ファイバー(fibre, fiber)とは、写像の一つの値に写る元の集まりである。集合写像では逆像集合だが、スキームの射 $f\colon X\to S$ では点 $s$ の剰余体への基底変換 $X_s=X\times_S\operatorname{Spec}\kappa(s)$ として、構造層をもつスキームとして定める。アフィンの場合は環 $B\otimes_A\kappa(s)$ で計算でき、点集合は通常の逆像に対応する一方、冪零元や体の拡大による分裂は集合だけでは見えない。例えばファイバーは空になることも、二重点をもつことも、点によって次元が変わることもある。
写像 $f:X\to S$ と $s\in S$ に対し、$s$ に写る元をすべて集めた集合 $f^{-1}(\{s\})$ を $s$ 上のファイバー(fibre, fiber)という。集合だけを扱う場合には、これが定義のすべてである。しかしスキームの射では、同じ点集合の上に異なる代数的構造が現れうる。そのためスキームのファイバーは、単なる点集合ではなく、剰余体への基底変換で作るスキームとして定義する。
例えば $x\mapsto x^2$ を代数幾何の射とみると、値 $0$ の上にある点は集合として一つである。それでも、その点のスキーム論的ファイバーには $x^2=0$ という方程式が残り、零でない冪零元を持つ。ファイバーの点の個数だけでは重複や退化を記録できない。本記事では集合論的な逆像から始め、スキームのファイバーを環で計算し、空・非被約・体の拡大で変化する例を比較する。一般の二つの射から作るファイバー積の定義全体は扱わず、その一点を基底にした特別な場合に焦点を当てる。
$f:X\to S$ を集合の写像とする。$s\in S$ に対し
$$
f^{-1}(s)=\{x\in X\mid f(x)=s\}
$$
と書く。厳密には左辺は $f^{-1}(\{s\})$ の略記である。$s$ が $f$ の像に入らなければ空集合になる。異なる値のファイバーは交わらず、すべてのファイバーを合併すると $X$ 全体になる。したがって写像は、定義域を「同じ値に写る」という同値関係の類に分ける。
集合の写像 $f:X\to S$ の $s\in S$ 上の集合論的ファイバーは、逆像集合 $f^{-1}(\{s\})$ である。ファイバーの元の個数や空かどうかは、$s$ ごとに異なってよい。
この用語で、$f$ が全射であることはどの $s\in S$ のファイバーも空でないことと同値である。また $f$ が単射であることは、どのファイバーも高々一点からなることと同値である。全単射ならすべてのファイバーがちょうど一点である。これらは写像の性質を値ごとに読み替えたものだが、スキームの射でも点集合について同じ観察が使える。
合成では、$X\xrightarrow{f}S\xrightarrow{g}T$ と $t\in T$ に対して
$$
(g\circ f)^{-1}(t)=\bigcup_{s\in g^{-1}(t)}f^{-1}(s)
$$
である。右辺は互いに交わらない集合の合併である。一方、スキームの射の合成に同様の集合論的な分解を使っても、各部分の構造層や冪零元は決まらない。集合の等式をスキームの同型へ機械的に置き換えないことが大切である。
$k$ を標数が $2$ でない代数閉体とし、$f:k\to k$ を $f(x)=x^2$ とする。$a\ne0$ なら $f^{-1}(a)$ は互いに異なる二点からなり、$f^{-1}(0)=\{0\}$ である。ここでは点の個数が値により変わることまでは分かるが、$0$ の上の点が「二点の合流」として生じたことを集合だけからは表せない。
以下 $f:X\to S$ をスキームの射、$s\in S$ を点とする。$s$ における局所環 $\mathcal O_{S,s}$ の極大イデアルを $\mathfrak m_s$ とすると、剰余体は $\kappa(s)=\mathcal O_{S,s}/\mathfrak m_s$ である。点 $s$ は自然な射 $\operatorname{Spec}\kappa(s)\to S$ を定める。この射に沿って $X$ を引き戻す。
$f:X\to S$ の $s$ 上のスキーム論的ファイバー、または単にファイバーは
$$
X_s=X\times_S\operatorname{Spec}\kappa(s)
$$
である。これは $\kappa(s)$ 上のスキームとして扱う。射影 $X_s\to X$ と $X_s\to\operatorname{Spec}\kappa(s)$ が付随し、後者によりファイバー上の関数は剰余体を係数として持つ。
集合論的ファイバー $f^{-1}(\{s\})$ は $X$ の点の集合である。これに対し $X_s$ は構造層を持つスキームである。両者の台となる点集合は自然に対応し、$|X_s|\to|X|$ は $f^{-1}(\{s\})$ の部分空間位相への同相写像となる(StacksTop Lemma 26.18.5)。それでも構造層まで同じという意味ではない。「どの点があるか」と「その点の上にどのような局所環があるか」を分けて考える。
