関数解析

同義語:functional analysis関数解析学函数解析

概要

関数解析(functional analysis)とは、関数の集まりをノルムや内積をもつ無限次元のベクトル空間とみなし、その上の線形写像・汎関数・作用素を調べる解析学の分野である。無限次元では閉単位球がコンパクトでなく線形写像も連続とは限らないが、凸性から来る Hahn–Banach の定理と弱位相でのコンパクト性、完備性から来る一様有界性原理・開写像定理・閉グラフ定理・縮小写像の原理、内積から来る直交分解と Riesz の表現定理がこれを補う。たとえば Volterra 型の積分方程式は、作用素の級数がつねに収束するので、すべての $\lambda$ でただ 1 つの解をもつ。微分方程式・変分法・Fourier 解析・量子力学の共通の言葉になっている。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: ノルム空間, 完備距離空間, 線形写像

関数解析(functional analysis)は、関数を 1 つの点とみなし、関数の集まりを無限次元のベクトル空間として扱って、その上の線形写像や汎関数(関数に数を対応させる写像)を調べる解析学の分野である。連続関数の空間 $C([a,b])$ や 2 乗可積分関数の空間 $L^2$ に長さ(ノルム)を入れると、関数の列の収束、微分方程式や積分方程式の解の存在、最小値をとる関数の存在を、$\mathbb{R}^n$ の幾何と同じ言葉で論じられるようになる。
ただし無限次元では、有限次元で当たり前だった性質がいくつも成り立たなくなる。閉単位球はコンパクトでなくなり、線形写像は連続とは限らない。関数解析の基本定理は、これを埋め合わせる 3 つの源泉 ── 凸性(Hahn–Banach の定理)、完備性(Baire のカテゴリー定理とその帰結、縮小写像の原理)、内積(Hilbert 空間の幾何) ── から生まれる。
この記事では、まず舞台となる空間と写像を定義し、有限次元との違いを確かめたあと、分野の柱となる定理を見取り図にまとめる。柱の定理は、それぞれの記事(1 つだけは Bre11)にある証明を見出しで引く。この記事では、柱が実際にどう働くかを 2 つの定理で示す。完備性と作用素ノルムによる Volterra 型積分方程式の解法(thm-fa-volterra)と、Hahn–Banach の定理による可分な空間の $\ell^\infty$ への埋め込み(thm-fa-linfty)である。

舞台:ノルム空間と有界線形写像

以下、係数体 $\mathbb{K}$ は実数体 $\mathbb{R}$ または複素数体 $\mathbb{C}$ とする。

ノルム空間・Banach空間・Hilbert空間
  1. $\mathbb{K}$ 上のベクトル空間 $X$ 上の関数 $\|\cdot\|\colon X\to[0,\infty)$ で、$\|x\|=0\iff x=0$、$\|cx\|=|c|\,\|x\|$、$\|x+y\|\le\|x\|+\|y\|$ を満たすものを ノルム、ノルムを備えたベクトル空間を ノルム空間 という。$d(x,y)=\|x-y\|$ は距離になる。
  2. この距離について完備な(Cauchy 列がつねに収束する)ノルム空間を Banach 空間 という。
  3. 内積 $\langle\cdot,\cdot\rangle$ をもち、ノルム $\|x\|=\sqrt{\langle x,x\rangle}$ について完備なものを Hilbert 空間 という。

詳しくは ノルム空間 の定義「ノルムとノルム空間」、Banach空間 の定義「Banach空間」、Hilbert空間 の定義「Hilbert空間」を参照。

有界線形写像・作用素ノルム・双対空間

$X,Y$ をノルム空間とする。

  1. 線形写像 $T\colon X\to Y$ は、ある定数 $C\ge0$ ですべての $x$ について $\|Tx\|\le C\|x\|$ となるとき 有界 という。そのような $C$ の下限 $\|T\|:=\sup_{\|x\|\le1}\|Tx\|$ を 作用素ノルム という。有界線形写像の全体を $B(X,Y)$、$B(X):=B(X,X)$ と書く。
  2. $B(X,\mathbb{K})$ の元を $X$ 上の 連続線形汎関数 といい、$X^*:=B(X,\mathbb{K})$ を $X$ の 連続双対空間 という。

