1次分数変換(fractional linear transformations)とは、複素数 $a,b,c,d$($ad-bc\ne0$)について複素数平面の点 $z$ を $w=\frac{az+b}{cz+d}$ に移す変換である。2 つの変換を続けて行うと、係数を並べた行列の積の変換になり、逆変換は逆行列の変換になる。円と直線は円と直線に移り、相異なる 4 点の複比 $\frac{(z_1-z_3)(z_2-z_4)}{(z_1-z_4)(z_2-z_3)}$ は変わらない。相異なる 3 点を動かさない 1 次分数変換は恒等変換だけである。$w=\frac{z-i}{z+i}$ は虚部が正の点全体(上半平面)を単位円の内部全体に 1 対 1 に移し、実軸を単位円(点 $1$ を除く)に移す。
前提知識: w=1/z による図形の変換, 複素数平面と図形, 分数型の漸化式と1次分数変換, 行列の演算(高校数学)
w=1/z による図形の変換 では、複素数平面の点 $z$ を $w=\frac1z$ に移すと、円と直線が円と直線に移ることを見た。同じ記事の最後では、$w=\frac{az+b}{cz+d}$ の形の式が、平行移動・回転と拡大・$\frac1z$ を続けたものに分解できることにも触れた。この記事では、この形の変換(1 次分数変換)そのものを調べる。まず、1 つの例で点を動かしてみる。
$T(z)=\dfrac{z-i}{z+i}$ とする($z\ne-i$)。
$S(z)=2z+1$ と $R(z)=\frac1z$ を考える。
2 つの例から、次の問いが出てくる。
| 高校の計算 | この記事での見方 | ボックス |
|---|---|---|
| 分数の式に分数の式を代入する | 係数の行列の積 | prop-flh-composition |
| $w=\frac{az+b}{cz+d}$ を $z$ について解く | 逆行列 | prop-flh-inverse |
| 円と直線の像を求める | 平行移動・回転と拡大・$\frac1z$ に分解する | thm-flh-clines |
| 4 点の複比を計算する | 1 次分数変換で変わらない量 | thm-flh-cross-ratio |
| $\lvert z-i\rvert$ と $\lvert z+i\rvert$ を比べる | 上半平面を単位円の内部に移す変換 | thm-flh-half-plane |
複素数 $a,b,c,d$ が $ad-bc\ne0$ を満たすとき、
$$
T(z)=\frac{az+b}{cz+d}
$$
を 1 次分数変換 という。$c\ne0$ のときは $z\ne-\frac dc$、$c=0$ のときはすべての複素数 $z$ で考える。行列 $M_T=\begin{pmatrix}a&b\\ c&d\end{pmatrix}$ を $T$ の行列、$ad-bc$ をその行列式という。
分数型の漸化式と1次分数変換 では、係数が実数のものを「1 次分数関数」と呼んで漸化式に使った。この記事では係数も変数も複素数にして、複素数平面の図形の変換として扱う。
$ad-bc\ne0$ の条件を外すと、変換は定数になってしまう(ex-flh-det-zero)。$c\ne0$ のとき、$w=\frac{az+b}{cz+d}$ は $w=\frac ac$ にはならない。これは次の命題で分かる。
$T(z)=\dfrac{az+b}{cz+d}$ を 1 次分数変換とし、$U(w):=\dfrac{dw-b}{-cw+a}$ とおく(行列 $\begin{pmatrix}d&-b\\ -c&a\end{pmatrix}$ は $M_T$ の逆行列の $ad-bc$ 倍)。
段 1($c\ne0$、$w=T(z)$ から $z$ を出す)。$z\ne-\frac dc$、$w=T(z)$ とする。分母を払うと $w(cz+d)=az+b$、つまり $z(cw-a)=b-dw$ である。仮に $cw-a=0$ なら $b-dw=0$ で、$w=\frac ac$ を代入すると $b-\frac{ad}c=0$、つまり $ad-bc=0$ となり仮定に反する。よって $w\ne\frac ac$ で、$z=\frac{b-dw}{cw-a}=\frac{dw-b}{-cw+a}=U(w)$ である。
