多重円板(polydisc)とは、複素平面の円板の直積 $\Delta(a,r)=\{z\in\mathbb{C}^n\mid |z_j-a_j|<r_j\}$ のことであり、多変数の正則関数の理論で 1 変数の円板の役割を担う。閉多重円板の近くで正則な関数は、円周の直積である区別された境界 $T(a,r)$ の上の値から Cauchy の積分公式で復元され、多重円板の上で冪級数 $\sum_\alpha\frac{\partial^\alpha f(a)}{\alpha!}(z-a)^\alpha$ に展開され、絶対値の最大値も $T(a,r)$ の上でとる。一方 $n\ge2$ では単位多重円板と単位球は同相だが双正則でない。非 Archimedes 的な体の上の閉多重円板は Tate 代数の舞台になる。
前提知識: 正則関数, Cauchyの積分公式, 冪級数, 多重指数
多重円板(polydisc)とは、複素平面の円板を $n$ 個掛け合わせた $\mathbb{C}^n$ の部分集合 $\{z\in\mathbb{C}^n\mid |z_j-a_j|< r_j\ (j=1,\dots,n)\}$ のことである。多変数の正則関数の理論では、1 変数の円板の役割を多重円板が担う。多重円板の上では 1 変数の Cauchy の積分公式を変数ごとに繰り返すことができ、そこから正則関数の冪級数展開、Cauchy の評価式、最大値の原理が 1 変数とほぼ同じ形で得られる。
一方で、多重円板は「円板の多変数版」として唯一のものではない。$\mathbb{C}^n$ の単位球も円板の自然な一般化だが、$n\ge2$ では単位球と単位多重円板は同相なのに双正則ではない。この記事では、多重円板の上の Cauchy の積分公式と冪級数展開を証明し、球と双正則でないことを示す。あわせて、絶対値の最大値が「区別された境界」でとられることにも触れる。最後に、非 Archimedes 的な体の上の多重円板にも触れる。
$n\ge1$、$a=(a_1,\dots,a_n)\in\mathbb{C}^n$ とする。
$\Delta(a,r)$ は $\mathbb{C}$ の円板 $\{|z_j-a_j|< r_j\}$ の直積であり、すべての $r_j$ が等しい値 $\rho$ なら、最大値ノルム $\| z\|_\infty:=\max_j|z_j|$ に関する半径 $\rho$ の開球にほかならない。$\overline{\Delta}(a,r)$ はコンパクトで、$T(a,r)$ は円周の直積、つまり実 $n$ 次元のトーラスである。$T(a,r)$ は位相的な境界 $\partial\Delta(a,r)$(実 $2n-1$ 次元)よりずっと小さい。たとえば $n=2$ では
$$
\partial\Delta(0,(1,1))=\bigl(\{|z_1|=1\}\times\{|z_2|\le1\}\bigr)\cup\bigl(\{|z_1|\le1\}\times\{|z_2|=1\}\bigr)
$$
は 2 つの「中身の詰まったトーラス」の和であり、$T=\{|z_1|=|z_2|=1\}$ はその共通部分である。それでも正則関数は $T$ の上の値で決まり(thm-pdisc-cauchy)、絶対値の最大値も $T$ の上でとる(thm-pdisc-max)。
この記事で扱う正則関数は次のものである。
$U\subset\mathbb{C}^n$ を開集合とする。関数 $f\colon U\to\mathbb{C}$ が正則であるとは、$f$ が連続であり、各 $j$ と各点 $z\in U$ について、$z_j$ 以外の変数を止めた 1 変数の関数 $w\mapsto f(z_1,\dots,z_{j-1},w,z_{j+1},\dots,z_n)$ が $w=z_j$ の近くで正則であることをいう。写像 $F=(F_1,\dots,F_m)\colon U\to\mathbb{C}^m$ は、各成分が正則なとき正則という。
連続性の仮定は実は不要である(各変数について正則なら連続になる。Hartogs の定理、Hor90 Theorem 2.2.8、p. 28。この記事では証明しない)。実変数ではこれに当たることが成り立たない(ex-pdisc-real)。
