∞トポス(∞-topos)とは、小さい∞圏 $\mathcal C$ 上の空間値前層の∞圏 $\mathcal P(\mathcal C)$ の、有限極限を保つ到達可能な局所化として得られる∞圏であり、集合の圏に似た圏として Grothendieck トポスがあるのと同じ意味で、空間の∞圏に似た∞圏である。空間の∞圏、前層の∞圏、位相空間上の空間値の層の∞圏が代表例で、0 切り詰め対象のなす部分は Grothendieck トポスになる。∞トポスでは余極限が引き戻しで保たれ、余積は交わらず、亜群対象はすべて有効であり、表示可能な∞圏についてはこれらの条件が∞トポスであることの特徴づけになる(Giraud–Lurie の定理)。余極限の普遍性から始対象への射はすべて同値になるので、零対象でない対象をもつ安定∞圏は∞トポスでない。
トポス(Grothendieck トポス)は「集合の圏 $\mathbf{Set}$ に似た圏」であり、その典型は位相空間上の集合値の層の圏である。∞トポスは、同じことを∞圏の世界で行ったもので、「空間の∞圏 $\mathcal S$ に似た∞圏」である。典型例は、位相空間上の空間値の層の∞圏である。値を集合から空間(ホモトピー型)に替えると、貼り合わせの条件は等式ではなくホモトピーを含む整合性になり、層のコホモロジーやホモトピー群を同じ枠組みで扱える。
ただし、∞圏ならトポス的というわけではない。∞トポスは、前層の∞圏の「有限極限を保つ到達可能な局所化」として定義され、余極限が引き戻しと交換する、余積が交わらない、などの強い性質をもつ。この記事では、そのうち余極限の普遍性と余積の非交性が、前層の∞圏から左完全な局所化を通してどう受け継がれるかを証明し(thm-itopos-inherit)、その帰結として安定∞圏が∞トポスにならないことを示す(cor-itopos-strict-initial)。
∞圏は準圏を意味し、小ささは固定した宇宙について測る。小さい∞圏 $\mathcal C$ に対し、$\mathcal P(\mathcal C)=\operatorname{Fun}(\mathcal C^{\mathrm{op}},\mathcal S)$ を前層(∞圏)の∞圏とする。$\mathcal P(\mathcal C)$ は小さい極限と余極限をすべてもち、それらは各対象 $c$ ごとに $\mathcal S$ で計算される(Lur17 Corollary 5.1.2.3 とその双対)。
∞圏の間の関手 $L\colon\mathcal X\to\mathcal Y$ が局所化であるとは、$L$ が充満忠実関手(∞圏)である右随伴 $G\colon\mathcal Y\to\mathcal X$ をもつことをいう(Lur17 Definition 5.2.7.2)。$L$ が有限極限を保つとき左完全であるといい、ある正則基数 $\kappa$ について $\kappa$ フィルター余極限を保つとき到達可能であるという(同 Definition 5.4.2.5)。
$G$ が充満忠実であることは、余単位 $LG\to\mathrm{id}_{\mathcal Y}$ が同値であることと同じである。$\mathcal Y$ は $G$ によって $\mathcal X$ の充満部分∞圏とみなせ、$L$ は各対象をこの部分∞圏へ「最もよく近似する」操作である。
∞圏 $\mathcal X$ が ∞トポス(∞-topos)であるとは、小さい∞圏 $\mathcal C$ と、到達可能かつ左完全な局所化 $L\colon\mathcal P(\mathcal C)\to\mathcal X$ が存在することをいう(Lur17 Definition 6.1.0.4)。
通常の圏の場合、左完全な局所化は自動的に到達可能であり、前層の圏の左完全な局所化はちょうど Grothendieck トポスである(Lur17 Proposition 6.1.0.1・Remark 6.1.0.5)。この定義はその∞圏版である。
∞トポスは、外から局所化として与える代わりに、∞圏そのものの性質で特徴づけることもできる。そのための条件を述べる。以下 $\mathcal X$ は小さい余極限と有限極限をもつ∞圏とする。
1 は、スライス∞圏の間の引き戻し関手 $\mathcal X_{/S}\to\mathcal X_{/T}$ が余極限を保つという条件(Lur17 Definition 6.1.1.2)を、スライス∞圏の余極限が $\mathcal X$ で計算されること(同 Proposition 1.2.13.8)を使って言い換えたものである。集合の圏では、1 は「和集合と共通部分の分配法則」$\bigl(\bigcup_iD_i\bigr)\cap T=\bigcup_i(D_i\cap T)$ にあたる。
$\Delta$ を空でない有限全順序集合 $[n]=\{0,\dots,n\}$ の圏とする。$\mathcal X$ の単体的対象 $U_\bullet\colon N(\Delta)^{\mathrm{op}}\to\mathcal X$ が亜群対象であるとは、すべての $n\ge0$ と、$S\cup S'=[n]$、$S\cap S'=\{s\}$ となる分割について、
