Floer理論

同義語:フレアー理論Floer theory

概要

Floer理論(Floer theory)とは、無限次元の空間上の汎関数について、臨界点を生成元とし、臨界点を結ぶ勾配流線を数えて境界作用素を作ることでホモロジー群を定める方法の総称である。原型は閉曲線の空間上の作用汎関数で、その臨界点は Hamilton 系の周期軌道、勾配流線は Cauchy–Riemann 方程式を摂動した Floer 方程式の解である。臨界点の Morse 指数は無限大になるが、流線の空間の次元だけを使って有限次元の Morse ホモロジーを模倣する。Floer はこれを用いて、Hamilton 同相写像の固定点の個数が Betti 数の和以上になるという Arnold 予想を示した。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 可微分多様体, 微分形式, ホモロジー, Fourier級数

Floer理論とは

Floer理論(Floer theory)は、無限次元の空間の上の汎関数について「臨界点を生成元とし、臨界点を結ぶ勾配流線を数えて境界作用素を作る」ことでホモロジー群(Floerホモロジー)を定める方法の総称である。1980 年代に A. Floer が、シンプレクティック幾何学の Arnold 予想(Hamilton 同相写像の固定点の個数の下界)を示すために導入した(AS17 序文と §4、pp. 1–3、14–29)。
有限次元のモデルは閉多様体上の Morse 関数の Morse ホモロジー である。Floer は、この構成を次の汎関数に移した。

Floer ホモロジー空間汎関数臨界点勾配流線
Hamilton Floer閉曲線(ループ)の空間作用汎関数 $\mathcal{A}_H$1 周期の Hamilton 軌道Floer 方程式の解(擬正則な円柱)
Lagrange Floer2 つの Lagrange 部分多様体を結ぶ道の空間作用汎関数交点擬正則な帯
インスタントン Floer3 次元多様体上の接続の空間Chern–Simons 汎関数平坦接続反自己双対な接続(インスタントン)

(AS17 pp. 2–3、§7。)このほか接触多様体の Floer ホモロジーや、3 次元多様体の Heegaard Floer ホモロジー・Seiberg–Witten Floer ホモロジーなどがあり、低次元トポロジーにも応用される(AS17 §8–§9)。
この記事では、まず有限次元の Morse ホモロジーを復習し、次に $\mathbb{R}^{2n}$ 上の Hamilton 系について、作用汎関数の臨界点が周期軌道であること、Floer 方程式の解のエネルギーが作用の差に等しいこと、鎖複体の階数から固定点の個数の下界が出ることを、記事の中で証明する。Floer ホモロジーが well-defined であることと、それが多様体のホモロジーに同型であることは深い定理で、この記事では証明しない。

有限次元のモデル:Morse ホモロジー

$M$ を $d$ 次元の閉多様体、$f\colon M\to\mathbb{R}$ を滑らかな関数とする。$df(x)=0$ となる点 $x$ を臨界点といい、臨界点での 2 階微分(Hesse 形式)が非退化であるとき非退化という。すべての臨界点が非退化な $f$ を Morse 関数 という。非退化な臨界点 $x$ で Hesse 形式が負定値になる部分空間の最大次元を Morse 指数 $\operatorname{ind}_f(x)$ と呼ぶ。非退化な臨界点は孤立しているので、閉多様体上の Morse 関数の臨界点は有限個である(AS17 p. 4)。
Riemann 計量 $g$ をとり、勾配 $\nabla f$ を $g(\nabla f,v)=df(v)$ で定める。負の勾配流 $\dot u(s)=-\nabla f(u(s))$ に沿って
$$ \frac{d}{ds}f(u(s))=df(\dot u(s))=g(\nabla f,-\nabla f)=-\|\nabla f(u(s))\|^2 $$
なので、$f$ は定数でない流線に沿って真に減少する。臨界点 $x$ から $y$ への流線 $u$($u(s)\to x$($s\to-\infty$)、$u(s)\to y$($s\to+\infty$))について、これを積分すると
$$ \int_{-\infty}^{\infty}\|\dot u(s)\|^2\,ds=f(x)-f(y) $$
となる。左辺を流線のエネルギーという。Floer 理論ではこの等式の無限次元版が要になる(thm-fl-energy)。