以下、区別された境界の上の積分を、$\zeta_j=a_j+r_je^{i\theta_j}$ による媒介変数表示で
$$
\int_{T(a,r)}g(\zeta)\,d\zeta_1\cdots d\zeta_n:=\int_{[0,2\pi]^n}g\bigl(a+(r_1e^{i\theta_1},\dots,r_ne^{i\theta_n})\bigr)\prod_{j=1}^n\bigl(ir_je^{i\theta_j}\bigr)\,d\theta_1\cdots d\theta_n
$$
と定める($g$ は $T(a,r)$ 上の連続関数)。連続関数の $[0,2\pi]^n$ 上の積分なので、どの順に逐次積分しても同じ値になる。
$U\subset\mathbb{C}^n$ を開集合、$f\colon U\to\mathbb{C}$ を正則とし、閉多重円板 $\overline{\Delta}(a,r)$ が $U$ に含まれるとする。このとき任意の $z\in\Delta(a,r)$ に対し
$$
f(z)=\frac{1}{(2\pi i)^n}\int_{T(a,r)}\frac{f(\zeta)}{(\zeta_1-z_1)\cdots(\zeta_n-z_n)}\,d\zeta_1\cdots d\zeta_n
$$
が成り立つ。
$\overline{\Delta}(a,r)$ はコンパクトで、$U$ の補集合は閉集合なので、両者の(最大値ノルムによる)距離 $\delta$ は正である。$r_j':=r_j+\delta/2$ とおくと $\overline{\Delta}(a,r')\subset U$ である。$z\in\Delta(a,r)$ を固定する。
$\zeta_1,\dots,\zeta_{k}$ を $|\zeta_j-a_j|\le r_j$ を満たす点とし($0\le k< n$)、1 変数の関数 $\varphi(w):=f(\zeta_1,\dots,\zeta_k,w,z_{k+2},\dots,z_n)$ を考える。$|w-a_{k+1}|< r'_{k+1}$ なら変数の点は $\Delta(a,r')$ に入るので $\varphi$ はこの円板の上で正則であり、閉円板 $|w-a_{k+1}|\le r_{k+1}$ はその中に含まれる。よって 1 変数の Cauchy の積分公式(Cauchyの積分公式 の定理「円板に対する Cauchy の積分公式」)により
$$
f(\zeta_1,\dots,\zeta_k,z_{k+1},\dots,z_n)=\frac1{2\pi i}\oint_{|\zeta_{k+1}-a_{k+1}|=r_{k+1}}\frac{f(\zeta_1,\dots,\zeta_{k+1},z_{k+2},\dots,z_n)}{\zeta_{k+1}-z_{k+1}}\,d\zeta_{k+1}
$$
である。$k=0$ のこの式の被積分関数に $k=1$ の式を代入し、さらに $k=2,\dots,n-1$ の式を順に代入すると、$f(z)$ は円周上の $n$ 重の逐次積分
$$
f(z)=\frac1{(2\pi i)^n}\oint\cdots\oint\frac{f(\zeta_1,\dots,\zeta_n)}{(\zeta_1-z_1)\cdots(\zeta_n-z_n)}\,d\zeta_n\cdots d\zeta_1
$$
で表される。被積分関数は $T(a,r)$ の上で連続($f$ は連続で、分母は $0$ にならない)なので、この逐次積分は $[0,2\pi]^n$ 上の積分に等しい。
この公式の右辺は $z$ について微分でき、その導関数も同じ形の積分で表される。
thm-pdisc-cauchy の状況で、$f$ は $\Delta(a,r)$ 上 $C^\infty$ 級であり、任意の多重指数 $\alpha\in\mathbb{N}^n$ に対し、複素偏微分 $\partial^\alpha f=\partial^{|\alpha|}f/\partial z_1^{\alpha_1}\cdots\partial z_n^{\alpha_n}$ は
$$
