モチーフ(motive)とは、Grothendieck が滑らかな射影多様体の普遍的なコホモロジーとして構想した対象で、多様体 $X$、対応のなす代数の冪等元 $p$、整数 $m$ の三つ組 $(X,p,m)$ を対象とし、$X\times Y$ 上の代数的サイクルを適切な同値関係で割った対応を射とする圏の対象である。有理同値で割ると Chow 群を射の空間として復元する Chow モチーフの圏になり、射影直線のモチーフは $\mathbb{1}\oplus\mathbb{L}$ と分かれる。数値的同値で割った圏は Jannsen の定理により半単純アーベル圏であり、Weil コホモロジーとの関係は標準予想に集約される。
前提知識: 代数的サイクル, Chow環, Weilコホモロジー, 加法圏
モチーフ(motive)は、Grothendieck が滑らかな射影多様体の「普遍的なコホモロジー」として構想した対象である。$\ell$ 進コホモロジー・Betti コホモロジー・代数的 de Rham コホモロジー・結晶コホモロジーといった Weil コホモロジーは、どれも Poincaré 双対・Künneth 公式・サイクル類写像という同じ形式的性質をもち、代数的サイクルから同じ形で作用を受ける。Euler 標数のように、どの理論で計算しても同じ値になる量もある(Weilコホモロジー の系「Euler 標数と対角線の自己交点数」)。その共通部分を取り出すため、多様体を対象とし、射を写像ではなく対応($X\times Y$ 上の代数的サイクルの同値類)とする圏を作り、冪等元の分解と Tate 捻りを加えたものがモチーフの圏である。この記事のモチーフは Grothendieck の意味の純粋モチーフ(滑らかな射影多様体から作るもの)である。
圏の性質は、サイクルにどの同値関係を課すかで大きく変わる。有理同値で割った Chow モチーフの圏は Chow 群を忠実に覚えているがアーベル圏ではない(mot-ex-chow-not-abelian)。数値的同値で割ると半単純アーベル圏になる(Jannsen の定理、mot-thm-jannsen)。ホモロジー同値で割った圏の上では各 Weil コホモロジーが関手として定まるが、それが数値的な圏と一致するかどうかは標準予想(標準予想)の一部であり、未解決である。
この節では $k$ を体とし、$\mathcal{V}_k$ で $k$ 上の滑らかな射影スキーム(連結成分は滑らかな射影多様体。次元の異なる成分があってもよい)の全体を表す。$X\in\mathcal{V}_k$ の余次元 $i$ の代数的サイクル(代数的サイクル)の群を $Z^i(X)$ と書き、有理数係数のサイクル $Z^i(X)_{\mathbb{Q}}:=Z^i(X)\otimes\mathbb{Q}$ を考える。
$Z^*(-)_{\mathbb{Q}}$ 上の同値関係 $\sim$ が適切(adequate)であるとは、$\sim$ で割った群 $A^i_\sim(X):=Z^i(X)_{\mathbb{Q}}/{\sim}$ の上で、射による引き戻し・固有押し出し・交叉積・外積が矛盾なく定まることをいう(Jan92 p. 447)。次の三つが代表例である(定義は 代数的サイクル の定義「代数的同値・ホモロジー同値・数値的同値」と 有理同値)。
$\sim$ を適切な同値関係、$X,Y\in\mathcal{V}_k$ とする。$X$ が純 $d$ 次元のとき、$X$ から $Y$ への次数 $r$ の対応の空間を
$$
\operatorname{Corr}^r_\sim(X,Y):=A^{d+r}_\sim(X\times Y)
$$
と定め、一般の $X=\coprod_iX_i$($X_i$ は連結)については $\operatorname{Corr}^r_\sim(X,Y):=\bigoplus_i\operatorname{Corr}^r_\sim(X_i,Y)$ とおく。$f\in\operatorname{Corr}^r_\sim(X,Y)$、$g\in\operatorname{Corr}^s_\sim(Y,Z)$ の合成を
$$
g\circ f:=p_{13*}\bigl(p_{12}^*f\cdot p_{23}^*g\bigr)\in\operatorname{Corr}^{r+s}_\sim(X,Z)
$$
で定める。ここで $p_{ij}$ は $X\times Y\times Z$ から 2 つの因子の積への射影である。$f$ の転置 ${}^tf$ は、$X\times Y\cong Y\times X$ による $f$ の像である。