Morse 複体

$f$ を Morse 関数とし、計量 $g$ を、臨界点の安定多様体と不安定多様体が横断的に交わるように(Morse–Smale 条件)とる。$\mathbb{Z}/2$ 係数の Morse 複体 を
$$ CM_k(f):=\bigoplus_{\operatorname{ind}_f(x)=k}(\mathbb{Z}/2)\,x,\qquad \partial x:=\sum_{\operatorname{ind}_f(y)=k-1}\nu(x,y)\,y $$
で定める。ここで $\nu(x,y)\in\mathbb{Z}/2$ は、$x$ から $y$ への流線(パラメータのずらしを同一視したもの。有限個になる)の個数の偶奇である。

$\partial\circ\partial=0$ が成り立ち、そのホモロジー $HM_*(f)$ は $M$ の $\mathbb{Z}/2$ 係数の特異ホモロジーに同型である。この記事では証明しない(AS17 §2.2–2.4、pp. 5–11)。$\partial\circ\partial=0$ の証明は、指数の差が 2 の臨界点を結ぶ流線の 1 次元の族の両端が、2 本の流線の「折れ線」になっている(破れる)ことを使う。

傾けたトーラスの高さ関数

$\mathbb{R}^3$ の中の円環面(トーラス)を少し傾けて立て、高さを $f$ とする。臨界点は最大点 $a$(指数 2)、2 つの鞍点 $b_1,b_2$(指数 1)、最小点 $c$(指数 0)である。$a$ から $b_1$、$b_2$ へはそれぞれ 2 本ずつ、$b_1,b_2$ から $c$ へも 2 本ずつ流線があるので、$\mathbb{Z}/2$ 係数では $\partial a=0$、$\partial b_i=0$ となる。よって $HM_0\cong\mathbb{Z}/2$、$HM_1\cong(\mathbb{Z}/2)^2$、$HM_2\cong\mathbb{Z}/2$ で、トーラスのホモロジーと一致する(AS17 例 2.3、p. 9)。

Morse ホモロジーがホモロジーに同型であることから、臨界点の個数についての次の不等式が出る。これは純粋に鎖複体の代数から従うので、ここで証明しておく。同じ議論が Floer ホモロジーにもそのまま使える。

鎖複体の次元とホモロジーの次元

体 $F$ 上の有限次元の鎖複体 $(C_*,\partial)$($C_k\neq0$ となる $k$ は有限個)について、$c_k:=\dim C_k$、$h_k:=\dim H_k(C_*)$ とおく。このとき、非負整数を係数とする Laurent 多項式 $Q(z)$ があって
$$ \sum_k c_k z^k=\sum_k h_k z^k+(1+z)\,Q(z). $$
特に $c_k\geq h_k$ がすべての $k$ で成り立ち、$\sum_k c_k\geq\sum_k h_k$ である。

$Z_k:=\ker(\partial\colon C_k\to C_{k-1})$、$B_k:=\operatorname{im}(\partial\colon C_{k+1}\to C_k)$、$r_k:=\dim B_k$ とおく。$\partial\circ\partial=0$ より $B_k\subset Z_k$ で、$h_k=\dim Z_k-r_k$ である。次元定理(階数・退化次数の定理)を $\partial\colon C_k\to C_{k-1}$ に使うと $c_k=\dim Z_k+r_{k-1}$。よって
$$ c_k=h_k+r_k+r_{k-1}. $$
$Q(z):=\sum_k r_k z^k$ とおくと、$\sum_k(r_k+r_{k-1})z^k=\sum_k r_kz^k+z\sum_k r_{k-1}z^{k-1}=(1+z)Q(z)$ であり、$r_k\geq0$ だから $Q$ の係数は非負である。$c_k\geq h_k$ は $r_k,r_{k-1}\geq0$ から従い、$z=1$ を代入すると $\sum c_k=\sum h_k+2Q(1)\geq\sum h_k$ を得る。$\square$

Morse 複体に当てはめると、$c_k$ は指数 $k$ の臨界点の個数、$h_k$ は $\mathbb{Z}/2$ 係数の Betti 数 $b_k(M;\mathbb{Z}/2)$ なので、Morse の不等式 $c_k\geq b_k$ が得られる(整数係数での形は AS17 定理 2.1、p. 4)。