\partial^\alpha f(z)=\frac{\alpha!}{(2\pi i)^n}\int_{T(a,r)}\frac{f(\zeta)}{(\zeta-z)^{\alpha+\mathbf 1}}\,d\zeta_1\cdots d\zeta_n\qquad(z\in\Delta(a,r))
$$
で与えられ、再び正則である。ここで $\mathbf 1=(1,\dots,1)$、$(\zeta-z)^{\alpha+\mathbf 1}=\prod_j(\zeta_j-z_j)^{\alpha_j+1}$ である(多重指数 の記法)。したがって、開集合 $U$ 上の正則関数は $C^\infty$ 級で、その複素偏導関数はすべて正則である。
要点:被積分関数 $f(\zeta)/\prod_j(\zeta_j-z_j)$ は $z$ について何回でも微分でき、すべての導関数が $(\zeta,z)\in T(a,r)\times K$($K\subset\Delta(a,r)$ はコンパクト)で連続なので、積分記号の下で微分できる。
$K\subset\Delta(a,r)$ をコンパクトとすると、$\eta:=\min_j\min_{z\in K}(r_j-|z_j-a_j|)>0$ であり、$\zeta\in T(a,r)$、$z\in K$ で $|\zeta_j-z_j|\ge\eta$ である。$z$ の関数 $k(\zeta,z):=\prod_j(\zeta_j-z_j)^{-1}$ を $z_j$ について複素微分すると $\partial_{z_j}k=(\zeta_j-z_j)^{-1}k$ であり、帰納的に $\partial_z^\alpha k=\alpha!\,(\zeta-z)^{-(\alpha+\mathbf 1)}$ を得る。$K':=\{z\mid \max_j|z_j-w_j|\le\eta/2\ \text{となる}\ w\in K\ \text{がある}\}$ はコンパクトで、$\zeta\in T(a,r)$、$z\in K'$ で $|\zeta_j-z_j|\ge\eta/2$ だから、これらの導関数は $T(a,r)\times K'$ 上で連続、したがって一様連続である。$z\in K$、$h\in\mathbb{C}$、$|h|\le\eta/2$ なら線分 $z+the_j$($0\le t\le1$)は $K'$ に入り、$k(\zeta,z+he_j)-k(\zeta,z)=h\int_0^1\partial_{z_j}k(\zeta,z+the_j)\,dt$ なので $\bigl|\frac{k(\zeta,z+he_j)-k(\zeta,z)}{h}-\partial_{z_j}k(\zeta,z)\bigr|\le\sup_{0\le t\le1}|\partial_{z_j}k(\zeta,z+the_j)-\partial_{z_j}k(\zeta,z)|$ であり、差分商は $h\to0$ で $\zeta$ について一様に $\partial_{z_j}k$ に収束する。よって $f(\zeta)k(\zeta,z)$ の積分は $z_j$ について複素微分でき、導関数は $f(\zeta)\partial_{z_j}k$ の積分である。これを繰り返して式を得る。右辺は $z$ について連続で、同じ議論で各変数について複素微分可能なので $\partial^\alpha f$ は正則である。実の偏微分 $\partial/\partial x_j$、$\partial/\partial y_j$ は複素微分から $\partial_{z_j}$、$i\partial_{z_j}$ として得られるので、$f$ は $C^\infty$ 級である。最後の主張は、$U$ の各点がそのまわりの小さい閉多重円板を $U$ の中にもつことから従う。
多重円板の上の正則関数は、多重指数で添字づけた冪級数に展開される。冪級数 $\sum_{\alpha\in\mathbb{N}^n}c_\alpha(z-a)^\alpha$ が集合 $K$ 上で正規収束するとは、$\sum_\alpha\sup_{z\in K}|c_\alpha(z-a)^\alpha|<\infty$ となることをいう。このとき和は項の順序によらず、$K$ 上で絶対かつ一様に収束する。
