リーマン面上の微分形式(differential forms on Riemann surfaces)とは、複素構造を備えた実2次元曲面上の微分形式であり、複素数値1形式が $(1,0)$ 型と $(0,1)$ 型へ座標不変に分解されることを特徴とする。この分解から $\partial$・$\bar\partial$、Hodge star、調和1形式、正則1形式、有理型1形式が生じ、積分・留数・因子・Riemann–Roch理論を結ぶ。
前提知識: リーマン面, 微分形式, 正則関数, 有理型関数, 複素積分
リーマン面 $X$ は実2次元の向き付けられた滑らかな多様体である。しかし、単に実曲面として見るだけでは、正則関数の微分とその複素共役を区別できない。Riemann面の複素構造を使うと、複素数値1形式は $(1,0)$ 型と $(0,1)$ 型に一意に分かれる。この分解が、正則1形式、有理型1形式、調和1形式、留数を一つの枠組みで扱う出発点になる。
正則座標を $z=x+iy$ とする。実1形式 $dx,dy$ から
$$
dz=dx+i\,dy,
\qquad
d\bar z=dx-i\,dy
$$
を作る。また、滑らかな関数に作用する微分作用素を
$$
\frac{\partial}{\partial z}
=\frac12\left(\frac{\partial}{\partial x}-i\frac{\partial}{\partial y}\right),
\qquad
\frac{\partial}{\partial\bar z}
=\frac12\left(\frac{\partial}{\partial x}+i\frac{\partial}{\partial y}\right)
$$
と定める。
$X$ 上の複素数値 $k$ 形式とは、複素化した余接束
$$
\bigwedge^kT^*X\otimes_{\mathbb R}\mathbb C
$$
の滑らかな切断である。正則座標 $z$ 上では、複素数値1形式は一意に
$$
\omega=a\,dz+b\,d\bar z
$$
と書ける。$b=0$ のものを $(1,0)$ 形式、$a=0$ のものを $(0,1)$ 形式と呼ぶ。
実座標で $\omega=f\,dx+g\,dy$ と書いたとき
$$
a=\frac{f-ig}{2},
\qquad
b=\frac{f+ig}{2}
$$
である。したがって、旧稿の $f\,dx+g\,dy=u\,dz+v\,d\bar z$ という表示は、この型分解そのものである。
$(1,0)$ 型や $(0,1)$ 型という条件は座標の選び方に依存してはならない。その根拠は、Riemann面の座標変換が正則であることにある。
$z$ と $w$ を重なり合う二つの正則座標とする。このとき
$$
dw=\frac{dw}{dz}\,dz,
\qquad
d\bar w=\overline{\frac{dw}{dz}}\,d\bar z
$$
である。したがって $(1,0)$ 形式は座標を変えても $(1,0)$ 型であり、$(0,1)$ 形式は座標を変えても $(0,1)$ 型である。
$w=h(z)$ と書く。$h$ は正則なのでCauchy–Riemann方程式により $\partial h/\partial\bar z=0$ である。全微分を $dz,d\bar z$ で表示すると
$$
dw=dh=\frac{\partial h}{\partial z}\,dz
+\frac{\partial h}{\partial\bar z}\,d\bar z
=h'(z)\,dz.
$$
複素共役をとれば $d\bar w=\overline{h'(z)}\,d\bar z$ を得る。ゆえに $a\,dz$ は
$$
a\frac{dz}{dw}\,dw
$$
と書かれ、$d\bar w$ 成分を生じない。$(0,1)$ 形式についても共役な議論で同様である。
この命題では、反正則座標変換を許していない。たとえば $w=\bar z$ なら $dw=d\bar z$ となり、$(1,0)$ 型と $(0,1)$ 型が交換される。Riemann面の複素構造には正則座標系の指定が含まれるので、向きだけを保つ任意の実座標変換で型が保存されるわけではない。
滑らかな複素数値関数 $f$ に対し
$$
df=\frac{\partial f}{\partial z}\,dz
+\frac{\partial f}{\partial\bar z}\,d\bar z
$$
である。この二成分をそれぞれ $\partial f$ と $\bar\partial f$ と書く。
局所的に
$$
\partial f=\frac{\partial f}{\partial z}\,dz,
\qquad
\bar\partial f=\frac{\partial f}{\partial\bar z}\,d\bar z
$$
と定める。1形式 $\omega=a\,dz+b\,d\bar z$ に対しては
$$
\partial\omega=\frac{\partial b}{\partial z}\,dz\wedge d\bar z,
\qquad
\bar\partial\omega=-\frac{\partial a}{\partial\bar z}\,dz\wedge d\bar z.
$$
Riemann面上では $d=\partial+\bar\partial$ であり、$\partial^2=\bar\partial^2=0$、$\partial\bar\partial+\bar\partial\partial=0$ が成り立つ。
$\omega=a\,dz+b\,d\bar z$ ならば
$$
d\omega=
\left(\frac{\partial b}{\partial z}
-\frac{\partial a}{\partial\bar z}\right)
dz\wedge d\bar z.
