箙の表現

同義語:quiver representationrepresentation of a quiver

概要

箙の表現(quiver representation)とは、有向グラフである箙の各頂点にベクトル空間を、各矢にその向きに沿う線形写像を割り当てたものである。表現の射は矢写像と可換する頂点ごとの線形写像の族であり、表現は圏をなす。有限頂点箙では、箙の表現の圏は道多元環の左加群の圏と同値になる。この対応により、加群の問題を頂点と矢に分解された線形代数として扱える。有限箙の道多元環が有限次元であることは、箙に有向サイクルがないことと同値である。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: , ベクトル空間, 線形写像, 加群

定義

箙の表現は、頂点と矢からなる有向グラフに、ベクトル空間と線形写像を配置したものである。以下では体 $K$ を固定する。

(quiver)$Q$ とは、頂点集合 $Q_0$、矢集合 $Q_1$、各矢の始点と終点を与える写像
$$ s,t\colon Q_1\to Q_0 $$
からなる四つ組 $(Q_0,Q_1,s,t)$ のことである。矢 $a\in Q_1$ について $s(a)=i$$t(a)=j$ であることを $a\colon i\to j$ と書く。
矢の列 $p=a_n\cdots a_2a_1$であるとは、$t(a_r)=s(a_{r+1})$$1\le r< n$ で成り立つことをいう。この道は最初に $a_1$、最後に $a_n$ を通る。各頂点 $i$ には長さ $0$ の道 $e_i\colon i\to i$ がある。始点と終点が一致する長さが正の道を有向サイクルという。

箙の表現

$Q$$K$ 上の表現(representation)$V$ とは、次のデータである。

  1. 各頂点 $i\in Q_0$ に対する $K$-ベクトル空間 $V_i$
  2. 各矢 $a\colon i\to j$ に対する $K$-線形写像 $V_a\colon V_i\to V_j$
    すべての $V_i$ が有限次元であるとき、$V$点ごとに有限次元な表現という。さらに $\sum_{i\in Q_0}\dim_K V_i<\infty$ であるとき、$V$有限次元表現という。$Q_0$ が有限ならば、この二つの有限次元性は一致する。
    有限次元表現 $V$次元ベクトル
    $$ \underline{\dim}\,V=(\dim_K V_i)_{i\in Q_0} $$
    である。

$p=a_n\cdots a_1$ に沿う写像を
$$ V_p:=V_{a_n}\circ\cdots\circ V_{a_1} $$
と定め、$V_{e_i}:=\operatorname{id}_{V_i}$ と約束する。この記法により、箙の表現は、箙から道を合成して得られる圏から $K$-ベクトル空間の圏への函手と見ることもできる。

表現の射

$Q$ の二つの表現 $V,W$ の間の $f\colon V\to W$ とは、各頂点 $i$ における線形写像 $f_i\colon V_i\to W_i$ の族であって、すべての矢 $a\colon i\to j$ に対して
$$ f_j\circ V_a=W_a\circ f_i $$
を満たすものをいう。頂点ごとの合成と恒等写像により、$Q$$K$ 上の表現とその射は圏 $\operatorname{Rep}_K(Q)$ をなす。

射の条件は「先に表現の矢を進んでから $f$ を施す」経路と、「先に $f$ を施してから矢を進む」経路が一致することを表す。したがって表現の同型 $f\colon V\to W$ とは、各 $f_i$ が同型であり、これらがすべての矢写像と両立することである。

道多元環

道多元環

$Q$道多元環(path algebra)$KQ$ とは、$Q$ のすべての道を基底とする $K$-ベクトル空間に、道の連結で積を定めた結合的 $K$-多元環である。
$p\colon i\to j$$q\colon j\to k$ に対して、積 $qp$ は「先に $p$、次に $q$」と進む道とする。終点と始点が合わなければ積を $0$ とし、双線形に延長する。長さ $0$ の道は
$$ e_i^2=e_i,\qquad e_ie_j=0\quad(i\ne j) $$
を満たす。

頂点集合 $Q_0$ が有限ならば $1=\sum_{i\in Q_0}e_i$$KQ$ の単位元である。頂点が無限個なら、この和は $KQ$ の元ではなく、通常の意味での単位元は存在しない。本記事で道多元環の加群を扱うときは、特に断らない限り $Q_0$ は有限とする。

