長写像、$\nabla^g$、$\nabla^h$ をそれぞれのリーマン接続とし、ベクトル場 $X\in\mathfrak{X}(M)$ の押し出しを $\varphi_*X:=d\varphi\circ X\circ\varphi^{-1}\in\mathfrak{X}(N)$ と書く。このとき任意の $X,Y\in\mathfrak{X}(M)$ に対し
$$ \varphi_*(\nabla^g_XY)=\nabla^h_{\varphi_*X}(\varphi_*Y) $$
が成り立つ。

$\tilde\nabla_XY:=(\varphi^{-1})_*\bigl(\nabla^h_{\varphi_*X}\varphi_*Y\bigr)$ とおき、$\tilde\nabla$ が $(M,g)$ の計量的で捩れのないアフィン接続であることを示せば、thm-riem-geom-fundamental の一意性により $\tilde\nabla=\nabla^g$ となって主張が従う。$f\in C^\infty(M)$ に対し $\varphi_*(fX)=(f\circ\varphi^{-1})\varphi_*X$ であり、$(\varphi_*X)(f\circ\varphi^{-1})=(Xf)\circ\varphi^{-1}$ であることに注意する。
$X$ についての $C^\infty(M)$-線形性:$\nabla^h$ の第 1 引数についての線形性から $\tilde\nabla_{fX}Y=(\varphi^{-1})_*\bigl((f\circ\varphi^{-1})\nabla^h_{\varphi_*X}\varphi_*Y\bigr)=f\tilde\nabla_XY$ である。Leibniz 則:
$$ \nabla^h_{\varphi_*X}\bigl((f\circ\varphi^{-1})\varphi_*Y\bigr)=\bigl((Xf)\circ\varphi^{-1}\bigr)\varphi_*Y+(f\circ\varphi^{-1})\nabla^h_{\varphi_*X}\varphi_*Y $$
を $(\varphi^{-1})_*$ で戻せば $\tilde\nabla_X(fY)=(Xf)Y+f\tilde\nabla_XY$ である。よって $\tilde\nabla$ はアフィン接続である。
捩れ:Lie括弧は微分同相写像による押し出しと両立する、すなわち $\varphi_*[X,Y]=[\varphi_*X,\varphi_*Y]$ である(Lee13 Ch. 8)。$\nabla^h$ に捩れがないので
$$ \tilde\nabla_XY-\tilde\nabla_YX=(\varphi^{-1})_*\bigl(\nabla^h_{\varphi_*X}\varphi_*Y-\nabla^h_{\varphi_*Y}\varphi_*X\bigr)=(\varphi^{-1})_*[\varphi_*X,\varphi_*Y]=[X,Y] $$
である。
計量条件:$\varphi^*h=g$ より $g(Y,Z)=h(\varphi_*Y,\varphi_*Z)\circ\varphi$ である。よって
$$ X\,g(Y,Z)=\bigl((\varphi_*X)\,h(\varphi_*Y,\varphi_*Z)\bigr)\circ\varphi=\bigl(h(\nabla^h_{\varphi_*X}\varphi_*Y,\varphi_*Z)+h(\varphi_*Y,\nabla^h_{\varphi_*X}\varphi_*Z)\bigr)\circ\varphi=g(\tilde\nabla_XY,Z)+g(Y,\tilde\nabla_XZ) $$
である。以上により $\tilde\nabla$ は計量的で捩れのない接続であり、$\tilde\nabla=\nabla^g$ である。$\square$

等長写像は測地線を測地線に写す

$\varphi\colon(M,g)\to(N,h)$ を等長写像とする。$\gamma\colon I\to M$ が測地線ならば $\varphi\circ\gamma\colon I\to N$ も測地線である。特に $\varphi\circ\gamma_v=\gamma_{d\varphi(v)}$、$\varphi\circ\exp_p=\exp_{\varphi(p)}\circ d\varphi_p$ であり、等長写像は曲線の長さとリーマン距離を保つ。