$$
とくに、$(1,0)$ 形式 $a\,dz$ が閉じていることと $a$ が正則であることは同値である。
$d(dz)=d(d\bar z)=0$ とLeibniz則から
$$
d(a\,dz)=da\wedge dz
=\left(a_z\,dz+a_{\bar z}\,d\bar z\right)\wedge dz
=-a_{\bar z}\,dz\wedge d\bar z,
$$
$$
d(b\,d\bar z)=db\wedge d\bar z
=b_z\,dz\wedge d\bar z
$$
を得る。二式を足せば主張の局所式になる。$a\,dz$ の場合は $d(a\,dz)=0$ と $a_{\bar z}=0$ が同値であり、後者は $a$ の正則性を表す。
$X$ の複素次元は1なので、$dz\wedge dz=d\bar z\wedge d\bar z=0$ である。したがって複素2形式は局所的に $c\,dz\wedge d\bar z$ と書ける。実座標との関係は
$$
dz\wedge d\bar z=-2i\,dx\wedge dy
$$
であり、複素構造は $dx\wedge dy$ が正となる標準向きを定める。
正則座標 $z=x+iy$ において、1形式へのHodge starを
$$
\star dx=dy,
\qquad
\star dy=-dx
$$
で定める。この規約では
$$
\star dz=-i\,dz,
\qquad
\star d\bar z=i\,d\bar z,
\qquad
\star^2=-1
$$
である。
正則座標 $z$ における
$$
\star(a\,dz+b\,d\bar z)=-ia\,dz+ib\,d\bar z
$$
という作用素は、正則座標の選び方に依らない。また、Riemann面の複素構造と整合する計量を共形倍しても、1形式上の $\star$ は変わらない。
正則座標変換 $w=h(z)$ に対して $dw=h'(z)dz$、$d\bar w=\overline{h'(z)}d\bar z$ である。したがって
$$
\star dw=h'(z)\star dz=-i\,dw,
\qquad
\star d\bar w=\overline{h'(z)}\star d\bar z=i\,d\bar w.
$$
よって定義はどの正則座標でも同じ作用素を与える。さらに2次元では、計量を $g$ から $e^{2u}g$ へ共形変換すると、1形式の内積の倍率 $e^{-2u}$ と面積形式の倍率 $e^{2u}$ が相殺する。Hodge starを特徴づける
$$
\alpha\wedge\star\beta=\langle\alpha,\beta\rangle_g\,dV_g
$$
の右辺が不変なので、1形式上の $\star$ も不変である。
実1形式 $\omega=f\,dx+g\,dy$ に対しては
$$
\star\omega=-g\,dx+f\,dy.
$$
これは旧稿の局所式を閉じ括弧まで補ったものである。
実1形式 $\alpha$ が $d\alpha=0$ を満たすとき閉形式、$d(\star\alpha)=0$ を満たすとき余閉形式という。両方を満たすものを調和1形式という。大域的に $\alpha=du$ と書けるものを完全形式、$\alpha=\star du$ と書けるものを余完全形式という。
「閉」と「完全」は同じではない。完全形式は常に閉じているが、逆は大域的には位相に依存する。一方、十分小さい単連結座標円板上ではPoincaréの補題により閉形式は完全である。
実1形式 $\alpha$ が調和1形式であることと、各点の十分小さい近傍で実調和関数 $u$ を用いて $\alpha=du$ と書けることは同値である。
$\alpha$ が調和なら $d\alpha=0$ なので、座標円板を小さくとればPoincaréの補題から $\alpha=du$ と書ける。$z=x+iy$ に対し
$$
du=u_x\,dx+u_y\,dy,
\qquad
\star du=-u_y\,dx+u_x\,dy
$$
だから
$$
d(\star du)=(u_{xx}+u_{yy})\,dx\wedge dy.
$$
$d(\star\alpha)=0$ より $u_{xx}+u_{yy}=0$、すなわち $u$ は調和関数である。逆に $\alpha=du$ で $u$ が調和なら、$d\alpha=d^2u=0$ かつ上式から $d(\star\alpha)=0$ なので $\alpha$ は調和である。
複素数値1形式について「調和」という語を使うときは、実部と虚部がともに調和1形式であるという意味にする。正則1形式の実部と虚部は調和1形式になるが、実調和1形式そのものと正則1形式は同じ型の対象ではない。
複素数値1形式 $\omega$ が正則1形式であるとは、各正則座標 $z$ 上で
$$
\omega=f(z)\,dz
$$
と書け、係数 $f$ が正則であることをいう。同値に、$\omega$ は滑らかな $(1,0)$ 形式で $\bar\partial\omega=0$ を満たす。
座標変換 $w=h(z)$ では係数は
$$
\widetilde f(w)=f(z(w))\frac{dz}{dw}
$$
と変換する。したがって「係数関数そのもの」ではなく、$f(z)dz$ の全体が幾何学的対象である。
$X$ の離散集合を除いて正則で、各例外点 $p$ の座標 $z$($z(p)=0$)において
$$
\omega=f(z)\,dz,
\qquad
f(z)=\sum_{n=-m}^{\infty}a_nz^n
$$
と有限主要部をもつLaurent展開で書ける1形式を有理型1形式という。$f$ の零点・極の位数を $\operatorname{ord}_p(\omega)$ とし、係数
$$
\operatorname{Res}_p(\omega):=a_{-1}
$$
を $p$ における留数という。
有理型1形式の位数と留数は、$p$ を中心とする正則座標の選び方に依らない。
別の座標を $w=h(z)$、$h(0)=0$、$h'(0)\neq0$ とする。$z=k(w)$ と逆変換を書けば
$$
f(z)\,dz=f(k(w))k'(w)\,dw.
