Erdős–Mordellの不等式

同義語:エルデシュ–モーデルの不等式Erdős–Mordell inequality

概要

Erdős–Mordellの不等式(Erdős–Mordell inequality)とは、三角形 $ABC$ の中(周を含む)の点 $P$ から 3 頂点までの距離の和と、3 辺を含む直線までの距離 $p_a,p_b,p_c$ の和の間の不等式 $PA+PB+PC\ge2(p_a+p_b+p_c)$ である。等号は正三角形の中心のときに限る。証明は、$P$ を角 $A$ の二等分線で折り返した点で面積を 2 通りに書いて補題 $a\cdot PA\ge c\,p_b+b\,p_c$ を示し、3 つの頂点で足して $\frac xy+\frac yx\ge2$ を使う。正三角形では Vivianiの定理と合わせて $PA+PB+PC\ge\sqrt3\,a$($a$ は 1 辺)となる。$P$ が三角形の外にあると成り立たないことがある。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: Vivianiの定理, 相加平均と相乗平均, 直線の方程式と点と直線の距離

高校での出発点:頂点までの距離と辺までの距離

三角形の中に点 $P$ をとると、長さが 2 種類ある。$P$ から 3 つの頂点までの距離 $PA$、$PB$、$PC$ と、$P$ から 3 つの辺までの距離である。辺までの距離は、辺に下ろした垂線の長さなので、その辺の上のどの点までの距離よりも短い。特に、頂点までの距離よりも短い。では、頂点までの距離の和は、辺までの距離の和の何倍くらいあるだろうか。
以下、$P$ から直線 $BC$、$CA$、$AB$ までの距離を $p_a$、$p_b$、$p_c$ と書く。

3 つの点で比べる
  1. Vivianiの定理 で使った正三角形 $A(0,3)$、$B(-\sqrt3,0)$、$C(\sqrt3,0)$(1 辺 $2\sqrt3$、高さ $3$)の中心 $P(0,1)$。$PA=3-1=2$、$PB=\sqrt{(\sqrt3)^2+1^2}=2$、$PC=2$ で、$PA+PB+PC=6$ である。辺までの距離はどれも $1$ で、$p_a+p_b+p_c=3$ である。和の比はちょうど $2$ である。
  2. 同じ正三角形の点 $P(0,2)$。$PA=1$、$PB=PC=\sqrt{3+4}=\sqrt7$ で、$PA+PB+PC=1+2\sqrt7=6.29\ldots$ である。Vivianiの定理 により $p_a+p_b+p_c=3$(実際 $p_a=2$、$p_b=p_c=\dfrac12$)なので、比は $2.09\ldots$ である。
  3. 辺 $3,4,5$ の直角三角形 $A(0,3)$、$B(0,0)$、$C(4,0)$ の内心 $P(1,1)$。内接円の半径は $1$ なので $p_a=p_b=p_c=1$ である。$PA=\sqrt{1+4}=\sqrt5$、$PB=\sqrt2$、$PC=\sqrt{9+1}=\sqrt{10}$ で、
    $$ PA+PB+PC=\sqrt5+\sqrt2+\sqrt{10}=2.236\ldots+1.414\ldots+3.162\ldots=6.81\ldots $$
    である。$2(p_a+p_b+p_c)=6$ より大きい。

三角形の中の点 P から、3 頂点までの距離(赤の実線)と 3 辺までの距離(青の破線) 三角形の中の点 P から、3 頂点までの距離(赤の実線)と 3 辺までの距離(青の破線)
3 つの例で、頂点までの距離の和は、辺までの距離の和のちょうど 2 倍か、それより大きかった。この記事で答える問いは次の 3 つである。

  1. いつも $PA+PB+PC\ge2(p_a+p_b+p_c)$ が成り立つか。→ thm-em-main
  2. 等号はいつ成り立つか。→ thm-em-main、prf-em-main の段 4〜段 6
  3. 証明の鍵は何か。→ lem-em-key
    高校の道具この記事での役目大学の言葉
    角の二等分線に関する折り返し2 辺までの距離を入れかえる等角共役
    同じ三角形の面積を 2 通りに書く補題 $a\cdot PA\ge c\,p_b+b\,p_c$射影は長さを縮める
    相加平均と相乗平均 $\frac xy+\frac yx\ge2$係数を $2$ でおさえる幾何的不等式の等号条件

