正規行列(normal matrix)とは、複素正方行列 $A$ で、共役転置 $A^*$ と可換、すなわち $AA^*=A^*A$ を満たすもののことで、Hermite 行列・歪 Hermite 行列・ユニタリ行列・対角行列を含む。複素正方行列が正規であることは、ユニタリ行列で対角化できること、固有ベクトルからなる正規直交基底をもつことと同値である(複素スペクトル定理)。正規性は $\lvert Ax\rvert=\lvert A^*x\rvert$、成分の絶対値の 2 乗和と固有値の絶対値の 2 乗和の一致、$A^*$ が $A$ の多項式であることでも言い換えられ、Hermite やユニタリなどの部分クラスは固有値の位置で判定できる。実の正規行列は直交行列で 1 次と 2 次のブロックの区分対角行列に移る。
対角化できる行列は多いが、固有ベクトルを互いに直交するように選べる行列は限られる。たとえば $\begin{pmatrix}1&1\\0&2\end{pmatrix}$ は相異なる固有値をもつので対角化できるが、固有ベクトル $(1,0)^{\top}$ と $(1,1)^{\top}$ は直交しない。固有ベクトルからなる正規直交基底がとれる行列、つまりユニタリ行列で対角化できる行列は、$AA^*=A^*A$ という 1 つの等式で特徴づけられる。この等式を満たす行列を 正規行列(normal matrix)という。
正規行列は、Hermite行列($A^*=A$)、歪 Hermite 行列($A^*=-A$)、ユニタリ行列($A^*A=I$)をまとめて含む。この記事では、正規行列がユニタリ行列で対角化できること(複素スペクトル定理)を証明し、正規性のいくつかの言い換え(ノルムの等式、成分の 2 乗和と固有値、$A^*$ が $A$ の多項式であること)を示す。さらに、固有値の位置で Hermite・ユニタリ・半正定値などの部分クラスが読み取れること、可換な正規行列が同時に対角化できること、実の正規行列の直交行列による標準形を示す。
$\mathbb{C}^n$ に標準内積 $\langle x,y\rangle=y^*x$ を入れ、$\lvert x\rvert=\langle x,x\rangle^{1/2}$ とする。$A^*$ は共役転置で、$\langle Ax,y\rangle=\langle x,A^*y\rangle$ を満たす。
$A\in M_n(\mathbb{C})$ が
$$
AA^*=A^*A
$$
を満たすとき、$A$ を 正規行列 という。実行列 $A\in M_n(\mathbb{R})$ では $A^*=A^{\top}$ なので、条件は $AA^{\top}=A^{\top}A$ である。
有限次元の複素内積空間 $V$ の線形変換 $T$ について、$TT^*=T^*T$($T^*$ は随伴)のとき $T$ を 正規変換(正規作用素)という。正規直交基底で表すと随伴は共役転置になるので、正規変換であることと、ある(したがってどの)正規直交基底での表現行列も正規行列であることは同値である。無限次元の Hilbert 空間の有界作用素についての同じ定義は 随伴作用素 の記事の節「自己随伴・正規・ユニタリ」にある。
次の行列は正規行列である。Hermite 行列($AA^*=A^2=A^*A$)、歪 Hermite 行列($AA^*=-A^2=A^*A$)、ユニタリ行列($AA^*=I=A^*A$)、対角行列(対角行列どうしは可換)。実行列では、実対称行列・交代行列・直交行列がこれにあたる。また $A$ が正規行列でユニタリ行列 $U$ について $B=U^*AU$ なら $BB^*=U^*AA^*U=U^*A^*AU=B^*B$ なので、正規性はユニタリ相似で保たれる。
Hermite行列 の記事の定理「Hermite 行列のなす実ベクトル空間と分解」により、任意の $A$ は Hermite 行列 $H=\frac{A+A^*}2$、$K=\frac{A-A^*}{2i}$ で $A=H+iK$ とただ 1 通りに書け、$A$ が正規であることは $HK=KH$ と同値である。複素数 $z=a+ib$ を実部と虚部に分けるように行列を分けたとき、その「実部」と「虚部」が可換であることが正規性である。可換な Hermite 行列は同時に対角化できる(thm-normal-commuting)ので、正規行列は「実数の固有値の組 $(a_j,b_j)$ を同時にもつ 2 つの観測量」を複素数 $a_j+ib_j$ にまとめたものと見ることができる。
