終対象(terminal object)とは、圏のどの対象 $X$ からもただ一つの射 $X\to 1$ を受け取る対象 $1$ であり、存在すれば一意な同型を除いて一つに定まり、空図式の極限にあたる。集合の圏の一点集合、群の圏の自明群、半順序集合の最大元が例で、関係の圏では空集合が終対象となり、単純グラフの圏には終対象がない。終対象からの射 $1\to X$ を大域元と呼び、集合の圏では元と同じものだが群の圏では射を区別しない。終対象とすべての引き戻しをもつ圏はすべての有限な図式の極限をもち、スライス圏や関手圏の終対象も同じ普遍性で決まる。
記号 $1$ は対象の名前であり、一点集合そのものを指すとは限らない。射の向きを逆転した反対圏 $\mathcal C^{\mathrm{op}}$ では終対象は始対象になる。標準的な定義と例は Rie16 Definition 1.6.14、Example 1.6.15(p. 44)による。$X$ から終対象への唯一の射を $!_X\colon X\to1$ と書く。
終対象は、任意の対象から情報を受け取る方法が一つだけの対象である。集合の一点集合へ送ると、どの元も同じ一点へ送るほかない。この「すべてを忘れる写像」が必ず定まるという普遍性が、圏によらない内容である。
すべての $X$ から少なくとも一本射があるだけなら弱終対象という。一意性を落とすと別概念になる。
$\mathbf{Set}$ では任意の一点集合が終対象である。$X$ の各元の像をその一点とする関数が唯一の候補となる。$X=\emptyset$ でも空関数が一つ存在する。同様に、位相空間の圏 $\mathbf{Top}$ では一点空間が終対象である(一意な連続写像は定値写像である)。
集合を対象とし、$X$ から $Y$ への射を二項関係 $R\subset X\times Y$ とする圏 $\mathbf{Rel}$ を考える。合成は $S\circ R=\{(x,z)\mid (x,y)\in R,\ (y,z)\in S\text{ となる }y\text{ がある}\}$、恒等射は対角線である。$X$ から $\emptyset$ への射は $X\times\emptyset=\emptyset$ の部分集合なので $\emptyset$ ただ一つであり、$\emptyset$ はこの圏の終対象である。同じ理由で始対象でもある。一方、一点集合 $\{*\}$ への射は $X\times\{*\}$ の部分集合全体で、$X\neq\emptyset$ なら二つ以上あるので終対象ではない。終対象がどの対象になるかは射の選び方で決まり、台の集合の大きさでは決まらない。
ループ(自分自身への辺)も多重辺もない単純グラフと、隣接する頂点を隣接する頂点へ送る頂点の写像(グラフ準同型)の圏を考える。終対象 $T$ があったとする。一本の辺だけをもつグラフ $K_2$ から $T$ への準同型があり、ループがないので辺の両端は $T$ の隣接する異なる二頂点へ移る。すると頂点一つで辺のないグラフ $K_1$ から $T$ への準同型は、行き先の頂点の選び方だけ、すなわち少なくとも二つあり、一意性に反する。よってこの圏に終対象はない(Rie16 Example 1.6.15, p. 44)。ループを許すグラフの圏なら、一頂点に一本のループを付けたグラフが終対象になる。
$\mathbf{Set}$ では二点集合への関数は任意の $X$ について少なくとも一つ存在するが、一点集合から二点集合への関数は二つある。従って二点集合は弱終対象ではあっても終対象ではない。また空集合には一点集合からの射がないので、弱終対象ですらない。
体と体準同型の圏にも終対象はない。標数の違う体の間に射がないからである(零対象 の反例「始対象も終対象もない圏」)。
二つの終対象の間にはただ一つの同型射がある。
$1,1'$ を終対象とする。射 $u:1\to1'$、$v:1'\to1$ がただ一つずつ存在し、自己射の一意性から $vu=\operatorname{id}_1$、$uv=\operatorname{id}_{1'}$。従って両者は逆同型である。唯一性も終対象の定義から従う。$\square$
$1$ が終対象なら、任意の $X$ に対する積 $X\times1$ は $X$ で表せる。二対象の積とは、二対象への射を持ち、任意の対象からその二対象への射の組を一意に受け取る対象である。
候補を $X$、射影を $\operatorname{id}_X:X\to X$ と唯一の射 $X\to1$ とする。任意の $a:Y\to X$ と $b:Y\to1$ に対し、候補への射は $a$。終対象への合成は必ず $b$ と一致し、第1射影との条件が候補への射を一意に決める。$\square$
空図式の極限(圏論)も終対象である。脚のない錐は頂点だけのデータなので、錐の圏はもとの圏となる。したがって 極限(圏論) の命題「右随伴は極限を保存する」を空図式に使うと、右随伴は終対象を終対象へ送る。たとえば忘却関手 $\mathbf{Grp}\to\mathbf{Set}$ は自由群をとる関手の右随伴で、自明群を一点集合へ送る。
