Nijenhuisテンソル

同義語:Nijenhuis tensorNijenhuis torsion

概要

Nijenhuisテンソル(Nijenhuis tensor)とは、概複素多様体 $(M,J)$ のベクトル場について $N_J(X,Y)=[JX,JY]-J[JX,Y]-J[X,JY]-[X,Y]$ で定まる $(1,2)$ 型のテンソル場である。$(1,0)$ 形式 $\alpha$ について $d\alpha(X+iJX,Y+iJY)=\alpha(N_J(X,Y))$ が成り立ち、$N_J=0$ は $(1,0)$ 型のベクトル場の括弧が $(1,0)$ 型であることや $d=\partial+\bar\partial$ と同値である。複素多様体の概複素構造と実 2 次元の概複素構造は $N_J=0$ を満たし、逆に $N_J=0$ なら複素多様体の構造が定まる(Newlander–Nirenberg の定理)。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 概複素構造, Lie括弧, テンソル場, 微分形式, 複素多様体

Nijenhuisテンソル(Nijenhuis tensor)とは、概複素多様体 $(M,J)$ のベクトル場 $X,Y$ に対して
$$ N_J(X,Y)=[JX,JY]-J[JX,Y]-J[X,JY]-[X,Y] $$
で定まる $(1,2)$ 型のテンソル場である。概複素構造 $J$ は各接空間に「$i$ 倍」を与えるが、それが複素多様体の正則座標から来るとは限らない。$N_J$ はその食い違いを各点で測る量であり、$N_J=0$ は、$(1,0)$ 型のベクトル場どうしの Lie 括弧が再び $(1,0)$ 型になること、外微分が $d=\partial+\bar\partial$ と分かれることと同値である。$N_J=0$ のとき、$J$ は複素多様体の構造から来る(Newlander–Nirenberg の定理)。
この記事では、$N_J$ がテンソルであること、可積分性の条件の同値、正則関数の微分が $N_J$ を消すこと、実 2 次元では $N_J=0$ となることを証明し、$N_J$ がどの点でも $0$ でない $\mathbb R^4$ の例を調べる。Newlander–Nirenberg の定理は所在を示して引用する。

設定と定義

記号は 概複素構造 に合わせる。$(M,J)$ を $C^\infty$ 級の概複素多様体(概複素構造 の定義「概複素構造と概複素多様体」)とし、$\dim M=2n$ とする。複素化した接束 $T_{\mathbb C}M=TM\otimes\mathbb C$ は、$J$ の固有値 $i$、$-i$ の固有部分束の直和 $T^{1,0}M\oplus T^{0,1}M$ に分かれ、射影は
$$ \pi^{1,0}(w)=\tfrac12(w-iJw),\qquad \pi^{0,1}(w)=\tfrac12(w+iJw) $$
である(概複素構造 の命題「型の分解」)。$J$ は実の写像なので、複素共役 $w\mapsto\bar w$ と可換であり、$T^{1,0}M$ と $T^{0,1}M$ を入れ替え、$\overline{\pi^{0,1}(w)}=\pi^{1,0}(\bar w)$ を満たす。
1 次形式 $\alpha$(複素数値)が $(1,0)$ 形式であるとは、各点で $\alpha(Jv)=i\,\alpha(v)$ を満たすことをいう。$\alpha$ を $T_{\mathbb C}M$ に複素線形に延ばすと、$(1,0)$ 形式は $T^{0,1}M$ の上で消える。$(p,q)$ 型の微分形式の空間を $\mathcal A^{p,q}(M)$ と書く。
複素ベクトル場($T_{\mathbb C}M$ の滑らかな切断)の Lie 括弧は、実部と虚部について双線形に延ばしたものであり、$\overline{[Z,W]}=[\bar Z,\bar W]$ を満たす。微分形式の値は 微分形式 の A 方式で計る。このとき 1 次形式 $\alpha$ と複素ベクトル場 $Z,W$ について
$$ d\alpha(Z,W)=Z\bigl(\alpha(W)\bigr)-W\bigl(\alpha(Z)\bigr)-\alpha([Z,W]) $$
が成り立つ(実ベクトル場についての公式の両辺を複素双線形に延ばしたもの)。