$t_0\in I$ をとり、$\gamma(t_0)$ のまわりの $M$ の局所座標 $(U,(x^i))$ をとる。$\varphi$ は微分同相写像なので $(\varphi(U),(x^i\circ\varphi^{-1}))$ は $N$ の局所座標であり、この座標対に関して $\varphi$ は恒等写像 $x\mapsto x$ で表される。$\varphi^*h=g$ は、この座標対に関して $h_{ij}(\varphi(x))=g_{ij}(x)$ を意味するので、両者の Christoffel記号(thm-riem-geom-fundamental の公式で $g_{ij}$ とその偏導関数だけから決まる)は座標表示において一致する。したがって $\gamma$ と $\varphi\circ\gamma$ は同じ座標表示 $x^i(t)$ をもち、同じ測地線方程式を満たす。$t_0$ は任意なので $\varphi\circ\gamma$ は測地線である。$\varphi\circ\gamma_v$ は $\varphi(p)$ を初速度 $d\varphi_p(v)$ で出る測地線なので、prop-riem-geom-geodesic-ode の一意性により $\gamma_{d\varphi(v)}$ に一致し($\varphi^{-1}$ も等長写像なので、定義域の最大性により定義域も一致する)、$t=1$ を代入して $\varphi(\exp_p(v))=\exp_{\varphi(p)}(d\varphi_p(v))$ を得る。長さの保存は $\|d\varphi(\dot\gamma)\|_h=\|\dot\gamma\|_g$ から、距離の保存は長さの保存と $\varphi$ が区分的に滑らかな曲線の全体の間の全単射を与えることから従う。$\square$

基本定理

以下は教科書レベルの標準的な定理であるが、証明にはそれぞれ相応の準備を要するので、本記事では言明にとどめ、出典を示す。いずれもリーマン多様体は連結とする。

Hopf–Rinow の定理

連結なリーマン多様体 $(M,g)$ について次は同値である。

  1. $(M,d_g)$ は完備距離空間である。
  2. $(M,g)$ は測地的に完備である。
  3. ある点 $p$ で $\exp_p$ が $T_pM$ 全体で定義される。
  4. $M$ の有界閉集合はコンパクトである。
    さらにこれらが成り立てば、任意の 2 点 $p,q$ は長さが $d_g(p,q)$ に等しい測地線で結ばれる。
Hopf–Rinow の定理の出典

証明は Lee18 Ch. 6、doCarmo92 Ch. 7 に譲る。コンパクトなリーマン多様体は 4 により完備である。完備性は以下の大域的な定理の共通の仮定である。

Gauss–Bonnet の定理

$(M,g)$ をコンパクトな 2 次元リーマン多様体、$K$ をその Gauss 曲率、$dA$ をリーマン面積要素とすると
$$ \int_MK\,dA=2\pi\chi(M) $$
が成り立つ。ここで $\chi(M)$ は $M$ の Euler標数である。

Gauss–Bonnet の定理の出典

証明は Lee18 Ch. 9 に譲る(Gauss–Bonnetの定理)。左辺は計量にのみ依存し右辺は位相にのみ依存するので、この定理は「曲率と位相」の関係の原型である。例えば $K>0$ なら $\chi(M)>0$ なので $M$ は球面または射影平面に限り、トーラスにはいたるところ $K>0$ の計量も $K<0$ の計量も入らない。

Bonnet–Myers の定理

$(M,g)$ を完備で連結な $n$ 次元リーマン多様体とし、ある $a>0$ について $\mathrm{Ric}\ge\dfrac{n-1}{a^2}g$(すなわち任意の単位ベクトル $u$ に対し $\mathrm{Ric}(u,u)\ge(n-1)/a^2$)が成り立つとする。このとき $M$ の直径は $\pi a$ 以下であり、特に $M$ はコンパクトで、基本群 $\pi_1(M)$ は有限群である。

