可算選択公理(axiom of countable choice)とは、空でない集合の可算個の族 $(X_n)_{n\in\mathbb{N}}$ に対し、すべての $n$ で $x_n\in X_n$ を満たす列 $(x_n)_{n\in\mathbb{N}}$ が存在するという集合論の公理であり、$\mathsf{AC}_\omega$ と書かれる。選択公理から従うが、選択公理を含まない集合論 $\mathsf{ZF}$ からは証明できず($\mathsf{ZF}$ が無矛盾なら)、逆に可算選択公理から選択公理は証明できない。可算個の可算集合の和が可算であること、無限集合が可算無限な部分集合をもつこと、外測度の可算劣加法性、点列による連続性の判定などが、この公理を使って証明される。
解析学では「各 $n$ について、条件を満たす $x_n$ をとる」と書いて点列を作ることがよくある。たとえば関数 $f$ が点 $a$ で連続でないことから、$a$ に近づくのに $f(x_n)$ が $f(a)$ に近づかない点列 $(x_n)$ を作る場面である。$n$ を 1 つ決めればそのような $x_n$ は存在するが、無限個の $n$ について同時に選んだ列 $(x_n)_{n\in\mathbb{N}}$ が 1 つの集合として存在することは、選び方の規則が書けない限り、集合論のほかの公理からは出てこない。この「可算個の同時の選択」を公理として認めるのが可算選択公理である。選択公理の弱い形の一つで、可算個の可算集合の和が可算であること、外測度の可算劣加法性、点列による連続性の判定など、解析学と位相空間論の基本的な論法の多くがこれに依存している。
以下、基礎の体系は選択公理を含まない Zermelo–Fraenkel の集合論 $\mathsf{ZF}$ とし、選択公理を加えた体系を $\mathsf{ZFC}$ と書く。$\mathbb{N}=\{0,1,2,\dots\}$ とする。集合 $I$ で添字づけられた集合の族 $(X_i)_{i\in I}$ に対し、写像 $f\colon I\to\bigcup_{i\in I}X_i$ で、すべての $i\in I$ について $f(i)\in X_i$ を満たすものを族の選択関数という。「可算」は 可算集合 の記事の定義「有限・可算無限・高々可算」に従い、有限集合も含める。
$(X_n)_{n\in\mathbb{N}}$ を、すべての $n\in\mathbb{N}$ について $X_n\neq\emptyset$ である集合の族とする。このとき写像
$$
f\colon\mathbb{N}\to\bigcup_{n\in\mathbb{N}}X_n
$$
で、すべての $n\in\mathbb{N}$ について $f(n)\in X_n$ を満たすものが存在する。
この主張を可算選択公理(axiom of countable choice)といい、$\mathsf{AC}_\omega$ と書く。
選択関数 $f$ は、$x_n:=f(n)$ とおけば、各項が $x_n\in X_n$ を満たす列 $(x_n)_{n\in\mathbb{N}}$ にほかならない。直積の言葉では、可算選択公理は「空でない集合の可算個の直積 $\prod_{n\in\mathbb{N}}X_n$ は空でない」と言い換えられる。選択公理(選択公理 の記事の公理「選択公理の言明」)は任意の添字集合について同じことを主張するので、選択公理から可算選択公理が従う。
添字集合を $\mathbb{N}$ にしたのは書き方の都合であり、次の命題のとおり、可算な添字集合なら何でもよく、添字を使わない形で述べてもよい。
$\mathsf{ZF}$ において、次の 3 つの主張は同値である。
(1 ⇒ 3) $I=\emptyset$ なら空写像が選択関数である。$I\neq\emptyset$ とする。$I$ は空でない可算集合なので、可算集合 の記事の命題「単射・全射による特徴づけ」により全射 $e\colon\mathbb{N}\to I$ が存在する。そのような $e$ を 1 つとる(1 つの集合から 1 つの元をとるだけなので選択公理は要らない)。族 $(X_{e(n)})_{n\in\mathbb{N}}$ の各成員は空でないので、可算選択公理により $h(n)\in X_{e(n)}$ を満たす $h\colon\mathbb{N}\to\bigcup_iX_i$ がある。$i\in I$ に対し、$e$ の全射性から $\{n\in\mathbb{N}\mid e(n)=i\}$ は $\mathbb{N}$ の空でない部分集合なので最小元 $n_i$ をもち、
$$
f(i):=h(n_i)
$$
と定める。$e(n_i)=i$ より $f(i)=h(n_i)\in X_{e(n_i)}=X_i$ であり、$f$ は族 $(X_i)_{i\in I}$ の選択関数である。$n_i$ は「最小元」という規則で一意に決まるので、ここでも選択は使っていない。