道多元環の有限次元性

$Q$ を有限箙、すなわち $Q_0$$Q_1$ が有限集合である箙とする。このとき、$KQ$ が有限次元 $K$-ベクトル空間であることと、$Q$ が有向サイクルを持たないことは同値である。

証明

$Q$ が有向サイクル $c$ を持つとする。任意の正の整数 $m$ に対して $c^m$ は道であり、その長さは $m$ に比例して増える。異なる長さの道は異なる基底元なので、$KQ$ は無限個の一次独立な元を持ち、無限次元である。
逆に $Q$ が有向サイクルを持たないとする。道の中で同じ頂点が二度現れれば、その二度の出現の間が有向サイクルになる。したがって、どの道も各頂点を高々一度しか通らず、その長さは $|Q_0|-1$ 以下である。$Q_1$ は有限集合なので、長さがこの上界以下の矢の列は有限個しかない。従って道全体が有限集合であり、それを基底とする $KQ$ は有限次元である。

表現と加群の対応

箙表現を道多元環へ移すと、各頂点に分散していたベクトル空間と矢写像を一つの加群作用にまとめられる。逆に、道多元環の冪等元 $e_i$ は加群を頂点ごとの成分に切り分ける。この二つの操作は互いに逆である。

箙表現と道多元環加群の同値

$Q$ を頂点集合が有限な箙とする。$Q$$K$ 上の表現の圏 $\operatorname{Rep}_K(Q)$ と左 $KQ$-加群の圏 $KQ\text{-}\operatorname{Mod}$ は同値である。この同値は有限次元表現と有限次元左 $KQ$-加群を対応させる。

証明

表現 $V$ に対して
$$ M(V):=\bigoplus_{i\in Q_0}V_i $$
とおく。頂点の道 $e_i$$M(V)$$V_i$ へ射影するものとして作用させる。道 $p\colon i\to j$ は、$V_i$ 上では $V_p\colon V_i\to V_j$ として作用し、他の直和成分上では $0$ として作用させる。道の積の定義と $V_{qp}=V_q\circ V_p$ により、これは $KQ$ の左作用を定める。表現の射 $f=(f_i)_i$ に対して $M(f):=\bigoplus_i f_i$ とおけば、矢との可換条件からすべての道の作用と可換するので、$M(f)$$KQ$-線形である。従って函手
$$ M\colon \operatorname{Rep}_K(Q)\to KQ\text{-}\operatorname{Mod} $$
を得る。
逆に左 $KQ$-加群 $N$ に対して、頂点 $i$ の空間を $N_i:=e_iN$ とする。$1=\sum_i e_i$ と冪等元の直交性から
$$ N=\bigoplus_{i\in Q_0}e_iN $$
である。矢 $a\colon i\to j$ について、左乗法で
$$ N_a\colon e_iN\to e_jN,\qquad x\mapsto ax $$
を定める。実際、道多元環では $a=e_jae_i$ なので $ax\in e_jN$ である。$KQ$-線形写像 $g\colon N\to N'$$g(e_ix)=e_ig(x)$ を満たすため、制限 $g_i\colon e_iN\to e_iN'$ は表現の射をなす。これで函手
$$ R\colon KQ\text{-}\operatorname{Mod}\to\operatorname{Rep}_K(Q) $$
を得る。
$V$ から $M(V)$ を作って $R$ を施すと、$e_iM(V)=V_i$ であり、矢の作用も元の $V_a$ であるから $R(M(V))=V$ である。一方、$N$ から $R(N)$ を作って $M$ を施すと、上の直和分解により $M(R(N))=\bigoplus_i e_iN$$N$ と自然に同型である。この同型は各道の作用と両立する。従って二つの函手は互いに逆な同値を与える。最後に、有限直和 $M(V)=\bigoplus_iV_i$ の次元は $\sum_i\dim_KV_i$ なので、有限次元性も保たれる。

この定理により、箙の表現に対する核、余核、直和などは頂点ごとに計算できる。例えば射 $f\colon V\to W$ の核は頂点 $i$$\ker f_i$ を取り、矢写像を $V_a$ の制限として得られる。可換条件により $V_a(\ker f_i)\subseteq\ker f_j$ なので、この構成は実際に表現をなす。

一つの矢

$1\xrightarrow{a}2$ の表現は、一つの線形写像
$$ V_a\colon V_1\to V_2 $$
にほかならない。表現の射は線形写像の可換正方形である。道は $e_1,e_2,a$ の三つなので、道多元環 $KQ$ は3次元である。

