双正則写像

同義語:双正則同型biholomorphic mapbiholomorphism

概要

双正則写像(biholomorphic map)とは、$\mathbb C^n$ の開集合や複素多様体の間の正則な全単射で、逆写像も正則であるものである。双正則写像で移り合う領域の上では正則関数の理論が同じになるので、領域を双正則同値で分類することが複素解析の基本問題になる。単位円板の自己同型は Schwarz の補題から $e^{i\theta}(z-a)/(1-\bar az)$ の形に限られ、複素平面の自己同型は 1 次式に限られる。平面と円板は同相だが双正則でなく、多変数では単位球と多重円板が双正則でないなど、一変数の Riemann の写像定理に当たる分類は成り立たない。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 正則関数, 正則写像, 複素多様体, Liouvilleの定理(複素解析)

双正則写像とは

双正則写像(biholomorphic map, biholomorphism)とは、正則な全単射で、逆写像も正則であるものをいう。二つの領域の間に双正則写像があれば、一方の上の正則関数は写像で引き戻して他方の上の正則関数になり、正則関数の理論は二つの領域で同じになる。そのため複素解析では、領域を双正則写像で移り合うかどうかで分類することが基本的な問題になる。
以下、$\mathbb D:=\{z\in\mathbb C : \lvert z\rvert<1\}$ を単位円板とする。$\mathbb C^n$ の開集合 $U$ 上の写像 $F=(F_1,\dots,F_m)\colon U\to\mathbb C^m$ が正則とは、各成分 $F_j$ が $n$ 変数の正則関数であることをいい、点 $a$ での複素 Jacobi 行列を $JF(a):=\bigl(\partial F_i/\partial z_j(a)\bigr)_{i,j}$ と書く。

双正則写像

$U,V$ を $\mathbb C^n$ の開集合とする。正則写像 $F\colon U\to V$ が全単射で、逆写像 $F^{-1}\colon V\to U$ も正則であるとき、$F$ を双正則写像という。このような $F$ があるとき、$U$ と $V$ は双正則同値であるという。$U$ から $U$ 自身への双正則写像を $U$ の自己同型といい、その全体を $\operatorname{Aut}(U)$ と書く。
複素多様体 $X,Y$ の間の写像についても、正則な全単射で逆写像も正則なものを双正則写像という。ここで写像の正則性は、局所座標で表したときの正則性で定める(正則写像)。

双正則同値と自己同型群

双正則同値は同値関係であり、$\operatorname{Aut}(U)$ は写像の合成について群になる。双正則写像 $F$ は同相写像であり、各点 $a$ で $JF(a)$ は可逆行列である。

恒等写像は双正則で、双正則写像の逆写像は定義から双正則である。正則写像の合成は正則だから(正則写像 の「正則写像の連鎖律」)、双正則写像の合成は双正則である。これで同値関係であることと、$\operatorname{Aut}(U)$ が群であることが分かる。正則写像は連続なので $F$ と $F^{-1}$ は連続であり、$F$ は同相写像である。$G:=F^{-1}$ として $G\circ F=\mathrm{id}$ を連鎖律で微分すると $JG(F(a))\,JF(a)=I$ となるので、正方行列 $JF(a)$ は可逆である。$\square$

逆向きに、$\det JF(a)\neq0$ なら $F$ は $a$ の近くで双正則になる(正則写像 の「正則な逆写像定理」)。ただしこれは局所的な主張である。

局所的には双正則だが単射でない写像

$\exp\colon\mathbb C\to\mathbb C\setminus\{0\}$ は全射で、どの点でも導関数 $e^z$ が $0$ でないので、各点の近くで双正則である。しかし $\exp(z+2\pi i)=\exp z$ なので単射でなく、双正則写像ではない。帯 $\{z : 0<\operatorname{Im}z<2\pi\}$ に制限すれば単射になり、$\mathbb C$ から半直線 $[0,\infty)$ を除いた領域への双正則写像になる。

上半平面と単位円板

上半平面 $H:=\{z : \operatorname{Im}z>0\}$ について、Cayley 変換 $C(z):=\dfrac{z-i}{z+i}$ は $H$ から $\mathbb D$ への双正則写像であり、逆写像は $C^{-1}(w)=i\dfrac{1+w}{1-w}$ である。$z\in H$ なら $z$ は $-i$ より $i$ に近いので $\lvert z-i\rvert<\lvert z+i\rvert$、すなわち $\lvert C(z)\rvert<1$ となる。逆に $\lvert w\rvert<1$ なら
$$ \operatorname{Im}\Bigl(i\frac{1+w}{1-w}\Bigr)=\operatorname{Re}\frac{(1+w)(1-\bar w)}{\lvert1-w\rvert^2}=\frac{1-\lvert w\rvert^2}{\lvert1-w\rvert^2}>0 $$
なので $C^{-1}$ は $\mathbb D$ を $H$ に移し、$C$ と $C^{-1}$ はどちらも正則である。$H$ は非有界、$\mathbb D$ は有界なので、双正則同値は有界性を保たない。