$0< r_j\le\infty$、$f$ を開多重円板 $\Delta(a,r)$ 上の正則関数とする。このとき
$$
f(z)=\sum_{\alpha\in\mathbb{N}^n}\frac{\partial^\alpha f(a)}{\alpha!}(z-a)^\alpha\qquad(z\in\Delta(a,r))
$$
が成り立ち、右辺の級数は $\Delta(a,r)$ の任意のコンパクト部分集合の上で正規収束する。
平行移動して $a=0$ としてよい。$K\subset\Delta(0,r)$ をコンパクトとし、$s_j:=\max_{z\in K}|z_j|< r_j$ とする。$s_j< \rho_j< r_j$ となる有限の $\rho_j$ をとると $\overline{\Delta}(0,\rho)\subset\Delta(0,r)$ であり、thm-pdisc-cauchy を $\Delta(0,r)$ と $\rho$ に使える。$q_j:=s_j/\rho_j< 1$、$M:=\max_{T(0,\rho)}|f|$ とおく。
$\zeta\in T(0,\rho)$、$z\in K$ では $|z_j/\zeta_j|\le q_j< 1$ なので、等比級数により
$$
\frac{1}{\prod_j(\zeta_j-z_j)}=\prod_{j=1}^n\sum_{k=0}^\infty\frac{z_j^{k}}{\zeta_j^{k+1}}=\sum_{\alpha\in\mathbb{N}^n}\frac{z^\alpha}{\zeta^{\alpha+\mathbf 1}}
$$
であり、各項は $\Bigl|\frac{z^\alpha}{\zeta^{\alpha+\mathbf 1}}\Bigr|\le\frac{q^\alpha}{\rho_1\cdots\rho_n}$ を満たす。$\sum_\alpha q^\alpha=\prod_j\frac1{1-q_j}< \infty$ なので、この級数は $T(0,\rho)\times K$ の上で一様に絶対収束し、$f(\zeta)$ を掛けて項別に積分できる。よって
$$
f(z)=\sum_\alpha c_\alpha z^\alpha,\qquad c_\alpha:=\frac1{(2\pi i)^n}\int_{T(0,\rho)}\frac{f(\zeta)}{\zeta^{\alpha+\mathbf 1}}\,d\zeta_1\cdots d\zeta_n
$$
である。$T(0,\rho)$ の各点で $|f(\zeta)\zeta^{-\alpha-\mathbf 1}\prod_j(i\zeta_j)|= |f(\zeta)|\rho^{-\alpha}\le M\rho^{-\alpha}$ なので $|c_\alpha|\le M\rho^{-\alpha}$ であり、$\sup_K|c_\alpha z^\alpha|\le Mq^\alpha$ となって級数は $K$ 上で正規収束する。最後に、cor-pdisc-derivatives で $z=0$ とおくと $\partial^\alpha f(0)=\alpha!\,c_\alpha$ である。特に係数 $c_\alpha$ は $\rho$ の選び方によらない。
逆に、冪級数が 1 点で有界な項をもてば、それより小さい多重円板の上で正則関数を定める。
冪級数 $\sum_\alpha c_\alpha z^\alpha$ と、すべての成分が $0$ でない $w\in\mathbb{C}^n$ について $M:=\sup_\alpha|c_\alpha w^\alpha|< \infty$ とする。このとき級数は $\Delta(0,(|w_1|,\dots,|w_n|))$ の任意のコンパクト部分集合の上で正規収束し、その和はこの開多重円板の上の正則関数である。
要点:コンパクト集合の上で $|c_\alpha z^\alpha|\le Mq^\alpha$($q_j<1$)と押さえ、正則性は 1 変数の Weierstrass の定理を変数ごとに使う。