Bonnet–Myers の定理の出典

証明は Lee18 Ch. 12、doCarmo92 Ch. 9 に譲る。等号 $\operatorname{diam}M=\pi a$ は半径 $a$ の球面で達成され、そのときに限る(最大直径定理、Pet16 Ch. 7)。断面曲率 $K\ge1/a^2$ を仮定する弱い形が先にあり、リッチ曲率だけを仮定する形に拡張された(doCarmo92 Ch. 9)。

Cartan–Hadamard の定理

$(M,g)$ を完備で連結な $n$ 次元リーマン多様体とし、断面曲率がいたるところ $K\le0$ であるとする。このとき任意の $p\in M$ に対し $\exp_p\colon T_pM\to M$ は被覆写像である。したがって $M$ の普遍被覆は $\mathbb{R}^n$ に微分同相であり、$M$ が単連結空間ならば $M$ は $\mathbb{R}^n$ に微分同相で、任意の 2 点はただ 1 本の測地線で結ばれる。

Cartan–Hadamard の定理の出典

証明は Lee18 Ch. 12、doCarmo92 Ch. 7 に譲る。この定理により、非正曲率のコンパクト多様体の基本群は無限群であり、高次のホモトピー群は消える。

空間形の分類

$(M,g)$ を完備で単連結な $n$ 次元の定曲率 $\kappa$ のリーマン多様体とすると、$(M,g)$ は $\kappa>0$ なら球面 $S^n(1/\sqrt\kappa)$、$\kappa=0$ なら Euclid 空間 $\mathbb{R}^n$、$\kappa<0$ なら定曲率 $\kappa$ の双曲空間に等長である。したがって完備で連結な定曲率 $\kappa$ のリーマン多様体は、これらの空間形の、等長変換群の離散部分群で自由かつ固有不連続に作用するものによる商である。

空間形の分類の出典

証明は Lee18 Ch. 12、doCarmo92 Ch. 8 に譲る。定曲率空間の記事 断面曲率 も参照。

Bishop–Gromov の体積比較定理

$(M,g)$ を完備な $n$ 次元リーマン多様体とし、$\mathrm{Ric}\ge(n-1)\kappa\,g$($\kappa\in\mathbb{R}$)が成り立つとする。$V_\kappa(r)$ を定曲率 $\kappa$ の $n$ 次元単連結空間形における半径 $r$ の測地球の体積とすると、任意の $p\in M$ について関数
$$ r\longmapsto\frac{\operatorname{Vol}(B(p,r))}{V_\kappa(r)} $$
は $r>0$($\kappa>0$ なら $0< r\le\pi/\sqrt\kappa$)について単調非増加であり、$r\to0$ で $1$ に収束する。特に $\operatorname{Vol}(B(p,r))\le V_\kappa(r)$ である。

比較定理の出典

証明は Lee18 Ch. 11、Pet16 Ch. 7 に譲る。曲率を空間形の曲率と比べて、測地線の広がり方(Jacobi 場)、三角形の辺と角(Toponogov の比較定理、Pet16 Ch. 12)、測地球の体積を空間形のそれと比べる定理を総称して比較定理という。Rauch の比較定理(doCarmo92 Ch. 10)は Jacobi 場に関する最も基本的なものである。

球面定理

$(M,g)$ を完備で単連結な $n$ 次元リーマン多様体とし、断面曲率がいたるところ $\frac14< K\le1$ を満たすとする。このとき $M$ は球面 $S^n$ に同相である。

球面定理の出典

証明は doCarmo92 Ch. 13、Pet16 Ch. 12 に譲る。定数 $\frac14$ は最良であり、複素射影空間 $\mathbb{CP}^m$($m\ge2$)のFubini–Study計量は $\frac14\le K\le1$ を満たすが球面に同相でない(Pet16 Ch. 4)。