正規でない典型は、冪零な Jordan 細胞 $N=\begin{pmatrix}0&1\\0&0\end{pmatrix}$ である。$N^*N=\operatorname{diag}(0,1)$、$NN^*=\operatorname{diag}(1,0)$ で、$N$ は $e_2$ を $e_1$ へ送るが、$N^*$ は逆に $e_1$ を $e_2$ へ送る。正規行列では $\lvert Ax\rvert=\lvert A^*x\rvert$ となり(lem-normal-norm)、このような「向きの偏り」が起こらない。
$A\in M_n(\mathbb{C})$ について、$A$ が正規であることと、すべての $x\in\mathbb{C}^n$ で $\lvert Ax\rvert=\lvert A^*x\rvert$ であることは同値である。$A$ が実行列のときは、$x$ を $\mathbb{R}^n$ に限ってもよい。
$M:=A^*A-AA^*$ は Hermite 行列で、$\lvert Ax\rvert^2-\lvert A^*x\rvert^2=\langle A^*Ax,x\rangle-\langle AA^*x,x\rangle=\langle Mx,x\rangle$ である。$A$ が正規なら $M=O$ で等式が成り立つ。逆に、すべての $x$ で $\langle Mx,x\rangle=0$ とする。$M^*=M$ から $\langle M(x+y),x+y\rangle=2\operatorname{Re}\langle Mx,y\rangle$ なので $\operatorname{Re}\langle Mx,y\rangle=0$、$y$ を $iy$ に替えて $\operatorname{Im}\langle Mx,y\rangle=0$ である。$y=Mx$ とおけば $Mx=0$ となり、$M=O$ である。実行列の場合、$M$ は実対称で、同じ式から実の $x,y$ について $\langle Mx,y\rangle=0$、よって $M=O$ である。$\square$
$A$ を正規行列とする。
1 は lem-normal-norm から直ちに従う。2:$A-\lambda I$ も正規($(A-\lambda I)^*=A^*-\overline\lambda I$ で、$A$ と $A^*$ の可換性から積の順を入れ替えられる)なので、1 を $A-\lambda I$ に使う。3:$Ax=\lambda x$、$Ay=\mu y$、$\lambda\neq\mu$ とすると、2 から $A^*y=\overline\mu y$ で、$\lambda\langle x,y\rangle=\langle Ax,y\rangle=\langle x,A^*y\rangle=\mu\langle x,y\rangle$、よって $\langle x,y\rangle=0$ である。$\square$
$A\in M_n(\mathbb{C})$ について、次は同値である。
1 ⇒ 2:三角化 の記事の定理「Schur の三角化定理」により、ユニタリ行列 $U$ で $T:=U^*AU$ が上三角行列になるものがある。正規性はユニタリ相似で保たれるので $T$ は正規であり、三角行列 の記事の命題「正規な三角行列は対角行列」により $T$ は対角行列 $D$ である。$A=UDU^*$ である。
2 ⇒ 1:$A^*=UD^*U^*$ で、対角行列 $D,D^*$ は可換なので $AA^*=UDD^*U^*=UD^*DU^*=A^*A$ である。
2 ⇔ 3:$A=UDU^*$ は $AU=UD$ と同値で、その第 $j$ 列は $Au_j=d_ju_j$($u_j$ は $U$ の第 $j$ 列、$d_j$ は $D$ の第 $j$ 対角成分)である。$U$ がユニタリであることは、列 $u_1,\dots,u_n$ が正規直交基底をなすことと同値である。$\square$
$A$ の相異なる固有値を $\lambda_1,\dots,\lambda_s$、固有空間 $\ker(A-\lambda_kI)$ への直交射影を $P_k$ とすると、2 は
$$
A=\sum_{k=1}^s\lambda_kP_k,\qquad P_kP_l=O\ (k\neq l),\qquad \sum_kP_k=I
$$
と書き直せる(スペクトル分解)。固有空間が互いに直交することは cor-normal-eigen の 3 で、それらの直和が $\mathbb{C}^n$ 全体であることは定理の 3 による。この定理は 線形代数学 の記事の定理「正規行列のユニタリ対角化」の証明であり、Hermite 行列の場合は Hermite行列 の定理「ユニタリ対角化できる行列」、ユニタリ行列の場合は ユニタリ行列 の定理「ユニタリ行列のユニタリ対角化」にあたる。無限次元の自己共役作用素への拡張は スペクトル定理 と 自己共役作用素 の主題である。
