短完全列(short exact sequence)とは、アーベル圏における完全列 $0\to A\xrightarrow{f}B\xrightarrow{g}C\to0$、すなわち $f$ がモノ射、$g$ がエピ射で $\operatorname{im}f=\ker g$ となる列である。加群なら $f$ が単射、$g$ が全射で $f(A)=\ker g$ であり、$B$ を部分加群 $A$ と商 $C$ に分解する最小単位を表す。$f$ のレトラクションまたは $g$ のセクションがあるとき分裂するといい、これは $f,g$ と両立する同型 $B\cong A\oplus C$ の存在と同値である。ベクトル空間の短完全列は常に分裂するが、$\mathbb{Z}$ の $2$ 倍写像による短完全列は分裂しない。$\operatorname{Ext}$ 群の出発点になる。
前提知識: 圏, アーベル圏, 完全列, 核, 余核, 加法圏
$\mathcal{A}$ をアーベル圏、$0$ をその零対象とする。$\mathcal{A}$ の対象と射の列
$$
0\longrightarrow A\xrightarrow{\ f\ }B\xrightarrow{\ g\ }C\longrightarrow 0
$$
が短完全列(short exact sequence)であるとは、この列が完全列であること、すなわち $A$、$B$、$C$ のそれぞれの位置で完全であることをいう。完全列の記事の命題「完全列の連結によるモノ・エピの分解」と例「零対象を端に持つ完全列とモノ射・エピ射」により、これは次の 3 条件が成り立つことと同値である。
短完全列 $0\to A\xrightarrow{f}B\xrightarrow{g}C\to0$ が分裂する(split)とは、$r\circ f=\mathrm{id}_A$ を満たす射 $r\colon B\to A$($f$ のレトラクション、retraction。左逆ともいう)が存在することをいう。これは $g\circ s=\mathrm{id}_C$ を満たす射 $s\colon C\to B$($g$ のセクション、section。右逆ともいう)が存在することと同値であり、さらに $B$ が $A$ と $C$ の双積 $A\oplus C$ に、$f$ と $g$ と両立する仕方で同型であることとも同値である(prop-ses-splitting-lemma)。文献によっては、これらの同値な条件のうち双積への同型をもって分裂の定義とするものもある(StacksAbelian)。分裂する短完全列を分裂短完全列(split short exact sequence)ともいう。
短完全列は、対象 $B$ を「部分対象 $A$」と「商対象 $C$」に分解する最小単位である。加群の場合、$f$ が単射であることは $A$ が $B$ の中に部分加群として埋め込まれていることを、$g$ が全射であることは $C$ が $B$ の商加群であることを述べ、$\operatorname{im}f=\ker g$ は「$A$ として埋め込まれた部分こそが $g$ で潰される部分のすべて」であること、すなわち $C\cong B/f(A)$ を述べる。一般のアーベル圏では元の集合を前提にできないので、同じ内容を核・余核の普遍性で表す。
両端 $A$、$C$ を決めても、真ん中の $B$ や二つの射は一つに決まらない。$A$ と $C$ から $B$ を組み立てる仕方(拡大の仕方)の自由度を測るのが $\operatorname{Ext}$ 群の主題であり、分裂はその最も単純な場合、すなわち $B$ が単なる直和 $A\oplus C$ で、しかも与えられた $f$、$g$ が標準の入射・射影に一致する場合を特徴づける。分裂とは「真ん中の対象がたまたま $A\oplus C$ に同型である」ことではなく、与えられた二つの射と両立する直和分解が存在することである。
$R$-加群 $B$ とその部分加群 $A\subset B$ に対し、包含写像 $\iota\colon A\to B$ と商写像 $\pi\colon B\to B/A$ からなる列
$$
0\longrightarrow A\xrightarrow{\ \iota\ }B\xrightarrow{\ \pi\ }B/A\longrightarrow0
$$
は短完全列である。実際、$\iota$ は単射、$\pi$ は全射であり、$\pi(b)=0$ となるのは $b\in A=\iota(A)$ のときに限るので $\ker\pi=\operatorname{im}\iota$ である。たとえば $n\ge1$ に対し、$\mathbf{Ab}$ における $0\to n\mathbb{Z}\to\mathbb{Z}\to\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}\to0$ は短完全列である。逆に任意の短完全列 $0\to A\xrightarrow{f}B\xrightarrow{g}C\to0$($R$-加群)はこの形と同型である:$f$ は $A\cong f(A)$ を与え、$g$ は準同型定理により同型 $B/f(A)\cong C$ を誘導する。
