Hasse原理(Hasse principle)とは、代数体 $k$ 上の多様体 $X$ について、$k$ のすべての素点 $v$ での完備化 $k_v$($\mathbb{Q}$ なら実数体とすべての $p$ 進数体)に点をもてば $k$ に点をもつ、という性質である。2次形式の零(Hasse–Minkowskiの定理)、中心単純環の分裂、巡回拡大のノルム方程式では成り立ち、このとき有理数解の有無は有限個の素点での計算で判定できる。一方、$(x^2-2)(x^2-17)(x^2-34)=0$ のような 1 変数の方程式や種数 1 の曲線では成り立たず、その破れは Tate–Shafarevich 群や Brauer–Manin 障害で測られる。
有理数係数の方程式が有理数解をもつなら、その解は実数解でもあり、どの素数 $p$ についても $p$ 進数の解でもある。Hasse 原理 は、この逆、すなわち「実数体とすべての $p$ 進数体で解けるなら有理数体で解ける」が成り立つかを問う。2 次形式についてはこれが正しく(Hasse–Minkowskiの定理)、各 $p$ 進数体での可解性は有限回の計算で判定できるので、有理数解の有無が決定できる。一方、次数が上がると Hasse 原理は一般に成り立たず、その破れを測るものとして Tate–Shafarevich群 や Brauer–Manin障害 が現れる。
$k$ を代数体($\mathbb Q$ の有限次拡大)とする(大域体)。$k$ の 素点 $v$ ごとに完備化 $k_v$ が定まる。$k=\mathbb Q$ なら素点は素数 $p$ と $\infty$ で、$\mathbb Q_p$ は $p$ 進数体、$\mathbb Q_\infty=\mathbb R$ である(p進数体 の記事の系「$\mathbb Q$ の完備化」)。
この記事で 多様体 $X$ とは、$k$ 係数の多項式の連立方程式で定まる図形のことで、体 $K\supseteq k$ について $X(K)$ はその $K$ に成分をもつ解の集合を表す。方程式が同次式のときは射影的に考え、$X(K)$ は $(0,\dots,0)$ でない解を定数倍で同一視したものとする(有理点)。$k\subseteq k_v$ なので、$X(k)\ne\emptyset$ ならすべての $v$ で $X(k_v)\ne\emptyset$ である。
$k$ 上の多様体 $X$ が Hasse 原理(Hasse principle、局所大域原理)を満たすとは、
$$
\text{すべての素点 }v\text{ で }X(k_v)\ne\emptyset\ \Longrightarrow\ X(k)\ne\emptyset
$$
が成り立つことをいう。すべての $v$ で $X(k_v)\ne\emptyset$ のとき、$X$ は 局所的にいたるところ可解 であるという。多様体のある族のすべての元が Hasse 原理を満たすとき、その族について Hasse 原理が成り立つという。
この形の定義は Poo17 Question 2.6.15(p. 52)と Mil21 第 I 章 §2(p. 22)にある。局所的な条件は実質的に有限個である。$X$ が幾何的に整(代数閉包の上でも既約で被約)なら、有限個を除くすべての $v$ で $X(k_v)\ne\emptyset$ が自動的に成り立つ(Poo17 Theorem 7.7.2、p. 223。有限体上の点の個数の評価と Hensel の補題による。この記事では証明しない)。
Hasse 原理より強い性質として 弱近似 がある。これは、有限個の素点 $v_1,\dots,v_r$ と点 $P_i\in X(k_{v_i})$ を任意に与えたとき、すべての $P_i$ に同時にいくらでも近い $k$ 有理点があることをいう(Poo17 Question 2.6.16、p. 52)。
$p$ 進数体での可解性は「$p$ の冪を法とする合同式が解けること」と同じであり(Hasse–Minkowskiの定理 の記事の注意「合同式による言い換え」)、実数体での可解性は「符号の障害がないこと」である。Hasse 原理は、これらの明らかな障害がなければ解がある、という主張である。成り立つ場合は判定の手続きが得られ、成り立たない場合は、局所的な情報を大域的につなぎ合わせるときに失われる情報(積公式や相互法則のような大域的な制約)を調べることになる。
| 対象 | Hasse 原理の内容 | 記事 |
