リーマン沈め込み

同義語:Riemannian submersion

概要

リーマン沈め込み(Riemannian submersion)とは、リーマン多様体間の全射沈め込み $\pi\colon(M,g_M)\to(B,g_B)$ で、各点の垂直空間 $\ker d\pi$ の直交補空間から底空間への微分が等長写像となるものである。接空間は水平・垂直方向に直交分解され、O'Neill のテンソル $A$ は水平分布の非可積分性を、$T$ はファイバーの第二基本形式を測る。正規直交な水平ベクトル $X,Y$ が張る断面では $K_B=K_M+3\lVert A_XY\rVert^2$ となり、全測地的ファイバーは $T=0$ で特徴づけられる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: リーマン多様体, 沈め込み, Levi-Civita接続, 断面曲率

概要

リーマン沈め込みは、全空間の接空間をファイバーに沿う垂直方向とそれに直交する水平方向に分け、水平方向の長さと角度を底空間へそのまま移す写像である。単なる沈め込みに計量条件を加えた概念であり、積多様体の射影、等長群作用による商、Hopfファイブレーションなどを統一して扱う。
全空間の曲率と底空間・ファイバーの曲率の差は、O'Neill のテンソル $A,T$ によって測られる。$A$ は主に水平分布の非可積分性を、$T$ はファイバーが全空間の中でどれだけ曲がっているかを表す。本記事では正定値のリーマン計量に限定し、曲率テンソルの符号規約を固定して、水平平面と垂直平面に対する曲率公式を述べる。

定義

$(M,g_M)$ と $(B,g_B)$ をリーマン多様体とし、$\pi\colon M\to B$ を全射な滑らかな沈め込みとする。各 $p\in M$ において
$$ \mathcal V_p:=\ker(d\pi_p),\qquad \mathcal H_p:=\mathcal V_p^{\perp} $$
とおき、それぞれ垂直空間、水平空間という。正定値性により
$$ T_pM=\mathcal V_p\oplus\mathcal H_p $$
である。対応する直交射影を $\mathcal V,\mathcal H$ と書く。垂直分布 $\mathcal V$ は $\pi$ のファイバーの接分布なので常に可積分であるが、水平分布 $\mathcal H$ は一般には可積分でない。

リーマン沈め込み

$\pi\colon(M,g_M)\to(B,g_B)$ がリーマン沈め込み(Riemannian submersion)であるとは、すべての $p\in M$ について
$$ d\pi_p\big|_{\mathcal H_p}\colon (\mathcal H_p,g_M) \longrightarrow (T_{\pi(p)}B,g_B) $$
が線形等長写像であることをいう。すなわち、任意の $X,Y\in\mathcal H_p$ に対して
$$ g_M(X,Y)=g_B(d\pi_pX,d\pi_pY) $$
が成り立つ。

水平ベクトル場 $X$ が $B$ 上のベクトル場 $\bar X$ と $\pi$-関連、すなわち
$$ d\pi_p(X_p)=\bar X_{\pi(p)} $$
を満たすとき、$X$ を基本水平ベクトル場という。基本水平ベクトル場どうしの内積は底空間の関数の引き戻しである。

O'Neillのテンソル

$\nabla$ を $(M,g_M)$ の Levi-Civita 接続とする。任意のベクトル場 $E,F$ に対して
$$ \begin{aligned} T_EF&:=\mathcal H\nabla_{\mathcal VE}(\mathcal VF) +\mathcal V\nabla_{\mathcal VE}(\mathcal HF),\\ A_EF&:=\mathcal V\nabla_{\mathcal HE}(\mathcal HF) +\mathcal H\nabla_{\mathcal HE}(\mathcal VF) \end{aligned} $$
と定める。これらを O'Neill のテンソルという。この定義では、第1引数について
$$ T_E=T_{\mathcal VE},\qquad A_E=A_{\mathcal HE} $$
である。また、垂直場 $U,V$ と水平場 $X,Y$ に対して
$$ T_UV=\mathcal H\nabla_UV,\qquad T_UX=\mathcal V\nabla_UX,\qquad A_XY=\mathcal V\nabla_XY,\qquad A_XU=\mathcal H\nabla_XU $$
となる。特に $T_UV$ はファイバー $\pi^{-1}(b)$ の第二基本形式そのものである。
文献によっては $A,T$ の符号、曲率テンソルの符号、あるいは文字の役割が異なる。本記事では上の定義と後述の曲率規約を一貫して用いる。