一変数では、単射であれば逆写像の正則性は自動的に従う。単射な正則関数 $f\colon U\to\mathbb C$ の像 $f(U)$ は開集合で、$f\colon U\to f(U)$ は双正則写像になり、しかも $f'$ は $0$ にならない(開写像定理(複素解析) の「単射な正則写像の逆写像」と「局所標準形の帰結」)。多変数でも、$\mathbb C^n$ の開集合から $\mathbb C^n$ への単射な正則写像の Jacobi 行列式は $0$ にならず、像への双正則写像になる。この多変数の定理はこの記事では証明しない(Leb26 定理 1.6.6、p. 43)。実数では対応する主張が成り立たない(後の反例の表)。

単位円板の自己同型

単位円板の自己同型はすべて具体的に書ける。鍵になるのは次の補題である。

Schwarz の補題

$f\colon\mathbb D\to\mathbb D$ が正則で $f(0)=0$ なら、すべての $z\in\mathbb D$ について $\lvert f(z)\rvert\leq\lvert z\rvert$ であり、$\lvert f'(0)\rvert\leq1$ である。さらに、ある $z_0\neq0$ で $\lvert f(z_0)\rvert=\lvert z_0\rvert$ となるか、$\lvert f'(0)\rvert=1$ であるなら、$\lvert c\rvert=1$ を満たす定数 $c$ によって $f(z)=cz$ と書ける。

$f$ を $0$ のまわりで冪級数に展開すると $f(0)=0$ より $f(z)=\sum_{k\geq1}a_kz^k$ である。$g(z):=f(z)/z$($z\neq0$)、$g(0):=f'(0)=a_1$ とおくと、$g(z)=\sum_{k\geq1}a_kz^{k-1}$ だから $g$ は $\mathbb D$ 上の正則関数である。
$0< r<1$ を固定する。$\lvert z\rvert=r$ では $\lvert f(z)\rvert<1$ なので $\lvert g(z)\rvert<1/r$ である。最大値原理(開写像定理(複素解析) の「正則関数の最大値原理」)により、閉円板 $\lvert z\rvert\leq r$ 上でも $\lvert g(z)\rvert\leq1/r$ である。任意の $z\in\mathbb D$ について、$\lvert z\rvert\leq r<1$ となる $r$ で上の不等式を使い $r\to1$ とすれば $\lvert g(z)\rvert\leq1$ を得る。これは $\lvert f(z)\rvert\leq\lvert z\rvert$ と $\lvert f'(0)\rvert=\lvert g(0)\rvert\leq1$ を意味する。
等号の場合、$\lvert g\rvert$ は $\mathbb D$ の内部の点($z_0$ または $0$)で最大値 $1$ をとる。最大値原理により $g$ は定数 $c$ で、$\lvert c\rvert=1$、$f(z)=cz$ となる。$\square$

単位円板の自己同型群

$\operatorname{Aut}(\mathbb D)$ は、次の形の写像全体と一致する。
$$ \varphi(z)=e^{i\theta}\,\frac{z-a}{1-\bar az}\qquad(\theta\in\mathbb R,\ a\in\mathbb D). $$
特に、原点を固定する $\mathbb D$ の自己同型は回転 $z\mapsto e^{i\theta}z$ に限る。

この形の写像が $\mathbb D$ の自己同型であることは、Möbius変換 の例「単位円板の自己同型」で確かめられている($\mathbb D$ を $\mathbb D$ の上に移す全単射で、逆写像も同じ形なので正則である)。
逆に $f\in\operatorname{Aut}(\mathbb D)$ とする。まず $f(0)=0$ の場合を考える。$f$ と $f^{-1}$ はどちらも $\mathbb D$ から $\mathbb D$ への正則写像で原点を固定するから、lem-bh-schwarz を両方に使うと、すべての $z\in\mathbb D$ について
$$ \lvert f(z)\rvert\leq\lvert z\rvert,\qquad \lvert z\rvert=\lvert f^{-1}(f(z))\rvert\leq\lvert f(z)\rvert $$
である。よって $\lvert f(z)\rvert=\lvert z\rvert$ がすべての $z$ で成り立ち、等号の場合により $f(z)=cz$、$\lvert c\rvert=1$ となる。$c=e^{i\theta}$ と書けば回転である。
一般の場合、$a:=f^{-1}(0)\in\mathbb D$ とし、$\varphi_a(z):=\dfrac{z-a}{1-\bar az}$ とおく。前半により $\varphi_a\in\operatorname{Aut}(\mathbb D)$ で $\varphi_a(a)=0$ である。$h:=f\circ\varphi_a^{-1}$ は自己同型の合成なので自己同型で(prop-bh-group)、$h(0)=f(a)=0$ を満たす。前段により $h(w)=e^{i\theta}w$ であり、$f=h\circ\varphi_a$ は $f(z)=e^{i\theta}\varphi_a(z)$ の形になる。$\square$

