圏(category)とは、対象と射に、射の結合的な合成と恒等射を備えた構造である。集合と写像、群と準同型、空間と連続写像、順序、モノイドを同じ文法で記述し、同型・普遍性・関手性を対象の内部表示に依存せず扱える。射を通した観測が対象を同型まで特徴づけるという米田の考えへつながる。
数学では、対象を一つずつ調べるだけでなく、対象を保つ写像を作り、それらを合成する。集合には写像、群には群準同型、位相空間には連続写像がある。個々の定義は異なるが、「射を続けて適用できる」「何もしない射がある」「三つ以上の射を合成するとき括弧の位置に依存しない」という部分は共通している。この共通部分だけを公理化した構造が圏である。
圏を「数学的対象の入れ物」とだけ理解すると、その半分を失う。対象の選択と同じくらい、どの射を許すかが重要である。同じ位相空間を対象にしても、連続写像を射にすれば位相の圏になり、連続写像のホモトピー類を射にすればホモトピー圏になる。圏は名詞の一覧ではなく、対象を結ぶ動詞と、その動詞をつなぐ文法まで含む。
圏(category)$\mathcal C$ は、次のデータからなる。
射には始域と終域が指定されている。同じ対応規則を持つ集合の写像でも、終域の指定が異なれば圏の射としては異なる。この指定があるからこそ、どの二射が合成可能かが決まる。
局所小圏(後述の def-category-size 参照)では $\operatorname{Hom}_{\mathcal C}(X,Y)$ は集合であり、Hom集合と呼ばれる。一般の大きさを許す場合には、これを単なる集まりとして扱うこともある。定義の初読では対象・射・合成・恒等射の四データを確認し、その後に結合律と単位律を検証するとよい(Mac98、Rie14)。
対象 $X$ の恒等射は一意である。
$e,e'\colon X\to X$ がともに恒等射の条件を満たすとする。$e$ に対して $e'$ を左単位として使い、$e'$ に対して $e$ を右単位として使えば
$$
e=e'\circ e=e'
$$
となる。
したがって対象 $X$ には一意な恒等射 $\operatorname{id}_X$ が対応する。逆に恒等射からその始域・終域である $X$ を回収できるため、対象は恒等射によって識別できる。Mac Laneが示す「射だけによる圏の定義」はこの事実を使い、対象を特別な射として復元する。
圏は、対象の内部をすべて忘れるのではなく、どの変換が許され、どう合成されるかを通して内部を外側から読む。群の元や空間の点を直接追わなくても、他の群・空間から来る射と出ていく射を調べれば、その対象が周囲の数学の中で果たす役割を記述できる。
この見方を集合の外延性と比べるとよい。集合では要素が集合を特徴づける。圏では点の代わりに、任意の対象 $X$ から来る射
$$
X\to A
$$
を「$X$ 型の一般化された要素」と読む。$\mathbf{Set}$ で $X$ を一元集合にすれば、これは通常の要素と一致する。しかし一般の圏では一元集合に相当する対象がなくても、すべての $X$ からの射を観測として使える。
この射による外延性は、自然性を加えることで正確な定理になる。
証明は 米田の補題 の記事(表現可能関手による同型の判定の系)にある。
これは米田の補題の基本的帰結であり、「対象が同じ役割を果たす」という曖昧な主張を、すべてのHom集合の自然な同型として定式化する。対象ごとに偶然同じ濃度のHom集合を持つだけでは不十分であり、射による変化と両立する自然性が必要である。
$\mathbf{Set}$ の対象は集合、射は写像である。恒等射は恒等写像、合成は写像の合成である。任意の $x$ において
$$
((h\circ g)\circ f)(x)=h(g(f(x)))=(h\circ(g\circ f))(x)
$$
なので結合律が成り立ち、恒等写像から単位律が従う。集合論で使う写像計算は、圏の公理の原型である。
$\mathbf{Grp}$ の対象は群、射は群準同型である。群準同型の合成は再び群準同型であり、恒等写像も群準同型である。結合律と単位律は写像の合成から受け継がれる。
群の内部演算は圏の合成そのものではない。各群は対象であり、群準同型が対象間の射である。一方、一つの群を一対象圏として見る別の例では、群の積が射の合成になる。この二つの見方を区別する。
モノイド $(M,\cdot,e)$ は、一つだけ対象 $*$ を持つ圏とみなせる。
$$
\operatorname{Hom}(*,*)=M,
\qquad
g\circ f:=g\cdot f,
\qquad
\operatorname{id}_*:=e
$$