有限次元の場合、この例は線形写像の階数標準形を表現の直和分解として読み替えられる。

一つの矢の表現の分解

$Q$ を箙 $1\to2$ とする。次の三つの表現を考える。

  • $S_1=(K\to0)$
  • $S_2=(0\to K)$
  • $P=(K\xrightarrow{\operatorname{id}}K)$
    有限次元表現 $V=(V_1\xrightarrow{f}V_2)$
    $$ V\cong S_1^{\oplus\dim\ker f}\oplus P^{\oplus\operatorname{rank}f}\oplus S_2^{\oplus\dim\operatorname{coker}f} $$
    と分解する。
証明

$V_1$ の部分空間 $U$$V_1=\ker f\oplus U$ となるように選ぶ。このとき $f|_U\colon U\to\operatorname{im}f$ は同型である。また $V_2=\operatorname{im}f\oplus C$ となる補空間 $C$ を選ぶ。すると線形写像 $f$ は直和分解
$$ (\ker f\to0)\oplus(U\xrightarrow{f|_U}\operatorname{im}f)\oplus(0\to C) $$
に分かれる。基底を選べば第1項は $S_1^{\oplus\dim\ker f}$、第2項は $P^{\oplus\dim U}$、第3項は $S_2^{\oplus\dim C}$ に同型である。$\dim U=\operatorname{rank}f$$\dim C=\dim\operatorname{coker}f$ より主張を得る。

一つのループ

一頂点と一つのループ $x$ からなる箙の表現は、一つのベクトル空間 $V$ と自己線形写像 $T\colon V\to V$ の組である。道多元環は多項式環 $K[x]$ に同型であり、対応する $K[x]$-加群では $x$$T$ として作用する。したがって、この箙の有限次元表現の分類は、一つの線形作用素の相似類の分類と同じ問題である。

交換関係を課した箙

頂点 $1,2,3,4$ と矢
$$ 1\xrightarrow{a}2\xrightarrow{b}4, \qquad 1\xrightarrow{c}3\xrightarrow{d}4 $$
からなる箙を考える。表現に $V_bV_a=V_dV_c$ という条件を課すことは、道多元環を関係式 $ba-dc$ が生成する両側イデアルで割った多元環の加群を考えることに対応する。このように、箙と道の間の関係式を組にしたものを関係付き箙または束縛箙と呼ぶ。

反例と注意

次元ベクトルだけでは表現を決められない

一つのループを持つ箙について、各 $\lambda\in K$ に対し一次元表現 $V^{(\lambda)}$ を、頂点の空間を $K$、ループの写像をスカラー倍 $\lambda\operatorname{id}_K$ として定める。すべての $V^{(\lambda)}$ は同じ次元ベクトル $(1)$ を持つ。
しかし $V^{(\lambda)}\cong V^{(\mu)}$ なら、零でないスカラー倍 $f\colon K\to K$
$$ f\circ(\lambda\operatorname{id})=(\mu\operatorname{id})\circ f $$
を満たすので、$\lambda=\mu$ でなければならない。従って $\lambda\ne\mu$ なら二つの表現は同型でない。これは「次元ベクトルが等しいなら表現は同型である」という含意を破る反例である。

有限箙と有限次元道多元環の違い

頂点と矢が有限個であっても、道多元環が有限次元とは限らない。一つのループを持つ箙は有限箙であるが、$1,x,x^2,\ldots$ に対応する道が無限にあり、道多元環は $K[x]$ である。有限箙に対し有限次元性を保証する追加条件は、有向サイクルがないことである。

多元環の表現論との関係

有限次元 $K$-多元環 $A$ を箙で記述するときは、一般に道多元環そのものではなく、関係式のイデアル $I$ による商 $KQ/I$ を用いる。$KQ/I$-加群は、$Q$ の表現であって $I$ に属する道の線形結合がすべて零写像として作用するものと同じである。このため箙は有限次元多元環の加群圏を具体的な線形代数へ翻訳する基本的な道具になる。
ただし「多元環の表現論」は箙の表現論より広い主題であり、両者は同義ではない。また、任意の有限次元多元環が追加条件なしで一意な箙の道多元環に等しいわけでもない。多元環を $KQ/I$ として表示する定理には、底体、有限次元性、基本多元環への移行、イデアルの許容性などの仮定が関わる。本記事では、仮定なしの過大な主張を避け、箙表現と $KQ$-加群の基本的な同値までを扱った。

関連項目

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