Bruhat順序(Bruhat order)とは、Coxeter 系 $(W,S)$ において、鏡映 $t$ を右から掛けて長さが増えるとき $w\to wt$ と矢印を引き、矢印の列でたどれる関係として定める $W$ 上の半順序のことである。単位元が最小元で、$v$ が $w$ より真に小さければ長さも真に小さい。$w$ の簡約表示を一つ固定すると、$v\le w$ は $v$ がその表示の部分語の値として書けることと同値であり(部分語の性質)、区間は有限で極大な鎖の長さは長さの差に等しく、$W$ が有限なら長さ最大の元が最大元である。一般線形群の旗多様体では、Schubert 多様体の包含を記述する順序でもある。
Coxeter系 $(W,S)$ の元には長さ $\ell$ があり、長さの小さい元から大きい元へ「鏡映を 1 回掛けて長くなる」という矢印を引くことができる。この矢印をたどって行ける関係が Bruhat 順序 である。たとえば 対称群 $S_n$ では、置換に互換を掛けて転倒数を増やす操作の繰り返しで比べる順序になる。
Bruhat 順序は、旗多様体の Schubert 多様体の包含を記述する半順序である(旗多様体 の定理「Bruhat 分解」の 3 は、Schubert 多様体がどの Schubert 胞体の和になるかを Bruhat 順序で述べている。この記事では証明しない)。定義は鏡映の全体を使うので直接には計算しにくいが、次の 部分語の性質 によって簡約表示から読み取れる。
| 問い | 答え |
|---|---|
| $v\le w$ をどう判定するか | $w$ の簡約表示を一つ固定すると、$v\le w$ は $v$ がその表示の部分語で書けることと同値である(thm-bruhat-subword) |
| 順序はどんな形か | 区間 $[1,w]$ は高々 $2^{\ell(w)}$ 元の有限集合で、極大な鎖の長さはどれも長さの差に等しい(cor-bruhat-consequences、thm-bruhat-graded) |
| 最大元はあるか | $W$ が有限ならちょうど一つあり、それは長さ最大の元である(cor-bruhat-longest) |
以下、$(W,S)$ は Coxeter 系、$\ell$ は $S$ に関する長さ関数、
$$
T:=\{wsw^{-1}\mid w\in W,\ s\in S\}
$$
は鏡映の集合である(Coxeter系 の定義「ルートに関する鏡映と鏡映の集合」)。$S\subset T$ であり、$T$ の元は位数 $2$ である。
$v,w\in W$ について、ある $t\in T$ で $w=vt$ かつ $\ell(v)<\ell(w)$ となるとき $v\to w$ と書く。$v=x_0\to x_1\to\cdots\to x_n=w$($n\ge0$)となる列があるとき $v\le w$ と書き、この関係 $\le$ を Bruhat 順序(Bruhat order)という。$v\le w$ かつ $v\neq w$ のとき $v< w$ と書く。
$w=vt$ は $w=(vtv^{-1})v$ と同じで、$vtv^{-1}\in T$ である。したがって、矢印を「左から鏡映を掛ける」で定めても同じ順序になる。
鏡映の代わりに $S$ の元だけを右から掛けて長くなる列で定めた順序は 右弱順序(right weak order)と呼ばれ、Bruhat 順序より弱い。右弱順序で $v$ が $w$ 以下なら $v\le w$ であるが、逆は一般には成り立たない(ex-bruhat-counter の 2 行目)。
Coxeter系 の記事から次の事実を使う。
1:$\varepsilon(s):=-1$($s\in S$)は Coxeter 関係式 $(st)^{m(s,t)}=1$ を満たすので、準同型 $\varepsilon\colon W\to\{\pm1\}$ が定まり、$\varepsilon(w)=(-1)^{\ell(w)}$ である。$t=usu^{-1}$ なら $\varepsilon(t)=\varepsilon(s)=-1$ なので $\varepsilon(wt)=-\varepsilon(w)$ となり、$\ell(wt)$ と $\ell(w)$ は偶奇が違う。
2:$n=0$ の列で反射律が、列の連結で推移律が成り立つ。列に沿って長さは狭義に増えるので、$v< w$ なら $\ell(v)<\ell(w)$ で、反対称律が従う。$w=s_1\cdots s_q$ を簡約表示とすると、$s_1\cdots s_k$ の長さは $k$ なので $1\to s_1\to s_1s_2\to\cdots\to w$ であり、$1\le w$ である。
3:$s\in T$ なので定義そのものである。$\square$
表示 $w=s_1\cdots s_q$ に対し、$1\le i_1< i_2<\cdots< i_k\le q$ を選んで得られる積 $s_{i_1}s_{i_2}\cdots s_{i_k}$($k=0$ なら $1$)を、この表示の 部分語 の値という。証明の鍵は次の補題である。
$u\le w$、$s\in S$ ならば、$us\le w$ または $us\le ws$ が成り立つ。
$u\to w$ の場合:$w=ut$($t\in T$)、$\ell(u)<\ell(w)$ とする。