Nijenhuis テンソルと可積分性

概複素多様体 $(M,J)$ の滑らかなベクトル場 $X,Y$ に対し
$$ N_J(X,Y):=[JX,JY]-J[JX,Y]-J[X,JY]-[X,Y] $$
とおく。$N_J$ を $J$ の Nijenhuis テンソルという。$N_J=0$ のとき、$J$ は可積分(integrable)であるという。

$J^2=-\mathrm{id}$ なので、最後の項は $J^2[X,Y]$ と書いてもよい。一般に、接束の滑らかな自己準同型 $A$ に対して
$$ N_A(X,Y):=[AX,AY]-A[AX,Y]-A[X,AY]+A^2[X,Y] $$
とおくと、$A=J$ のとき $N_A=N_J$ である。この形の式は、下の prop-nj-algebraic の 3 と同じ計算で、どの $A$ についても $C^\infty(M)$ 双線形になる。一方、最後の項を $-[X,Y]$ のままにした式は、$A^2=-\mathrm{id}$ でないとテンソルにならない(ex-nj-not-tensor)。

テンソル性と代数的な性質

$(1,0)$ ベクトル場の括弧の $(0,1)$ 成分

$X,Y$ を実ベクトル場とし、$Z:=X-iJX$、$W:=Y-iJY$ とおく($T^{1,0}M$ の切断である)。このとき
$$ \pi^{0,1}[Z,W]=-\frac12\bigl(N_J(X,Y)+i\,JN_J(X,Y)\bigr),\qquad \pi^{1,0}[\bar Z,\bar W]=-\frac12\bigl(N_J(X,Y)-i\,JN_J(X,Y)\bigr) $$
が成り立つ。また、$T^{1,0}M$ の滑らかな切断はすべて、実ベクトル場 $X$ によって $X-iJX$ と書ける。

括弧を展開すると $[Z,W]=P+iQ$、ただし
$$ P:=[X,Y]-[JX,JY],\qquad Q:=-[X,JY]-[JX,Y] $$
である。$\pi^{0,1}(P+iQ)=\frac12(P+iQ+iJP-JQ)$ の実部 $\frac12(P-JQ)$ は $-\frac12N_J(X,Y)$ に、虚部 $\frac12(Q+JP)$ は $-\frac12JN_J(X,Y)$ に等しい。

実部と虚部の計算を開く

実部は $\frac12\bigl([X,Y]-[JX,JY]+J[X,JY]+J[JX,Y]\bigr)=-\frac12N_J(X,Y)$、虚部は $\frac12\bigl(-[X,JY]-[JX,Y]+J[X,Y]-J[JX,JY]\bigr)$ である。$J^2=-1$ より $JN_J(X,Y)=J[JX,JY]+[JX,Y]+[X,JY]-J[X,Y]$ なので、虚部は $-\frac12JN_J(X,Y)$ である。

第 2 式は第 1 式の複素共役である($\overline{[Z,W]}=[\bar Z,\bar W]$、$\overline{\pi^{0,1}(w)}=\pi^{1,0}(\bar w)$、$N_J$ は実ベクトル場)。
最後の主張:$V=A+iB$($A,B$ は実ベクトル場)が $T^{1,0}M$ の切断なら、$JV=iV$ の実部を比べて $JA=-B$、すなわち $V=A-iJA$ である。$\square$

代数的な性質

滑らかなベクトル場 $X,Y$ と実数値の滑らかな関数 $f$ について次が成り立つ。

  1. $N_J(Y,X)=-N_J(X,Y)$。
  2. $N_J(JX,Y)=N_J(X,JY)=-JN_J(X,Y)$。とくに $N_J(X,JX)=0$。
  3. $N_J(fX,Y)=fN_J(X,Y)=N_J(X,fY)$。
    したがって $N_J$ は $(1,2)$ 型の滑らかなテンソル場であり、$N_J(X,Y)$ の点 $p$ での値は $X_p,Y_p$ だけで決まる。

