積(圏論)

同義語:圏論的積

概要

積(圏論)(product)とは、複数の対象への射の族を、一つの対象への射として一意にまとめる普遍的な構成である。集合の直積や半順序集合の下限を統一する。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 同型射

定義

積は「要素を並べる」という集合の構成を、射の性質だけで指定する方法である。以下では固定した宇宙の小さい集合 $I$ を添字とし、$\mathcal C$ は局所小圏とする。局所小とは、各対象対の射全体が集合になることをいう。

対象の族の積

対象の族 $(A_i)_{i\in I}$(product)は、対象 $P$ と射 $\pi_i:P\to A_i$ の族であり、任意の対象 $X$ と射 $a_i:X\to A_i$ の族に対し、
$$ \pi_i u=a_i\quad(i\in I) $$
を満たす射 $u:X\to P$ がただ一つ存在するものである。$\pi_i$ を射影と呼び、$P=\prod_i A_i$$u=\langle a_i\rangle_i$ と書く。

二対象の場合は $A\times B$ と書く。対象だけでなく射影も定義のデータに含まれる。存在は仮定するか別に証明しなければならない。標準的な定義は Rie16 §3.1による。

直感

$X$ から各 $A_i$ への独立した出力を、一つの出力先へまとめる。普遍性は
$$ \operatorname{Hom}_{\mathcal C}(X,P)\cong\prod_i\operatorname{Hom}_{\mathcal C}(X,A_i) $$
という全単射である。この全単射は指定された射影との合成によって与えられ、$X$ への前合成と可換する。単に同じ要素数の集合が二つあるという条件ではない。

例と反例

集合の直積

集合の圏では、各 $i$$x_i\in A_i$ となる族 $(x_i)_i$ 全体が積である。射影は成分を取り出し、与えられた写像 $a_i:X\to A_i$ から $u(x)=(a_i(x))_i$ を作れば普遍性が従う。$I=\emptyset$ では空の族が一つだけなので、積は一点集合になる。非空集合の無限族の積が非空だという主張は選択公理に関わるが、積という集合の構成と普遍性に非空性は不要である。

ベクトル空間

$k$ 上のベクトル空間の積は、集合としての直積に成分ごとの和とスカラー倍を入れたものである。成分の線形写像を並べる写像は線形なので普遍性が成り立つ。無限添字では、有限個の成分以外が零である族だけを集める直和と一般には異なる。例えば $I=\mathbb N$、すべての $A_i=k$ なら、$(1,1,\ldots)$ は積に入るが直和には入らない。一方、非零の因子が有限個だけなら、添字集合が無限でも両者は一致する。

半順序集合の下限

半順序集合を $x\leq y$ のときだけ射 $x\to y$ がある圏とみなす。積は族の最大下界 $\inf_i a_i$ である。射影は下界であること、因子化の存在はあらゆる下界がその元以下であることを意味する。射の一意性は順序圏の定義から自動的に満たされる。

反例:二本の射影だけでは積にならない

集合の圏で $A=B=\{*\}$$P=\{0,1\}$ とし、二本の射影を唯一の写像とする。任意の $X$ から $A,B$ への写像は存在するが、$X=\{*\}$ から $P$ への因子化は二つある。従ってこの錐は積ではない。射影の存在だけでなく、因子化の一意性が必要である。

性質と証明

射影を保つ一意な同型

同じ族の二つの積は、すべての射影を保つただ一つの同型で結ばれる。

往復を射影で判定する

二つの積を $(P,\pi_i),(Q,\rho_i)$ とする。$Q$ の普遍性から $\rho_i u=\pi_i$ となる唯一の $u:P\to Q$$P$ の普遍性から $\pi_i v=\rho_i$ となる唯一の $v:Q\to P$ がある。$\pi_i vu=\pi_i$ なので $vu=\operatorname{id}_P$。同様に $uv=\operatorname{id}_Q$。射影を保つ射は初めから一つなので同型も一意である。

積への射の成分計算

$i$ の射 $f_i:A_i\to B_i$ と両族の積を指定すると、唯一の射 $\prod_i f_i:\prod_i A_i\to\prod_i B_i$ があり、その $i$ 成分は $f_i\pi_i$ である。この構成は恒等射と合成を保つ。

普遍性で合成則を示す

存在一意性は $B_i$ の積の定義そのものである。$f_i=\operatorname{id}_{A_i}$ なら恒等射が全成分の条件を満たす。さらに $g_i:B_i\to C_i$ に対し、射影と $(\prod_i g_i)(\prod_i f_i)$ を合成すると $g_i f_i\pi_i$ になる。これは $\prod_i(g_i f_i)$ の成分と一致するため、普遍性の一意性から両射は等しい。各族の積を選んだ範囲で、これが積の関手性を与える。

空添字の積の普遍性は「任意の $X$ からただ一つ射がある」であり、終対象の定義と一致する。積全体は、添字集合 $I$ を恒等射以外の射をもたない離散圏とみなした図式の極限である。

豊穣圏・∞圏との接続

豊穣圏ではHomが集合でなく基礎圏 $\mathcal V$ の対象になり、豊穣的な積には $\mathcal C(X,P)\cong\prod_i\mathcal C(X,A_i)$ というHom対象の同型を要求する。右辺の積が存在する等の条件が必要であり、台の通常圏の積だけでこの同型を結論してはならない(Kel82 §3.8)。
∞圏では、任意の対象 $X$ に対し、指定された射影が誘導する写像空間の比較 $\operatorname{Map}(X,P)\to\prod_i\operatorname{Map}(X,A_i)$ が同値となることを要求する。射のホモトピー類の集合だけでは不十分である。通常圏の脈体では写像空間が離散Hom集合と同値になり、上の全単射へ戻る。一般の∞圏でこの条件を錐による極限の定義と結ぶには HTT09 Lemma 4.2.4.3 の双対を用いる。写像空間と積の定式化については同書 §1.2.2、Example 1.2.13.1、Definition 1.2.13.4 を参照する。

関連項目

参考文献

[1]
Emily Riehl, Category Theory in Context, Aurora: Modern Math Originals, Dover Publications, 2016, §§3.1–3.2, 3.5–3.6; 著者公開の第2版改訂稿を2026-09-05閲覧(刊行年は初版)
[2]
G. M. Kelly, Basic Concepts of Enriched Category Theory, LMS Lecture Note Series 64; TAC Reprints No. 10 (2005), Cambridge University Press, 1982, §3.8 conical limits(余極限では双対)
[3]
Jacob Lurie, Higher Topos Theory, Annals of Mathematics Studies 170, Princeton University Press, 2009, §1.2.2, Example 1.2.13.1, Definition 1.2.13.4, Lemma 4.2.4.3(積は双対); 著者改訂PDF(2017-04-09)

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