モジュラー束(modular lattice)とは、束 $L$ の任意の元 $a,b,c$ が $a\leq c$ ならば $a\vee(b\wedge c)=(a\vee b)\wedge c$ を満たすもの、すなわちモジュラー律を満たす束のことである。この条件は任意の $x,y,z$ に対する無条件のモジュラー恒等式とも同値であり、条件付き法則と恒等式という二つの見方を持つ。ベクトル空間の部分空間の束や群の正規部分群の束はモジュラー束の典型例で、分配束は常にモジュラー束になる一方、五角形束 $N_5$ はモジュラー律が破れる典型的な反例である。モジュラー束はDedekindの特徴づけにより「$N_5$ を部分束として含まない束」とも捉え直せる、束論・群論・加群論を横断する基本概念である。
束 $(L,\vee,\wedge)$($\vee$ は上限、$\wedge$ は下限)に対して、モジュラー律には次の2つの同値な定式化がある。まず条件付きの形を主定義として掲げる。
束 $(L,\vee,\wedge)$ が モジュラー束(modular lattice)または Dedekind束(Dedekind lattice)であるとは、任意の $a,b,c\in L$ に対して次が成り立つことをいう。
$$
a\leq c \ \Longrightarrow\ a\vee(b\wedge c)=(a\vee b)\wedge c.
$$
この条件を $L$ の モジュラー律(modular law)という。
もう一つは、$a\leq c$ という仮定を課さない無条件の等式による定式化である。
束 $(L,\vee,\wedge)$ が、任意の $x,y,z\in L$ に対して次の等式(仮定なしの無条件の等式)を満たすとき、$L$ は モジュラー恒等式(modular identity)を満たすという。
$$
(x\vee z)\wedge(x\vee y)=x\vee\bigl(z\wedge(x\vee y)\bigr).
$$
この2つの定式化は同値である。
束 $L$ について、$L$ がモジュラー律(def-modular-lattice-law)を満たすことと、$L$ がモジュラー恒等式(def-modular-lattice-identity)を満たすことは同値である。
(モジュラー律 $\Rightarrow$ モジュラー恒等式) $L$がモジュラー律を満たすとする。任意の $x,y,z\in L$ を取り、$a:=x,\ c:=x\vee y,\ b:=z$ とおく。上限の定義より $a=x\leq x\vee y=c$ が常に成り立つから、モジュラー律をこの $a,b,c$ に適用できて
$$
x\vee\bigl(z\wedge(x\vee y)\bigr)=a\vee(b\wedge c)=(a\vee b)\wedge c=(x\vee z)\wedge(x\vee y)
$$
を得る。これはちょうどモジュラー恒等式である。
(モジュラー恒等式 $\Rightarrow$ モジュラー律) $L$がモジュラー恒等式を満たすとする。$a,b,c\in L$ が $a\leq c$ を満たすとする。モジュラー恒等式を $x:=a,\ y:=c,\ z:=b$ に適用すると
$$
(a\vee b)\wedge(a\vee c)=a\vee\bigl(b\wedge(a\vee c)\bigr)
$$
を得る。ここで $a\leq c$ より上限の性質から $a\vee c=c$ であるから、これを両辺に代入すると
$$
(a\vee b)\wedge c=a\vee(b\wedge c)
$$
となり、モジュラー律の等式が得られる。以上より2つの定式化は同値である。
モジュラー律の主張は本質的に自己双対的である($\leq$ を逆転し $\vee,\wedge$ を入れ替えても同じ形の条件になる)ため、文献によっては仮定を $c\leq a$ の形で述べたり、モジュラー恒等式の変数の割り当てを入れ替えて書いたりする。いずれも上のdef-modular-lattice-law・def-modular-lattice-identityと同値であり、本サイトでは上記の割り当てを標準として採る。
モジュラー律は、分配律 $a\wedge(b\vee c)=(a\wedge b)\vee(a\wedge c)$ を全ての元の組について要求する代わりに、$a\leq c$ という「$a$ が $c$ の下にある」特別な配置のときだけ両者の演算が可換に振る舞うことを要求する、弱められた分配性である。実際、任意の束で $a\leq c$ のとき $a\vee(b\wedge c)\leq(a\vee b)\wedge c$ という不等号は自動的に成り立ち(後述の性質prop-modular-lattice-weak-inequality)、モジュラー律はこれを等号に格上げする公理にすぎない。この弱め方は、ベクトル空間の部分空間や群の正規部分群のように「分配律そのものは一般には成立しないが、包含関係が入れ子になった配置では成立する」対象を捉えるのに適しており、群論における正規部分群の束・加群論における部分加群の束・射影幾何学における部分空間の束など、代数学と幾何学の双方で基本的な役割を果たす。
$A,B,C\in\mathrm{Sub}(V)$ が $A\subset C$ を満たすとする。prop-modular-lattice-weak-inequalityと同様の議論により $A+(B\cap C)\subset(A+B)\cap C$ は常に成り立つので、逆の包含を示せばよい。$v\in(A+B)\cap C$ を任意に取る。$v\in A+B$ より $v=a+b$($a\in A,\,b\in B$)と書ける。$A\subset C$ より $a\in C$ であり、$v\in C$ と合わせて $b=v-a\in C$。ゆえに $b\in B\cap C$ となり、$v=a+b\in A+(B\cap C)$。よって $(A+B)\cap C\subset A+(B\cap C)$ が従い、$A+(B\cap C)=(A+B)\cap C$、すなわちモジュラー律が成り立つ。
