アーベル圏

概要

アーベル圏(Abelian category)とは、任意の射が核と余核を持ち、任意のモノ射が自身の余核の核であり、任意のエピ射が自身の核の余核であるような加法圏である。同値に、加法圏であって、有限完備かつ有限余完備で零対象を持ち、任意の射が正則エピ射と正則モノ射に一意的に分解する圏として特徴づけられる。$\mathbf{Ab}$、環上の加群の圏、位相空間上のアーベル群の層の圏などが典型例であり、完全列・ホモロジーを定式化する基盤になる。

$$\newcommand{AA}[0]{\mathbb{A}} \newcommand{AbCat}[0]{\mathsf{Ab}} \newcommand{abelcat}[0]{\mathcal{A}} \newcommand{cat}[0]{\mathcal{C}} \newcommand{CC}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{commring}[0]{A} \newcommand{DD}[0]{\mathbb{D}} \newcommand{domain}[0]{\commring} \newcommand{family}[2]{( #1 )_{#2}} \newcommand{FF}[0]{\mathbb{F}} \newcommand{func}[3]{{#1}\colon{#2}\rightarrow{#3}} \newcommand{FuncCat}[2]{\mathsf{Func}(#1, #2)} \newcommand{generate}[2]{\langle #1 \rangle_{#2}} \newcommand{GG}[0]{\mathbb{G}} \newcommand{HH}[0]{\mathbb{H}} \newcommand{ideal}[0]{I} \newcommand{idealgen}[2]{\generate{#1}{#2}} \newcommand{invert}[0]{^{-1}} \newcommand{KanExt}[2]{\ordpair{ #1, #2 }} \newcommand{kerpair}[3]{\ordpair{ #1, #2, #3 }} \newcommand{ModCat}[1]{\mathsf{Mod}(#1)} \newcommand{module}[1]{#1} \newcommand{modulegen}[2]{\generate{#1}{#2}} \newcommand{MonoSet}[1]{\mathsf{Mono}(#1)} \newcommand{morph}[3]{{#1}\colon{#2}\rightarrow{#3}} \newcommand{NN}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{op}[0]{^{\mathsf{op}}} \newcommand{ordpair}[1]{\langle #1 \rangle} \newcommand{overcat}[2]{{#1}_{/#2}} \newcommand{PP}[0]{\mathbb{P}} \newcommand{QQ}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{RegEpiSet}[1]{\mathsf{RegEpi}(#1)} \newcommand{ring}[0]{R} \newcommand{RR}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{SetCat}[0]{\mathsf{Set}} \newcommand{sexseq}[3]{\zeroobj\rightarrow{#1}\rightarrow{#2}\rightarrow{#3}\rightarrow\zeroobj} \newcommand{TopCat}[0]{\mathsf{Top}} \newcommand{TT}[0]{\mathbb{T}} \newcommand{undercat}[2]{#1_{\backslash #2}} \newcommand{zeroobj}[0]{0} \newcommand{ZZ}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 圏, 加法圏, 零対象, 零射
アーベル圏とは、$\mathbf{Ab}$(アーベル群の圏)や $R\text{-Mod}$(環 $R$ 上の加群の圏)が持つ「核・余核が常に存在する」「単射と全射が像・余像を通じて対称的にふるまう」という性質を、要素を使わずに圏論の言葉だけで公理化したものである。この記事では、標準的な 2 つの同値な定義を与えたうえで、モノ射・エピ射の核・余核による特徴づけを自己完結的に証明し、具体例と反例、および加法圏の階層における位置づけを述べる。

定義

以下、圏 $\mathcal A$ は常に対象類・射類を持つ通常の意味の圏とする。まず土台となる加法圏の構造を確認する。加法圏とは、各 $\mathrm{Hom}(A,B)$ にアーベル群の構造が入り合成が双線型であるような前加法圏であって、零対象と任意有限個の対象の双積(有限直和と有限直積が一致する対象)を持つものをいう。加法圏では任意の 2 つの対象間に零射 $0_{A,B}\colon A\to B$(零射)が一意に定まる。
射 $f\colon A\to B$ の核とは零射 $0_{A,B}$ との等化子 $\ker f\to A$ であり、余核とは $0_{A,B}$ との余等化子 $B\to\operatorname{coker} f$ である。核は常にモノ射、余核は常にエピ射になる(等化子・余等化子の一般論による)。