1 は定義の各項が $X,Y$ の入れ替えで符号を変えることによる。
2:$J^2X=-X$ を代入すると
$$ N_J(JX,Y)=-[X,JY]-J[JX,JY]+J[X,Y]-[JX,Y] $$
であり、これは上で計算した $JN_J(X,Y)$ の $-1$ 倍である。1 と合わせて $N_J(X,JY)=-N_J(JY,X)=JN_J(Y,X)=-JN_J(X,Y)$ を得る。$Y=X$ とすると $N_J(X,JX)=-JN_J(X,X)=0$ である。
3:Lie括弧 の命題「Lie 括弧の基本性質」の (R3) $[fA,B]=f[A,B]-(Bf)A$ を 4 つの項に使うと
$$ N_J(fX,Y)=fN_J(X,Y)-(JYf)\,JX+(Yf)\,J^2X+(JYf)\,JX+(Yf)\,X=fN_J(X,Y) $$
である($J(fX)=fJX$、$J^2X=-X$)。第 2 変数については 1 による。こうして $N_J$ は $C^\infty(M)$ 双線形な写像 $\mathfrak X(M)\times\mathfrak X(M)\to\mathfrak X(M)$ であり、テンソル場 の系「ベクトル場に値をとる場合」により $(1,2)$ 型のテンソル場から来る。$\square$

この計算で $J^2=-\mathrm{id}$ を使ったのは、$-(Yf)X$ の項を打ち消すところだけである。

$(1,0)$ 形式の外微分と Nijenhuis テンソル

$\alpha\in\mathcal A^{1,0}(M)$ と実ベクトル場 $X,Y$ について
$$ d\alpha(X+iJX,\;Y+iJY)=\alpha\bigl(N_J(X,Y)\bigr) $$
が成り立つ。

$\bar Z:=X+iJX$、$\bar W:=Y+iJY$ は $T^{0,1}M$ の切断で、$\alpha$ はその上で消えるので、$\alpha(\bar Z)=\alpha(\bar W)=0$ であり
$$ d\alpha(\bar Z,\bar W)=-\alpha([\bar Z,\bar W])=-\alpha\bigl(\pi^{1,0}[\bar Z,\bar W]\bigr) $$
となる。lem-nj-bracket の第 2 式を代入し、$N:=N_J(X,Y)$ が実ベクトルであることから $\alpha(JN)=i\,\alpha(N)$ を使うと
$$ d\alpha(\bar Z,\bar W)=\frac12\bigl(\alpha(N)-i\,\alpha(JN)\bigr)=\frac12\bigl(\alpha(N)+\alpha(N)\bigr)=\alpha(N) $$
である。$\square$

左辺は微分形式の値なので、点 $p$ での値は $X_p,Y_p$ だけで決まる。この式は、$N_J$ のテンソル性のもう 1 つの説明にもなっている。

可積分性の条件

可積分性の条件の同値

概複素多様体 $(M,J)$ について、次は同値である。

  1. $N_J=0$。
  2. $T^{1,0}M$ の切断 $Z,W$ に対し、$[Z,W]$ も $T^{1,0}M$ の切断である。
  3. $T^{0,1}M$ の切断 $Z,W$ に対し、$[Z,W]$ も $T^{0,1}M$ の切断である。
  4. $\alpha\in\mathcal A^{1,0}(M)$ ならば $d\alpha\in\mathcal A^{2,0}(M)\oplus\mathcal A^{1,1}(M)$ である。
  5. すべての $p,q$ について $d\bigl(\mathcal A^{p,q}(M)\bigr)\subset\mathcal A^{p+1,q}(M)\oplus\mathcal A^{p,q+1}(M)$ である。すなわち、$\partial:=\pi^{p+1,q}\circ d$、$\bar\partial:=\pi^{p,q+1}\circ d$ について $d=\partial+\bar\partial$ である。
    これらが成り立てば、$\partial^2=0$、$\bar\partial^2=0$、$\partial\bar\partial+\bar\partial\partial=0$ である。

