形式的滑らかさ(formal smoothness)とは、環準同型 $A\to B$ やスキームの射 $X\to S$ について、冪零イデアル $N$ をもつ任意の $A$ 代数 $C'$ に対し $A$ 代数の準同型 $B\to C'/N$ がつねに $B\to C'$ に持ち上がるという、無限小の持上げの性質である。持上げが高々 1 つなら形式的不分岐、ちょうど 1 つなら形式的エタールといい、これらに局所有限表示の条件を加えたものが滑らかな射・不分岐射・エタール射である。多項式環や体の分離拡大、$t$ 進位相をもつ $k[\![t]\!]$ は形式的滑らかで、$k[x]/(x^2)$ や純非分離拡大はそうでない。形式的不分岐は $\Omega_{B/A}=0$ と同値で、形式的滑らかなら $\Omega_{B/A}$ は射影加群になり底の導分が持ち上がる。
前提知識: 可換環, 環準同型, 冪零イデアル, Kähler微分, 導分, テンソル積, 局所化, スキーム
形式的滑らかさは、環準同型 $A\to B$(あるいはスキームの射 $X\to S$)について、「冪零な厚みをもつ環への準同型が、その厚みを取り去った環への準同型から復元できるか」を問う性質である。以下、環はすべて可換環で単位元をもち、環準同型は単位元を保つものとする。環準同型 $A\to B$ を備えた環 $B$ を $A$ 代数、$A$ 代数の間の環準同型で $A$ からの構造射と両立するものを $A$ 代数の準同型といい、その全体を $\operatorname{Hom}_A(B,C)$ と書く。イデアル $N\subset C'$ が冪零イデアルであるとは、ある $m\ge1$ について $N^m=0$ となることをいう。
$\varphi\colon A\to B$ を環準同型とする。$A$ 代数 $C'$、その冪零イデアル $N\subset C'$、および $A$ 代数の準同型 $u\colon B\to C'/N$ が与えられたとき、$A$ 代数の準同型 $\tilde{u}\colon B\to C'$ で、射影 $\pi\colon C'\to C'/N$ との合成が $\pi\circ\tilde{u}=u$ となるものを $u$ の持上げ(lifting)という。
$N$ を冪零イデアル全体にわたらせる代わりに、$N^2=0$ をみたすもの(平方零イデアル)だけで確かめれば十分である。これは prop-formal-smoothness-square-zero で示す。
Grothendieck–Dieudonné EGA4 $0_{\mathrm{IV}}$ 19.3.1 と 19.10.2 は、位相環 $A$、$B$(線型位相をもつもの)と連続な環準同型 $A\to B$ に対して定義を述べる。そこでは $C'$ を離散な $A$ 代数、$u$ を連続な準同型($B$ の位相がイデアル進位相なら、核が $B$ の定義イデアルのある冪を含む準同型)に限り、持上げ $\tilde{u}$ にも連続性を要求する。$A$、$B$ に離散位相を入れれば def-formal-smoothness-ring に戻る。本記事では特に断らない限り離散位相で考え、形式的冪級数環 $k[\![t]\!]$ を扱う ex-formal-smoothness-power-series でだけ $t$ 進位相を用いる。位相を入れた定義が要るのは、$k[\![t]\!]$ のような完備化で得られる環を、$k$ 上「無限小の意味で滑らか」とみなしたいからである。
同じ性質をスキームの射について述べる。
$f\colon X\to S$ をスキームの射とする。$f$ が形式的滑らかであるとは、任意のアフィンスキーム $T'=\operatorname{Spec}C'$ と射 $T'\to S$、および $C'$ の冪零イデアル $N$ が定める閉部分スキーム $T=\operatorname{Spec}(C'/N)\subset T'$ について、制限写像
$$
\operatorname{Hom}_S(T',X)\longrightarrow\operatorname{Hom}_S(T,X),\qquad g\longmapsto g|_T
$$
が全射であることをいう。単射であるとき形式的不分岐、全単射であるとき形式的エタールという。$X=\operatorname{Spec}B$、$S=\operatorname{Spec}A$ がともにアフィンのときは $\operatorname{Hom}_S(\operatorname{Spec}C',X)=\operatorname{Hom}_A(B,C')$ なので、この定義は def-formal-smoothness-ring に一致する。