群 $G$ の正規部分群全体を $\mathrm N(G)$ とし、$N\wedge M:=N\cap M$、$N\vee M:=NM=\{nm\mid n\in N,\,m\in M\}$ とおく。正規部分群どうしの積 $NM$ は再び $G$ の正規部分群になるので、$(\mathrm N(G),\vee,\wedge)$ は包含関係を順序とする束になる。この束はモジュラー束である(Dedekindのモジュラー律とも呼ばれ、束論における「モジュラー束」の名の由来の一つでもある)。DF04
$N,M,P\in\mathrm N(G)$ が $N\subset P$ を満たすとする。prop-modular-lattice-weak-inequalityと同様の議論により $N(M\cap P)\subset NM\cap P$ は常に成り立つので、逆の包含を示す。$g\in NM\cap P$ を任意に取る。$g\in NM$ より $g=nm$($n\in N,\,m\in M$)と書ける。$N\subset P$ より $n\in P$ であり、$g\in P$ と合わせて $m=n^{-1}g\in P$($P$ は部分群だから積と逆元について閉じている)。ゆえに $m\in M\cap P$ となり、$g=nm\in N(M\cap P)$。よって $NM\cap P\subset N(M\cap P)$ が従い、$N(M\cap P)=NM\cap P$、すなわちモジュラー律が成り立つ。
5元集合 $N_5=\{0,a,b,c,1\}$ に、$0< a< b<1$ という3元の鎖と、$0< c<1$ かつ $c$ は $a,b$ のどちらとも比較不能($a\wedge c=b\wedge c=0$、$a\vee c=b\vee c=1$)という順序を入れる。これは束になるが、モジュラー束ではない。実際 $a\leq b$ であるが
$$
a\vee(c\wedge b)=a\vee0=a,\qquad(a\vee c)\wedge b=1\wedge b=b
$$
であり $a\neq b$ だから $a\vee(c\wedge b)\neq(a\vee c)\wedge b$、すなわちモジュラー律が破れる。この $N_5$(五角形束、pentagon lattice)は非モジュラー束の最小例であり、モジュラー性を妨げる本質的な障害を体現する対象として、後述のDedekindの特徴づけ(thm-modular-lattice-dedekind-characterization)で中心的な役割を果たす。ベクトル空間の部分空間の束や正規部分群の束(ex-modular-lattice-subspaces、ex-modular-lattice-normal-subgroups)と対比すると、それらの部分束にはこの $N_5$ の形が決して現れないことが、モジュラー性の本質である。
5元集合 $M_3$(菱形束、diamond lattice)に $0< a,b,c<1$ かつ $a,b,c$ は互いに比較不能($a\wedge b=b\wedge c=a\wedge c=0$、$a\vee b=b\vee c=a\vee c=1$)という順序を入れる。$M_3$ はモジュラー束である。実際、モジュラー律の仮定 $x\leq z$ を満たす非自明な組は $x\in\{0,a,b,c,1\}$ かつ $z\in\{0,a,b,c,1\}$ のうち $x=0$、$z=1$、または $x=z$ の場合に限られる。$x=0$ のとき左辺は $0\vee(y\wedge z)=y\wedge z$、右辺は $(0\vee y)\wedge z=y\wedge z$ で一致する。$z=1$ のとき左辺は $x\vee(y\wedge1)=x\vee y$、右辺は $(x\vee y)\wedge1=x\vee y$ で一致する。$x=z$ のとき左辺は $x\vee(y\wedge x)=x$(吸収律)、右辺も $(x\vee y)\wedge x=x$(吸収律)で一致する。したがっていずれの場合も等式は自明に成り立つ。一方で分配律は成り立たない。実際
$$
a\wedge(b\vee c)=a\wedge1=a,\qquad(a\wedge b)\vee(a\wedge c)=0\vee0=0
$$
であり $a\neq0$ だから分配律が破れる。したがって $M_3$ は「モジュラー束であって分配束ではない」例を与え、「分配束 $\subsetneq$ モジュラー束」という真の包含関係を裏づけている。
任意の束 $(L,\vee,\wedge)$ の元 $a,b,c\in L$ が $a\leq c$ を満たすならば、モジュラー律の仮定なしに
$$
a\vee(b\wedge c)\leq(a\vee b)\wedge c
$$
が常に成り立つ。
$b\wedge c\leq b\leq a\vee b$ であるから、$a\leq a\vee b$ と合わせて $a\vee(b\wedge c)\leq a\vee b$。また $a\leq c$ と $b\wedge c\leq c$ より、上限の性質から $a\vee(b\wedge c)\leq c$。この2つの不等式から $a\vee(b\wedge c)\leq(a\vee b)\wedge c$。
分配律 $a\wedge(b\vee c)=(a\wedge b)\vee(a\wedge c)$ を満たす束、すなわち分配束は、常にモジュラー束である。
$L$を分配束とし、$a,b,c\in L$ が $a\leq c$ を満たすとする。分配律(の双対形 $a\vee(b\wedge c)=(a\vee b)\wedge(a\vee c)$、これも分配律と同値である。Gra11)を用いる代わりに、通常の分配律を $c,a,b$ に適用すると
$$
(a\vee b)\wedge c=(a\wedge c)\vee(b\wedge c).