例と反例

積射影

リーマン多様体 $(B,g_B)$、$(F,g_F)$ の積に積計量 $g_B\oplus g_F$ を入れると、射影
$$ \operatorname{pr}_B\colon B\times F\longrightarrow B $$
はリーマン沈め込みである。水平空間は $T_bB\oplus0$、垂直空間は $0\oplus T_fF$ であり、積の Levi-Civita 接続は成分ごとに作用する。したがって $A=0$ かつ $T=0$ である。

等長群作用による商

Lie 群 $G$ が $(M,g_M)$ に自由かつ固有に等長的に作用するとする。商 $M/G$ は滑らかな多様体となり、商写像 $\pi\colon M\to M/G$ の水平空間を軌道の接空間の直交補空間とすることで、$\pi$ がリーマン沈め込みになる計量が $M/G$ 上に一意に定まる。標準的な Hopf ファイブレーション $S^3\to\mathbb{CP}^1$ はこの構成の例である。

反例:沈め込みでも計量を保たない

標準 Euclid 計量を入れた $\mathbb R^2$ と $\mathbb R$ の間の写像
$$ \pi(x,y)=2x $$
は全射な沈め込みである。垂直空間は $y$ 軸方向、水平空間は $x$ 軸方向であるが、水平単位ベクトル $\partial_x$ に対して $d\pi(\partial_x)=2\partial_t$ となり、長さが $1$ から $2$ に変わる。よってこれはリーマン沈め込みではない。この例は「全射な沈め込み」という微分位相的条件だけでは、水平計量を保つという条件は従わないことを示す。

基本性質

$T$の対称性

垂直ベクトル場 $U,V$ に対して
$$ T_UV=T_VU $$
が成り立つ。

Levi-Civita 接続は捩率をもたないので $\nabla_UV-\nabla_VU=[U,V]$ である。垂直分布はファイバーの接分布だから $[U,V]$ も垂直であり、$\mathcal H[U,V]=0$ である。したがって
$$ T_UV-T_VU =\mathcal H(\nabla_UV-\nabla_VU) =\mathcal H[U,V]=0 $$
を得る。$\square$

$T$と全測地的ファイバー

$T\equiv0$ であることと、$\pi$ のすべてのファイバーが $(M,g_M)$ の全測地的部分多様体であることは同値である。

ファイバーの第二基本形式は、垂直ベクトル場 $U,V$ に対する
$$ \mathrm{II}(U,V)=\mathcal H\nabla_UV=T_UV $$
である。したがって $T\equiv0$ なら各ファイバーは全測地的である。
逆に各ファイバーが全測地的なら $T_UV=0$ である。水平場 $X$ と垂直場 $U,V$ に対し、計量接続性と $g_M(X,V)=0$ から
$$ g_M(T_UX,V)=g_M(\nabla_UX,V)=-g_M(X,\nabla_UV)=-g_M(X,T_UV)=0 $$
となる。$T_UX$ は垂直で、上式は任意の垂直 $V$ に対して成り立つので $T_UX=0$ である。第1引数の垂直成分と第2引数の水平・垂直分解を用いれば、任意の $E,F$ に対して $T_EF=0$ が従う。$\square$

$A$と水平分布の非可積分性

基本水平ベクトル場 $X,Y$ に対して
$$ A_XY=\frac12\mathcal V[X,Y] $$
が成り立つ。したがって $A_XY=-A_YX$ であり、水平分布 $\mathcal H$ が可積分であることと、すべての水平ベクトル $X,Y$ に対して $A_XY=0$ であることは同値である。