アーベル圏

加法圏 $\mathcal A$ が アーベル圏(abelian category)であるとは、次を満たすことをいう。

  1. 任意の射 $f\colon A\to B$ が核 $\ker f$ と余核 $\operatorname{coker} f$ を持つ。
  2. 任意のモノ射 $m\colon A\to B$ は、自身の余核の核である:$m \cong \ker(\operatorname{coker} m)$(正規性 normality)。
  3. 任意のエピ射 $e\colon A\to B$ は、自身の核の余核である:$e \cong \operatorname{coker}(\ker e)$(余正規性 conormality)。
アーベル圏(有限完備性による特徴づけ)

圏 $\mathcal A$ が次の 4 条件を満たすとき、$\mathcal A$ をアーベル圏という。
0. $\mathcal A$ は加法圏(少なくとも前加法圏)である。

  1. $\mathcal A$ は有限完備かつ有限余完備である(任意の有限極限・有限余極限を持つ。極限(圏論)、余極限(圏論))。
  2. $\mathcal A$ は零対象を持つ(始対象かつ終対象であるような対象が存在する)。
  3. 任意の射 $f\colon A\to B$ は、正則エピ射 $A\twoheadrightarrow I$ と正則モノ射 $I\hookrightarrow B$ の合成として、$I$ の同型を除いて一意的に分解する(正則エピ-正則モノ分解の一意性)。
反例:条件 0 を落とすと同値性が崩れる

def-abelian-category-completeness の条件 0 は落とせない。基点付き集合の圏 $\mathbf{Set}_*$ は、零対象(一点集合)を持ち、有限完備かつ有限余完備であり、任意の射 $f\colon(A,a_0)\to(B,b_0)$ は正則エピ射 $A\twoheadrightarrow f(A)$ と正則モノ射 $f(A)\hookrightarrow B$ の合成に一意的に分解する($\mathbf{Set}_*$ では全射が正則エピ射、単射が正則モノ射であり、中間の対象は $f(A)$ に同型なものに限る)。すなわち条件 1・2・3 を満たす。しかし $\mathbf{Set}_*$ は加法圏でなく、前加法圏でもない。実際、零対象と有限積を持つ前加法圏では有限積が双積になるが、2 元の基点付き集合 $A=B=\{*,x\}$ に対し積 $A\times B$ は $4$ 元、余積(基点で貼り合わせたウェッジ和 $A\vee B$)は $3$ 元で同型でない。ゆえに $\mathbf{Set}_*$ は条件 0 を満たさず、「条件 1・2・3 を満たす圏はアーベル圏である」という含意は成り立たない。

2 つの定義は同値である。def-abelian-category の意味でアーベル圏であれば、双積・核・余核から有限極限・有限余極限がすべて構成でき(積は双積、等化子は差の核として得られる。余極限は双対)、正規性・余正規性から像 $\operatorname{im} f := \ker(\operatorname{coker} f)$ と余像 $\operatorname{coim} f := \operatorname{coker}(\ker f)$ の間の標準射 $\operatorname{coim} f \to \operatorname{im} f$ が同型になることが従い(prop-abelian-category-im-coim)、これが正則エピ-正則モノ分解 $A \twoheadrightarrow \operatorname{coim} f \xrightarrow{\ \cong\ } \operatorname{im} f \hookrightarrow B$ を与える。逆に def-abelian-category-completeness の 4 条件を満たす圏では、条件 0 により平行な 2 つの射 $f,g$ の等化子は差 $f-g$ の核に一致するので、正則モノ射は核(正規モノ射)にほかならず、双対に正則エピ射は余核に一致する。したがって条件 3 の分解から正規性・余正規性が従う(Mac98 VIII、Fre64、Wei94 §1.6)。本記事では、証明の見通しがよい正規性・余正規性による定義(def-abelian-category)を主定義とし、有限完備性による特徴づけ(def-abelian-category-completeness)を同値な言い換えとして併記する。
流儀の違い: Grothendieck「東北論文」Groth57 は、上記の意味でのアーベル圏に加え、任意個の余極限が存在し余極限が完全になる公理(AB3・AB5 など)と生成対象の存在を課した「AB5圏」(後のGrothendieck圏)を別に定義している。本記事の「アーベル圏」は AB5 等を仮定しない最も基本的な公理系であり、Grothendieck圏はその特殊化である(十分な入射対象の存在は Grothendieck圏側の帰結であり、本記事の対象ではない)。