EGA4 IV 17.3.1 は、スキームの射 $f$ が滑らか(smooth)であることを「$f$ が局所有限表示かつ形式的滑らかであること」で定義し、同じく「局所有限表示かつ形式的エタール」をエタール射、「局所有限表示かつ形式的不分岐」を不分岐射の定義とする(不分岐射については局所有限型で足りるとする流儀もある。Stacks)。滑らかな射・エタール射 の記事で採用しているファイバーの条件(平坦射かつ幾何学的ファイバーが正則、平坦かつ不分岐、など)による定義との同値は、それぞれの記事で出典を挙げて述べられている(EGA4 IV 17.5.1・17.6.2)。不分岐射のファイバーによる定義(局所有限型で、各点 $x$ とその像 $s$ について $\mathfrak{m}_s\mathcal{O}_{X,x}=\mathfrak{m}_x$ かつ剰余体の拡大 $\kappa(x)/\kappa(s)$ が有限次分離的)は エタール射 の記事の定義(不分岐な射)にあり、局所有限表示の射についてそれが形式的不分岐性と同値であることは EGA4 IV 17.4.2 による。形式的滑らかさは、これらの「滑らかさ」から有限性の条件を取り去った部分であり、有限性を仮定しない環準同型(体の拡大、完備局所環など)にも意味をもつ点に価値がある。
$\varphi\colon A\to B$ を環準同型とする。def-formal-smoothness-ring の 1(持上げの存在)、2(持上げの一意性)のそれぞれについて、条件を $N^2=0$ をみたすイデアル $N$ に限って確かめれば、冪零イデアル $N$ 全体について成り立つ。スキームの射についても同様である。
$C'$ を $A$ 代数、$N\subset C'$ を $N^m=0$ をみたすイデアル、$u\colon B\to C'/N$ を $A$ 代数の準同型とする。各 $k\ge1$ について $C'_k:=C'/N^k$ とおくと、$C'_1=C'/N$、$C'_m=C'$ であり、自然な全射 $C'_{k+1}\to C'_k$ の核は $N^k/N^{k+1}$ で、その平方は $N^{2k}/N^{k+1}$ の像であり、$2k\ge k+1$ により $0$ である。
存在:平方零の場合に持上げが存在すると仮定する。$k$ に関する数学的帰納法で、$u$ の持上げ $u_k\colon B\to C'_k$($A$ 代数の準同型で、$C'_k\to C'_1$ との合成が $u$)が存在することを示す。$k=1$ では $u_1:=u$ とすればよい。$u_k$ が得られたとき、$C'_{k+1}\to C'_k$ の核は平方零なので、仮定により $u_k$ は $A$ 代数の準同型 $u_{k+1}\colon B\to C'_{k+1}$ に持ち上がり、$u_{k+1}$ と $C'_{k+1}\to C'_1$ の合成は $u_k$ と $C'_k\to C'_1$ の合成、すなわち $u$ である。$k=m$ で $u_m\colon B\to C'$ が求める持上げである。
一意性:平方零の場合に持上げが高々 1 つと仮定し、$\tilde{u},\tilde{u}'\colon B\to C'$ をともに $u$ の持上げとする。$\tilde{u}$、$\tilde{u}'$ と $C'\to C'_k$ の合成を $\tilde{u}_k$、$\tilde{u}'_k$ とおく。$\tilde{u}_1=u=\tilde{u}'_1$ である。$\tilde{u}_k=\tilde{u}'_k$ ならば、$\tilde{u}_{k+1}$ と $\tilde{u}'_{k+1}$ は同じ準同型 $\tilde{u}_k$ の、平方零の核をもつ全射 $C'_{k+1}\to C'_k$ に沿った持上げなので、仮定により一致する。よって帰納法により $\tilde{u}=\tilde{u}_m=\tilde{u}'_m=\tilde{u}'$ である。
スキームの射については、$T'=\operatorname{Spec}C'$ の閉部分スキームの列 $T=\operatorname{Spec}C'_1\subset\operatorname{Spec}C'_2\subset\cdots\subset\operatorname{Spec}C'_m=T'$ について同じ議論を繰り返せばよい。$\square$