コンパクト集合 $K$ に対し $q_j:=\max_{z\in K}|z_j|/|w_j|< 1$ とおくと、$z\in K$ で $|c_\alpha z^\alpha|\le|c_\alpha w^\alpha|q^\alpha\le Mq^\alpha$ であり、$\sum_\alpha q^\alpha=\prod_j(1-q_j)^{-1}< \infty$ である。よって正規収束する。$\alpha$ を $|\alpha|$ の小さい順に並べた部分和は多項式で、和に局所一様収束するから、和は連続である。各変数について、他の変数を止めた部分和は 1 変数の多項式で、和に局所一様収束するので、1 変数の Weierstrass の定理(Cauchyの積分公式 の系「Weierstrass の定理」)により和は各変数について正則である。
$n=2$ の冪級数 $\sum_{k=0}^\infty(z_1z_2)^k$ は、$|z_1z_2|< 1$ で $\frac1{1-z_1z_2}$ に絶対収束し、$|z_1z_2|\ge1$ では項が $0$ に近づかないので収束しない。収束する点の集合 $\{|z_1z_2|< 1\}$ は多重円板ではない。実際、$(2,\frac14)$ と $(\frac14,2)$ を含む原点中心の多重円板は $r_1,r_2>2$ を満たし、$|z_1z_2|=3.61$ の点 $(1.9,1.9)$ も含んでしまう。この集合は多重円板 $\Delta(0,(s,1/s))$($s>0$)の和集合であり、prop-pdisc-abel のとおり、収束する点 $w$ ごとにその内側の多重円板全体で収束している。1 変数では収束域が円板(と境界の一部)に限られるのに対し、多変数では冪級数の収束域の形は多様である。
1 変数の最大値の原理は、多重円板では位相的な境界でなく区別された境界 $T(a,r)$ の上の最大値で内部を押さえる形になる。
$g$ が閉円板 $|w-c|\le\rho$ を含む開集合の上で正則なら、$|w-c|\le\rho$ を満たすすべての $w$ について $|g(w)|\le\max_{|\zeta-c|=\rho}|g(\zeta)|$ である。
要点:$g^m$ に Cauchy の積分公式を使って $|g(w)|^m\le CM^m$ とし、$m$ 乗根をとって $m\to\infty$ とする。
円周上の点では明らかなので $|w-c|< \rho$ とし、右辺を $M$ とおく。$m\ge1$ について $g^m$ に 1 変数の Cauchy の積分公式を使うと、$|\zeta-w|\ge\rho-|w-c|$ なので$$|g(w)|^m\le\frac1{2\pi}\cdot2\pi\rho\cdot\frac{M^m}{\rho-|w-c|}$$である。$m$ 乗根をとると $|g(w)|\le M\bigl(\rho/(\rho-|w-c|)\bigr)^{1/m}$ で、$m\to\infty$ とすれば $|g(w)|\le M$ を得る。
$f$ が閉多重円板 $\overline{\Delta}(a,r)$ を含む開集合 $U$ の上で正則なら、
$$
\max_{z\in\overline{\Delta}(a,r)}|f(z)|=\max_{\zeta\in T(a,r)}|f(\zeta)|
$$
である。
要点:lem-pdisc-one-variable を第 1 変数から順に使い、変数を 1 つずつ円周 $|\zeta_j-a_j|=r_j$ の上へ動かすと、$|f(z)|\le|f(\zeta)|$ となる $\zeta\in T(a,r)$ が得られる。
$T(a,r)\subset\overline{\Delta}(a,r)$ なので左辺は右辺以上である。prf-pdisc-cauchy と同じく $r'_j>r_j$ を $\overline{\Delta}(a,r')\subset U$ ととる。$z\in\overline{\Delta}(a,r)$ とする。$w\mapsto f(w,z_2,\dots,z_n)$ は $|w-a_1|< r'_1$ で正則なので、lem-pdisc-one-variable により $|\zeta_1-a_1|=r_1$ を満たすある $\zeta_1$ で $|f(z)|\le|f(\zeta_1,z_2,\dots,z_n)|$ となる(円周はコンパクトなので最大値をとる点がある)。同様に第 2 変数について $|f(\zeta_1,z_2,\dots,z_n)|\le|f(\zeta_1,\zeta_2,z_3,\dots,z_n)|$ となる $\zeta_2$($|\zeta_2-a_2|=r_2$)があり、これを $n$ 回繰り返すと $|f(z)|\le|f(\zeta)|$ となる $\zeta\in T(a,r)$ が得られる。