合成は双線型で結合的であり(Jan92 p. 447、Sch94 1.3)、対角線の類 $[\Delta_X]\in\operatorname{Corr}^0_\sim(X,X)$ が単位元である。とくに $\operatorname{Corr}^0_\sim(X,X)$ は $[\Delta_X]$ を単位元とする $\mathbb{Q}$ 代数である。射 $\varphi\colon Y\to X$ のグラフ $\Gamma_\varphi\subset Y\times X$ の転置 ${}^t\Gamma_\varphi\subset X\times Y$ は $\operatorname{Corr}^0_\sim(X,Y)$ の元を定める。
$\sim$ を適切な同値関係とする。$\sim$ に関する $k$ 上のモチーフの圏 $\mathcal{M}_\sim(k)$ を次で定める。
コホモロジー $H^*(X)$ の自己準同型のうち、幾何から来るのは射の引き戻しだけではない。$X\times X$ 上のサイクル $\Gamma$ は、「$H^*(X)$ の類を第 1 成分へ引き戻し、$\Gamma$ との積をとり、第 2 成分へ押し出す」ことで $H^*(X)$ の自己準同型を与える(Weilコホモロジー の補題「対応の作用とグラフの類」の作用を $\Gamma$ の転置に適用したもの)。この作用は Weil コホモロジーの選び方によらない形で書ける。そこで、自己準同型 $\Gamma$ が冪等なら、$H^*(X)$ の「$\Gamma$ が切り出す部分」を、コホモロジーを選ぶ前の段階で $(X,\Gamma,0)$ という対象として持っておく、というのがモチーフの考え方である。射影直線のモチーフが「点のモチーフ」と「Lefschetz モチーフ」に分かれるのは(mot-ex-p1)、$H^*(\mathbb{P}^1)=H^0\oplus H^2$ という分解を、コホモロジーを使わずにサイクルの言葉で実現したものである。
$\mathcal{M}_\sim(k)$ は $\mathbb{Q}$ 線型な加法圏であり、擬アーベル(pseudo-abelian、Karoubi 的)である。すなわち、任意の対象 $M$ と冪等な自己射 $e\in\operatorname{End}(M)$ について、$e$ の像 $\operatorname{Im}e$ が存在し、$M\cong\operatorname{Im}e\oplus\operatorname{Im}(1-e)$ となる。具体的には $M=(X,p,m)$、$e=p\circ e\circ p$ のとき
$$
(X,p,m)\cong(X,e,m)\oplus(X,p-e,m)
$$
である。
射の集合 $q\circ\operatorname{Corr}^{n-m}_\sim(X,Y)\circ p$ は $\mathbb{Q}$ ベクトル空間で、合成は双線型である。零対象は $X=\emptyset$ の対象である。$m$ が等しい 2 対象の直和は $(X,p,m)\oplus(Y,q,m):=(X\sqcup Y,p\oplus q,m)$ で与えられ($\operatorname{Corr}_\sim(X\sqcup Y,-)=\operatorname{Corr}_\sim(X,-)\oplus\operatorname{Corr}_\sim(Y,-)$ などによる)、$m\ne n$ の場合の直和も $\mathbb{L}\cong h_2(\mathbb{P}^1)$(mot-ex-p1)を使って同じ形に直せる(Sch94 1.6・1.14)。これで加法圏である。
擬アーベル性を示す。$M=(X,p,m)$、$e\in\operatorname{End}(M)=p\circ\operatorname{Corr}^0_\sim(X,X)\circ p$ を冪等元とする。$e=p\circ e\circ p$ から $p\circ e=e=e\circ p$ であり、$e\circ e=e$ だから $(X,e,m)$ は対象である。$e':=p-e$ とおくと $e'\circ e'=p-2e+e=p-e=e'$、$e\circ e'=e'\circ e=0$ で、$(X,e',m)$ も対象である。
射 $\iota\colon(X,e,m)\to M$、$\pi\colon M\to(X,e,m)$ をともに対応 $e$ で定める($p\circ e\circ e=e$、$e\circ e\circ p=e$ なので射の集合に入る)。同様に $\iota'\colon(X,e',m)\to M$、$\pi'\colon M\to(X,e',m)$ を $e'$ で定める。すると
$$