Hamilton 系と Arnold 予想

シンプレクティック多様体と Hamilton 同相写像

シンプレクティック多様体 $(M,\omega)$ とは、多様体 $M$ と、閉じていて各点で非退化な 2 次微分形式 $\omega$ の組である($\dim M$ は偶数になる)。時刻に依存する滑らかな関数 $H\colon\mathbb{R}/\mathbb{Z}\times M\to\mathbb{R}$(Hamilton 関数)に対し、Hamilton ベクトル場 $X_{H_t}$ を $\omega(X_{H_t},\cdot\,)=dH_t$ で定め、その時刻 $t$ の流れを $\varphi_H^t$ とする。$\varphi_H^1$ の形の写像を Hamilton 同相写像 という(CdS06 定義 18.1、p. 105、および pp. 55–56)。符号の規約は文献によって異なる(AS17 注意 4.3、p. 18)。
この記事で計算に使うのは標準的な場合 $M=\mathbb{R}^{2n}$ である。座標を $x=(q,p)\in\mathbb{R}^n\times\mathbb{R}^n$ とし、
$$ J_0(q,p):=(-p,\,q),\qquad \omega_0(u,v):=\langle J_0u,v\rangle=\sum_i dq_i\wedge dp_i\,(u,v) $$
とおく。$\langle\cdot,\cdot\rangle$ は Euclid 内積で、$J_0^2=-1$、$J_0^{\mathsf T}=-J_0$ である。$\omega_0(X_H,v)=dH(v)=\langle\nabla H,v\rangle$ より $J_0X_H=\nabla H$、すなわち
$$ X_{H_t}=-J_0\nabla H_t,\qquad \dot q=\frac{\partial H_t}{\partial p},\quad \dot p=-\frac{\partial H_t}{\partial q} $$
で、古典力学の Hamilton の運動方程式になる。$\mathbb{R}^{2n}=\mathbb{C}^n$、$(q,p)\mapsto q+ip$ と見ると、$J_0$ は $i$ 倍である。
$H$ が $t$ について周期 1 なので、流れの解の一意性から、$x_0$ が $\varphi_H^1$ の固定点であることと、$x_0$ を通る解 $x(t)=\varphi_H^t(x_0)$ が周期 1 の閉軌道(1 周期軌道)であることは同値である。固定点 $x_0$ は、$d\varphi_H^1(x_0)$ が固有値 $1$ をもたないとき非退化という。

Arnold 予想(ホモロジー版)

閉シンプレクティック多様体 $(M,\omega)$ の Hamilton 同相写像で、固定点がすべて非退化なものは、少なくとも $\sum_k b_k(M)$ 個の固定点をもつ。

(AS17 予想 4.1、p. 15。Arnold の元の形は、$M$ 上の関数の臨界点の最小個数を下界とする、より強い主張である。AS17 p. 15、CdS06 p. 55。)$H$ が時刻によらない Morse 関数なら、$H$ の臨界点は $X_H=0$ の点なので固定点であり、Morse の不等式から予想の下界が出る。予想の要点は、$H$ が時刻に依存するときにも同じ下界が成り立つことにある。
Lefschetz の不動点定理が与える下界は Euler 標数 $\sum_k(-1)^kb_k$ であり、Betti 数の和よりずっと小さいことが多い。たとえば 2 次元トーラス $T^2$ では Euler 標数は $0$ だが、予想は非退化な Hamilton 同相写像に $1+2+1=4$ 個以上の固定点を要求する(AS17 p. 15)。

作用汎関数

周期 1 の滑らかな閉曲線 $x\colon\mathbb{R}/\mathbb{Z}\to\mathbb{R}^{2n}$ 全体を $\mathcal{L}$ とし、作用汎関数を
$$ \mathcal{A}_H(x):=\int_0^1\Bigl(\tfrac12\langle -J_0x(t),\dot x(t)\rangle-H_t(x(t))\Bigr)dt $$
で定める。$-J_0(q,p)=(p,-q)$ なので $\tfrac12\langle -J_0x,\dot x\rangle=\tfrac12(p\cdot\dot q-q\cdot\dot p)$ であり、$\int_0^1\frac{d}{dt}(q\cdot p)\,dt=0$ を使うと $\mathcal{A}_H(x)=\int_0^1(p\cdot\dot q-H_t(x))\,dt$ となる。これは古典力学の作用である(AS17 p. 16)。