一般の場合:$u=x_0\to x_1\to\cdots\to x_n=w$ の $n$ についての帰納法で示す。$n=0$ なら $us=ws$ である。$n\ge1$ なら、帰納法の仮定により $us\le x_{n-1}$ または $us\le x_{n-1}s$ であり、上の場合により $x_{n-1}s\le w$ または $x_{n-1}s\le ws$ である。$x_{n-1}\le w$ と合わせて、いずれの組合せでも $us\le w$ または $us\le ws$ となる。$\square$
$w=s_1\cdots s_q$ を $w\in W$ の簡約表示とし、$v\in W$ とする。次の 3 条件は同値である。
1 ⇒ 3:次を $v=x_0\to\cdots\to x_n=w$ の長さ $n$ についての帰納法で示す:「$w$ のどの簡約表示にも、$v$ の簡約表示になる部分語がある」。$n=0$ なら表示全体をとる。$n\ge1$ とし、$x:=x_{n-1}$ とおく。$x\to w$ なので $x=wt$($t\in T$)、$\ell(wt)<\ell(w)$ であり、強交換条件により $x=s_1\cdots\widehat{s_i}\cdots s_q$ と書ける。消去条件を繰り返し当てて文字を消すと、$s_1\cdots s_q$ の部分語で $x$ の簡約表示になるものが得られる。$v\le x$ は長さ $n-1$ の列で結ばれるので、帰納法の仮定により、この $x$ の簡約表示の部分語で $v$ の簡約表示になるものがある。それは $s_1\cdots s_q$ の部分語でもある。
3 ⇒ 2 は明らかである。
2 ⇒ 1:$q$ についての帰納法で示す。$q=0$ なら $v=w=1$ である。$q\ge1$ とし、$w':=s_1\cdots s_{q-1}$ とおくと、これは長さ $q-1$ の簡約表示で、$w=w's_q$、$\ell(w')<\ell(w)$ なので $w'\to w$ である。$v=s_{i_1}\cdots s_{i_k}$ とする。
部分語の性質により、Bruhat 順序は簡約表示を一つ選べば有限の手順で判定できる。表示の選び方によらないことも同時にわかる(1 は表示によらない条件だからである)。
要点:簡約表示を逆順に読む、部分語を数える、部分語の文字は元の表示の文字である、の 3 つである。
1:$w=s_1\cdots s_q$ が簡約表示なら $w^{-1}=s_q\cdots s_1$ も簡約表示で、$v$ の部分語 $s_{i_1}\cdots s_{i_k}$ を逆順に読んだものは $v^{-1}$ を与える部分語である。thm-bruhat-subword を両向きに使う。
2:長さ $q$ の表示の部分語は $2^q$ 個である。
3:放物型部分群(Coxeter群) の定理「放物型部分群の基本性質」の 1 により、$w$ の簡約表示の文字は $I$ の元なので、その部分語の値は $W_I$ に属する。$\square$
1:$\ell(w)$ についての帰納法で示す。$u< w$ なので $\ell(w)\ge1$ で、$\ell(ws)<\ell(w)$ となる $s\in S$ がある(簡約表示の最後の文字)。$u\le ws$ なら $t=s$ でよい。
$u\not\le ws$ とする。$ws$ の簡約表示 $s_1\cdots s_{q-1}$ をとると $w=s_1\cdots s_{q-1}s$ は簡約表示で、thm-bruhat-subword により $u$ はその部分語の値である。部分語が最後の $s$ を使わないなら、$u$ は $ws$ の簡約表示の部分語の値となり $u\le ws$ に反する。よって $u=v's$ で、$v'=us$ は $s_1\cdots s_{q-1}$ の部分語の値だから $us\le ws$ である。$us=ws$ なら $u=w$ となるので $us< ws$ である。$\ell(ws)<\ell(w)$ なので帰納法の仮定により、$us\le x$、$\ell(x)=\ell(ws)-1$ となる $x:=wst'$($t'\in T$)がある。$x\to ws$ なので $x\le ws$ である。
lem-bruhat-z を $us\le x$ と $s$ に当てると、$u\le x$ または $u\le xs$ である。$u\le x$ なら $u\le ws$ となり仮定に反するので $u\le xs$ である。$\ell(xs)<\ell(x)$ なら $xs\le x\le ws$ となりやはり仮定に反するので、$\ell(xs)=\ell(x)+1=\ell(w)-1$ である。$t:=st's\in T$ とおくと $wt=wst's=xs$ なので、この $t$ が求めるものである。
2:1 を繰り返し当てると、$w$ から長さを 1 ずつ下げながら $u$ 以上にとどまる列ができ、長さが $\ell(u)$ に達したところで(prop-bruhat-partial-order の 2 により)$u$ に一致する。$w$ が $u$ を被覆するなら、1 の $wt$ は $u\le wt< w$ を満たすので $u=wt$、$\ell(w)=\ell(u)+1$ である。逆に長さの差が $1$ なら、間の元は長さが狭義に間にあるので存在しない。極大な鎖の各段は被覆なので、長さはちょうど $1$ ずつ増え、段数は $\ell(w)-\ell(u)$ である。$\square$