線形写像が連続であることと有界であることは同値である(ノルム空間 の定理「連続性と有界性の同値」)。$Y$ が Banach 空間なら $B(X,Y)$ は作用素ノルムについて Banach 空間であり(Banach空間 の定理「有界線形写像の空間の完備性」)、とくに $X^*$ は $X$ が完備でなくてもつねに Banach 空間である(連続双対空間 の定理「連続双対の完備性」)。また $S\in B(Y,Z)$、$T\in B(X,Y)$ なら $\|STx\|\le\|S\|\,\|Tx\|\le\|S\|\,\|T\|\,\|x\|$ なので
$$ \|ST\|\le\|S\|\,\|T\| $$
である。この不等式から、$B(X)$ の中で合成は作用素ノルムについて連続になる。

代表的な空間
  1. 閉区間上の連続関数の空間 $C([a,b])$ は、上限ノルム $\|u\|_\infty=\max_{[a,b]}|u|$ について Banach 空間である(Banach空間 の命題「有界連続関数の空間の完備性」)。
  2. 数列の空間 $\ell^p$($1\le p\le\infty$)は Banach 空間で、$\ell^2$ は内積 $\langle x,y\rangle=\sum_nx_n\overline{y_n}$ について Hilbert 空間である(Banach空間 の命題「数列の空間の完備性」)。
  3. 測度空間上の $L^p$ 空間($1\le p\le\infty$)は Banach 空間で、$L^2$ は Hilbert 空間である(Lp空間 の定理「$L^p$ 空間の完備性(Riesz–Fischer)」)。
  4. 関数とその弱微分をまとめて測る Sobolev 空間 $W^{k,p}(\Omega)$ は Banach 空間で、$H^k=W^{k,2}$ は Hilbert 空間である(Sobolev空間の基本事項 の定理「Sobolev空間の完備性」)。
  5. 一方、$C^1([0,1])$ に上限ノルムだけを入れた空間は完備でない(Banach空間 の例「反例:上限ノルムだけの $C^1([0,1])$」)。どのノルムで測るかによって完備性が変わり、微分を扱うには導関数の大きさも測るノルムが必要になる。

有限次元との違い

有限次元のノルム空間では、すべてのノルムが同値で、すべての線形写像が連続で、閉単位球はコンパクトである(ノルム空間 の定理「有限次元ではすべてのノルムが同値」と系「有限次元ノルム空間の性質」)。無限次元ではこのどれもが成り立たない。

  • 閉単位球はコンパクトでない。 ノルム空間の閉単位球がコンパクトであることと有限次元であることは同値である(ノルム空間 の定理「閉単位球のコンパクト性と次元」)。たとえば $\ell^2$ の標準基底 $e_n$ は $m\ne n$ で $\|e_n-e_m\|=\sqrt2$ を満たすので、どの部分列も Cauchy 列にならず、収束する部分列をもたない。
  • 連続でない線形汎関数がある(ノルム空間 の例「反例:連続でない線形汎関数」)。したがって連続双対 $X^*$ は代数的な双対より真に小さくなりうる。
  • 同値でないノルムがある(ノルム空間 の例「反例:同値でないノルム」)。
    コンパクト性が失われると、「有界な列から収束する部分列を取り出して極限で解を得る」という有限次元の論法が使えない。関数解析はこれを、(1) 弱い位相でコンパクト性を取り戻す、(2) 完備性を使って近似列そのものを Cauchy 列にする、(3) 凸性と内積の幾何を使う、という 3 つの方法で補う。柱の定理はこの 3 つのどれかに属する。