\pi\circ\iota=e=\mathrm{id}_{(X,e,m)},\quad\pi'\circ\iota'=e'=\mathrm{id}_{(X,e',m)},\quad\pi\circ\iota'=e\circ e'=0,\quad\pi'\circ\iota=0,\quad\iota\circ\pi+\iota'\circ\pi'=e+e'=p=\mathrm{id}_M
$$
である。これは $M$ が $(X,e,m)$ と $(X,e',m)$ の双積(直和)であることを意味する。さらに $\iota\circ\pi=e$ なので、$(X,e,m)$ は $e$ の像($e$ が $\iota$ と $\pi$ の合成に分解する)であり、同様に $(X,e',m)$ は $1-e=e'$ の像である。
この定理により、$h(X)$ の冪等な自己射 $p$ ごとに直和因子 $(X,p,0)$ が取り出せ、$(X,p,m)=(X,p,0)\otimes\mathbb{L}^{\otimes(-m)}$ はその捻りである。すなわち、すべてのモチーフは $h(X)\otimes\mathbb{L}^{\otimes n}$ の直和因子である(Sch94 1.9)。
$X\in\mathcal{V}_k$ を純 $d$ 次元とし、$\mathbb{L}^i:=(\operatorname{Spec}k,\mathrm{id},-i)$ とおく。
$$
\operatorname{Hom}\bigl(\mathbb{L}^i,h(X)\bigr)=A^i_\sim(X),\qquad\operatorname{Hom}\bigl(h(X),\mathbb{L}^i\bigr)=A^{d-i}_\sim(X),\qquad\operatorname{End}(\mathbb{1})=\mathbb{Q}
$$
が成り立つ。とくに $\sim$ が有理同値なら、$CH^i(X)_{\mathbb{Q}}$ は Chow モチーフの圏の射の空間として復元される。
$\operatorname{Spec}k\times X=X$ と同一視する。定義により $\operatorname{Hom}(\mathbb{L}^i,h(X))=[\Delta_X]\circ\operatorname{Corr}^{0-(-i)}_\sim(\operatorname{Spec}k,X)\circ\mathrm{id}=\operatorname{Corr}^i_\sim(\operatorname{Spec}k,X)$($[\Delta_X]$ は単位元)であり、$\operatorname{Spec}k$ は $0$ 次元なので $\operatorname{Corr}^i_\sim(\operatorname{Spec}k,X)=A^{0+i}_\sim(X)$ である。同様に $\operatorname{Hom}(h(X),\mathbb{L}^i)=\operatorname{Corr}^{-i}_\sim(X,\operatorname{Spec}k)=A^{d-i}_\sim(X)$、$\operatorname{End}(\mathbb{1})=\operatorname{Corr}^0_\sim(\operatorname{Spec}k,\operatorname{Spec}k)=A^0_\sim(\operatorname{Spec}k)=\mathbb{Q}$ である。
この命題は Sch94 2.1 にもある。射の空間がサイクルの群そのものなので、Chow モチーフの圏は Chow 群の情報を失わない。Manin の恒等原理(Sch94 2.3)は、これを逆に使って、モチーフの射が同型であることをすべての $Y$ について $A^*_\sim(M\otimes h(Y))$ の同型で判定する方法である。
$k$ を任意の体、$X=\mathbb{P}^1_k$、$e\in X(k)$ を有理点とし、$\operatorname{Corr}^0_\sim(X,X)=A^1_\sim(X\times X)$ の 2 元
$$
a:=[\{e\}\times X],\qquad b:=[X\times\{e\}]
$$
を考える。任意の適切な同値関係 $\sim$ について次が成り立つ。
要点:有理同値で示せば任意の同値関係で成り立つ。交叉は座標ごとに横断的なので積は部分多様体の類で計算でき、押し出しで次元が落ちる項は消える。対角線と $a+b$ の差は有理関数 $(x_0y_1-x_1y_0)/(x_0y_0)$ の因子である。