直感

$\mathbf{Ab}$ や $R\text{-Mod}$ では、準同型定理・完全列・図式追跡(diagram chasing)が元(element)を使って自由に行える。アーベル圏の公理は、この「元を使った議論」がいつ・どこまで通用するかを、元を持ち出さずに正確に切り出したものである。核・余核が正規性・余正規性を満たすことは、「単射は像への同型に潰れる」「全射は余像からの同型で復元できる」という準同型定理の骨格そのものである。
この抽象化には強力な裏付けがある。Freyd–Mitchell の埋め込み定理(Mitchellの埋め込み定理。性質節でも述べる)により、任意の小さいアーベル圏はある環上の加群の圏へ完全に埋め込める。したがって、アーベル圏の一般論における証明は、実際には $R\text{-Mod}$ の元を使った図式追跡として書いてよく、それが圏論的に正当化される。これがアーベル圏が「元のない世界で元を使った証明をしてよい」枠組みと呼ばれる理由である。
一見恣意的に見える正規性・余正規性の公理(def-abelian-category 条件2・3)を外すと何が壊れるかは、下の反例(rem-abelian-category-nonexample)で具体的に確認できる。

例

アーベル群の圏

$\mathbf{Ab}$(アーベル群と群準同型の圏)はアーベル圏である。核は部分群の包含、余核は商群への射影であり、通常の準同型定理がまさに正規性・余正規性を述べている。

環上の加群の圏

環 $R$ に対し、左 $R$-加群の圏 $R\text{-Mod}$ はアーベル圏である($R=\mathbb Z$ のとき $\mathbf{Ab}$ に一致する)。有限次元 $K$-ベクトル空間の圏 $\operatorname{Vect}_K^{\mathrm{fd}}$ もその充満部分圏として(部分空間・商空間が再び有限次元だから)アーベル圏になる。

位相空間上のアーベル群の層の圏

位相空間 $X$ 上のアーベル群の層の圏 $\operatorname{Sh}(X;\mathbf{Ab})$ はアーベル圏である。層の射 $\varphi\colon\mathcal F\to\mathcal G$ の核は、各開集合 $U$ に $\ker(\varphi(U)\colon\mathcal F(U)\to\mathcal G(U))$ を対応させる前層で与えられ、これはすでに層になる。一方、余核・像は前層としての余核・像に対する層化を経て構成される点が $\mathbf{Ab}$ と異なる(茎 stalk では通常の準同型定理が成り立つ)。スキーム $X$ 上の準連接層の圏 $\operatorname{QCoh}(X)$ も同様にアーベル圏である。

