局所Picard群(local Picard group)とは、ネーター局所環 $A$ のスペクトルから閉点を除いた穴あきスペクトル $U$ の Picard 群 $\operatorname{Pic}(U)$ のことである。$A$ が次元 $2$ の正規局所環(正規曲面特異点)なら $U$ は正則で、$\operatorname{Pic}(U)$ は $A$ の因子類群と一致し、$A$ が一意分解整域であるときに限り $0$ になる。$A$ が Hensel 的で剰余体が分離閉なら、可逆な $n$ について $n$ 捩れは $H^1(U,\mu_n)$ と一致する。解消の例外曲線の交叉行列 $M$ を使うと、局所 Picard スキームの成分群は位数 $|\det M|$ の有限群で、判別式形式により自己双対になる。$A_n$ 型の特異点では $\mathbb Z/(n+1)$ である。
前提知識: Picard群, 因子類群, 正規環, 局所環, エタールコホモロジー
ネーター局所環 $A$ のスペクトル $X=\operatorname{Spec}A$ から閉点を除いた開集合 $U$ を、$A$ の穴あきスペクトルという。$U$ の Picard 群 $\operatorname{Pic}(U)$ を $A$ の局所Picard群と呼ぶ。局所環のスペクトルそのものの Picard 群は常に $0$ なので、特異点のまわりの可逆層の情報は、閉点を除いた $U$ の上に現れる。
本記事では主に、次元 $2$ の正規局所環、すなわち正規曲面特異点の場合を扱う。このとき局所 Picard 群は $A$ の因子類群と一致し、$A$ が一意分解整域からどれだけ離れているかを測る。さらに剰余体が代数閉で $A$ が Hensel 的なら、その $n$ 捩れ部分は $U$ の $\mathbb Z/n$ 被覆を分類し、特異点の解消の例外曲線の交叉行列と結びつく。
なお、ここでいう局所 Picard 群は、スキームの族に対する相対 Picard 関手(Picard スキーム)とは別のものである。
$(A,\mathfrak m,k)$ をネーター局所環、$X=\operatorname{Spec}A$、$x=\{\mathfrak m\}$ を閉点とし、$U:=X\setminus\{x\}$ とおく。$U$ 上の可逆層の同型類がテンソル積についてなす群
$$
\operatorname{Pic}(U)
$$
を $A$ の局所Picard群という。$\dim A=2$ で $A$ が正規であるとき、$A$ を(抽象的な)正規曲面特異点と呼ぶ。
$\operatorname{Pic}(X)=0$ である(局所環上の有限生成射影加群は自由)。したがって $\operatorname{Pic}(X)\to\operatorname{Pic}(U)$ は零写像であり、$\operatorname{Pic}(U)$ の非零元は、$U$ 上の可逆層で $X$ 全体の可逆層に延びないものを表す。
以下この節では、$A$ を次元 $2$ の正規ネーター局所整域とする。
$U$ は正則スキームであり、$\Gamma(U,\mathcal O_U)=A$ である。
$U$ の点は $\mathfrak m$ 以外の素イデアル $\mathfrak p$ であり、$\dim A=2$ なので $\operatorname{ht}\mathfrak p\leq1$ である。$\mathfrak p=0$ なら $A_{\mathfrak p}$ は体、$\operatorname{ht}\mathfrak p=1$ なら、正規ネーター整域の高さ $1$ の素イデアルでの局所化は離散付値環である。どちらも正則局所環なので、$U$ は正則である。
次に、正規ネーター整域 $A$ は、高さ $1$ の素イデアル全体での局所化の共通部分 $A=\bigcap_{\operatorname{ht}\mathfrak p=1}A_{\mathfrak p}$ に等しい(Mat86、Krull 環の性質)。$U$ はこれらの $\mathfrak p$ をすべて含むので、$A\subseteq\Gamma(U,\mathcal O_U)\subseteq\bigcap_{\operatorname{ht}\mathfrak p=1}A_{\mathfrak p}=A$ となる($U$ は整なので、切断は関数体の元として比べられる)。
$A$ を次元 $2$ の正規ネーター局所整域とすると、自然な同型
$$
\operatorname{Pic}(U)\cong\operatorname{Cl}(U)\cong\operatorname{Cl}(A)
$$
がある。ここで $\operatorname{Cl}$ は Weil 因子の類群である。とくに $\operatorname{Pic}(U)=0$ であることと、$A$ が一意分解整域であることは同値である。