段 2($c\ne0$、逆向き)。$w\ne\frac ac$ とし、$z=U(w)$ とおく。$cz+d=\frac{c(dw-b)+d(-cw+a)}{-cw+a}=\frac{ad-bc}{-cw+a}\ne0$ なので $z\ne-\frac dc$ である。$az+b=\frac{a(dw-b)+b(-cw+a)}{-cw+a}=\frac{(ad-bc)w}{-cw+a}$ なので、$T(z)=\frac{az+b}{cz+d}=w$ である。段 1・段 2 から 1 が成り立つ。
段 3($c=0$)。$ad\ne0$ なので $T(z)=\frac adz+\frac bd$、$U(w)=\frac{dw-b}a$ で、$w=\frac{az+b}d\iff dw=az+b\iff z=\frac{dw-b}a$ である。$\square$
$T(z)=\frac{z-i}{z+i}$($a=1$、$b=-i$、$c=1$、$d=i$)の逆変換は $U(w)=\frac{iw+i}{-w+1}=\frac{i(1+w)}{1-w}$($w\ne1$)である。$w=\frac13$ を入れると $U\bigl(\frac13\bigr)=\frac{i\cdot\frac43}{\frac23}=2i$ で、ex-flh-start の $T(2i)=\frac13$ と合う。$T$ は $z=-i$ では定義されず、$w=1$ という値はとらない。行列では $\begin{pmatrix}1&-i\\ 1&i\end{pmatrix}^{-1}=\frac1{2i}\begin{pmatrix}i&i\\ -1&1\end{pmatrix}$ で、定数倍 $\frac1{2i}$ を除いて $U$ の係数と同じである。
$T_1$、$T_2$ を 1 次分数変換とし、行列を $M_1=\begin{pmatrix}a_1&b_1\\ c_1&d_1\end{pmatrix}$、$M_2$ とする。$T_2(T_1(z))$ が定義される $z$ では、$T_2(T_1(z))$ は行列 $M_2M_1$ の 1 次分数変換の値に等しい。また行列 $M$ と $kM$($k\ne0$)は同じ 1 次分数変換を表す。
段 1(定数倍)。$\frac{kaz+kb}{kcz+kd}=\frac{az+b}{cz+d}$ なので、$kM$ と $M$ は同じ変換を表す。また $kM$ の行列式は $k^2(ad-bc)\ne0$ である。
段 2(合成)。$M_2=\begin{pmatrix}a_2&b_2\\ c_2&d_2\end{pmatrix}$ とし、$u=T_1(z)=\frac{a_1z+b_1}{c_1z+d_1}$ とおく。$T_2(u)=\frac{a_2u+b_2}{c_2u+d_2}$ の分子と分母に $c_1z+d_1$($\ne0$)を掛けると
$$
T_2(u)=\frac{a_2(a_1z+b_1)+b_2(c_1z+d_1)}{c_2(a_1z+b_1)+d_2(c_1z+d_1)}=\frac{(a_2a_1+b_2c_1)z+(a_2b_1+b_2d_1)}{(c_2a_1+d_2c_1)z+(c_2b_1+d_2d_1)}
$$
である。係数を並べた行列は、行列の積の定義(行列の演算(高校数学))により $M_2M_1$ である。$M_2M_1$ の行列式は $M_2$ と $M_1$ の行列式の積で $0$ でないので、これも 1 次分数変換である。$\square$
係数が実数の場合の同じ命題とその使い方(分数型の漸化式の一般項)は 分数型の漸化式と1次分数変換 にある。ex-flh-start-composition で、$R\circ S$ の行列が $M_RM_S$(右に先に行う変換の行列)になったのはこのためである。行列の積は一般に順番を変えると変わる(行列の演算(高校数学))ので、変換の合成も順番によって結果が変わる。
