到達不能基数

同義語:強到達不能基数inaccessible cardinalstrongly inaccessible cardinal

概要

到達不能基数(inaccessible cardinal)とは、非可算・正則・強極限という三条件を満たす基数であり、小さい基数から和やべき集合を重ねても到達できない最初の巨大基数概念である。到達不能基数 $\kappa$ に対する累積階層 $V_\kappa$ は ZFC のモデルおよび Grothendieck 宇宙となるため、その存在は ZFC が無矛盾なら ZFC 自身からは証明できない。正則な極限基数だけを要求する弱到達不能基数とは区別されるが、両者の存在は等無矛盾である。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 基数、共終数、累積階層、ZFC公理系

定義

到達不能基数は、小さい基数から後続基数、和、べき集合といった通常の操作を行っても到達できない基数である。「弱」と「強」の二つの概念があり、本記事では修飾なしの到達不能基数を強い方の意味で用いる。どちらの定義にも非可算性を含める。

弱到達不能基数

基数 $\kappa$ が弱到達不能基数(weakly inaccessible cardinal)であるとは、次の三条件を満たすことをいう。

  1. $\kappa>\aleph_0$ である。
  2. $\kappa$ は正則、すなわち $\operatorname{cf}(\kappa)=\kappa$ である。
  3. $\kappa$ は極限基数、すなわちどの基数 $\lambda$ に対しても $\kappa\ne\lambda^+$ である。
到達不能基数

基数 $\kappa$ が到達不能基数、または強到達不能基数(inaccessible cardinal, strongly inaccessible cardinal)であるとは、次の三条件を満たすことをいう。

  1. $\kappa>\aleph_0$ である。
  2. $\kappa$ は正則である。
  3. $\kappa$ は強極限、すなわちすべての基数 $\lambda<\kappa$ に対して $2^\lambda<\kappa$ である。

非可算性を明記するのは、これを外すと $\aleph_0$ が正則かつ強極限になり、巨大基数として意図する概念に混入するためである。文献によっては「到達不能」の語に非可算性を織り込み、条件から省略する。本記事の規約では $\aleph_0$ は到達不能基数ではない。

直感

正則性は、$\kappa$ 未満の個数の小さい集合を集めても大きさが $\kappa$ に届かないことを保証する。強極限性は、小さい集合のべき集合を作っても大きさが $\kappa$ に届かないことを保証する。この二条件の組合せにより、$V_\kappa$ は和集合とべき集合をはじめとする集合論的構成に対して閉じる。
この「閉じた小宇宙」という見方は、到達不能基数が集合論だけでなく圏論・代数幾何で使われる理由でもある。一方、その存在は通常の具体的な基数計算からは得られず、ZFCを越える巨大基数仮説である。

弱版と強版

強到達不能なら弱到達不能

すべての到達不能基数は弱到達不能基数である。

$\kappa$ を到達不能基数とする。非可算性と正則性は両定義に共通なので、$\kappa$ が極限基数であることだけを示せばよい。もし $\kappa=\lambda^+$ なら、Cantorの定理より
$$ \lambda^+\le 2^\lambda $$
である。一方、$\lambda<\kappa$ と強極限性から $2^\lambda<\kappa=\lambda^+$ となり矛盾する。したがって $\kappa$ は後続基数ではなく、極限基数である。$\blacksquare$

逆向きはZFCからは従わない。弱到達不能性は基数列の極限であることだけを要求するのに対し、強到達不能性はすべての $\lambda<\kappa$ に対する連続体関数の値まで制限するからである。ただし、両者の存在の相対無矛盾性の強さは同じである。

弱版と強版の相対無矛盾性

次の二理論は等無矛盾である。

  1. $\mathsf{ZFC}+\text{「弱到達不能基数が存在する」}$
  2. $\mathsf{ZFC}+\text{「到達不能基数が存在する」}$

強到達不能基数は弱到達不能基数なので、2にモデルがあれば1にもモデルがある。
逆に、$M$ を1のモデルとし、$\kappa$ を $M$ で弱到達不能な基数とする。$M$ の構成可能宇宙 $L^M$ を考える。$L^M$ はZFCとGCHを満たす。$M$ での $\kappa$ の正則性は $L^M$ でも保たれる。実際、$L^M$ に $\kappa$ 未満の長さの共終列があれば、それは $M$ にも属し、$M$ での正則性に反する。また $M$ の基数は $L^M$ でも基数であり、$M$ で $\kappa$ 未満の基数は $\kappa$ において非有界である。従って $L^M$ でも $\kappa$ 未満の基数は非有界であり、$\kappa$ は極限基数である。GCHにより、$L^M$ の各無限基数 $\lambda<\kappa$ について
$$ (2^\lambda)^{L^M}=(\lambda^+)^{L^M}<\kappa $$
となる。有限基数についても同様に値は $\kappa$ 未満である。したがって $L^M$ では $\kappa$ が強到達不能であり、2のモデルが得られる。$\blacksquare$