単位双円板の閉包の上で、$f(z)=z_1z_2$ の絶対値の最大値 $1$ をとる点は $|z_1||z_2|=1$、すなわち $|z_1|=|z_2|=1$ の点であり、ちょうど $T$ である。$f(z)=z_1$ では最大値 $1$ を $\{|z_1|=1\}\times\{|z_2|\le1\}$ の全体でとる。どちらの場合も最大値は $T$ の上でとられている。
$n\ge2$ のとき、単位球 $\mathbb{B}_n:=\{z\in\mathbb{C}^n\mid|z_1|^2+\cdots+|z_n|^2< 1\}$ と $\mathbb{D}^n$ はどちらも有界で凸であり、互いに同相だが、正則な写像では移り合わない。連続写像 $F\colon X\to Y$ が固有であるとは、$Y$ の任意のコンパクト集合の逆像がコンパクトであることをいう。同相写像は固有であるから、双正則写像(正則な全単射で逆写像も正則なもの)も固有である。
$V\subset\mathbb{C}^m$ を連結な開集合、$G=(G_1,\dots,G_n)\colon V\to\mathbb{C}^n$ を正則写像とし、$V$ 上で $|G_1|^2+\cdots+|G_n|^2=1$ とする。このとき $G$ は定数である。
要点:正則関数 $g$ では $\partial_{z_i}\partial_{\bar z_i}|g|^2=|\partial_{z_i}g|^2$ なので、$\sum_j|G_j|^2$ が定数なら導関数がすべて消える。
$G$ は $C^\infty$ 級である(cor-pdisc-derivatives)。変数 $z_i=x_i+iy_i$ について $\partial_{z_i}=\frac12(\partial_{x_i}-i\partial_{y_i})$、$\partial_{\bar z_i}=\frac12(\partial_{x_i}+i\partial_{y_i})$ とおくと、正則関数 $g$ は $\partial_{\bar z_i}g=0$、$\partial_{z_i}\bar g=\overline{\partial_{\bar z_i}g}=0$ を満たし、$\partial_{z_i}g$ は複素微分に等しい。よって$$\partial_{z_i}\partial_{\bar z_i}\bigl(g\bar g\bigr)=\partial_{z_i}\bigl(g\,\overline{\partial_{z_i}g}\bigr)=|\partial_{z_i}g|^2$$である。仮定の等式の両辺にこれを当てると $\sum_j|\partial_{z_i}G_j|^2=0$、すなわちすべての $i,j$ で $\partial_{z_i}G_j=0$ である。よって $G_j$ の実の偏導関数はすべて $0$ で、$V$ は連結なので $G$ は定数である。
$n\ge2$ とする。
$\| z\|_\infty=\max_j|z_j|$、$\| z\|_2=(\sum_j|z_j|^2)^{1/2}$ とし、$\varphi(z):=\frac{\| z\|_\infty}{\| z\|_2}z$($z\ne0$)、$\varphi(0)=0$ とおく。$\|\varphi(z)\|_2=\| z\|_\infty$ なので $\varphi$ は $\mathbb{D}^n$ を $\mathbb{B}_n$ に写し、$\psi(u):=\frac{\| u\|_2}{\| u\|_\infty}u$($u\ne0$)、$\psi(0)=0$ が逆写像である。$\psi(\varphi(z))=z$、$\varphi(\psi(u))=u$ は直接確かめられる。$\varphi$、$\psi$ は原点以外で連続で、$\|\varphi(z)\|_2=\| z\|_\infty$、$\|\psi(u)\|_\infty=\| u\|_2$ なので原点でも連続である。よって $\varphi$ は同相写像である。