反例:捩れなしアーベル群の圏

$\mathbf{Ab}$ の充満部分圏として、捩れなし(torsion-free)アーベル群全体からなる圏 $\mathbf{Ab}_{\mathrm{tf}}$ を考える。直和は再び捩れなしだから $\mathbf{Ab}_{\mathrm{tf}}$ は加法圏であり、部分群は再び捩れなしだから任意の射は $\mathbf{Ab}_{\mathrm{tf}}$ 内に核を持つ。余核も存在する:射 $f\colon A\to B$ の $\mathbf{Ab}_{\mathrm{tf}}$ における余核は、$\mathbf{Ab}$ での余核 $B/f(A)$ をその捩れ部分群で割った $(B/f(A))/\operatorname{tors}$ である(捩れなし群への射は捩れ元を必ず $0$ に送るから)。
しかし乗法射 $\mu_2\colon \mathbb Z\to\mathbb Z,\ n\mapsto 2n$(ex-abelian-category-mod の $\mathbb Z\text{-Mod}=\mathbf{Ab}$ の中の射として)を考えると、任意の捩れなし群 $T$ への射 $h\colon\mathbb Z\to T$ で $h\circ\mu_2=0$ を満たすものは、$T$ に位数2の元がないため $h=0$ に限られる。したがって $\mathbf{Ab}_{\mathrm{tf}}$ 内での $\mu_2$ の余核は零対象であり、その核(零対象への零射の核)は恒等射 $\mathrm{id}_{\mathbb Z}$ に戻ってしまう。すなわち単射 $\mu_2$ は同型ではないのに、それ自身の余核の核とは一致しない——def-abelian-category 条件2(正規性)が破れる。$\mathbf{Ab}_{\mathrm{tf}}$ は加法圏だが、アーベル圏ではない(Wei94)。ex-abelian-category-mod の $\mathbf{Ab}$・$R\text{-Mod}$ が正規性を満たすことと対比せよ。

性質

モノ射・エピ射の核・余核による特徴づけ

アーベル圏 $\mathcal A$ の射 $f\colon A\to B$ について、次が成り立つ。
(1) $f$ がモノ射であることと、$\ker f$ の定義域が零対象であることは同値である。
(2) $f$ がエピ射であることと、$\operatorname{coker} f$ の余定義域が零対象であることは同値である。

(1) の証明

核 $k\colon K\to A$ をとる。
($\Rightarrow$) $f$ がモノ射であるとする。零射の定義より $f\circ k = 0_{K,B} = f\circ 0_{K,A}$(右辺は $K\to A$ の零射に $f$ を合成したもの)であるから、$f$ のモノ性により $k = 0_{K,A}$ を得る。次に核の普遍性を、射 $0_{K,A}\colon K\to A$(これは $f\circ 0_{K,A}=0$ を満たす)に適用すると、$k\circ u = 0_{K,A}$ を満たす一意な $u\colon K\to K$ が存在する。$u=\mathrm{id}_K$ は $k\circ\mathrm{id}_K=k=0_{K,A}$ を満たし、$u=0_{K,K}$($K$ 上の零射)も $k\circ 0_{K,K}=0_{K,A}$ を満たす(零射の吸収性、零射 の性質1(2))。普遍性の一意性より $\mathrm{id}_K = 0_{K,K}$。
恒等射が零射に等しい対象は零対象である:任意の対象 $Y$ と射 $a,b\colon K\to Y$ に対し $a = a\circ\mathrm{id}_K = a\circ 0_{K,K} = 0_{K,Y}$(零射 の吸収性)となるので $\mathrm{Hom}(K,Y)=\{0_{K,Y}\}$、同様に $\mathrm{Hom}(Y,K)=\{0_{Y,K}\}$。ゆえに $K$ は始対象かつ終対象、すなわち零対象である。
($\Leftarrow$) $K$ が零対象であるとする。$g,h\colon X\to A$ が $fg=fh$ を満たすとせよ。$\mathrm{Hom}(X,B)$ はアーベル群だから $f(g-h)=fg-fh=0$。核の普遍性より $g-h$ は $k$ を経由して一意に分解するが、$K$ が零対象だから $\mathrm{Hom}(X,K)=\{0\}$ であり、その分解射は $0$ しかない。よって $g-h = k\circ 0 = 0$、すなわち $g=h$。ゆえに $f$ はモノ射である。$\blacksquare$

(2) の証明(双対性による)