$X=\operatorname{Spec}A$ はネーター・整・分離的で、余次元 $1$ で正則($A$ は正規)なので、Weil 因子の類群 $\operatorname{Cl}(X)=\operatorname{Cl}(A)$ が定まる。閉集合 $\{x\}$ は余次元 $2$ なので、$X$ の素因子と $U$ の素因子は制限によって一対一に対応し、主因子も対応するから $\operatorname{Cl}(X)\cong\operatorname{Cl}(U)$ である(Har77 第 II 章 §6)。$U$ は正則(前の補題)なので各局所環は一意分解整域であり、ネーター・整・分離的で局所分解的なスキームでは Cartier 因子と Weil 因子が一致して $\operatorname{Cl}(U)\cong\operatorname{Pic}(U)$ となる(Har77 第 II 章 §6)。最後の主張は、ネーター整域が一意分解整域であることと類群が $0$ であることの同値性(Har77 第 II 章 §6)による。
$A$ が次元 $2$ の正則局所環(たとえば体 $k$ 上の $k[\![x,y]\!]$ や $k[x,y]_{(x,y)}$)なら、正則局所環は一意分解整域である(Auslander–Buchsbaum の定理。Mat86)ので、$\operatorname{Pic}(U)=0$ である。局所 Picard 群が $0$ でないことは、特異点がある(あるいは少なくとも一意分解性が壊れている)ことの表れである。
$U$ の $\mathbb Z/n$ 被覆(位数 $n$ の巡回群を構造群とするエタール捩子)は、局所 Picard 群の $n$ 捩れと結びつく。
$A$ を次元 $2$ の正規ネーター局所整域で、Hensel 的かつ剰余体 $k$ が分離閉なもの(たとえば剰余体が代数閉な完備局所環)とし、$n$ を $A$ で可逆な正の整数とする。このとき
$$
H^1(U,\mu_n)\cong\operatorname{Pic}(U)[n]
$$
であり、Kummer 完全列から完全列
$$
0\to\operatorname{Pic}(U)/n\to H^2(U,\mu_n)\to\operatorname{Br}'(U)[n]\to0
$$
も得られる。ここで $\operatorname{Br}'(U)=H^2(U_{\mathrm{et}},\mathbb G_m)$ である。さらに $A$ は $1$ の原始 $n$ 乗根を含むので $\mu_n\cong\mathbb Z/n$ であり、$\operatorname{Pic}(U)[n]$ は($1$ の冪根の選び方に依存する同型を通じて)$H^1(U,\mathbb Z/n)=\operatorname{Hom}(\pi_1(U),\mathbb Z/n)$ と同型である。
$n$ は $U$ 上で可逆なので、Kummer完全列 $1\to\mu_n\to\mathbb G_m\xrightarrow{n}\mathbb G_m\to1$ は $U_{\mathrm{et}}$ 上完全であり、$H^1(U_{\mathrm{et}},\mathbb G_m)=\operatorname{Pic}(U)$ を使うと、長完全列から
$$
0\to\Gamma(U,\mathcal O_U)^\times/n\to H^1(U,\mu_n)\to\operatorname{Pic}(U)[n]\to0,\qquad
0\to\operatorname{Pic}(U)/n\to H^2(U,\mu_n)\to\operatorname{Br}'(U)[n]\to0
$$
が得られる。補題「穴あきスペクトルの正則性」により $\Gamma(U,\mathcal O_U)^\times=A^\times$ である。
$A^\times$ が $n$ 可除であることを示す。$a\in A^\times$ の剰余類 $\bar a\in k^\times$ について、$n$ は $k$ で可逆なので多項式 $T^n-\bar a$ は分離的であり、$k$ は分離閉なので $k$ に根 $\bar b$ をもつ。$\bar b$ は $T^n-\bar a$ の単根なので、Hensel 性により $T^n-a$ の根 $b\in A$ で $\bar b$ に持ち上がるものがあり、$b$ は単元である。よって $a=b^n$ で、$A^\times/n=0$ となり、最初の同型を得る。
同様に、$T^n-1$ の単根として $k$ の $1$ の原始 $n$ 乗根が $A$ に持ち上がるので、$A$ は $1$ の原始 $n$ 乗根を含み、$\mu_n$ は $U$ 上の定数層 $\mathbb Z/n$ と同型である。$U$ は整なので連結であり、$H^1(U,\mathbb Z/n)=\operatorname{Hom}_{\mathrm{cont}}(\pi_1(U),\mathbb Z/n)$ である(エタール基本群)。
仮定のうち「剰余体が分離閉」と「Hensel 的」はどちらも外せない(反例の節)。
$k$ を標数 $2$ でない代数閉体、$B=k[\![s,t]\!]$ とし、$\sigma(s,t)=(-s,-t)$ で位数 $2$ の群 $\{1,\sigma\}$ を作用させる。不変環は
$$