$T(z)=\frac{z-i}{z+i}$ を 2 回続けると、
$$
\begin{pmatrix}1&-i\\ 1&i\end{pmatrix}^2=\begin{pmatrix}1-i&1-i\\ 1+i&-1-i\end{pmatrix}
$$
から $T(T(z))=\frac{(1-i)(z+1)}{(1+i)(z-1)}=-i\cdot\frac{z+1}{z-1}$ である($\frac{1-i}{1+i}=-i$)。$z=0$ で確かめると、$T(0)=-1$、$T(-1)=i$(ex-flh-start)で、式からも $-i\cdot\frac{1}{-1}=i$ である。
1 次分数変換 $T$ は、円または直線の上の点($T$ が定義される点)を、1 つの円または 1 本の直線の上に移す。
$c=0$ なら $T(z)=\frac adz+\frac bd$ は回転と拡大のあとに平行移動をしたもので、円を円に、直線を直線に移す。$c\ne0$ なら
$$
\frac{az+b}{cz+d}=\frac ac-\frac{ad-bc}c\cdot\frac1{cz+d}
$$
である(右辺を通分すると $\frac{a(cz+d)-(ad-bc)}{c(cz+d)}=\frac{c(az+b)}{c(cz+d)}$)。右辺は「$z\mapsto cz+d$」「$\frac1{\,\cdot\,}$」「$-\frac{ad-bc}c$ を掛ける」「$\frac ac$ を足す」を続けたもので、1 つ目・3 つ目・4 つ目は円を円に、直線を直線に移す。2 つ目の $\frac1z$ が円と直線を円と直線に移すことは、w=1/z による図形の変換 の主定理である。よって全体も円と直線を円と直線に移す。この分解は同じ記事の「1 次分数変換への一般化」でも述べられている。$\square$
$c\ne0$ のとき、点 $-\frac dc$ を通る円や直線は、その点が除かれるので、像は円または直線から 1 点を除いたものになる。たとえば ex-flh-start の $T$ で、$-i$ を通らない実軸は単位円(から点 $1$ を除いたもの)に移る(thm-flh-half-plane)。
4 点が同じ円の上にあるかどうかを判定する量として、円周角の定理(高校数学) と 複素数平面と図形 で複比を使った。この記事でも同じ並びで定義する。
相異なる複素数 $z_1,z_2,z_3,z_4$ に対し
$$
(z_1,z_2;z_3,z_4):=\frac{(z_1-z_3)(z_2-z_4)}{(z_1-z_4)(z_2-z_3)}
$$
を 複比 という。
$T(z)=\dfrac{az+b}{cz+d}$ が定義される 2 点 $z$、$z'$ について
$$
T(z)-T(z')=\frac{(ad-bc)(z-z')}{(cz+d)(cz'+d)}
$$
である。
通分すると分子は $(az+b)(cz'+d)-(az'+b)(cz+d)$ である。展開すると $aczz'+adz+bcz'+bd-aczz'-adz'-bcz-bd=ad(z-z')-bc(z-z')=(ad-bc)(z-z')$ となる。$\square$
係数が実数の場合の同じ公式は 分数型の漸化式と1次分数変換 でも示されている。この公式から、$ad-bc\ne0$ なら $z\ne z'$ のとき $T(z)\ne T(z')$ であることも分かる(prop-flh-inverse の 1 対 1 の別の確かめ方)。
$T$ を 1 次分数変換、$z_1,z_2,z_3,z_4$ を $T$ が定義される相異なる 4 点とする。このとき
$$
(T(z_1),T(z_2);T(z_3),T(z_4))=(z_1,z_2;z_3,z_4)
$$
である。
方針:複比の分子・分母に出てくる 4 つの差を lem-flh-difference で書きかえ、余分な因数が打ち消し合うことを見る。
段 1(書きかえ)。$D:=ad-bc$、$q_j:=cz_j+d$($\ne0$)とおく。lem-flh-difference から $T(z_j)-T(z_k)=\frac{D(z_j-z_k)}{q_jq_k}$ である。$T$ は 1 対 1(prop-flh-inverse)なので、$T(z_1),\dots,T(z_4)$ も相異なり、左辺の複比が定まる。
