補集合(complement)とは、固定した全体集合 $U$ とその部分集合 $A$ に対し、$U$ の要素で $A$ に属さないもの全体からなる集合 $A^c=U\setminus A$ のことである。結果は全体集合の取り方に依存し、論理の否定に対応する操作として、二回取ると元に戻り、包含の向きを反転し、De Morgan の法則により和集合と共通部分を入れ替える。全体集合を前提とせず集合 $B$ から $A$ の要素を除いた差集合 $B\setminus A$ は相対補集合と呼ばれ、単に補集合というときは全体集合に対する絶対補集合を指すのが普通である。写像の逆像は補集合を保つが像は保たず、確率論の余事象や位相空間の開集合と閉集合の双対性は補集合によって記述される。
集合を扱うときは、考察の対象となる範囲を一つの集合 $U$ に限定し、その部分集合について議論することが多い。この $U$ を全体集合(universal set、基準集合)という。
全体集合 $U$ とその部分集合 $A\subset U$ に対し、$U$ の要素であって $A$ に属さないもの全体の集合
$$
A^c:=\{x\in U\mid x\notin A\}
$$
を、$U$ における $A$ の補集合(complement)という。全体集合に対する補集合であることを強調して絶対補集合(absolute complement)ともいう。記号は $A^c$ のほか、$\overline{A}$、$A'$、$\complement_U A$、$U\setminus A$ などが用いられる。
二つの集合 $A$、$B$ に対し、$B$ の要素であって $A$ に属さないもの全体の集合
$$
B\setminus A:=\{x\in B\mid x\notin A\}
$$
を、$B$ における $A$ の相対補集合(relative complement)という。これは $B$ から $A$ を引いた差集合にほかならず、$B-A$ とも書かれる。相対補集合は全体集合を前提としない。
絶対補集合 $A^c$ は、全体集合 $U$ における $A$ の相対補集合 $U\setminus A$ である。逆に、$A,B\subset U$ のとき相対補集合は $B\setminus A=B\cap A^c$ と絶対補集合と共通部分で書ける(prop-complement-relative-formulas)。記号 $A^c$ は全体集合 $U$ を省略しているので、これを書く前には $U$ が文脈で固定されていなければならない。
補集合は「$A$ でないもの全体」を集合として表す操作であり、命題論理の否定 $\neg$ に対応する。しかし「すべてのもの」の範囲を決めなければ「$A$ でないもの」は定まらないので、全体集合 $U$ を固定する必要がある。全体集合を白黒に塗り分ける操作と思えば、$A$ の点を黒としたとき $A^c$ は白い点の全体であり、もう一度反転すれば元に戻る。この操作は和集合と共通部分を入れ替え、包含の向きを反転させる。この構造は、確率論の余事象や位相空間における開集合と閉集合の双対性としてそのまま現れる。
ある試行の標本空間を $\Omega$ とし、事象を $\Omega$ の部分集合とみなす。事象 $A\subset\Omega$ に対し、その補集合 $A^c$ は「$A$ が起こらない」という事象であり、$A$ の余事象という。確率 $P$ について $P(A^c)=1-P(A)$ が成り立つ(prop-complement-probability)。「少なくとも一回当たる」確率を直接数えるより、「一回も当たらない」という余事象の確率を求めて $1$ から引く方が容易であることが多い。
同じ条件で定めた集合でも、全体集合が変われば補集合は変わる。条件「$x<3$」を満たす数の集合の補集合は、$U=\mathbb{N}$ ならば $\{3,4,5,\dots\}$ であり、$U=\mathbb{R}$ ならば $[3,\infty)$ である。同様に、偶数全体 $2\mathbb{Z}$ の補集合は、$U=\mathbb{Z}$ ならば奇数全体だが、$U=\mathbb{R}$ ならば「偶数でないすべての実数」であり、はるかに大きい。
写像 $f\colon X\to Y$ による逆像は補集合を保つ(prop-complement-preimage)が、像は一般に保たない。$f\colon\mathbb{R}\to\mathbb{R}$、$f(x)=x^2$ とし、$A=[0,\infty)$ とおく。このとき $f(A)=[0,\infty)$ であり、$\mathbb{R}$ における補集合は $\mathbb{R}\setminus f(A)=(-\infty,0)$ である。一方 $A^c=(-\infty,0)$ の像は $f(A^c)=(0,\infty)$ である。ゆえに $f(A^c)\neq\mathbb{R}\setminus f(A)$ であり、等式 $f(X\setminus A)=Y\setminus f(A)$ は成り立たない。この $f$ は単射でなく($f(-1)=f(1)$)、$A$ の外の点 $-1$ と内の点 $1$ が同じ像に送られることが原因である。一般に、$f$ が全単射であれば $f(A^c)=Y\setminus f(A)$ が成り立つ。この等式が崩れる原因は二つに分けられる。$f(A^c)\not\subset Y\setminus f(A)$ となるのは $f$ が単射でないことによる。$Y\setminus f(A)\not\subset f(A^c)$ となるのは $f$ が全射でないことによる。
$A\setminus B$ と $B\setminus A$ は一般に異なる。$A=\{1,2\}$、$B=\{2,3\}$ とすると $A\setminus B=\{1\}$、$B\setminus A=\{3\}$ である。$A\setminus B$ と $B\setminus A$ の和集合が対称差である。相対補集合を「$B$ における $A$ の」と言うときは、$B$ から $A$ を引くという向きを確認する必要がある。