有理同値は最も細かい適切な同値関係なので、等式を $CH^*_{\mathbb{Q}}$ で示せば任意の $\sim$ で成り立つ。$X\times X\times X$ の第 $i$ 成分への射影を $q_i$ とすると、$p_{12}^*a=[\{e\}\times X\times X]=q_1^*[e]$、$p_{23}^*a=q_2^*[e]$、$p_{12}^*b=q_2^*[e]$、$p_{23}^*b=q_3^*[e]$ である(平坦引き戻し。Chow環 の定理「固有押し出しと平坦引き戻し」)。$i\ne j$ なら $q_i^{-1}(e)$ と $q_j^{-1}(e)$ は滑らかで、別々の座標を固定する部分多様体なので横断的に交わり、交わりは余次元 $2$ の部分多様体である。よって Chow環 の定理「交叉積とChowの移動補題」により、交叉重複度は $1$ で $q_i^*[e]\cdot q_j^*[e]=[q_i^{-1}(e)\cap q_j^{-1}(e)]$ である。一方 $q_2^*[e]\cdot q_2^*[e]=q_2^*([e]\cdot[e])=0$ である(引き戻しは環準同型で、$CH^2(\mathbb{P}^1)=0$)。これを使うと、合成 $g\circ f=p_{13*}(p_{12}^*f\cdot p_{23}^*g)$ は $$ \begin{aligned} a\circ a&=p_{13*}[\{e\}\times\{e\}\times X]=[\{e\}\times X]=a,\\ b\circ b&=p_{13*}[X\times\{e\}\times\{e\}]=[X\times\{e\}]=b,\\ b\circ a&=p_{13*}[\{e\}\times X\times\{e\}]=0,\\ a\circ b&=p_{13*}\bigl(q_2^*[e]\cdot q_2^*[e]\bigr)=0 \end{aligned} $$ となる。ここで $p_{13}$ は $\{e\}\times\{e\}\times X$ と $X\times\{e\}\times\{e\}$ を像へ同型に写し、$\{e\}\times X\times\{e\}$($1$ 次元)を $0$ 次元の点 $(e,e)$ に写すので、固有押し出しの定義によりその押し出しは $0$ である。
$a+b=[\Delta_X]$:斉次座標 $([x_0:x_1],[y_0:y_1])$ をとり、$e=[0:1]$ としてよい($\mathrm{PGL}_2(k)$ は $\mathbb{P}^1(k)$ に推移的に作用する)。有理関数 $F:=(x_0y_1-x_1y_0)/(x_0y_0)$ は分子・分母がともに双次数 $(1,1)$ なので $X\times X$ 上の有理関数として定まる。$x_0y_0\ne0$ の affine 開集合では $x=x_1/x_0$、$y=y_1/y_0$ として $F=y-x$ で、その零点は対角線 $\Delta_X$、位数 $1$ である。$x_0=0$ の近く($x_1=1$ とおく)では $F=(x_0y_1-y_0)/(x_0y_0)$ の分子は $x_0=0$ 上で $-y_0$ となり、$y_0\ne0$ の点で単元なので、$F$ は $\{x_0=0\}=\{e\}\times X$ に沿って位数 $1$ の極をもつ。$\{y_0=0\}=X\times\{e\}$ についても同様である。したがって $\operatorname{div}(F)=[\Delta_X]-a-b$ であり、$[\Delta_X]=a+b$ が $CH^1(X\times X)$ で成り立つ。
2:$\operatorname{Spec}k$ との積を省いて書く。$\alpha:=[X]\in A^0(X)=\operatorname{Corr}^0(\operatorname{Spec}k,X)$、$\beta:=[e]\in A^1(X)=\operatorname{Corr}^0(X,\operatorname{Spec}k)$ とおくと、合成の定義から $$ \beta\circ\alpha=\deg([X]\cdot[e])=1,\quad\alpha\circ\beta=[\{e\}\times X]=a,\quad a\circ\alpha=\alpha,\quad\beta\circ a=\beta $$ である(最後の 2 つも同じ計算で、交わり $\{e\}\times X$、$\{(e,e)\}$ の像がそれぞれ $X$、$\{e\}$ に同型に写る)。よって $\alpha\colon\mathbb{1}\to(X,a,0)$ と $\beta\colon(X,a,0)\to\mathbb{1}$ は射で、$\beta\circ\alpha=\mathrm{id}_{\mathbb{1}}$、$\alpha\circ\beta=a=\mathrm{id}_{(X,a,0)}$ だから同型である。同様に $\gamma:=[e]\in A^1(X)=\operatorname{Corr}^{1}(\operatorname{Spec}k,X)$、$\delta:=[X]\in A^0(X)=\operatorname{Corr}^{-1}(X,\operatorname{Spec}k)$ は $\mathbb{L}\to(X,b,0)$、$(X,b,0)\to\mathbb{L}$ の射で、$\delta\circ\gamma=1$、$\gamma\circ\delta=[X\times\{e\}]=b$ を満たす。