段 2(代入)。
$$
(T(z_1),T(z_2);T(z_3),T(z_4))=\frac{\frac{D(z_1-z_3)}{q_1q_3}\cdot\frac{D(z_2-z_4)}{q_2q_4}}{\frac{D(z_1-z_4)}{q_1q_4}\cdot\frac{D(z_2-z_3)}{q_2q_3}}
$$
である。分子の余分な因数は $\frac{D^2}{q_1q_2q_3q_4}$、分母の余分な因数も $\frac{D^2}{q_1q_4q_2q_3}=\frac{D^2}{q_1q_2q_3q_4}$ で等しいので、打ち消し合って $(z_1,z_2;z_3,z_4)$ が残る。$\square$
円周角の定理(高校数学) では、同じ事実を「平行移動・回転と拡大」と「$\frac1z$」のそれぞれで確かめて示した。ここでは分解を使わず、1 つの公式で示した。
$T(z)=\frac{z-i}{z+i}$ と 4 点 $0,\ 1,\ -1,\ 2i$ をとる。像は ex-flh-start から $-1,\ -i,\ i,\ \frac13$ である。
$$
(0,1;-1,2i)=\frac{(0+1)(1-2i)}{(0-2i)(1+1)}=\frac{1-2i}{-4i}=\frac{(1-2i)i}{4}=\frac{2+i}4
$$
$$
\Bigl(-1,-i;i,\frac13\Bigr)=\frac{(-1-i)\bigl(-i-\frac13\bigr)}{\bigl(-1-\frac13\bigr)(-i-i)}=\frac{(1+i)\bigl(\frac13+i\bigr)}{\frac83i}=\frac{-\frac23+\frac43i}{\frac83i}=\frac{\bigl(-\frac23+\frac43i\bigr)(-i)}{\frac83}=\frac{\frac43+\frac23i}{\frac83}=\frac{2+i}4
$$
で、どちらも $\frac12+\frac i4$ である。複比が実数でないので、4 点 $0,1,-1,2i$ は同じ円の上にも同じ直線の上にもない(円周角の定理(高校数学))。像の 4 点も同じである。
4 点 $0,1,-1,2i$(青)と、その $T(z)=\frac{z-i}{z+i}$ による像(赤)。点の位置は大きく変わるが、複比はどちらも $\frac12+\frac i4$ であることを見る図。
複比が変わらないことと、「複比が実数 $\iff$ 4 点が同じ円か同じ直線の上にある」(円周角の定理(高校数学))を合わせると、thm-flh-clines のもう 1 つの証明になる。
1 次分数変換 $T$ が相異なる 3 点 $z_1,z_2,z_3$ を動かさない($T(z_j)=z_j$)ならば、$T(z)=z$ である。したがって、相異なる 3 点 $z_1,z_2,z_3$ をそれぞれ $w_1,w_2,w_3$ に移す 1 次分数変換は、あっても 1 つしかない。
段 1(不動点の方程式)。$T(z)=z$ は、分母を払うと $az+b=z(cz+d)$、つまり $cz^2+(d-a)z-b=0$ である。
段 2(3 つの解をもつ多項式)。この 2 次以下の多項式が 3 つの相異なる解 $z_1,z_2,z_3$ をもつ。$0$ でない 2 次以下の多項式の解は 2 個以下(因数定理。剰余の定理と因数定理)なので、係数はすべて $0$ で、$c=0$、$d=a$、$b=0$ である。よって $T(z)=\frac{az}{a}=z$ である($ad-bc=a^2\ne0$ なので $a\ne0$)。
段 3(ただ 1 つ)。$T$、$T'$ がともに $z_j$ を $w_j$ に移すとする。prop-flh-inverse の逆変換 $U'$($T'$ の逆)をとると、$U'(T(z))$ は 1 次分数変換(prop-flh-composition)で、$z_1,z_2,z_3$ を動かさない。段 2 から $U'(T(z))=z$ で、両辺に $T'$ を施すと $T(z)=T'(z)$ である。$\square$