$$
U([n])\longrightarrow U(S)\times_{U(\{s\})}U(S')
$$
が同値であることをいう(Lur17 Proposition 6.1.2.6 (4″)・Definition 6.1.2.7)。亜群対象 $U_\bullet$ が有効であるとは、余極限 $U_{-1}:=\operatorname{colim}U_\bullet$ をとったとき、各 $n$ で $U_n\simeq U_0\times_{U_{-1}}\cdots\times_{U_{-1}}U_0$($n+1$ 個)となること、すなわち $U_\bullet$ が射 $U_0\to U_{-1}$ の Čech 脈体であることをいう(同 Definition 6.1.2.14)。
$n=1$ の条件は自明で、$n=2$、$S=\{0,1\}$、$S'=\{1,2\}$ の条件 $U_2\simeq U_1\times_{U_0}U_1$ が「射の合成」を与える。集合の圏で亜群対象は通常の亜群にあたり(Lur17 Example 6.1.2.1・Remark 6.1.2.3)、有効性は「同値関係はその商の核対に等しい」という Giraud の公理 (c)(トポス の定理「Giraudの定理」)の∞圏版である。
∞圏 $\mathcal X$ について、次は同値である。
Lur17 Theorem 6.1.0.6 の (1)⇔(3) である。この記事では証明しない。1 ⇒ 2 のうち (ii)・(iii) の核心は、次節の thm-itopos-inherit で証明する。2 ⇒ 1 は同書 §6.1.5 で示される難しい方向である。Rezk による別の特徴づけとして、表示可能∞圏 $\mathcal X$ が∞トポスであることは、余極限が普遍的で、十分大きいすべての正則基数 $\kappa$ について「相対 $\kappa$ コンパクトな射」を分類する対象(対象分類子)をもつことと同値である(同 Theorem 6.1.6.8)。これは部分対象分類子の∞圏版にあたる。
局所化 $L\colon\mathcal X\to\mathcal Y$ の右随伴を $G$ とする。次の 2 つの事実を使う。
$\mathcal X$ を小さい余極限と有限極限をもつ∞圏、$L\colon\mathcal X\to\mathcal Y$ を左完全な局所化とする。
$G$ を $L$ の充満忠実な右随伴とし、$LG\simeq\mathrm{id}_{\mathcal Y}$ を使う。
1。$\mathcal Y$ の射 $T\to S$ と、$S$ 上の小さい図式 $(D_i\to S)_i$ をとり、$Q:=\operatorname{colim}_{\mathcal Y}D_i$ とおく。$\mathcal X$ で $c:=\operatorname{colim}_{\mathcal X}GD_i$ をとると、射 $GD_i\to GS$ から射 $c\to GS$ が得られ、(a) により $Lc\simeq Q$ で、$Lc\to LGS\simeq S$ が $Q\to S$ である。$\mathcal X$ の普遍性を射 $GT\to GS$ に当てはめると、同値
$$
\operatorname*{colim}_{i}\,(GD_i\times_{GS}GT)\xrightarrow{\ \simeq\ }c\times_{GS}GT
$$
がある。これを $L$ で写す。左辺は、$L$ が余極限を保ち、$G$ が引き戻しを保つ((b))ので
$$
L\Bigl(\operatorname*{colim}_iG(D_i\times_ST)\Bigr)\simeq\operatorname*{colim}_iLG(D_i\times_ST)\simeq\operatorname*{colim}_i(D_i\times_ST)
$$
である。右辺は、$L$ が引き戻しを保つ(左完全性)ので
$$
L(c\times_{GS}GT)\simeq Lc\times_{LGS}LGT\simeq Q\times_ST
$$
である。これらの同値はどれも標準的な射から誘導されるので、合成は自然な射 $\operatorname{colim}_i(D_i\times_ST)\to Q\times_ST$ と一致し、それが同値である。
2。$\mathcal Y$ の対象 $A,B$ をとる。(a) により $A\sqcup B\simeq L(GA\sqcup GB)$ であり、標準的な射 $A\to A\sqcup B$ は $GA\to GA\sqcup GB$ を $L$ で写したものである。$\mathcal X$ で余積は交わらないので $GA\times_{GA\sqcup GB}GB\simeq\emptyset_{\mathcal X}$ である。この引き戻しの図式を $L$ で写すと、左完全性により $\mathcal Y$ の引き戻しの図式になり、
$$