同じ考え方で、射影空間について $h(\mathbb{P}^n)\cong\bigoplus_{i=0}^n\mathbb{L}^{\otimes i}$ が成り立ち、より一般に射影束 $\mathbb{P}(E)\to S$ について $h(\mathbb{P}(E))\cong\bigoplus_{i=0}^rh(S)\otimes\mathbb{L}^{\otimes i}$ が成り立つ(Manin の定理。Sch94 Theorem 2.5)。有理点 $e$ をもつ $d$ 次元の既約な $X$ では、$[\{e\}\times X]$、$[X\times\{e\}]$ が直交する冪等元で、$h(X)$ は $\mathbb{1}$ と $\mathbb{L}^{\otimes d}$ を直和因子にもつ(Sch94 1.11–1.13)。曲線 $C$ では残りの部分 $h^1(C):=(C,[\Delta]-[\{e\}\times C]-[C\times\{e\}],0)$ が Jacobi 多様体に対応し、$\operatorname{Hom}(h^1(C),h^1(C'))=\operatorname{Hom}(J_C,J_{C'})\otimes\mathbb{Q}$ が成り立つ(Sch94 3.2、Proposition 3.3)。
$k$ が有限体の代数閉包に含まれないとき、$\mathcal{M}_{\mathrm{rat}}(k)$ はアーベル圏でない(Sch94 Corollary 3.5)。証明の筋は次のとおりである。$k$ 上の楕円曲線 $E$ と位数無限の点 $P\in E(k)$ をとり、$\xi:=[P]-[O]\in CH^1(E)_{\mathbb{Q}}$ とする。$\xi$ は $0$ でないので、mot-prop-cycles により $0$ でない射 $\mathbb{L}\to h(E)$ を定め、$\deg\xi=0$ なのでこれは $h^1(E)$ を経由する射 $\xi_*\colon\mathbb{L}\to h^1(E)$ になる(Sch94 Proposition 3.3)。その転置 $\xi^*\colon h^1(E)\otimes\mathbb{L}\to\mathbb{L}$ も $0$ でないが、合成 $\xi_*\circ\xi^*\colon h^1(E)\otimes\mathbb{L}\to h^1(E)$ は $E\times E$ 上の捩れ類で表されて $0$ になる。したがって $\xi_*$ はモノ射でない。アーベル圏なら $\ker\xi_*$ は $\mathbb{L}$ の $0$ でも全体でもない部分対象になるが、$\mathbb{L}^{\otimes-1}$ を掛けると単位対象 $\mathbb{1}$($\operatorname{End}(\mathbb{1})=\mathbb{Q}$)の非自明な部分対象が生じ、剛なアーベルテンソル圏ではこれは起こらない。
$\mathbb{Q}[\varepsilon]:=\mathbb{Q}[t]/(t^2)$ を双対数の環とし、$\mathcal{C}$ を有限生成自由 $\mathbb{Q}[\varepsilon]$ 加群と $\mathbb{Q}[\varepsilon]$ 線型写像のなす圏とする。$\mathcal{C}$ は $\mathbb{Q}$ 線型な擬アーベル圏で(自由加群の直和因子は、$\mathbb{Q}[\varepsilon]$ が局所環なので自由である)、各 $\operatorname{End}(M)$ は有限次元だが、$\mathcal{C}$ はアーベル圏でない(Jan92 p. 451、Remark 3)。