逆に、相異なる 3 点を相異なる 3 点に移す 1 次分数変換は必ずある(行き先に「無限遠点」を許して考える。証明は Hit18 Theorem 3.4.8。この記事では証明しない)。求め方は、thm-flh-cross-ratio から「$(w,w_1;w_2,w_3)=(z,z_1;z_2,z_3)$」を $w$ について解けばよい。
$0\mapsto-1$、$i\mapsto0$、$1\mapsto-i$ となる変換を求める。$(w,-1;0,-i)=(z,0;i,1)$ とおくと
$$
\frac{(w-0)(-1+i)}{(w+i)(-1-0)}=\frac{(z-i)(0-1)}{(z-1)(0-i)}
$$
である。左辺は $\frac{(1-i)w}{w+i}$、右辺は $\frac{z-i}{i(z-1)}$ である。分母を払うと $(1-i)w\cdot i(z-1)=(z-i)(w+i)$、つまり $(1+i)(z-1)w=(z-i)w+i(z-i)$ である。$w$ でまとめると $w\bigl((1+i)(z-1)-(z-i)\bigr)=i(z-i)$ で、括弧の中は $iz-1$ なので
$$
w=\frac{i(z-i)}{iz-1}=\frac{i(z-i)}{i(z+i)}=\frac{z-i}{z+i}
$$
となる($iz-1=i(z+i)$)。ex-flh-start の $T$ がこの 3 条件を満たすただ 1 つの変換である。
虚部が正の複素数全体 $\{z\mid\operatorname{Im}z>0\}$ を上半平面、$\{w\mid|w|<1\}$ を単位円板(単位円の内部)という。
$T(z)=\dfrac{z-i}{z+i}$($z\ne-i$)について、
方針:$|T(z)|=\frac{|z-i|}{|z+i|}$ は、点 $z$ と $i$ の距離と、$z$ と $-i$ の距離の比である。$i$ と $-i$ の垂直二等分線が実軸なので、上半分の点は $i$ に近い。
段 1(1 の証明)。$z=x+yi$ とすると $|z-i|^2=x^2+(y-1)^2$、$|z+i|^2=x^2+(y+1)^2$ で、
$$
|z-i|^2-|z+i|^2=(y-1)^2-(y+1)^2=-4y
$$
である。$|z+i|>0$ なので、$|T(z)|<1\iff|z-i|^2<|z+i|^2\iff-4y<0\iff y>0$ である。$=$ と $>$ も同じである。
段 2(逆変換)。prop-flh-inverse から、$T$ は $z\ne-i$ の点を $w\ne1$ の点に 1 対 1 に移し、逆は $z=\frac{i(1+w)}{1-w}$ である(ex-flh-inverse)。
段 3(上への対応)。$|w|<1$ となる $w$ をとる。$w\ne1$ なので $z=\frac{i(1+w)}{1-w}$ が定まり、$T(z)=w$ である。段 1 から $\operatorname{Im}z>0$ である。よって単位円板のすべての点が上半平面のある点の像になり、段 2 から 1 対 1 である。$|w|=1$、$w\ne1$ についても同じく、$z$ は実軸の点である。$\square$
上半平面の水平な直線(実線)と垂直な半直線(破線)の、$T(z)=\frac{z-i}{z+i}$ による像。実軸は単位円に、上半平面は単位円の内部に移り、直線は点 $1$ を通る円や円弧に移ることを見る図。
w=1/z による図形の変換 で見たように、変換は図形の「内側」を内側に移すとは限らない。thm-flh-half-plane は、この変換では上半平面という「側」が単位円の内側にきちんと移ることを言っている。
同じ考え方で、2 点からの距離の比が一定の点の軌跡(Apolloniusの円)も扱える。