以下では全体集合 $U$ を固定し、すべての集合を $U$ の部分集合とする。本節の内容は標準的な集合論の教科書(Hal60 §4・§5、Mat68 第1章 §2・§3)に従う。
任意の $A,B\subset U$ について次が成り立つ。
$U$ の部分集合の族 $(A_i)_{i\in I}$ に対し
$$
\Bigl(\bigcup_{i\in I}A_i\Bigr)^c=\bigcap_{i\in I}A_i^c,\qquad
\Bigl(\bigcap_{i\in I}A_i\Bigr)^c=\bigcup_{i\in I}A_i^c
$$
が成り立つ。特に $A,B\subset U$ について $(A\cup B)^c=A^c\cap B^c$、$(A\cap B)^c=A^c\cup B^c$ である。
任意の $x\in U$ について
\begin{align*}
x\in\Bigl(\bigcup_{i\in I}A_i\Bigr)^c
&\iff x\notin\bigcup_{i\in I}A_i
\iff \text{すべての } i\in I \text{ について } x\notin A_i\\
&\iff \text{すべての } i\in I \text{ について } x\in A_i^c
\iff x\in\bigcap_{i\in I}A_i^c
\end{align*}
であるから第一式を得る。同様に、$x\notin\bigcap_{i}A_i$ はある $i\in I$ について $x\notin A_i$ であることと同値であり、これは $x\in\bigcup_i A_i^c$ と同値なので第二式を得る。有限個の場合は $I=\{1,2\}$ とすればよい。$\square$
これらの等式をDe Morganの法則という。添字集合 $I$ が空のときも、規約 $\bigcup_{i\in\emptyset}A_i=\emptyset$、$\bigcap_{i\in\emptyset}A_i=U$ のもとで両式は成り立つ。
任意の $A,B\subset U$ について次が成り立つ。
写像 $f\colon X\to Y$ と $A\subset Y$ に対し
$$
f^{-1}(Y\setminus A)=X\setminus f^{-1}(A)
$$
が成り立つ。
$x\in X$ に対し、$x\in f^{-1}(Y\setminus A)\iff f(x)\in Y\setminus A\iff f(x)\notin A\iff x\notin f^{-1}(A)\iff x\in X\setminus f^{-1}(A)$ である。$\square$
逆像は和集合・共通部分・補集合をすべて保つ。連続写像や可測写像の定義が像ではなく逆像で書かれるのは、この性質による。像が補集合を保たないことは rem-complement-image で見た。
$\mathcal{F}$ は補集合について閉じているので $A^c\in\mathcal{F}$ である。prop-complement-basic-laws (3) により $\Omega=A\cup A^c$ かつ $A\cap A^c=\emptyset$ であるから、確率の加法性と $P(\Omega)=1$ により $1=P(\Omega)=P(A)+P(A^c)$ を得る。$\square$
補集合は冪集合 $\mathcal{P}(U)$ 上の写像 $A\mapsto A^c$ とみなせば、prop-complement-basic-laws により、二回合成すると恒等写像になり(対合)、包含順序を反転させる。和集合・共通部分・補集合を備えた $\mathcal{P}(U)$ はブール代数の基本例であり、補集合はその否定演算にあたる。命題論理の否定 $\neg$、論理和 $\vee$、論理積 $\wedge$ に対する De Morgan の法則 $\neg(P\vee Q)\iff\neg P\wedge\neg Q$ などは、prop-complement-de-morgan の論理版である。
位相空間 $X$ では、閉集合を「補集合が開集合である集合」として定義する。prop-complement-de-morgan により、開集合の族に課される「任意個の和集合と有限個の共通部分で閉じる」という条件は、閉集合の族の「任意個の共通部分と有限個の和集合で閉じる」という条件に反転する。内部と閉包も
$$
\operatorname{int}(A)=X\setminus\overline{X\setminus A},\qquad
\overline{A}=X\setminus\operatorname{int}(X\setminus A)
$$
と補集合で互いに移り合う。可算個の開集合の共通部分であるG_δ-集合と可算個の閉集合の和集合であるF_σ-集合も、補集合をとることで互いに移り合う。
記号については次の点に注意する。$\overline{A}$ は補集合を表すこともあれば閉包を表すこともあり、位相空間では混同しやすいので、$A^c$ または $X\setminus A$ と書く方が安全である。また、公理的集合論では「すべての集合を含む集合」は存在しない(Hal60 §2)。全体集合とは議論ごとに選んだ一つの集合 $U$ であって、文脈から独立に定まる絶対的なものではない。
集合の補集合を特定の構造に合わせて取ったものとして、単純グラフの補グラフ(可能な辺全体の中での辺集合の補集合)や、内積空間の直交補空間がある。いずれも本記事の補集合そのものではなく、それぞれの記事で扱う。
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