柱の定理の見取り図

柱主張の要点鍵になる仮定証明のある記事と見出し
Hahn–Banach の定理劣線形関数で抑えた線形汎関数の延長、凸集合の閉超平面による分離凸性(劣線形性)Hahn–Banachの定理 の定理「Hahn–Banachの定理(解析形)」「Hahn–Banachの定理(第二幾何形)」
一様有界性原理有界線形写像の族が各点で有界なら作用素ノルムも一様に有界定義域の完備性Banach–Steinhausの定理 の定理「一様有界性原理」・系「Banach–Steinhausの定理」
開写像定理全射な有界線形写像は開写像、全単射なら逆写像も有界定義域と値域の完備性開写像定理 の定理「開写像定理」・系「有界逆写像定理」
閉グラフ定理グラフが閉な線形写像は有界定義域と値域の完備性、全域で定義閉グラフ定理 の定理「閉グラフ定理」
弱スター位相でのコンパクト性双対空間の閉単位球は弱スター位相でコンパクトなし(ノルム空間ならよい)Banach–Alaogluの定理 の定理「Banach–Alaoglu の定理」
反射性と弱コンパクト性反射的なら閉単位球は弱コンパクト、有界列は弱収束部分列をもつ反射性反射的Banach空間 の定理「角谷の定理」「有界列の弱収束部分列」
凸集合の弱閉性ノルムで閉じた凸集合は弱閉、凸で下半連続な関数は弱下半連続凸性Mazurの補題 の定理「凸集合の強閉と弱閉」・系「凸関数の弱下半連続性」
Hilbert 空間の幾何閉凸集合への最短点、直交分解、汎関数の内積による表示内積と完備性Hilbert空間 の定理「閉凸集合への最短点の存在と一意性」「直交射影と直交分解」、Rieszの表現定理 の定理「Rieszの表現定理」
変分問題の解の存在有界で強圧的な形式の方程式はただ 1 つの解をもつ強圧性Lax–Milgramの定理 の定理「Lax–Milgramの定理」
縮小写像の原理完備距離空間の縮小写像はただ 1 つの不動点をもつ完備性Banachの不動点定理 の定理「Banach の不動点定理」
コンパクト作用素のスペクトル理論コンパクト自己共役作用素の固有展開、$\lambda\ne0$ での $\lambda I-K$ の単射と全射の同値コンパクト性・自己共役性スペクトル定理 の定理「コンパクト自己共役作用素のスペクトル定理」(可分な実 Hilbert 空間の場合の証明は Bre11 Theorem 6.11)、Fredholm作用素 の系「Fredholmの択一定理」

表の柱は、次の 3 つの系統に分かれる。
凸性の系統。 Hahn–Banach の定理は、部分空間上の汎関数を空間全体へ延長し、交わらない凸集合を閉超平面で分ける。その帰結として、連続双対 $X^*$ は $X$ の点を区別できるほど大きく、$x\ne0$ なら $\|f\|=1$、$f(x)=\|x\|$ となる $f\in X^*$ がある(連続双対空間 の定理「点でノルムを実現する汎関数」)。$X^*$ が十分大きいので、$X^*$ のすべての元を連続にする最も粗い位相である 弱位相 が Hausdorff になり(弱位相(関数解析) の定義「弱位相」と命題「弱位相の Hausdorff 性」)、ノルム位相で失われたコンパクト性を弱位相で取り戻せる(Banach–Alaoglu の定理、角谷の定理)。さらに凸集合と凸関数については、ノルムで閉じていれば弱閉であり(Mazur)、弱位相での極限操作と最小化が両立する。この組み合わせが、変分法の直接法の土台である(変分法)。解析形の証明は Zorn の補題を使い、延長は具体的な式で与えられるとは限らない(Hahn–Banachの定理 の例「Banach 極限」)。
完備性の系統。 空でない完備距離空間は Baire 空間であり、可算個の閉集合で覆われるなら、そのどれかが内点をもつ(Baireのカテゴリー定理 の定理「Baire のカテゴリー定理」と系「閉集合による可算被覆」)。一様有界性原理・開写像定理・閉グラフ定理はどれもこの定理から導かれ、「各点での情報」や「代数的な全単射」から「一様な評価」を引き出す。これとは別に、完備性は近似列の極限を保証する。絶対収束する級数が収束することは完備性と同値であり(Banach空間 の定理「絶対収束する級数による完備性の特徴づけ」)、縮小写像の反復列は Cauchy 列になって不動点に収束する。下の thm-fa-volterra は、作用素の級数によってこの系統を使う例である。
内積の系統。 Hilbert 空間では、閉凸集合への最短点がただ 1 つ存在し、閉部分空間への直交射影ができる。そこから、有界線形汎関数はある元との内積で表され(Riesz)、強圧的な双線形形式の方程式はただ 1 つの解をもつ(Lax–Milgram)。偏微分方程式の弱解の存在は、Sobolev 空間という Hilbert 空間の上でこの定理を使って示される(Lax–Milgramの定理 の定理「区間上の Dirichlet 問題の弱解」)。完全正規直交系による展開と Parseval の等式は、Fourier 級数の理論を Hilbert 空間の言葉で述べたものである(Hilbert空間 の定理「完全正規直交系の特徴づけとParsevalの等式」)。
3 つの系統は互いに支え合う。たとえば Hilbert 空間が反射的であること(反射的Banach空間 の命題「Hilbert 空間は反射的」)は Riesz の表現定理から従い、反射性は凸性の系統の弱コンパクト性につながる。作用素のスペクトル理論は、3 つの系統をすべて使って行列の対角化を無限次元へ広げる。