反対圏 $\mathcal A^{\mathrm{op}}$ において、$\mathcal A$ の余核は $\mathcal A^{\mathrm{op}}$ の核に、$\mathcal A$ のエピ射は $\mathcal A^{\mathrm{op}}$ のモノ射にちょうど対応する(極限と余極限、モノとエピが圏の反転で入れ替わるという一般論による)。$\mathcal A$ が加法圏で(定義より)任意の射の余核を持つことから $\mathcal A^{\mathrm{op}}$ も加法圏で任意の射の核を持つので、$f\colon A\to B$ に (1) を $\mathcal A^{\mathrm{op}}$ における射 $f\colon B\to A$($\mathcal A^{\mathrm{op}}$ の向き)として適用できる:$\mathcal A^{\mathrm{op}}$ で $f$ がモノ射($\Leftrightarrow$ $\mathcal A$ で $f$ がエピ射)であることと、$\mathcal A^{\mathrm{op}}$ における $f$ の核($=\mathcal A$ における $f$ の余核)の定義域が零対象であることが同値になる。これがまさに主張 (2) である。$\blacksquare$

像と余像の一致

アーベル圏の射 $f\colon A\to B$ に対し、$k\colon K\to A$ を $f$ の核、$c\colon B\to C$ を $f$ の余核とし、余像 $e\colon A\to\operatorname{coim} f := \operatorname{coker}(k)$ と像 $m\colon\operatorname{im} f := \ker(c)\to B$ をとる。$c\circ f=0$ より $f$ は $m$ を一意に経由し($f=m\circ q$)、$m$ がモノ射で $f\circ k=0$ だから $q\circ k=0$ となり、$q$ は $e$ を一意に経由する($q=\varphi\circ e$)。こうして定まる標準射 $\varphi\colon\operatorname{coim} f \to \operatorname{im} f$($f=m\circ\varphi\circ e$ を満たす)は同型である。

記号は上のとおりとし、$f=m\circ q$($q\colon A\to\operatorname{im}f$)とする。証明の要点は $q$ がエピ射であることである。
$q$ はエピ射である。 $h\colon\operatorname{im}f\to Y$ が $h\circ q=0$ を満たすとする。$h$ の核 $k_h\colon K_h\to\operatorname{im}f$ をとると、$h\circ q=0$ より $q$ は $k_h$ を経由する:$q=k_h\circ q'$。したがって $f=m\circ k_h\circ q'$ である。$m\circ k_h$ はモノ射の合成だからモノ射であり、def-abelian-category の正規性により $m\circ k_h$ は自身の余核 $c'\colon B\to C'$ の核である。$c'\circ f=c'\circ m\circ k_h\circ q'=0$ だから、$c$ が $f$ の余核であることより $c'=t\circ c$ となる $t$ が存在する。すると $c'\circ m=t\circ c\circ m=0$($m=\ker c$)なので、$m$ は $\ker c'=m\circ k_h$ を経由する:$m=m\circ k_h\circ s$。$m$ はモノ射だから $\mathrm{id}_{\operatorname{im}f}=k_h\circ s$ となり、$k_h$ は分裂エピ射かつモノ射(核だから)ゆえ同型である。よって $h=h\circ k_h\circ k_h^{-1}=0\circ k_h^{-1}=0$。これは $q$ がエピ射であることを示す。
$q$ は $k$ の余核である。 $q$ はエピ射だから、def-abelian-category の余正規性により $q=\operatorname{coker}(\ker q)$ である。ところが $m$ がモノ射であることから、任意の射 $x$ について $q\circ x=0$ と $f\circ x=m\circ q\circ x=0$ は同値であり、$\ker q$ と $\ker f=k$ は $A$ の同じ部分対象を表す。ゆえに $q$ は $k$ の余核である。
$e$ と $q$ はともに $k$ の余核だから、$q=\varphi\circ e$ を満たす唯一の射 $\varphi$ は、余核の普遍性により同型である。$\blacksquare$

この同型が def-abelian-category-completeness の「正則エピ-正則モノ分解の一意性」の内実であり、任意の射 $f$ は $A\twoheadrightarrow\operatorname{coim}f\cong\operatorname{im}f\hookrightarrow B$ と分解する(Mac98 VIII.3、Wei94 §1.6)。