$\alpha\ne\beta$ とし、$T(z)=\frac{z-\alpha}{z-\beta}$(行列式 $-\beta+\alpha\ne0$)を考える。$|T(z)|=\frac{|z-\alpha|}{|z-\beta|}$ なので、$k>0$、$k\ne1$ のとき、Apollonius の円 $|z-\alpha|=k|z-\beta|$ は、原点を中心とする半径 $k$ の円 $|w|=k$ の上に移る。$k=1$ なら $\alpha$ と $\beta$ の垂直二等分線が単位円 $|w|=1$ の上に移る。thm-flh-half-plane の $T$ は $\alpha=i$、$\beta=-i$ の場合で、その実軸の像(定理の 1 の $\lvert T(z)\rvert=1$)が $k=1$ の場合に当たる。たとえば $\alpha=1$、$\beta=-1$、$k=2$ の円 $|z-1|=2|z+1|$ は $x^2+y^2+\frac{10}3x+1=0$、つまり中心 $-\frac53$、半径 $\frac43$ の円で、その上の点 $z=-\frac13$ では $T\bigl(-\frac13\bigr)=\frac{-4/3}{2/3}=-2$、$|w|=2$ である。
| 外した仮定 | 崩れる主張 | ボックス |
|---|---|---|
| $ad-bc\ne0$ | $T$ は 1 対 1(異なる点を異なる点に移す) | ex-flh-det-zero |
| 変換が $\frac{az+b}{cz+d}$ の形($z$ の 1 次分数式) | 複比が変わらない(thm-flh-cross-ratio) | ex-flh-conjugate |
| 動かない点が 3 つある | $T$ は恒等変換(prop-flh-three-points) | ex-flh-two-fixed |
| $\operatorname{Im}z>0$ | $\lvert T(z)\rvert<1$(thm-flh-half-plane) | ex-flh-lower |
$\frac{2z+4}{z+2}$($a=2$、$b=4$、$c=1$、$d=2$、$ad-bc=4-4=0$)は、$z\ne-2$ で $\frac{2(z+2)}{z+2}=2$ となり、どの点も $2$ に移る。たとえば $0$ と $1$ はどちらも $2$ に移る。$ad-bc\ne0$ を外すと、1 対 1 でなくなり(prop-flh-inverse が崩れ)、円も 1 点に潰れる。
$z\mapsto\overline z$(実軸に関する折り返し)は、円を円に、直線を直線に移すが、$\frac{az+b}{cz+d}$ の形ではない。4 点 $0,1,i,2+i$ では
$$
(0,1;i,2+i)=\frac{(0-i)(1-2-i)}{(0-2-i)(1-i)}=\frac{(-i)(-1-i)}{(-2-i)(1-i)}=\frac{-1+i}{-3+i}=\frac{(-1+i)(-3-i)}{10}=\frac{4-2i}{10}=\frac25-\frac15i
$$
である。像 $0,1,-i,2-i$ の複比は、すべての数を共役にしたものなので $\frac25+\frac15i$ で、もとの複比と違う。$\frac{az+b}{cz+d}$ の形という仮定を外すと、「複比が変わらない」が崩れる(複比は共役に変わる)。直線に関する折り返しは、光の反射の法則を式にするときにも使った(2次曲線の接線と光学的性質)。
$T(z)=\frac z{2-z}$($a=1$、$b=0$、$c=-1$、$d=2$、行列式 $2$)では、$T(z)=z$ は $z=z(2-z)$、つまり $z(z-1)=0$ で、動かない点は $0$ と $1$ の 2 つである。しかし $T(-1)=-\frac13\ne-1$ で、恒等変換ではない。動かない点が 3 つあるという仮定を 2 つに弱めると、prop-flh-three-points の結論が崩れる。