作用汎関数の臨界点

$x\in\mathcal{L}$ と、周期 1 の滑らかな $\xi\colon\mathbb{R}/\mathbb{Z}\to\mathbb{R}^{2n}$ について
$$ \frac{d}{d\varepsilon}\Big|_{\varepsilon=0}\mathcal{A}_H(x+\varepsilon\xi)=\int_0^1\bigl\langle J_0\bigl(\dot x(t)-X_{H_t}(x(t))\bigr),\,\xi(t)\bigr\rangle\,dt. $$
したがって、すべての $\xi$ についてこの値が $0$ となる($x$ が $\mathcal{A}_H$ の臨界点である)ことと、$x$ が 1 周期軌道 $\dot x=X_{H_t}(x)$ であることは同値である。

被積分関数は $\varepsilon$ について滑らかで、$[0,1]$ はコンパクトなので、積分記号の下で微分できる。第 1 項の微分は
$$ \tfrac12\langle -J_0\xi,\dot x\rangle+\tfrac12\langle -J_0x,\dot\xi\rangle. $$
$J_0^{\mathsf T}=-J_0$ より $\langle -J_0\xi,\dot x\rangle=\langle\xi,J_0\dot x\rangle$。その後半は部分積分すると、周期性で境界項が消えて $\int_0^1\langle -J_0x,\dot\xi\rangle dt=\int_0^1\langle J_0\dot x,\xi\rangle dt$ となる。$H_t$ の項の微分は $-\langle\nabla H_t(x),\xi\rangle$ である。合わせると
$$ \frac{d}{d\varepsilon}\Big|_{\varepsilon=0}\mathcal{A}_H(x+\varepsilon\xi)=\int_0^1\langle J_0\dot x-\nabla H_t(x),\xi\rangle\,dt, $$
で、$\nabla H_t=J_0X_{H_t}$ より式が従う。
$x$ が 1 周期軌道なら右辺は $0$ である。逆に、すべての $\xi$ で $0$ なら、$a(t):=J_0(\dot x-X_{H_t}(x))$ は周期 1 の連続関数なので、$\xi=a$ ととると $\int_0^1\lvert a(t)\rvert^2dt=0$、よって $a\equiv0$。$J_0$ は可逆なので $\dot x=X_{H_t}(x)$ である。$\square$

こうして、Hamilton 同相写像 $\varphi_H^1$ の固定点を数える問題は、作用汎関数 $\mathcal{A}_H$ の臨界点を数える問題になる。非退化な固定点は、$\mathcal{A}_H$ の非退化な臨界点にあたる(AS17 pp. 16–17)。

無限の指数

$H=0$ とし、$x(t)=\sum_{k\in\mathbb{Z}}e^{2\pi ktJ_0}\hat x_k$($\hat x_k\in\mathbb{R}^{2n}$)と Fourier 展開すると
$$ \mathcal{A}_0(x)=-\pi\sum_{k\in\mathbb{Z}}k\,\lvert\hat x_k\rvert^2. $$

計算を開く

$e^{\theta J_0}=\cos\theta+J_0\sin\theta$ は直交行列で $J_0$ と可換である。$\dot x=\sum_k2\pi kJ_0e^{2\pi ktJ_0}\hat x_k$。$\int_0^1\langle e^{2\pi ktJ_0}a,e^{2\pi ltJ_0}b\rangle dt=\int_0^1\langle a,e^{2\pi(l-k)tJ_0}b\rangle dt$ は $l\neq k$ なら $0$($\cos,\sin$ の 1 周期の積分)、$l=k$ なら $\langle a,b\rangle$ である。よって $\int_0^1\langle -J_0x,\dot x\rangle dt=\sum_k2\pi k\langle -J_0\hat x_k,J_0\hat x_k\rangle=-2\pi\sum_kk\lvert\hat x_k\rvert^2$。これを $\tfrac12$ 倍すればよい。


$k>0$ の成分だけからなる閉曲線の上では $\mathcal{A}_0$ は負定値、$k<0$ の成分だけの上では正定値で、どちらの部分空間も無限次元である。臨界点 $x=0$ の Morse 指数も余指数も無限大なので、有限次元の Morse 理論のように「臨界値を通るごとに指数次元の胞体がつく」という議論はそのままでは使えない(AS17 p. 17)。Floer の発想は、指数そのものではなく、2 つの臨界点を結ぶ流線の空間の次元(指数の差)だけを使うことにある。