A=B^{\sigma}=k[\![s^2,st,t^2]\!]\cong k[\![x,y,z]\!]/(xz-y^2)
$$
であり、これは次元 $2$ の正規な完備局所環である(有限群の不変環は正規環の正規性を受け継ぐ)。$\sigma$ の固定点のなす閉部分スキームは $B$ のイデアル $(2s,2t)=(s,t)$ で定まるので、$\sigma$ は $B$ の穴あきスペクトル $U_B$ に自由に作用し、商写像 $U_B\to U$ は $\mathbb Z/2$ を構造群とするエタール捩子になる(自由な有限群作用の商がエタール捩子を与えることは標準的な事実として用いる)。$U_B$ は整スキームの開集合なので連結であり、連結な $\mathbb Z/2$ 捩子は自明でない。よって $H^1(U,\mathbb Z/2)\neq0$ であり、命題「Kummer列による記述」により $\operatorname{Pic}(U)[2]\neq0$、したがって $\operatorname{Cl}(A)\neq0$ である。
実際には $\operatorname{Cl}(A)\cong\mathbb Z/2$ であることが知られている(下の「$A_n$ 型の特異点」の $n=1$ の場合)。
この節では次を仮定する。$A$ は次元 $2$ の正規な完備局所環で、剰余体 $k$ は代数閉、$k$ は $A$ の部分体に持ち上がっているとする(Cohen の構造定理により、剰余体と同じ標数の完備局所環ではこれは自動的に成り立つ)。さらに、正則なスキーム $\tilde X$ と固有双有理射 $\pi:\tilde X\to X$ で、$U$ の上で同型なもの(解消)が存在するとし、$\pi^{-1}(x)_{\mathrm{red}}$ の既約成分を $C_1,\dots,C_r$ とする。交叉行列を
$$
M:=(C_i\cdot C_j)_{1\leq i,j\leq r}
$$
とおく。$M$ は整数を成分とする対称行列である。以下の三つの事実を、証明せずに引用として用いる(本記事では証明しない)。
(E2) を認めると、完全列
$$
0\to\operatorname{Pic}(U)^0\to\operatorname{Pic}(U)\to NS(U)\to0
$$
がある。
群スキームの完全列 $1\to\operatorname{Pic}^0_U\to\operatorname{Pic}_U\to NS_U\to1$ の $k$ 点をとる。左側の完全性は $k$ 点をとる関手が左完全であることによる。右側の全射性:$NS_U$ は $\operatorname{Pic}_U$ の連結成分の集合を表すエタール群スキームで、$k$ は代数閉なので $NS_U(k)$ は連結成分の集合そのものである。有限型な $k$ スキームの各連結成分は空でなく、代数閉体 $k$ 上では $k$ 点をもつ(Hilbert の零点定理)。よって $\operatorname{Pic}_U(k)\to NS_U(k)$ は全射である。
(E1)(E3) を認めると、次が成り立つ。
この形式 $b$ が解消 $\tilde X$ の選び方によらないことは、本記事では扱わない(群 $NS(U)$ 自体は $U$ だけから定まるが、上の記述は解消を経由している)。
(E2) に加えて、次を認める。
命題「局所Picard群の連結成分による分解」の完全列に $n$ 倍写像についての蛇の補題を当てると、完全列
$$
0\to\operatorname{Pic}(U)^0[n]\to\operatorname{Pic}(U)[n]\to NS(U)[n]\to\operatorname{Pic}(U)^0/n\to\operatorname{Pic}(U)/n\to NS(U)/n\to0
$$
を得る。(E4) により $\operatorname{Pic}(U)^0/n=0$ なので、二つの主張が従う。
これと命題「Kummer列による記述」を合わせると、$\operatorname{Pic}(U)^0$ が $0$ の場合には、$U$ の $\mathbb Z/n$ 被覆は有限群 $NS(U)\cong\mathbb Z^r/M\mathbb Z^r$ の $n$ 捩れで分類される。
$\operatorname{Pic}(U)^0=0$ となる特異点、したがって局所 Picard 群が有限群 $\mathbb Z^r/M\mathbb Z^r$ になる特異点は、有理特異点として特徴づけられることが Lipman により示されているとされる(Lip69。引用。本記事では証明しない)。
$n\geq1$ とし、$A$ を剰余体が代数閉な $A_n$ 型の特異点(たとえば標数が $n+1$ を割らない代数閉体 $k$ 上の $k[\![x,y,z]\!]/(xz-y^{n+1})$)とする。次の幾何的な事実を引用として認める(本記事では証明しない):最小解消の例外曲線は $n$ 本の非特異有理曲線 $C_1,\dots,C_n$ の鎖で、$C_i^2=-2$、隣り合う曲線は一点で横断的に交わり、それ以外は交わらない。また $A_n$ 型の特異点は有理特異点で、$\operatorname{Pic}(U)^0=0$ である。