$A$、$C$ を $R$-加群とし、$i_A\colon A\to A\oplus C$, $a\mapsto(a,0)$ と $p_C\colon A\oplus C\to C$, $(a,c)\mapsto c$ をとると、$0\to A\xrightarrow{i_A}A\oplus C\xrightarrow{p_C}C\to0$ は短完全列であり、射影 $p_A\colon(a,c)\mapsto a$ が $p_A\circ i_A=\mathrm{id}_A$ を満たすので分裂する。具体例として $0\to\mathbb{Z}\xrightarrow{i}\mathbb{Z}\oplus\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}\xrightarrow{p}\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}\to0$ がある。
$\mathbf{Ab}$ における列
$$
0\longrightarrow\mathbb{Z}\xrightarrow{\ \times2\ }\mathbb{Z}\xrightarrow{\ \pi\ }\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}\longrightarrow0
$$
($\times2$ は $n\mapsto2n$、$\pi$ は商写像)は短完全列であるが、分裂しない。
短完全列であること:$\times2$ は単射、$\pi$ は全射であり、$\pi(n)=0$ となるのは $n$ が偶数、すなわち $n\in2\mathbb{Z}=\operatorname{im}(\times2)$ のときに限る。
分裂しないこと:$r\circ(\times2)=\mathrm{id}_{\mathbb{Z}}$ となる群準同型 $r\colon\mathbb{Z}\to\mathbb{Z}$ が存在したとすると、$1=r(2)=r(1+1)=2r(1)$ となるが、$2r(1)=1$ を満たす整数 $r(1)$ は存在しない。よってレトラクションは存在せず、分裂しない。
この例が示すこと:満たす性質は「短完全列である」こと、満たさない性質は「分裂する」ことであり、破る含意は「短完全列ならば分裂する」である。また ex-ses-direct-sum の列と両端 $\mathbb{Z}$、$\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}$ が同じであるのに、真ん中の対象は $\mathbb{Z}\oplus\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}$ と $\mathbb{Z}$ で同型でない(前者には零でない位数 $2$ の元 $(0,\bar1)$ があり、後者では $2z=0$ なら $z=0$ である)。これは「短完全列の真ん中の対象は両端だけでは決まらない」ことの例でもある。
ex-ses-nonsplit の $\pi\colon\mathbb{Z}\to\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}$ に対し、$\bar0\mapsto0$、$\bar1\mapsto1$ と定めた写像 $s$ は集合の写像としては $\pi\circ s=\mathrm{id}$ を満たす。しかし $s(\bar1+\bar1)=s(\bar0)=0$ に対し $s(\bar1)+s(\bar1)=2$ なので、$s$ は加法を保たず $\mathbf{Ab}$ の射ではない。分裂の定義におけるセクション・レトラクションは、集合の写像ではなく圏の射として存在しなければならない。加群なら加法とスカラー倍を保つ必要がある。
短完全列 $0\to A\xrightarrow{f}B\xrightarrow{g}C\to0$ において、$f$ は $g$ の核であり($g\circ f=0$ であって、$g\circ h=0$ を満たす任意の射 $h\colon D\to B$ は $f$ を通して一意に分解する)、$g$ は $f$ の余核である。これは完全列の記事の命題「完全列の連結によるモノ・エピの分解」の内容である:$f$ はモノ射なので $B$ の部分対象 $\operatorname{im}f$ を表す射であり、$\operatorname{im}f=\ker g$ だから $f$ は $g$ の核を表す射である。双対に、$g$ はエピ射なので $\operatorname{coim}g=\operatorname{coker}(\ker g)=\operatorname{coker}f$ を表す射であり、アーベル圏では余像 $\operatorname{coim}g$ から像への標準射 $\operatorname{coim}g\to\operatorname{im}g$ が同型で $\operatorname{im}g=C$ だから、$g$ は $f$ の余核を表す。以下の証明ではこの核・余核の普遍性だけを用い、対象の元を使わない。
アーベル圏の短完全列 $0\to A\xrightarrow{f}B\xrightarrow{g}C\to0$ について、次の 3 条件は同値である。
双積の普遍性により、射 $B\to A\oplus C$ はその二つの成分($p_A$、$p_C$ との合成)で一意に決まり、射 $A\oplus C\to B$ は $i_A$、$i_C$ との合成で一意に決まる。成分 $u\colon B\to A$、$v\colon B\to C$ を持つ射を $\langle u,v\rangle\colon B\to A\oplus C$、$i_A$、$i_C$ との合成が $a\colon A\to B$、$c\colon C\to B$ である射を $[a,c]\colon A\oplus C\to B$ と書く。