$W$ が有限群なら、Bruhat 順序の最大元 $w_0$ がただ一つある。$w_0$ は $W$ の元のうち長さが最大の唯一の元である。
要点:極大元はどの $s$ を右から掛けても短くなり、そのような元は正ルートをすべて負ルートに写すので一つしかない。
$m$ を Bruhat 順序の極大元とする($W$ は有限)。$\ell(ms)>\ell(m)$ となる $s\in S$ があれば $m< ms$(prop-bruhat-partial-order の 3)となるので、すべての $s\in S$ について $\ell(ms)<\ell(m)$ である。幾何学的表現の言葉では、Coxeter系 の定理「長さと正負の判定」により $m(e_s)$ はすべて負ルートであり、正ルートは $e_s$ の $0$ 以上の係数の結合なので $m(R^+)\subset R^-$、$m$ は $R$ の全単射で $m(-\beta)=-m(\beta)$ だから $m(R^+)=R^-$ である。極大元 $m,m'$ について $m^{-1}m'(R^+)=m^{-1}(R^-)=R^+$ となり、同記事の命題「長さは負に写す正ルートの個数」により $\ell(m^{-1}m')=0$、$m=m'$ である。よって極大元は一つで、有限半順序集合なのでどの元もこの極大元 $w_0$ 以下であり、prop-bruhat-partial-order の 2 により $w_0$ は長さ最大の唯一の元である。$\square$
長さ最大の元のほかの性質($w_0^2=1$、$w_0Sw_0=S$、すべての $u$ について $\ell(w_0)=\ell(u)+\ell(u^{-1}w_0)$)は Dav07 Lemma 4.6.1(pp. 51–52)にある。最後の等式は、$w_0$ の簡約表示が $u$ の簡約表示で始まるようにとれることを意味し、部分語の性質からも $u\le w_0$ が読み取れる。
$W=\langle s,t\mid s^2=t^2=(st)^m=1\rangle$($2\le m\le\infty$、Coxeter系 の例「二面体群の場合」「無限二面体群」)では、簡約表示は $s$ と $t$ が交互に並ぶ語(交代語)である。長さ $q$ の交代語 $a_1a_2\cdots a_q$ と長さ $k< q$ の交代語 $b_1\cdots b_k$ について、$b_1=a_1$ なら $a_1\cdots a_k$、$b_1=a_2$ なら $a_2\cdots a_{k+1}$ が部分語として $b_1\cdots b_k$ を与える。よって thm-bruhat-subword により
$$
v\le w\iff v=w\ \text{または}\ \ell(v)<\ell(w)
$$
である。$W$ が有限($m<\infty$)なら、各長さ $1,\dots,m-1$ にちょうど 2 元があり、長さ $m$ の最大元 $w_0=sts\cdots=tst\cdots$ がある。
$S_n$ と隣接互換 $s_i=(i\ \ i+1)$ の Coxeter 系(Coxeter系 の例「対称群の場合」)を考える。
thm-bruhat-subword の条件を 1 つずつ外す。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 表示が簡約 | $w=1$ の表示 $s\cdot s$($s\in S$) | 部分語の値なら $w$ 以下(2 ⇒ 1) |
| 矢印に $T$ の元を使う($S$ の元だけにする) | $S_3$ の右弱順序と $w=s_1s_2$、$v=s_2$ | 部分語の値なら $w$ 以下(2 ⇒ 1) |
| $(W,S)$ が Coxeter 系 | $W=S_3$、$S=\{a,b,c\}$(互換の全体)、$w=ab$、$v=c$ | $v\le w$ なら部分語の値(1 ⇒ 2) |
各行は左の列の条件だけを替えている。
1 行目:$s$ は表示 $s\cdot s$ の部分語の値だが、$\ell(s)=1>0=\ell(1)$ なので $s\not\le1$ である(prop-bruhat-partial-order の 2)。
2 行目:ex-bruhat-symmetric の 2 項目のとおり、$s_2$ は簡約表示 $s_1s_2$ の部分語だが、右弱順序では $s_1s_2$ の下にない。
3 行目:$a=(1\ 2)$、$b=(2\ 3)$、$c=(1\ 3)$ とし、置換は右から先に作用させる。$S$ の元は位数 $2$ で $W$ を生成するが、$(W,S)$ は Coxeter 系でない(Coxeter系 の注意「反例:位数2の生成系がCoxeter系を与えない例」の 2)。$S$ に関する長さは互換で $1$、長さ $3$ の巡回置換で $2$ であり、$T=S$ である。$ab=(1\ 2\ 3)$ は長さ $2$ で、語 $a\,b$ はその簡約表示である。$c\cdot a=(1\ 3)(1\ 2)=(1\ 2\ 3)=ab$ で $\ell(c)=1<2$ なので、定義どおり $c\to ab$、$c\le ab$ である。しかし語 $a\,b$ の部分語の値は $1,a,b,ab$ で、$c$ はそのどれでもない。
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