完備性が働く例:Volterra 型の積分方程式

$a< b$ とし、三角形 $\Delta:=\{(x,t)\in\mathbb{R}^2: a\le t\le x\le b\}$ の上の連続関数 $k\colon\Delta\to\mathbb{K}$ をとって、$M:=\max_\Delta|k|$ とおく。$X:=C([a,b])$(値は $\mathbb{K}$、上限ノルム)の上の写像
$$ (Vu)(x):=\int_a^xk(x,t)\,u(t)\,dt\qquad(x\in[a,b]) $$
を Volterra 型の積分作用素 という。積分の上端が $x$ であることが、$k$ が三角形の上だけで定義されていることに対応する。

Volterra 型積分方程式の一意可解性

上の記号で、任意の $\lambda\in\mathbb{K}$ と $g\in C([a,b])$ に対し、
$$ u(x)-\lambda\int_a^xk(x,t)\,u(t)\,dt=g(x)\qquad(x\in[a,b]) $$
を満たす $u\in C([a,b])$ がただ 1 つ存在する。解は $[a,b]$ 上で一様収束する級数 $u=\sum_{n=0}^\infty\lambda^nV^ng$ で与えられ、$\|u\|_\infty\le e^{|\lambda|M(b-a)}\|g\|_\infty$ を満たす。

段 1($V\in B(X)$).$u\in X$ とし、$a\le x< y\le b$ とする。
$$ (Vu)(y)-(Vu)(x)=\int_a^x\bigl(k(y,t)-k(x,t)\bigr)u(t)\,dt+\int_x^yk(y,t)\,u(t)\,dt $$
である。$\Delta$ はコンパクトなので $k$ は一様連続であり(一様連続 の定理「Heine–Cantorの定理」)、$\varepsilon>0$ に対し $\delta>0$ を、$|y-x|< \delta$ ならすべての $t\le x$ で $|k(y,t)-k(x,t)|< \varepsilon$ となるようにとれる。すると右辺の絶対値は $\bigl(\varepsilon(b-a)+M|y-x|\bigr)\|u\|_\infty$ 以下になる。よって $Vu$ は連続で、$Vu\in X$ である。$V$ は線形で、$|(Vu)(x)|\le M(x-a)\|u\|_\infty$ から $\|V\|\le M(b-a)$ である。
段 2($V^n$ の評価).すべての $n\ge0$ と $x\in[a,b]$ について
$$ \bigl|(V^nu)(x)\bigr|\le\frac{M^n(x-a)^n}{n!}\,\|u\|_\infty $$
が成り立つことを $n$ についての帰納法で示す。$n=0$ では明らかである。$n$ で成り立てば
$$ \bigl|(V^{n+1}u)(x)\bigr|\le\int_a^xM\cdot\frac{M^n(t-a)^n}{n!}\|u\|_\infty\,dt=\frac{M^{n+1}(x-a)^{n+1}}{(n+1)!}\|u\|_\infty $$
である。とくに $\|V^n\|\le\bigl(M(b-a)\bigr)^n/n!$ である。
段 3(作用素の級数).$\sum_{n\ge0}\|\lambda^nV^n\|\le\sum_{n\ge0}\bigl(|\lambda|M(b-a)\bigr)^n/n!=e^{|\lambda|M(b-a)}< \infty$ である。$X$ は Banach 空間(ex-fa-spaces の 1)なので $B(X)$ も Banach 空間であり(Banach空間 の定理「有界線形写像の空間の完備性」)、絶対収束する級数 $S:=\sum_{n\ge0}\lambda^nV^n$ は $B(X)$ の中で収束して $\|S\|\le e^{|\lambda|M(b-a)}$ を満たす(Banach空間 の定理「絶対収束する級数による完備性の特徴づけ」)。
段 4(逆写像).部分和 $S_N:=\sum_{n=0}^N\lambda^nV^n$ について、打ち消し合いにより
$$ (I-\lambda V)S_N=S_N(I-\lambda V)=I-\lambda^{N+1}V^{N+1} $$
である。$N\to\infty$ のとき $S_N\to S$ であり、$\|\lambda^{N+1}V^{N+1}\|\to0$ である。合成は $\|AB\|\le\|A\|\,\|B\|$ により作用素ノルムについて連続なので、極限をとって $(I-\lambda V)S=S(I-\lambda V)=I$ を得る。
段 5(結論).$u:=Sg$ とおくと $(I-\lambda V)u=g$ で、これが方程式である。逆に $(I-\lambda V)u'=g$ なら $u'=S(I-\lambda V)u'=Sg=u$ なので、解はただ 1 つである。$B(X)$ でのノルム収束から、$\sum\lambda^nV^ng$ は $X$ でノルム収束、すなわち一様収束し、$\|u\|_\infty\le\|S\|\,\|g\|_\infty\le e^{|\lambda|M(b-a)}\|g\|_\infty$ である。$\square$