主定理

Erdős–Mordellの不等式

三角形 $ABC$ の中(周を含む)の点 $P$ から、直線 $BC$、$CA$、$AB$ までの距離を $p_a$、$p_b$、$p_c$ とする。このとき
$$ PA+PB+PC\ge2(p_a+p_b+p_c) $$
が成り立つ。等号が成り立つのは、三角形 $ABC$ が正三角形で、$P$ がその中心のときに限る。

ex-em-start の (1) が等号の場合で、(2) と (3) は等号にならない場合である。(2) は正三角形でも、$P$ が中心でなければ等号にならないことを示している。
証明は 2 段階でする。まず頂点 1 つごとに成り立つ不等式(補題)を示し、次に 3 つを足して、相加平均と相乗平均の不等式で仕上げる。

鍵になる補題:角の二等分線で折り返す

以下、三角形の辺の長さを $a=BC$、$b=CA$、$c=AB$ とする。

頂点 1 つについての不等式

三角形 $ABC$ の中の点 $P$ について
$$ a\cdot PA\ge c\,p_b+b\,p_c $$
が成り立つ。$P\ne A$ のとき、$P$ を角 $A$ の二等分線に関して折り返した点を $P'$ とすると、等号が成り立つのは直線 $AP'$ が辺 $BC$ に垂直なときに限る。

右辺では、辺 $AB$ の長さ $c$ に辺 $CA$ までの距離 $p_b$ が、辺 $CA$ の長さ $b$ に辺 $AB$ までの距離 $p_c$ が掛かっていて、組み合わせが「ねじれて」いる。この「ねじれ」を、角の二等分線での折り返しがほどく。

折り返した点で三角形の面積を 2 通りに書く

方針:$P$ を折り返した点 $P'$ では、辺 $AB$ までの距離が $p_b$、辺 $AC$ までの距離が $p_c$ になる。三角形 $ABP'$ と $ACP'$ の面積の和を、辺 $AB$、$AC$ を底辺にして書くと $\dfrac12(c\,p_b+b\,p_c)$、線分 $AP'$ を底辺にして書くと $\dfrac12AP'\,(u+v)$ になる($u$、$v$ は $B$、$C$ から直線 $AP'$ までの距離)。$u+v$ は $a$ 以下である。
段 1($P=A$ のとき)。$PA=0$、$p_b=p_c=0$($A$ は直線 $CA$ と $AB$ の上にある)なので、両辺とも $0$ で成り立つ。以下 $P\ne A$ とする。
段 2(折り返し)。角 $A$ の二等分線を $m$ とする。$m$ は直線 $AB$ とも直線 $AC$ とも角 $\dfrac A2$ をなし、2 本は $m$ の反対側にあるので、$m$ に関する折り返しは直線 $AB$ を直線 $AC$ に、直線 $AC$ を直線 $AB$ に移す。折り返しは 2 点の距離を変えないので、点から直線までの距離も変えない。よって $P'$ から直線 $AB$ までの距離は、$P$ から直線 $AC$ までの距離 $p_b$ に等しく、$P'$ から直線 $AC$ までの距離は $p_c$ である。また $A$ は $m$ の上にあるので $AP'=AP$ である。$P$ は角 $\angle BAC$ の内部または周にあり、折り返しはこの角を自分自身に移すので、$P'$ も角 $\angle BAC$ の内部または周にある(図 2)。
段 3(辺 $AB$、$AC$ を底辺にする)。三角形 $ABP'$ の面積は、底辺 $AB$(長さ $c$)と高さ $p_b$ から $\dfrac12c\,p_b$、三角形 $ACP'$ の面積は $\dfrac12b\,p_c$ である。
段 4(線分 $AP'$ を底辺にする)。直線 $AP'$ を $\ell$ とし、$B$、$C$ から $\ell$ までの距離を $u$、$v$ とする。三角形 $ABP'$ と $ACP'$ は底辺 $AP'$ を共有するので、面積は $\dfrac12AP'\cdot u$ と $\dfrac12AP'\cdot v$ である。段 3 と比べて 2 倍すると
$$ c\,p_b+b\,p_c=AP'\,(u+v) $$
である。
段 5($u+v\le a$)。$P'$ は角 $\angle BAC$ の中にあるので、$A$ から $P'$ へ向かう半直線は辺 $BC$ と点 $D$ で交わる。直線 $\ell$ と直線 $BC$ のなす角を $\theta$($0^\circ<\theta\le90^\circ$)とすると、$B$ から $\ell$ に下ろした垂線を考えて $u=BD\sin\theta$、同じく $v=CD\sin\theta$ である($D=B$ なら $u=0$、$D=C$ なら $v=0$ で、式はそのまま成り立つ)。$D$ は線分 $BC$ の上にあるので $BD+CD=a$ で、
$$ u+v=(BD+CD)\sin\theta=a\sin\theta\le a $$
である。等号は $\sin\theta=1$、つまり $\theta=90^\circ$ のときに限る。
段 6(まとめ)。段 4、段 5 と $AP'=AP$ から
$$ c\,p_b+b\,p_c=AP'\,(u+v)\le AP'\cdot a=a\cdot PA $$
である。$AP'>0$ なので、等号は段 5 の等号、つまり $\ell=AP'$ が $BC$ に垂直なときに限る。$\square$