この定理から、$\mathbb D$ のどの 2 点も自己同型で移り合うこと($\varphi_a$ で $a$ を $0$ へ移せる)と、1 点を固定する自己同型が回転の分だけの自由度しかもたないことが分かる。

平面と円板は双正則でない

$\mathbb C$ と $\mathbb D$ は、$z\mapsto z/(1+\lvert z\rvert)$ によって同相である。しかし双正則ではない。

平面と単位円板

$\mathbb C$ から $\mathbb D$ への双正則写像は存在しない。$\mathbb C$ から $\mathbb D$ への正則写像はすべて定数である。

$f\colon\mathbb C\to\mathbb D$ が正則なら、$f$ は $\lvert f\rvert<1$ を満たす有界な整関数なので、Liouvilleの定理(複素解析) により定数である。定数写像は全単射でないから、双正則写像ではない。$\square$

平面の自己同型は円板よりはるかに少ない。

平面の自己同型群

$\operatorname{Aut}(\mathbb C)$ は $z\mapsto\alpha z+\beta$($\alpha\neq0$)の形の写像全体と一致する。

この形の写像は逆写像 $w\mapsto(w-\beta)/\alpha$ をもつ自己同型である。逆に $f\in\operatorname{Aut}(\mathbb C)$ とする。
$f$ は多項式である。 $f$ は定数でないので、開写像定理(複素解析) により $f(\mathbb D)$ は開集合であり、ある開円板 $B(w,\varepsilon)$ を含む。$f$ は単射なので、$\lvert z\rvert>1$ のとき $f(z)\notin f(\mathbb D)$、特に $\lvert f(z)-w\rvert\geq\varepsilon$ である。そこで $0<\lvert\zeta\rvert<1$ で $h(\zeta):=1/\bigl(f(1/\zeta)-w\bigr)$ とおくと、$h$ は正則で $\lvert h\rvert\leq1/\varepsilon$ である。有界なので $h$ は $\zeta=0$ で正則に延長される(Riemannの拡張定理)。$h$ は恒等的に $0$ ではないから、$h(\zeta)=\zeta^m u(\zeta)$($m\geq0$、$u(0)\neq0$)と書ける。$0$ の近くで $\lvert u\rvert\geq\lvert u(0)\rvert/2$ だから、十分大きい $\lvert z\rvert$ について
$$ \lvert f(z)-w\rvert=\frac{1}{\lvert h(1/z)\rvert}\leq\frac{2}{\lvert u(0)\rvert}\lvert z\rvert^{m} $$
となる。ある $R$ 以上の $\lvert z\rvert$ でこの評価が成り立ち、$\lvert z\rvert\leq R$ では連続関数 $\lvert f\rvert$ は有界なので、定数 $A,B$ によって $\lvert f(z)\rvert\leq A+B\lvert z\rvert^m$ がすべての $z$ で成り立つ。このように多項式程度にしか増大しない整関数は多項式なので(Liouvilleの定理(複素解析) の「多項式増大の整関数」)、$f$ は多項式である。
次数は 1 である。 次数 $0$ なら定数で単射でない。次数が $2$ 以上なら、代数学の基本定理により $f'$ は零点 $z_1$ をもつ。単射な正則関数の導関数は $0$ にならないので(前節)、これは矛盾である。よって $f(z)=\alpha z+\beta$、$\alpha\neq0$ である。$\square$

多変数の双正則写像

一変数では、$\mathbb C$ 全体でない空でない単連結領域はすべて $\mathbb D$ と双正則である(Riemann の写像定理。この記事では証明しない。Leb26 定理 1.4.2、p. 32)。多変数ではこれに当たる定理がない。