1 ⇔ 2:lem-nj-bracket により $T^{1,0}M$ の切断はすべて $X-iJX$ の形である。$N_J(X,Y)$ と $JN_J(X,Y)$ は実ベクトルなので、$N_J(X,Y)+iJN_J(X,Y)=0$ と $N_J(X,Y)=0$ は同値である。よって lem-nj-bracket の第 1 式から、「すべての実ベクトル場 $X,Y$ について $\pi^{0,1}[X-iJX,Y-iJY]=0$」は $N_J=0$ と同値である。
2 ⇔ 3:複素共役は Lie 括弧と可換で、$T^{1,0}M$ と $T^{0,1}M$ を入れ替える。
1 ⇔ 4:2 次形式 $\omega$ を型で $\omega^{2,0}+\omega^{1,1}+\omega^{0,2}$ と分ける。$\omega^{2,0}$、$\omega^{1,1}$ は各項に $(1,0)$ 形式の因子をもつので、$T^{0,1}$ の 2 つのベクトルを入れると $0$ になる。$\omega^{0,2}$ は $T^{1,0}$ のベクトルを 1 つでも入れると $0$ になり、$T_{\mathbb C}M=T^{1,0}M\oplus T^{0,1}M$ なので、$\omega^{0,2}=0$ は「$T^{0,1}$ の 2 つのベクトルに対して $\omega$ が $0$」と同値である。$T^{0,1}$ の元は $X+iJX$($X$ は実)と書けるので、prop-nj-forms により、4 は「すべての $\alpha\in\mathcal A^{1,0}(M)$ と実ベクトル場 $X,Y$ について $\alpha\bigl(N_J(X,Y)\bigr)=0$」と同値である。1 ならこれは成り立つ。逆にこれが成り立つとする。各点 $p$ で、$(1,0)$ 余ベクトルは $a-i\,a\circ J_p$($a$ は実余ベクトル)と書け(概複素構造 の命題「型の分解」の 3)、$a$ を滑らかな実 1 次形式 $\tilde a$ に延ばせば $\tilde a-i\,\tilde a\circ J$ は $(1,0)$ 形式である。よってすべての $(1,0)$ 余ベクトルが実ベクトル $v:=N_J(X,Y)_p$ の上で消える。すると $v$ は $T_p^{0,1}$ に属す(すべての $(1,0)$ 余ベクトルが消えるベクトルの空間は $n$ 次元で $T^{0,1}_p$ を含むので、$T^{0,1}_p$ に等しい)。$v$ は実ベクトルなので $v=\bar v\in\overline{T^{0,1}_p}=T^{1,0}_p$ でもあり、$v\in T^{1,0}_p\cap T^{0,1}_p=0$ である。
4 ⇒ 5:4 の共役をとると、$\alpha\in\mathcal A^{0,1}(M)$ なら $d\alpha\in\mathcal A^{1,1}(M)\oplus\mathcal A^{0,2}(M)$ である。各点の近くで $(1,0)$ 形式の局所枠 $\theta_1,\dots,\theta_n$ をとると、型 $(p,q)$ の形式は局所的に $f\,\theta_I\wedge\bar\theta_K$($|I|=p$、$|K|=q$、$f$ は関数)の和である。Leibniz 則で $d(f\,\theta_I\wedge\bar\theta_K)$ を展開すると、$df\wedge\theta_I\wedge\bar\theta_K$ と、因子の 1 つを $d\theta_i$ か $d\bar\theta_k$ に替えた項の和になる。$df$ は型 $(1,0)$ と $(0,1)$、$d\theta_i$ は型 $(2,0)$ と $(1,1)$、$d\bar\theta_k$ は型 $(1,1)$ と $(0,2)$ の和なので、どの項も型 $(p+1,q)$ か $(p,q+1)$ である。