$$
$k(w)=cw+O(w^2)$、$c\neq0$ だから、$f$ の先頭項が $a_rz^r$ なら右辺の先頭項は $a_rc^{r+1}w^r\,dw$ であり、指数 $r$ は変わらない。よって位数は不変である。
留数について、十分小さい正向き円周 $\gamma$ をとるとLaurent展開の項別積分から
$$
\frac{1}{2\pi i}\int_\gamma\omega=a_{-1}
$$
である。1形式の線積分は座標変換で不変であり、正則座標変換は向きを保つので、右辺はどの正則座標でも同じである。
留数を「係数関数 $f$ の性質」とだけ述べるのは危険である。$f$ は座標変換で $dz/dw$ を掛けられるからである。座標不変なのは有理型1形式 $f(z)dz$ の $z^{-1}dz$ 係数である。
点 $p$ の穿孔近傍における有理型1形式 $\omega$ が一価有理型関数 $F$ の微分 $dF$ と書けることと、$\operatorname{Res}_p(\omega)=0$ は同値である。
$F=\sum b_nz^n$ なら
$$
dF=\sum n b_n z^{n-1}\,dz
$$
であり、$z^{-1}dz$ の係数は現れない。ゆえに $dF$ の留数は0である。
逆に $\omega=\sum a_nz^n\,dz$ で $a_{-1}=0$ とする。このとき
$$
F(z)=\sum_{n\neq-1}\frac{a_n}{n+1}z^{n+1}
$$
は同じ穿孔近傍で一価の有理型関数を定め、項別微分により $dF=\omega$ となる。$a_{-1}\neq0$ なら原始関数には $a_{-1}\log z$ が必要となり、一価にはならない。
区分的滑らかな道 $\gamma$ と1形式 $\omega$ に対する $\int_\gamma\omega$ は、局所座標表示を道に引き戻して積分することで定まる。閉形式の閉路積分はホモトピーやホモロジーの情報を運び、完全形式の閉路積分は0になる。
有理型1形式では極を囲む小円周の積分が $2\pi i$ 倍の留数になる。コンパクトRiemann面上では全留数の和が0になるが、この大域的な留数定理は 複素積分 とStokesの定理に依存する。本記事では局所的な留数と座標不変性までを所有する。
$\mathbb C$ 上の $dz$ は正則1形式である。$d\bar z$ は滑らかで閉じた $(0,1)$ 形式だが、$(1,0)$ 型でないので正則1形式ではない。また
$$
z\,d\bar z
$$
は $(0,1)$ 形式であり、$d(z\,d\bar z)=dz\wedge d\bar z\neq0$ なので閉形式ですらない。
$\mathbb C^\times$ 上の
$$
\omega=\frac{dz}{z}
$$
は正則1形式であり閉じている。しかし単位円周での積分が $2\pi i$ なので大域的には完全でない。Riemann球面上の有理型1形式と見ると、$0$ で留数 $1$、$\infty$ で留数 $-1$ をもつ。この例は「閉なら完全」という大域的含意を破る。
格子 $\Lambda\subset\mathbb C$ による商 $X=\mathbb C/\Lambda$ では、$dz$ は平行移動で不変なので商へ降り、零点をもたない正則1形式を与える。その実部 $dx$ と虚部 $dy$ は調和1形式だが、格子の基本閉路上で非零の周期をもつため一般には完全でない。
実1形式 $x\,dy$ は完全に正当な滑らかな微分形式だが、複素化すると
$$
x\,dy=\frac{x}{2i}(dz-d\bar z)
$$
となり両方の型を含む。したがって「Riemann面上の微分形式なら正則1形式である」という含意は偽である。
調和1形式は $d$ と $\star$ で定まる実微分幾何的条件、正則1形式は $(1,0)$ 型と正則性の条件、有理型1形式は極を許した正則1形式である。正則1形式の実部と虚部は調和するが、三つの語は同じ概念を言い換えたものではない。
まず 微分形式 で外積、外微分、引き戻しを学び、リーマン面 の正則座標によって $(1,0)$・$(0,1)$ 分解が生じることを確認する。次に正則1形式と有理型1形式の零点・極を 零点の位数 と 因子 で記録する。積分と留数は 複素積分 へ、大域的な正則1形式の次元は Riemann–Rochの定理 へ、非零有理型1形式の因子類は 標準因子 へつながる。
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