A\times_{A\sqcup B}B\simeq LGA\times_{L(GA\sqcup GB)}LGB\simeq L(\emptyset_{\mathcal X})
$$
を得る。(a) により右辺は $\mathcal Y$ の始対象である。
∞トポスの場合。def-itopos により、$\mathcal X=\mathcal P(\mathcal C)$ について 1・2 の仮定を確かめればよい。$\mathcal P(\mathcal C)$ の極限と余極限は各対象 $c$ ごとに $\mathcal S$ で計算され、関手∞圏の射が同値であることは各点で判定できる(Lur17 Proposition 3.1.2.1 (2) と Proposition 2.4.1.5)。したがって 1・2 の仮定は $\mathcal S$ での同じ性質に帰着する。$\mathcal S$ で余極限が普遍的であることは Lur17 Lemma 6.1.3.14 (1)、余積が交わらないことは同書 Lemma 6.1.3.14 と Proposition 6.1.3.19 の (iii) による(前者は $\mathcal S$ が同書 Theorem 6.1.3.9 の条件 (1) を満たすことを示し、後者はその条件から余積の非交性を導く)。この部分はこの記事では証明しない。$\square$
この証明は、1 と 2 が「余極限・始対象($L$ が保つもの)」と「引き戻し(左完全な $L$ が保つもの)」だけで書ける性質であることを使っている。左完全性がなければ引き戻しの図式が保たれず、議論は成り立たない。同じ考え方は Lur17 Lemma 6.1.3.15 にある。
余極限の普遍性から、∞トポスの始対象は次の意味で「狭義」になる。
$\emptyset$ は空な図式($K=\emptyset$)の余極限であり、恒等射によって $\emptyset$ 上の対象とみなせる。普遍性を $f\colon X\to\emptyset$ に当てはめると、空な図式の余極限 $\emptyset$ から $\emptyset\times_\emptyset X\simeq X$ への自然な射が同値である。よって $X$ は始対象であり、始対象どうしの射 $f$ は同値である。
安定∞圏 $\mathcal Y$ では零対象 $0$ が始対象かつ終対象なので、任意の対象 $X$ から射 $X\to0$ がある。$\mathcal Y$ で余極限が普遍的なら、前半により $X\simeq0$ となる。零対象でない $X$ があれば矛盾するので、余極限は普遍的でなく、thm-itopos-inherit により $\mathcal Y$ は∞トポスでない。$\square$
スペクトルの∞圏 $\mathrm{Sp}$ は安定∞圏であり(安定∞圏 の節「スペクトルと導来圏」)、零対象でない対象をもつ(たとえば球面スペクトルの 0 次のホモトピー群は $\mathbb{Z}$ である。この記事では証明しない)ので、∞トポスでない。∞圏 の記事が述べるとおり、安定∞圏と∞トポスはどちらも∞圏に追加の条件を課したものだが、その条件は両立しない(零対象だけからなる∞圏を除く)。
任意の小さい∞圏 $\mathcal C$ について、$\mathcal P(\mathcal C)$ は∞トポスである($L=\mathrm{id}$ は到達可能かつ左完全な局所化)。$\mathcal C=\Delta^0$ とすれば $\mathcal P(\Delta^0)\simeq\mathcal S$ なので、空間の∞圏 $\mathcal S$ は∞トポスである。これは、集合の圏が 1 点の上の層の圏として Grothendieck トポスであること(トポス の例「集合の圏と前層のトポス」)の類似である。$\mathcal C$ が空な∞圏なら $\mathcal P(\emptyset)=\operatorname{Fun}(\emptyset,\mathcal S)$ は 1 点の∞圏 $\Delta^0$ であり、これも∞トポスである(自明な∞トポス)。
位相空間 $X$ の開集合を包含で並べた半順序集合を $\mathcal U(X)$ とし、その脈体を小さい∞圏とみなす。開集合 $U$ 上の篩 $\{U_\alpha\subset U\}$ は $\bigcup_\alpha U_\alpha=U$ のとき被覆篩であるとする。前層 $F\in\mathcal P(\mathcal U(X))$ が層であるとは、各被覆篩 $R$(表現可能前層 $h_U$ の部分対象とみなす)について、制限
$$
F(U)\simeq\operatorname{Map}(h_U,F)\longrightarrow\operatorname{Map}(R,F)
$$
が同値であることをいう。右辺は、$U_\alpha$ 上の切断の族を、共通部分の上のホモトピー、さらにその間の高次ホモトピーまで込めて貼り合わせるデータの空間である。層のなす充満部分∞圏 $\operatorname{Shv}(X)$ は∞トポスである(Lur17 Definition 6.2.2.6・Proposition 6.2.2.7、§6.5.4)。これが位相空間上の空間値の層の∞トポスであり、∞トポスの基本例である。