局所枠がとれることを開く

$(1,0)$ 余ベクトルの束 $T^{*1,0}M$ は、滑らかな射影 $a\mapsto\frac12(a-i\,a\circ J)$ の像で、各ファイバーの次元は $n$ で一定である。点 $p$ で $T^{*1,0}_p$ の基底 $\frac12(a_j-i\,a_j\circ J_p)$($a_j$ は実余ベクトル、$j=1,\dots,n$)をとり、$a_j$ を $M$ 上の滑らかな実 1 次形式に延ばすと、$\theta_j:=\frac12(a_j-i\,a_j\circ J)$ は $p$ で 1 次独立なので、行列式の連続性により $p$ の近くの各点で 1 次独立であり、$T^{*1,0}$ の基底をなす。$\theta_j$ は $M$ 全体の $(1,0)$ 形式なので、4 を $\theta_j$ に当てられる。


5 ⇒ 4 は $(p,q)=(1,0)$ の場合である。最後の主張:5 のもとで $0=d^2=\partial^2+(\partial\bar\partial+\bar\partial\partial)+\bar\partial^2$ の 3 つの項は型 $(p+2,q)$、$(p+1,q+1)$、$(p,q+2)$ で異なるので、それぞれ $0$ である。$\square$

条件 2 は複素部分束 $T^{1,0}M$ についての Frobenius 型の条件である(実の部分束なら Frobeniusの定理(可積分性))。$T^{1,0}M$ は実の部分束ではないので、そこから正則座標の存在を導くには次の Newlander–Nirenberg の定理が要る。

正則関数と複素多様体

$U\subset M$ を開集合とする。滑らかな関数 $f\colon U\to\mathbb C$ が $J$ に関して正則であるとは、各点で $df(Jv)=i\,df(v)$ が成り立つこと、すなわち $df\in\mathcal A^{1,0}(U)$ であることをいう。これは $df$ が $T^{0,1}$ の上で消えること、つまり $T^{0,1}U$ のすべての切断 $\bar Z$ について $\bar Zf=0$ であることと同値である。

正則関数の微分は Nijenhuis テンソルを消す

$f$ が開集合 $U$ の上で $J$ に関して正則なら、$U$ 上で $df\bigl(N_J(X,Y)\bigr)=0$ である。とくに、点 $p$ の近傍 $U$ の上に $J$ に関して正則な関数 $f_1,\dots,f_n$ があって、$df_1,\dots,df_n$ が $p$ で $T^{*1,0}_p$ の基底をなすなら、$p$ の近くで $N_J=0$ である。

$df\in\mathcal A^{1,0}(U)$ で $d(df)=0$ なので、prop-nj-forms を $\alpha=df$ に当てると $df\bigl(N_J(X,Y)\bigr)=d(df)(X+iJX,Y+iJY)=0$ である。後半:$df_1,\dots,df_n$ は行列式の連続性により $p$ の近くの各点 $q$ でも 1 次独立で、$T^{*1,0}_q$($n$ 次元)の基底をなす。$v:=N_J(X,Y)_q$ はすべての $(1,0)$ 余ベクトルで消えるので、thm-nj-integrability の証明の 1 ⇔ 4 の最後と同じ議論で $v=0$ である。$\square$

複素多様体の概複素構造は可積分

複素多様体 $X$ に付随する概複素構造 $J$(概複素構造 の例「複素多様体の概複素構造」)について $N_J=0$ である。

正則局所座標 $(z_1,\dots,z_n)$ の上で、$(1,0)$ 余ベクトルの空間は各点で $dz_1,\dots,dz_n$ で張られる(同じ例)。つまり $dz_j\in\mathcal A^{1,0}$ で、座標関数 $z_j$ は $J$ に関して正則であり、$dz_1,\dots,dz_n$ は各点で $T^{*1,0}$ の基底である。prop-nj-holomorphic により各座標近傍で $N_J=0$ である。$\square$

逆向きが深い定理である。

Newlander–Nirenberg の定理

$(M,J)$ を $C^\infty$ 級の概複素多様体とし、$N_J=0$ とする。このとき $M$ の複素多様体の構造で、付随する概複素構造が $J$ になるものがただ一つ存在する。各点の近くの正則座標は、$J$ に関して正則な関数 $z_1,\dots,z_n$ で $dz_1,\dots,dz_n$ が各点で $T^{*1,0}$ の基底をなすものである。