$C'$ の冪零イデアル $N$ は、$\operatorname{Spec}C'$ が $\operatorname{Spec}(C'/N)$ と同じ点集合をもちながら「無限小の厚み」をもっていることを表す。したがって形式的滑らかさは、「$X$ への射が、定義域を無限小だけ太らせても延長できる」という性質である。可微分多様体の沈め込み(微分が全射な写像)は、陰関数定理により局所的に射影 $\mathbb{R}^{n}\to\mathbb{R}^{m}$ の形をしているので、曲線や接ベクトルを任意に持ち上げられる。形式的滑らかさはこの持上げの性質を、接ベクトル($N^2=0$ の場合)と高次の無限小(一般の冪零 $N$)について代数的に述べたものである。形式的不分岐はその反対で、「無限小方向に動く余地がない」、すなわち相対的な接ベクトルが $0$ であることを表し(prop-formal-smoothness-unramified-omega)、両方を兼ねる形式的エタールは「無限小の意味で同型」、すなわち逆関数定理が使える写像に当たる。有限性の条件(局所有限表示)を加えたものが滑らかな射・エタール射であり、その場合には Jacobi 行列による判定が可能になる(prop-formal-smoothness-jacobi・thm-formal-smoothness-finite-presentation)。
$k$ を体とする。
$k$ を体とし、$B:=k[\![t]\!]$ に $t$ 進位相、$k$ に離散位相を入れる。このとき $k\to B$ は rem-formal-smoothness-topological の意味で形式的滑らかである。
証明。$C'$ を離散な $k$ 代数、$N\subset C'$ を冪零イデアル、$u\colon B\to C'/N$ を連続な $k$ 代数の準同型とする。連続性により $u$ の核はある $t^m$ を含むので、$\bar{c}:=u(t)$ は $\bar{c}^{\,m}=0$ をみたし、$u\bigl(\sum_na_nt^n\bigr)=\sum_{n< m}a_n\bar{c}^{\,n}$ である。$\bar{c}$ の $C'$ への持上げ $c$ を 1 つとると $c^m\in N$ であり、$N^r=0$ とすれば $c^{mr}=0$ である。そこで
$$
\tilde{u}\Bigl(\sum_{n\ge0}a_nt^n\Bigr):=\sum_{n< mr}a_nc^n
$$
とおく。$\tilde{u}$ は $k[t]/(t^{mr})$ を経由する $k$ 代数の準同型 $B\to C'$ であり($c^{mr}=0$ により $t\mapsto c$ が $k[t]/(t^{mr})\to C'$ を定める)、核が $t^{mr}$ を含むので連続である。$\pi\circ\tilde{u}$ は $\sum a_nt^n$ を $\sum_{n< mr}a_n\bar{c}^{\,n}=\sum_{n< m}a_n\bar{c}^{\,n}$ に送るので $u$ に一致する。$\square$
同じ議論は任意の環 $A$ 上の $A[\![t_1,\dots,t_n]\!]$($(t_1,\dots,t_n)$ 進位相)に通用する(EGA4 $0_{\mathrm{IV}}$ §19.3)。離散位相で $k[\![t]\!]$ を $k$ 代数とみたときに形式的滑らかかどうかは位相を入れた場合とは別の問題であり、本記事では扱わない。完備化した環を「滑らか」とみなすには位相が本質的である。
$k$ を体、$B:=k[x]/(x^2)$ とする(二重数の環)。$k\to B$ は有限型・有限・平坦加群($1,x$ を基底とする自由加群)であるが、形式的滑らかではない。実際、$C':=k[x]/(x^3)$、$N:=(x^2)/(x^3)$ とおくと $N^2=0$、$C'/N=B$ である。$u:=\mathrm{id}_B$ の持上げ $\tilde{u}\colon B\to C'$ があれば、$\tilde{u}(x)$ は $x$ を法 $N$ で持ち上げるので $\tilde{u}(x)=x+ax^2$($a\in k$)と書け、$C'$ において
$$
\tilde{u}(x)^2=x^2+2ax^3+a^2x^4=x^2\neq0
$$
となる。これは $x^2=0$ が $B$ で成り立つことに反する。よって持上げは存在しない。
また $B$ は $k$ 上形式的不分岐でもない。$\Omega_{B/k}=B\,dx/(2x\,dx)$ であり、$2x$ は $B$ の極大イデアル $(x)$ に属して単元でないので $\Omega_{B/k}\neq0$ だからである(prop-formal-smoothness-unramified-omega)。この例は「有限型かつ平坦」という性質をみたすが「形式的滑らか」をみたさず、「有限平坦ならば滑らか」という含意を破る。幾何学的には、$\operatorname{Spec}B$ は $1$ 点に厚みを付けた「太い点」であり、その点でファイバーが被約(被約スキーム)でないので滑らかでない(滑らかな射 の記事の反例(被約でないファイバー))。