Floer 方程式とエネルギー

thm-fl-critical は、$\mathcal{L}$ に $L^2$ 内積 $\langle\xi,\eta\rangle_{L^2}:=\int_0^1\langle\xi(t),\eta(t)\rangle dt$ を入れたときの $\mathcal{A}_H$ の勾配が
$$ \nabla_{L^2}\mathcal{A}_H(x)=J_0\bigl(\dot x-X_{H_t}(x)\bigr) $$
であることを示している。閉曲線の族 $s\mapsto u(s,\cdot)$ がこの負の勾配流 $\partial_su=-\nabla_{L^2}\mathcal{A}_H(u)$ に従うという式を、円柱 $\mathbb{R}\times\mathbb{R}/\mathbb{Z}$ 上の写像 $u(s,t)$ の偏微分方程式として書いたものが Floer 方程式
$$ \partial_su+J_0\bigl(\partial_tu-X_{H_t}(u)\bigr)=0 $$
である(AS17 (4.6)、p. 19)。$H=0$ のとき、$z=s+it$ として $\partial_su+i\,\partial_tu=0$、すなわち Cauchy–Riemann 方程式 $\partial u/\partial\bar z=0$ になり、解は正則な円柱である。一般の閉シンプレクティック多様体では、$\omega$ と整合的な概複素構造 $J$ を $J_0$ の代わりに使い、解は Gromov の擬正則曲線の方程式を $X_H$ で摂動したものの解になる(AS17 pp. 18–19)。
Floer 方程式は $\mathcal{L}$ の上の流れを定めない(初期値問題として解けるとは限らない)。しかし境界作用素を作るのに要るのは、両端で 1 周期軌道に収束する解だけである。

エネルギー等式

$u\colon\mathbb{R}\times\mathbb{R}/\mathbb{Z}\to\mathbb{R}^{2n}$ を Floer 方程式の滑らかな解とし、1 周期軌道 $x_\pm$ があって、$s\to\mp\infty$ のとき $u(s,\cdot)\to x_\mp$ が $t$ について $C^1$ 一様に成り立つとする($s\to-\infty$ で $x_-$、$s\to+\infty$ で $x_+$)。このとき
$$ E(u):=\int_{-\infty}^{\infty}\int_0^1\lvert\partial_su(s,t)\rvert^2\,dt\,ds=\mathcal{A}_H(x_-)-\mathcal{A}_H(x_+). $$

$a(s):=\mathcal{A}_H(u(s,\cdot))$ とおく。$u$ は滑らかなので、prf-fl-critical と同じく積分記号の下で $s$ について微分でき、$\xi=\partial_su(s,\cdot)$ として
$$ a'(s)=\int_0^1\bigl\langle J_0\bigl(\partial_tu-X_{H_t}(u)\bigr),\partial_su\bigr\rangle dt. $$
(第 1 項の微分 $\tfrac12\langle -J_0\partial_su,\partial_tu\rangle+\tfrac12\langle -J_0u,\partial_t\partial_su\rangle$ の後半を $t$ について部分積分すればよい。)Floer 方程式より $J_0(\partial_tu-X_{H_t}(u))=-\partial_su$ なので
$$ a'(s)=-\int_0^1\lvert\partial_su(s,t)\rvert^2dt. $$
$-S< S$ で積分すると $a(-S)-a(S)=\int_{-S}^{S}\int_0^1\lvert\partial_su\rvert^2dt\,ds$ である。$\mathcal{A}_H(x)$ は $x$ と $\dot x$ の値の積分なので、閉曲線の $C^1$ 一様収束について連続である。仮定より $S\to\infty$ で $a(-S)\to\mathcal{A}_H(x_-)$、$a(S)\to\mathcal{A}_H(x_+)$。右辺は非負の被積分関数の積分なので単調に $E(u)$ に収束し、等式を得る。$\square$

作用は流線に沿って減る

thm-fl-energy の状況で $\mathcal{A}_H(x_-)\geq\mathcal{A}_H(x_+)$ であり、等号が成り立つのは $u(s,t)=x_-(t)$($s$ によらない)のとき、そのときに限る。特に、$s$ に依存する解は作用の真に大きい軌道から真に小さい軌道へ向かう。