|---|---|---|
| 2 次形式の零(2 次超曲面) | $\mathbb Q$ 係数の非退化な 2 次形式は、すべての $\mathbb Q_v$ で零をもてば $\mathbb Q$ で零をもつ | Hasse–Minkowskiの定理 |
| 中心単純環、Severi–Brauer 多様体 | $\operatorname{Br}(k)\to\bigoplus_v\operatorname{Br}(k_v)$ は単射。したがって局所的にいたるところ分裂すれば分裂し、対応する Severi–Brauer 多様体は有理点をもつ | Tate–Shafarevich群 の定理「大域体の Brauer 群の局所大域原理」、Severi–Brauer多様体 の定理「有理点による分裂の判定」 |
| 巡回拡大のノルム方程式 | 巡回拡大 $L/k$ について、$a\in k^\times$ が局所的にいたるところノルムならノルムである | 類体論の第二不等式 の系「Hasseのノルム定理」 |
2 次曲線(3 変数の 2 次形式)については、局所条件どうしのあいだにも関係がある。
$a,b\in\mathbb Q^\times$ とし、$C_{a,b}\colon z^2=ax^2+by^2$ とする。$C_{a,b}(\mathbb Q_v)=\emptyset$ となる素点 $v$ の集合は有限で、元の個数は偶数である。とくに、ある 1 つの素点 $w$ を除くすべての $v$ で $C_{a,b}(\mathbb Q_v)\ne\emptyset$ なら、$C_{a,b}(\mathbb Q)\ne\emptyset$ である。
素点 $v$ について、$(a,b)_v$ を $C_{a,b}(\mathbb Q_v)\ne\emptyset$ なら $1$、そうでなければ $-1$ とおく。$v=p$ ではこれは $\mathbb Q_p$ の 2 次の Hilbert 記号と一致し(ノルム剰余記号 の記事の定義「Hilbert記号」の後の段落)、$v=\infty$ では同記事の積公式の節で定めた $(a,b)_\infty$ と一致する。同記事の定理「Hilbertの積公式(有理数体)」により、$(a,b)_v=-1$ となる $v$ は有限個で、
$$
\prod_v(a,b)_v=1
$$
である。左辺は $(-1)^{N}$($N$ は $C_{a,b}(\mathbb Q_v)=\emptyset$ となる $v$ の個数)なので $N$ は偶数である。後半:$w$ 以外で $(a,b)_v=1$ なら $N\le1$ で、$N$ は偶数なので $N=0$ である。すべての $v$ で $C_{a,b}(\mathbb Q_v)\ne\emptyset$ となり、Hasse–Minkowskiの定理(3 変数の場合)により $C_{a,b}(\mathbb Q)\ne\emptyset$ である。$\square$
$x^2+y^2+z^2=0$($a=b=-1$)は奇素数 $p$ では $\mathbb Q_p$ に解をもち(法 $p$ で $x^2+y^2\equiv-1$ を解いて Hensel の補題で持ち上げる)、$\mathbb R$ では解をもたない。prop-hp-conic-parity により、解けない素点はもう 1 つあり、それは $2$ である(ノルム剰余記号 の記事の定理「$\mathbb{Q}_2$ の 2 次のHilbert記号」で $(-1,-1)_2=-1$)。$z^2=3x^2-y^2$($a=3$、$b=-1$)では、$\mathbb R$ では解けるが、$v=3$ で $(3,-1)_3=\bigl(\frac{-1}{3}\bigr)=-1$ なので解けず、もう 1 つの素点 $2$ でも解けない。
Hasse 原理が成り立つと、有理数解の有無を局所的な計算に置き換えられる。次はその典型である。
$n$ を正の有理数とする。$n=x^2+y^2$ となる $x,y\in\mathbb Q$ があるための必要十分条件は、$p\equiv3\pmod4$ を満たすすべての素数 $p$ について $v_p(n)$ が偶数であることである。
Hasse–Minkowskiの定理 の記事の系「有理数の表現」により、$\langle1,1\rangle$ が $\mathbb Q$ 上で $n$ を表すことは、すべての素点 $v$ で $\mathbb Q_v$ 上で $n$ を表すことと同値である。同記事の補題「Hilbert 記号による判定」の 2 を $a=b=1$ に当てると、後者は各 $v$ で $(n,-1)_v=(1,1)_v=1$ となることと同値である。