  • 単位球 $\mathbb B_n:=\{z\in\mathbb C^n : \lvert z_1\rvert^2+\dots+\lvert z_n\rvert^2<1\}$ と多重円板 $\mathbb D^n$ は、$n\geq2$ ではどちらも有界で単連結で互いに同相だが、双正則ではない(この記事では証明しない。Leb26 1.4 節冒頭、pp. 32–33)。$n=2$ では、多重円板から球への固有な正則写像さえないことが知られている(Leb26 定理 1.4.4、p. 33。この記事では証明しない)。双正則写像は固有写像なので、この定理から双正則でないことが従う。
  • 有界領域 $U$ の正則な自己写像 $F$ が一点 $a$ で $F(a)=a$、$JF(a)=I$ を満たせば $F$ は恒等写像である(Cartan の一意性定理、Leb26 定理 1.5.1、p. 37。この記事では証明しない)。$n=1$、$U=\mathbb D$ の場合は lem-bh-schwarz の等号の場合にあたる。
    一方、$\mathbb C^n$ 全体の自己同型は $n\geq2$ で非常に多い。
複素 2 次元空間のずらし写像

$g\colon\mathbb C\to\mathbb C$ を任意の整関数とし、$F(z,w):=(z,\ w+g(z))$ とおく。$G(z,w):=(z,\ w-g(z))$ とすると
$$ G(F(z,w))=(z,\ w+g(z)-g(z))=(z,w),\qquad F(G(z,w))=(z,w) $$
なので、$F$ は $\mathbb C^2$ の自己同型である。$g(z)=e^z$ とすれば成分が多項式でない自己同型が得られ、thm-bh-plane-aut と対照的に $\operatorname{Aut}(\mathbb C^2)$ はアフィン写像に限らない。$g(z)=z^2$ とすれば $F(0,0)=(0,0)$ かつ
$$ JF(z,w)=\begin{pmatrix}1&0\\ 2z&1\end{pmatrix},\qquad JF(0,0)=I $$
だが $F$ は恒等写像でない。$\mathbb C^2$ は有界でないので、Cartan の一意性定理の仮定の有界性が欠けている。

アフィン平面の代数的な自己同型は成分が多項式なので、$g(z)=e^z$ の $F$ は代数的な同型からは来ない。これに対し射影代数多様体の間の正則写像は代数的な射から来る(GAGA の「正則写像は代数的」)。双正則写像が代数的な同型を与えるかどうかは、射影的かどうかで分かれる。

一変数多変数($n\geq2$)
$\mathbb C^n$ の開集合から $\mathbb C^n$ への単射な正則写像は像への双正則写像成り立つ成り立つ
単連結な有界領域はすべて双正則同値成り立つ(Riemann の写像定理)成り立たない(球と多重円板)
全空間の自己同型アフィン写像だけ多項式でないものもある
有界領域で $F(a)=a$、$JF(a)=I$ なら恒等写像成り立つ成り立つ

仮定を外すと成り立たなくなること

外す条件反例成り立たなくなること
複素微分可能(実の滑らかさだけ)$x\mapsto x^3$($\mathbb R\to\mathbb R$)単射なら逆写像も微分可能
単射$\exp\colon\mathbb C\to\mathbb C\setminus\{0\}$各点で局所的に双正則なら双正則
全射$z\mapsto z/2$($\mathbb D\to\mathbb D$)単射な正則自己写像は自己同型
定義域と終域の次元が等しい$z\mapsto(z^2,z^3)$($\mathbb C\to\mathbb C^2$)単射なら Jacobi 行列は各点で単射
領域が有界$F(z,w)=(z,w+z^2)$$F(a)=a$、$JF(a)=I$ なら恒等写像
写像の正則性(同相写像にとどめる)$\mathbb C$ と $\mathbb D$同相なら双正則同値

1 行目:$x^3$ は滑らかな全単射だが、逆写像 $x^{1/3}$ は $0$ で微分できない。導関数 $3x^2$ が $0$ で消えるためであり、複素数では単射な正則関数の導関数が消えないことと対照的である。2 行目は ex-bh-exp、5 行目は ex-bh-shear、6 行目は prop-bh-plane-disk で確かめた。3 行目:$z/2$ は単射で正則だが、像は半径 $1/2$ の円板で全射でない。4 行目:$(z^2,z^3)=(w^2,w^3)$ で $w\neq0$ なら $(z/w)^2=(z/w)^3=1$ より $z/w=1$、$w=0$ なら $z=0$ なので単射である。しかし導関数 $(2z,3z^2)$ は $z=0$ で $0$ になる。像は曲線 $w_1^3=w_2^2$ で、$\mathbb C^2$ の開集合でない(同じ種類の例が Leb26 演習 1.6.7、p. 45 にある)。

関連項目

参考文献

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