余弦定理(高校数学)は、三角形の辺の長さを $a,b,c$、$a$ の向かいの角を $A$ とすると $a^2=b^2+c^2-2bc\cos A$ が成り立つ、という定理である。$A=90^\circ$ なら三平方の定理で、$-2bc\cos A$ は直角からのずれを表す補正の項である。$\cos A=\frac{b^2+c^2-a^2}{2bc}$ により 3 辺で角がただ 1 つに決まり、$b^2+c^2-a^2$ の符号で $A$ が鋭角・直角・鈍角のどれかが分かる。ベクトルで見ると、内積の 2 つの形 $|\vec{u}||\vec{v}|\cos\theta$ と $u_1v_1+u_2v_2$ が一致することと同じ内容である。面積の公式と組み合わせて $\sin A$ を消すと Heron の公式が得られる。
前提知識: 三角比と鈍角への拡張, 三平方の定理, 座標平面
三角形 $\mathrm{ABC}$ で、頂点 $\mathrm A,\mathrm B,\mathrm C$ の角の大きさを $A,B,C$、それぞれの向かいの辺の長さを $a=\mathrm{BC}$、$b=\mathrm{CA}$、$c=\mathrm{AB}$ と書く。この記事では、この書き方を断りなく使う。
$A=90^\circ$ なら、三平方の定理 により $a^2=b^2+c^2$ である。$A$ が直角でないとき、$a^2$ と $b^2+c^2$ はどれだけずれるだろうか。
$b=3$、$c=5$、$a=7$ とする。$b^2+c^2=9+25=34$、$a^2=49$ で、$a^2$ の方が $15$ 大きい。$A$ が直角なら等しいはずなので、$A$ は直角ではない。
ずれ $15$ を $2bc=30$ で割ると $\dfrac{15}{30}=\dfrac12$ である。後で示す余弦定理によると、このずれは $-2bc\cos A$ に等しい。つまり $\cos A=-\dfrac12$ で、三角比と鈍角への拡張 の表から $A=120^\circ$ である。
$b=4$、$c=5$、$a=6$ とする。$b^2+c^2=16+25=41$、$a^2=36$ で、今度は $a^2$ の方が $5$ 小さい。$-2bc\cos A=a^2-(b^2+c^2)=-5$ から $\cos A=\dfrac5{40}=\dfrac18$ で、$\cos A>0$ なので $A$ は鋭角である(約 $82.82^\circ$)。
2 つの例では、$a^2$ が $b^2+c^2$ より大きいと $A$ は鈍角、小さいと鋭角だった。ずれを正確に表すのが 余弦定理 $a^2=b^2+c^2-2bc\cos A$ である。$A=90^\circ$ のときは $\cos A=0$ で、三平方の定理そのものになる。
この記事で答える問いは次の 4 つである。
| 高校の計算 | この記事の言葉 | 大学の言葉 |
|---|---|---|
| $a^2=b^2+c^2-2bc\cos A$ | 三平方の定理の補正の項 | $\lvert\vec v-\vec u\rvert^2$ の展開 |
| $\cos A=\dfrac{b^2+c^2-a^2}{2bc}$ | 3 辺で角が決まる | 長さ(距離)から内積が決まる(極化恒等式) |
| $b^2+c^2-a^2$ の符号 | 鋭角・直角・鈍角の判定 | 内積の符号 |
| $\lvert\vec u\rvert\lvert\vec v\rvert\cos\theta=u_1v_1+u_2v_2$ | 内積の 2 つの形が一致 | 標準内積と角の定義 |
| $16S^2=4b^2c^2-(b^2+c^2-a^2)^2$ | 面積を 3 辺で表す | Gram 行列式、Heron の公式 |
三角形 $\mathrm{ABC}$ について
$$
a^2=b^2+c^2-2bc\cos A,\qquad b^2=c^2+a^2-2ca\cos B,\qquad c^2=a^2+b^2-2ab\cos C
$$
が成り立つ。
3 つの式は、頂点の名前を付け替えたものである。1 つ目の式を 2 通りに証明する。
図1:座標による証明。A を原点、B を x 軸上の (c, 0) におくと、C は半径 b の半円の上の角 A の点で、座標は (b cos A, b sin A) になる。A が鈍角でも同じ式で表せる