と定めれば、モノイドの結合律と単位律がそのまま圏の公理になる。逆に一対象圏のすべての射は一つの自己射集合に入り、その合成によってモノイドをなす。
したがって圏は「対象を多数持つモノイド」と見ることができる。ただし一般の圏では始域・終域が一致するときだけ合成できるため、積は部分的に定義される。
局所小圏 $\mathcal C$ の任意の対象 $X$ に対して
$$
\operatorname{End}_{\mathcal C}(X)
:=\operatorname{Hom}_{\mathcal C}(X,X)
$$
は、合成を積、$\operatorname{id}_X$ を単位元とするモノイドである。
二つの自己射は始域・終域がともに $X$ なので常に合成でき、合成も自己射である。圏の結合律がモノイドの結合律を、単位律が $\operatorname{id}_X$ の両側単位性を与える。
可逆な自己射全体は自己同型射の群 $\operatorname{Aut}_{\mathcal C}(X)$ をなす。圏が多数の対象を持っていても、各対象のまわりにはモノイドや群という代数構造が局所的に現れる。
射 $f\colon X\to Y$ に両側逆射が存在するなら、その逆射は一意である。
$g,h\colon Y\to X$ がともに $f$ の両側逆射なら、結合律と単位律から
$$
g=g\circ\operatorname{id}_Y
=g\circ(f\circ h)
=(g\circ f)\circ h
=\operatorname{id}_X\circ h=h
$$
である。
このため「逆射を持つ射」という定義は曖昧さを持たない。圏論では対象の文字どおりの等号よりも同型射を重視する。ただし、圏そのものを比較するときには、対象の全単射まで要求する圏同型より、構造を同型まで保存する圏同値が適切な場合が多い。
対象と射の全体が集合をなす圏を小さい圏という。各二対象 $X,Y$ の間の射が集合 $\operatorname{Hom}_{\mathcal C}(X,Y)$ をなす圏を局所小圏という。採用する集合論的宇宙に対して小さくない圏を大きい圏という。
小さい圏は局所小さい。$\mathbf{Set}$、$\mathbf{Grp}$、$\mathbf{Top}$ は通常、大きいが局所小さい圏として扱う。大きさは選んだ宇宙に相対的であり、Russellのパラドックスを避けるため「すべての集合の集合」を無条件に作らない。学部段階ではHom集合を使う議論が局所小性を必要とすることだけを意識し、基礎論の詳細は小さい圏と大きい圏に委ねる。
圏 $\mathcal C$ のすべての射の向きを逆にしたデータは圏 $\mathcal C^{\mathrm{op}}$ をなす(Mac98)。
$\mathcal C^{\mathrm{op}}$ で $f^{\mathrm{op}}\colon Y\to X$ と $g^{\mathrm{op}}\colon Z\to Y$ の合成を
$$
f^{\mathrm{op}}\circ_{\mathrm{op}}g^{\mathrm{op}}
:=(g\circ f)^{\mathrm{op}}
$$
と定め、恒等射を同じ $\operatorname{id}_X$ とする。$\mathcal C$ の結合律と単位律を逆順に読むと、$\mathcal C^{\mathrm{op}}$ でも二公理が成り立つ。
この構成により、すべての圏について証明した定理から、矢印を逆にした双対定理が得られる。積と余積、核と余核、始対象と終対象などの対は、この双対原理によって組織される。
普通の圏 $\mathcal C$ からは圏の脈体 $N(\mathcal C)$ という単体的集合を作れる。その $n$-単体は
$$
X_0\to X_1\to\cdots\to X_n
$$
という $n$ 本の合成可能な射の列である。結合律と恒等射の情報は、面写像・退化写像と、内部ホーンが一意に充填される性質として符号化される。
∞-圏では、合成は一つの射として厳密に一意である必要はなく、合成の選択とその間の高次ホモトピーが整合的に与えられる。脈体によって普通の圏は∞-圏の特殊例として埋め込まれ、Hom集合は写像空間へ、射の一意性は選択の空間の可縮性へ置き換わる。この橋により、極限・随伴・米田の補題を同じ設計のままホモトピー整合的に強化できる。
本記事の学部標準範囲は、圏の定義、6つの基本例、恒等射と逆射の一意性、自己射モノイド、反対圏、大小の区別までである。米田の同型判定と∞-圏における対応概念は、基礎概念がどこへ発展するかを示す発展内容である。
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