基底の点 $s$ が閉点である必要はない。例えば $S=\operatorname{Spec}\mathbb Z$ の生成点 $s=(0)$ では $\kappa(s)=\mathbb Q$ である。従って $\operatorname{Spec}\mathbb Z[x]\to\operatorname{Spec}\mathbb Z$ のその点上のファイバーは $\operatorname{Spec}\mathbb Q[x]$ となる。整数係数の式を「$0$ を代入した」と捉えるより、基底の点に応じて係数を剰余体へ移したと考える方が正確である。
この例で $s=(p)$ を素数 $p$ に対応する閉点へ替えると、$\kappa(s)=\mathbb F_p$ でファイバーは $\operatorname{Spec}\mathbb F_p[x]$ となる。生成点では有理数係数の直線、閉点では有限体係数の直線という違いが生じる。どちらも「直線のようなファイバー」だが、係数体と、その上で利用できる多項式が違う。点 $s$ の剰余体を明示することで、生成点上のファイバーと閉点上のファイバーを同じ式で扱える。
恒等射 $\mathrm{id}_S:S\to S$ の $s$ 上のファイバーは $\operatorname{Spec}\kappa(s)$ である。台集合は $s$ に対応する一点だが、$s$ の局所環 $\mathcal O_{S,s}$ と同じ環のスペクトルではない。局所環から極大イデアルを除いた剰余体に移っている。特に非閉点に対しても、ファイバーはその点の剰余体上のスキームとなる。
基底と定義域がアフィンならファイバーは具体的に計算できる。$S=\operatorname{Spec}A$、$X=\operatorname{Spec}B$ とし、射 $f$ は環準同型 $A\to B$ に対応するとする。$s$ を素イデアル $\mathfrak p\subset A$ に対応する点とすれば、$\kappa(s)=\kappa(\mathfrak p)$ は $A/\mathfrak p$ の分数体である。
このとき
$$
X_s\cong\operatorname{Spec}\bigl(B\otimes_A\kappa(\mathfrak p)\bigr)
$$
である。さらに $T=A\setminus\mathfrak p$ と書けば
$$
B\otimes_A\kappa(\mathfrak p)\cong T^{-1}(B/\mathfrak p B)
$$
であり、この環の素イデアルは $\mathfrak q\subset B$ で $\mathfrak q\cap A=\mathfrak p$ を満たすものに対応する。
アフィンスキームのファイバー積は、環のテンソル積のスペクトルで与えられる。$\operatorname{Spec}B\times_{\operatorname{Spec}A}\operatorname{Spec}\kappa(\mathfrak p)$ に適用すれば最初の同型を得る。$A$ 加群として $\kappa(\mathfrak p)=T^{-1}(A/\mathfrak p)$ なので、テンソル積と局所化の交換から二番目の同型が従う。
環 $B/\mathfrak pB$ の素イデアルは $\mathfrak pB$ を含む $B$ の素イデアルであり、$T$ による局所化後に残るのは $T$ と交わらないものだけである。前者は $\mathfrak p\subset\mathfrak q\cap A$、後者は $(\mathfrak q\cap A)\cap T=\emptyset$、すなわち $\mathfrak q\cap A\subset\mathfrak p$ を意味する。両方を合わせて $\mathfrak q\cap A=\mathfrak p$ となる。これはちょうど $s$ に写る点の条件である。$\square$
$\mathfrak p$ が極大イデアルなら $\kappa(\mathfrak p)=A/\mathfrak p$ なのでファイバー環は $B/\mathfrak pB$ となる。一方、$\mathfrak p$ が非極大なら一般に局所化がさらに必要で、$B/\mathfrak pB$ だけではない。特に基底が整スキームで $s$ が生成点なら、ファイバーを計算する操作は基底の関数体への係数拡大になる。
アフィンでない $X$ でも、$s$ を含む $S$ のアフィン開近傍と、定義域のアフィン開被覆を取ってこの計算を局所的に行える。計算した各アフィンファイバーを重なりで貼り合わせれば $X_s$ が得られる。したがって式 $B\otimes_A\kappa(\mathfrak p)$ は、単なる特殊例でなく一般のファイバーの局所モデルである。
この式で最初に $B/\mathfrak pB$ を作る操作は、基底上の方程式を $s$ に特殊化することに当たる。その後 $A\setminus\mathfrak p$ の像を可逆にする操作が、剰余体 $\kappa(\mathfrak p)$ へ移る部分である。閉点だけを見る計算では前半だけで済むことが多いため、非閉点で後半の局所化を忘れやすい。ファイバーの点が条件 $\mathfrak q\cap A=\mathfrak p$ を満たすことも、両方の操作を行って初めて正確に表せる。