$$
$a\leq c$ より $a\wedge c=a$ であるから、右辺は $a\vee(b\wedge c)$ に等しい。したがって $(a\vee b)\wedge c=a\vee(b\wedge c)$ となり、モジュラー律が成り立つ。
束 $L$ について、$L$ がモジュラー束であることと、$L$ が $N_5$(rem-modular-lattice-nonexample-n5)に順序同型な部分束($\vee,\wedge$ で閉じた部分集合、部分束)を持たないことは同値である。
$L$をモジュラー束とし、$L$の部分束 $S=\{0,a,b,c,1\}$ が $N_5$ に順序同型、すなわち $0< a< b<1$、$0< c<1$、$c$ は $a,b$ と比較不能で $a\wedge c=b\wedge c=0$、$a\vee c=b\vee c=1$ を満たすと仮定する。$a\leq b$ であるから、モジュラー律より
$$
a\vee(c\wedge b)=(a\vee c)\wedge b.
$$
仮定より $c\wedge b=0$、$a\vee c=1$ であるから、この等式は $a\vee0=1\wedge b$、すなわち $a=b$ を与える。これは $a< b$(したがって $a\neq b$)に矛盾する。ゆえにモジュラー束は $N_5$ に順序同型な部分束を持たない。
正規とは限らない部分群全体からなる束は一般にモジュラーでない。実際、二面体群 $D_4=\langle r,s\mid r^4=s^2=1,\ srs=r^{-1}\rangle$(位数8)で $a=\langle s\rangle$、$b=\langle r^2,s\rangle$、$c=\langle rs\rangle$ とおくと、$1< a< b< D_4$ は部分群の鎖であり、$c$ は $a,b$ のどちらとも比較不能である。実際 $a\vee c=\langle s,rs\rangle=D_4$($rs\cdot s=r$ より $r$ も生成されるため)、$b\vee c=D_4$、$a\wedge c=\langle s\rangle\cap\langle rs\rangle=\{1\}$、$b\wedge c=\langle r^2,s\rangle\cap\langle rs\rangle=\{1\}$ となり、$\{1,a,b,c,D_4\}$ は $N_5$ に順序同型な部分束をなす。したがって $D_4$ の部分群全体の束はモジュラー束ではない(ex-modular-lattice-normal-subgroups の議論が正規部分群に限定されていたことに対応する)。この一般化は加群にも及び、$R$ 加群 $M$ の部分加群全体の束は常にモジュラー束になる(ex-modular-lattice-subspaces のベクトル空間の場合の証明がそのまま通る)。
| 階層 | 定義条件 | 除外される部分束 | 典型例 | 関係 |
|---|---|---|---|---|
| 一般の束 | 束の公理(任意の二元が上限・下限を持つ順序集合)のみ | なし | 任意の全順序集合 | 最も広いクラス |
| モジュラー束 | モジュラー律 $a\leq c\Rightarrow a\vee(b\wedge c)=(a\vee b)\wedge c$(def-modular-lattice-law) | $N_5$(五角形束、rem-modular-lattice-nonexample-n5、thm-modular-lattice-dedekind-characterization) | 部分空間の束(ex-modular-lattice-subspaces)、正規部分群の束(ex-modular-lattice-normal-subgroups)、$M_3$(rem-modular-lattice-m3-not-distributive) | 一般の束の真部分クラス |
| 分配束 | 分配律 $a\wedge(b\vee c)=(a\wedge b)\vee(a\wedge c)$ | $N_5$ と $M_3$ の両方 | 冪集合の束、約数の束(ex-modular-lattice-distributive-examples) | モジュラー束の真部分クラス(prop-modular-lattice-distributive-implies-modular、rem-modular-lattice-m3-not-distributive) |
分配束が $N_5$・$M_3$ のどちらも部分束に持たないという特徴づけ自体はBirkhoffの定理であり、本記事の主題(モジュラー束)の範囲外なので証明は割愛し文献Gra11に委ねる。分配束⟹モジュラー束の証明はprf-modular-lattice-distributive-implies-modularを、モジュラー束が $N_5$ を除外することの証明はprf-modular-lattice-dedekind-characterization-forwardを参照。
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