$T(z)=\frac{z-i}{z+i}$ で、$z=-2i$($\operatorname{Im}z<0$)は $T(-2i)=\frac{-3i}{-i}=3$ に移り、$|w|=3>1$ である。$z=1-i$ では $T(1-i)=\frac{1-2i}{1}=1-2i$、$|w|^2=5>1$ である。$\operatorname{Im}z>0$ を外すと、像は単位円の外に出る(thm-flh-half-plane の 1 の 3 つ目)。
prop-flh-composition と prop-flh-inverse により、1 次分数変換を続けて行ったものも、逆変換も、また 1 次分数変換である。恒等変換 $z$(行列は単位行列)も含まれるので、1 次分数変換の全体は合成について群をなす(定義域の除外点は、次の段落の $\infty$ を加えると気にしなくてよくなる)。行列 $M$ と $kM$ が同じ変換を表すので、この群は「行列式が $0$ でない $2\times2$ 複素行列を、$0$ でない定数倍の違いを無視して考えたもの」と同じ形をしている。行列を $\frac1{\sqrt{ad-bc}}$ 倍して行列式を $1$ にそろえると、残る違いは符号 $\pm$ だけになる。大学ではこの群を $PGL_2(\mathbb{C})$ や $PSL_2(\mathbb{C})$ と書く(この記事では、群の同じ形であることは証明しない)。
$c\ne0$ のとき、prop-flh-inverse で $T$ は点 $-\frac dc$ で定義されず、値 $\frac ac$ をとらなかった。複素数平面に 1 点 $\infty$ を加え、$T\bigl(-\frac dc\bigr)=\infty$、$T(\infty)=\frac ac$($c=0$ なら $T(\infty)=\infty$)と約束すると、$T$ は $\infty$ を加えた平面全体を 1 対 1 に移す(Hit18 §3.4、Theorem 3.4.1)。直線は「$\infty$ を通る円」とみなされ、thm-flh-clines は「円は円に移る」の 1 行になる。この平面は w=1/z による図形の変換 で見た Riemann 球面と同一視できる。3 点の行き先を自由に決められること(prop-flh-three-points の後の注意)も、この約束のもとで述べられる(Hit18 Theorem 3.4.8)。
$a,b,c,d$ が実数で $ad-bc>0$ とする。$z=x+yi$ について、$T(z)=\frac{(az+b)(c\overline z+d)}{|cz+d|^2}$ の分子を展開すると $ac|z|^2+adz+bc\overline z+bd$ で、$ac|z|^2$ と $bd$ は実数、$adz$ の虚部は $ady$、$bc\overline z$ の虚部は $-bcy$ である。よって
$$
\operatorname{Im}T(z)=\frac{(ad-bc)\,y}{|cz+d|^2}
$$
で、$y>0$ なら $\operatorname{Im}T(z)>0$ である。たとえば $T(z)=\frac{2z+1}{z+1}$($ad-bc=1$)では $T(i)=\frac{1+2i}{1+i}=\frac{(1+2i)(1-i)}2=\frac{3+i}2$、虚部 $\frac12=\frac{1\cdot1}{|i+1|^2}$ である。
上半平面を「平面」とみなし、上半平面を自分自身に移す 1 次分数変換を「合同変換」とみなすと、平行線の公理が成り立たない幾何(双曲幾何)のモデルが得られる。これを上半平面モデルという(Hit18 §5.5、Definition 5.5.1)。ex-flh-real の変換はその合同変換の例である。単位円板を自分自身に移す 1 次分数変換を合同変換とみなすのが Poincaré の円板モデルで、Hit18 §5.5 は、単位円板を上半平面に移す 1 次分数変換で 2 つのモデルを行き来している。thm-flh-half-plane の $T$ はその逆向きの変換の例である。この記事では双曲幾何そのものは扱わない(双曲幾何、平行線の公理については 平行線公準(高校数学))。
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