(1 ⇒ 2) $r$ を 1 の射とし、$e:=\mathrm{id}_B-f\circ r\colon B\to B$ とおく。$e\circ f=f-f\circ r\circ f=f-f=0$ である。rem-ses-kernel-cokernel-pair により $g$ は $f$ の余核なので、$s\circ g=e$ を満たす射 $s\colon C\to B$ が一意に存在する。このとき
$$
g\circ s\circ g=g\circ e=g-g\circ f\circ r=g,\qquad r\circ s\circ g=r\circ e=r-r\circ f\circ r=r-r=0
$$
であり、$g$ はエピ射だから、右から $g$ を消去して $g\circ s=\mathrm{id}_C$、$r\circ s=0$ を得る。よって $s$ はセクションであり、構成から $f\circ r+s\circ g=f\circ r+e=\mathrm{id}_B$ である。
(2 ⇒ 1) $s$ を 2 の射とし、$d:=\mathrm{id}_B-s\circ g$ とおく。$g\circ d=g-g\circ s\circ g=g-g=0$ である。rem-ses-kernel-cokernel-pair により $f$ は $g$ の核なので、$f\circ r=d$ を満たす射 $r\colon B\to A$ が一意に存在する。$f\circ r\circ f=d\circ f=f-s\circ g\circ f=f$($g\circ f=0$ による)であり、$f$ はモノ射だから $r\circ f=\mathrm{id}_A$ を得る。さらに $f\circ r\circ s=d\circ s=s-s\circ g\circ s=0$ と $f$ のモノ性から $r\circ s=0$ であり、$f\circ r+s\circ g=d+s\circ g=\mathrm{id}_B$ である。
(1 ⇒ 3) 1 の $r$ に対し、上で構成した $s$ をとる。$\varphi:=\langle r,g\rangle\colon B\to A\oplus C$、$\psi:=[f,s]\colon A\oplus C\to B$ とおく。$\psi\circ\varphi=\psi\circ(i_Ap_A+i_Cp_C)\circ\varphi=[f,s]\,i_A\,p_A\langle r,g\rangle+[f,s]\,i_C\,p_C\langle r,g\rangle=f\circ r+s\circ g=\mathrm{id}_B$ である。また $\varphi\circ\psi\colon A\oplus C\to A\oplus C$ の 4 つの成分は
$$
p_A\varphi\psi i_A=r\circ f=\mathrm{id}_A,\quad p_A\varphi\psi i_C=r\circ s=0,\quad p_C\varphi\psi i_A=g\circ f=0,\quad p_C\varphi\psi i_C=g\circ s=\mathrm{id}_C
$$
であり、これらは $\mathrm{id}_{A\oplus C}$ の成分と一致するので $\varphi\circ\psi=\mathrm{id}_{A\oplus C}$ である。よって $\varphi$ は同型で、$\varphi\circ f=\langle r\circ f,g\circ f\rangle=\langle\mathrm{id}_A,0\rangle=i_A$、$p_C\circ\varphi=g$ を満たす。
(3 ⇒ 1) $\varphi$ を 3 の同型とし、$r:=p_A\circ\varphi$ とおくと $r\circ f=p_A\circ\varphi\circ f=p_A\circ i_A=\mathrm{id}_A$ である。
最後の主張:1 の $r$ に対して $f\circ r+s\circ g=\mathrm{id}_B$ を満たす $s$ は、$s\circ g=\mathrm{id}_B-f\circ r$ を満たす射として、$g$ が余核であることから一意である。逆に 2 の $s$ に対して同じ等式を満たす $r$ は、$f\circ r=\mathrm{id}_B-s\circ g$ を満たす射として、$f$ が核であることから一意である。$r\circ s=0$ は上で示した。$\square$
prop-ses-splitting-lemma の対応は「$r$ を固定したとき $s$ が一意」という意味であり、分裂そのものが一意という意味ではない。$s$ がセクションなら、任意の射 $h\colon C\to A$ に対して $s':=s+f\circ h$ もセクションである($g\circ s'=g\circ s+g\circ f\circ h=\mathrm{id}_C$)。逆に $s'$ が別のセクションなら $g\circ(s'-s)=0$ なので $s'-s$ は核 $f$ を通り、$s'=s+f\circ h$ の形である。したがってセクション全体は $\operatorname{Hom}(C,A)$ の作用する空でない集合($\operatorname{Hom}(C,A)$-トルソル)をなす。