$k$ を標数 $p>0$ の体、$K:=k(t)$ を有理関数体、$L:=K(s)$、$s^p=t$ とする($L=K[s]/(s^p-t)$。純非分離拡大)。
環の全射 $A\to A/I$ はつねに形式的不分岐である。$A$ 代数の準同型 $A/I\to C'$ は $A\to C'$ の構造射で決まるので、持上げは高々 1 つだからである。しかし形式的滑らかとは限らない。$p$ を素数とし、$\mathbb{Z}\to\mathbb{Z}/p$ を考える。$C':=\mathbb{Z}/p^2$、$N:=p\mathbb{Z}/p^2\mathbb{Z}$ とおくと $N^2=0$、$C'/N=\mathbb{Z}/p$ である。$u:=\mathrm{id}$ の持上げ $\tilde{u}\colon\mathbb{Z}/p\to\mathbb{Z}/p^2$ は環準同型として $1\mapsto1$ をみたすので $0=\tilde{u}(p\cdot1)=p\cdot1\neq0$ となり矛盾する。よって $\mathbb{Z}\to\mathbb{Z}/p$ は形式的不分岐だが形式的滑らかでなく、閉埋め込み $\operatorname{Spec}\mathbb{F}_p\to\operatorname{Spec}\mathbb{Z}$ は不分岐だがエタールでない。
同じ議論で、全射 $A\to A/I$ が形式的滑らか(したがって形式的エタール)であることと $I=I^2$ とは同値である($I=I^2$ なら $IC'\subset N$ から $IC'=I^mC'\subset N^m=0$ となって構造射が $A/I$ を経由し、逆は $C':=A/I^2$、$N:=I/I^2$ で恒等写像の持上げが全射 $A/I^2\to A/I$ の切断を与えることによる)。
$A$ を環、$I$ を任意の集合とする。多項式環 $P:=A[t_i]_{i\in I}$ は $A$ 上形式的滑らかである。さらに、def-formal-smoothness-ring の持上げは $N$ が冪零でなくても(任意のイデアル $N$ について)存在する。
$C'$ を $A$ 代数、$N\subset C'$ をイデアル、$u\colon P\to C'/N$ を $A$ 代数の準同型とする。各 $i\in I$ について $u(t_i)\in C'/N$ の $C'$ への持上げ $c_i\in C'$ を 1 つ選ぶ($I$ が無限集合のときは選択公理を用いる)。多項式環の普遍性により、$t_i\mapsto c_i$ を満たす $A$ 代数の準同型 $\tilde{u}\colon P\to C'$ がただ 1 つ存在する。$\pi\circ\tilde{u}$ と $u$ はともに $A$ 代数の準同型で、生成元 $t_i$ での値がともに $u(t_i)$ なので一致する。$\square$
$k$ 上の多項式環の局所化 $k[t_1,\dots,t_n]_{\mathfrak{p}}$ や有理関数体 $k(t_1,\dots,t_n)$ が $k$ 上形式的滑らかであることが、この 2 つの命題から従う。
形式的不分岐性は相対 Kähler微分 $\Omega_{B/A}$ の消滅と同値であり、形式的滑らかさは $\Omega_{B/A}$ の射影性と導分の持上げを与える。$\Omega_{B/A}$ の普遍性 $\operatorname{Der}_A(B,M)=\operatorname{Hom}_B(\Omega_{B/A},M)$($M$ は $B$ 加群、$\operatorname{Der}_A(B,M)$ は $A$ 線型な導分 $B\to M$ の全体)は Kähler微分 の記事のとおりとする。$B$ 加群 $M$ に対し、$B\oplus M$ に積 $(b,m)(b',m')=(bb',bm'+b'm)$ を入れた環を $B$ の $M$ による自明な平方零拡大といい $B\ltimes M$ と書く。$M$ は $B\ltimes M$ の平方零イデアルで、$(B\ltimes M)/M=B$ である。
環準同型 $A\to B$ が形式的不分岐であることと $\Omega_{B/A}=0$ とは同値である。