実際、$\varepsilon$ 倍写像 $u\colon\mathbb{Q}[\varepsilon]\to\mathbb{Q}[\varepsilon]$ が $\mathcal{C}$ で核 $\kappa\colon K\to\mathbb{Q}[\varepsilon]$ をもつとする。$u\circ u=0$ なので $u$ は $\kappa$ を経由し、$u=\kappa\circ s$ となる $s$ がある。$\kappa$ の像は $\ker u=\varepsilon\mathbb{Q}[\varepsilon]$ に含まれるから、$v\in K$ について $\kappa(\varepsilon v)=\varepsilon\kappa(v)\in\varepsilon^2\mathbb{Q}[\varepsilon]=0$ である。すると $s':=s+\varepsilon\,\psi$($\psi\colon\mathbb{Q}[\varepsilon]\to K$ は任意の線型写像)も $\kappa\circ s'=u$ を満たし、核の普遍性(分解の一意性)から $\varepsilon\psi=0$ がすべての $\psi$ について成り立つ。$K$ は自由なので、$K\ne0$ なら $\psi$ を基底の 1 つへの写像にとって $\varepsilon\psi\ne0$ となり矛盾する。よって $K=0$ だが、そうすると $u=\kappa\circ s=0$ となり $u\ne0$ に反する。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 数値的同値で割ること(有理同値で割る) | 位数無限の点をもつ楕円曲線の Chow モチーフ(mot-ex-chow-not-abelian) | アーベル圏であること |
| 自己準同型環の半単純性(擬アーベル性は保つ) | 自由 $\mathbb{Q}[\varepsilon]$ 加群の圏(mot-ex-dual-numbers) | アーベル圏であること |
$k$ を体、$\sim$ を $\mathbb{Q}$ 係数のサイクルの適切な同値関係とする。次は同値である。
証明に使う Weil コホモロジーの性質をまとめる。$k$ を代数閉体、$H^*$ を係数体 $K$(標数 $0$)の Weil コホモロジー(たとえば $\ell\ne\operatorname{char}k$ の $\ell$ 進コホモロジー。Weilコホモロジー の例「ℓ 進コホモロジーは Weil コホモロジーである」)とし、$X$ を純 $d$ 次元とする。Weilコホモロジー の補題「対応の作用とグラフの類」の作用は $\theta^*(b)=p_{1*}(\theta\cdot p_2^*b)$(グラフについて $\gamma(\Gamma_u)^*=u^*$)で、合成の順序を逆にする。そこで $f\in Z^d(X\times X)_{\mathbb{Q}}$ について、転置に適用した作用 $\phi(f):=\gamma({}^tf)^*$、すなわち $\phi(f)(b)=p_{2*}(\gamma(f)\cdot p_1^*b)$ を $H^*(X)$ の次数を保つ自己準同型とする(mot-rem-conventions の反変関手 $h$ と向きが揃う)。$\phi(f)$ は $f$ のホモロジー同値類だけで決まり、
$k$ を代数閉体、$X\in\mathcal{V}_k$ を純 $d$ 次元とする。$A:=\operatorname{Corr}^0_{\mathrm{num}}(X,X)$ は有限次元 $\mathbb{Q}$ 代数である。さらに $f\in Z^d(X\times X)_{\mathbb{Q}}$ が数値的に $0$ であることは、すべての $g\in Z^d(X\times X)_{\mathbb{Q}}$ について $\operatorname{str}(\phi(f)\phi(g))=0$ となることと同値である。
$X\times X$ は $2d$ 次元で、$Z^d(X\times X)_{\mathbb{Q}}$ の元と相補的な次元のサイクルはまた $Z^d(X\times X)_{\mathbb{Q}}$ の元であり、それは $w={}^t({}^tw)$ と書ける。よって $f$ が数値的に $0$ であることは、すべての $g$ について $\deg(f\cdot{}^tg)=0$ となることであり、(W2) により後半の主張を得る。
$V\subset\operatorname{End}_K(H^*(X))$ を $\phi(g)$($g\in Z^d(X\times X)_{\mathbb{Q}}$)の張る $K$ 部分空間とする。$V$ は有限次元なので、$\phi(g_1),\dots,\phi(g_N)$ が $V$ の $K$ 基底になる $g_1,\dots,g_N$ をとれる。$\mathbb{Q}$ 線型写像
$$