鍵は段 2 の $1/n!$ である。積分の範囲が $[a,x]$ に限られているので、$V$ を繰り返すたびに $(x-a)^n/n!$ という小さな因子が付き、$\lambda$ がどれほど大きくても級数が収束する。

指数関数を解にもつ方程式

$k\equiv1$、$\lambda=1$、$g\equiv1$ とすると、方程式は $u(x)-\int_a^xu(t)\,dt=1$ である。$V^n1=(x-a)^n/n!$(帰納法で積分すればよい)なので、解は
$$ u(x)=\sum_{n=0}^\infty\frac{(x-a)^n}{n!}=e^{x-a} $$
である。実際 $e^{x-a}-\int_a^xe^{t-a}\,dt=e^{x-a}-(e^{x-a}-1)=1$ となる。これは初期値問題 $u'=u$、$u(a)=1$ を積分方程式に書き直したものであり、級数の部分和は Picard の逐次近似と一致する(Picard–Lindelöfの定理 の例「指数関数と Taylor 多項式」)。

反例:積分範囲が区間全体の場合

$[a,b]=[0,1]$、$k\equiv1$ を正方形 $[0,1]^2$ 全体で考え、積分の範囲を $[0,1]$ 全体にした方程式 $u(x)-\lambda\int_0^1u(t)\,dt=g(x)$ をとる。$\lambda=1$、$g\equiv1$ のとき、解 $u$ があったとして両辺を $[0,1]$ で積分すると $\int_0^1u-\int_0^1u=1$、すなわち $0=1$ となって矛盾する。よって解は存在しない。この作用素 $Ku=\int_0^1u$ では $K^n1=1$ となり、$\|K^n\|$ に $1/n!$ のような因子が付かないので、thm-fa-volterra の段 3 の級数は $|\lambda|\ge1$ で収束しない。このような方程式も $|\lambda|\,\max|k|\,(b-a)<1$ なら縮小写像の原理でただ 1 つの解をもつ(Banachの不動点定理 の定理「非線形の積分方程式」)。

凸性が働く例:可分な空間の $\ell^\infty$ への埋め込み

ノルム空間 $X$ が 可分 であるとは、可算な稠密部分集合をもつことをいう。$C([a,b])$、$\ell^p$($1\le p< \infty$)、$L^p([0,1])$($1\le p< \infty$)は可分である。$\ell^\infty$ は有界な数列全体に上限ノルムを入れた Banach 空間である。

可分なノルム空間の $\ell^\infty$ への等長埋め込み

$X$ を $\mathbb{K}$ 上の可分なノルム空間とする。このとき線形写像 $T\colon X\to\ell^\infty$ で、すべての $x\in X$ について $\|Tx\|_\infty=\|x\|$ を満たすものが存在する。