$E(u)\geq0$ から不等式が従う。等号なら $E(u)=0$ なので、連続関数 $\lvert\partial_su\rvert^2$ は恒等的に $0$、すなわち $u$ は $s$ によらない。$s\to-\infty$ の極限が $x_-$ なので $u(s,t)=x_-(t)$ であり、$x_+=x_-$ である。逆に $u(s,t)=x_-(t)$ なら $\partial_su=0$ で $E(u)=0$。$\square$

エネルギーの一様な上界は、解の空間のコンパクト性(列が部分列で収束するか、軌道で「破れる」こと)を示す出発点である。一般の閉シンプレクティック多様体では、擬正則な球面が泡のように分離する現象(バブリング)が起こりうる。$[\omega]$ が $\pi_2(M)$ の上で消えるという仮定(シンプレクティック非球面性の一部)のもとでは、泡の面積が $0$ になって、バブリングは起こらない(AS17 §4.4、pp. 21–23)。この仮定は作用汎関数を可縮な閉曲線の上で well-defined にするためにも使う(AS17 仮定 4.2、p. 16)。

時刻によらない小さな Hamilton 関数

$H$ が $t$ によらず、$u$ も $t$ によらない $u=u(s)$ なら、$\partial_tu=0$ なので Floer 方程式は $\partial_su=J_0X_H(u)=\nabla H(u)$ になる。これは $-H$ の負の勾配流である。また $H$ の臨界点 $x_0$ では $X_H(x_0)=0$ なので、定値曲線 $x(t)=x_0$ は 1 周期軌道で、その作用は $\mathcal{A}_H(x_0)=-H(x_0)$ である。$H$ が $C^2$ の意味で十分小さい Morse 関数なら、1 周期軌道は臨界点の定値曲線だけで、エネルギー有限の解はすべて $t$ によらないことが示せ、Floer 複体は $-H$ の Morse 複体(次数を $n$ ずらしたもの)に一致する(AS17 §4.8、pp. 25–26。この記事では証明しない)。

Floerホモロジーと Arnold 予想

$(M,\omega)$ を閉シンプレクティック多様体で、$[\omega]$ と第 1 Chern 類 $c_1$ がともに $\pi_2(M)$ の上で消えるもの(シンプレクティック非球面的)とし、$H$ の 1 周期可縮軌道がすべて非退化であるとする。1 周期軌道には Morse 指数の代わりに Conley–Zehnder 指数 $\mu_{CZ}$ という整数が付き、Floer 方程式の線形化作用素は Fredholm 作用素で、その指数が $\mu_{CZ}(x)-\mu_{CZ}(y)$ になる(AS17 §4.3、pp. 20–21)。概複素構造 $J$ を一般の位置にとると、$\mu_{CZ}$ の差が 1 の軌道を結ぶ解($s$ のずらしを同一視したもの)は有限個になり、
$$ CF_k(H):=\bigoplus_{\mu_{CZ}(x)=k}(\mathbb{Z}/2)\,x,\qquad \partial x:=\sum_{\mu_{CZ}(y)=k-1}\nu(x,y)\,y $$
が $\partial\circ\partial=0$ を満たす(AS17 §4.5、pp. 23–24)。そのホモロジーが Floerホモロジー $HF_*(H)$ である。

Floer の定理

上の仮定のもとで、$HF_*(H)$ は $H$ と $J$ によらず、
$$ HF_k(H)\cong H_{k+n}(M;\mathbb{Z}/2)\qquad(\dim M=2n) $$
である。

仮定の役割と使いどころ

非退化性は、1 周期軌道が孤立して鎖複体 $CF_*(H)$ の生成元が有限個になるために必要である。$[\omega]$ と $c_1$ が $\pi_2(M)$ の上で消えるという仮定は、可縮な 1 周期軌道に整数値の $\mu_{CZ}$ を与え、解の空間のコンパクト化に球面の泡立ちが現れないようにする。この定理の使いどころは直後の系で、鎖複体の生成元の個数がホモロジーの階数以上になることから固定点の個数の下からの評価が得られる。

この記事では証明しない(AS17 §4.7–4.8、(4.10)、pp. 24–26)。証明は、$H$ や $J$ を動かしたときに解を数えて鎖写像を作り(連続写像)、最後に ex-fl-small の小さな Morse 関数の場合に帰着させる。

非球面的な場合の Arnold 予想

上の仮定のもとで、非退化な Hamilton 同相写像 $\varphi_H^1$ の固定点(のうち可縮な 1 周期軌道に対応するもの)の個数は $\sum_kb_k(M;\mathbb{Z}/2)$ 以上である。