ここで用いたのは構成可能宇宙がZFCとGCHを満たすという標準定理である。詳細は Jec03 Chapter 12・13を参照する。

例と反例

到達不能基数の存在そのものはZFCから証明できないため、ZFCだけで名前を挙げられる正の例はない。「最小の到達不能基数」は存在を仮定したときにのみ意味をもつ。代わりに、各条件の必要性を示す境界事例を挙げる。

非可算条件を外した境界事例

$\aleph_0$ は正則であり、任意の有限基数 $n$ に対して $2^n<\aleph_0$ なので強極限でもある。しかし本記事の定義では非可算性を要求するため、到達不能基数ではない。

正則性だけでは足りない

$\aleph_1=\aleph_0^+$ は正則な後続基数であり、極限基数ではない。また $2^{\aleph_0}\ge\aleph_1$ なので強極限でもない。従って正則性だけから到達不能性は導けない。

強極限性だけでは足りない

$\beth_0=\aleph_0$、$\beth_{n+1}=2^{\beth_n}$、$\beth_\omega=\sup_{n<\omega}\beth_n$ とおく。$\beth_\omega$ は強極限だが特異であり、到達不能基数ではない。

$\lambda<\beth_\omega$ とする。$\beth_\omega$ は増大列 $(\beth_n)_{n<\omega}$ の上限なので、ある $n$ について $\lambda<\beth_n$ である。従って
$$ 2^\lambda\le 2^{\beth_n}=\beth_{n+1}<\beth_\omega, $$
ゆえに $\beth_\omega$ は強極限である。一方、列 $(\beth_n)_{n<\omega}$ は $\beth_\omega$ で共終だから $\operatorname{cf}(\beth_\omega)\le\omega$ である。$\beth_\omega$ は極限順序数なので有限共終数をもたず、従って
$$ \operatorname{cf}(\beth_\omega)=\omega<\beth_\omega. $$
従って $\beth_\omega$ は正則でなく、到達不能基数ではない。これは「強極限なら正則」という含意を破る反例である。$\blacksquare$

累積階層の閉性

到達不能基数の正則性と強極限性は、累積階層 $V_\kappa$ の大きさを制御する。

階層の各段は小さい

$\kappa$ を到達不能基数とする。すべての順序数 $\alpha<\kappa$ に対して
$$ |V_\alpha|<\kappa $$
である。従って、$x\in V_\kappa$ なら $|x|<\kappa$ である。

$\alpha$ に関する超限帰納法で示す。$V_0=\emptyset$ では明らかである。$|V_\alpha|<\kappa$ なら、強極限性から
$$ |V_{\alpha+1}|=|\mathcal P(V_\alpha)|=2^{|V_\alpha|}<\kappa. $$
$\delta<\kappa$ が極限順序数で、すべての $\alpha<\delta$ について $|V_\alpha|<\kappa$ とする。$V_\delta=\bigcup_{\alpha<\delta}V_\alpha$ であり、$\delta<\kappa$ 個の $\kappa$ 未満の集合の和である。$\kappa$ の正則性からその濃度は $\kappa$ 未満である。よって帰納法が完了する。
最後に $x\in V_\kappa$ なら、ある $\alpha<\kappa$ に対して $x\in V_{\alpha+1}$、従って $x\subseteq V_\alpha$ である。したがって $|x|\le|V_\alpha|<\kappa$ である。$\blacksquare$

この命題と置換公理を組み合わせると、$V_\kappa$ はZFCの各公理を満たす。とくに置換公理では、$a\in V_\kappa$ の像の階数を $|a|<\kappa$ 個集め、その上限が正則性により $\kappa$ 未満にとどまることを使う。分出・対・和集合・べき集合・無限・基礎・選択の各公理も $V_\kappa$ の推移性と上の閉性から検証できる(Jec03 Chapter 12)。