このとき $M=-C$ であり、$C$ は対角成分 $2$、すぐ上下の成分 $-1$、ほかは $0$ の $n$ 次正方行列である。
$|\det M|=n+1$。$d_m$ を $m$ 次の同じ形の行列の行列式とすると、第 1 行で展開して $d_m=2d_{m-1}-d_{m-2}$、$d_1=2$、$d_2=3$ なので、帰納法により $d_m=m+1$ である。
余核は巡回群。$C$ から第 1 行と第 $n$ 列を除いた $n-1$ 次小行列は、対角成分がすべて $-1$ の上三角行列(対角より下は $0$)なので、行列式は $\pm1$ である。よって $n-1$ 次小行列式の最大公約数は $1$ であり、Smith 標準形は $\operatorname{diag}(1,\dots,1,n+1)$ になる。したがって
$$
NS(U)\cong\mathbb Z^n/M\mathbb Z^n\cong\mathbb Z/(n+1)
$$
であり、$\operatorname{Pic}(U)^0=0$ と合わせて $\operatorname{Pic}(U)\cong\operatorname{Cl}(A)\cong\mathbb Z/(n+1)$ となる。$n=1$ は例「A1型特異点の2次被覆」の特異点で、そこで直接見た位数 $2$ の元がこの群を生成する。
行列の計算の部分(行列式と余核)は純粋に代数的で、上で完全に示した。例外曲線の配置と $\operatorname{Pic}(U)^0=0$ は幾何の側の入力である。
$A=\mathbb R[\![x,y]\!]$、$n=2$ とする。$A$ は次元 $2$ の正則な完備局所環(したがって Hensel 的)で、$2$ は可逆である。例「正則な場合」により $\operatorname{Pic}(U)=0$ である。一方、Kummer 完全列から単射 $A^\times/(A^\times)^2\hookrightarrow H^1(U,\mu_2)$ があり(命題「Kummer列による記述」の証明の最初の完全列)、$-1\in A^\times$ は平方でない(剰余体 $\mathbb R$ で $-1$ が平方でないため)。よって $H^1(U,\mu_2)\neq0=\operatorname{Pic}(U)[2]$ である。
満たさない条件は「剰余体が分離閉」であり、破られる含意は $H^1(U,\mu_n)\cong\operatorname{Pic}(U)[n]$ である。
$A=\mathbb C[x,y]_{(x,y)}$、$n=2$ とする。$A$ は次元 $2$ の正則局所環で剰余体 $\mathbb C$ は代数閉だが、Hensel 的でない。$\operatorname{Pic}(U)=0$ である。$1+x\in A^\times$ が $A$ で平方でないことを示す。$1+x=(f/g)^2$($f,g\in\mathbb C[x,y]$、$g\neq0$)とすると $(1+x)g^2=f^2$ であり、一意分解整域 $\mathbb C[x,y]$ で既約元 $1+x$ の指数を両辺で比べると、左辺は奇数、右辺は偶数になって矛盾する。よって $A^\times/(A^\times)^2\neq0$ であり、前の反例と同じ理由で $H^1(U,\mu_2)\neq0=\operatorname{Pic}(U)[2]$ である。
満たさない条件は「$A$ が Hensel 的」である。$1+x$ は完備化 $\mathbb C[\![x,y]\!]$ では平方(二項級数)になるので、完備化すればこの類は消える。
命題「交叉行列による有限性と自己双対性」が有限性を与えるのは $NS(U)$ だけであり、$\operatorname{Pic}(U)$ 自体は有限とは限らない。たとえば、代数閉体上の楕円曲線 $E$ を平面 3 次曲線として埋め込んだときの錐の頂点の局所環では、$\operatorname{Pic}(U)^0$ が $E$ の $k$ 点の群に相当する無限群になり、局所 Picard 群は無限群になることが知られている(引用。本記事では証明しない)。
満たさない条件は「$\operatorname{Pic}(U)^0=0$」(有理特異点であること)であり、破られる含意は「正規曲面特異点の局所 Picard 群は有限」である。
Grothendieck の「Brauer 群 III」(Gro68)の第 8 節の後半は、次元 $2$ の完備正規局所環で剰余体が代数閉なもの(解消が存在し、剰余体が $A$ に持ち上がると仮定する)について、穴あきスペクトル $U$ の Picard 群と Brauer 群を調べている。本記事の命題のうち、「局所Picard群の連結成分による分解」「交叉行列による有限性と自己双対性」「捩れと剰余」「Kummer列による記述」の $n=\ell^\nu$ の場合は、そこで述べられている主張を、引用 (E1)〜(E4) を明示して書き直したものである。
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