方針:$\mathrm A$ を原点、$\mathrm B$ を $x$ 軸の正の部分におき、$\mathrm C$ の座標を三角比で書く。$a=\mathrm{BC}$ を 2 点間の距離の公式で計算する(図 1)。
段 1(座標をおく)。$\mathrm A(0,0)$、$\mathrm B(c,0)$ とし、$\mathrm C$ は $x$ 軸より上にあるようにおく。$\mathrm{AC}=b$ なので、$\mathrm C$ は原点を中心とする半径 $b$ の円の上半分にあり、$\angle\mathrm{BAC}=A$ である。三角比と鈍角への拡張 の注意「半径 r の円で考えてもよい」により
$$
\mathrm C=(b\cos A,\ b\sin A)
$$
である。$A$ が鋭角でも直角でも鈍角でも、この式は同じである。
段 2(距離を計算する)。2 点間の距離の公式(三平方の定理 から従う)により
$$
a^2=\mathrm{BC}^2=(b\cos A-c)^2+(b\sin A-0)^2
$$
である。
段 3(展開して整理する)。展開すると
$$
a^2=b^2\cos^2A-2bc\cos A+c^2+b^2\sin^2A=b^2(\cos^2A+\sin^2A)+c^2-2bc\cos A
$$
である。三角比と鈍角への拡張 の定理「三角比の相互関係」により $\cos^2A+\sin^2A=1$ なので、$a^2=b^2+c^2-2bc\cos A$ を得る。$\square$
もう 1 つの証明は、$\mathrm C$ から直線 $\mathrm{AB}$ に垂線を下ろし、2 つの直角三角形に三平方の定理を使う。こちらは $A$ が鋭角か鈍角かで図が変わる(図 2)。
図2:C から直線 AB に下ろした垂線の足 H。左は A が鋭角で、H は A から B の向きの半直線の上にあり AH = b cos A。右は A が鈍角で、H は反対側にあり AH = −b cos A
方針:垂線の足 $\mathrm H$ をとり、直角三角形 $\mathrm{BHC}$ に三平方の定理を使う。$\mathrm{CH}$ と $\mathrm{BH}$ を $b,c,A$ で表す。$\mathrm H$ の位置は $A$ が鋭角・直角・鈍角で変わるので、場合に分ける。
段 1($A=90^\circ$)。$\mathrm H=\mathrm A$ で、三平方の定理により $a^2=b^2+c^2$ である。$\cos90^\circ=0$ なので、これは $a^2=b^2+c^2-2bc\cos A$ と同じである。
段 2($A$ が鋭角)。まず $\mathrm H\ne\mathrm A$ である($\mathrm H=\mathrm A$ なら $\mathrm{CA}\perp\mathrm{AB}$ で $A=90^\circ$ となる)。$\mathrm H$ は $\mathrm A$ から $\mathrm B$ の向きに延びる半直線の上にある(反対側にあると、直角三角形 $\mathrm{AHC}$ の $\mathrm A$ での角 $180^\circ-A$ が鈍角になってしまう)。直角三角形 $\mathrm{AHC}$ で $\mathrm{AH}=b\cos A$、$\mathrm{CH}=b\sin A$ である。$\mathrm H$ と $\mathrm B$ は同じ半直線の上にあるので $\mathrm{BH}=\lvert c-b\cos A\rvert$ である($\mathrm H$ が $\mathrm B$ より先にあってもよい)。$\mathrm H\ne\mathrm B$ なら三角形 $\mathrm{BHC}$ は $\mathrm H$ で直角なので
$$
a^2=\mathrm{BH}^2+\mathrm{CH}^2=(c-b\cos A)^2+b^2\sin^2A
$$
である。$\mathrm H=\mathrm B$ のときも $\mathrm{BH}=0$、$a=\mathrm{CH}$ なので、この式は成り立つ。
段 3($A$ が鈍角)。同じ理由で $\mathrm H\ne\mathrm A$ であり、$\mathrm H$ は反対側の半直線の上にあり、直角三角形 $\mathrm{AHC}$ の $\mathrm A$ での角は $180^\circ-A$ である。三角比と鈍角への拡張 の定理「$180^\circ-\theta$ と $90^\circ-\theta$ の三角比」により