(3 ⇒ 2) $I:=\mathcal{A}$、$X_A:=A$($A\in\mathcal{A}$)とおいて 3 を適用すればよい。
(2 ⇒ 1) $(X_n)_{n\in\mathbb{N}}$ を空でない集合の族とする。集合 $\{X_n\mid n\in\mathbb{N}\}$ に直接 2 を適用すると、$m\neq n$ で $X_m=X_n$ のとき 2 つの添字が 1 つの元に潰れ、得られる選択関数から $n$ ごとの値が読み取れない。そこで添字を付けて
$$
Y_n:=\{n\}\times X_n,\qquad \mathcal{A}:=\{Y_n\mid n\in\mathbb{N}\}
$$
とおく。各 $Y_n$ は空でなく、$m\neq n$ なら $Y_m\cap Y_n=\emptyset$ なので $Y_m\neq Y_n$ である。$\mathcal{A}$ は写像 $n\mapsto Y_n$ による $\mathbb{N}$ の像なので、可算集合 の記事の系「像と単射による可算性の伝播」により可算である。2 により選択関数 $g\colon\mathcal{A}\to\bigcup\mathcal{A}$ がとれる。$g(Y_n)\in\{n\}\times X_n$ なので、その第 2 成分を $f(n)$ とおけば $f(n)\in X_n$ であり、$f$ は $(X_n)_{n\in\mathbb{N}}$ の選択関数である。$\square$
添字を使わない形 2 は、選択公理 の記事の命題「選択公理の同値な言い換え」の 2 を可算な集合族に制限したものにあたる。
有限個の空でない集合から 1 つずつ元を選ぶことは、個数についての帰納法で $\mathsf{ZF}$ の中で正当化できる(選択公理 の記事の例「有限族の選択関数」)。帰納法は「$n$ 個まで選べたなら $n+1$ 個目も選べる」を言うだけで、無限個の選択を 1 つの写像にまとめることはしない。可算個の選択を 1 つの列にまとめるには、次の 2 つのどちらかが要る。
次の族は、選択公理を使わずに $\mathsf{ZF}$ の中で選択関数が作れる。
次の命題は、閉集合という位相的な条件だけから選び方の規則が得られる例である。開区間の例と違い、有理数を含むとは限らない閉集合(たとえば 1 点)にも使える。
$\mathsf{ZF}$ において、$\mathbb{R}$ の空でない閉集合からなる族 $(F_i)_{i\in I}$ は、添字集合 $I$ が何であっても選択関数をもつ。
空でない閉集合 $F\subset\mathbb{R}$ に対し、$r(F):=\inf\{\lvert x\rvert\mid x\in F\}\ge0$ とおく(上限と下限)。$r:=r(F)$ または $-r$ の少なくとも一方が $F$ に属することを示す。どちらも $F$ に属さないとすると、$\mathbb{R}\setminus F$ は開集合なので、$(r-\delta,r+\delta)$ と $(-r-\delta,-r+\delta)$ がともに $F$ と交わらない $\delta>0$ がある。$x\in F$ なら $\lvert x\rvert\ge r$ であり、もし $\lvert x\rvert< r+\delta$ なら $x$ は $(r-\delta,r+\delta)$ か $(-r-\delta,-r+\delta)$ に属して矛盾する。よってすべての $x\in F$ で $\lvert x\rvert\ge r+\delta$ となり、$r$ が下限であることに反する。
そこで $g(F):=r(F)$($r(F)\in F$ のとき)、$g(F):=-r(F)$(そうでないとき)と定め、$f(i):=g(F_i)$ とおく。$g(F)$ は $F$ から式だけで決まるので、$f$ は分出公理によって集合として定義でき、$f(i)\in F_i$ を満たす。証明の中で存在を使ったのは、1 つの $F$ に対する $\delta$ だけであり、これは $g$ の定義には現れない。$\square$
可算個でも、各成員から選ぶ規則がなければ $\mathsf{ZF}$ だけでは選べないことがある(選択公理 の記事の注意「反例:可算族なら選択できるという含意」)。可算選択公理を外したとき、あるいは可算選択公理から選択公理を期待したときに崩れることを表にまとめる。いずれも「$\mathsf{ZF}$ が無矛盾なら」という相対的な主張で、モデルの構成は文献に委ねる。
| 外す条件・強める結論 | 反例となるモデル | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 可算選択公理を外す($\mathsf{ZF}$ だけ) | 実数全体と対等な集合が、可算集合の可算個の和になるモデル(Feferman–Levy) | 可算個の可算集合の和は可算である/外測度の可算劣加法性 |