到達不能基数からZFCの集合モデルが得られる

$\kappa$ が到達不能基数なら
$$ (V_\kappa,\in)\models\mathsf{ZFC} $$
である。

この定理の完全な公理別検証は Jec03 Chapter 12を参照する。上の命題は、べき集合公理と置換公理の検証で用いる主要な濃度評価を与えている。

ZFCからの証明不可能性

到達不能基数の存在はZFCから証明できない

ZFCが無矛盾なら、ZFCは「到達不能基数が存在する」を証明しない。

理論
$$ T=\mathsf{ZFC}+\text{「到達不能基数が存在する」} $$
は、到達不能基数 $\kappa$ を取り、前節の定理を $V_\kappa$ に適用することにより「ZFCの集合モデルが存在する」を証明する。従って $T$ は $\operatorname{Con}(\mathsf{ZFC})$ を証明する。
もしZFC自身が「到達不能基数が存在する」を証明するなら、同じ推論によりZFC自身が $\operatorname{Con}(\mathsf{ZFC})$ を証明する。しかしZFCが無矛盾なら、Gödelの第二不完全性定理によりこれは不可能である。従って、ZFCが無矛盾ならZFCは到達不能基数の存在を証明しない。$\blacksquare$

ここで無矛盾性を証明する主体はZFC単独ではなく、到達不能基数の存在を追加した理論 $T$ である。また、この議論はZFCが到達不能基数の不存在を証明しないことまでは示さない。後者は、到達不能基数をもつモデルの存在という、ZFCの無矛盾性より強い仮定を要する。

Grothendieck宇宙

集合 $U$ がGrothendieck宇宙であるとは、ここでは次を満たすこととする。

  • $x\in y\in U$ なら $x\in U$。
  • $x,y\in U$ なら $\{x,y\}\in U$。
  • $x\in U$ なら $\mathcal P(x)\in U$。
  • $I\in U$ で、各 $i\in I$ に $x_i\in U$ を対応させたとき、$\bigcup_{i\in I}x_i\in U$。
到達不能基数が与えるGrothendieck宇宙

$\kappa$ が到達不能基数なら $V_\kappa$ はGrothendieck宇宙である。

$V_\kappa$ は推移的である。$x,y\in V_\kappa$ なら両者の階数は $\kappa$ 未満なので $\{x,y\}$ の階数も $\kappa$ 未満である。$x\in V_\kappa$ なら、$\kappa$ が極限順序数であることから $\mathcal P(x)\in V_\kappa$ である。
最後に $I\in V_\kappa$、各 $i\in I$ について $x_i\in V_\kappa$ とする。前節の命題より $|I|<\kappa$ である。各 $x_i$ の階数に1を加えた順序数の上限を $\beta$ とする。$\kappa$ は正則なので $\beta<\kappa$ であり、すべての $x_i$ は $V_\beta$ に属する。従って $\bigcup_{i\in I}x_i\in V_{\beta+1}\subseteq V_\kappa$ である。以上で四条件がすべて成り立つ。$\blacksquare$

逆向きには小さい例と宇宙の流儀への注意が要る。上の公理を満たす $V_\omega$ もGrothendieck宇宙だが、$\omega$ は本記事の定義では到達不能基数ではない。SGA 4 Exposé I, Appendix §5では、整礎的な最小生成条件を加えた「artinian universe」と強到達不能基数との対応を述べている(SGA4U)。この条件や小さい宇宙の例外を落として「すべてのGrothendieck宇宙が非可算到達不能基数に対応する」と言ってはいけない。

記述不能性との関係

$A\subseteq V_\kappa$ とする。集合論の言語に $A$ を表す述語を加え、集合変数に対する存在量化から始まる二階論理式を $\Sigma^1_1$ 論理式と呼ぶ。$\kappa$ が $\Sigma^1_1$-記述不能であるとは、
$$ (V_\kappa,\in,A)\models\varphi $$
なら、ある $\alpha<\kappa$ が存在して
$$ (V_\alpha,\in,A\cap V_\alpha)\models\varphi $$
となることを、すべての $A$ と $\Sigma^1_1$ 文 $\varphi$ に要求することである。

記述不能性による特徴づけ

上の累積階層に基づく定義のもとで、非可算基数 $\kappa$ が到達不能であることと、$\Sigma^1_1$-記述不能であることは同値である。

定義と証明は Kan08 Chapter 2を参照する。記述不能性には言語や反射先の異なる流儀があるため、単に「記述不能」とだけ書いてこの同値を使ってはいけない。なお $\Pi^1_1$-記述不能性は弱コンパクト基数を特徴づける、より強い条件である。

関連項目

参考文献

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