$$
\mathrm{AH}=b\cos(180^\circ-A)=-b\cos A,\qquad \mathrm{CH}=b\sin(180^\circ-A)=b\sin A
$$
である。$\mathrm A$ は $\mathrm H$ と $\mathrm B$ の間にあるので $\mathrm{BH}=\mathrm{AH}+c=c-b\cos A$ であり
$$
a^2=\mathrm{BH}^2+\mathrm{CH}^2=(c-b\cos A)^2+b^2\sin^2A
$$
である。
段 4(まとめ)。段 2 と段 3 の式は同じで、展開すると prf-lch-coord の段 3 と同じ計算で $a^2=b^2+c^2-2bc\cos A$ になる。$\square$
2 つの証明を比べると、座標の証明では場合分けが要らない。$\mathrm C=(b\cos A,\ b\sin A)$ という 1 つの式が、鈍角のとき自動的に「$\mathrm H$ が反対側にある」ことを表しているからである($b\cos A<0$)。三角比を鈍角まで広げておいたことが、ここで効いている。垂線を使う証明は、古代ギリシャの Euclid『原論』が余弦を使わずに述べた形(第 II 巻 命題 12・13。鈍角の場合と鋭角の場合を別の命題にしている)に近い(Hea08)。
余弦定理を $\cos A$ について解くと、3 辺の長さから角が求まる。
三角形 $\mathrm{ABC}$ について
$$
\cos A=\frac{b^2+c^2-a^2}{2bc}
$$
であり、角 $A$ は 3 辺 $a,b,c$ によってただ 1 つに決まる。$B$、$C$ についても同じである。特に、3 辺の長さがそれぞれ等しい 2 つの三角形では、対応する角もそれぞれ等しい。
方針:thm-lch-main を移項し、余弦の値から角が 1 つに決まること(三角比と鈍角への拡張 の命題「三角比の値と角の個数」の 1)を使う。
段 1。thm-lch-main の 1 つ目の式を移項すると $2bc\cos A=b^2+c^2-a^2$ で、$2bc>0$ なので両辺を $2bc$ で割って $\cos A=\dfrac{b^2+c^2-a^2}{2bc}$ を得る。
段 2。右辺は $a,b,c$ だけで決まる数である。$0^\circ< A<180^\circ$ の範囲で、$\cos A$ の値が決まると $A$ はただ 1 つに決まる。
段 3。3 辺がそれぞれ等しい 2 つの三角形では、段 1 の右辺が等しいので $\cos A$ が等しく、段 2 により $A$ も等しい。$B$、$C$ も同じである。$\square$
これは中学校で学ぶ三角形の合同条件「3 辺がそれぞれ等しい」を、角の値の一致として言い直したものである。同じく「2 辺とその間の角がそれぞれ等しい」なら、thm-lch-main で残りの辺が等しくなり、cor-lch-angle に帰着する。
$\cos A$ の分母 $2bc$ は正なので、$\cos A$ の符号は分子 $b^2+c^2-a^2$ の符号で決まる。ここから角の種類が分かる。
三角形 $\mathrm{ABC}$ について
方針:$\cos A$ の符号と $A$ の大きさの関係を、単位円の上の点の $x$ 座標で読む。
段 1(余弦の符号)。三角比と鈍角への拡張 の定義により、$\cos A$ は単位円の上半分の点の $x$ 座標である。$0^\circ< A<90^\circ$ の点は第 1 象限にあって $x>0$、$A=90^\circ$ の点は $(0,1)$ で $x=0$、$90^\circ< A<180^\circ$ の点は第 2 象限にあって $x<0$ である。3 つの場合は重ならず、すべての $A$ をおおうので、「$A<90^\circ\iff\cos A>0$」「$A=90^\circ\iff\cos A=0$」「$A>90^\circ\iff\cos A<0$」が成り立つ。
段 2(1〜3)。cor-lch-angle により $\cos A=\dfrac{b^2+c^2-a^2}{2bc}$ で、$2bc>0$ なので、$\cos A$ と $b^2+c^2-a^2$ の符号は同じである。段 1 と合わせて 1〜3 を得る。