P を角 A の二等分線(灰色の破線)で折り返した点 P' から 2 辺までの距離は入れかわる。緑の 2 本は B と C から直線 AP' までの距離で、その和は BC 以下である P を角 A の二等分線(灰色の破線)で折り返した点 P' から 2 辺までの距離は入れかわる。緑の 2 本は B と C から直線 AP' までの距離で、その和は BC 以下である

補題を数値で確かめる

ex-em-start の (3)、辺 $3,4,5$ の三角形($a=BC=4$、$b=CA=5$、$c=AB=3$)の内心 $P(1,1)$ で、$p_a=p_b=p_c=1$ である。

  • 頂点 $A$:$a\cdot PA=4\sqrt5=8.94\ldots$、$c\,p_b+b\,p_c=3+5=8$。
  • 頂点 $B$:$b\cdot PB=5\sqrt2=7.07\ldots$、$c\,p_a+a\,p_c=3+4=7$。
  • 頂点 $C$:$c\cdot PC=3\sqrt{10}=9.48\ldots$、$b\,p_a+a\,p_b=5+4=9$。
    頂点 $B$、$C$ の不等式は、lem-em-key の文字を $A\to B\to C\to A$ と回したものである(下の prf-em-main の段 1)。3 つとも成り立ち、どれも等号ではない。

