特殊相対性理論は力学と電磁気現象に関する理論であり、さらに重力をも扱えるのが一般相対性理論であるが、それらを建設する上で次の二つの事が基本的な指針となっている。これらは特殊でも一般でも関係なく要請されるべきものである。
(I)相対性原理:物理法則は時空をローレンツ多様体と見なして、その幾何学構造、特に計量テンソル場によって定式化されるべきである。
(II)光速不変の原理:真空において、光速は光源と観測者の相対運動によらずいかなる観測者が観測しても $c\sim299,792km/s$である。
有質量粒子の世界線
$$
\alpha\colon \mathbb{R}\supset I\ni \lambda\mapsto \alpha(\lambda)\in M
$$
で $\left|\left|\frac{d\alpha}{d\lambda}\right|\right|^2=-1$ となるものを観測者 (Observer)という。さらに時空点 $p\in M$ における瞬間の観測者 (instantaneous observer) とは、$V\in T_pM$ で $||V||^2=-1$ となるもののことをいう。瞬間の観測者は時空点 $p$ において瞬間的に等速直線運動している観測者を表現している。また慣性的観測者 (inertial observer) とは 弧長でパラメータ付けされた未来向きの時間的測地線のことである。慣性的観測者のことを慣性系(inertial system)とも呼ぶ。
瞬間の観測者 $V\in T_pM$ に対して、Lorentz座標系 $\{x^0,x^1,x^2,x^3\}$ で $\partial_0|_p=V$ となるものを $V$ に関する慣性座標系または単に慣性系と呼ぶことにする。$V$ に関する慣性座標系は一意的ではない。
瞬間の観測者 $V\in T_pM$ に対して、ある慣性的観測者 $\mathbb{R}\ni t\mapsto c(t)\in M$ で $c(0)=p,\ \dot{c}(0)=V$ となるものが存在する。文脈に応じてこの2つはしばしば同一視して議論される。
2つの慣性系は定義より $M$ の等長変換群であるPoincare群の作用により写りあう。以下では、慣性系に対する観測可能な物理量や物理法則を与えるが、これらは相対性原理の要請により、等長変換により不変である。また慣性系が観測する速度を定義した後で、2つの慣性系は互いに等速運動の関係にあることが分かる。従って、互いに等速運動する慣性的観測者が観測する物理法則は完全に一致するため、物理的に区別することはできない。これを特殊相対性原理 (Principle of special relativity)という。
任意の有質量粒子の世界線 $\alpha:I\rightarrow M$ に対して、この曲線の長さを
$$
s=\int_a^b\sqrt{-\left|\left|\frac{d\alpha}{d\lambda}\right|\right|^2}d\lambda
$$
とするとき、
$$
\tau=\frac{s}{c}
$$
をこの世界線の固有時 (proper time)という。ここで積分区間 $[a,b]\subset I$ は任意に選ぶ。このとき、事象 $\alpha(a)$ と $\alpha(b)$の間にこの世界線に沿う観測者が経験する時間が $\tau$ であると定義する。
無質量粒子の世界線は未来向きの区分的滑らかな光的測地線であるから固有時は常に0である。光的測地線のアフィンパラメータは固有時とは呼ばない。
Newton力学では全ての観測者にとって時間は同等に経過すると仮定している。一方、Minkowski時空の力学では、時刻一定面を観測者に依存して次のように定義する。すなわち、瞬間の観測者 $V\in T_pM$ に対して、$T_pM$ の正規直交基底 $\{e_0=V,e_1,e_2,e_3\}$ を任意に一つ取る。このとき、Lorentz座標 $\{x^0,x^1,x^2,x^3\}$ が存在して $\partial_i|_p=e_i,\ (0\le i\le3)$ となる。このとき、$x^0=x^0(p)$の集合は $M$ の超曲面(超平面)であり、これを観測者 $V$ のこの瞬間の時刻一定面と定義する。さらに、$T_pM$ は $T_pM=\mathbb{R}V\oplus V^\perp$ と直交分解される。ここで $V^\perp$ は $V$ に直交する部分空間である。この分解を観測者 $V$ に関する時間-空間分解または $1+3$ 分解という。また、${\rm exp}_p(V^\perp)=\{(x^0,x^1,x^2,x^3)\in M;\ x^0=x^0(p) \}$ であるから、$V^\perp$ と $V$ の時刻一定面はしばしば同一視される。
観測者 $V,W$ に関する時間-空間分解
このことから、時刻一定面は観測者に依存する。従って、ある観測者にとって同時に起きている2つの事象が別の観測者にとっては時間的な関係になっていることがあり得る。同時刻の事象の集合が観測者に依存して決定されることを同時刻の相対性と呼ぶ。時刻一定面の観測者への依存性こそ特殊相対論のNewton力学とは異なった様々な性質を導く要因となっている。