段 3(最も長い辺)。$a$ が最も長い辺なら、$b\le a$ なので、$c^2+a^2-b^2\ge c^2>0$ である。段 2 の 1 を $B$ に使うと $B<90^\circ$ である。同じく $C<90^\circ$ である。したがって三角形が鋭角三角形であることは $A<90^\circ$、つまり $b^2+c^2>a^2$ と同値である。$\square$
2 は、三平方の定理 の逆「$b^2+c^2=a^2$ ならば $A=90^\circ$」を含んでいる。
判定の境目 $b^2+c^2=a^2$ には、図形としての意味がある。
辺 $\mathrm{BC}$ の中点を $\mathrm M$ とし、$\mathrm M$ を原点、$\mathrm B(-h,0)$、$\mathrm C(h,0)$($a=2h$)、$\mathrm A(p,q)$ とおく。
$$
b^2+c^2-a^2=\bigl((p-h)^2+q^2\bigr)+\bigl((p+h)^2+q^2\bigr)-4h^2=2(p^2+q^2)-2h^2=2\left(\mathrm{MA}^2-\left(\frac a2\right)^2\right)
$$
である。したがって $A$ が鋭角・直角・鈍角であることは、点 $\mathrm A$ が辺 $\mathrm{BC}$ を直径とする円の外側・円周上・内側にあることと同じである(図 3)。円周上で直角になるのは、直径に対する円周角が直角であること(Thales の定理)そのものである。同じ計算を整理した $b^2+c^2=2\mathrm{MA}^2+\dfrac{a^2}2$ は 中線定理 と呼ばれ、中線定理(高校数学) で扱う。
図3:辺 BC を直径とする円。点 A が円の内側にあれば角 A は鈍角、円周上なら直角、外側なら鋭角である
余弦定理の補正の項 $-2bc\cos A$ は、ベクトルの 内積 と呼ばれる量の $-2$ 倍である。この節では、平面のベクトルを成分で $\vec u=(u_1,u_2)$ と書き、その大きさを $\lvert\vec u\rvert=\sqrt{u_1^2+u_2^2}$ とする。$\vec 0$ でない 2 つのベクトル $\vec u,\vec v$ の なす角 $\theta$($0^\circ\le\theta\le180^\circ$)とは、原点 $\mathrm O$ から $\vec u,\vec v$ の終点 $\mathrm U(u_1,u_2)$、$\mathrm V(v_1,v_2)$ に引いた線分がつくる角 $\angle\mathrm{UOV}$ のことである。ただし、$\mathrm U,\mathrm V$ が $\mathrm O$ から見て同じ向きにあるとき(一直線上で同じ側)は $\theta=0^\circ$、反対向きにあるときは $\theta=180^\circ$ とする。
$\vec 0$ でない平面のベクトル $\vec u=(u_1,u_2)$、$\vec v=(v_1,v_2)$ のなす角を $\theta$ とすると
$$
\lvert\vec u\rvert\lvert\vec v\rvert\cos\theta=u_1v_1+u_2v_2
$$
である。
証明の要点:$\mathrm O,\mathrm U,\mathrm V$ が三角形をつくるときは、$\mathrm{UV}^2$ を thm-lch-main で $\lvert\vec u\rvert^2+\lvert\vec v\rvert^2-2\lvert\vec u\rvert\lvert\vec v\rvert\cos\theta$ と表し、2 点間の距離の公式で
$$
\mathrm{UV}^2=(v_1-u_1)^2+(v_2-u_2)^2=\lvert\vec u\rvert^2+\lvert\vec v\rvert^2-2(u_1v_1+u_2v_2)
$$
と表して比べればよい。一直線上にある場合($\theta=0^\circ,180^\circ$)は、$\vec v=k\vec u$ とおいて両辺を直接計算すれば確かめられる。高校の数学 C で内積 $\vec u\cdot\vec v=\lvert\vec u\rvert\lvert\vec v\rvert\cos\theta$ を成分で計算できることの証明の全体と、内積の性質・使い方は、ベクトルの内積(高校数学)(定理「内積の成分表示」)で扱う。