主定理の証明:3 つの補題を足す

補題を足して相加平均と相乗平均でおさえる

方針:lem-em-key を 3 つの頂点で使い、辺の長さで割って足す。$p_a$、$p_b$、$p_c$ の係数は $\dfrac xy+\dfrac yx$ の形になり、どれも $2$ 以上である。等号の条件は、使った不等式がすべて等号になる条件として調べる。
段 1(3 つの補題)。lem-em-key と、その文字を $A\to B\to C\to A$(したがって $a\to b\to c\to a$、$p_a\to p_b\to p_c\to p_a$)と回したものから
$$ a\cdot PA\ge c\,p_b+b\,p_c,\qquad b\cdot PB\ge a\,p_c+c\,p_a,\qquad c\cdot PC\ge b\,p_a+a\,p_b $$
である。
段 2(割って足す)。それぞれ $a$、$b$、$c$ で割って足し、$p_a$、$p_b$、$p_c$ ごとにまとめると
$$ PA+PB+PC\ge\underbrace{\left(\frac cb+\frac bc\right)}_{\ge2}p_a+\underbrace{\left(\frac ca+\frac ac\right)}_{\ge2}p_b+\underbrace{\left(\frac ba+\frac ab\right)}_{\ge2}p_c $$
である。
段 3(係数は $2$ 以上)。正の数 $x,y$ について $(x-y)^2\ge0$ を展開すると $x^2+y^2\ge2xy$ で、両辺を $xy>0$ で割ると $\dfrac xy+\dfrac yx\ge2$ である。等号は $x=y$ のときに限る(相加平均と相乗平均)。$p_a,p_b,p_c\ge0$ なので、段 2 の右辺は $2p_a+2p_b+2p_c$ 以上で、
$$ PA+PB+PC\ge2(p_a+p_b+p_c) $$
が成り立つ。
段 4(等号:$P$ が内部の点のとき)。等号が成り立つとすると、段 1 の 3 つの不等式と、段 3 で係数を $2$ でおさえたところが、すべて等号である(どこか 1 か所でも真に大きければ、全体も真に大きくなる)。$P$ が内部の点なら $p_a,p_b,p_c>0$ なので、3 つの係数がすべて $2$ で、$b=c$、$c=a$、$a=b$ である。よって三角形は正三角形である。正三角形では角 $A$ の二等分線は辺 $BC$ に垂直である(二等辺三角形の頂角の二等分線は底辺の垂直二等分線)。lem-em-key の等号から直線 $AP'$ も $BC$ に垂直で、$A$ を通り $BC$ に垂直な直線は 1 本しかないので、直線 $AP'$ は二等分線 $m$ である。$P'$ が $m$ の上にあるので、$P'$ を $m$ で折り返した $P$ も $P'$ 自身で、$m$ の上にある。同じく頂点 $B$ の補題の等号から、$P$ は角 $B$ の二等分線の上にある。2 本の二等分線の交点は内心で、正三角形ではそれが中心である。
段 5(等号:$P$ が辺の上にあり頂点でないとき)。たとえば $P$ が辺 $BC$ の上にあり $B$、$C$ と異なるとき、$p_a=0$ で、$p_b>0$、$p_c>0$ である($P$ は直線 $CA$ と $AB$ の上にない)。等号が成り立つとすると、段 4 と同じく $p_b$、$p_c$ の係数が $2$ なので $c=a$、$a=b$ で、三角形は正三角形である。さらに頂点 $B$、$C$ の補題の等号から、段 4 と同じく $P$ は角 $B$、角 $C$ の二等分線の上にあり、$P$ は中心になる。中心は辺の上にないので、矛盾である。よって等号は成り立たない。
段 6(等号:$P$ が頂点のとき)。$P=A$ なら $PA=0$、$PB=c$、$PC=b$、$p_a=h_a$($A$ から直線 $BC$ までの距離)、$p_b=p_c=0$ なので、示す不等式は $b+c\ge2h_a$ である。$A$ から直線 $BC$ への垂線は、$A$ から直線 $BC$ の上の点までの線分の中で最も短いので、$c\ge h_a$、$b\ge h_a$ で、等号はそれぞれ $AB\perp BC$、$AC\perp BC$ のときに限る。2 つが同時に成り立つことはない($B$ と $C$ で同じ直線 $BC$ に垂直な 2 直線 $AB$、$AC$ は平行になり、$A$ で交わらない)ので、$b+c>2h_a$ である。$P=B$、$P=C$ でも同じである。
段 7(等号が成り立つ場合)。逆に、高さ $h$ の正三角形の中心 $P$ では、$PA=PB=PC=\dfrac23h$(中心は中線を $2:1$ に内分する)、$p_a=p_b=p_c=\dfrac13h$ なので、両辺とも $2h$ で等号が成り立つ。$\square$

段 4〜段 6 を合わせると、等号は正三角形の中心に限られる。ex-em-start の (1) は $h=3$ の場合で、両辺とも $6$ だった。
正三角形では、Vivianiの定理 により右辺の $p_a+p_b+p_c$ はどこでも高さ $h$ である。そこで主定理は、頂点までの距離の和だけの不等式になる。

正三角形の頂点までの距離の和

1 辺 $a$、高さ $h=\dfrac{\sqrt3}2a$ の正三角形の中の点 $P$ について
$$ PA+PB+PC\ge2h=\sqrt3\,a $$
で、等号は $P$ が中心のときに限る。

Vivianiの定理を代入する

Vivianiの定理 により $p_a+p_b+p_c=h$ なので、thm-em-main の右辺は $2h$ である。等号の条件は thm-em-main のとおり中心のときに限る。$2h=2\cdot\dfrac{\sqrt3}2a=\sqrt3\,a$ である。$\square$

1 辺 $2\sqrt3$ の正三角形で

ex-em-start の正三角形では $2h=6$ である。(2) の点 $P(0,2)$ では $1+2\sqrt7=6.29\ldots>6$、辺 $BC$ の中点 $P(0,0)$ では $PA=3$、$PB=PC=\sqrt3$ で $3+2\sqrt3=6.46\ldots>6$ である。中心 $P(0,1)$ だけで $6$ になる。

cor-em-equilateral は、正三角形では「頂点までの距離の和を最小にする点は中心」ということも示している。一般の三角形で頂点までの距離の和を最小にする点は Fermat点 で、正三角形では Fermat 点は中心に一致する。
lem-em-key は、和ではなく積の不等式も生む。