集合 $X$ の元 $x$ は、一点集合からの写像 $\{*\}\to X$、$*\mapsto x$ と同じものである。この読み替えを一般の圏へ移す。
終対象 $1$ をもつ圏で、射 $x\colon1\to X$ を $X$ の大域元(global element)という。
終対象からの任意の射 $x\colon1\to X$ は分裂モノ射である。すなわち $r\circ x=\operatorname{id}_1$ となる射 $r\colon X\to1$ があり、とくに $x$ はモノ射である。
$r=!_X$ とおく。$r\circ x$ は $1$ から $1$ への射で、終対象への射はただ一つなので $r\circ x=\operatorname{id}_1$ である。$h,h'\colon Y\to1$ が $xh=xh'$ を満たせば、左から $r$ を合成して $h=h'$ となる(もともと $Y\to1$ の射は一つなので、この等式は自動的でもある)。$\square$
集合の圏で $1=\{*\}$ とする。写像 $X\to\operatorname{Hom}(1,X)$、$x\mapsto(*\mapsto x)$ は全単射で、写像 $f\colon X\to Y$ について $f\circ(*\mapsto x)=(*\mapsto f(x))$ を満たす。とくに二つの写像 $f,g\colon X\to Y$ は、すべての大域元 $x\colon1\to X$ で $f\circ x=g\circ x$ となるときに限り等しい。
一点集合からの写像は $*$ の行き先で決まり、行き先は $X$ の任意の元にとれるので全単射である。合成の式は $(f\circ x)(*)=f(x(*))$ から従う。最後の主張は、$f\circ x=g\circ x$ がすべての $x$ で成り立つことが、すべての元で $f(x)=g(x)$ となることと同じだからである。$\square$
位相空間の圏でも、一点空間からの連続写像は点と同じであり、二つの連続写像は各点での値で決まる。一方、群の圏では自明群が終対象だが、自明群から群 $G$ への準同型は単位元を指すものだけなので、大域元はどの群にも一つしかない。たとえば $\mathbb Z/2\mathbb Z$ の恒等写像と自明な準同型は異なるが、ただ一つの大域元との合成は等しい。群の元を見るには、終対象でなく $\mathbb Z$ からの射を使う($\operatorname{Hom}(\mathbb Z,G)\cong G$)。大域元が射を区別するかどうかは圏によって違う。
終対象 $1$ をもつ圏で、対象 $X$ について次は同値である。
1 の $s$ は大域元である。逆に大域元 $s\colon1\to X$ があれば、$!_X\circ s$ は $1$ から $1$ への射なので $\operatorname{id}_1$ に等しい。$\square$
集合の圏では、$X\to1$ が分裂エピ射であることは $X\neq\emptyset$ と同じである。$\emptyset\to1$ はエピ射でもない。二点集合 $Y$ への異なる二つの写像 $1\to Y$ は、$\emptyset\to1$ と合成するとどちらも空写像になるからである。群の圏では、任意の群から自明群への準同型が分裂エピ射である(自明群から $G$ へは単位元を指す準同型がある)。
大域元に沿った引き戻しはファイバーを与える。射 $f\colon E\to B$ と大域元 $b\colon1\to B$ の引き戻し $1\times_BE$ は、集合の圏では逆像 $f^{-1}(b)$ である(引き戻し の例「集合の値が一致する対」で $B$ 側を一点にしたもの、Rie16 p. 87)。
対象 $B$ の上のスライス圏 $\mathcal C/B$(対象は $B$ への射 $A\to B$、射は $B$ 上で可換な射)では、恒等射 $\operatorname{id}_B$ が終対象になる(スライス圏 の命題「恒等射は特別な対象になる」)。$B$ が終対象の場合は、スライス圏がもとの圏と変わらない。
$1$ が $\mathcal C$ の終対象なら、$(A\to1)\mapsto A$ で定まる関手 $\mathcal C/1\to\mathcal C$ は圏の同型である。
$\mathcal C/1$ の対象は、対象 $A$ と射 $A\to1$ の組だが、その射は $!_A$ しかないので $A$ だけで決まる。$\mathcal C/1$ の射 $(A,!_A)\to(A',!_{A'})$ は $!_{A'}\circ h=!_A$ を満たす $h\colon A\to A'$ だが、この等式は終対象への射の一意性から常に成り立つので、$\mathcal C$ の射全体と一致する。よってこの関手は対象と射のそれぞれで全単射であり、逆関手 $A\mapsto(A,!_A)$ をもつ。$\square$