prop-lch-inner の証明の要点で使った成分の式を、内積 $\vec u\cdot\vec v=u_1v_1+u_2v_2$ について解くと
$$
\vec u\cdot\vec v=\frac12\left(\lvert\vec u\rvert^2+\lvert\vec v\rvert^2-\lvert\vec u-\vec v\rvert^2\right)
$$
となる。右辺は 3 つの長さだけで書かれている。つまり、長さが分かれば内積が分かり、内積が分かれば角が分かる。これが「3 辺で角が決まる」(cor-lch-angle)の正体である。大学ではこの式(や、同じ内容の $\vec u\cdot\vec v=\dfrac14\left(\lvert\vec u+\vec v\rvert^2-\lvert\vec u-\vec v\rvert^2\right)$)を 極化恒等式 と呼び、長さ(ノルム)から内積を復元する式として使う。
内積 $\vec u\cdot\vec v=u_1v_1+u_2v_2$ の定義と展開 $\lvert\vec v-\vec u\rvert^2=\lvert\vec u\rvert^2+\lvert\vec v\rvert^2-2\vec u\cdot\vec v$ は、成分の数を増やしても同じように成り立つ。空間のベクトル(3 成分)でも、さらに多くの成分をもつベクトルでも、余弦定理は内積の展開として成り立つ(内積)。関数を無限個の成分をもつベクトルとみて同じ展開を使う話は 関数の内積(高校数学) にある。
$\lvert\cos\theta\rvert\le1$ なので、prop-lch-inner から
$$
\lvert u_1v_1+u_2v_2\rvert\le\lvert\vec u\rvert\lvert\vec v\rvert,\qquad\text{つまり}\qquad (u_1v_1+u_2v_2)^2\le(u_1^2+u_2^2)(v_1^2+v_2^2)
$$
が従う。これは Cauchy–Schwarzの不等式(高校数学) の 2 成分の場合である。逆に、Cauchy–Schwarz の不等式を先に証明しておけば、$\dfrac{\vec u\cdot\vec v}{\lvert\vec u\rvert\lvert\vec v\rvert}$ は $-1$ 以上 $1$ 以下なので、これを $\cos\theta$ とおいて角を 定義 できる。成分の多いベクトルや関数には「角」の図がないので、大学ではこちらの順で角を定める。データの組を成分とみて同じ $\cos\theta$ を計算したものが 相関係数(高校数学) である。
3 辺から角が決まる(cor-lch-angle)なら、面積も 3 辺で決まるはずである。面積の公式 $S=\dfrac12bc\sin A$(正弦定理(高校数学) の系「面積と外接円の半径」)と余弦定理を組み合わせて、実際に 3 辺で表す。
三角形 $\mathrm{ABC}$ の面積を $S$ とすると
$$
16S^2=4b^2c^2-(b^2+c^2-a^2)^2=(a+b+c)(-a+b+c)(a-b+c)(a+b-c)
$$
である。
方針:$S=\dfrac12bc\sin A$ を 2 乗し、$\sin^2A=1-\cos^2A$ で余弦に直してから、余弦定理で $\cos A$ を消す。最後に 2 乗の差の因数分解を 2 回使う。
段 1(2 乗する)。$S=\dfrac12bc\sin A$ の両辺を 2 乗して $16$ 倍すると $16S^2=4b^2c^2\sin^2A$ である。
段 2(余弦に直す)。$\sin^2A=1-\cos^2A$ なので
$$
16S^2=4b^2c^2-4b^2c^2\cos^2A=4b^2c^2-(2bc\cos A)^2
$$
である。
段 3(余弦定理で消す)。thm-lch-main により $2bc\cos A=b^2+c^2-a^2$ なので、$16S^2=4b^2c^2-(b^2+c^2-a^2)^2$ である。
段 4(因数分解 1 回目)。$X^2-Y^2=(X+Y)(X-Y)$ を $X=2bc$、$Y=b^2+c^2-a^2$ に使うと
$$