$v=\infty$ では $n>0$ なので $(n,-1)_\infty=1$ である。奇素数 $p$ では、$n=p^\alpha u$($u$ は $p$ 進単数)と書くと、ノルム剰余記号 の記事の系「$p$ 進数体の 2 次のHilbert記号($p$ は奇素数)」により
$$
(n,-1)_p=\Bigl(\frac{-1}{p}\Bigr)^{\alpha}=(-1)^{\alpha\frac{p-1}2}
$$
である。これが $1$ であることは、$p\equiv1\pmod4$ であるか $\alpha=v_p(n)$ が偶数であることと同値である。最後に $v=2$ では、積公式 $\prod_v(n,-1)_v=1$ により、ほかのすべての素点で $1$ なら $(n,-1)_2=1$ である。以上から、すべての $v$ で $(n,-1)_v=1$ となることは、$p\equiv3\pmod4$ を満たすすべての $p$ で $v_p(n)$ が偶数であることと同値である。$\square$
たとえば $n=3$ は 2 つの有理数の平方の和でなく、$n=5/9=(1/3)^2+(2/3)^2$ や $n=2$ は和である。整数 $n$ が 2 つの整数の平方の和になる条件も同じ形になる(Fermatの二平方定理 から導かれる)が、整数解の存在は Hasse 原理だけからは従わない。ノルム方程式でも同じ計算ができる。たとえば $x^2-5y^2=3$ は、$(3,5)_5=\bigl(\frac35\bigr)=-1$ なので $\mathbb Q_5$ で解けず、したがって $\mathbb Q$ でも解けない。逆に Hasse のノルム定理($\mathbb Q(\sqrt5)/\mathbb Q$ は巡回拡大)により、すべての素点で局所的に解ける $c$ については $x^2-5y^2=c$ が有理数解をもつ。
このように、Hasse 原理が成り立つ族では、有限個の素点での Hilbert 記号などの計算によって、有理数解の有無を判定する手続きが得られる。
もっとも簡単な破れは、1 変数の方程式で起こる。
$f(x)=(x^2-2)(x^2-17)(x^2-34)$ とする。$f(x)=0$ は $\mathbb R$ とすべての $\mathbb Q_p$ に解をもつが、$\mathbb Q$ には解をもたない。
$2,17,34$ は平方数でない整数なので有理数の平方でなく、$f$ は $\mathbb Q$ に根をもたない。$\mathbb R$ では $x=\sqrt2$ が根である。$\mathbb Q_p$ では、$2,17,34$ のどれかが $\mathbb Q_p$ の平方数であることを示せばよい。平方数の判定には p進数体 の記事の系「平方数の判定と平方類」を使う。
この例の $f(x)=0$ は 6 点からなる 0 次元の多様体で、3 つの 2 次式の積に分解する。各因子 $x^2-d=0$ は Hasse 原理を満たす($d$ が $\mathbb R$ とすべての $\mathbb Q_p$ で平方数なら、$d>0$ で各 $v_p(d)$ は偶数なので有理数の平方である)。破れは、各素点で使われる因子が素点ごとに入れ替わることから生じている。
次元が正の、幾何的に既約な多様体の例も知られている。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 2 次形式の零を考える(Hasse–Minkowskiの定理) | 4 次の曲線 $2y^2=x^4-17$ | 局所的にいたるところ点をもてば有理点をもつ |
| 方程式が 1 つの 2 次式 $x^2-d=0$ | 3 つの 2 次式の積 $(x^2-2)(x^2-17)(x^2-34)=0$ | 局所的にいたるところ根をもてば有理数の根をもつ |
| ノルム方程式の拡大が巡回拡大(Hasse のノルム定理) | $\mathbb Q(\sqrt{13},\sqrt{17})/\mathbb Q$ と $5^2$ | 局所的にいたるところノルムならノルム |