関手圏 $\mathcal C^{\mathcal J}$ では、$\mathcal C$ の終対象 $1$ で一定の関手 $\Delta1$ が終対象である。関手 $F$ から $\Delta1$ への自然変換は各成分が $!_{F(j)}$ に決まり、自然性は終対象への射の一意性から自動的に成り立つからである。これは 関手圏 の命題「関手圏の極限は各点で計算される」の空図式の場合である。とくに前層の圏では、各対象に一点集合を割り当てる前層が終対象である。小さい圏と関手の圏 $\mathbf{Cat}$ では、対象が一つで射が恒等射だけの圏 $\mathbf 1$ が終対象であり(Rie16 Example 1.6.15, p. 44)、関手 $\mathcal J\to\mathbf 1$ は一つしかない。この関手 $\mathcal J\to\mathbf 1$ に沿った Kan拡張 が極限・余極限にあたる。
終対象は空図式の極限である。引き戻しと組み合わせると、すべての有限な図式の極限が作れる。ここで有限な図式とは、添字の圏の射(したがって対象)が有限個である図式をいう。
終対象とすべての引き戻しをもつ圏は、すべての有限な図式の極限をもつ。
二項積:$A\to1\leftarrow B$ の引き戻し $(P,p,q)$ をとる。射 $a\colon X\to A$、$b\colon X\to B$ について $!_A\circ a=!_B\circ b$ は終対象への射の一意性から自動的に成り立つので、$pu=a$、$qu=b$ となる $u$ がただ一つある。これは $(P,p,q)$ が $A,B$ の積であることにほかならない。
有限積:空の族の積は終対象 $1$ である。$n\ge1$ 個の族の積は、$n-1$ 個の積と残りの一つの二項積として作れる。これは 余積(圏論) の命題「二重の添字の族の余積」の射の向きを逆にしたもの(積(圏論) で述べる積の結合律)による。
等化子:二項積 $B\times B$ があるので、等化子 の命題「対角射の引き戻し」により、平行射 $f,g\colon A\to B$ の等化子は $\langle f,g\rangle$ と対角射の引き戻しとして得られる。
有限極限:極限(圏論) の命題「積と等化子による構成」の証明では、図式 $D\colon\mathcal J\to\mathcal C$ の極限を、対象で添字づけた積 $\prod_jD(j)$ と射で添字づけた積 $\prod_{\alpha}D(k)$ の間の二本の射の等化子として作る。$\mathcal J$ が有限ならこれらは有限積なので、上で作った有限積と等化子で同じ構成ができる。$\square$
この定理は Rie16 Lemma 3.5.15、Lemma 3.5.16、Theorem 3.5.17(pp. 114–115)にあり、Mac98 Chapter III §4, Exercise 10(p. 72)は有限積と等化子の存在までを述べる。双対に、始対象とすべての押し出しをもつ圏はすべての有限余極限をもつ。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 射の一意性 | 集合の圏の二点集合 | 弱終対象が終対象である |
| ループを許す | 単純グラフの圏 | 終対象が存在する |
| 射が写像である | 関係の圏 $\mathbf{Rel}$ | 終対象の台が一点集合 |
| 集合の圏である | 群の圏の $\mathbb Z/2\mathbb Z$ の二つの自己準同型 | 大域元が射を区別する |
| 終対象がある | 整数の順序集合 $(\mathbb Z,\le)$ | 引き戻しをもつ圏が有限極限をもつ |
| 引き戻しをもつ | 順序集合 $x,y< a,b< c$ | 終対象をもつ圏が有限極限をもつ |
5 行目:$(\mathbb Z,\le)$ を圏とみると、$a\to c\leftarrow b$ の引き戻しは $\min(a,b)$ なので引き戻しはすべてあるが、最大元がないので空図式の極限(終対象)がない。6 行目:最大元 $c$ が終対象だが、$a\to c\leftarrow b$ の引き戻しは $a,b$ の最大下界にあたり、共通の下界 $x,y$ に最大のものがないので存在しない(引き戻し の反例の表の 2 行目)。3 行目:関係の圏の終対象は $\emptyset$ であり(ex-terminal-object-relations)、一点集合は終対象でない。
豊穣圏では射集合をHom対象へ替え、豊穣的な終対象には各 $\mathcal A(X,1)$ が基礎圏 $\mathcal V$ の終対象であることを要求する。基礎圏のモノイダル単位と終対象は一般には同じでない。単位からの要素だけを数えることと、Hom対象全体の普遍性を混同しない(Kel82 §3.1)。詳しくは 終対象(豊穣圏) で扱う。
∞-圏の終対象は、全 $X$ について $\operatorname{Map}(X,1)$ が可縮となる対象である。離散的な写像空間では通常の一意性へ戻るが、一般には射の選択だけでなく高次の比較も必要になる(HTT09 §1.2.12)。詳しくは 終対象(∞圏) で扱う。
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