固定点は 1 周期軌道と一対一に対応し、可縮な軌道の個数は $\sum_k\dim CF_k(H)$ である。lem-fl-rank を鎖複体 $CF_*(H)$ に使うと $\sum_k\dim CF_k(H)\geq\sum_k\dim HF_k(H)$ であり、thm-fl-floer より右辺は $\sum_k\dim H_{k+n}(M;\mathbb{Z}/2)=\sum_kb_k(M;\mathbb{Z}/2)$ に等しい。$\square$

この系の証明で外部に依存しているのは thm-fl-floer だけである。Floer 自身は単調なシンプレクティック多様体で Arnold 予想を示し、その後 Hofer–Salamon と小野による弱単調な場合、深谷–小野と Liu–Tian による一般の閉シンプレクティック多様体の場合へと広げられた(AS17 p. 29、CdS06 p. 56)。一般の場合は擬正則な球面をモジュライ空間のコンパクト化に組み込む必要があり、横断性の扱いは今も整備が続いている(AS17 p. 29)。

例と反例

調和振動子と退化

$\mathbb{R}^2$ 上の $H(q,p)=\tfrac a2(q^2+p^2)$($a>0$)では $X_H=(ap,-aq)$ で、流れ $\varphi_H^t$ は原点のまわりの角度 $at$ の回転(時計回り)である。$d\varphi_H^1$ の固有値は $e^{\pm ia}$ なので、$a\notin2\pi\mathbb{Z}$ なら固定点は原点だけで非退化である。$a\in2\pi\mathbb{Z}$ なら $\varphi_H^1=\mathrm{id}$ ですべての点が固定点になり、どれも退化している(固有値が $1$)。

Arnold 予想と thm-fl-energy の仮定を一つずつ外すと、次のように結論が崩れる。

外す条件反例成り立たなくなること
閉多様体$\mathbb{R}^2$ 上の $H(q,p)=p$固定点の存在($\varphi_H^1(q,p)=(q+1,p)$ は平行移動で固定点がない)
Hamilton 同相写像$T^2=\mathbb{R}^2/\mathbb{Z}^2$ の平行移動 $x\mapsto x+v$($v\notin\mathbb{Z}^2$)固定点が $\sum b_k(T^2)=4$ 個以上(固定点が 1 つもない)
両端で 1 周期軌道に収束$H=0$、$u(s,t)=e^{2\pi(s+it)}\in\mathbb{C}$エネルギー等式($E(u)=\infty$)
  • 1 行目:$X_H=(\partial_pH,-\partial_qH)=(1,0)$ なので時刻 1 の流れは $q$ 方向の平行移動である(AS17 p. 15)。$\mathbb{R}^2$ は閉多様体でない。
  • 2 行目:平行移動は $dq\wedge dp$ を保つシンプレクティック同相写像で、恒等写像にイソトピックだが、Hamilton 同相写像ではない(AS17 pp. 14–15。流束が $0$ でない)。$v\notin\mathbb{Z}^2$ なので固定点はない。
  • 3 行目:$u$ は $z=s+it$ の正則関数 $e^{2\pi z}$ なので $H=0$ の Floer 方程式を満たす。$s\to-\infty$ では定値曲線 $0$ に収束するが、$s\to+\infty$ では発散する。$\lvert\partial_su\rvert^2=4\pi^2e^{4\pi s}$ なので $E(u)=\int_{-\infty}^\infty4\pi^2e^{4\pi s}ds=\infty$ であり、ex-fl-infinite-index より $\mathcal{A}_0(u(s,\cdot))=-\pi e^{4\pi s}\to-\infty$ となる。

関連項目

参考文献

[1]
Alberto Abbondandolo, Felix Schlenk, Floer homologies, with applications, arXiv:1709.00297, arXiv 版 v1(2017)。序文(pp. 1–3)、定理 2.1(p. 4)、§2.2–2.4 と例 2.3(pp. 5–11)、§3(pp. 13–14)、予想 4.1(p. 15)、仮定 4.2 と (4.1)–(4.3)(p. 16)、(4.4)(p. 17)、注意 4.3 と (4.6)(pp. 18–19)、§4.3–4.5(pp. 20–24)、§4.7–4.10 と (4.10)(pp. 24–26)、文献の注(p. 29)、§7–§9

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