出典と証明の所在

この記事ではこの定理を証明しない。定理は Newlander と Nirenberg(1957)による。Wel08 Ch. I Theorem 3.8(p. 35)は定理を述べ、証明を Hörmander の本に委ねている。Dem12 Ch. VIII (11.8)(p. 399)は、$\bar\partial$ 方程式の $L^2$ 評価による Hörmander の方法で証明している。CdS06 Theorem 15.4(p. 88)は、複素多様体であること、$N_J=0$、$d=\partial+\bar\partial$、$\bar\partial^2=0$ などの同値として述べている。一意性の部分は易しい。複素多様体の正則関数は、付随する $J$ に関して正則な関数そのものであり(概複素構造 の例「複素多様体の概複素構造」)、どの局所座標が正則座標かは $J$ だけで決まるからである。存在の部分の難しさは、$J$ に関して正則な関数を各点の近くで $n$ 個、微分が独立になるように作ることにある。prop-nj-holomorphic は、そのような関数があれば $N_J=0$ でなければならないことを示しており、定理はその逆を主張する。

実 2 次元では可積分

$\dim M=2$ なら $N_J=0$ である。

$p\in M$ と $0\neq v\in T_pM$ をとる。$J_p$ は実の固有値をもたないので $v$ と $J_pv$ は 1 次独立であり、$(v,J_pv)$ は $T_pM$ の基底である。prop-nj-algebraic により $N_J$ は各点の反対称な双線形写像で、$N_J(v,v)=N_J(J_pv,J_pv)=0$、$N_J(v,J_pv)=-J_pN_J(v,v)=0$ である。基底の組すべてで消えるので $N_J$ は $p$ で $0$ である。$\square$

thm-nj-newlander-nirenberg と合わせると、概複素構造をもつ連結な 2 次元多様体はすべてリーマン面の構造をもつ。CdS06 Homework 10(p. 82)は、prop-nj-algebraic の 3、$N_J(v,Jv)$ の計算と 2 次元の場合、prop-nj-holomorphic を演習として扱っている。

可積分でない概複素構造

概複素構造は、$T^{1,0}$ にあたる部分束を指定して作ることができる。$V\subset T_{\mathbb C}M$ を階数 $n$ の滑らかな複素部分束で、各点で $T_{\mathbb C}M=V\oplus\bar V$ となるものとする。$V$ の上で $i$ 倍、$\bar V$ の上で $-i$ 倍となる複素線形写像を $J$ とすると、$J^2=-\mathrm{id}$ であり、$\overline{Jw}=J\bar w$($w\in V$ なら $\bar w\in\bar V$ で、$\overline{iw}=-i\bar w$)なので $J$ は実の接ベクトルを実の接ベクトルに写す。こうして $J$ は概複素構造で、$T^{1,0}M=V$ である。

$\mathbb R^4$ の可積分でない概複素構造

$\mathbb R^4$ の座標を $(x_1,y_1,x_2,y_2)$、$z_j=x_j+iy_j$、$\partial_{z_j}=\frac12(\partial_{x_j}-i\,\partial_{y_j})$、$\partial_{\bar z_j}=\frac12(\partial_{x_j}+i\,\partial_{y_j})$ とする。複素ベクトル場
$$ E_1:=\partial_{z_1}-z_2\,\partial_{\bar z_2},\qquad E_2:=\partial_{z_2} $$
が張る部分束を $V$ とすると、$\bar V$ は $\bar E_1=\partial_{\bar z_1}-\bar z_2\,\partial_{z_2}$、$\bar E_2=\partial_{\bar z_2}$ で張られる。4 つのベクトル場 $E_1,E_2,\bar E_1,\bar E_2$ を基底 $(\partial_{z_1},\partial_{z_2},\partial_{\bar z_1},\partial_{\bar z_2})$ で表した行列の行列式は $1$ なので、各点で $T_{\mathbb C}\mathbb R^4=V\oplus\bar V$ であり、上のとおり概複素構造 $J$ で $T^{1,0}=V$ となるものが決まる。実の座標ベクトル場で書くと
$$ J\partial_{x_1}=\partial_{y_1}+2y_2\,\partial_{x_2}+2x_2\,\partial_{y_2},\quad J\partial_{y_1}=-\partial_{x_1}+2x_2\,\partial_{x_2}-2y_2\,\partial_{y_2},\quad J\partial_{x_2}=\partial_{y_2},\quad J\partial_{y_2}=-\partial_{x_2} $$
である。