Freyd–Mitchell の埋め込み定理

任意の小さいアーベル圏 $\mathcal A$ に対し、ある環 $R$ と、完全(核・余核を保つ)な加法関手 $\mathcal A \to R\text{-Mod}$ であって充満忠実なもの(充満忠実関手)が存在する(Fre64、Mit65)。証明は Mitchellの埋め込み定理 の記事に委ねる。この定理により、アーベル圏に関する(有限個の対象・射しか参照しない)多くの命題は $R\text{-Mod}$ の元を使った図式追跡で証明してよいことが正当化される。

加法圏の階層

圏の階層追加される公理典型例まだ成り立たない性質
前加法圏各 $\mathrm{Hom}$ にアーベル群構造・合成が双線型環(対象1つの前加法圏)双積・核・余核が一般には存在しない
加法圏零対象・任意有限個の双積自由加群の圏、$\operatorname{Vect}_K$ の有限直和で閉じた充満部分圏核・余核が一般には存在しない
(加法圏で核・余核を持つがアーベルでない)任意の射が核・余核を持つ$\mathbf{Ab}_{\mathrm{tf}}$(rem-abelian-category-nonexample)正規性・余正規性(単射・全射が像・余像と一致しない)
アーベル圏正規性・余正規性(def-abelian-category)$\mathbf{Ab}$、$R\text{-Mod}$、$\operatorname{Sh}(X;\mathbf{Ab})$任意個の余極限の完全性(AB5)、生成対象
Grothendieck圏AB5 + 生成対象$\operatorname{QCoh}(X)$、$R\text{-Mod}$—

各行は直前の行を真に含む階層であり、rem-abelian-category-nonexample の $\mathbf{Ab}_{\mathrm{tf}}$ が「核・余核を持つ加法圏だがアーベルでない」段の具体例を与える。

分野ごとの使われ方

  • 代数(ホモロジー代数): $R\text{-Mod}$ 上で射影分解・入射分解を作り、$\operatorname{Ext}$・$\operatorname{Tor}$(Ext関手・Tor関手)、群コホモロジー・Lie環コホモロジーを導来関手として構成する土台になる。正規性・余正規性が、短完全列の分解・貼り合わせに関する図式補題(蛇の補題・五補題など)を保証する。
  • 代数幾何: スキーム $X$ 上の準連接層の圏 $\operatorname{QCoh}(X)$・連接層の圏 $\operatorname{Coh}(X)$ がアーベル圏になり、層コホモロジー $H^i(X,\mathcal F)$ はこの圏での右導来関手として定義される。$\operatorname{QCoh}(X)$ はさらに AB5 と生成対象を持ち Grothendieck圏になる。
  • 表現論・数論: 群環上の加群の圏、Galois表現の圏(有限次元ベクトル空間に Galois 作用を加えたもの)がアーベル圏の典型例であり、後により精密な t構造の心(heart)として偏屈層の圏の構成にも同じ枠組みが再登場する。
  • 位相幾何・解析: 位相空間上の局所系の圏、層係数(コ)ホモロジーの係数圏として $\operatorname{Sh}(X;\mathbf{Ab})$ が使われる。

この先の学び方: アーベル圏の性質(核・余核・正規性)だけでは、鎖複体のホモトピー・擬同型を扱うには不十分である。次の段階では、アーベル圏上の複体とホモロジー(鎖複体・鎖写像・鎖ホモトピー・擬同型)を経て、擬同型を可逆にする局所化により導来圏が構成される。アーベル圏はこの系列の出発点であり、本記事で確立した核・余核・正規性の言語が、複体の圏や導来圏における完全三角形の定義にそのまま引き継がれる。

関連項目

参考文献

[1]
Saunders Mac Lane, Categories for the Working Mathematician (2nd ed.), Springer, 1998, Ch.VIII Abelian Categories
[2]
Peter Freyd, Abelian Categories, Harper & Row, 1964
[3]
Charles A. Weibel, An Introduction to Homological Algebra, Cambridge University Press, 1994
[4]
Barry Mitchell, Theory of Categories, Academic Press, 1965
[5]
Alexander Grothendieck, Sur quelques points d'algèbre homologique, Tôhoku Mathematical Journal, 1957

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