\Theta\colon Z^d(X\times X)_{\mathbb{Q}}\to\mathbb{Q}^N,\qquad f\mapsto\bigl(\deg(f\cdot{}^tg_j)\bigr)_{j=1}^N
$$
を考える(交点数は有理数)。$\Theta(f)=0$ とし、$g$ を任意にとって $\phi(g)=\sum_jc_j\phi(g_j)$($c_j\in K$)と書くと、(W2) と超跡の線型性により $\deg(f\cdot{}^tg)=\sum_jc_j\operatorname{str}(\phi(f)\phi(g_j))=\sum_jc_j\deg(f\cdot{}^tg_j)=0$ である。よって $\ker\Theta$ は数値的に $0$ なサイクルからなり、逆に数値的に $0$ なら $\Theta(f)=0$ である。したがって $A\cong Z^d(X\times X)_{\mathbb{Q}}/\ker\Theta$ は $\mathbb{Q}^N$ に単射し、$\dim_{\mathbb{Q}}A\le N$ である。
$k$ を代数閉体、$X\in\mathcal{V}_k$ を純 $d$ 次元とする。$A=\operatorname{Corr}^0_{\mathrm{num}}(X,X)$ は半単純である。
$A$ は有限次元(mot-lem-finite)なので、その Jacobson 根基 $R$ は冪零な両側イデアルであり、$R=0$ を示せば Wedderburn の定理により $A$ は半単純である。$r\in R$ をとり、$Z^d(X\times X)_{\mathbb{Q}}$ への持ち上げを $f$ とする。任意の $g$ について、$w:=f\circ g$ の類 $r\circ\bar g$ は $R$ に属するので、ある $N$ について $w^{\circ N}$ は数値的に $0$ である。数値的同値は適切なので、$n\ge N$ について $w^{\circ n}=w^{\circ N}\circ w^{\circ(n-N)}$ も数値的に $0$ である。$u:=\phi(w)$ とおくと、mot-lem-finite を $g=[\Delta_X]$ に適用し (W1) を使って
$$
\operatorname{str}(u^n)=\operatorname{str}\bigl(\phi(w^{\circ n})\phi([\Delta_X])\bigr)=0\qquad(n\ge N)
$$
を得る。
$K$ の代数閉包 $\bar K$ の上で、$u$ の $H^i(X)\otimes\bar K$ 上の固有値を重複度込みで考え、$0$ でない相異なる固有値を $\lambda_1,\dots,\lambda_s$、$\lambda_j$ の $H^i$ での重複度を $m_i(\lambda_j)$、$c_j:=\sum_i(-1)^im_i(\lambda_j)\in\mathbb{Z}$ とおく。固有値 $0$ は跡に寄与しないので $\operatorname{str}(u^n)=\sum_{j=1}^sc_j\lambda_j^n$($n\ge1$)である。$n=N,N+1,\dots,N+s-1$ についての $s$ 本の等式 $\sum_jc_j\lambda_j^n=0$ の係数行列は $(\lambda_j^{N+t})_{t,j}=(\lambda_j^t)_{t,j}\cdot\operatorname{diag}(\lambda_j^N)$ で、Vandermonde 行列と可逆な対角行列の積なので可逆である(Vandermonde行列式)。よって $c_j=0$($\bar K$ は標数 $0$ なので整数として $0$)であり、$\operatorname{str}(u)=\sum_jc_j\lambda_j=0$ である。すなわち $\operatorname{str}(\phi(f)\phi(g))=0$ がすべての $g$ について成り立ち、mot-lem-finite により $f$ は数値的に $0$、$r=0$ である。
3 ⇒ 2($k$ が代数閉体のとき):mot-lem-finite と mot-prop-semisimple による。