積の形

三角形 $ABC$ の中の点 $P$ について
$$ PA\cdot PB\cdot PC\ge8\,p_a\,p_b\,p_c $$
が成り立つ。

補題の右辺を相加平均と相乗平均でおさえて掛ける

段 1。lem-em-key の右辺に相加平均と相乗平均の不等式 $x+y\ge2\sqrt{xy}$($x,y\ge0$)を使うと $a\cdot PA\ge c\,p_b+b\,p_c\ge2\sqrt{bc\,p_b\,p_c}$ である。同じく $b\cdot PB\ge2\sqrt{ca\,p_c\,p_a}$、$c\cdot PC\ge2\sqrt{ab\,p_a\,p_b}$ である。
段 2。3 つの不等式の両辺はどれも $0$ 以上なので、辺々掛けてよい。
$$ abc\cdot PA\cdot PB\cdot PC\ge8\sqrt{a^2b^2c^2\,p_a^2\,p_b^2\,p_c^2}=8abc\,p_a\,p_b\,p_c $$
で、$abc>0$ で割ると結論を得る。$\square$

積の形を数値で確かめる

ex-em-start の (3)、辺 $3,4,5$ の三角形の内心では、$PA\cdot PB\cdot PC=\sqrt5\cdot\sqrt2\cdot\sqrt{10}=\sqrt{100}=10$、$8\,p_a\,p_b\,p_c=8$ で、$10\ge8$ である。

補題の等号と外心

lem-em-key の等号は「直線 $AP'$ が $BC$ に垂直」、つまり「直線 $AP$ を角 $A$ の二等分線で折り返すと、$A$ から $BC$ への垂線になる」ときである。$A$ からの垂線を二等分線で折り返した直線は、$A$ と外心 $O$ を結ぶ直線なので(鋭角三角形の場合の証明は 等角共役 にある。垂心と外心は等角共役点の組)、補題の等号は $P$ が直線 $AO$ の上にあるときに成り立つ。この記事ではこの事実を証明しない。たとえば直角二等辺三角形 $A(0,0)$、$B(4,0)$、$C(0,4)$ では、外心は斜辺の中点 $(2,2)$ で、直線 $AO$ は角 $A$ の二等分線 $y=x$ である。内心 $P(4-2\sqrt2,4-2\sqrt2)$ はこの上にあり、頂点 $A$ の補題は等号 $a\cdot PA=c\,p_b+b\,p_c=8(4-2\sqrt2)=32-16\sqrt2$ になる($a=4\sqrt2$、$PA=\sqrt2\,(4-2\sqrt2)$、$b=c=4$、$p_b=p_c=4-2\sqrt2$)。主定理の証明では、正三角形の場合(段 4)しか使わない。

例と反例

thm-em-main の仮定や結論の一部を外すと、何が崩れるかを並べる。

外す条件反例成り立たなくなること
$P$ が三角形の中にある正三角形の外の点 $P(0,-1)$不等式(左辺 $8$、右辺 $10$)
右辺の係数が $2$係数を $k>2$ に替え、正三角形の中心をとる不等式(左辺 $6$、右辺 $3k>6$)
等号の条件の「$P$ が中心」正三角形の点 $P(0,2)$等号($1+2\sqrt7>6$)

3 行目は ex-em-start の (2) と ex-em-equilateral で確かめた。正三角形なら $p_a+p_b+p_c$ はどこでも同じ(Vivianiの定理)なので、「正三角形なら等号」と思いやすいが、左辺の $PA+PB+PC$ は中心から離れると大きくなる。

反例:三角形の外の点

ex-em-start の正三角形 $A(0,3)$、$B(-\sqrt3,0)$、$C(\sqrt3,0)$ と、辺 $BC$ の下の点 $P(0,-1)$ をとる。$PA=4$、$PB=\sqrt{3+1}=2$、$PC=2$ で、$PA+PB+PC=8$ である。
3 辺を含む直線までの距離は、直線 $BC$($y=0$)まで $1$、直線 $CA$($\sqrt3x+y-3=0$)まで $\dfrac{\lvert0-1-3\rvert}2=2$、直線 $AB$($\sqrt3x-y+3=0$)まで $\dfrac{\lvert0+1+3\rvert}2=2$ である。右辺は $2(1+2+2)=10$ で、$8<10$ となり不等式は成り立たない。
直線 $AB$ までの距離 $2$ が $PB=2$ と等しいのは、$\overrightarrow{BP}=(\sqrt3,-1)$ と $\overrightarrow{BA}=(\sqrt3,3)$ の内積が $3-3=0$ で、$PB$ が直線 $AB$ に垂直だからである。外の点では、辺を延ばした直線までの距離が頂点までの距離と同じくらい大きくなりうる。外の点では lem-em-key そのものが崩れることがある。この $P$ では、頂点 $A$ の補題は等号で成り立つが、頂点 $B$ の補題は $b\cdot PB=4\sqrt3$、$a\,p_c+c\,p_a=6\sqrt3$ で成り立たない。$P$ を角 $B$ の二等分線で折り返した点 $(-\sqrt3,2)$ は角 $\angle ABC$ の外にあり、$B$ からその点へ向かう半直線が辺 $CA$ と交わらないので、証明の段 5 が使えない。