$X=\{0\}$ なら $T=0$ でよい。そうでないとき、$X$ の稠密な点列 $(x_n)_{n\ge1}$ をとる。各 $n$ について、$x_n\ne0$ なら $\|f_n\|=1$、$f_n(x_n)=\|x_n\|$ を満たす $f_n\in X^*$ を選び(連続双対空間 の定理「点でノルムを実現する汎関数」。その証明は Hahn–Banachの定理 による)、$x_n=0$ なら $f_n:=0$ とおく。どの $n$ でも $\|f_n\|\le1$ である。
$Tx:=\bigl(f_1(x),f_2(x),\dots\bigr)$ と定める。$|f_n(x)|\le\|x\|$ なので $Tx\in\ell^\infty$、$\|Tx\|_\infty\le\|x\|$ であり、各 $f_n$ が線形なので $T$ は線形である。
逆向きの不等式を示す。$x\in X$ と $\varepsilon>0$ をとり、$\|x-x_n\|< \varepsilon$ となる $n$ を選ぶ。$x_n\ne0$ なら
$$ |f_n(x)|\ge|f_n(x_n)|-|f_n(x-x_n)|\ge\|x_n\|-\|x-x_n\|\ge\|x\|-2\|x-x_n\|>\|x\|-2\varepsilon $$
である。$x_n=0$ なら $\|x\|< \varepsilon$ なので、$|f_n(x)|=0>\|x\|-2\varepsilon$ がやはり成り立つ。どちらの場合も $\|Tx\|_\infty\ge|f_n(x)|>\|x\|-2\varepsilon$ であり、$\varepsilon$ は任意なので $\|Tx\|_\infty\ge\|x\|$ である。$\square$

$X$ が Banach 空間なら、像 $T(X)$ は完備なので $\ell^\infty$ の閉部分空間である(完備距離空間 の命題「閉部分集合と完備性」)。したがって、可分な Banach 空間はすべて $\ell^\infty$ の閉部分空間と見なせる。

連続関数の空間の場合

$X=C([0,1])$ では Hahn–Banach の定理を使わずに埋め込みが書ける。$[0,1]$ の有理数を $q_1,q_2,\dots$ と並べ、$Tu:=\bigl(u(q_1),u(q_2),\dots\bigr)$ とおく。連続関数の上限は稠密な集合の上の上限に等しいので、$\|Tu\|_\infty=\sup_n|u(q_n)|=\|u\|_\infty$ である。点での値をとる汎関数 $u\mapsto u(q_n)$ はノルム 1 の連続線形汎関数であり、thm-fa-linfty の証明の $f_n$ は、一般の空間でこの「点での値」の役を果たす汎関数を Hahn–Banach の定理で作ったものである。

仮定を外すと成り立たなくなること

外す条件反例成り立たなくなること
有限次元(閉単位球のコンパクト性)$\ell^2$ の標準基底 $e_n$有界列が収束部分列をもつ
定義域の完備性(一様有界性原理)$c_{00}$(有限個を除いて $0$ の数列、上限ノルム)上の $\varphi_n(x)=nx_n$各点で有界なら作用素ノルムも有界
値域の完備性(有界逆写像定理)恒等写像 $(C([0,1]),\Vert \cdot\Vert _\infty)\to(C([0,1]),\Vert \cdot\Vert _1)$有界な全単射の逆写像は有界
定義域の完備性(閉グラフ定理)上限ノルムの $C^1([0,1])$ から $C([0,1])$ への微分 $u\mapsto u'$グラフが閉なら有界
反射性(有界列の弱収束部分列)$\ell^1$ の標準基底 $e_n$有界列が弱収束する部分列をもつ
内積から来るノルム(最短点の一意性)$\mathbb{R}^2$ の $\Vert \cdot\Vert _\infty$ と線分閉凸集合への最短点がただ 1 つ
積分範囲が三角形(Volterra 型)正方形上の $k\equiv1$、$\lambda=1$すべての $\lambda$ で方程式がただ 1 つの解をもつ
表の反例の確かめ