1 行目の曲線は 2 次形式で定まらない($x$ について 4 次)ことだけが Hasse–Minkowski の定理の仮定と異なり、局所的にいたるところ点をもつことと有理点をもたないことは Tate–Shafarevich群 の記事の例「Lind–Reichardt の曲線」で示されている。2 行目は thm-hp-zero-dim で、各因子は Hasse 原理を満たすが積は満たさない。3 行目は CF67 Exercise 5.3(p. 360)による。
アーベル多様体の主等質空間。 $A$ を $k$ 上のアーベル多様体とすると、$A$ の主等質空間 $C$ は $H^1(k,A)$ の元 $[C]$ を定め、$C(k)\ne\emptyset$ は $[C]=0$ と同値である(Tate–Shafarevich群 の記事の命題「有理点をもつ主等質空間は自明」と定理「主等質空間と 1 次コホモロジー」)。$C$ が局所的にいたるところ可解であることは、$[C]$ がすべての $v$ で $H^1(k_v,A)$ の中で $0$ になること、すなわち $[C]\in Ш(A/k)$ と同値である(同記事の命題「局所的に有理点をもつ主等質空間」)。したがって
$$
A\text{ の主等質空間すべてについて Hasse 原理が成り立つ}\iff Ш(A/k)=0
$$
であり、$Ш(A/k)$ は破れの大きさをちょうど測る。
Brauer–Manin 障害。 一般の滑らかな射影多様体 $X$ では、$X$ の Brauer群 の元と局所体の Brauer 群の不変量を使って、局所点の族 $(x_v)_v$ に $\mathbb Q/\mathbb Z$ の値を対応させる。大域体の Brauer 群の相互法則により、有理点から来る族ではこの値が $0$ になる。値が $0$ になる族が 1 つもなければ $X(k)=\emptyset$ が結論でき、これを Brauer–Manin 障害という(Brauer–Manin障害、Man71 Théorème 1、p. 402)。上の Iskovskikh の例はこの障害で説明される(Poo17 Proposition 8.2.15、p. 234)。アーベル多様体の主等質空間については、Manin がこの障害を Tate–Shafarevich 群の上の Cassels–Tate 対で表した(Man71 Théorème 6、p. 405)。ただし、Brauer–Manin 障害で説明できない Hasse 原理の破れも存在する(Skorobogatov による。Poo17 Theorem 8.6.1、p. 248)。有理連結な多様体については、Brauer–Manin 障害が唯一の障害であると予想されている(Colliot-Thélène の予想、Poo17 Conjecture 9.2.27、p. 267)。
2 次曲線 $C_{a,b}$($a,b$ は 0 でない整数)では、$2ab$ を割らない奇素数 $p$ について $a,b$ は $p$ 進単数なので、$(a,b)_p=1$ であり(ノルム剰余記号 の記事の系「$p$ 進数体の 2 次のHilbert記号($p$ は奇素数)」で $\alpha=\beta=0$)、$C_{a,b}(\mathbb Q_p)\ne\emptyset$ が自動的に成り立つ。したがって確かめるべき素点は $\infty$、$2$ と $ab$ の素因数だけで、prop-hp-conic-parity によりそのうち 1 つは省ける。一般の幾何的に整な多様体についても、確かめるべき素点が有限個であることは Poo17 Theorem 7.7.2(p. 223)による。ただし、Hasse 原理が成り立たない族では、局所的にいたるところ可解であることが分かっても有理点の有無は決まらない。
この記事の例は主に $\mathbb Q$ の上で述べたが、2 次形式についての Hasse 原理は任意の代数体の上で成り立つ(Neu99 Chapter VI, §4 の Exercise 5 の後の注意、p. 385。この記事では証明しない)。Brauer 群の局所大域原理は任意の大域体の上で、Hasse のノルム定理は任意の代数体の巡回拡大について成り立つ(Neu99 Chapter VI, Corollary (4.5)、p. 384)。一方、基礎体を大きくすると破れの例が消えることがある。たとえば thm-hp-zero-dim の多項式は $\mathbb Q(\sqrt2)$ の上では根をもつ。
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