$n=2$ の主張 2 は Rothstein(1935)による(LebT26 Theorem 1.4.4、p. 33)。球と多重円板が双正則でないことは Poincaré が自己同型群を比べて示したのが最初で、完全な証明は H. Cartan による(同 p. 33)。1 変数では Riemann の写像定理により、$\mathbb{C}$ と異なる単連結な領域はすべて単位円板と双正則であり、多変数ではこれに当たることが成り立たない。
$K$ を非自明な非 Archimedes 的絶対値 $|\cdot|$($|x+y|\le\max(|x|,|y|)$)について完備な体とする。$p$ 進数体 $\mathbb{Q}_p$ が代表例である。$r_j>0$ に対し、$K^n$ の閉多重円板 $\{x\in K^n\mid |x_j|\le r_j\}$ が同じように定まり、$r=(1,\dots,1)$ のものを閉単位多重円板という。閉多重円板は $K$ の位相で開集合でもあるので、ここでは冪級数の収束で多重円板を調べる($\mathbb{N}^n$ を添字とする級数の収束は項の順序によらない意味で考える)。
$r_j\in|K^\times|$($j=1,\dots,n$)とし、$c_\alpha\in K$ とする。次は同値である。
要点:非 Archimedes 的な絶対値では、級数が収束することと項が $0$ に近づくことが同値になる。
$\mathbb{N}^n$ を添字とする級数 $\sum_\alpha b_\alpha$ が $s$ に収束するとは、任意の $\varepsilon>0$ に対し有限集合 $F_\varepsilon\subset\mathbb{N}^n$ があって、$F_\varepsilon$ を含む任意の有限集合 $G$ で $|\sum_{\alpha\in G}b_\alpha-s|< \varepsilon$ となることをいう。
まず一般の $b_\alpha\in K$ について、$\sum_\alpha b_\alpha$ が収束することと $b_\alpha\to0$ が同値であることを示す。収束するなら、$\varepsilon$ に対する $F_\varepsilon$ の外の $\beta$ について $|b_\beta|=|\sum_{F_\varepsilon\cup\{\beta\}}b-\sum_{F_\varepsilon}b|< 2\varepsilon$ なので $b_\alpha\to0$ である。逆に $b_\alpha\to0$ なら $E_\varepsilon:=\{\alpha\mid|b_\alpha|\ge\varepsilon\}$ は有限で、$E_\varepsilon$ を含む有限集合 $G,G'$ について、非 Archimedes 的な不等式により $|\sum_Gb-\sum_{G'}b|\le\max_{\alpha\in G\triangle G'}|b_\alpha|< \varepsilon$ である。$\mathbb{N}^n$ を有限集合の増大列 $G_1\subset G_2\subset\cdots$ で尽くすと $\sum_{G_m}b$ は Cauchy 列なので、$K$ の完備性によりある $s$ に収束し、上の評価から級数は $s$ に収束する。
3 ⇒ 1:$|x_j|\le r_j$ なら $|c_\alpha x^\alpha|\le|c_\alpha|r^\alpha\to0$ なので収束する。1 ⇒ 2:$r_j\in|K^\times|$ なので $|x_j|=r_j$ となる $x_j\in K$ がある。2 ⇒ 3:その $x$ で $|c_\alpha x^\alpha|=|c_\alpha|r^\alpha$ であり、収束するので $0$ に近づく。評価:有限部分和の絶対値は非 Archimedes 的な不等式で $\max|c_\alpha x^\alpha|\le\max_\alpha|c_\alpha|r^\alpha$ 以下で、極限でも保たれる。