まず空になる例を考える。$k$ を体とし、
$$
X=\operatorname{Spec}k[t,x]/(tx-1),\qquad S=\operatorname{Spec}k[t]
$$
を自然な射で結ぶ。$t=0$ の点 $s_0=(t)$ ではファイバー環が $k[x]/(-1)$、すなわち零環となり、ファイバーは空である。$a\in k^\times$ に対応する閉点 $s_a=(t-a)$ ではファイバー環は $k[x]/(ax-1)\cong k$ で、ファイバーは一点である。これは $tx=1$ が $t=0$ には解を持たず、$t\ne0$ には $x=1/t$ を持つという集合論的な図と一致する。
次に台集合だけでは見えない情報が現れる例を取る。$k$ を標数が $2$ でない代数閉体とし、
$$
X=\operatorname{Spec}k[t,x]/(x^2-t),\qquad S=\operatorname{Spec}k[t]
$$
とする。$X$ 自身は $t=x^2$ を消去すれば $\operatorname{Spec}k[x]$ と同型で、被約なスキームである。それでも $s_0=(t)$ 上のファイバーには冪零元が残る。
上の射の $s_0$ 上のファイバーは $\operatorname{Spec}k[x]/(x^2)$ であり、台集合は一点だが被約でない。$a\in k^\times$ 上のファイバーは異なる二つの $k$ 有理点からなる被約スキームである。
$s_0$ での剰余体は $k[t]/(t)\cong k$ である。環計算の命題に従い $t=0$ として
$$
k[t,x]/(x^2-t)\otimes_{k[t]}k\cong k[x]/(x^2)
$$
を得る。この環の素イデアルは $(x)$ だけなので台集合は一点である。しかし $x$ の剰余類は零でなく、その二乗が零なので環は被約でない。
$a\ne0$ ではファイバー環は $k[x]/(x^2-a)$。$k$ は代数閉で標数は $2$ でないため、$a=b^2$ となる $b\ne0$ を選ぶと $(x^2-a)=(x-b)(x+b)$ で、二つの因子は互いに素である。中国剰余定理からファイバー環は $k\times k$、従ってスペクトルは異なる二点からなる被約スキームである。$\square$
全空間 $X$ が被約でも、ファイバーが被約とは限らないことに注意する。$s_0$ の集合論的ファイバーも一点だが、そこに被約な一点 $\operatorname{Spec}k$ を置くだけでは $x^2=0$ の情報を失う。ファイバーの長さ、重複度、滑らかさを調べる議論で、スキーム論的な定義が必要になる理由の一つである。
点数だけでなく次元も変わりうる。$X=\operatorname{Spec}k[t,x]/(tx)$ から $S=\operatorname{Spec}k[t]$ への射を考えると、$t=0$ 上では $tx=0$ が恒等的に成り立つため、ファイバーは $\operatorname{Spec}k[x]$ という一次元のアフィン直線になる。$a\in k^\times$ の上では $ax=0$ から $x=0$ が従い、ファイバーは $\operatorname{Spec}k$ という零次元の一点である。さらに生成点上では $t$ が $\kappa((0))=k(t)$ で可逆なので、ファイバーは $\operatorname{Spec}k(t)$ となる。この三つの計算はすべて同じテンソル積の式から得られ、特殊な値で成分が大きくなる様子を示す。
別の簡単な対照は、閉埋め込み $Z=\operatorname{Spec}(A/I)\hookrightarrow\operatorname{Spec}A$ である。$s$ に対応する素イデアル $\mathfrak p$ が $I$ を含めば、その上のファイバーは $\operatorname{Spec}\kappa(\mathfrak p)$、含まなければ空になる。実際、環は $(A/I)\otimes_A\kappa(\mathfrak p)=\kappa(\mathfrak p)/I\kappa(\mathfrak p)$ であり、体のイデアルは $0$ か全体だけだからである。すべてのファイバーが二重点になるわけではなく、射の種類と点によって構造が変わる。
$s\in S$ の剰余体 $\kappa(s)$ を体拡大 $K$ へ移した
$$
(X_s)_K=X_s\times_{\operatorname{Spec}\kappa(s)}\operatorname{Spec}K
$$
も考えられる。$K$ を $\kappa(s)$ の代数閉包に取ったものを幾何学的ファイバーという。基底体を拡大すると、普通のファイバーでは一つだった点が複数の点に分かれることがある。従って「一つの点の上に何点あるか」という問いには、どの体の上で数えるかも指定しなければならない。