$C$ の基底 $\{c_i\}_{i\in I}$ をとる(無限次元の場合、基底の存在はZornの補題による。Lan02 Chapter III §5)。$g$ は全射なので、各 $i\in I$ について $g(b_i)=c_i$ となる $b_i\in B$ を選ぶ($I$ が無限集合のときは選択公理を使う)。基底上の値を指定すれば線形写像が一意に定まるので、$s(c_i)=b_i$($i\in I$)を満たす線形写像 $s\colon C\to B$ が存在する。$g\circ s$ と $\mathrm{id}_C$ は基底の各元で一致する線形写像なので等しく、$s$ はセクションである。よって prop-ses-splitting-lemma により分裂する。$\square$
分裂補題によりこのとき $B\cong A\oplus C$ であり、次元の等式 $\dim B=\dim A+\dim C$ が従う。より一般に、体上の加群に限らず、$C$ が射影加群(入射対象・射影対象)であれば $g$ のセクションが存在して短完全列は分裂し、$A$ が入射加群であれば $f$ のレトラクションが存在して分裂する。証明は 入射対象・射影対象 の記事にある(Wei94 §2.2・§2.3)。ex-ses-nonsplit は、$\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}$ が $\mathbb{Z}$-加群として射影的でないことの現れである。
$F\colon\mathcal{A}\to\mathcal{B}$ をアーベル圏の間の加法的関手とする。$F$ が完全(exact)であるとは、任意の短完全列 $0\to A\to B\to C\to0$ に対し $0\to F(A)\to F(B)\to F(C)\to0$ が短完全列になることをいう。$0\to F(A)\to F(B)\to F(C)$ が完全になるだけのとき $F$ は左完全(left exact)、$F(A)\to F(B)\to F(C)\to0$ が完全になるだけのとき右完全(right exact)という。加群 $M$ を固定した $\operatorname{Hom}_R(M,-)$ は左完全、$M\otimes_R-$(テンソル積)は右完全であるが、一般には完全でない(Wei94 §2.6)。たとえば ex-ses-nonsplit の列に $-\otimes_{\mathbb{Z}}\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}$ を施すと $\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}\xrightarrow{\times2=0}\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}\to\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}\to0$ となり左端で完全性が失われる。短完全列は、関手がどの程度完全性を保つかを測る「試験列」であり、そのずれを系統的に補うのが導来関手である。詳細は完全関手・導来関手を参照。
短完全列 $0\to A\to B\to C\to0$ を、$C$ の $A$ による拡大(extension)という($A$ の $C$ による拡大と呼ぶ流儀もあるので、文献ごとに向きを確認する必要がある)。二つの拡大 $0\to A\to B\to C\to0$ と $0\to A\to B'\to C\to0$ が同値であるとは、両端で恒等射になる射 $B\to B'$ で二つの列を可換にするものが存在することをいう(五項補題によりこの射は自動的に同型である)。固定した環 $R$ 上の加群について、この同値類の全体は $\operatorname{Ext}^1_R(C,A)$ と呼ばれるアーベル群をなし、その零元は分裂する拡大の類である(StacksExtensions、Wei94 §3.4)。「$\operatorname{Ext}^1_R(C,A)=0$」は「拡大が存在しない」という意味ではなく「すべての拡大が分裂する」という意味である。射影的表示 $0\to K\to P\to C\to0$($P$ は射影加群)をとると、この群は
$$
\operatorname{Hom}_R(K,A)\big/\operatorname{im}\bigl(\operatorname{Hom}_R(P,A)\to\operatorname{Hom}_R(K,A)\bigr)
$$
と計算でき、群構造はBaer和により与えられる。この群が $\operatorname{Hom}_R(-,A)$ あるいは $\operatorname{Hom}_R(C,-)$ の 1 次導来関手と一致することは Wei94 §2.7・§3.4 に譲る。これらの構成と計算は加群の拡大・Ext関手で扱う。
def-ses と prop-ses-splitting-lemma は一般のアーベル圏で述べ、証明では対象の元を使わず核・余核・双積の普遍性だけを用いた。加群の圏では、同じ証明を元をとって書き直すこともできる。逆に一般のアーベル圏についての主張を加群の圏に帰着させる道具としてFreyd–Mitchellの埋め込み定理(小さいアーベル圏はある環上の加群の圏に完全充満関手によって埋め込める。Wei94 §1.6)があるが、本記事の証明はこれを必要としない。
複体とホモロジーで扱う複体の短完全列 $0\to A_\bullet\to B_\bullet\to C_\bullet\to0$ からは、ホモロジーの長完全列 $\cdots\to H_n(A)\to H_n(B)\to H_n(C)\to H_{n-1}(A)\to\cdots$ が得られる。その連結射の構成が蛇の補題であり、短完全列はホモロジー代数の基本的な入力である。
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