| 可算選択公理を外す($\mathsf{ZF}$ だけ) | $\omega$ と比較できない集合、すなわち無限だが可算無限な部分集合をもたない集合があるモデル(Cohen) | 無限集合は可算無限な部分集合をもつ |
| 可算選択公理から選択公理を結論する | 可算選択公理(さらに従属選択公理)は成り立つが選択公理は成り立たないモデル | 選択公理とそれに同値な整列可能定理・Zorn の補題 |
1 行目と 2 行目のモデルの存在は Button21 §16.5 が Feferman–Levy と Cohen の結果として述べている。3 行目は 選択公理 の記事の命題「弱い形との含意関係」の一部である(従属選択公理から可算選択公理は従うが、可算選択公理から従属選択公理は $\mathsf{ZF}$ で証明できず、選択公理は従属選択公理を含意するので、可算選択公理から選択公理も証明できない)。1 行目の「外測度の可算劣加法性」は、次の例で確かめる。
$A\subset\mathbb{R}$ の外測度を、$A$ を覆う開区間の列 $(I_k)_{k\in\mathbb{N}}$ の長さの和の下限
$$
m^*(A):=\inf\Bigl\{\sum_{k\in\mathbb{N}}\ell(I_k)\ \Big|\ A\subset\bigcup_{k\in\mathbb{N}}I_k\Bigr\}
$$
で定める($\ell$ は開区間の長さ、空の区間の長さは $0$)。$\mathsf{ZF}$ だけで次の 2 つが証明できる。
距離空間の間の写像の連続性は、$\varepsilon$-$\delta$ でも点列でも判定できると習うことが多い。片方の向きは $\mathsf{ZF}$ で証明でき、もう片方の向きで可算選択公理を使う。
$(X,d_X)$、$(Y,d_Y)$ を距離空間、$f\colon X\to Y$ を写像、$a\in X$ とする。次の 2 条件を考える。
選択を使ったのは 2 の「$x_n\in S_n$ を一斉にとる」1 か所だけである。$S_n$ は $\mathbb{N}$ の部分集合でも閉集合でもないので、ex-countable-choice-explicit-rules や prop-countable-choice-closed-subsets のような規則は一般には使えない。個々の $f$ について $S_n$ から元を選ぶ規則が具体的に書けるなら、その規則で点列を定義すれば可算選択公理は要らない。位相空間での同じ型の論法(閉包の点が点列の極限になること)と、そこで可算選択公理を使う箇所は、第1可算公理 の記事の定理「閉包の点列による判定」と注意「選択公理の使いどころ」にある。
可算選択公理が最もよく知られている使われ方は、次の 2 つの定理である。
可算選択公理の位置づけを比較表にまとめる。
| 有限個の選択 | 可算選択公理 | 従属選択公理 | 選択公理 | |
|---|---|---|---|---|
| 選ぶ対象 | 有限個の集合から 1 つずつ | 可算個の集合から 1 つずつ | 前に選んだ元に応じて次を選ぶ列 | 任意個の集合から 1 つずつ |
| $\mathsf{ZF}$ で証明できるか | できる | できない | できない | できない |
| 典型的な帰結 | 有限個の直積が空でない | 可算個の可算集合の和が可算 | 依存する選択による列の再帰的構成 | 整列可能定理、Zorn の補題、Vitali 集合 |
$\mathsf{ZF}$ において
$$
\text{選択公理}\ \Longrightarrow\ \text{従属選択公理}\ \Longrightarrow\ \text{可算選択公理}
$$
が成り立ち、どちらの矢印も $\mathsf{ZF}$ が無矛盾なら逆にはできない(選択公理 の記事の命題「弱い形との含意関係」とその証明)。可算選択公理は各 $X_n$ があらかじめ与えられている場合の選択で、従属選択公理は「$x_n$ を選んでから、$x_n$ に応じて決まる集合から $x_{n+1}$ を選ぶ」という依存する選択を許す。解析学で「帰納的に $x_0,x_1,\dots$ を選ぶ」と書く論法は、後の集合が前の選択に依存するなら従属選択公理を使っている。
可算選択公理は $\mathsf{ZF}$ から独立である。すなわち、$\mathsf{ZF}$ が無矛盾なら、$\mathsf{ZF}$ は可算選択公理もその否定も証明しない。否定を証明しないことは、選択公理 の記事の定理「Gödelによる選択公理の相対的無矛盾性」($\mathsf{ZF}$ が無矛盾なら $\mathsf{ZFC}$ も無矛盾)と、選択公理が可算選択公理を含意することから従う。可算選択公理自身を証明しないことは、Feferman–Levy のモデル(上の表の 1 行目)で可算選択公理の帰結が偽になることから従う。
可算選択公理は、それと意識されずに使われてきた(Button21 §16.5)。典型的なのは次の場面である。
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