主な分野

リーマン幾何学の分野は多岐にわたり、厳密な区分けもないが、代表的なものを挙げる。

変換論

リーマン多様体の等長変換群 $\mathrm{Isom}(M,g)$ とその構造を調べる。等長変換の無限小版が Killingベクトル場であり、その空間の次元は $n(n+1)/2$ 以下で(リッチの恒等式と可積分条件)、等号は定曲率空間で達成される(Pet16 Ch. 8)。計量を正の関数倍だけ変える共形変換、リーマン接続を保つアフィン変換、測地線を測地線に写す射影変換なども研究される。

部分多様体論

リーマン多様体 $(N,h)$ の部分多様体 $M$ に誘導計量を入れ、$M$ の内在的な幾何(誘導計量のリーマン接続・曲率)と、$N$ の中での曲がり方(第 2 基本形式)の関係を調べる。Gauss の方程式は $M$ の断面曲率を $N$ の断面曲率と第 2 基本形式で表し、$\mathbb{R}^3$ の曲面の場合が Gauss の驚異の定理(断面曲率)である。全測地的部分多様体・極小部分多様体・平均曲率一定の部分多様体などが主題である(Lee18 Ch. 8、doCarmo92 Ch. 6)。

垂直空間・水平空間とリーマン沈め込み

リーマン多様体 $(M,g)$、$(B,h)$ の間の滑らかな全射 $\pi\colon M\to B$ が沈め込み(submersion)であるとは、各点 $p\in M$ で $d\pi_p\colon T_pM\to T_{\pi(p)}B$ が全射であることをいう。このとき各 $q\in B$ のファイバー $\pi^{-1}(q)$ は $M$ の $\dim M-\dim B$ 次元の閉部分多様体である(正則値定理、Lee13 Ch. 5)。$\mathcal{V}_p:=\ker d\pi_p$ を垂直空間、その $g_p$ に関する直交補空間 $\mathcal{H}_p:=\mathcal{V}_p^\perp$ を水平空間といい、$T_pM=\mathcal{V}_p\oplus\mathcal{H}_p$ である。$d\pi_p|_{\mathcal{H}_p}\colon\mathcal{H}_p\to T_{\pi(p)}B$ は線形同型であり、これが任意の $p$ で内積を保つ($h(d\pi_pv,d\pi_pw)=g(v,w)$、$v,w\in\mathcal{H}_p$)とき、$\pi$ をリーマン沈め込み(Riemannian submersion、リーマン沈め込み)という。

リーマン沈め込みの例と役割

積多様体の射影 $M_1\times M_2\to M_1$ や、Warped 積 $M_1\times_fM_2\to M_1$ の射影(Warped積多様体)はリーマン沈め込みである。リーマン沈め込みは部分多様体論の「双対」にあたり、$M$ の曲率は $B$ の曲率とファイバーの曲率、および水平分布の非可積分性を測るテンソルで表される(O'Neill の公式、ONe83 Ch. 7)。等質空間の商や、奇数次元球面から複素射影空間への標準的な沈め込みのような例を通じて、正曲率の多様体の構成に用いられる。

リーマン多様体上の積分と解析

リーマン計量は体積形式(向き付けられていなければ体積密度)$dV_g=\sqrt{\det(g_{ij})}\,dx^1\cdots dx^n$ を定め、関数の積分、多様体の体積、勾配ベクトル場 $\operatorname{grad}f$、発散 $\operatorname{div}X$、Laplace–Beltrami作用素 $\Delta f=\operatorname{div}\operatorname{grad}f$ が定義される。発散定理・Green の公式が成り立ち(Lee13 Ch. 16)、これらを用いて、微分形式のHodge理論や、曲率の条件からコホモロジーの消滅を導く Bochner の手法(いずれも Pet16 Ch. 9)、調和写像や Ricci フローなどの幾何解析が展開される。