行列式と実の表示の計算を開く

$E_1=(1,0,0,-z_2)$、$E_2=(0,1,0,0)$、$\bar E_1=(0,-\bar z_2,1,0)$、$\bar E_2=(0,0,0,1)$ を行とする行列は、第 1 列で展開すると、対角成分が $1$ の下三角行列の行列式 $1$ になる。実の表示:$\partial_{x_2}=E_2+\bar E_2$ なので $J\partial_{x_2}=i(E_2-\bar E_2)=i(\partial_{z_2}-\partial_{\bar z_2})=\partial_{y_2}$。$\partial_{x_1}=\partial_{z_1}+\partial_{\bar z_1}=E_1+\bar E_1+z_2\bar E_2+\bar z_2E_2$ なので $$J\partial_{x_1}=i(E_1-\bar E_1)+i(\bar z_2\,\partial_{z_2}-z_2\,\partial_{\bar z_2})=i(\partial_{z_1}-\partial_{\bar z_1})+2i(\bar z_2\,\partial_{z_2}-z_2\,\partial_{\bar z_2})$$ である。$i(\partial_{z_1}-\partial_{\bar z_1})=\partial_{y_1}$、$\bar z_2\,\partial_{z_2}-z_2\,\partial_{\bar z_2}=-i(y_2\,\partial_{x_2}+x_2\,\partial_{y_2})$ を代入すると上の式になる。$J\partial_{y_1}$ は $\partial_{y_1}=J\partial_{x_1}-2y_2\,\partial_{x_2}-2x_2\,\partial_{y_2}$ に $J$ を当てて得る。


$N_J$ はどの点でも $0$ でない。 括弧を係数の微分で計算すると $N_J(\partial_{x_1},\partial_{x_2})=-4\partial_{x_2}\neq0$ である。
計算を開く

$J\partial_{x_2}=\partial_{y_2}$ は定数係数なので $[J\partial_{x_1},J\partial_{x_2}]=[J\partial_{x_1},\partial_{y_2}]=-2\partial_{x_2}$、$[J\partial_{x_1},\partial_{x_2}]=-2\partial_{y_2}$、$[\partial_{x_1},J\partial_{x_2}]=[\partial_{x_1},\partial_{x_2}]=0$ である。$J(-2\partial_{y_2})=2\partial_{x_2}$ なので $N_J(\partial_{x_1},\partial_{x_2})=-2\partial_{x_2}-2\partial_{x_2}=-4\partial_{x_2}$。

$T^{0,1}$ の側から見ると、$[\bar E_1,\bar E_2]=-[\bar z_2\,\partial_{z_2},\partial_{\bar z_2}]=\partial_{z_2}=E_2$ は $T^{0,1}$ に入らず、thm-nj-integrability の 3 が破れている。cor-nj-complex-manifold により、$\mathbb R^4$ のどの開集合の上でも、$J$ は複素多様体の構造から来ない。
正則関数は $z_1$ の正則関数に限る。 $U\subset\mathbb R^4$ を凸な開集合とし、$f\colon U\to\mathbb C$ を $J$ に関して正則な関数とする。$T^{0,1}$ は $\bar E_1,\bar E_2$ で張られるので、正則であることは
$$ \frac{\partial f}{\partial\bar z_2}=0,\qquad \frac{\partial f}{\partial\bar z_1}=\bar z_2\,\frac{\partial f}{\partial z_2} $$
と同値である。これを解くと、$f$ は $z_1$ だけの正則関数であり、逆に $z_1$ の正則関数は 2 つの式を満たす。
解き方を開く