16S^2=(2bc+b^2+c^2-a^2)(2bc-b^2-c^2+a^2)=\bigl((b+c)^2-a^2\bigr)\bigl(a^2-(b-c)^2\bigr)
$$
である。
段 5(因数分解 2 回目)。もう一度 2 乗の差を使うと
$$
(b+c)^2-a^2=(b+c+a)(b+c-a),\qquad a^2-(b-c)^2=(a-b+c)(a+b-c)
$$
なので、$16S^2=(a+b+c)(-a+b+c)(a-b+c)(a+b-c)$ を得る。$\square$
$s=\dfrac{a+b+c}2$(周の長さの半分)とおくと、$a+b+c=2s$、$-a+b+c=2(s-a)$、$a-b+c=2(s-b)$、$a+b-c=2(s-c)$ である。prop-lch-area に代入すると $16S^2=16s(s-a)(s-b)(s-c)$、つまり
$$
S=\sqrt{s(s-a)(s-b)(s-c)}
$$
となる。これが Heronの公式 である。3 辺から面積を求める公式は、余弦定理から「$\sin A$ を消す」ことで得られる。面積のほかの表し方(内接円の半径 $r$ を使う $S=rs$ など)とあわせて、三角形の面積の公式 でまとめて扱う。
| 外した仮定 | 崩れる主張 | ボックス |
|---|---|---|
| $A$ が 2 辺 $b,c$ の 間の 角であること | 2 辺と 1 つの角から残りの辺が 1 つに決まる | ex-lch-ssa |
| 3 辺が三角形をつくること(三角不等式) | $\dfrac{b^2+c^2-a^2}{2bc}$ が $-1$ と $1$ の間にあり、角が求まる | ex-lch-no-triangle |
| 平面の三角形であること | $a^2=b^2+c^2-2bc\cos A$ | ex-lch-sphere |
$a=\sqrt7$、$c=3$、$A=60^\circ$ の三角形の辺 $b$ を求める。$A$ は辺 $b$ と $c$ の間の角なので、余弦定理 $a^2=b^2+c^2-2bc\cos A$ に代入すると
$$
7=b^2+9-3b,\qquad b^2-3b+2=0,\qquad (b-1)(b-2)=0
$$
で、$b=1$ と $b=2$ の 2 つが出る。どちらも三角形をつくる($1+\sqrt7>3$、$2+\sqrt7>3$)。わかっていたのは 2 辺 $a,c$ と、その間ではない角 $A$ だったので、残りの辺は 1 つに決まらなかった。一方、2 辺とその 間の 角が分かっていれば、ex-lch-sas のように残りの辺は $a=\sqrt{b^2+c^2-2bc\cos A}$ でただ 1 つに決まる。同じ現象を正弦定理の側から見たものが 正弦定理(高校数学) の例「三角形が 2 つできる場合」である。
長さ $1,2,4$ で、$4$ の向かいの角の余弦を形式的に計算すると $\dfrac{1+4-16}{2\cdot1\cdot2}=-\dfrac{11}4<-1$ となる。$\cos\theta$ は $-1$ 以上なので(三角比と鈍角への拡張 の定理「三角比の相互関係」の 3)、そのような角はない。実際 $1+2<4$ なので、この 3 つの長さでは三角形ができない。
一般に、$-1<\dfrac{b^2+c^2-a^2}{2bc}<1$ を変形する($2bc>0$ を掛ける)。左の不等式は $-2bc< b^2+c^2-a^2$、つまり $a^2<(b+c)^2$ と同じであり、右の不等式は $b^2+c^2-a^2<2bc$、つまり $(b-c)^2< a^2$ と同じである。長さは正なので、あわせて $\lvert b-c\rvert< a< b+c$(三角不等式)になる。$1,2,4$ の例で崩れていたのは左の不等式で、$a< b+c$ が成り立っていなかった($4\ge1+2$)。