$A\in M_n(\mathbb{C})$ の固有値を重複を込めて $\lambda_1,\dots,\lambda_n$ とする。次は同値である。
1 ⇔ 2:左辺は $\operatorname{tr}(A^*A)$ で、ユニタリ相似 $T=U^*AU$ で変わらない($\operatorname{tr}(T^*T)=\operatorname{tr}(U^*A^*AU)=\operatorname{tr}(A^*A)$)。Schur の三角化定理で $T$ を上三角にとると、$T$ の対角成分は固有値なので
$$
\sum_{i,j}\lvert a_{ij}\rvert^2=\sum_{i,j}\lvert t_{ij}\rvert^2=\sum_k\lvert\lambda_k\rvert^2+\sum_{i< j}\lvert t_{ij}\rvert^2
$$
である。よって 2 は $T$ が対角行列であることと同値であり、thm-normal-spectral の証明から、これは 1 と同値である($T$ が対角なら $A=UTU^*$ は正規、$A$ が正規なら $T$ は正規な上三角で対角)。
1 ⇒ 3:$A=UDU^*$、$D=\operatorname{diag}(\lambda_1,\dots,\lambda_n)$ とする。相異なる固有値 $\mu_1,\dots,\mu_s$ について、Lagrange 補間で $p(\mu_k)=\overline{\mu_k}$ となる多項式 $p$ をとる。$p(D)=\overline D=D^*$ なので、$p(A)=Up(D)U^*=UD^*U^*=A^*$ である。3 ⇒ 1:$A$ は自身の多項式 $p(A)$ と可換である。
1 ⇒ 4 は cor-normal-eigen の 2 である。4 ⇒ 1 は、固有ベクトル $v$ の直交補空間が $A$ と $A^*$ の両方で保たれることを使い、次元についての帰納法で正規直交な固有基底を作る。
次の主張を $W$ の次元についての帰納法で示す:「$A(W)\subset W$、$A^*(W)\subset W$ を満たす部分空間 $W$ は、$A$ の固有ベクトルからなる正規直交基底をもつ」。$W=\mathbb{C}^n$ とすれば thm-normal-spectral の 3 が得られ、1 が従う。$W\neq0$ とし、$A|_W$ の固有ベクトル $v\in W$($\lvert v\rvert=1$、$Av=\lambda v$)をとる。仮定 4 により $A^*v=\mu v$ となる $\mu$ がある。$W':=W\cap v^\perp$ とおく。$x\in W'$ について $\langle Ax,v\rangle=\langle x,A^*v\rangle=\overline\mu\langle x,v\rangle=0$、$\langle A^*x,v\rangle=\langle x,Av\rangle=\overline\lambda\langle x,v\rangle=0$ なので、$W'$ も $A$ と $A^*$ で保たれる。$\dim W'=\dim W-1$ なので帰納法の仮定により $W'$ は $A$ の固有ベクトルからなる正規直交基底をもち、それに $v$ を加えれば $W$ の基底になる。$\square$
3 の多項式 $p$ は $A$ ごとに変わる。たとえば Hermite 行列なら $p(x)=x$、ユニタリ行列なら $A^*=A^{-1}$ を $A$ の多項式で書いたものである。証明の等式から、どの正方行列でも $\sum_k\lvert\lambda_k\rvert^2\le\sum_{i,j}\lvert a_{ij}\rvert^2$ であり、その差 $\sum_{i< j}\lvert t_{ij}\rvert^2$ が正規性からのずれの大きさを測ることも分かる。
正規行列の中の特別なクラスは、固有値の位置だけで判定できる。
$A$ を正規行列とする。