測地線と曲線論

測地線の変分理論(第 1 変分公式・第 2 変分公式)、Jacobi場、共役点、指数写像の性質、切断跡(cut locus)、単射半径などが主題である(Lee18 Ch. 6・Ch. 10、doCarmo92 Ch. 3・Ch. 5)。閉測地線の存在や、測地流(接束上の力学系)のエルゴード性など力学系との接点も多い。

曲率と位相

曲率の符号や大きさの条件から多様体の位相を決定する分野で、Gauss–Bonnet、Bonnet–Myers、Cartan–Hadamard、球面定理、Synge の定理(偶数次元・向き付け可能・$K>0$ のコンパクト多様体は単連結、Lee18 Ch. 12)、Cheeger–Gromoll の分割定理と魂定理(Pet16 Ch. 7・Ch. 12)などがある。正のスカラー曲率をもつ計量の存在、正のリッチ曲率をもつ多様体の基本群、負曲率多様体の剛性などが現代的な問題である。

スペクトル幾何

コンパクトなリーマン多様体の Laplace–Beltrami 作用素 $\Delta$ の固有値の列(スペクトル)と幾何の関係を調べる分野である。スペクトルが体積・曲率などの幾何学的な量をどこまで決定するか(等スペクトルな 2 つのリーマン多様体は等長か)、曲率の条件のもとで固有値をどう評価できるか、熱核や波動核の漸近挙動が幾何をどう反映するか、といった問題を扱う。

関連項目

参考文献

[1]
John M. Lee, Introduction to Riemannian Manifolds, Graduate Texts in Mathematics 176, 2nd ed., Springer, 2018, Ch. 2(リーマン距離と位相)、Ch. 3(モデル空間)、Ch. 4・Ch. 5(曲線に沿う共変微分、Levi-Civita 接続、正規座標、モデル空間の測地線)、Ch. 6(測地線と距離、Hopf–Rinow の定理)、Ch. 8(部分多様体、球面・双曲空間の曲率)、Ch. 9(Gauss–Bonnet の定理)、Ch. 10(Jacobi 場)、Ch. 11(Bishop–Gromov の体積比較)、Ch. 12(空間形の分類、Cartan–Hadamard、Bonnet–Myers、Synge)
[2]
Manfredo P. do Carmo, Riemannian Geometry, Mathematics: Theory & Applications, Birkhäuser, 1992, Ch. 1(Lie 群の両側不変計量の演習)、Ch. 3(測地線)、Ch. 4(曲率)、Ch. 5(Jacobi 場)、Ch. 6(等長はめ込み)、Ch. 7(完備多様体、Hopf–Rinow、Cartan–Hadamard)、Ch. 8(空間形)、Ch. 9(Bonnet–Myers)、Ch. 10(Rauch の比較定理)、Ch. 13(球面定理)
[3]
Peter Petersen, Riemannian Geometry, Graduate Texts in Mathematics 171, 3rd ed., Springer, 2016, Ch. 4(例、複素射影空間)、Ch. 7(リッチ曲率比較、最大直径定理、分割定理)、Ch. 8(Killing 場)、Ch. 9(Bochner の手法と Hodge 理論)、Ch. 12(Toponogov の比較定理、球面定理、魂定理)
[4]
John M. Lee, Introduction to Smooth Manifolds, Graduate Texts in Mathematics 218, 2nd ed., Springer, 2013, Ch. 2(1 の分割)、Ch. 5(正則値定理)、Ch. 8(左不変ベクトル場、Lie 括弧の自然性)、Ch. 16(多様体上の積分、発散定理)、Appendix D(常微分方程式)
[5]
Barrett O'Neill, Semi-Riemannian Geometry: With Applications to Relativity, Pure and Applied Mathematics 103, Academic Press, 1983, Ch. 2・Ch. 3(スカラー積の符号数、擬リーマン計量)、Ch. 5(Lorentz 計量の存在条件)、Ch. 7(擬リーマン沈め込みと O'Neill の公式)

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