$U$ を垂直ベクトル場とする。$X,Y$ は基本水平場なので $[U,X]$ と $[U,Y]$ は垂直であり、$g_M(X,Y)$ は底空間上の関数の引き戻しだから $U(g_M(X,Y))=0$ である。Koszul の公式にこれらを代入すると
$$ 2g_M(\nabla_XY,U)=g_M([X,Y],U) $$
を得る。$A_XY=\mathcal V\nabla_XY$ であり、これは任意の垂直 $U$ に対して成り立つから
$$ A_XY=\frac12\mathcal V[X,Y] $$
である。反対称性も直ちに従う。
水平分布が可積分なら水平場の括弧は水平なので $A_XY=0$ である。逆に $A$ が水平ベクトルの対で消えるとする。各点の水平ベクトルは局所的な基本水平場に延長できるので、上の公式から任意の水平場 $X,Y$ に対して $\mathcal V[X,Y]=0$ となる。Frobenius の定理により $\mathcal H$ は可積分である。$\square$

曲率公式

符号を明確にするため、本記事では
$$ R^M(E,F)G =\nabla_E\nabla_FG-\nabla_F\nabla_EG-\nabla_{[E,F]}G $$
とし、線形独立な $E,F$ が張る平面の断面曲率を
$$ K_M(E,F) =\frac{g_M(R^M(E,F)F,E)}{\lVert E\rVert^2\lVert F\rVert^2-g_M(E,F)^2} $$
と定める。$\lVert E\wedge F\rVert^2:=\lVert E\rVert^2\lVert F\rVert^2-g_M(E,F)^2$ と略記する。$B$ とファイバーにも同じ規約を用いる。

O'Neillの水平・垂直曲率公式

$X,Y$ を線形独立な水平ベクトルとし、$\bar X=d\pi(X)$、$\bar Y=d\pi(Y)$ とする。このとき
$$ K_B(\bar X,\bar Y) =K_M(X,Y)+3\frac{\lVert A_XY\rVert^2}{\lVert X\wedge Y\rVert^2} $$
である。
また、$U,V$ を同じファイバー $F=\pi^{-1}(b)$ に接する線形独立な垂直ベクトルとすると
$$ K_M(U,V) =K_F(U,V) +\frac{\lVert T_UV\rVert^2-g_M(T_UU,T_VV)}{\lVert U\wedge V\rVert^2} $$
である。ここで $K_F$ は誘導計量を入れたファイバーの断面曲率である。

出典と符号

上の2式は O'Neill の原論文 ONe66 の Corollary 1(p. 465)で示される基本方程式を、本記事の $R$ と $K$ の規約で書いたものである。曲率テンソルを本記事の $R$ の負で定める文献では、断面曲率も同時に符号が反転する。式だけを別の文献から移すのではなく、$R$、$A$、$T$ の3つの規約をそろえて比較する必要がある。

水平公式の右辺の補正項は非負である。特に $X,Y$ が正規直交なら
$$ K_B(\bar X,\bar Y)=K_M(X,Y)+3\lVert A_XY\rVert^2 =K_M(X,Y)+\frac34\lVert\mathcal V[X,Y]\rVert^2. $$
したがって、底空間の曲率が全空間の水平断面曲率より大きくなる差は、水平分布の非可積分性によって正確に測られる。
一方、垂直公式はファイバーに対する Gauss 方程式である。$T=0$、すなわちファイバーが全測地的なら補正項は消え、垂直平面について $K_M(U,V)=K_F(U,V)$ となる。一般には $\lVert T_UV\rVert^2$ と $g_M(T_UU,T_VV)$ の差の符号は一定でない。

注意

  • リーマン沈め込みの条件は水平ベクトルについてだけ課される。垂直ベクトルは $d\pi$ で $0$ に送られるので、$d\pi$ が接空間全体の等長写像である必要はない。
  • $T=0$ はファイバーが全測地的であることを表し、$A=0$ は水平分布が可積分であることを表す。両者は独立の条件である。
  • 旧来の解説には $\mathcal H$ と $\mathcal V$ を入れ替えた $A,T$ の定義が混在する。曲率公式を用いる前に、採用している定義を必ず確認する必要がある。
  • 混合平面の曲率、Ricci 曲率、スカラー曲率の分解には $A,T$ の共変微分や平均曲率が現れる。本記事では符号規約の違いによる誤用を避けるため、O'Neill の基本的な水平・垂直公式までを扱う。

関連項目

参考文献

Mathpediaは寄付と、参考文献の書籍リンク(Amazonアソシエイト)の紹介料で運営されています。 支援について / 寄付する