$A=UDU^*$、$D=\operatorname{diag}(\lambda_1,\dots,\lambda_n)$ とする。1 から 3 では、条件 $A^*=A$、$A^*A=I$、$A^*=-A$ は両辺に $U^*$ と $U$ を掛けると $D$ について同じ条件になり、対角行列ではそれぞれ $\overline{\lambda_k}=\lambda_k$、$\lvert\lambda_k\rvert^2=1$、$\overline{\lambda_k}=-\lambda_k$ と同値である。4 と 5:$y=U^*x$ とおくと $\lvert y\rvert=\lvert x\rvert$ で、$x^*Ax=\sum_k\lambda_k\lvert y_k\rvert^2$、$\lvert Ax\rvert^2=\sum_k\lvert\lambda_k\rvert^2\lvert y_k\rvert^2$ である。前者がすべての $y$ で $0$ 以上であることは $\lambda_k\ge0$($k$ ごとに $y=e_k$)と同値であり、後者の $\lvert y\rvert=1$ での最大値は $\max_k\lvert\lambda_k\rvert^2$ である。$\square$
正規性を外すと、1 から 5 は一般には成り立たない。たとえば $\begin{pmatrix}1&1\\0&2\end{pmatrix}$ は固有値が実数だが Hermite でなく、冪零な $N$ は固有値が $0$ だけだが $\|N\|=1$ である(ex-normal-counterexamples)。$A^*A=U\lvert D\rvert^2U^*$ から、正規行列の特異値(特異値分解)は固有値の絶対値 $\lvert\lambda_k\rvert$ であり、5 はその最大のものについての等式である。正規行列 $A=UDU^*$ では、$D=\Lambda\Theta$($\Lambda=\lvert D\rvert$、$\Theta$ は絶対値 $1$ の対角行列)と分けて $A=(U\Theta U^*)(U\Lambda U^*)$ とすれば、可換な因子による極分解が得られる(極分解 の定理「因子が可換であることと正規性」)。
$A,B\in M_n(\mathbb{C})$ を正規行列とし、$AB=BA$ とする。
1:thm-normal-equivalent の 3 により $B^*=q(B)$ となる多項式 $q$ があり、$A$ は $B$ と可換なので $q(B)=B^*$ とも可換である。役割を入れ替えれば後半も同じである。
2:$A$ の相異なる固有値を $\lambda_1,\dots,\lambda_s$、$E_k:=\ker(A-\lambda_kI)$ とする。$x\in E_k$ なら $A(Bx)=BAx=\lambda_kBx$、1 から $A(B^*x)=\lambda_kB^*x$ なので、$E_k$ は $B$ と $B^*$ で保たれる。$E_k$ の正規直交基底で $B|_{E_k}$ を表した行列は、$B^*|_{E_k}$ を表した行列の共役転置であり、$B$ と $B^*$ が可換なので正規である。thm-normal-spectral により $E_k$ は $B$ の固有ベクトルからなる正規直交基底をもつ。$E_1,\dots,E_s$ は互いに直交し(cor-normal-eigen の 3)、直和は $\mathbb{C}^n$ である。それらの基底を合わせて列に並べた $U$ について、$U^*AU$ と $U^*BU$ は対角行列である。
3:2 の $U$ で $A+B$ と $AB$ も対角行列に移るので、thm-normal-spectral の 2 ⇒ 1 による。$\square$
$AB\neq BA$ なら 3 は成り立たない(ex-normal-counterexamples の 4 行目)。1 により、正規行列 $A$ と可換な正規行列は $A^*$ とも可換である。とくに可換な Hermite 行列の組は 1 つのユニタリ行列で同時に対角化でき、「直感」の節で述べた「$A=H+iK$ の $H$ と $K$ の同時対角化」が正規行列の対角化を与えることが分かる。
実の正規行列は、複素数の範囲ではユニタリ行列で対角化できるが、固有値が実数でなければ実数の範囲では対角化できない。実数の中に留まると、2 次の回転と拡大を組み合わせたブロックが残る。
$A\in M_n(\mathbb{R})$ が $AA^{\top}=A^{\top}A$ を満たすとする。このとき直交行列 $Q$ と実数 $\lambda_1,\dots,\lambda_r$、$a_1,\dots,a_k$、$b_1,\dots,b_k>0$($r+2k=n$)で
$$
Q^{\top}AQ=\operatorname{diag}(\lambda_1,\dots,\lambda_r)\oplus\begin{pmatrix}a_1&-b_1\\b_1&a_1\end{pmatrix}\oplus\cdots\oplus\begin{pmatrix}a_k&-b_k\\b_k&a_k\end{pmatrix}