2 ⇒ 1:対象 $M=(X,p,m)$ の自己準同型環は $\operatorname{End}(M)=p\circ\mathcal{A}\circ p$($\mathcal{A}:=\operatorname{Corr}^0_\sim(X,X)$)である。$\mathcal{A}$ が有限次元半単純なら $p\mathcal{A}p$ も半単純である。実際、$J$ を $p\mathcal{A}p$ の冪零な両側イデアルとすると、$J=pJp$ なので $\mathcal{A}J\mathcal{A}$ は $\mathcal{A}$ の両側イデアルで、$(\mathcal{A}J\mathcal{A})^n\subset\mathcal{A}J(p\mathcal{A}p)J\cdots\mathcal{A}\subset\mathcal{A}J^n\mathcal{A}$ から冪零であり、$\mathcal{A}$ の半単純性により $0$、よって $J=pJp\subset\mathcal{A}J\mathcal{A}=0$ である。すべての対象は、純次元の $X'$ によって $h(X')\otimes\mathbb{L}^{\otimes n}$ の直和因子として書けるので(Sch94 Proposition 1.12)、それと同型な $(X',p',-n)$ の形の対象に置き換えれば、すべての対象の自己準同型環が有限次元半単純である。擬アーベル(mot-thm-karoubi)な $\mathbb{Q}$ 線型圏で、すべての自己準同型環が有限次元半単純なものは半単純アーベル圏である(Jan92 Lemma 2、p. 449)。
1 ⇒ 3:$\sim$ が数値的同値より真に細かいとして矛盾を導く。既約な $X$ と、$\sim$ では $0$ でないが数値的には $0$ な $f\in A^j_\sim(X)$ をとる。mot-prop-cycles と同様に $f$ は $0$ でない射 $f\colon\mathbb{1}\to(X,[\Delta_X],j)$ を定める($\operatorname{Hom}=\operatorname{Corr}^j_\sim(\operatorname{Spec}k,X)=A^j_\sim(X)$)。$\operatorname{End}(\mathbb{1})=\mathbb{Q}$ は体なので $\mathbb{1}$ は自明でない冪等元をもたず、半単純アーベル圏では単純対象である。単純対象からの $0$ でない射は単射で、半単純性から分裂するので、$g\circ f=\mathrm{id}_{\mathbb{1}}$ となる $g\in\operatorname{Hom}((X,[\Delta_X],j),\mathbb{1})=\operatorname{Corr}^{-j}_\sim(X,\operatorname{Spec}k)=A^{d-j}_\sim(X)$ がある。合成の定義から $g\circ f=\deg(f\cdot g)\in A^0(\operatorname{Spec}k)=\mathbb{Q}$ なので $\deg(f\cdot g)=1$ となり、$f$ が数値的に $0$ であることに反する(Jan92 p. 448)。
数値的同値が「半単純性を与えるただ一つの同値関係」であることは、モチーフの圏の候補として $\mathcal{M}_{\mathrm{num}}(k)$ が特別であることを意味する。一方で $\mathcal{M}_{\mathrm{num}}(k)$ の上には、Weil コホモロジーが関手として定まるとは限らない。$H^*$ が定める関手は $\mathcal{M}_{\mathrm{hom}}(k)$ の上にあり、二つの圏が一致する(ホモロジー同値と数値的同値が一致する)というのが標準予想 D である(標準予想)。
$H^*$ を Weil コホモロジーとすると、$(X,p,m)$ に $p$ の作用の像 $\phi(p)H^*(X)$ を($m$ に応じた次数のずらしと Tate 捻りを施して)対応させることで、$\mathcal{M}_{\mathrm{hom}}(k)$($H^*$ に関するホモロジー同値)から次数付きベクトル空間の圏への関手が定まる(Sch94 6.2)。商への関手 $\mathcal{M}_{\mathrm{rat}}(k)\to\mathcal{M}_{\mathrm{hom}}(k)$ と合成すれば、$H^*$ は Chow モチーフの圏からも関手として定まる。ただし $\mathcal{M}_{\mathrm{num}}(k)$ の上で定まることは、標準予想 D なしには分からない。こうした関手を総称して実現といい、Betti・de Rham・$\ell$ 進・結晶の各実現と、それらを結ぶ比較同型の詳細は 実現関手(モチーフ) にある。$\mathbb{C}$ 上では Betti 実現に Hodge 構造(Hodge構造)が乗る(Hodge 実現)。
次は予想や、予想を仮定した帰結であり、この記事では証明しない。
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