「$\Rightarrow$」:$C':=B\ltimes\Omega_{B/A}$、$N:=\Omega_{B/A}$ とおく。$C'$ は $B$ を経由して $A$ 代数であり、$C'/N=B$ である。$b\mapsto(b,0)$ と $b\mapsto(b,db)$ はともに $A$ 代数の準同型 $B\to C'$ である(後者が乗法的であることは $d(bb')=b\,db'+b'\,db$ により、$A$ 代数の準同型であることは $d(a\cdot1)=0$ による)。どちらも恒等写像 $B\to C'/N=B$ の持上げなので、形式的不分岐性により一致し、すべての $b$ について $db=0$、すなわち $\Omega_{B/A}=0$ である。
「$\Leftarrow$」:$\Omega_{B/A}=0$ とし、$\tilde{u},\tilde{u}'\colon B\to C'$ を同じ $u\colon B\to C'/N$ の持上げとする(prop-formal-smoothness-square-zero により $N^2=0$ としてよい)。$D:=\tilde{u}'-\tilde{u}\colon B\to N$ とおく。$N^2=0$ により、$n\in N$ に対する $\tilde{u}(b)n$ と $\tilde{u}'(b)n$ は差が $D(b)n\in N^2=0$ なので一致し、$N$ は $u$ を通して $B$ 加群になる。$D$ は加法的で、$b,b'\in B$ について
$$
D(bb')=\tilde{u}'(b)\tilde{u}'(b')-\tilde{u}(b)\tilde{u}(b')=\tilde{u}'(b)D(b')+D(b)\tilde{u}(b')=b\,D(b')+b'\,D(b)
$$
であり、$a\in A$ については $\tilde{u}$、$\tilde{u}'$ がともに $A$ 代数の準同型なので $D(a\cdot1)=0$ である。よって $D\in\operatorname{Der}_A(B,N)=\operatorname{Hom}_B(\Omega_{B/A},N)=0$ であり、$\tilde{u}=\tilde{u}'$ である。$\square$
$\varphi\colon A\to B$ を形式的滑らかな環準同型とする。
2 の持上げ $D$ は一般に一意でない。2 つの持上げの差は $\operatorname{Der}_A(B,B)$ の元である(prop-formal-smoothness-unramified-omega の証明と同じ計算)。Grothendieck は 1966 年の講演(Gro68c 3.3)で、この持上げを Cartan のホモトピー公式と組み合わせ、affine かつ形式的滑らかな $X\to S$ の相対 de Rhamコホモロジーに Gauss–Manin接続 を入れた。持上げの非一意性がコホモロジーには影響しないことがその要点である。
$A$ を環、$P:=A[t_1,\dots,t_n]$、$f_1,\dots,f_c\in P$($c\le n$)、$B:=P/(f_1,\dots,f_c)$ とし、Jacobi行列の $c\times c$ 小行列式
$$
\Delta:=\det\Bigl(\frac{\partial f_j}{\partial t_i}\Bigr)_{1\le i,j\le c}
$$
の $B$ での像が単元であるとする($B$ は $A$ 上標準滑らか(standard smooth)であるという)。
これは陰関数定理の証明における Newton 法の 1 段階に当たる。逆に、有限表示の形式的滑らかな代数は局所的に標準滑らかな表示をもつ。
$A\to B$ を有限表示の環準同型とする。
1 の前半は EGA4 IV 17.3.1(定義)と 17.5.1(形式的滑らかさと「平坦かつファイバーが幾何学的正則」の同値)、後半は EGA4 IV 17.11.4 と Stacks Algebra 章「Smooth ring maps」節・「Formally smooth maps」節による。2 は EGA4 $0_{\mathrm{IV}}$ §22.6(Jacobi 判定法)と Stacks 同節、Mat89 §28 による。この定理の証明は本記事の範囲を超えるので上記に譲る。$B$ を有限表示に限らない場合にも、$P$ を $B$ に全射する多項式環(変数は無限個でもよい)とするとき、$B$ が形式的滑らかであることは 2 の列が分裂完全であることと同値である(Stacks「Formally smooth maps」節)。2 の列から左端の単射性を除いた部分は任意の全射 $P\to B$ について成り立つ第 2 基本完全列(Kähler微分)であり、形式的滑らかさの内容は「左端が単射で、しかも分裂する」ことにある。prop-formal-smoothness-jacobi は 2 の「$\Leftarrow$」を、$J$ が $c$ 個の元で生成され Jacobi 行列式が単元の場合に直接示したものである。