射 $\operatorname{Spec}\mathbb C\to\operatorname{Spec}\mathbb R$ を考える。基底の唯一の点 $s$ の剰余体は $\mathbb R$ だから、通常のファイバーは $\operatorname{Spec}\mathbb C$ で一点である。$\mathbb C$ へ体を拡大すると
$$
\mathbb C\otimes_{\mathbb R}\mathbb C\cong\mathbb C\times\mathbb C
$$
となり、幾何学的ファイバーは二点を持つ。例えば左側の環は $\mathbb C[z]/(z^2+1)$ とみなせ、右辺への分解は $z-i$ と $z+i$ の中国剰余定理から従う。普通のファイバーの点数と幾何学的ファイバーの点数は一致しなくてよい。
基底の体の拡大は、冪零元を消す操作とも違う。二重点 $\operatorname{Spec}k[x]/(x^2)$ を代数閉体 $k$ 上で考えても、体を拡大した環 $K[x]/(x^2)$ には依然として冪零元がある。点の分裂、被約性、ファイバーの空非空はそれぞれ別の現象であり、同じ「ファイバーが変わる」という言い方にまとめずに区別する。
普通のファイバーから幾何学的ファイバーへ進む理由は、点数の数え方を代数閉体の上で揃えることにある。ただし剰余体の代数閉包の選択に依存して同型を厳密に比較する場面では、どの代数閉包と埋め込みを選んだかを明示する。単なる集合論的逆像 $f^{-1}(\{s\})$ からは、体拡大後に一点が分裂するかどうかを判定できない。逆に、幾何学的ファイバーの点数だけでも、二重点のような冪零構造は捉えられない。
スキームの射 $f:X\to S$ が全射であることと、すべての $s\in S$ で $X_s$ が空でないことは同値である。これは $|X_s|$ が集合論的逆像 $f^{-1}(\{s\})$ と同じ点を持つためである。しかし非空性だけを見れば二重点と普通の一点は区別できない。同様に「各点上のファイバーが集合として一点」という条件だけから、その射が同型だとは結論できない。ファイバー内の環と、ファイバー相互の貼り合わさり方も必要である。
研究で「$s$ 上のファイバー」と書くときは、まず文脈が点集合・位相空間・スキームのどれを要求しているか確かめる。点の数だけなら逆像集合を数える。方程式の特殊化、冪零元、滑らかさ、次元などを論じるなら $X_s=X\times_S\operatorname{Spec}\kappa(s)$ を使う。ファイバー積は任意の二本の射に対する構成であり、ここでのファイバーは基底側の一本を一点の剰余体から来る射にした場合である。
ファイバーについて「成り立ちそうだが、条件を外すと成り立たない」主張を並べる。各行の反例は、表の右の列の主張を破る。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 射の大域的な構造(ファイバーの情報だけで判定) | $\operatorname{Spec}k\sqcup(\mathbb A^1_k\setminus\{0\})\to\mathbb A^1_k$ | 全ファイバーが $\operatorname{Spec}\kappa(s)$ なら同型 |
| ファイバーの被約性(全空間の被約性だけを仮定) | $\operatorname{Spec}k[t,x]/(x^2-t)\to\operatorname{Spec}k[t]$ | $X$ が被約ならファイバーも被約 |
| 代数閉な剰余体 | $\operatorname{Spec}\mathbb C\to\operatorname{Spec}\mathbb R$ | $f$ が有限型なら、有限なファイバーの点数は体を拡大しても変わらない |
| $\mathfrak p$ が極大(prop-fiber-affine の簡約) | $k[t]\to k[t,x]/(tx-1)$ の生成点 | ファイバー環は $B/\mathfrak pB$ |
| 平坦(Har77 III, Corollary 9.6 の仮定) | $\operatorname{Spec}k[t,x]/(tx)\to\operatorname{Spec}k[t]$ | $X$ の既約成分の次元が $\dim S+n$ にそろえば、ファイバーの既約成分の次元も $n$ |
各行の確認は次のとおりである。
スキーム論的ファイバーの定義は StacksFib Definition 26.18.4、台集合と逆像の関係は StacksTop Lemma 26.18.5 による。アフィンスキームのファイバー積とテンソル積の計算は StacksProd Section 26.17 を参照した。幾何学的な点の体の取り方は StacksGeo Definition 59.29.1 を参照。本文の二重点と空ファイバーはこれらの式から直接計算した具体例である。平坦な射のファイバーの次元は Har77 III, Corollary 9.6 による。
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