短完全列

概要

短完全列(short exact sequence)とは、完全列 $0\to A\xrightarrow{f}B\xrightarrow{g}C\to 0$ のことをいう。すなわち $f$ がモノ射、$g$ がエピ射であり、$A$ の像がちょうど $g$ の核に一致するものであって、対象 $B$ を「部分対象 $A$」とその「商対象 $C$」に分解する最も基本的な単位である。分裂の有無や拡大の理論、五項補題・蛇の補題などの図式定理の出発点になる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: , , 余核, アーベル圏, 完全列, 加法圏

定義

短完全列

アーベル圏における完全列
$$ 0\longrightarrow A\xrightarrow{f}B\xrightarrow{g}C\longrightarrow 0 $$
(両端が零対象であるもの)を短完全列(short exact sequence)という。完全列の性質(完全列の連結によるモノ・エピの分解)により、これは次の三条件と同値である。
(1) $f$ はモノ射である。
(2) $g$ はエピ射である。
(3) $\operatorname{im}f=\ker g$$B$ の部分対象として)。

分裂する短完全列

短完全列 $0\to A\xrightarrow{f}B\xrightarrow{g}C\to 0$分裂する(split)とは、$r\circ f=\operatorname{id}_A$ を満たす射 $r\colon B\to A$$f$レトラクション)が存在することをいう。

直感

短完全列は、対象 $B$ を「部分対象 $A$」と「商対象 $C=B/A$」に分解する最小単位である。$f$ が単射であることは $A$$B$ の中に(同型を除いて一意に)埋め込まれていることを、$g$ が全射であることは $C$$B$ をその部分対象で割った商そのものであることを述べ、$\operatorname{im}f=\ker g$ は「$A$ として埋め込まれた部分こそが、$g$ によって潰される部分のすべて」であることを述べる。
$B$$A$$C$ の情報を集めた対象だが、$A$$C$ だけからは $B$ が何であるかは一般に決まらない。この「$A$$C$ から $B$ を作る仕方(拡大の仕方)」の自由度を測ることが、後にホモロジー代数で学ぶ $\operatorname{Ext}$ 群の主題になる。分裂という概念は、この自由度のうち最も単純な場合、すなわち $B$ が単なる直和 $A\oplus C$ である場合を特徴づける。

アーベル群の圏における典型例

任意の加群 $B$ とその部分加群 $A\subset B$ に対し、包含写像と商写像からなる列
$$ 0\longrightarrow A\longrightarrow B\longrightarrow B/A\longrightarrow 0 $$
は常に短完全列である。特に $\mathbf{Ab}$ において、$n\mathbb Z\hookrightarrow\mathbb Z\twoheadrightarrow\mathbb Z/n\mathbb Z$ は短完全列の具体例を与える。

分裂する例・分裂しない例

$0\to\mathbb Z\xrightarrow{(1,0)}\mathbb Z\oplus\mathbb Z/2\mathbb Z\xrightarrow{\mathrm{pr}_2}\mathbb Z/2\mathbb Z\to 0$ は、射影 $\mathrm{pr}_1\colon\mathbb Z\oplus\mathbb Z/2\mathbb Z\to\mathbb Z$ がレトラクションを与えるので分裂する。一方、$0\to\mathbb Z\xrightarrow{\times 2}\mathbb Z\to\mathbb Z/2\mathbb Z\to 0$ は短完全列だが分裂しない。実際もし $r\colon\mathbb Z\to\mathbb Z$$r(2n)=n$ を満たす($r\circ(\times 2)=\operatorname{id}$)準同型として存在すれば、$r(2)=1$ かつ $r(2)=2r(1)$ より $2r(1)=1$ となるが、これを満たす整数 $r(1)$ は存在しない。

性質

分裂短完全列は直和に同型である

短完全列 $0\to A\xrightarrow{f}B\xrightarrow{g}C\to 0$ が分裂する、すなわち $r\circ f=\operatorname{id}_A$ を満たす $r\colon B\to A$ が存在するならば、射
$$ \varphi:=(r,g)\colon B\longrightarrow A\oplus C $$
加法圏の双積の普遍性による、成分 $r,g$ を持つ射)は同型であり、$\varphi\circ f$ は標準的な入射 $i_A\colon A\to A\oplus C$ に一致する。特に $B\cong A\oplus C$ である。

アーベル圏の性質(Freyd–Mitchellの埋め込み定理Wei94)により、この証明は要素を用いた議論として正当に行える。$\varphi(b):=(r(b),g(b))$ とおく。
単射性: $\varphi(b)=0$ とすると $r(b)=0$ かつ $g(b)=0$ である。$g(b)=0$ すなわち $b\in\ker g=\operatorname{im}f$ であるから、$b=f(a)$ を満たす $a\in A$ が存在する。このとき $0=r(b)=r(f(a))=a$$rf=\operatorname{id}_A$ より)となるので $a=0$、したがって $b=f(0)=0$。ゆえに $\varphi$ は単射である。
全射性: 任意の $(a,c)\in A\oplus C$ を与える。$g$ はエピ射(全射)だから $g(b')=c$ を満たす $b'\in B$ が存在する。$d:=r(b')-a\in A$ とおき、$b:=b'-f(d)$ とする。$g\circ f=0$ より
$$ g(b)=g(b')-g(f(d))=c-0=c, $$
また $rf=\operatorname{id}_A$ より
$$ r(b)=r(b')-r(f(d))=r(b')-d=r(b')-(r(b')-a)=a. $$
ゆえに $\varphi(b)=(a,c)$ であり、$\varphi$ は全射である。
以上より $\varphi$ はモノ射かつエピ射である。アーベル圏では、$\varphi$ がエピ射であることから $\operatorname{coker}\varphi$ の余定義域は零対象であり(アーベル圏の性質1(2))、正規性(アーベル圏の定義の条件2)より $\varphi\cong\ker(\operatorname{coker}\varphi)$ であるが、この右辺は余定義域が零対象であるような射の核であるから恒等射に同型である。したがって $\varphi$自身が同型射である。
最後に $\varphi\circ f=(rf,gf)=(\operatorname{id}_A,0)=i_A$ は、双積の入射 $i_A\colon A\to A\oplus C$ の定義そのものである。$\blacksquare$

分裂性は、レトラクション $r\colon B\to A$ の存在としても、双対的にセクション $s\colon C\to B$$gs=\operatorname{id}_C$ を満たす射)の存在としても特徴づけられ、両者は同値であることが知られている(一方から他方を、上記の証明と双対的な議論で構成できる)。いずれの場合も、結論は同じく $B\cong A\oplus C$ である。

関連項目

参考文献

[1]
Charles A. Weibel, An Introduction to Homological Algebra, Cambridge University Press, 1994

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