三角形があれば、余弦の値は $-1$ と $1$ の間に入る($0^\circ< A<180^\circ$ なので $\cos A\ne\pm1$)。したがって三角不等式が成り立つ。逆に、三角不等式を満たす 3 つの正の数からは三角形が実際に作れる。$-1< k<1$ となる $k=\dfrac{b^2+c^2-a^2}{2bc}$ に対して $\cos A=k$ となる角 $A$ をとり、prf-lch-coord と同じく $\mathrm A(0,0)$、$\mathrm B(c,0)$、$\mathrm C(b\cos A,\ b\sin A)$ とおけば、同じ計算で $\mathrm{BC}^2=b^2+c^2-2bck=a^2$ となるからである($\sin A>0$ なので $\mathrm C$ は直線 $\mathrm{AB}$ の上にない)。用語解説 余弦定理 の命題「3 辺から三角形を作る」も同じ内容である。よって、3 辺から三角形がつくれることと、余弦の値が $-1$ と $1$ の間に入ることは同じ条件である。
半径 $1$ の球面の上で、北極と、赤道上の経度 $0^\circ$ の点、経度 $90^\circ$ の点を大円の弧で結ぶ。この三角形は 3 辺がどれも $\dfrac\pi2$(円周の $\dfrac14$)、3 つの角がどれも $90^\circ$ である。平面の余弦定理に当てはめると、左辺は $\left(\dfrac\pi2\right)^2=2.467\ldots$、右辺は $\left(\dfrac\pi2\right)^2+\left(\dfrac\pi2\right)^2-0=4.934\ldots$ で、成り立たない。球面では、辺の長さの余弦を使った別の形の余弦定理が成り立つ(rem-lch-noneuclid)。
余弦定理で辺の 2 乗を角で書き、面積の公式と組み合わせると、辺と面積の間の不等式が 2 変数の 2 次式の問題になる。
Let $a$, $b$, $c$ be the sides of a triangle, and $T$ its area. Prove: $a^2+b^2+c^2\ge4\sqrt3\,T$. In what case does equality hold?
和訳:$a,b,c$ を三角形の 3 辺の長さ、$T$ をその面積とする。$a^2+b^2+c^2\ge4\sqrt3\,T$ を示せ。等号が成り立つのはどのような場合か。
出典:第 3 回国際数学オリンピック(1961 年)第 2 問(Oly61)。
方針:$a^2$ を余弦定理で、$T$ を $\dfrac12bc\sin A$ で書き換えると、左辺 − 右辺は $b,c$ と $A$ の式になる。$\cos A+\sqrt3\sin A\le2$ を示せば、$2(b-c)^2\ge0$ に帰着する。
段 1(書き換える)。thm-lch-main により $a^2=b^2+c^2-2bc\cos A$、面積の公式(正弦定理(高校数学) の系「面積と外接円の半径」)により $T=\dfrac12bc\sin A$ なので
$$
a^2+b^2+c^2-4\sqrt3\,T=(b^2+c^2-2bc\cos A)+b^2+c^2-2\sqrt3\,bc\sin A=2b^2+2c^2-2bc\,(\cos A+\sqrt3\sin A)
$$
である。
段 2($\cos A+\sqrt3\sin A\le2$)。展開して $\cos^2A+\sin^2A=1$ を使うと
$$
(\cos A+\sqrt3\sin A)^2+(\sqrt3\cos A-\sin A)^2=4\cos^2A+4\sin^2A=4
$$
である($2\sqrt3\sin A\cos A$ の項は打ち消し合う)。第 2 項は $0$ 以上なので $(\cos A+\sqrt3\sin A)^2\le4$、よって $\cos A+\sqrt3\sin A\le2$ である。
段 3(不等式)。$bc>0$ なので、段 1・段 2 から
$$
a^2+b^2+c^2-4\sqrt3\,T\ge2b^2+2c^2-4bc=2(b-c)^2\ge0
$$
である。
段 4(等号)。等号が成り立つのは、段 3 の 2 つの不等号がどちらも等号のとき、つまり $\cos A+\sqrt3\sin A=2$ かつ $b=c$ のときである。前者は、段 2 により $\sqrt3\cos A-\sin A=0$、つまり $\tan A=\sqrt3$ と同じで(このとき $\cos A+\sqrt3\sin A=\dfrac12+\dfrac32=2$ となる)、$0^\circ< A<180^\circ$ では $A=60^\circ$ である。$b=c$ かつ $A=60^\circ$ の三角形は、残りの 2 つの角が等しく和が $120^\circ$ なので、正三角形である。逆に 1 辺 $a$ の正三角形では $T=\dfrac{\sqrt3}4a^2$ で、$3a^2=4\sqrt3\cdot\dfrac{\sqrt3}4a^2$ と等号が成り立つ。