EGA4 $0_{\mathrm{IV}}$ 19.6.1、Mat89 定理 26.9 による。$L/K$ が有限生成の場合の「$\Leftarrow$」は本記事の命題から従う:分離的な有限生成拡大は分離生成(MacLane の定理、Mat89 §26)なので、$L$ は有理関数体 $K(t_1,\dots,t_n)$ の有限次分離拡大であり、$K(t_1,\dots,t_n)$ は多項式環の局所化として形式的滑らか(prop-formal-smoothness-polynomial・prop-formal-smoothness-permanence)、有限次分離拡大は形式的エタール(ex-formal-smoothness-polynomial-localization の 3)だから、合成 $K\to L$ は形式的滑らかである。一般の場合は、有限生成部分拡大の帰納極限に沿って持上げを両立させる必要があり、$\Omega_{L/K}$ と $p$ 基底を用いる別の議論(上記文献)が要る。「$\Rightarrow$」は ex-formal-smoothness-inseparable の議論を一般化したもので、非分離なら $K$ のある導分が $L$ に延びないことによる(Mat89 §26・§27)。
$(R,\mathfrak{m},K)$ を体 $k$ を含む Noether 局所環(Noether環かつ局所環)とし、$R$ に $\mathfrak{m}$ 進位相、$k$ に離散位相を入れる。$R$ が $k$ 上形式的滑らか(rem-formal-smoothness-topological の意味)であることと、$R$ が $k$ 上幾何学的に正則であること($k$ の任意の有限次拡大 $k'$ について、Noether 環 $R\otimes_kk'$ のすべての極大イデアルでの局所化が正則局所環であること)とは同値である。特に $k$ が完全体なら、$R$ が $k$ 上形式的滑らかであることと $R$ が正則局所環であることは同値である。
EGA4 $0_{\mathrm{IV}}$ §19.6 と §22.5、Mat89 §28(定理 28.7 とその周辺)による。$R=k[\![t_1,\dots,t_n]\!]$ が $k$ 上形式的滑らかであること(ex-formal-smoothness-power-series)はこの定理の最も基本的な場合であり、逆に、完備な正則局所環 $R$ が $k$ を含み剰余体が $k$ に一致すれば $R\cong k[\![t_1,\dots,t_n]\!]$ である(Cohenの構造定理、Mat89 §29)。この定理は、有限性を仮定しない形式的滑らかさが、完備化や局所環の水準で「正則性」に翻訳されることを示している。有限表示の場合の thm-formal-smoothness-finite-presentation の 1 と合わせると、滑らかな射のファイバーが正則である理由がここから理解できる。
スキームの射 $f\colon X\to S$ が滑らかで、$U\subset X$ が開集合、$U\hookrightarrow T$ が $S$ 上の冪零な閉埋め込み($T$ のイデアル層が冪零)ならば、$T$ の各点のあるアフィン開近傍 $T'$ について $S$ 射 $T'\to X$ で $U\cap T'\to X$ の包含を延長するものが存在する。$T'$ をアフィンにとり、prop-formal-smoothness-square-zero の証明のようにイデアルの冪で段階を分けて持ち上げればよい。これは滑らかな $X$ が無限小近傍から局所的に「レトラクト」をもつことを意味し、結晶コホモロジーで無限小近傍を滑らかなスキームへ埋め込んで計算する際の基礎になる(結晶コホモロジーの構想 の参考書 0-4 頁)。大域的な延長は一般には存在せず、$N^2=0$ の場合、滑らかなスキーム自身を平方零拡大 $S\hookrightarrow S'$ に沿って持ち上げる障害は $H^2(X,T_{X/S}\otimes N)$ に住み、持上げの集合は $H^1(X,T_{X/S}\otimes N)$ の torsor(トーサー)である(変形理論)。標数 $p$ の多様体をWittベクトル環 $W(k)$ の上へ持ち上げる問題(形式スキーム・結晶コホモロジー)はこの障害の消滅の問題である。
Mathpediaは寄付と、参考文献の書籍リンク(Amazonアソシエイト)の紹介料で運営されています。 支援について / 寄付する