$$
となるものがある。$A$ の複素数の固有値は $\lambda_j$ と $a_j\pm ib_j$ である。
$A$ を複素行列と見ると正規なので、thm-normal-spectral により $\mathbb{C}^n$ は $A$ の固有空間 $E_\lambda$ の直交直和である。実の固有値 $\lambda$ については、$A-\lambda I$ が実行列なので $E_\lambda$ は実のベクトルからなる基底をもち、$E_\lambda\cap\mathbb{R}^n$ の正規直交基底をとる。虚部が正の固有値 $\lambda=a+ib$ については、$E_\lambda$ の正規直交基底 $z_1,\dots,z_d$ をとり、$z_j=x_j+iy_j$($x_j,y_j\in\mathbb{R}^n$)と書いて、$\sqrt2\,y_j,\ \sqrt2\,x_j$ の組を並べる。$Az_j=\lambda z_j$ の実部と虚部から $Ax_j=ax_j-by_j$、$Ay_j=bx_j+ay_j$ なので、組 $(\sqrt2y_j,\sqrt2x_j)$ の上で $A$ は $\begin{pmatrix}a&-b\\b&a\end{pmatrix}$ で表される。
こうして集めた実のベクトルが $\mathbb{R}^n$ の正規直交基底になることを確かめれば、それを列とする $Q$ が求めるものである。要点は、$\overline{z_l}$ が固有値 $\overline\lambda\neq\lambda$ の固有ベクトルなので $z_j\perp\overline{z_l}$ となることである。
$\langle u,v\rangle=v^*u$ で計算すると、$\langle z_j,z_l\rangle=(x_j\cdot x_l+y_j\cdot y_l)+i(y_j\cdot x_l-x_j\cdot y_l)$、$\langle z_j,\overline{z_l}\rangle=z_l^{\top}z_j=(x_j\cdot x_l-y_j\cdot y_l)+i(x_j\cdot y_l+y_j\cdot x_l)$ である($\cdot$ は実の内積)。$A\overline{z_l}=\overline\lambda\,\overline{z_l}$ で $b>0$ から $\overline\lambda\neq\lambda$ なので、cor-normal-eigen の 3 により $\langle z_j,\overline{z_l}\rangle=0$ である。$j\neq l$ なら $\langle z_j,z_l\rangle=0$ も合わせて、実部と虚部から $x_j\cdot x_l=y_j\cdot y_l=0$、$x_j\cdot y_l=y_j\cdot x_l=0$ である。$j=l$ なら $\lvert x_j\rvert^2+\lvert y_j\rvert^2=1$、$\lvert x_j\rvert^2-\lvert y_j\rvert^2=0$、$x_j\cdot y_j=0$ なので、$\sqrt2x_j,\sqrt2y_j$ は直交する単位ベクトルである。$x_j=(z_j+\overline{z_j})/2$、$y_j=(z_j-\overline{z_j})/(2i)$ は $E_\lambda\oplus E_{\overline\lambda}$ に属するので、ほかの固有値の固有空間(実の固有値の基底を含む)と直交する。最後に個数を数える。複素共役は $E_\lambda$ を $E_{\overline\lambda}$ に全単射に移すので $\dim E_\lambda=\dim E_{\overline\lambda}$ であり、虚部が正の $\lambda$ ごとに $2\dim E_\lambda$ 個、実の $\lambda$ ごとに $\dim E_\lambda$ 個のベクトルが得られる。合計は $\sum_\lambda\dim E_\lambda=n$ で、正規直交な $n$ 個のベクトルは $\mathbb{R}^n$ の基底である。$\square$