よって $a^2+b^2+c^2\ge4\sqrt3\,T$ で、等号は正三角形のときに限る。$\square$
この不等式は Weitzenböck の不等式 と呼ばれる。
段 1 の式 $2b^2-2(\cos A+\sqrt3\sin A)\,bc+2c^2$ は、$A$ を固定すると $b,c$ の 2 次形式(どの項も 2 次の多項式)である。2 次形式 $pb^2+qbc+rc^2$($p>0$)がすべての実数 $b,c$ で $0$ 以上になる条件は、判別式 $q^2-4pr\le0$ である(2次形式と2次曲線の判別式、2次方程式の判別式の正体)。ここでは $q^2-4pr=4(\cos A+\sqrt3\sin A)^2-16$ なので、条件は段 2 の $(\cos A+\sqrt3\sin A)^2\le4$ にちょうど一致する。段 2 の恒等式は、$(1,\sqrt3)$ と $(\cos A,\sin A)$ の 2 つのベクトルについての Cauchy–Schwarzの不等式(高校数学) の等号の条件まで込めた形(Lagrange の恒等式)でもある。
この不等式は拡大・縮小で変わらないので、「$a^2+b^2+c^2$ が一定の三角形の中で、面積が最大になるのは正三角形」と読める。周の長さが一定の図形の中で面積が最大になるのは円である、という等周問題の、三角形版の 1 つである(等周不等式(高校数学))。
$\vec u=\overrightarrow{\mathrm{AB}}$、$\vec v=\overrightarrow{\mathrm{AC}}$ とすると、$\lvert\vec u\rvert=c$、$\lvert\vec v\rvert=b$、$\vec u\cdot\vec v=bc\cos A$ である。これらを並べた行列 $G=\begin{pmatrix}\vec u\cdot\vec u&\vec u\cdot\vec v\\ \vec v\cdot\vec u&\vec v\cdot\vec v\end{pmatrix}$ を Gram 行列 という。その行列式は
$$
\det G=c^2b^2-b^2c^2\cos^2A=b^2c^2\sin^2A=4S^2
$$
で、面積の 2 乗の 4 倍である。rem-lch-polarization により $G$ の成分はすべて 3 辺の長さで書けるので、$4\det G=16S^2$ は prop-lch-area の左辺そのものになる。この見方は、$n$ 次元の単体(四面体など)の体積を頂点の間の距離だけで表す Cayley–Menger 行列式へと一般化される(Heronの公式とCayley–Menger行列式)。
半径 $1$ の球面の三角形では
$$
\cos a=\cos b\cos c+\sin b\sin c\cos A
$$
が、曲率 $-1$ の双曲平面の三角形では
$$
\cosh a=\cosh b\cosh c-\sinh b\sinh c\cos A
$$
が成り立つ(Hit18 定理 6.3.14(a)(PDF 版 p. 148)、定理 5.4.12(a)(PDF 版 p. 114)。この記事では証明しない。$\cosh x=\dfrac{e^x+e^{-x}}2$、$\sinh x=\dfrac{e^x-e^{-x}}2$)。Hit18 の定理 6.3.14 は楕円幾何、つまり球面の向かい合う 2 点(対蹠点)を同じ点とみなしたモデルについての定理であるが、球面の上の三角形でも同じ式が成り立つ。ex-lch-sphere の三角形では、$\cos\dfrac\pi2=0$ なので球面の式は $0=0+1\cdot1\cdot0$ となり、成り立っている。辺が短い三角形では、$\cos x\approx1-\dfrac{x^2}2$、$\sin x\approx x$ を球面の式に代入して 2 次の項まで比べると $1-\dfrac{a^2}2\approx1-\dfrac{b^2+c^2}2+bc\cos A$ となり、平面の余弦定理に近づく。
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