第 2 式に $\partial_{\bar z_2}$ を当てる。偏微分の順序交換と第 1 式により、左辺は $\partial_{\bar z_1}(\partial_{\bar z_2}f)=0$、右辺は $\partial f/\partial z_2+\bar z_2\,\partial_{z_2}(\partial_{\bar z_2}f)=\partial f/\partial z_2$ である。よって $\partial f/\partial z_2=\partial f/\partial\bar z_2=0$、すなわち $\partial f/\partial x_2=\partial f/\partial y_2=0$ であり、第 2 式から $\partial f/\partial\bar z_1=0$ である。$U$ は凸なので $f$ は $(x_1,y_1)$ だけの関数で、$z_1$ について正則である。

したがって $U$ の上の正則関数 $f_1,f_2$ はつねに $df_1\wedge df_2=0$ を満たし、微分が独立な正則関数は 2 つとれない。これは prop-nj-holomorphic と整合している。

6 次元球面

$S^6$ には、八元数(Cayley 数)の積を使って概複素構造が作られ、それは可積分でない(Wel08 Ch. I §3 の注意、p. 31)。$S^6$ が複素多様体の構造をもつかどうかは知られていない(同所)。この記事ではこの構成を扱わない(構成は 球面の概複素構造 の命題「虚部の積による構成」)。

反例

各行は、左の条件だけを外したものである。

外す条件反例成り立たなくなること
$J^2=-\mathrm{id}$(同じ式を一般の自己準同型の場 $A$ で使う)$A=0$(ex-nj-not-tensor)値が $X_p,Y_p$ だけで決まること(prop-nj-algebraic の 3)
実 2 次元ex-nj-r4 の $(\mathbb R^4,J)$$N_J=0$(prop-nj-dim-two)
微分が独立な正則関数が $n$ 個ある同じ $(\mathbb R^4,J)$ と正則関数 $z_1$$N_J=0$(prop-nj-holomorphic)
反例:$J^2=-\mathrm{id}$ を外した式

$A=0$ とし、def-nj-main と同じ式 $[AX,AY]-A[AX,Y]-A[X,AY]-[X,Y]$ を考えると、これは $-[X,Y]$ である。$M=\mathbb R$、$X=\partial_x$、$Y=x\,\partial_x$ とすると $Y$ は $x=0$ で $0$ だが $-[X,Y]=-\partial_x$ は $x=0$ で $0$ でないので、値は $X_0,Y_0$ だけでは決まらない(テンソル場 の例「反例:Lie 括弧」)。prop-nj-algebraic の 3 の計算で $(Yf)(J^2X+X)$ の項が消えなくなるからである。最後の項を $+A^2[X,Y]$ とした $N_A$ ではこの項が消え、$N_0=0$ はテンソルである。

3 行目:ex-nj-r4 で $z_1$ は正則で $dz_1\neq0$ だが、微分が独立な正則関数は 1 つしかとれず、$N_J$ はどの点でも $0$ でない。

補足

接続による表示。 $\nabla$ を捩れのない接続とすると、$N_J(X,Y)=(\nabla_{JX}J)Y-(\nabla_{JY}J)X-J(\nabla_XJ)Y+J(\nabla_YJ)X$ が成り立ち、とくに $\nabla J=0$ となる捩れのない接続があれば $N_J=0$ である。これは 概複素構造 の定理「$J$ を平行にする捩れのない接続」で証明されている。Hermite 計量の Levi-Civita 接続が $J$ を平行にすることと Kähler 条件の関係は Kähler形式 で扱う。
定義の流儀。 Dem12 Ch. VIII (11.4)(p. 397)は、$(1,0)$ ベクトル場の括弧の $(0,1)$ 成分が定める $(2,0)$ 形式(torsion form)の消滅を、Wel08 Ch. I §3(p. 34)は $d=\partial+\bar\partial$ を可積分の定義とする。lem-nj-bracket と thm-nj-integrability により、どちらも $N_J=0$ と同値である。
捩率テンソルとの類似。 捩率テンソル $\nabla_XY-\nabla_YX-[X,Y]$ と同じく、$N_J$ は Lie 括弧の関数について線形でない部分を他の項で打ち消して作られている。

関連項目

参考文献

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