$r=(1,\dots,1)$ のとき条件 3 を満たす冪級数全体が Tate代数 であり、prop-pdisc-nonarch はその記事の補題「閉単位多重円板上の収束」の半径を一般にしたものである。$r=(1,\dots,1)$ のとき $\max_\alpha|c_\alpha|$ は Tate 代数の Gauss ノルムであり(BGR84 第 5 章冒頭、p. 191 と §5.1.1、p. 192)、$\max_\alpha|c_\alpha|r^\alpha$ はその多重半径 $r$ の版である。閉単位多重円板より少し大きい多重円板の上で収束する冪級数が 過収束級数 である。条件 3 ⇒ 1 は複素数では成り立たない(ex-pdisc-complex-boundary)。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| $f$ が正則(調和関数にする) | $h(z)=\lvert z_1\rvert^2-\lvert z_2\rvert^2$ | thm-pdisc-max |
| 変数が複素数(実変数で変数ごとに解析的) | $f(x,y)=\frac{xy}{x^2+y^2}$、$f(0,0)=0$ | 連続性と冪級数展開 |
| $n\ge2$ | $n=1$:$\mathbb{D}=\mathbb{B}_1$ | thm-pdisc-ball |
| 絶対値が非 Archimedes 的 | $\mathbb{C}$ 上の $\sum_k z^k/k$ | prop-pdisc-nonarch の 3 ⇒ 1 |
$h(z)=|z_1|^2-|z_2|^2$ は $\mathbb{C}^2=\mathbb{R}^4$ 上の調和関数である($|z_1|^2=x_1^2+y_1^2$ の Laplacian は $4$、$|z_2|^2$ も $4$ で打ち消し合う)。単位双円板の閉包の上で $h$ の最大値は $1$ で、$|z_1|=1$、$z_2=0$ でとるが、$T=\{|z_1|=|z_2|=1\}$ の上では $h=0$ である。$h$ は調和なので最大値を位相的な境界でとるが、正則ではないので区別された境界でとるとは限らない。
$f(x,y)=\frac{xy}{x^2+y^2}$($f(0,0)=0$)は変数ごとには解析的だが、$f(t,t)=\frac12$ なので原点で連続でなく、原点の近くで冪級数に展開できない。
$f(x,y)=\frac{xy}{x^2+y^2}$($(x,y)\ne(0,0)$)、$f(0,0)=0$ とする。$y\ne0$ を止めると $x\mapsto\frac{xy}{x^2+y^2}$ は実数の極をもたない有理関数で、$\mathbb{R}$ 上の各点の近くで収束冪級数に展開される。$y=0$ では恒等的に $0$ である。$x$ を止めた場合も同様である。しかし $f(t,t)=\frac12$ なので $f$ は原点で連続でなく、原点の近くで収束する 2 変数の冪級数で表すこともできない(そのような級数の和は連続である)。複素変数では、変数ごとに正則なら連続で冪級数に展開される(def-pdisc-holomorphic の後の注意)。
$\mathbb{C}$ 上の $\sum_{k\ge1}z^k/k$ は $r=1$ で $|1/k|\cdot1^k\to0$ を満たすが、$z=1$ で発散するので、複素数では条件 3 から条件 1 は出ない。
$\mathbb{C}$ 上の冪級数 $\sum_{k\ge1}z^k/k$ は $z=-1$ で(交代級数として)収束するが、$z=1$ では調和級数になり発散する。$z=-1$ では番号順の和としては収束するが、prop-pdisc-nonarch の意味(項の順序によらない収束)では収束しない。複素数では順序によらない収束は絶対収束と同じなので、その意味では条件 2 ⇒ 1 は複素数でも成り立ち、崩れるのは 3 ⇒ 1 である。収束が絶対収束でないことと、項 $z^k/k$ が $0$ に近づくだけでは複素数の級数が収束しないことが、非 Archimedes 的な場合との違いである。
Mathpediaは寄付と、参考文献の書籍リンク(Amazonアソシエイト)の紹介料で運営されています。 支援について / 寄付する