ブロック $\begin{pmatrix}a&-b\\b&a\end{pmatrix}$ は、複素数 $a+ib$ を掛ける写像を $\mathbb{C}=\mathbb{R}^2$ の上で表したもの、つまり回転と拡大の合成である。直交行列($\lvert\lambda\rvert=1$)の場合が 直交行列 の定理「直交行列の標準形」、実対称行列($k=0$)の場合が主軸定理、交代行列($\lambda_j=0$、$a_j=0$)の場合が交代行列の標準形である。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 正規性 | $A=\begin{pmatrix}1&1\\0&2\end{pmatrix}$ | ユニタリ行列による対角化(通常の対角化はできる) |
| 正規性 | $N=\begin{pmatrix}0&1\\0&0\end{pmatrix}$ | $\|A\|=\max_k\lvert\lambda_k\rvert$ |
| 係数を複素数まで広げること(実の範囲で対角化する) | $R=\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}$ | 実の直交行列による対角化 |
| 可換性 $AB=BA$ | $A=\operatorname{diag}(1,0)$、$B=\begin{pmatrix}0&1\\-1&0\end{pmatrix}$ | 正規行列の和が正規であること |
| 有限次元(Hilbert 空間 $\ell^2$ の作用素にする) | 片側シフト $S(x_1,x_2,\dots)=(0,x_1,x_2,\dots)$ | $A^*A=I$ なら $A$ は正規(ユニタリ) |
1 行目の $A$ は固有値 $1,2$ の固有ベクトル $(1,0)^{\top}$、$(1,1)^{\top}$ が直交しない。2 行目は固有値が $0$ だけだが $Ne_2=e_1$。3 行目の $R$ は正規(直交行列)だが実の固有値をもたない。4 行目の和 $A+B$ は正規でない。5 行目は $S^*S=I$、$SS^*\neq I$ である。
1 行目:固有値 $1,2$ の固有空間はそれぞれ $(1,0)^{\top}$、$(1,1)^{\top}$ で張られる 1 次元の空間なので、固有ベクトルからなる直交基底はなく、thm-normal-spectral の 3 が成り立たない。正規でないことは ex-normal-examples の 3 で確かめた。
2 行目:$\lvert Ne_2\rvert=1$ なので $\|N\|\ge1$ だが、固有値は $0$ だけである。
3 行目:$R^{\top}R=I$ で $R$ は正規であり、複素数の範囲では $(1,\mp i)^{\top}$ を固有ベクトルとして固有値 $\pm i$ をもつ。実の直交行列 $Q$ で $Q^{\top}RQ$ が実の対角行列になれば $R$ の固有値は実数になり矛盾する。実の範囲では thm-normal-real の 2 次のブロック($a=0$、$b=1$)が残る。
4 行目:$A$ は Hermite、$B$ は直交行列で、どちらも正規である。$C:=A+B=\begin{pmatrix}1&1\\-1&0\end{pmatrix}$ について $CC^{\top}=\begin{pmatrix}2&-1\\-1&1\end{pmatrix}$、$C^{\top}C=\begin{pmatrix}2&1\\1&1\end{pmatrix}$ で、$C$ は正規でない。$AB=\begin{pmatrix}0&1\\0&0\end{pmatrix}\neq\begin{pmatrix}0&0\\-1&0\end{pmatrix}=BA$ である。
5 行目:$S^*(y_1,y_2,\dots)=(y_2,y_3,\dots)$ なので $S^*S=I$、$SS^*(y_1,y_2,\dots)=(0,y_2,y_3,\dots)$ で $SS^*\neq I$ である。有限次元では $A^*A=I$ から $A^*=A^{-1}$ となり $AA^*=I$ が従う。
正規変換の定義は Axl24 7.18(§7A、p. 235)、ノルムの等式による特徴づけは 7.20(p. 236)、核と固有ベクトルの性質は 7.21・7.22(pp. 237–238)、実部と虚部が可換であることによる特徴づけは 7.23(p. 238)、複素スペクトル定理は 7.31(§7B、p. 246)にあり、7.31 の証明は Schur の定理による三角化から非対角成分を消す、この記事と同じ方針である。thm-normal-equivalent の 2 から 4、thm-normal-commuting、thm-normal-real はこの記事の中で証明した。
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