$\operatorname{Shv}(X)$ は、すべての超被覆についての貼り合わせ条件を課した「超完備化」$\operatorname{Shv}(X)^\wedge$ と一般には一致せず、連接な位相空間でも両者が異なる例がある(Lur17 §6.5.4、Counterexample 6.5.4.5 とそれに続く注意。この記事では証明しない)。
∞トポス $\mathcal X$ の対象 $X$ で、すべての $Y$ について写像空間 $\operatorname{Map}(Y,X)$ が離散であるもの(0 切り詰め対象、Lur17 Definition 5.5.6.1)のなす充満部分∞圏は、Grothendieck トポスの脈体と圏同値である(Lur17 Theorem 6.4.1.5($n=1$)と Remark 6.4.1.3。この記事では証明しない)。∞トポスは、Grothendieck トポスの「値を集合から空間に広げたもの」であり、逆に Grothendieck トポスは∞トポスの「離散な部分」として取り出せる。∞トポスの内部では、ホモトピー群・Postnikov塔・Eilenberg–MacLane 対象などのホモトピー論を展開できる(同 §6.5)。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 局所化 $L$ の左完全性(thm-itopos-inherit の 2) | $\mathcal S$ から、$\emptyset$ と 1 点 $\ast$ のなす充満部分∞圏 $\mathcal Y$ への局所化(ex-itopos-not-lex) | 余積の非交性の継承。$\mathcal Y$ で $\ast\times_{\ast\sqcup\ast}\ast\simeq\ast$ は始対象でない |
| 余極限の普遍性(cor-itopos-strict-initial の前半) | スペクトルの∞圏 $\mathrm{Sp}$ と射 $X\to0$($X\not\simeq0$) | 始対象へ射をもつ対象は始対象であること |
| 零対象でない対象の存在(cor-itopos-strict-initial の後半) | 1 点の∞圏 $\Delta^0$ | 安定∞圏が∞トポスでないこと。$\Delta^0$ は安定で、ex-itopos-presheaf により∞トポスでもある |
$\mathcal S$ の充満部分∞圏 $\mathcal Y$ を、空な空間 $\emptyset$ と 1 点 $\ast$ で張られるものとする。$\operatorname{Map}(\emptyset,\emptyset)$、$\operatorname{Map}(\emptyset,\ast)$、$\operatorname{Map}(\ast,\ast)$ は可縮、$\operatorname{Map}(\ast,\emptyset)$ は空なので、$\mathcal Y$ は 2 元の順序 $\emptyset<\ast$ の脈体と同値である。$L(X):=\emptyset$($X$ が空のとき)、$L(X):=\ast$(それ以外)とおくと、$\operatorname{Map}_{\mathcal Y}(LX,y)\simeq\operatorname{Map}_{\mathcal S}(X,y)$ がすべての $X\in\mathcal S$、$y\in\mathcal Y$ で成り立つ($y=\ast$ なら両辺可縮、$y=\emptyset$ なら両辺とも $X$ が空のときだけ可縮で、それ以外は空)。よって $L$ は包含を右随伴とする局所化である。
2 点の空間 $\ast\sqcup\ast$ の異なる 2 点 $\ast\to\ast\sqcup\ast$ の引き戻しは $\emptyset$ なので $L$ で $\emptyset$ に写るが、$L$ で写した図式の引き戻し $\ast\times_\ast\ast$ は $\ast$ である。よって $L$ は左完全でない。$\mathcal Y$ の余積は (a) により $\ast\sqcup_{\mathcal Y}\ast\simeq L(\ast\sqcup\ast)=\ast$ であり、$\emptyset$ と $\ast$ は $\mathcal S$ の引き戻しで閉じているので、$\mathcal Y$ の引き戻しは $\mathcal S$ で計算され、$\ast\times_{\ast}\ast\simeq\ast$ である。始対象は $L(\emptyset)=\emptyset$ なので、$\mathcal Y$ では余積が交わらないという性質が成り立たない。一方 $\mathcal S$ では余積は交わらない(thm-itopos-inherit の証明の最後の段)。
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