1 行目は「有限次元との違い」の節で確かめた。2〜4 行目と 6 行目は順に、Banach空間 の例「反例:定義域が完備でないときの一様有界性原理」「反例:値域が完備でないときの有界逆写像定理」、開写像定理 の例「反例:定義域が完備でないときの閉グラフ」、Hilbert空間 の例「反例:内積から来ないノルムでの最短点」で確かめられている。7 行目は ex-fa-fredholm-counter である。
5 行目:$\ell^1$ は反射的でない(反射的Banach空間 の例「$c_0$・$\ell^1$・$L^1[0,1]$ は反射的でない」)。標準基底 $(e_n)$ は $\|e_n\|_1=1$ で有界である。任意の部分列 $(e_{n_j})$ をとり、有界な数列 $c$ を $c_{n_j}:=(-1)^j$、それ以外の成分を $0$ と定めて $g(a):=\sum_nc_na_n$ とおくと、$|g(a)|\le\|a\|_1$ なので $g\in(\ell^1)^*$ であり、$g(e_{n_j})=(-1)^j$ は収束しない。よってどの部分列も弱収束しない(弱位相(関数解析) の例「$\ell^1$ の標準基底は弱収束しない」は部分列をとらない場合である)。

関数解析が使われる場所

  • 微分方程式:常微分方程式の初期値問題は積分方程式に書き直され、縮小写像の原理で解かれる(Picard–Lindelöfの定理)。偏微分方程式は Sobolev 空間の上の弱い形に書き直され、Lax–Milgram の定理や直接法で解の存在が示される(Sobolev空間の基本事項、Dirichlet問題、楕円型作用素の正則性定理)。
  • 変分法:汎関数の最小点の存在は、反射性と凸性による弱コンパクト性と弱下半連続性から得られる(変分法)。
  • Fourier 解析:一様有界性原理から、Fourier 級数がある点で発散する連続関数の存在が、関数を具体的に作らずに示される(Banach–Steinhausの定理 の「応用:連続関数の Fourier 級数の発散」の節)。Fourier 級数の $L^2$ 理論は Hilbert 空間の正規直交展開である(Fourier級数)。
  • 数値解析:数値積分の公式の列の収束は一様有界性原理で判定され(Banach–Steinhausの定理 の例「数値積分の公式の列」)、有限要素法の誤差は Céa の評価で抑えられる(Lax–Milgramの定理 の命題「Céaの誤差評価」)。
  • 量子力学と作用素環:量子力学の状態は Hilbert 空間の元、観測量は自己共役作用素で表される(量子力学の関数解析的構造)。作用素の集まりそのものを調べるのが Banach代数 と Banach環とC*-環のスペクトル理論 である。
  • さらに一般の空間:ノルムで測れない空間(テスト関数の空間など)は 位相ベクトル空間 として扱い、その双対として 超関数 が得られる。

補足

文献

柱の定理の標準的な形と証明は Bre11 にある。Hahn–Banach の定理は Theorem 1.1(p. 1)、Theorem 1.6(p. 5)、Theorem 1.7(p. 7)、一様有界性原理は Theorem 2.2(p. 32)、開写像定理は Theorem 2.6(p. 35)、閉グラフ定理は Theorem 2.9(p. 37)、角谷の定理は Theorem 3.17(p. 67)、反射的な空間の有界列の弱収束部分列は Theorem 3.18(p. 69)、Riesz–Fréchet の表現定理は Theorem 5.5(p. 135)、Lax–Milgram の定理は Corollary 5.8(p. 140)、Fredholm の択一定理は Theorem 6.6(p. 160)、コンパクト自己共役作用素の固有展開は Theorem 6.11(p. 167、可分な Hilbert 空間の場合)である。縮小写像の原理は Theorem 5.7(p. 138)に主張がある(証明は Banachの不動点定理)。

関連項目

参考文献

[1]
Haim Brezis, Functional Analysis, Sobolev Spaces and Partial Differential Equations, Universitext, Springer, 2011, Theorem 1.1(p. 1)、Theorem 1.6(p. 5)、Theorem 1.7(p. 7)、Theorem 2.2(p. 32)、Theorem 2.6(p. 35)、Theorem 2.9(p. 37)、Theorem 3.17(p. 67)、Theorem 3.18(p. 69)、Theorem 5.5(p. 135)、Theorem 5.7(p. 138)、Corollary 5.8(p. 140)、Theorem 6.6(p. 160)、Theorem 6.11(p. 167)

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