正三角形の外の点 P では、頂点までの距離の和 8 が、辺を含む直線までの距離の和の 2 倍 10 より小さい 正三角形の外の点 P では、頂点までの距離の和 8 が、辺を含む直線までの距離の和の 2 倍 10 より小さい

反例:係数を $2$ より大きくする

$k>2$ として $PA+PB+PC\ge k(p_a+p_b+p_c)$ がいつも成り立つとする。ex-em-start の (1) の正三角形の中心では左辺が $6$、右辺が $3k>6$ なので成り立たない。したがって、三角形と点をどう選んでも成り立つ係数としては、$2$ が最大である。

大学数学で見る:射影と最適化

補題は「射影は長さを縮める」

lem-em-key の証明の段 5 の $u+v=a\sin\theta\le a$ は、ベクトルで書くと次のようになる。直線 $\ell$ に垂直な長さ $1$ のベクトルを $\vec n$ とすると、$B$ と $C$ は $\ell$ の反対側にあるので $u+v=\lvert\vec n\cdot\overrightarrow{BC}\rvert$ で、これは $\overrightarrow{BC}$ を $\vec n$ の方向に正射影した長さである。内積の不等式 $\lvert\vec n\cdot\overrightarrow{BC}\rvert\le\lvert\vec n\rvert\,\lvert\overrightarrow{BC}\rvert=a$(Cauchy–Schwarzの不等式(高校数学))から $u+v\le a$ が出る。辺を正射影して長さを比べる考え方は 三角形の射影定理 と同じである。

主定理は、次の最適化の問題の答えとしても読める。三角形 $ABC$ と中の点 $P$ を動かすとき、比
$$ \frac{PA+PB+PC}{p_a+p_b+p_c} $$
の最小値はいくつか。thm-em-main は、最小値が $2$ で、それをとるのは正三角形の中心だけであることを示している。図 4 は、比の半分 $\dfrac{PA+PB+PC}{2(p_a+p_b+p_c)}$ の等高線である。正三角形では中心で $1$ になり、辺 $3,4,5$ の三角形では、数値計算によると最小値はおよそ $1.067$(点 $(2.28\ldots,1.20\ldots)$ の近く)で、$1$ に届かない。
比 (PA+PB+PC)/(2(pa+pb+pc)) の等高線。左の正三角形では中心で最小値 1、右の辺 3, 4, 5 の三角形ではどこでも 1 より大きい 比 (PA+PB+PC)/(2(pa+pb+pc)) の等高線。左の正三角形では中心で最小値 1、右の辺 3, 4, 5 の三角形ではどこでも 1 より大きい

より強い不等式と名前の由来を開く

$P$ から辺までの距離 $p_a$ の代わりに、三角形 $PBC$ の角 $\angle BPC$ の二等分線が辺 $BC$ と交わる点を $U$ として長さ $PU$ を使うと、$PU\ge p_a$(垂線は最も短い)なので、不等式 $PA+PB+PC\ge2(PU+PV+PW)$ は主定理より強い($V$、$W$ も同じように定める)。これは Barrow の不等式と呼ばれ、やはり成り立つ。この記事では証明しない。

不等式は、Erdős が 1935 年に問題として出し、1937 年に Mordell と Barrow が証明を与えたことから、この名前で呼ばれる(Wei26)。その後、この記事のような面積による短い証明がいくつも見つかっている。

さらに先へ

  • Vivianiの定理 は辺までの距離の和についての等式、この記事は頂点までの距離の和との不等式である。次の記事 Brocard点 では、距離ではなく角 $\angle PAB$、$\angle PBC$、$\angle PCA$ に目を向け、3 つが等しくなる点を調べる。
  • 頂点までの距離の和 $PA+PB+PC$ を最小にする点は Fermat点 である。
  • 等号の条件を調べるときに、使った不等式のそれぞれが等号になる条件を追う方法は、不等式の証明の技法 でも使う。

関連項目

参考文献

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